異世界から故郷に帰ってきたはずが、パラレルワールドに来てしまったみたいなんだが。   作:水野 四十坂Q

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幽霊:1

 

 

 

 俺の隣には、ずっと、隙間風が吹き込んでいる。

 

 それがとても冷たくて、俺は凍え死んでしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、校舎で幽霊が……」

 

 ふと、耳に入ってきた言葉だった。

 

 昼休みの暇な時間、俺は屋上から街を眺めていた。

 

 なんだかんだ日本というのは安全意識、というより危険に対する忌避意識がかなり強いらしく、やろうと思えば簡単に事故死できてしまう屋上という場所は鍵がかけられていて立ち入り禁止になっている。だからこそ、屋上には常に人がおらず、立ち禁止になっている場所にわざわざ目が向けられることもなく、一人で静かな時間を過ごしたい場合にはうってつけのスポットとなっていた。

 

 とはいえ屋上に繋がる廊下、つまるところ誰もいないと思われる袋小路という場所は生徒の密談にも適正があるらしい。俺が屋上にいる時、それなりの頻度で噂話や恋愛の話をする生徒の声が聞こえてくることがあった。出歯亀は別に俺の趣味ではないのだが、出入り口を塞がれては俺も退散することもできず、こうして仕方がなく話を聞いている時がある。

 

「校舎裏のいつも陽が当たっていないところで、夜になると幽霊が出るらしい」

「へー。誰の幽霊とかわかんの?」

「いや。でも、2年前に事故死した先輩がいるらしくて、その人って言われてる」

 

 …………………………幽霊、幽霊ね。

 『あちら側』にもいた化け物、悪霊(レイス)の類だろうか。魔力という部分が共通している以上、似たようなものがいてもおかしくはない。名前に反して、実態は霧を核にしただけの魔力生命体とでも言うべき存在で、死人の魂とか、そういうものは一切関係なかったのだが。霧を核にしているから物理攻撃がほとんど効かないが、反して魔法と強い風にめっぽう弱いので、知識さえあれば雑に殺すことができる。

 

 『あちら側』では、死者の霊魂や幽霊は存在しない、というのが通説のようだった。上記の悪霊(レイス)のような存在こそあれど、生きていた当時の人間の意思がなんらかの形をもって再度出現するという現象が一切確認されなかったからだ。

 これは地脈が集中している霊的にポテンシャルの高い土地であったり、逆に大気の魔力すら一切確認できないような、霊的にゼロポテンシャルな土地でも同様だ。

 

 それに俺の知り合いの中には、死後確実に化けて出てきそうなエネルギッシュな人が何人かいたし、そういう人たちの幽霊とも出会わず、またあらゆる意味で人よりも見えすぎ(・・・・)てしまう(・・・・)俺の碧眼にも何も映らないことから、つまるところ、幽霊というのは結局人々の願望・希望的観測・空想の産物でしかなく、そんな都合の良い存在は居はしないのだろうと、俺の中では相場が決まっていた。

 

 

 話を戻そう。

 

 何やら学校では幽霊の噂が広まっているようだが、それは俺の推測では悪霊(レイス)に類する怪異であり、とてもではないが噂されているような存在ではない。

 

 そしてこの状況は危険だ。

 こういう噂話は得てして確認しに行く人間が出るものと相場が決まっている。加えて今回のはいわゆる怪談と呼ばれるようなものであるし、肝試しと称して突っ走る奴がいつ現れてもおかしくない。そうして怪異に遭ってしまえば、決して良いことにはならないだろう。

 つまり、陰陽師としての仕事である。

 

「……はあ」

 

 とりあえずは夜に出没するようだし、一旦家に帰って美緒に伝えてから殺しに行くか。

 

 自ら危険に突っ込むような馬鹿だとしても、無辜の市民を見殺しにするほどの人間性は生憎と持ち合わせていないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん」

「美緒」

 

「「幽霊の噂について話が」あるんだけど」

             あるんだが」

 

「「……」」

 

 見事にハモってしまった。どうやら考えていることは同じだったらしい。

 

「……考えてることは同じみたいだね。街中(まちじゅう)で噂されてる幽霊のことで合ってる?」

街中(まちじゅう)まで噂が広まってたのは知らなかったけど、幽霊の噂っていうのは合ってる。うちの校舎に夜出没するらしい。俺はそれが怪異だと思ってるから、誰かに危害を加える前に退治しに行こうと思ってる」

