異世界から故郷に帰ってきたはずが、パラレルワールドに来てしまったみたいなんだが。   作:水野 四十坂Q

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幽霊:2

「前澤くん?」

「野々宮?」

 

 前澤と女が向かい合う。

 

 僅かな沈黙の後、先に女──推定野々宮が口を開いた。

 

「来てくれたんだ。別に気にしなくても良かったのに」

「そんなわけにもいかないだろ。あの時の、バレンタインの返事がまだだったから」

「そっか。──本当に、気にしなくて良かったのに。ごめんね」

「いや、すぐに返事をしなかった僕も悪いんだ。本当にごめん」

 

 前澤が重苦しい、沈痛な表情なのに対して、野々宮はどこか晴れやかというか、爽やかな笑顔を浮かべていた。

 

 前澤が「土産」と呼んでいた菓子を取り出す。

 

「野々宮。遅くなったけど、ホワイトデーのクッキーだ。僕と付き合ってください」

「ふ、ふふ。ふふふふ」

 

 前澤の意を決したと言わんばかりの告白に対して、野々宮が突然笑い出す。

 

「重い、重いよ、前澤くん。あれから何年私のこと引きずってたの? 結構雰囲気変わったよね。2年? 3年くらいかな。今は大学生? 大人っぽくなったっていうか、すごくカッコよくなったね。大学でも相当モテるんじゃない? その辺りどうなの?」

「そ、それは今関係ないだろ。声をかけられはするけど、別に付き合ったりとかはしてない」

「もったいないなー。それ、結構ひどいことしてるよ。でも、そっか。そんなこと言われて嬉しいや。私も悪い子だね」

「野々宮はいつも優しかったよ。悪い子なんかじゃない」

「すーぐそういうこと言うんだから」

 

 再び沈黙。

 

 野々宮が前澤から受け取ったクッキーを一口、さく、と食べる。

 

「前澤くん」

「はい」

「ありがとう。私、高校の時、ずっと楽しかったよ。3年、いや2年とちょっとかな。前澤くんと一緒にいて、おしゃべりをして。学校に通って、勉強をして。楽しかった。あの時間は私にとって、宝物です」

「野々宮……」

「だから……うん、そうだな、そうだ。最後はこうしよう。

 

私も大好き。

 

元気でね」

 

 そう言って、野々宮は宙に溶けていくように消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーありがとうね! おかげで僕も吹っ切れたよ!」

 

 学校で死神を倒した後。

 

 俺は前澤と一緒に帰り道を歩いていた。

 

「良かったですね」

「あ、あの怪異? とかいう時はホント勘違いで迷惑ばかりかけちゃってゴメンね!」

「お気になさらず」

 

 故人にもう一度会えたのが良かったのか、その目元は若干腫れているものの、前澤は随分と明るくなったようだった。

 

「随分幽霊の方と仲が良かったんですね」

「うん。僕と野々宮は高校時代、同級生でさ。部活も一緒だったんだ。だから話す機会が多くてね。まあ、最後の方は野々宮が交通事故に遭っちゃったんだけど……」

「へー」

 

 そろそろ敷地内から出る。これでお喋りの時間も終わりだろう。

 

 そういえば、と思い出して振り返る。

 

「そうだ。俺の知り合いに、怪異と関わった奴は教えておいた方が良さそうなので、連絡先聞いてもいいですか」

「もちろん」

「ありがとうございます。多分後で連絡行くと思います。怪異や幽霊のことは一応、他人には話さないようにしておいてください」

「分かった」

「では、俺はこれで」

「うん。本当に今日はありがとうね」

 

 別れる前に足を止める。

 

「そういえば、前澤さん」

「? なんだい?」

「……いや、なんでもないです」

 

 こんなことを彼に言うのは野暮だ。

 

 本来の目的である怪異の討伐は達成したことだし、帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、くそ。やめろよ。そういうの、今更」

 

 近所の裏山に来ていた。

 

 ここは街から外れている分、人気もない。少しくらい騒いでも誰にも迷惑がかからないだろう。

 

 だから、もう、我慢しなくてもよいだろう。

 

「くそ、くそくそくそクソクソクソクソクソ。クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ。なんでだ。ふざけるな。いい加減にしろ!! クソが!!!!」

 

 あまりの理不尽に頭が沸騰するような気分だった。

 

 だってあんまりじゃないか。

 俺がそれを諦めるまでにどれだけの思いをしたと思って……ッ!!

