序盤ボスの悪役貴族に転生したので裏ボスに媚び売ってたら婚約することになった件 作:三つ眼の荒木
慣れない礼服に身を包んで、俺は煌びやかな会場へ足を踏み入れた。
見渡すかぎり伯爵家以上の顔ぶれだ。シャンデリアの下で談笑する大人たちは、その一人ひとりが俺の家など軽く握り潰せる格の持ち主だった。伯爵家の端くれでしかない俺は、正直ひどく場違いに感じる。
しかし今日は俺の社交界デビューの場だ。気合を入れつつも俺は父の後ろについて要人たちへの挨拶をそつなく済ませていった。
ただ一つだけ妙なことがある。
父はなぜか年頃の令嬢がいる家の前だけは素通りするのだ。挨拶の相手を明らかに選り分けている。
「父上。あちらのお宅には、ご挨拶をなさらないのですか」
「その必要はない」
父は前を向いたまま短く答えた。
「後で分かる」
含みのある言い方だった。俺は嫌な予感を覚えたが、この場で問い詰めるわけにもいかない。
「楽しんでいるかしら」
背後から声を掛けられて、俺は振り返る。
そこに立っていたのは、一人の女性だった。
夜空のような深い藍のドレスが細い肩から足元までまっすぐに流れ落ちている。歩を進めるたび、裾に縫い取られた銀糸が光をすくって細かく瞬いた。高く結い上げた銀の髪がシャンデリアの光を弾いて白く輝いている。露わなうなじも、胸元の肌も、染み一つなく滑らかだった。
いつも剣を提げて号令をかける生徒会長の姿とはまるで違う。今夜の彼女は、武器も、号令も、威圧も、何一つ纏っていない。ただ、美しかった。会場じゅうの視線が吸い寄せられるのも、無理はない。場違いなことに、俺まで一瞬見惚れてしまっていた。
その胸元に一輪の花が添えられている。オーロラのような虹色の光を薄く纏った薔薇。
会長だ。その隣には、あの人によく似た壮年の紳士――お父上が寄り添っていた。
……あの花、なんだったっけ。確かゲームで見たことがある。
そう、オーロラローズだ!
テウエア山脈の頂上にしか咲かない、一輪で金貨五枚の高級品。花屋で一番高い花なんだよな。そういえばこの世界に来て、何かの機会に買ったっけ。
「ユリさ――」
癖で口が滑った。俺は慌てて言い直す。
「し、失礼しました。会長」
「あら」
会長は口の端をわずかに上げた。
「私とあなたの仲で、そんなに畏まらなくてもいいでしょう」
周りの令嬢たちがその一言に色めき立った。何人かは頬を染めて、扇の陰でひそひそと囁き合っている。……なんだ、この空気は。俺が首をかしげていると、会長は涼しい顔で告げた。
「ちょうどいいわ。あなたに大事なお話があるの。別室へ」
彼女はそれから、会場の皆に向き直る。
「皆様。私はこれより、タレント伯爵家と今後についての大切な話をしてまいります。少しの間、席を外すことをお許しください」
その一言で、会場が再びざわめいた。今度はざわめきだけではない。どこからともなく、控えめな歓声まで上がる。
……本当になんなんだ。この、話が読めている人間だけが盛り上がっている感じは。
訳が分からないまま、俺は会長に連れられて別室へと通された。
○
通されたのは静かな控えの間だった。
中では俺の父と会長のお父上が待っていた。二人ともやけに緊張した面持ちだ。互いに一つうなずき合ってから、会長のお父上が口を開いた。
「アイン君。君に見合いの話があるんだ」
見合い。その単語で俺はようやく合点がいった。
「先日の件ですか。ですが、あの男爵家との縁談はもう断ったはずでは」
「いや、その話ではない」
父は首を振った。
「今度の相手はな。断れる断れない以前の話だ。……そもそも、断る必要がどこにもない相手なんだよ。この学園でお前と最も縁の深い御方だ」
――え。見合い話? 断れないほどの相手? 学園で最も縁のある人?