「同意見。幽霊っていうのもありえなくはないと思うけど、十中八九そういう怪異だと思うよ。だから私も今晩探しに行くつもり」

「結構色んなところに出るってことか?」

「そうみたい。私のところにも結構な数の報告が来てる」

 

 なるほど。うちの学校だけではなかったと。

 むしろ、うちの学校にも噂が届くくらい色々なところで出没して、噂が拡散してたって感じか。

 

「ごめんお兄ちゃん。本当はお兄ちゃんが退治に行くのは許可できないんだけど、今は猫の手も借りたい状況なの。お兄ちゃんの学校の分だけでいいから見に行ってもらっていい?」

「もちろん。戦闘もしていいってことだよな?」

「本当は……やめてほしいんだけど。でも、戦う前に絶対私に一報入れてね」

「大丈夫だって。俺、生き汚なさには定評あるから。心配すんなって」

「そういうこと言われると逆に心配になってくるんだよね」

 

 マジマジ。俺の悪運の強さは伊達じゃない。

 

 特に病魔の討伐に行った時とか、身体中の色んなところが腐り落ちて呪いまでもらって、普通に死んでもおかしくなかったけど、なんだかんだで生き残っちゃったからな。今はあの頃より遥かに死ににくいし、ぶっちゃけ言って俺が死ぬ状況なんて想像できないぐらいだ。

 

「そういえば、もしかして父さんが最近忙しそうにしてるのってこれ?」

「そう。実は結構前から報告が出てて。その確認・退治で色んなところ回ってるみたい」

「なるほどな……」

 

 これ、俺たちの耳にまで届くってことは、結構なペースで怪異が発生してるっぽいな。発生というか侵入か。結界はこの前点検した時は万全だったはずだが、どうなっているのだろうか。

 

「とりあえず行ってくるわ。気をつけてな、美緒」

「誰にもの言ってるのさ、私の方がずっと先輩だよ? お兄ちゃんの方こそ死なないようにね」

「それは大丈夫」

 

 あ、そうだ。

 

「そうだ。美緒、幽霊なんていないぞ」

「え? いや別に私は見たことないけど、いてもおかしくないんじゃない? 怪異なんているくらいだし、死んだ人の魂が──」

「ない。絶対ない」

「お兄ちゃんって実はホラーとか苦手だったの? あ、でもそういうゲーム全然やんないもんね」

「いや別にホラーが苦手なわけじゃないぞ。ただ幽霊なんて存在しないって言いたいだけ」

「ふーん……そうだ! 今度一緒に映画見ようね! とびきりのやつ選んであげる!」

「……? いいけど。じゃあ俺その時お菓子とか飲み物準備しておくわ」

「いいね! 今度の土日やろうね!」

 

 ??????

 なんでそんな話になるんだ。楽しそうだからいいけど。

 

「じゃ、行ってくる」

「うん。気を付けてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「幽霊」の出没は夜、という話だったが。

 

 特に何もいないな。

 

 夜中の学校を回っていた。既に21時を超えていてとっくに学校は閉まっているのだが、警備員さんに話が通っているらしく、例のキーホルダーを見せることで入れてもらうことができた。

 

 夜中のいつ、という情報が無かったのが面倒くさいな。既に陽は沈み切っているし、定義上「夜」であることは間違いないと思うのだが、21時は深夜とは言い難い。幽霊によく関連付けられる丑三つ時なんかはもっと遅いし、場所も時間もあまり明確ではない敵を待つ、というのは非常に面倒だ。

 

 とはいえ、待つしかないのだが。とりあえず男子生徒が言っていた、「校舎裏のいつも陽が当たらないところ」とやらが見える位置で待機している。

 

 

 ……おや。足音。

 

 

「……(キョロキョロ)」

 

 校舎内からのんびり眺めていると、何やら挙動不審な人物が敷地内に侵入してきた。

 

 20代か? 性別は男性。背丈は平均より高いくらいで太っても痩せてもいない程度の肉付き。ボサボサの髪と若干剃り残した髭が特徴といえば特徴だろうか。

 

 明らかに学校関係者ではない。生徒では間違いなくないし、先生達の中にもあのような男は見たことがない。あと純粋に挙動不審すぎる。明らかに周囲を警戒していて、「私は怪しい者です」と大声で言っているようなものだ。夜の校舎では警備員くらいしか人がいないので、それでもよかったのかもしれないが。

 

 俺の専門はあくまで化け物の討伐であって、不審者の補導は管轄外なんだけどな。

 

