序盤ボスの悪役貴族に転生したので裏ボスに媚び売ってたら婚約することになった件   作:三つ眼の荒木

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女将

 

 扉を開けるとそのままロビーにつながっており、広大な空間が広がっていた。全体的に木製の素材で建てられており、豪華な装飾もない。しかし、シンプルなデザインは落ち着いた雰囲気を醸し出しており、ロビーの一部は庭園になっているなど、安っぽさは感じなかった。旅館と呼称される宿に訪れるのは初めてだが、ここが高級旅館に属されることは間違いないでしょう。

 

「ごめんください」

 

 アイン君が大きな声で呼びかける。

 あたりを見渡すが人の気配は無い。しかし声を聞きつけたのか、奥から誰かが走ってきていた。長い黒髪が特徴的な着物姿の女性だ。

 

「お待たせしてしまい申し訳ございません。この旅館の女将をしています、トキと申します。こんな遠い所までよく来てくださいました」

 

 そう言うと、女将はその場で正座をし深くお辞儀をする。

 女将にしては若そうに見える。容姿も整っており、もしここが普通の旅館ならば彼女は多くの人に好印象を与えるでしょう。

 アイン君は列車内で決めた設定で話し始める。私たちは2人組の冒険者で恋人同士であり、魔物に襲われここまでやってきたという設定だ。

 

「私達は冒険者なのですが、依頼中に魔物に襲われまして荷物を失ってしまったのです。一日泊めていただけませんか?」

「ぜひ、何日でも泊ってください。こんな森の奥にありますから滅多に人が来ないんです。そのくせ部屋だけはいっぱいありますから、きにせずゆっくりしていってください」

 

 私たちは案内され台帳に名前を記入する。使用するのは偽名だ。アイン君が書こうとするが、何かに気づいたような演技をした。

 

「実は、金銭も取られてしまって……申し訳ないですがユリさん、彼女だけでも先に泊めさせてもらえないでしょうか。その間に、私が家まで戻りお金を取りに行くので」

 

 勿論、嘘だ。取りに戻るつもりはない。ただ、途中で帰ろうとしたらどのような反応をするのか探っておきたかった。

 

「いえ、料金は後払いでも可能です。後日使いの者を出して取りに行かせます」

「わざわざそこまでしていただく必要はないでしょう。それに、私たちが後でしらを切る可能性もあるでしょう」

「それを言う時点で大丈夫ですよ。それに、冒険者とおっしゃられましたが、貴族の方でしょう?立ち振る舞いで分かります。貴族の方ならば信用がありますから」

 

 アイン君も食い下がるがうまいことかわさてしまう。やはりここに来た時点で返すつもりはないのでしょう。

 

「ばれてしまいましたか。しかし、できればオフレコでお願いします。彼女は私なんかより高貴な方なので」

「承知いたしました。あくまで今日は冒険者の方がお二人来たと記録しておきます。さぁ、こちらへ。お部屋へ案内します」

 

 アイン君が名前を書き女将が部屋へと案内しようとしたため、私が間に入って話し始める。

 

「その前に、少し私からもいいかしら」

「ええ。どうしましたか?」

「先ほどの料金の件だけれど、やはり申し訳ないからこちらから使いのものを送るわ。それで、この旅館が具体的にどこにあるのか教えてほしいの」

「いえいえ、こちらから使わせますよ。貴族の方々にご苦労をかけるわけには――」

 

「逢引きなのよ」

 

 私は女将にかぶせるように言う。

 

「はい?」

「私たちは両親に認められた関係ではないのよ。私の婚約者は別にいるわ。彼との関係が家にばれるわけにはいかないからこちらから使いのものを送るわ」

 

 貴族とばれた場合の展開も勿論想定している。さぁ、どう対応する?

ここがどこかは、彼女にとって不都合な話題のはずだ。しかし、貴族からのお願いとなると普通の対応をするならば答えなければならない。

 それに、なぜか今話したことは全て事実なので、嘘だと言われても堂々と反論できる・・・・・・いや、堂々とはできないわね。逢引きな訳だし。

 

「……なるほど。しかし、口で説明するには難しいので、明日までに地図をご用意しますね」

「そう。分かったわ」

 

 彼女からの反応は期限の延長だった。言葉尻も重く答えづらそうにしている。これはつまり、明日までに私たちを始末するということか。何かしら一晩で仮の地図を用意するのか。これまでの前例的に前者である可能性が高い。

 

「それともう一つ。魔物の対策はしているのかしら。先ほどまで私たちは魔物に襲われてここまで来たのだけれど、ここも襲われる可能性があるならゆっくり休むことができないわ」

「それならご安心ください。当旅館は強力な魔道具を所有しておりまして、魔物が近寄れない結界を張っております」

 

 女将は先ほどまでとは違い、淀みなく答える。想定してあった質問なのだろう。それなら、この質問にはどう答えるかしら。

 

