もしも源石氷晶にフロストノヴァの遺伝情報が遺されていたら 作:とむ
今よりずうっと前のことです。
男の子が庭で草むしりをしていると草を掴もうと伸ばした手に冷たい白いものが降ってきました。
男の子は上を向きます。すると、空からは冷たい白いものが数え切れないほど降っていました。
男の子はびっくりして家に走って帰ります。お母さんにあれはなあにと聞くと、雪だと教えられました。初めて見る雪に怯えてお家に籠っていると、辺りは雪が積もりうんと冷え込むようでした。
ある時、雪が止んで日差しが降りそそぐようになりました。お母さんが街へ出掛けて留守の間に、男の子が暖炉で暖まっていたところ、火が消え掛かっていたので薪を焚べようと薪かごを覗きましたが中には何も入っていませんでした。
薪がないと暖炉をつけられない。
しかし薪は雪が降り積もった外にあります。
男の子は仕方なく外に出かけると、おっかなびっくり雪を踏みしめました。その感覚は初めて味わうもので、ふかふかの冷たい感覚の虜になってしまいました。
次々にふかふかの雪を踏んでいくと、気がついたら見覚えのない場所まで歩いてきてしまいました。
誰もいない場所で一人になってしまった男の子は寂しくなって、泣き始めてしまいます。
すると、男の子の涙に合わせるように雪がしんしんと降り積もっていきます。
やがてその姿は白いうさぎさんになって、男の子の肩に乗ります。びっくりして飛び跳ねるとウサギさんは肩から降りて、ぴょんぴょんと前へ進んでいきます。
男の子は不思議に思いつつもうさぎさんの後ろをついて行くことにしました。
そのうち見覚えのある場所に出て、うさぎさんは男の子の肩に乗りました。
男の子は不思議な体験をお母さんに教えたいと思い急いでおうちに帰りました。
おうちに帰るとお母さんの靴があったので、男の子はお母さんにうさぎさんを紹介しようとお母さんを呼びながら肩に手をそわせて、うさぎさんをおろそうとしました。
しかし、そこにはうさぎさんはいません。
代わりに、背中にはたくさんの薪が積んでありました。
男の子が一人で持てる量ではありません。男の子は薪を背負い切れなくなって、尻餅をついてしまいました。
そのはずみで後ろを見ると、男の子の足跡の隣に大人の足跡が沿うようについていました。
お母さんに不思議な体験を教えてあげると、お母さんが雪の精霊さまが助けてくれたんだねと男の子の頭を撫でました。
その後は雪がいくら降ろうがうさぎさんは現れませんでした。けれど男の子には、あの日の不思議なうさぎさんの記憶はいつまでも残り続けています。
これが古く伝わる、「雪の精霊」のお話でした。
*
――8:00a.m. ロドス艦内。
僕が彼女の光に当てられて気力を取り戻した後。
自分の体に起きた変化を認識すると同時にアーミヤさんに抱きしめられた。
落ち着かせてから話を聞くと、レユニオンが龍門から撤退するために殿を務めた姐さんと戦い勝利したそうだ。しかしその戦いの後、姐さんは亡くなったらしく、それを語るアーミヤさんの声は震えていた。
僕はその話を聞いて、ショックを受けることはなかった。むしろ、少し胸がすっきりとさえした。
彼女の死が大地にありふれた無念のものではなく、自らの信念に基づいたものだったから。
パトリオットさんと会えなかったことは少し残念に思うけれど、彼女がそれを選んだのなら悲観することではない。してはいけない。
きっと姐さんは僕達の犠牲を背負って、それでも自らの信念を追求しロドスと最期のけじめをつけたのだ。僕達スノーデビルが為せなかったレユニオンの鎮静化をロドスに託すため。
ならば、せめて僕だけは、スノーデビルの最後の生き残りはその意志を尊重しなければならない。
姐さんのことは気にしないでくれと言ったけれど、アーミヤさんは自身が間接的に姐さんを殺したと罪悪感に包まれているのだろう。
僕と話す声は常に震えて、瞳はかすかに濡れていた。
それでも、姐さんの最後を隠さず伝えてくれて嬉しく思う。僕に憎まれるのを承知で真実を伝えてくれた誠実さが好ましい。
彼女が代表として慕われている理由が少しだけわかった。
その後レユニオンは龍門を立ち去り、姐さんの遺体はロドスに運び込まれ結晶化を防ぐ何らかの処置を受けることとなった。
アーミヤさんは姐さんの遺骨をその目で確認したにも関わらず、遺体を包む袋から
僕は姐さんではなく、ただ体がそう変質しただけのスノーデビルの一人だと聞くと怪訝そうな表情を浮かべていた。
