the Damned 作:五木字塔
担任について教室に入り、クラスメイト一同を眺めておや、と思った。
俺を見る目に敵意がない。
それで察した。おそらく俺が殺人犯だと知らないのだ。少なくとも誰を殺したのかは知らないと確信した。
まあ、だからどうということもない。
「少し遅くなったが、彼が今日からクラスの仲間になる清水修一君だ。学園については知らないことがたくさんあるだろう。みんな助けてやってくれ――清水」
「はじめまして。清水修一です。よろしく」
促されて頭を下げる。事前に考えた挨拶はこれで終わりだ。
「なんだおい、もうちょっと喋んなくていいのか?」
「ええ、まあ」
苦笑する担任に曖昧に返事をした。視線も落としてこれ以上の会話を拒む。
実際、これ以上話すべき事柄は何もなかった。もともとクラスメイトと打ち解けるつもりはない。前科については、あえて自分から言う必要はないと保護観察官に忠告されていた。
能力者が新星学園に来る”言いたくない事情”など皆いくらでも想像できるのだろう。あえて追及もされない。儀礼的な拍手が疎らに起きて消えた。
「よし、じゃ席について授業開始な。お前達もサボるなよ」
「えー」「めんどくせー」「はーい」
気を取り直すように担任が声を張り、生徒達の軽口に「バカ野郎」と軽口を返しながら慌ただしく教室を後にした。
俺も黒板前の壇上を降りた。クラスメイトの視線を縫うように歩いて指定された窓際の席に着く。同時に数学の担当講師が現れた。
授業は何事もなく静かに進んだ。
能力者専門の教育機関という華々しい看板と裏腹に、授業風景は至って普通の高校だ。数学、英語、日本史が淡々と進む。生徒達は教師のキャラの授業の面白さに合わせて、黙ったり私語に花を咲かせたり隠れて弁当を食べたり、そして真面目にノートを取ったりしている。
俺の素っ気ない態度に愛想を尽かしてくれたのだろうか。昼休みになっても誰一人俺のそばには近寄らなかった。透明化するサイキックになった気分。
無関係な喧噪のただ中でぼんやりと窓の外を眺め、物思いにふける。逮捕されるまで通っていた中学校と同じ形をした椅子に座り、これも中学校と同じ型の机に肘をついて、まるで高校ではなく中学に戻ったような錯覚を覚えていた。少年院の机は椅子に付属する小さなプラスチックの板切れで、椅子自体も床にボルトで固定されていた。サイコキネシス系の“力”で振り回されないための措置だ。してみると能力者専門の学園とはいえ、治安は少年院よりだいぶ良いらしい。当たり前か。今朝出くわしたあの三バカは例外なのだろう。
ここなら“力”を暴発させる心配もなく平穏に暮らせるだろう。天板の木目を指でなぞりながらそう期待していた時、周囲に不穏なざわめきを立てながら机の脇に複数の人間が集まってきた。
何事かと目を向ければ男女複数の学生が俺の机を囲んできている。その中にあの三バカを見つけた俺は“例外”に早くも目を付けられたのを悟った。
「こいつか?」
「そうそうコイツコイツ!あたしたちにいきなり“力”使って襲い掛かってきたキチガイ野郎だよ!」
何を被害者ヅラしてるんだお前は。
睨みつけてそう言いかけた時、後頭部にズキリと鋭い痛みが潜り込んだ。
だしぬけに体から力が抜けた。金縛りにあったように指一本動かせず、だが姿勢は崩れない。
“力”だ。悟ったのと同時に体が勝手に立ち上がった。
「とりあえず連れてくぞ。屋上でいいか?」
背後から、眠たげな眼をした男子が回り込んできた。
今の痛み。
こいつの仕業か。おそらく能動型テレパス。
男に答えたのはグループの真ん中でふんぞり返っているショートカットの女子だった。
「そうね。邪魔の入らない所でたっぷり話を聞かせてもらおうじゃない」
そいつは勝ち誇った残忍な笑顔で俺を見つめた。
鉄扉を開けると白々しいくらい平和な陽光が視界に溢れた。学校の屋上は何もないコンクリートの打ちっぱなし。縁には緑色の網目フェンスがある。俺はリンチ女のグループに囲まれて屋上の真ん中にいた。
ボスらしき女子の前に正座させられ、これから何が始まるのかおおよそ見当がつく。歯を食いしばって痛みと、自分自身の“力”の暴発に備えた。
