もしも源石氷晶にフロストノヴァの遺伝情報が遺されていたら 作:とむ
――6:00a.m.荒野。
空は砂によって黄色に靄がかり、遠くの地平線もぼんやりと霞んでいる。
荒涼とした大地が広がり、そのどこまでも続く砂地には風が横断する。
風がふとした瞬間に砂をわずかに持ち上げ、空中に舞い上がらせる。その砂の粒は、陽光を浴びてキラキラと光り輝くが、すぐに再び地に落ち着く。
地面には三つの人影が映し出されていた。その持ち主達は険悪な雰囲気を隠しもせず、荒れ果てた土地に似つかわしい様相を示している。
「私たちの賭けはこれだけじゃないはずだ」
「そうだ。もっと致命傷を与えてやらないとな」
「……」
ケルシーとドクターはアーミヤを間に挟み対立していた。
翡翠色の瞳は冷たくドクターを見やり、すぐに視線を外す。沈黙に支配された空間で彼女の白衣が風に煽られバタバタとはためく音が嫌に響く。
一方で、ドクターはそのフードで顔を隠し、不審な佇まいで静かに立っている。全身を覆う服装は寂れた大地からも浮いており、圧迫するような存在感のみが強調されていた。
「ドクターもケルシー先生も、顔が怖いです」
アーミヤは二人にそれぞれ視線を向けて努めて明るく話しかけた。自身の敬愛する人同士、仲良くしていてほしい。
彼女の思いは表情となり、言葉として二人へ届いたようで、ケルシーの皮肉気な発言とドクターの沈黙でラッピングされ送り返された。
「えぇ……」
彼女の呟きを置いて二人は会話を重ねる。
先ほどの険悪なムードを引き摺りながらも建設的に情報の伝達、作戦における注意事項の共有が為されている。
その間に二人の視線が交わることはなく、どちらも端末の液晶に表示された作戦資料に目を落としていた。
そうしてケルシーはチェルノボーグ潜入までの道程と段取りを一通り説明し終わった後、一呼吸おいてからドクターに視線を合わせた。
改めて向けられた視線にドクターはたじろぐが、ケルシーは敢えてそれを無視して口を開く。
「それと、君がこの大地を蝕む問題を一片でも理解しているなら考慮して然るべき行動が一つある。この大地は誰もが平等にはなれないのは周知の事実だ。我々はそれが生み出す苦痛を和らげるために存在しているが、君は新たな苦痛の種を蒔いている自覚を持たなければならない」
「……」
「私の顔に何かついているか? 言いたいことがあるなら君の口から話せばいい」
「ケルシー先生……」
ケルシーが冷めた目つきでドクターに問いかける。差別が消えぬ理由を君は知っているのかと暗に問いかけている。
彼女はドクターたちが衝突した敵性小隊を認識していた。
そこでのある行為がPRTSから潜在的な不安要素として報告されている。
チェルノボーグ事変から龍門近衛局によるレユニオン掃討作戦までドクターと分かれて行動していた彼女は、戦闘区域や前線の現場には居なかった。
敵性小隊との衝突は、龍門との提携における掃討作戦の一部に過ぎず、彼女らとの間にあった繋がりなど知るはずもなかった。
そのため掃討作戦の始まりと終わりだけを作戦報告として処理をすると、敵性小隊と衝突後にドクターが敵指揮官をロドス本艦で弔うという、少なくない反発が予測される悪手をドクターが取った事だけが事実であった。
ケルシーは作戦行動の被害と事後処理を文面でしか認識しておらず、現場の情報はその場に居合わせたロドスオペレーターの憤慨を含んだ作戦報告しか受け取っていない。
そのため、ドクターの真意を測ろうとロドスの立場を客観的に捉えられているアーミヤを挟んでドクターに問いただしていた。
「確かに、私が遺体処理を行った」
しかし、ドクターは毅然とした態度を崩さない。
ケルシーの予想通りに、ドクターは言葉を紡ぐ。
「彼女らは怨敵ではない。私たちが救わなければならない感染者達だった。ならばその最後まで、私達が責任を持って担うべきだ……と思う」
ドクターはとある小隊とその指揮官との別れを脳裏に浮かべながら、吶々と話す。
いっとう強く思い出すのは、フロストノヴァ。
ロドスと敵対したレユニオンの幹部の一人。
比類なき氷雪系アーツを操り、アーミヤ達を凍死寸前まで追い詰めた雪と氷の化身。
最後には彼女の心を溶かして、ロドスの仲間としてドクターの腕に抱かれながら息を引き取った白うさぎ。
ドクターが救いたかった人。救えなかった人。
目の前で取りこぼした命の重さは、アーミヤの甘さを弾き飛ばし、ドクターにこの大地の残酷さを理解させた。
「何より、彼女は我々の仲間だった」
ケルシーはドクターの言葉から確かな意思と儚い覚悟を汲み取った。
アーミヤは言葉に詰まり、ドクターを伺うように視線を投げる。
ドクターは彼女の名前こそ口にはしていないが、視線を僅かに下に向けた。脳裏で彼女のことが、彼女の最期が過ったのだろう。