「警備員さんいるんで、早く出て行った方がいいですよ」

「!?」

 

 後ろから声をかけたが、随分と驚かせてじったようだった。

 なるべく早く出て行ってもらいたかったため、窓から降りて行ったのだが、そのせいで急に人が現れたように見えてしまったかな? 申し訳ないことをしたかもしれない。

 

「びっくりした……。君はここの生徒かい? 学校はもう閉まってるんじゃ? こんな夜遅くまでいるのはよくないよ」

「いや、不審者に常識を説かれたくないですね。部活動ですよ。星を観察してたんです。ほら、許可証」

 

 警備員さんから一応ということで預かっていた許可証を見せる。星を見ていたとか部活動とかいうのは真っ赤な嘘だが、説得力はそれなりに出ているはずだ。

 

「なるほど……いや、僕は怪しい者じゃないよ!? ここのOB! 前澤(まえざわ)っていうんだ。よろしくね」

「OBだろうがなんだろうが夜の学校にコソコソ入ってくる人間は不審者以外の何者でもないでしょうに。それで? 先輩は何の用事で来たんですか?」

「後輩からの当たりが辛い……」

 

 てっきり強盗なりなんなりの目的でやって来たのだと思ったのだが、違うのだろうか? 妙にフレンドリーすぎる。まるで本当に気楽に後輩に接する先輩のようではないか。

 

「いや……実はね。ここに幽霊の噂が出るって聞いてやって来たんだ」

「ああ、あなたもですか。幽霊なんて真っ赤な嘘ですよ。俺は毎日ここにいますけど見たことがありませんから。誰が流した噂かは知りませんけど、迷惑してるんです」

「え、そうなの?」

 

 おめーもそのクチ(噂に寄ってきた馬鹿)かい。

 

 肝試しだかなんだか知らんが帰ってくれ。最悪怪異にでも会って死んだりされると寝覚めが悪いんだ。

 

「参ったな……お土産まで持ってきたんだけど」

「お土産?」

「うん、ほらお菓子」

 

 前澤は手に提げていた袋から箱を取り出す。何やら可愛らしいラッピングがされていて、見るに贈答用の菓子のようだった。

 

「幽霊にお菓子なんて持ってきてどうするんですか。食べられないでしょうに」

「うん。でもこれはどうしても持ってこなくちゃいけなかったんだ」

「ふーん……」

 

 もしかしてアレか? 噂の中にあった、2年前に事故死した生徒とかいうやつの知り合いか?

 幽霊はいないので、あまりそういう未練を持ってこられても困るのだが……

 

 黙っている俺を『待ち』の姿勢だと勘違いしたのか、前澤がさらに語り出そうとして──

 

 ──魔法の気配。

 

 唐突に発生した魔法の気配につられてその方向を見れば、暗がりから滲み出るようにして怪異が出てきた直後だった。

 

 小鬼の時もそうだったが、なんと怪異はこちらに出現する際、予兆という予兆を一切発しないらしい。俺の耳にも目にも、気配に関する嗅覚のどれにも全く引っかからず、突然現れてくる。なんとも厄介なことだ。

 

 目の前に現れた怪異の姿は、「死神」とでも表現すべきだろうか。薄汚れたぼろ布に身の丈ほどもある大きな鎌。顔はぼろ布で隠れていてよく見えない。また、足が地面についておらず、宙に軽く浮いていた。

 

「幽、霊?」

 

 前澤も気づいたようだ。どこか上の空といった様子で、あちらを眺めている。

 

 流石にここまで来たら隠せないな。

 

 キーホルダーを日本刀に変形させる。

 

「前澤さん。あれは幽霊ではありません。怪異という人を襲うバケモノです。俺が倒すので、巻き込まれないよう逃げてください」

「い、いやちょっと待ってくれ。あれは野々宮(ののみや)っていう、僕の知り合いかもしれないんだ。話させてくれ」

「違うっつってんだろ。バカ言ってないでさっさと逃げてください。死にますよ」

「いや、でも、僕は彼女に──」

 

 死神が動いた。予備動作の分かりづらい、ゆらりとした動きで近づき、鎌を振るってくる。それに刀を合わせて弾いた。ぎゃりん! と金属と金属の擦れ合う不快な音が響き渡る。

 

 ──弱い。俺が強化されているのもあるが、力ではあの赤鬼に遠く及ばない。スピードや動きそのものの読みにくさ・大鎌によるリーチこそあるものの、それで何かが変わるほどではない。一般人一人を庇いながらでも余裕で倒せる。

 

 殺すか。

 

 そこで、俺の殺気を素人なりに感じ取ったのか、前澤が前に出てくる。

 

「の、野々宮! 僕だ! あの時の返事を──」

「ちょっ」

「──」

 

 は?