「それはすごいわね!実は、魔道具に興味があって一目でいいから見てみたいわ」

「……後でお見せいたしましょう。まずはお部屋にご案内を――」

「それにしてもよく許されたわね。今の時代、それほど強力な魔道具は国が引き取って管理されているのが大半だけれど・・・・・・」

「実は領主のミヤモト様とは懇意にしておりまして。特別にお許しをいただいているのです」

「あら、そうだったの。ごめんなさい。まるで疑ってるみたいに言ってしまって」

「いえ。お部屋にご案内いたします」

 

 なるほどね。やはり、不都合なものは後にまわし時間稼ぎをしている。

 それに、領主のミヤモト・・・・・・ね。

 

 私たちは女将の後をついて行った。

 

 

「先ほどから静かだけれど他に客はいるのかしら?」

「いえ、今日はお二人だけですね」

「これだけ広いと掃除するのも大変でしょう。他に従業員はいるのかしら」

「普段はいますが今日はもう帰りました。まさか、この時間からお客様が来られるとは思わなかったので」

「それは申し訳ないことをしたわね。ゆっくりできたでしょうに」

「いえいえ。お客様あっての旅館ですから」

「ふぅん」

 

 その後も、歩きながらいくつか女将に質問をする。

 答えを聞いていくことで、私は確信した。

 

 この女は黒だ。間違いなく。それも首謀者か、それに近しい人物でしょう。

 これほど異質な魔力。女将は裏で誰かに操られている一般人である可能性もなくはなかった。しかし、彼女の呼気、脈拍、表情の機微から様々なことを読み取れる。

 

 私が不都合な質問をすると、彼女は嫌悪を感じていた。

 操られているなら感情が動かないし、脅されているなら恐れや緊張を感じるはずだ。

 嫌悪は彼女が何かを画策している証拠。

 

 もう、演技をする必要はないだろう。

 

 女将は立ち止まり部屋の襖を開ける。

 部屋はかなり広かった。床は畳になっており、机や座布団が置かれてある。また、奥にはすでに布団がひかれてあった。どれも知識として知っていたが実物を見るのは初めてだ。

 

「こちらがお部屋になります。それではごゆっくり」

 

 そう言うと、女将は正座をした状態で襖を閉じようとする。私は襖を手でつかみ静止させる。

 

「どういたしましたか?お客様」

「ごめんなさい。最後にもう一つ言っておかなければならないことがあるの」

 

 私は殺気を放ちながらもう片方の手で剣を抜いた。

 

「アムストラクト公爵家の名をもとに、あなたを外患誘致及び国家転覆の疑いがあるとして拘束します」

「ご冗談を……」

「冗談ではないわ。降伏するなら怪我はさせないけど?」

 

 冗談ではなく、完全なる嘘だ。私たちはこの国の貴族ではないので拘束する権利は持ち合わせていない。

 

 しかし、私は彼女が信じる可能性は高いと踏んでいた。

 

 なぜなら、彼女は魔道具の許可の際、領主のミヤモトと懇意にしているといっていた。しかし、ミヤモト家はすでに没落している(・・・・・・・・・)。それも100年以上前に。ミヤモト家が管理していた土地を建て直し、評価されて独立したのが隣国の現国王である。それも50年近く前の出来事だ。

 

 つまり、彼女の情報は100年以上前で止まっている。100年以上前ならばこの土地はまだ私たちの国の領土。アムストラクト家も存在しているため、信じるほかないだろう。

 

 女将は何も言い返さない。ショックで固まっているようだった。

 

「私にばれていないとでも思った?。従業員も客もいないはずなのにどうして遠くに魔力の反応があるのかしら。魔物が襲ってこないのも魔道具を見るまでは信用できないし、魔力の反応は魔物や魔族の可能性もある」

 

 私は再び魔力探知を発動させる。先ほど女将と話しながら廊下でも発動させたが、やはり遠くに魔力の反応がある。かなり微弱なため分かりづらいが、その数が異常だった。100以上の数の魔力が遠くでじっと動いていない。

 

「そんな!言いがかりです」

「それなら魔道具がある部屋まで案内しなさい。と言っても、先ほどの反応的にできないでしょう。ないのだから」

「いえ、その……」

「状況証拠、それにこの異質な魔力からここが普通の旅館でないことは明らか。諦めて縄につきなさい。安心なさい。あなたが持ち合わせている全ての情報をはききるまでは生き残ることができるわ」

 

 女将は正座しうつむいた状態で黙りこむ。数秒し顔を上げるが、その表情は先ほどまでの笑顔とは違い怒りが表に出ている。女将はつぶやく。

 

「やっぱり貴族は糞ね」

 

 ゆらりと女将は立ち上がる。しかし、私は動けずにいた。

 

「久しぶりの逸材かと思ったのに」

 

 彼女の魔力が膨れ上がる。その色は旅館と同じ血の色だがドロドロと溶けるような見た目をしていた。

 なんて魔力量!私以上、いやベリエルよりも多い。

 

