Side 岸
クラスの連中がざわついている。
こう考えると何気ない日常風景とさほど変わらないが、揃いも揃って全員緊張している。…俺も含め、だがな。
一年が歌い始める順番はクラスの番号と同じだ。だから俺は前半の方となっている。対して、あのバカは一年生の中では最後の発表となる。
俺は『先か、後か』のどちらかを取る時は先が良いと考えている。特に相手より有利な状況の場合、相手にプレッシャーを与える事もできる。運が良い事に今回は先の発表。更に言えば、俺が少しでも有利になるように種も仕込んでおいたからな。恐らく俺が負ける確率はほとんど無いと言ってもいいだろう。
この勝負…貰ったな。
Side 岸 end
――――――――――
「・・・・・・・・・・・」
・・・
「・・・・・・・・・・・チーン」
「はぁ…。さっさと復活しろこのボケナス」
ガブァ「傷心のダチに対して冷たすぎねぇかオイ!?少しは慰めてくれたって良いじゃねぇかよぅ…」
現在12:45。合唱祭の当日である。一年生は午前中にすべてのクラスが終わり、残りは2年8組と3年生全クラスとなっている。
そう。まだ合唱祭が終わっていないにも拘らず、俺の目の前には綺麗(?)な体育座りをしている一人の男が項垂れつついじけていた。正直言って目に毒…お世辞を言ってもコイツを慰める奇特なヤツは居ないだろう。
「自業自得のバカをどう慰めればいいんだよ。というか、たかが数千円ぐらいの金銭の賭けであそこまで壊れる必要性が俺には皆目見当がつかないのだが」
「ぐぁ…(正論すぎて何もいえねぇ…)」
「そもそもあの程度の挑発にお前も乗るんじゃねーよ。あれじゃあ合唱祭じゃなくてただのカラオケ大会だろうが」
そう。今日の朝一に原田と岸が何故か一触即発の雰囲気を醸し出していたのだ。何事かと驚きながら西川と共に近寄ってみると…
「練習風景を見た限り、まぁ少なくとも俺が負けることは無いな」
「ほ、ほーう。そんなに俺らを甘く見てると足元掬われるんじゃねーかオヤジさんよ~」
「心配すんなよ。甘く見ても勝てるとしか思ってねーから」
「…(ピキ)」
・・・実に下らない争いをしていた。もう一度言おう。本当に下らない争いをしていた。
岸と賭けをした時に「俺は俺のクラスが一番になる事に賭ける!」と言い切った時はその場に居た全員の目が(・・)になり、コイツ正気か!?と疑ってしまった。あの時の事がすぐに思い浮かぶぐらい衝撃的な出来事だった。
恐らく全体練習を見て自分たちのクラスの実力を知って愕然としたのだろう。土手練の後から原田が一人焦っていた事はクラス内部では分かり切っていた事ではあった。俺と西川以外のクラスメイトはその理由を知らない為首を傾げていたが、知っている俺たちからすれば只々苦笑いしていた。
思えばあの時から既に勝負が見えていた。勝負の世界ではよく言われる事だが、『負けと悟ってしまった時には、既に負けている』のだ。スポーツとかでもこれに似た言葉があるし、有名な選手なども同じことを言う。ボクシングでコーチが「お前はできる!自分を信じろ!」と選手を激励するのは、選手自身に自信をつけさせ奮い起こすためだという。あの時に既に劣勢である事を悟ったとしても、その後焦らなければ僅かな勝機はあったかもしれないが…
「お前のクラスは男子、特にテノールの声が小さ」
「おーし分かった…ならオヤジの耳にはテノールのパートしか聞こえねぇよーにするからな!覚悟しろよ!!」
もはや賭けの意味すら分からなくなるまで己を見失っているこのボケには、『勝機』なんて文字は何処にもなかった。
・・・・・
「結局優勝やら賭けやらとか以前に、ただ声を張り上げて邪魔してただけじゃねぇかよ。これがまだ純粋な何かだったらまだ救いようがあるかもしれないけど、邪念や欲望の塊じゃん」
「やめて!?原田のライフはもうゼロよ!」
やかましいわ。結局初めての合唱祭はまさかの原田の独唱という形で幕を閉じた。いや、周りの目線の痛さが尋常じゃなかった。俺らのクラスを除く生徒全員が呆れと笑い、そして何か奇妙なものを見る目で舞台を見ていた。しかもヤツの隣は俺と西川…。冗談抜きで視線に物理的なダメージが無くて助かった。精神的にはかなりやられたが。おまけにクラスからも原田だけではなく俺たち二人にも変な目線を感じている。二次被害も良い所だと憤慨していたが、西川が俺を宥めた事と原田自体のダメージを考慮し何とか自分を(無理やり)落ちつかせた。