 

 死神の意識が逸れる。前に出た方を先に殺そうと思ったのか、視線が俺から前澤へと移り、前澤へその大鎌を振るう。

 

「ふざ、けんなッ!!」

 

 強化されたフィジカルで無理やり二人の間に割り込む。十分な姿勢を作れなかったため刀では受け切れなかったが、そこは俺の肉体をクッションとして使用することでなんとか鎌を止めることに成功した。あばら骨ごと肺がバッサリ切られてる。とても痛い。

 

「え」

 

 知り合いだと勘違いしている相手に攻撃されたからか、それとも目の前で人間が斬られたからか、前澤が呆けた声を上げて固まる。

 それを掴んで後ろへ跳躍。一緒になって転がる分の痛みまではカバーできないが、こっちもあまり余裕がないのでそれくらいは我慢して欲しい。

 

 まだも放心している前澤の胸ぐらを掴む。

 

「マジでいい加減にしろよ。アレは野々宮とかいうテメーの女じゃない。ただの人殺しの怪物だ。いつまでも女々しくくだらねー希望に縋ってんじゃねえぞ」

「で、でも! もしかしたら、あの幽霊が正気を失ってる野々宮かも」

「違う。何度も言うけど、全くの無関係だ。逆にアレが野々宮とやらだったとしてどうするんだ? 告白でもするのか? 話せば生前の未練を精算できるとでも思ってるのか? 正気を失ってるんなら聞いてねえし、殺されるだけだけど」

「そ、それは」

 

 …………熱くなりすぎだ。初対面の人間にそんな話をしてどうなる。死神を殺したいだけなら今すぐにコイツを後ろに放り投げて戦闘に集中すればいい。説得をしたいなら一旦退避して話し合えばいい。俺はそのどちらもしていない。わざわざ怪異の面前で無駄に長々と語っている。

 まるで、相手に選択を迫るみたいに。

 

「はあ。俺がアイツを殺します。前澤さんは怪我をしないように後ろで見ていてください。いいですね」

「あ、ああ。いや待ってくれ。さっきかなり深い傷を負っていただろう。一人だといくらなんでも」

「そんなのとっくに治りました。話は終わりです」

 

 前澤を置いて前へ駆け出す。

 

「──!!」

 

 迎え撃つように振るわれた大鎌を、地面スレスレまで姿勢を落とすことで避ける。そのまま刀の間合いへ。

 

「さっさと死ね」

 

 これまでのイラつきをぶつけるようにして、一気に引き出した魔力を刀と共に叩きつける。

 

 死神が実体をほぼ持っていないことは音で確認している。魔力の核らしきものも見えた。おそらく、これで大ダメージないしは即死するはず。

 

 果たして。

 

 

「〜〜ッッッ!!!!」

 

 

 死神は声になっていない絶叫を上げたかと思うと、一瞬体を震わせたのちにあっけなく霧散した。

 

 ……終わりか。

 

 やっぱり、この手の化け物は対処法さえ知っていればあっさり倒せるな。

 

 色々トラブルはあったが、少なくともこの学校の幽霊の噂に関してはこれで解消か。以降はあのような噂もなくなっていくだろう。

 

「前澤さん、先ほどはすみませんでした。俺は陰陽師という者で、さっきみたいな怪異の退治を生業にしてます。星を見ていたとか部活とかは建前で、幽霊の噂の正体であろう怪異の退治に来ていました」

「え、ああ、うん。僕の方こそ邪魔をしてしまったみたいで済まなかったね」

「本当ですよ。次こういうことがあったら前に出るのはやめてください」

「うん……」

 

 会話は成立しているが、心ここに在らずといった感じか。

 

 ……はあ。

 

 

「まあ、なんです。帰るまで話くらい聞きますよ。人に話すのも、未練を断ち切るには──」

 

 

 

 

「前澤くん?」

 

 

 

 

 

「……のの、みや?」

 

 

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?

 

 

 

 

 

 前澤を呼ぶ声が後ろから聞こえて、振り返れば。

 

 そこには、青白い光を纏って輪郭のボヤけた、女生徒がいた。

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