異世界から故郷に帰ってきたはずが、パラレルワールドに来てしまったみたいなんだが。   作:水野 四十坂Q

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「晴翔。付き合え」

 

 父さんは家に帰って来るなり、そう俺に言ってきた。

 

 幽霊の件に関しては既に収まったと美緒に聞いたはずだが、父さんは相変わらず遅くに帰って来るようだった。別件もあるのか、ここ最近の父さんは妙に忙しそうだ。髭は剃られる事もなく雑に伸び、目の色からは明らかな疲労を感じる。

 

 休め、と言いたいところだがどのみち今断ったところで父さんが時間のある時に帰ってこられる確証もない。それに、父さんの目から感じ取れる雰囲気から尋常ではない様子──俺の気のせいで無ければ、言外に「表出ろ」と発しているその空気を感じ取ったため、なんとも断りにくい心持ちだった。

 

 顎で外に出ると示す父さんに付き添って外へと歩き出す。もう日が落ちて周囲はすっかり暗くなっており、夜闇を電光が照らしていた。

 

 父さんが歩くまま従っていると、近所のコンビニに。

 

「何か飲みたいものはあるか」

「……じゃあアクエルアスで」

「わかった」

 

 そう言うと、父さんはコンビニへ入り、二人分の飲み物を買ってきた。

 俺にはアクエルアス。

 自分にはペットボトルのカフェオレ。

 

 なんなんだ。ただ飲み物を奢るために誘ったわけではあるまい。何か話があるのだろうというくらいは察しがついているが、それにしてはそれが始まる気配がない。

 

「ここで話すのもなんだ。異界に入るぞ」

「え」

 

 俺の了承を得る前に、父さんはずんずんと先へ進んでいく。そのまま路地裏へと入ってしまった。

 

 異界への入り口、などと呼ぶとなんだか仰々しいものに感じるが、ここ最近行ってみた感触としてはそれはこの街において驚くほど身近に存在する。

 例えば一目につかない暗がりだったり、廃墟の屋根裏だったり、路地裏の奥だったり。

 

 もしかして、人気のない場所に異界の入り口があるんじゃなくて、異界に繋がってるから人気がない、または陰陽師が人が近づかなくなるようそうしたのかも──なんて。

 

 路地裏から異界に入ってみれば、そこは荒野だった。

 

 一面の荒地。幸いにして、近くに怪異がいるような気配は感じ取れない。

 

「何年だ」

 

 俺に背を向けたまま父さんが言い放つ。

 

「何年って?」

「とぼけるな。異界に何年いたのかと聞いてる」

「……」

 

 ……マジ?

 

 いや、でも、いくらなんでもそこまでバレるか?

 

 普通、一週間で帰ってきたら息子が実は向こうでは何年も過ごしてましたとか考えないだろ。俺ならSFの読みすぎだと自分に反論して口に出さない。

 

「いくらなんでも雰囲気が変わりすぎだ」

「雰囲気っていうのは、怪異の気配が俺からするってやつ?」

「違う。言葉通りの、印象・性格・言動だ。佇まいが落ち着きすぎなんだよ。それに、この前永塚くんと合わせて稽古してやった時の動きが良すぎた。俺の動きも完全に見えていたし、とてもじゃないが一週間やそこらの成長量じゃない」

「あー……」

 

 なるほどね。俺が魔法の使用を封印していたとはいえ、動きに場慣れ感が出過ぎていたということか。

 

「それと、ほれ」

 

 父さんがどこからか取り出した物を俺に投げつける。

 

 包帯でぐるぐる巻きにされた棒?

 

 いや──

 

「なにこれ。ミイラの腕?」

「お前が持ってきたものだろう。瘴気が酷かったから今は封印してある。瘴気に怪異が寄せられてきて裏山が酷い有様だったぞ。次からはあんな適当に捨てるな」

「大変申し訳ありませんでした」

 

 最近父さんがずっと忙しそうにしてたのって俺のせいかよ!!!!

