the Damned 作:五木字塔
人を殺した超能力者は社会復帰できるのか?
そんな問いが社会で真面目に検討されてきた歴史を最近になって知った。未知の因子によって超自然的な能力を獲得した突然変異個体――サイキックが史上初めて公式に確認されてからすでに70年あまり。サイキック犯罪者をいかに更生させるか(あるいは合法的に処分するか)は、世界中の国家と社会にとって困難な課題であり続けている。ものの本にはそう書かれていた。
ここ日本でも様々な試みがされている。
本当に効果があるのだろうか?
統計上は有意な差があるらしい。だが青少年サイキック犯罪者向けのプログラムをひと通り経験した自分に言わせれば、過度な期待はできないと思う。俺は最初の殺人については今でも後悔しているし、その罪を償えるなら死んでもいいとさえ思っているが、
あるいは出所後に通う高校の教育プログラムで変われるのだろうか?
サイキックの子弟を専門に受け入れている指定教育機関、私立新星学園高等学校。
名前だけは刑務所で聞いて知っていた。アメリカで設立された世界初のサイキック専門の私塾――サイキックの子女だけを受け入れる教育機関をモデルとして作られたという。サイキックを特徴づける特異能力の制御、超常の力を使いこなし社会に適応する成熟した人格を育てる感情コントロール訓練や生活技能訓練、サイキックと社会の関わりの歴史といった特徴的な教育は、ここを手本とした新星学園にも受け継がれている、らしい。
JR由野原駅からバスに揺られて10分。学園は閑静な住宅地の只中に広がっていた。
実際、広い学園だった。正門から入った前庭には車回しに駐車場、灰色の鉄筋コンクリート造りの殺風景な校舎が複数並び、ガラス張りのえらく綺麗な建物、グラウンドにテニスコートにプール、近代的なビルまであり、大学と見紛うほど。
俺はパンフレット裏の地図を手に敷地内をしばらくうろうろした。一応、面接と編入試験の時に一度は来たのだ。場所は違うが同じ学園の中だ。クラスまで辿り着けるだろうと高をくくって……。
……そして見事に道に迷った。
これでは初日から遅刻だ。こんなことなら道行く学生の誰かに素直に頼っていれば良かった。いつもながらの自分の要領の悪さに辟易しながら、半ば自棄になって建物の間をひたすら歩き回った。
彼らを目撃したのは、校舎と校舎の間の路地に入った時だった。角を曲がってその四人を見つけた瞬間、まずい場面に出くわしたと悟った。
一人の少年を、三人のガラの悪い女が囲んでいる。全員がここの制服を着た学生だ。左右を校舎の灰色の壁に挟まれ、谷底のように薄暗い細道だった。壁には窓が一つもなく、雨樋のパイプと換気扇のダクトがなければ刑務所の外壁に似ていた。その灰色の壁に少年を押し付けて、女の一人が彼の頬を張り飛ばしていた。
「調子に乗ってんじゃねえよバカ犬!」
その場の空気を凝固させるような、ざらついた暴力の気配に満ちた怒鳴り声。こういう怒声を、俺は腐るほど聞いてきた。そして俺の肉体も、飽きるほど繰り返した反応をまた示した。
首筋から脳の中まで白熱するような、激しい怒りの感情が湧く。
前科一犯のサイキックは目を瞑って立ち去るべきだった。仮出所中の身分――しかも保護観察のために送られたサイキック専門の学園に転校して初日に暴力事件を起こしたら、社会的にもう一段階確実に死ぬ。
同時に俺は、こういう時に立ち去ることを自分に許さないと誓ってもいる。
つまるところ、彼らを目撃した時点で俺の人生は詰んでいたのだ。
諦めて足早に四人の許へ近づいた。俺の“力”の射程圏内にさっさと相手を入れたい。足音に気づいて四人が振り返っても歩みを止めず、できるだけ何気ない口調で話しかけた。
「すいません。道に迷ってしまったんで案内してもらえると助かるんですが。あと何してるんですあんた達?」
女達が陰険な目を一斉にこちらに向けてきた。
「はぁ?誰だよテメエ」「見て分かんない?ウチら忙しいの」「とっとと失せろバーカ」
耳障りな甲高い声で競うように罵倒を投げてくれる。
「はぁ。見たところ一人を囲んでリンチしてるようにしか見えないんですけど。あんたがたは――」
「ぴーぴーうるっせえんだよ男のくせに殺すぞ!」「」
少年を平手打ちした赤毛の女が、さっきと同じくヒステリックに喚いた。台詞と同じくチンピラのような目で睨んでくる。
「しょーがない。バカ男には痛い目に遭って学習してもらおっか」