その人物って、一人しかいないんですが……。
思考が追いつくより先に、その一人が俺の視界に入る。
会長だった。
あの生徒会長の澄まし顔で。けれど、耳のあたりだけがほんのり赤い。
「アイン・タレント」
彼女はまっすぐに俺を見て、言った。
「私と、婚約しましょう」
頭のなかが真っ白になった。
「熱烈なアプローチを受けた、と聞いているよ」
会長のお父上が穏やかに笑いながら、後を引き取った。
「君のほうから娘に、こう言ってくれたそうじゃないか。『私の目的はただ一人あなただけだ』と。そしてオーロラローズを渡した、と。……娘はそれはもう、真っ赤になって私に報告してきてね」
――待ってくれ。
あれは。あの台詞は。会長が最強の後ろ盾だから、駒として忠誠を誓っただけで。断じて、そういう意味では。
俺の内心の絶叫など知る由もなく、お父上は言葉を続ける。
「今更説明することではないが、オーロラローズの花言葉は『天にも届くほどの愛情、留まることのない好意』貴族間で渡す場合は求婚の意味がある」
え、なにそれ。全然知らないというか、そんな意図はないというか……
「伯爵家の君が公爵家の娘に求婚する覚悟。そしてその覚悟が本物であることも君がこれまで挙げてきた数々の功績からしっかり伝わっている。そのうえでの、娘の想いだ。この前痛いほど伝わってきたよ。当主の座を譲ることになるほどに、ね。……君となら、ぜひ。娘を頼みたい」
「光栄です」
答えたのは俺ではなく、俺の父だった。
「もったいないお話。断る道理など、あろうはずもございません」
そこから先は坂道を転がるようだった。日取りが、格式が、両家の顔合わせが、俺の頭ごしにとんとん拍子で決まっていく。俺はただ放心したまま、その場に突っ立っているしかなかった。
○
気がつけば、俺は会長と手を取り合って会場へ戻っていた。
二人の姿を認めた途端、会場がわっと沸いた。あちこちから拍手が起こり、「おめでとうございます」の声が飛んでくる。
「――まだ、正式に決まったわけではありませんわ」
何も返せないでいる俺の代わりに会長が答える。
「準備もございますし、正式な発表は改めて場を設けます」
言いながら、悟る。これはもう、そういう段取りになっていたのだ。この歓声も、父の妙な挨拶回りも、令嬢たちの含み笑いも、全部。俺だけが蚊帳の外で知らされていなかった。勘違いでも聞き間違いでもない。
「ユリさん、待ってください。オーロラローズの件です。あの日の――」
と言いかけたところで口が止まる。
なんといえばいいんだ。
ここまで周りが祝っている中で、今さらそんな気はありませんでした、なんて言えるはずがない。彼女の顔に泥を塗ることになるし、言った日には俺の首どころか一族全員の首が飛ぶ。
口ごもっていると、彼女は何かに気づいた様子で、胸に挿さったオーロラローズを手に取った。
「約束でしたものね。そうね。髪にさしてくれないかしら」
そう言うと、彼女は花を俺の手に渡してくる。
約束?と言われて必死に記憶をたどっていく。
『あの日は曖昧にしましたが、もし彼に勝つことができたのならあの花を受け取りましょう』
全部が繋がった。
俺の発言も、そしてそれを彼女がどう受け取っていたかも。全てが繋がった。
違う、違うんです。会長。
そんな気はなかったんです。
そんな心とは裏腹に俺はオーロラローズを会長の髪にさす。
虹色の花びらが銀の髪に映えてよく似合っていた。
その様子を見ていた周りから大きな歓声が上がった。
会長が耳を赤くしながらも俺にだけ聞こえる声で言った。
「アイン君が緊張しているなんて珍しいわね」
「……すこし過去を振り返っていました。こうなった経緯を」
悪役貴族に転生して、生き残るために生徒会に入ると決意して、裏ボスである彼女に気に入られるため首席になって……
媚びを売るため花を渡して、生徒会に入るため不良たちを倒して、会長から言われた条件である婚約者を倒して……
そしてそのすべてが客観的に見たら、婚約をするために行った行為としか思えない行為だったことにようやく気付いた。
言うならば……
序盤ボスの悪役貴族に転生したので裏ボスに媚び売ってたら婚約することになった件。
と言ったところだろうか。
「……そうね。たくさん障害があったわ。でもあなたはそれをすべて乗り越えてきた。そんな姿に私は…その……惚れたのよ」
○
「改めてユリちゃん、アイン君、おめでとさん」
「ありがとう、ザネ」
「ありがとうございます」