 ごめん。

 

 長さ・重さから間違えるはずもない。見るまでもなく分かる。父さんから投げ渡されたソレは、かつて俺が『あちら側』にいた頃、ずっと愛用していた剣だ。地下王国由来の蒼い鋼を城塞都市の鍛治師が鍛えた、折れず曲がらずの名剣。今はかつても目にした、怪しげなお札でガチガチに固められているが。鞘ごと固められてしまっているので抜けそうもない。

 

「で、実際何年向こうで過ごしたんだ」

「……言いたくない」

「そうか」

 

 父さんも、息子の高すぎる年齢なんて知りたくないでしょ。

 

「まあ、いい。そういうこともあるだろう」

「これを聞くために俺を呼んだの?」

「いや、本題は別だ」

 

 じゃあなんだよ。

 

 突然、父さんの隣に巨大な斧が出現する。恐らく怪異が封じられた武器だ。小さい状態から元に戻したのだろう。

 

 だが、今この場に怪異はいない。

 

「お前には知らされていないことだが、陰陽師が振るう武器には3つの段階がある」

 

 父さんが斧を握る。数十キロどころか、単位がトンに突入していてもおかしくないそれは、一人の人間に軽々と片手で持ち上げられた。

 

「一つ、封印。怪異が封じられ、力を抽出されているだけの状態。妖気に耐性さえついていれば誰でも扱えるほどに危険性を抑えられているが、それ故に怪異から引き出せる力も少ない」

 

 魔法の気配を感じる。大斧から力が溢れ出す。存在感が大きくなっていく。

 

「一つ、契約。さらに熟達した陰陽師が引き出せる、武器の次のステージだ。封印された怪異と契約し、対価を渡すことでさらなる力を得ることができるようになる」

 

 威圧感を感じる。これには覚えがある。『あちら側』でも稀に見た、強者が発する威圧感だ。高すぎる魔力が、そこにあるだけで圧力として働いているのだ。

 

「そして最後、隷属。封じられた怪異を自らの力のみによって叩きのめし、完全に服従させる。これによって陰陽師は怪異の力を余すこなく振るうことができるようになる」

 

 父さんが一歩踏み出すと、地面がひび割れた。

 

「こいつは隷属武器だ」

「だろうね」

 

 今の説明で最後のやつじゃなかったら流石に詐欺でしょ。それに今の父さんの強さは恐らく、城塞都市の中でもトップクラスに強かった人と同等か、それを上回るぐらいだ。それくらいの圧を目の前から感じる。

 

「そしてこいつは契約武器だが、もう一本」

 

 さらに父さんは空いた左手に短剣を握った。存在感がさらに大きくなる。

 

「それさ、体に悪いからやめた方がいいよ」

 

 恐らく聞いてはくれないだろうなという確信を得ながらも、一応肉親への情で忠告しておく。そもそも、人に害を為す怪異の魔力を直接体に通すという行為自体、俺としては眉を顰めたくなるようなものだ。それを二体分、しかもどちらも元栓をガンガン開けているのだから、その悪影響のほどはなかなか恐ろしいものがある。

 

「そんなことは分かっている。どうでもいい。お前も構えろ」

「構えろって……」

 

 組み手にしては本気すぎる。俺じゃ相手になんないよ。

 

「お前が再生能力を持っているというのは聞いている。手加減はしない」

「なんで急に稽古を」

「これは稽古じゃない。構えないならこっちからいくぞ」

「いや待って」

 

 直後、父さんが凄まじいスピードで飛び込んできた。こちらも刀を出して、斧を受け止め──いや無理だこれ!