鉱石病のメカニズムはいまだ解明されておらず、罹患した後に体の一部が変質する例は見かけられても、全てが置き換わる例は無いのだという。
死後の結晶化現象を除いて。
心配だから身体検査と診断を受けてほしいと言われて、訳あって断りきれず押されるがままに検査室へ連れて行かれた。
――10:00a.m.ロドス艦内。
エントランスには子供達がいた。
僕と同じく、検査待ちなのだそうだ。
同室の子供達は突然現れた年上のお姉さんに興味津々で、どこから来たのやどうして冷たいのなどと熱烈な歓迎を受けるうちにアーミヤさんは女性の方に案内を引き継いでどこかへ行ってしまった。
僕はそれに気が付かず、子供達とお話をして懐かしい絵本を一緒に読んでいたら、ついお礼を言いそびれてしまった。
みんなが読めるように読み聞かせをしていると、あんまり真剣に聞いてくれるものだからつい熱が入ってしまった。
でも、あんな純真な目で見つめられたら最後まで読んでやらない選択肢はないじゃないか。
「大変お待たせしました……用意ができましたので、ご案内しますね。着いてきてください」
「あ、ありがとうございます」
アーミヤさんから案内を引き継いだ女性が、部屋の雰囲気を切り替えてくれた。
「えー、行かないでよ」
「また来てくれるよね」
「もっとお話しして!」
子供達にせがまれるのも悪くない。
純粋な子供達と話しているときは、心の陰鬱な部分が洗われる。
「みんなごめんねえ、このお姉さんはこれから検査なの。また来たときにお話ししてもらおうね」
彼女は子供の扱いに慣れている様子だ。
それに子供達も彼女の言葉には従うようで、渋々ではあるものの僕に手を振ってそれぞれを待つ人の元へと帰っていった。
またね、また話そうね、なんて言って見送る。扉から見えなくなるまで手を振ってくれる子供もいて、なんだか心が暖かくなった。
「では、いきましょうか。子供達のあとになってしまいすみません」
「とんでもないです、お願いします」
急に湧いて出た患者を診察する為に忙しい中ねじ込んでくれたみたいで、だいぶ迷惑をかけてしまった。
アーミヤさんとの会話の中で診察の話が出た際、本来死んでいる人間が生きている人に迷惑をかけるのも忍びなくて一度は断ろうとした。
僕なんかよりよっぽど助けを待っている方もいますよなんて話すと、瞳を濡らし震えた声であなたも助けられないロドスには意味がないなんて言うものだから、言葉に詰まってしまった。彼女の瞳は冬の空みたいに純粋で、けれども何かを切望している。その瞳は僕の心の奥深くに触れて、見つめ合うことができずに僕のちっぽけな意地は折れた。
しかし、診察に乗り気ではない。知りたくもない体の状態を知り、2度目の死を意識してしまいそうで怖い気持ちもある。
それ以上に、姐さんの体を衆目に晒したくないのだ。
「フロストノヴァさん?」
姐さんは感染者テロ組織の幹部。感染者やレユニオンに恨みを持つ人は、僕を見ただけで心がざわついてしまうだろう。
姐さんは民間人へ略奪や襲撃をしていないとはいえ、同じ組織にいる以上どこかで目撃されている。
直接加害していなくとも、憎悪する仇の仲間というだけで僕を恨むには十分すぎる理由だ。
もしロドスの人々と諍いが起きた場合、アーミヤさんは僕を庇ってくれる。会話をした時間は短いけれど、きっと彼女は立場にとらわれずただの人間同士の喧嘩を仲裁するように割ってはいる人だと理解している。
しかしいくらロドスの代表と言っても、テロリストを庇うような見え方は彼女の評判を落としてしまう。僕のせいで精神的な負担を背負わせてしまうことだけは避けたい。
それに、姐さんの体で情けない姿を見せたくない。僕みたいな半端者が姐さんの姿で人前にでることで、フロストノヴァの名声を貶めてしまうかもしれない。
姐さんの名声に泥を塗るくらいなら死んだほうがマシだ。
「フロストノヴァさん?」
ちょんちょん、と肩を叩かれてハッとする。
「ああ、僕のことですよね。はは」
どうやら検査室についたみたいだ。
かつての姐さんのコードネームで呼ばれるのはいまだに慣れない。
名前を呼ばれても気が付かず、思考に没頭してしまうことがある。
「更衣室はあちらです。ロッカーに入っている服に着替えたらこちらまでお戻りください」
「ありがとうございます」
お礼を言って、更衣室の扉を潜る。
まっすぐ進むと扉の開いているロッカーの中に、貫頭衣のような服が入っていた。どうやらこれに着替えるらしい。
ロッカーにはステッカーが貼ってあり、『素肌の上に着用ください』と記載されてある。