 魔族は魔力量が多いけれど、これほどなのは見たことも聞いたこともない。人外の領域だ。

 

「正体を表したわね」

 

 負ける気はない。本気を出せさえすれば勝つ自信すらある。しかし、今はアイン君がいる。

 

 彼を人質にされたら実質の敗北と考えると、ここは撤退を優先すべきだ。私は裏にいる彼にハンドサインで撤退のサインを送る。

 

「いや、逸材なのは間違いないわ。私の嗅覚が言っているもの。初めてだわ。ここまで新鮮な二人は。貴族は勝手に腐ってると思ってたけれど、こんな綺麗なのが残ってるなんて……あぁ、楽しみだわ!」

 

 彼女はぶつびつと独り言を呟いている。

 私は隙を作るために彼女に話しかける。

 

「こんなことをしていったい何が目的なの?」

 

 女将の魔力は止まらない。彼女は笑顔で答えた。

 

「愛よ」

「愛?」

 

「人が人を愛し愛される。相手を思い、思うがゆえに悩む。素晴らしいとは思わない?人は言葉を使って話すけれど、心の声は誰にも聞かれない。常に独りぼっちなのよ。だけれど、愛だけが心の壁を貫通する。私はその観測者に過ぎないわ。ただの読者ともいうわ」

 

 何を言っているか理解ができない。私はその隙にちらりと彼を見る。彼は体全体を魔力で覆い守りの体勢は整っていた。後は彼を抱えてこの旅館から脱出するだけだ。私は再び女将に視線を戻す。

 

「だから、長く楽しませて頂戴ね。ヒロインさん」

 

 次の瞬間、床に巨大な魔法陣の一部が浮かぶ。

 私は咄嗟に黄金の魔力で体を覆い、彼の方へ振り返る。

 

「アイン君、私から離れないでっ―――」

 

 

 しかし、そこにアイン・タレントの姿はなかった。

 

 

「【王の怒り】っ!」

 

 次の瞬間、女将の体の中に剣を生成し内臓を切り裂いた。

 

「え?」

 

 彼女は突如自身の体から出てきた剣に困惑しながら血を吐き出す。

 

 絶対に殺してはならない。

 

 おさまる気配のない怒りが湧き上がる中、意識は冷静さを保っていた。

 アイン君がいなくなった。それはつまり全力で戦えるということだ。

 

 女将の体が回復し始める。回復魔法をかけたのだろう。ならば、追いつかなくなるまで傷つけるまで。

 

「【(ダモクレス)】」

 

 彼女の周囲に魔力でできた無数の短剣が降り注ぐ。回避しようとした瞬間、別の剣技を発動させる。

 

「【平伏しなさい】」

 

 私の周囲を巨大な魔力の塊が押し潰す。【(ダモクレス)】を避けようとしていた彼女は、首を垂れそこから動けない。魔力の短剣が彼女の背中に次々と刺さる。

 

「がはっ」

 

 私は彼女が死なないように調整する。あれほどの魔力。半殺しにしてもそう死なないだろう。

 

 私は【王の剣】を発動させ動けないでいる彼女の四肢を斬り飛ばす。そして首元に剣を置く。

 

「彼をどこにやった。言わなければ殺す」

 

 女将は震えながら顔を見上げ私を見る。口から血を吐き見窄らしくなった顔の口角が上がる。そしてはっきりと言葉を発した。

 

「ごゆっくり」

 

 首を斬り飛ばした。

 

 私は襖を開け廊下に出る。彼がこの部屋にいないことは魔力探知で把握済みだ。

 

「アイン君!聞こえる?!」

 

 反応はない。私は探知する範囲を広げるため魔力を周囲に展開する。が、上手くいかなかった。

 

「魔力探知が発動しない?」

 

 ある一定の範囲になると魔力が拡散してしまう。私は焦りながら廊下を走り彼の名を呼び続ける。

 そしてあることに気づいた。

 

 廊下が長い。いや、廊下の先に終わりが見えない。何かがおかしい。

 私は横にある襖を開け、部屋の奥へ進む。更に襖を開けるが変わらず部屋が続いていく。

 

 確かに旅館は大きかった。しかし、すでに外観以上の距離を走らされている。

 

 何十もの襖をあけ、私は見知った廊下にたどり着いた。確か、あの曲がり角の先がロビーだったはずだ。

 私は廊下へ出て曲がり角の方へ向かう。そして、角を曲がった先の光景を見てその場に立ち尽くした。

 

 道がなかった。

 ただし、行き止まりだったわけではない。

 

 ロビーが有った場所は足場が一つもない崖になっていた。横隣や奥の方を見ると同じように襖や廊下が見える。しかし上と下は際限がなく、闇が広がっていた。

 

 認識が間違っていた。

 今までの行方不明者たちは魔界に連れ去られたのではない。

 

「ここに閉じ込められた」

 

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