 

「ぐべぁ」

 

 肺が押し潰されたせいで、喉から変な音が漏れる。

 刀と両腕を交差させて咄嗟にガードしたはいいものの、防御の上から無理やり潰された。それだけでは済まず、そのまま俺は10メートルほど宙を飛び、ごろごろと地面を転がる。

 

「いってぇ……」

 

 呻きながら文句を言おうと顔を上げると、頭上に影。

 

「うおおおッ!?」

 

 普段以上の魔力を刀から引き出して無理やり飛び退く。直後に轟音。すぐ横を見れば、斧を振り下ろしてクレーターを作った父さんの姿。

 そのままこちらを見ることもなく、左手の短刀を振るってきた。どう見ても届く間合いではないが……違う! 明らかに何らかの魔法の予備動作だ。恐らく斬撃なり炎なり氷の礫なり、何かしらの遠距離攻撃が飛んでくる。

 

 まずいな、ガチじゃん。昔の俺なら普通に死にかねないぞ。

 しょーがない。さっきもちょっとやったけど、奥の手見せますか。

 

 魔力を刀から引き出す。いつもならこれを纏って終わりだが、それを体内で循環させて、流れを作る。ぐるぐると渦を巻いて、元の場所につなが──ない。糸巻き器のように、魔力を巻き取る。

 この妖刀から引き出せる魔力の量は実際、父さんが使う斧に比べて遥かに小さい。蛇口が小さいとか、水をくみ上げるポンプが小さい、というイメージだろうか。瞬間的に引き出せる量にどうしようもない限界がある。だがそれは、工夫の余地がないという意味ではない。

 要は蛇口が小さいなら水の流れを速くすればいいし、ポンプが小さいなら頑張ってめちゃくちゃ早く押せば多少はなんとかならないこともないのだ。糸を強く引っ張れば素早く引き出せるように、俺の方で魔力を引き出す速度を無理やり上げることでちょっとだけ魔力量を水増しすることができる。

 とはいえ、所詮向こうの膨大なソレと比べればどんぐりの背比べに過ぎないのだが。その差は体捌きといつもの再生ゴリ押し戦法で埋める。

 

 俺がアレコレとやっている間に父さんが刀を振り切る。同時に、刀から複数の血の刃が飛んできた。

 

 飛んできた刃は5本。一本は縦に長く、ちょっと体をずらすだけで簡単に避けられる。横薙ぎの一本は刀を合わせて相殺する。その時に弾かれる勢いを殺さず、重心を回転軸にして一回転。次に到来する刃は左腕と腹に当たるコースなので無視。そのまま腕の肘から先が飛ばされ、脇腹にちょっとした切り込みが開く。最後の一本も、なんとか間に合わせた刀で弾く。

 

 ふぅと一息吐こうとして──後ろから、巨大な岩の手に掴まれる。

 

「油断したな」

 

 

 ──放出系魔法の二種同時行使ィ!?!?

 

 

 本物の高等技術だ。なんなら俺もできない、というか今まで出会った人の中でもミラしか使っているのを見たことがない。

 それをまさか父さんが……? いやだがまさかいくらなんでもそんなわけ……違う! これは斧から直接出た魔法だ。中の怪異に魔法を使わせてるってことかよ! ずっる!

 

「報告から想定していたよりも随分と再生速度が速い。封印武器にしては異常な出力を引き出す技術は俺も初めて見たし、戦闘技術、咄嗟の判断も見事なものだ。

 

──だがまだ本気ではないな。晴翔、何故自分の気を使わない?」

「なんの、ことだよ」

 

 本当になんのことだよ。「妖気」を異界由来の魔力であると解釈するなら、「気」とは自身の体内から汲み上げる魔力であると解釈するのが妥当だが、それを積極的に使うのは陰陽師の発想ではないはずだ。俺、というか『あちら側』の戦闘職であればむしろそっちが普通ではあるのだが、そんなことは知らないはず。

 

「完全に気を絶っているだろう。お前は元々薄っすらではあるが気を纏っていたはずだ。それだけ妖気の扱いに習熟したなら気も相応に強くなっているだろうに、何故それを使わず、むしろずっと絶っている?」

 

 知らねーーよ!

 

 こっちの俺が最初から魔力練れてたとか俺が知ってるわけねーだろ!!