恐らくこんな珍事は初めてだろう。しかもその原因は只の借金返済…。
とりあえず、来週辺りに生徒会でこの一年生での賭けを止めさせるように提案してみるか。現実逃避がてらにそんな事を考えながら昼の休憩は過ぎていった。
Side 西川
「これから、2-8の発表に移ります。まずはクラスの紹介を○○さん、△△さんお願いします」
緊張とは違うもので精神的にぐったりと疲れた後の午後の部。後は先輩方の発表を聴くだけだ。でも本音を言うと、疲れから先輩方の曲をbgmにして寝てしまいたい…。
「「♪どうも~みなさんこんにちは~ まずは俺らのデュエットを聴いてくれ~」」
課題曲、自由曲を歌う前に、それぞれのクラスの代表(?)が『紹介』を始める。それを聞いたときは何故そんな必要性があるのかと不思議に思ったけれど、早い話『前座』らしい。1年生はともかく2・3年生は最早コントのような形でそれぞれのクラスの努力や特徴を紹介している。前座のスタイルは自由なようだが、曰く「どつきや過激な行動は厳禁」らしい。しかもそのルールを無視すると評価が10点マイナスされるらしい。
いつも思うけど、この学校は変なところで緩いというか何というか…。まぁ、面白いから良いんだけど。
そんな事を考えている内に、どうやらデュエットも終わったようだ。しかし、もうほとんど見る物は無いよな。先輩方の発表も午前中だったし。
「(それにしても、先輩方は本当に上手かったな。特に川島先輩と…新垣先輩は)」
川島先輩は合唱部だからわかるけど、新垣先輩は意外だった。先輩二人の発表を思い起こしながら、俺は相澤に起こされるまで寝ていたのだった。
Side 西川 end
――――――――――
「それでは、合唱祭が終わったことを記念して」
『かんぱ~い!!!!!』
「いや~、初めての行事が終わったんだな!」
「『無事に』とは言い難いが…まぁな」
合唱祭後、俺と西川はクラスの面子と打ち上げ会をしていた。原田は元から行くつもりが無かったのか参加はしなかった。まぁ、最初は参加しようと考えていたかもしれないが、あの結果じゃあ来れなかっただろうな。ちなみに、順位が発表されるのは明日であり下駄箱に張り出される事になる。
「お疲れ~二人とも。二人は色々と災難だったよねー」
ニシシと笑いながらクラスメイトの一人が近づいてきた。
コイツは相田恵美(あいだ めぐみ)。俺と中学の同級生でもあり、出席番号もすぐ後ろの 女子だ。恐らく西川と原田を除けばコイツと一番話している。その結果最初のころは中学からのカップルかと噂されたが、はっきり言ってコイツとは腐れ縁だという共通認識だ。おまけに口が悪い。
「あぁ。確かに災難だった。あれは結構なプレッシャーだったからな。これなら生徒総会の時は足が震えなくて済みそうだ」
「はぁ?生徒総会なんて誰も話なんて聞かないでしょう?『早く終われよ』とか考えたり、友達と小声で喋る為にあるツマンナイ集まりでしょ?あんなの」
ほらな?どうよこの毒舌。間違っても生徒会役員の前で言う事じゃないだろ。
「そうはっきり言うなよ。俺達生徒会役員だよ?」
「なんだよ。本当の事じゃん」
「まぁまぁ。にしても、災難と言ったら皆もじゃない?最初の合唱祭がこれだとさ」
「まぁね~。でも落ち込んでるのって本気出してた2~3人でしょ?けどあの結果になるとは誰も想像してなかっただろうけど、卒業した後は笑える記憶になってるでしょ?」
そう言いながら相田はグラスを傾けた。コイツは相手の事はあまり考えないが案外核心を突く事を言う。ハッキリと物事を言う性格だ。いつかこの事も、懐かしむ記憶へと変わるのだろうか?俺は相田が言った何気ない一言が気になった。
「いつか笑える記憶になるのかね。それ以前に、さっさと俺達二人の偏見を皆直してほしい」
「すぐ忘れるよ。人の噂も七十五日っていうじゃん。それに気にしなければ大丈夫でしょ?」
ちなみに相田さんは以前にも登場しています。当初名無しキャラのままでも良いかなとは思っていましたが…。これからも登場できるかは未定です(汗)