胸板に蹴りを入れられた。痛みが走り抜けるが体は微動だにしない。誰か(さっきのぬりかべみたいにぼけっとした男子だろう)の“力”で拘束されたままだ。
「あんた、あたしの友達に手を上げてタダですむと思った?女の子に殴りかかってのうのうと生きてられると思った?」
ボス女にローファーの爪先で鼻を蹴り抜かれた。頭の中でガツ、と音がして目の前に火花が散る。口の奥に鉄の味。
「詩織も真由美も恵美もすごい怖い思いしたんだよ。いきなり変な男に因縁つけられて“力”までかけられて。あんた犯罪者なの。分かる?」
口は動く。言葉の前に口の中の血を飲み込んだ。
「何とか言いなさいよほら!」
サイコキネシスの女が後ろに回り込んで後頭部を蹴った。視界に星が散る。
「黙ってんじゃねーよクソ野郎!」
テレポーターがまた顔を蹴る。
「謝れよカス!おら!」
読心術の女が喚きながら側頭部を蹴った。平衡感覚がなくなって体が傾いだ。頬にコンクリートの地面が当たる。
横倒しになった俺に、女5人がひたすら罵声と蹴りを浴びせて来た。
体は意思に反して動かないままだ。身を庇うこともできない。俺はただ耐えるだけだった。
昔のように。
どのくらい経過したのか。体に刺さる痛みと衝撃を遠くに感じていると、いつしか蹴りの嵐が止んでいた。腫れた目を見開くと、読心女がボスに耳打ちしているのが見えた。
「へえ~そうなんだぁ~。面白いねコイツ」
ボスの女が粘つくような声と笑顔になる。麻薬を前にした中毒者のような浅ましい表情を見れば、こいつが何を知ったのか想像はつく。
読心能力というやつは便利なものだ。
「あんたがどんだけ腐った男か現実見せてやるよ。母親殺した人でなし」
ボスが横柄に怒鳴り、そして俺の想像を超える変化が起きた。
俺は自宅のリビングルームに突っ立っていた。
ぎょっとしてあたりを見回す。視界は360°明瞭。靴下を履いた足の裏に薄いカーペットの感触。数年ぶりに嗅ぐ実家の匂い。
幻覚だ。他人を過去へ飛ばす能力なんて聞いたことがない。タイムトラベラーなど雪男も同然の扱いだ。
だが理性の声を五感がかき消す。俺は水の底を歩くように緩慢な足取りでソファに近づいていった。
そこには母親が座っている。あの日と同じく背もたれに頭を預けている。ソファの端から手が垂れ、その手に包丁がある。刃にくすんだ赤色がこびりついている。
あの日と同じように、世界から色が消え失せた。輪郭線も薄く消え、灰色のまだら模様になった視界の中心で奴が立ち上がった。
「あいつが悪いんだ」
ぶつぶつと言いながら近づいてくる。
眼前に奴が立った。奴の右手に握られた包丁が(赤い――)鈍く光る。
「『お兄ちゃんをいじめないで』だ?誰がいじめたっていうんだ。私がどれだけ苦労してるかも知らないで。お気楽なものよねあんた達は。私の気持ちなんて誰も考えてくれない。私が子供の時なんて……」
徐々にボルテージの上がっていく母親のヒステリックな怒声。だが俺は聞いていなかった。無意味な言葉の羅列だ。
俺は奴を無視して通り過ぎた。
ソファの前に清香がいた。
Tシャツはズタズタに裂けて前面が真っ赤に染まっていた。喉にも黒ずんだ穴が空いていた。溢れた血が首の下で水たまりになっていた。
その顔は……………………………………。
「――――!」
後ろで母親が不快な金切り声を出した。
首筋の痺れが脳を芯まで侵す。脳裏が白く焼け付く。赤が俺の視界を塗り潰す。白と赤が自分の内と外を染め抜いて――――
目隠しを取られたように光が炸裂し、世界に色が戻った。白と赤は小さく縮んで、視界に点々と灯る炎の瞬きになる。遅れて音も蘇ったと思うと、周り中で阿鼻叫喚が渦巻いていた。
「ぎゃあああああ!」「アツ、あっつぅうい!」「助けて――!」「ギャーーー!」
いくつもの喚き声が交錯する。何人かの人影が、服や髪に火を灯して踊っている。いくつもの光が空中を舞う。
美しい。いい気味だ。
自然と頬が歪んで笑顔ができた。あの女が地獄から生き返るというなら、何度でも焼き殺して地獄に叩き返してやるまでだ。お前も、お前も、お前らも、みんな俺と一緒に燃えてしまえ。俺たちはみんな焼かれてしまうべきなんだ。俺たちみんな――――。
そこまで考えたところで後頭部から顔面にガツンと衝撃が突き抜け、俺の意識は掻き消えた。