すぐに視線を上げたが、アーミヤはその僅かな動きすら見逃さなかった。
「(今彼女の話をしても心の整理が付いていない状況では混乱させるだけ……安全の為には作戦終了まで集中していただかないと)」
「? アーミヤ、どうした」
「ケルシー先生、後でお話が」
「分かった」
ドクターには聞こえないよう最低限の会話と声量で要件を済ませる。作戦を前にして、新たな混乱の種を蒔くわけにはいかなかった。
「ドクター。今回の作戦は、必ず成功させなければなりません。失敗すれば国家へのテロ行為を感染者が行ったと世界へ知らしめることになります」
「どんな作戦も成功させてみせるよ」
「頼もしい限りです、ドクター」
チェルノボーグと龍門の衝突というウルサス帝国と炎国の国家間の争いにまで介入する作戦は、失敗すれば感染者が主導した国家へのテロ行為を成立させてしまうことになる。
それは感染者の立場をさらに悪化させる。
――しかし本質はそこでは無かった。
感染者が引き起こした未曾有のテロ行為としてカモフラージュされた、国家による侵略戦争。
その事の重大さをロドスの代表たちは認識している。
この作戦の責任の重さを、アーミヤ達は改めて噛み締めていた。
しかしその間にもオペレーター達は作戦準備を進めている。
この大陸で勝者のいない戦争を起こさない為に、誰もが最善を尽くしていた。
絶えず発する国土を主張する信号。
移動都市の衝突。
裏で躍動する国家と兵士。
全ての感染者を救う使命を全うする少女。
全てがただ前へと進み、やがて大いなる戦士と娘の邂逅に繋がる、灰色の結末はひっそりと迎えられた。
その結末を、残された雪は知る術が無かった。
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検査が終わり診察結果を待つ間、検査室まで僕を案内してくれた女性にロドス館内の見学を勧められた。
どうやら手の空いているロドスのオペレーターの方まで手配してくれたようで、僕はありがたく見学させてもらうことにした。
医療棟から離れ、エントランスや宿舎、食堂や事務室などを練り歩く。時たまロドスの住人から睨まれることもあった。
僕がレユニオンのメンバーであったことを知っているのだろう。姐さんのことも。
その上で睨むだけで見逃してくれるのだから、ここの住人達のなんて優しいことか。
家族の、友人の、恋人の仇かもしれない僕を目にして暴力に訴えない精神性をレユニオンも持てれば、何かが変わったかもしれない。
そんな事はきっと起きないんだろうけど。
「フロストノヴァさん」
「はい?」
事務室から離れた、人通りのない廊下。
不意に、ここまで案内をしてくれたオペレーターの女性が、いまだに聞き慣れない僕の名前を呼んだ。
施設の説明以外、会話らしい会話は全く無かったから話しかけられて少し驚いた。
「先ほど、私たちは貴方と同名の女性を火葬にて弔いました。アーミヤ代表から事情を伺ってはいますが、だからといって貴方のことを信用しきれていません」
「……はい」
彼女は体温の感じさせない、冷気すら孕んだような声で言葉を吐き出す。
僕を見つめる瞳は恨みと忌々しさを隠そうともしていない。
……それは理解できる。納得さえ。
ロドスの仲間を傷つけたレユニオンの一人を弔い、その仲間を保護する。
簡単に言い表せるこの状況は、レユニオンの被害者からすればたまったものでは無い。仇敵を、戦場で散った仲間よりも手厚く迎え入れる光景は耐え難いはずだ。
彼女はもしかしたら、チェルノボーグや龍門に訪れていたオペレーターかもしれない。それなら尚更、僕の存在が気に食わないはずだ。
「貴方が私に向かってそのアーツを振えば、私は何を悟ることなく凍りつく。アーミヤ代表を信じていない訳ではありませんが……しかし! どうしてあんな事をできる組織の人間がロドスにいるのか! 貴方達はあの凄惨なビルを生み出すことに何も思わなかったのですか!?」
やはり彼女はあの龍門に居合わせたオペレーターだった。
少しの瞠目を挟んでから、語気を荒げて僕に詰め寄ってくる。
閉じた瞳の裏でメフィストが人間で作り上げた悪趣味なオブジェを思い浮かべたのだろう。
破壊されたビル。
死なない程度に痛めつけられた人間。
死体、生存者問わず人の体を燃やして造られた無意味なオブジェ。
あの光景を作り出したのはメフィストだ。
しかし、僕らでもある。彼女の怒りの正当性は、誰よりも僕が認めなければならない。
彼女は冷たく、それでいて燃え上がる憎悪を讃えた瞳で僕を睨みつけるが、そこに薄く一枚の水の膜が張られていた。その瞳は、今までのどんな鋭いナイフよりも深く、胸の奥まで切り裂いてくる。
「……ごめんなさい。止められなくて、何もしなくて、本当に……」