そうか。
着替えるのか。
「すみません下着はつけたままでも大丈夫ですか?」
更衣室に進んだ時の2倍早く入り口まで戻って早口気味に言葉を吐き出した。
「下着も脱いで、直接着ていただけると助かります」
「どうしても?」
食い下がるとは思っていなかったのか、彼女は少し眉を顰めた。
迷惑をかけているのはわかっている。時間がない中ねじ込んでくれた診察は、キツキツのスケジュールなのだろう。
だが、これだけは時間をかけてでも説得したい。僕なんかが姐さんの一糸纏わぬ体を見てはいけないのだ。
いくら彼女が早くしろという視線を突き刺してもせめて下着をつける許可だけはもぎ取る。
「検査の妨げになるかもしれませんので。着けていなくてはいけない理由が?」
「そう……ですよね。いや、ちょっと裸になるのが恥ずかしいなあ……なんて」
「正確な診察といっときの恥、どちらが大事かを説明しましょうか」
「正確な診察です、着替えてきます」
いいのだ、どうせ体を洗うときには全裸になる。早いか遅いかの違いである。あとで目にするなら、ここで駄々をこねて待たせるのは無意味だ。決して凍てつくような視線の圧力に負けたわけではない。スノーデビルは冷たさには強いのだ。
なんて言い訳をしながら更衣室へと向かい、鏡に向き合う。
僕が着ている服は、近衛局との戦いの服装のままだ。白いフード付きの外套にレユニオンの制服。それはところどころに穴が空いている。
外套を脱ぐと、フードの横側に矢が突き刺さったような穴を見つけた。
おそらく死因となった攻撃だろう。矢は脳に到達し体への神経伝達は途絶されたはずなのに、こうして僕は死因を見つめている。鉱石病の専門家でもないし、生き返った理由は僕にはわからない。考えても仕方ないのかもしれない。
レユニオンの制服を脱いで、シャツと下着だけの姿になる。
素肌を眺めてみると、そこには傷ひとつない。白く薄い肌はやや骨ばった輪郭を形どり、細やかな線で描かれた絵画のようにやや痩せた印象を与える。体つきは華奢で、腕や足は細く僅かな柔らかい筋肉が見て取れるが、その力はか弱いものだろう。
かつて都市を厳冬に変えてしまった力は感じられない。
シャツの下から僅かに主張する胸を意識しないように気をつけながら脱いでいく。下着も脱いで、いよいよ僕は全身を空気に晒した。空気が肌に触れる感覚がこそばゆいのは、皮膚が薄いせいだろう。
……僕がそれを見つけたのは、必然だった。
僅かに視線を下げると、鎖骨あたりの皮膚が茶色く変色していた。それは腹まで続き、水を地面にぶちまけたかのような形で皮膚を彩っている。
そしてその中心、心臓のある位置には鈍く輝く氷痕が……姐さんの作り出した源石氷晶が埋まっていた。
それは心臓の鼓動に合わせてかすかに脈動しており、確かな命を主張している。
まるでそれ自体が生きているかのように。
「姐さん……」
僕はこれを不気味だとは思わない。
だって、こんなにも姐さんを近くに感じるから。
あの時心臓に突き立てた源石氷晶がなぜ体と癒着しているのかは分からない。姐さんが作り出した氷は、時間の経過か死亡と同時に消え去るはずだ。それが死後も残り、こうして僕の体の中で確かに存在している。
そっと触れると、凍傷になるほどの冷たさを感じた。懐かしい冷たさ……姐さんのような冷たさだ。
この体自体はそこまで冷たくはない。人が触れても少しひんやりしていると感じる程度だろう。
しかしこの胸だけが触れたものを凍てつかせる冷たさを孕んでいる。それがかつての記憶を揺れ動かし、瞼の裏が熱くなった。
ただいつまでも感慨に耽っている場合ではない。
入口では僕の着替えを首を長くして待っている人がいる。検査の時間だって押している。
ロッカーの貫頭衣を手に取り頭からすっぽりとかぶってから目を拭って、前を見て僕は入り口へと向かった。
そして数時間後、僕は意味のない検査結果と、偉大なる戦士を迎えにきた雪を見ることとなった。
更新が遅くすみません。
フロストノヴァの詠唱は歌詞扱いになるのかどうかが分からず記載していませんが、どうなんでしょう。
また、感想をいただきありがとうございます。
ご返信はできていませんが、大変ありがたく読ませていただいています。
皆様の感想がやる気の源となっております。
本筋とは関係のない、フロストノヴァ(スノーデビル君)がドクターや他オペレーターと仲良くする話は必要?
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