 

 いつだって欲しいものはその時には手に入らない。

 全てを諦めた後で、ふと、気まぐれのようにやってくる。

 

 そんなことは分かっていても、納得はできなかった。

 

 閉じ込めていた感情に身を焼かれるようだった。

 

 10年以上目を逸らし続けたからだろうか。

 

 心の中で蓋をしていたソレは、時間を置くことで静かに鎮火するよりも、むしろ窯の中でより強く、ごうごうと燃え滾っていたようだった。

 或いは、積もった灰の中で熾として残っていて、俺の平穏を薪に再び燃え上がったのかもしれない。

 

「なんで俺はまだここ(・・)にいるんだ」

 

 魔法が、魔力が溢れる。

 

 堰き止めていたものがこぼれてしまう。

 

 衝動に任せて地面を叩きつけると、僅かな振動と共に小さな窪みができた。

 

「いい加減、俺もそっちに連れて行ってくれ」

 

 怪異が集まってきていた。

 

 どこからか嗅ぎつけたのだろうか。それとも、夜中に一人で郊外を歩く人間を見つけて追っていたのか。

 

 忌々しい存在だが、今は少しだけそれがありがたかった。

 

「死ねよ」

 

 物に当たるというのは、ストレス発散になるらしいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから無事、幽霊の噂は収束しつつあるようだった。

 

 父さんや美緒も上手くやったらしく、街で出没する怪異はあらかた倒したらしい。これだけ怪異が発生したことに感して結界の破損・不調が疑われたものの、特段問題はなかったようだ。そもそも、結界はあくまで怪異を近づけないようにするためのものというか、虫に対して忌避効果のあるスプレーを噴霧するようなもので、完全に侵入を防げるようなものではないらしい。今回は異界の方で怪異が大量発生したか、または何らかの要因でこちらの方へ誘引された可能性があるとのそうだ。詳しい原因は目下調査中、未だ不明とのこと。

 

 俺はというものの、一切の連絡をせず戦闘した挙句帰りが非常に遅くなったことについてこっぴどく説教された。あの時は色々あって忘れていたが、それにしたって戦闘後すら連絡を入れなかったのは流石に不味かったと思っている。

 

 まあ、色々ありはしたものの、こうして再び平和な学園生活に戻り、今は放課後に適当に寄り道をしながら帰っているところだ。

 

 今日は特に誰とも一緒に帰らず、一人で歩いている。理由は特になく、強いて言うなら気分だ。街の雑踏を感じたくなったというか、たまには一人で静かに街を眺めたくなったというか。人生にも刺激の少ない日が必要なのである。

 

 歩く道すがら街を眺めていると色々な人が目につく。買い食いをしている学生、スーツを着たサラリーマン。のんびり歩いているマダム。夕方から夜にかけての準備をしているのか、飲食店のスタッフのような人もちらほら見かける。

 

 

 街中を歩いていると、ふわり、と何となく懐かしい思いのする香りが鼻腔を突いたので、香りのした方向へ視線を投げる。見れば、そこには花屋があった。どうやら並べられている花の匂いに誘われたらしい。

 

「お好きなんですか?」

 

 どれの匂いだったんだろ、とぼんやり花を眺めていると店員さんから声をかけられる。

 

「ああ、いや。俺がというよりは知り合いが好きで。香りが懐かしいなと」

「別れた彼女さんの趣味ですか」

「急に踏み込むなあ!?」

 

 デリカシーゼロかこいつ? 普通そういうのは無難に流すとこだろ。割と若い女性の人だし、年頃のそういう人は例に漏れず恋バナに飢えているのだろうか。にしたって初対面にする返しではないと思うが。

 

 第一(だいいち)

 

「別れてませんよ。しばらく会ってないだけです」

「遠距離恋愛というやつですか。それで彼女さんが恋しくなり、女々しくも彼女さんを思い出すものを買いに来たと」

「いや本当にデリカシーないなアンタ」

 

 女々しくて悪かったな!

 

「まあまあ。香りの良い花でしたよね? それならこれとか、これとか、これとかどうでしょう」

 

 急に営業に入るじゃん。

 俺としては切り替えの急激さにドン引きもいいところなのだが、もしかしたらそういう営業テクニックなのかもしれない。少なくとも会話の主導権は握られているし。話術と言うには人の繊細な話題に躊躇なく踏み入りすぎな気もするが。

 

 差し出された花の香りを嗅いでみる。すげーいい匂い。やっぱ品種改良された園芸種って、あらゆる面で人が好むようになってるんだなと感じる。

 

 でも、なんか違うな。派手すぎる。よくも悪くも良い香りすぎるというか、素朴さが足りないというか。

 

「もっと普通のものはないんですか?」

「普通っていう注文が一番難しいんですよね。この辺はどうですか?」

 

 またいくつか花を渡されてので嗅いでみる。

 

 ──これだ。

 

 黄色の花弁をつけた小さな花の香りが、つい先ほど気になったソレそのもののようだった。

 

「いいですねこれ。ください」

 

 切り花ではなく、鉢植えとして売られているそれを購入する。必要かと思い、アンプル状の栄養剤も併せて購入しておいた。

 

「ありがとうございます。ちょっと可愛くラッピングしておきますね」

「どうも」

 

 またのお越しを〜! という声を背に花屋を去る。

 

 予定にない買い物だったが、別にそんなに高くないし、そこまで悪くもなかっただろう。花は自室の窓際にでも飾るとしよう。

 今度こそ帰ろうか。……うん、いい匂い。

 

 あれ、佐山さんだ。学校終わりからすぐ帰ったにしては遅いが、彼女も同じように買い物でもしていたのだろうか。

 どうせ見かけたのだから声をかけようと思ったのだが、こちらに気づかないまま行ってしまった。まあいいか。明日も会えるんだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「晴翔。付き合え」

 

 夜。

 父さんから突然呼び出された。

 

 なんだよ。

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