「謝るくらいならっ、なんで!?」
この胸の痛みは僕が抱えなくてはならないものだ。
あの時、あの場所にいても、何もしなかった。
メフィストがああも悪意に歪んでしまったのは、僕たちが彼に手を差し伸べなかったから。
彼の歪んだ親愛に同情して、見て見ぬふりをして、命が惜しくて、無辜の民に悪意の矛先を向かわせてしまった。
これが事実。言い訳も何もない。
僕はただ歪みに気がつきながら、何もしなかった。
それがこうして、巡り巡って僕を罪と向き合わせる。
「ごめんなさい」
「今謝るなら、あの時止めてくれればよかったのに!」
僕には謝ることしかできない。今すぐに死んで償うことなんてできない。
僕が死んで満足するのは、僕だけだ。
姐さんも、スノーデビルのみんなも、罪悪感から逃げるためだけに死ぬなんて許さない。
それに――
『きっと、いつの日か感染者も非感染者も手を取り合える日を迎えて見せます』
レユニオンが、スノーデビルが生まれたのは、感染する前の日常を取り戻したいがため。
感染してしまっても、みんなと幸せに過ごしたいがため。
僕は感染者の苦しみを全ての人々に味あわせたくてスノーデビルになった訳じゃない。
僕に恨みをぶつけてくれたこの人を、レユニオンの被害者たちを、鉱石病によって苦しめられている全ての人を、アーミヤさんは救うと言った。
それなのに、僕が自死を選べばその覚悟すら踏み躙ることになる。
あの少女の光を僕が曇らせるなんてしてはいけない。
けれど、この人を憎しみから救うには、どうすればいいのかわからない。
この人と手を取り合うことは、この人自身が1番望んでいない。
むしろ僕の命を奪いたいとすら思っても不思議ではない。
しかし、この人に殺されてしまえばみんなの思いを無為にしてしまう。
僕は一体どうすれば……。
「あなたが死んでも止めてっ――」
彼女は言葉を紡ぎかけた。しかし、その瞬間、自分が発している言葉の重さと残酷さに気付き黙り込んだ。唇はまだ動きかけていたが、音は一つも漏れなかった。
廊下には静寂が訪れ、彼女の瞳からは抑えきれない感情が涙となって零れ落ちた。彼女は視線を落として、震える手を握りしめる。
その静けさの中で、心の奥底から一つの考えが浮かび上がった。
僕の心臓が激しく鼓動するのを感じながら、かつて見て見ぬふりをしてきた悪意の存在を思い出し、後悔が胸を締め付ける。
だから、僕は足を一本前に出して、彼女の震える手を包み込んだ。
「ありがとうございます」
「え?」
「僕に包み隠さず恨みをぶつけてくれて。仇である僕に、真正面から向き合ってくれて。気づきをくれて」
僕は一つの気づきを得た。
今まで何で悩んでいたんだろう。
簡単なことじゃないか。みんなの思いを無駄にせず、アーミヤさんの覚悟を踏み躙らない方法なんて。
僕の命を使ってでも、悪意を止める。
例えそれが辛く険しい道でも、聳え立つ山でも。暗く怖い闇が待ち受けても。
僕は逃げ出さないで、立ち向かい進む。
それだけでよかったんだ。
それに気づかせてくれた彼女へお礼を伝える。
憑き物が落ちたような心地だ。表情が自然と弛んでしまう。
「ありがとうございます」
「ひっ」
僕がお礼を伝えると、彼女は立ち竦んだ。僕の目を直視した瞬間、握られていた手を勢いよく振り解いた。
先ほどまでとは毛色の違う静寂が訪れる。
彼女は腫れ物に触るような、余計な刺激を生まないための沈黙をしている。息を呑んで、全身を硬くして怯えた様子でいる。
まるで少しでも刺激をしたら襲いかかる猛獣を前にしたかのようだ。
「フロストノヴァさーん、どちらにいますかー?」
そんな張り詰めた空気を霧散させるように、やけに明るい声が響いた。
僕を検査室まで案内してくれた女性だ。
「はーい、今行きます」
僕は声がした方向に返事をする。
すると先ほどまで怯えていた彼女はほっとしたかのように体の力を抜いて、僕から視線を外す。
怯えさせてしまったようで申し訳ない。お別れの前に改めて謝らないとな。
「急に手を握ってすみません」
「あっ……いえ」
「ここまで案内いただきありがとうございました、失礼しますね」
頭を一度下げてから、声がした方向へ歩いていく。
僕の足取りは、目覚めてから一番軽かった。
遅筆なため次の更新まで時間がかかってしまいますが、完結のイメージはあるので完結まではどれだけ遅くても更新します。全話9〜13話程を予定しています。
また読み返しがしやすいよう、各話5000文字ほどでまとめますので、完結まで何卒お付き合いくださると大変嬉しいです。
本筋とは関係のない、フロストノヴァ(スノーデビル君)がドクターや他オペレーターと仲良くする話は必要?
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