隣で長髪の女が笑い、それで俺も次に来るものに身構えることができた。
“力”の射程圏内、俺の直上数メートルの位置に突然空気ではない異物が出現した。素早く仰ぎ見た俺の視界にシンダーブロックの四角い影がいっぱいに広がってくる。反射的に “力”を灰色のブロックに注ぎ込んだ。落下までのコンマ数秒。的を絞ってどうにか限界まで加熱して砕いた。頭上でコンクリートのブロックが固い音を立てて真っ二つに弾けて、白っぽい塵と小さな破片がクラッカーのように飛び散った。
「な!?」
あんぐりと口を開いた三人に向かって、顔を伏せて破片を頭に浴びつつ突進する。
「おま――がぁッ!?」「げぇっ!」
反応して叫びかけた赤毛と長髪の顔を左右の手で掴んで壁に叩き付ける。“力”を二人の体表に軽く加え威嚇して反撃を封じた。
「痛ってえ!てめえ……いったい何を……?」
出目金のように目を丸くした赤毛が手の下で呻いたので、少しおかしくなってからかってやった。
「何だと思う?お前の体を無理やり引き千切る能力かもな」
俺から飛びのいて尻餅をついていた三人目の女生徒――眼鏡を掛けた女が不意に叫んだ。
「パイロキネシスだよ!こいつのサイキック能力は物を燃やすことだ!」
正確には少し違う。燃やすのではなく加熱させるだけだ。ともあれこいつは他の二人より頭が回るらしい。
もしくは、いわゆる読心能力者の類か。
「今のは俺に対する暴力行為だ。そうだよな?傷害罪だ。ということは俺がお前らをちょっと痛い目に遭わせても正当防衛になる。分かるよな?」
「このクソ野郎!女の子に暴力ふるいやがって!」
赤毛の怒声とともに両腕が捻じれる。手が二人の首を離れ、さらに捻じられていく。
相手の能力だ。たぶんサイコキネシス。
「――!」
痛みを堪えて“力”を飛ばした。
「あっちい!」
赤毛がうずくまる。腕を捻じる力が消えた代わり、何かに掴まれる感覚がして後ろに吹っ飛んだ。
「げほっ――くそ!」
背中から地面に叩きつけられながら悪態をつく。すぐに身を起こして三人の女を睨みつける。相手も寄り集まって憎悪に燃える目でこっちを睨んでいた。
お互い“力”は使わなかった。どちらが使っても反撃されて痛み分けになる。反撃を許さない一撃を加えたら人殺しだ。
立ち上がった俺は、それでも居丈高な態度を崩さなかった。
「今度お前らがバカやってるところ見かけたら燃やす。俺に付き纏っても燃やす。そこの男に近づいても燃やす。分かったか?」
静かに恫喝する。
「この野郎……」
歯を剥いた赤毛を庇うように長髪が前に出た。
「調子に乗ってるとこ悪いけどあんたもう終わりだから。この学園で女の子に暴力振るったらどんな地獄見るか、そのうち足りない脳みそでも覚える羽目になるよ。行こう」
後ろの二人を促して背を向けた。
「勘違い野郎きっしょ。死ね」
「今度会ったらてめえを殺してやるよクソ男」
憎々しげに捨て台詞を吐いて、眼鏡と赤毛も後に続いた。
俺はそいつらが角を曲がって路地から消えるまで見送ってからため息をついた。
「あ……あの……」
細い声がして、そこで初めて彼の存在を思い出した。
三人の女生徒に絡まれていた男子生徒が、壁に手をついてよろよろと立ち上がるところだった。
女生徒と大差ない上背をした、線の細い少年だった。癖のない短い髪は女生徒に掴まれた名残で跳ねていた。制服のワイシャツもボタンが千切れて皺が寄っていた。頬も腫れて赤い。
「あ、ありがとう……ございます……」
うなだれるようにお辞儀をされた。
肘を掴んで縮こまるようにした彼の態度から、恥や屈辱の感情を察するのは難しくなかった。第三者にいじめや虐待を受けているところを見られた人間は、しばしばそんな感情を抱く。自分の体験がある程度普遍的だというのも、矯正施設で学んだことの一つだ。
「いや、別にいいって。じゃあ」
いたたまれなくなり、俺は曖昧に言葉を濁して背を向けた。彼に劣らず恥じる気持ちもあった。俺にも一応の常識はあるのだ。少なくとも正義漢ぶって無軌道な暴力を振るって大口を叩くのを、みっともないと感じる程度には。
「あ、あの……!えっと……」
少年が細い声を張り上げたが応えない。逃げるようにそそくさと立ち去った。
それがすべての始まりだった。
結局、本館に辿り着いたところで何人かの学生と合流できた。彼らに尋ねて職員室に駆け込んだのが9時10分前。担任の男性教師(角刈りでやたらと体格の良い古文担当講師)に心配され、平謝りするばかりだった。