 

 俺は後から魔力を習得した身だ。だから、それまでは本当に一切、魔力を持っていなかったことは自分で分かっている。

 だがどうにも、こちらの俺はそうではなかったらしい。随分と恵まれた才能をお持ちだったようだ。羨ましいことで。

 

 それはそれとして、推測の過程は大きく間違っているが、俺が現状、自分の魔力を使用していないというのは事実だ。無意識での身体強化すら発生しないよう、結構強めに意識して出さないようにしている。理由は単純。周囲に迷惑だから。

 

「俺のま……気は色々と問題だから。周囲を汚染するし、人体に有害だから、人に向けるようなものじゃない」

 

 言ってしまえば、俺の魔力はウンコや生ゴミのようなものだ。そこにあるだけで不快だし有害。俺が魔法を使いたいからというだけで出すわけにもいかない。しかも長時間滞留する都合上、その時人がいなかったとしても、後から人が入ってくるような場所であればそこでの使用も憚られる。

 その点、怪異の封印武器はそういったデメリットもなく魔力を扱えるので重宝している。

 

「なるほど」

 

 父さんも分かってくれたみたいだ。

 

「俺も随分、舐められているようだ」

 

 そうじゃない。

 

 父さんの持つ短刀から血が吹き出す。

 噴水のように吹き出した血は地面へ落ちることなく空中に止まり、その肉体への纏わりついていく。

 そのまま凝固したのか、流水をそのまま固めたような、刺々しい意匠の外殻へ。

 

 血の鎧か。

 

 血の刃といい、随分と禍々しい魔法ですこと。

 見れば、父さんの顔色がほんの少しだけ悪くなっている……ような気がする。

 

 刃から吹き出す血。

 契約武器。

 『封印された怪異と契約し、対価を渡すことでさらなる力を得ることができるようになる』

 なるほど。

 あの短刀を使用する上での対価は、己の血液か。

 

「行くぞ」

 

 父さんが凄まじい勢いで飛び込んでくる。防御力を向上させていそうな魔法だが、単純なフィジカルの強化という側面もあるみたいだ。先ほどのセリフからして、これが本気の本気と考えていいだろう。

 

 どうしてこう、強くなろうとする人は自分をチップにしていくんだ。俺もあまり人のことは言えないが。

 

 どうする。

 

 最悪、俺がミンチ(・・・・・)になるのは(・・・・・)いい(・・)。色々と印象が悪すぎるが、魔力を使うよりはマシのはずだ。

 だが、その場合、父さんが止まらない可能性がある。ただでさえ体調と命の何割かを犠牲に力を引き出しているような状態なので、早急にこの戦闘を終了させたい。が、どうにも説得では止まりそうにもない。

 

 

 うーん。

 

 

 うーーん。

 

 

 うーーーーん。

 

 

 はぁ……

 

 

 しょうがない。

 

 

 使うか。

 

 

 

 

 ドガン!!!!!!!!

 

 

 

 

 大斧が衝突した。

 

 

「あのさ」

 

 俺はというものの。

 

「俺、こう(・・)だからさ、本当に極力、自分の力は使いたくないんだけど」

 

 斧を腕で受け止めていた。

 

 俺を拘束していた岩の手など、周囲は衝撃で粉砕されているが、俺自身は五体満足で立っている。

 右腕からは黒いモヤのようにも見えるドス黒い魔力が噴出し、切っ先が触れる直前でそれを押しとどめていた。

 

 父さんは、流石に微動だにしないとまでは思っていなかったのか、驚愕の表情を浮かべている。

 

「それは、瘴気か」

「もうやめにしない? 俺も人を怪我させたいわけじゃないんだけど」

「……そうだな」

 

 魔力を再びしまいこむ。父さんも武器や血の鎧を解除し、戦闘の意思はお互い完全に消えたように見えた。

 

「俺としても見たいものは見れた。ここまでにするか」

 

 ふーん。

 

 やっぱりそういう? 多少無理してでも俺の全力を見たかったとか、そういう感じ?

 聞かないでおいてあげるけど。

 

「これ、人の精神に悪いしさ。なんか怪異も寄せ付けるみたいだし、早いとこ帰ろうぜ」

 

 そしてその日はこれ以上何かが起きるわけでもなく、いつものように帰った。

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