翌日、副会長、書記、会計であるいつもの3人から花束を渡され、会長と俺は笑顔で受け取った。
昨日のことは夢ではないかと今朝疑っていたが、その疑いは完全に晴れた。
まぁ、登校する際、寮前に豪華絢爛な馬車が待っていた時点で分かっていたことではあるが。
ユリさんは俺たちに座るよう指示し話をし始めた。
「婚約は決定事項ではあるけれどまだ正式なものではないわ。公爵家と伯爵家じゃ家格が釣り合わないから早急に彼の爵位を上げないといけない。そのため来年召喚される勇者のパーティにアイン君が加わり、魔王討伐の功をもって爵位を上げる。そのうえで正式に発表する。以上は両家、及び王家とも合意が取れています」
頭を抱える。
本来、俺は序盤ボスとして死にたくない、しかし勇者とも関わりたくないという思いで生徒会を目指していたはずだ。しかし現実はどうだ。上手くいきすぎて勇者パーティに選ばれてしまった。しかも王家も関わっているため断ることは絶対に不可能。
本末転倒にもほどがあった。
「そしてアイン君にはそろそろ私達生徒会の真の目的について話しておきましょう。べリエル、ザネ、大丈夫そう?」
「消音、闇黒の魔法はすでにかかっております」
「周りに気配はないで」
他人の目や耳を念入りに確認しているためかなりの極秘事項なのだろう。
「私たちの真の目的、それは現在の玉座の陥落よ」
……は?
「簡単に言ったら謀反を起こします」
え?
「その後私とあなたの子を王として魔界を含めた統一を目指す。そのためにも魔王討伐は重要になってくるわ」
な、何を言ってるんだ?!
「会長の婚約者が決まり、勇者召喚も始まるためかなり計画は前倒しになりそうですね」
「ええ。アブファイル・ハイターは人格面に大いに問題があったから。正直結婚相手を見つけるのが一番時間がかかると思っていたけれど、アイン君なら全く問題がないわ」
「それもこっちが探してきたんじゃなくてアイン君がやってきたもんなー。運命ってやつやないん?」
「うむ。一年の時点でこの実力。将来的に考えれば吾輩たちと同等の実力を持つことは間違いない。人格面だけでなく実力としても申し分あるまいな」
談笑を続ける生徒会のメンバーたちに俺はドン引きしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!玉座の陥落、ユリさんと俺の子を王にするって本気ですか?!」
ユリさんは笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。前倒しになると言ってもまだまだ先の話だから安心して頂戴。全員が卒業してからだから早くても5年後、仲間が増えたらもっと先になるかもしれないわ」
「学生の内は動きにくいからなぁ。結婚もそれくらいやろうし丁度いいんちゃう?案外子供が生まれる方が早かったりして」
ザネが冗談めかして言う。
するとユリも笑いながら答えた。
「来年とか?」
皆の笑顔が消えた。
「ありえる」と誰もが心の中で思っていたからだ。
「勿論、冗談よ」
「そうです。婚約者とはいえ節度ある付き合いをします」
俺がそう言い添えると、なぜか全員の視線が俺から会長へ移った。誰も何も言わないが、目が語っている。危ういのはそっちだろう、と。
「……なによ、その目は」
今度はユリさんが怒りの目を周囲にむける。
楽しく国家転覆の話をしている彼らを横目に俺は逆に緊張が消え笑いが込み上げてきた。
「はははっ!」
そうだった。この人たち裏ボスだったんだ。
魔王が4人いるようなものだ。
そんな彼らの横に就くのだ。安全であったとしても平穏であるわけがない。
「お、アイン君が笑うのは珍しいな」
「玉座を取る話に笑うとは豪胆である。さすがは会長の婚約者殿だ」
俺は立ち上がり彼女の隣に立つ。
「ユリさん!」
「どうしたの?」
跪こうとして……やめた。
「いつまでもどこまでも永遠にあなたについていきます」
媚びを売るのはもうやめだ。
これからは彼女の婚約者として共にいることを彼女に、そして自分に誓う。
「だから生涯、あなたの隣に立ってもよろしいですか?」
次の瞬間、勢いよく抱きつかれ地面に押し倒される。
そして耳元で囁かれたその声は消音の魔法を使うまでもなく聞こえたのはただ一人だけだった。
第一部・完
ここまで読んでいただきありがとうございました!
明日、完結後の二人の様子を描いた短編を投稿するので興味ある方はそちらもぜひ。