もしも源石氷晶にフロストノヴァの遺伝情報が遺されていたら   作:とむ

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吹雪

 

 

「なんだか憑き物が落ちたような顔つきですね」

 

 何かありました、と診察室への道中、案内人である女性に問われた。

 

「ええ。僕のやるべきことというか……やらなきゃいけないことが見つかりまして」

 

 言葉を口にしながら、先ほどの抑圧された昂奮と、レユニオンへの憎しみを思い返す。

 レユニオンの凶行によって生み出された償いきれない怨恨が僕を糾弾した。してくれた。

 僕に、生きる意味を与えてくれたのだ。

 およそ全てにとって憎むべきテロリストであり、その幹部を模り生き返ったことの意味。それを教えてくれたロドスオペレーターには改めて感謝しなくては。

 

「瓜を撒けば瓜ができ、豆を撒けば豆ができる。昔の人ならこう言うのでしょうか」

 

 その思いを込めた僕の言葉に判然としないのか、怪訝な顔で目を見つめてくる。彼女は口を開きかけ、閉じ、また開きかけ、また口籠る。

 何かを聞こうとしているのだろう。その何かをわざわざ引き出さずとも、何を言いたいのか、聞きたいのかは知っている。

 何をするつもりなのか、と。それに対する答えはレユニオンを止めに行く、だ。

 かつて見ぬ振りをしたレユニオンの狂気を振り払わなくてはならない。イーノをメフィスト足らしめた狂気。その元凶を。

 だが、聞かれてもいないのに、わざわざ言うものでもないだろう。

 元はと言えば僕は敵対組織の一員だ。今更正義ぶってレユニオンを止めるだなんて、むしろレユニオンと合流する為の嘘だと思われる可能性が高い。

 余計な面倒ごとを起こすくらいならば語らずにいた方がいい事もある。

 だから、これ以上何も言うことがないと視線を逸らし、先を歩くことで言外に伝えた。

 

「……あなたはレユニオンなのに、穏やかですね」

「それは……」

 

 誰に向けたわけでもなく、彼女はぽつりとつぶやいた。それは、ただ思わず漏れ出た言葉のようだった。だが、そこにはレユニオンという存在に対する潜在的な嫌悪、あるいは憎悪が確かに込められていた。

 それでも――。

 それでも彼女は、僕を個人として、穏やかな存在だと認めてくれた。

 レユニオンへの憎しみが消えることはないにしても、彼女は組織を憎んでも、僕という人間を憎んでいるわけではないのだと――。

 そのことを、思いがけず悟ってしまったからこそ、わずかな驚きと、諦めていた未来が心をよぎってしまった。

 

「それは……僕達も、皆んなが一緒というわけではないんです」

 

 レユニオンにも争いを嫌う人たちはもちろんいる。タルラに、幹部に従うしかなくて嫌々暴動に参加する人さえいる。

 ただ、そうでない人が多いのも確かなのだ。

 寒さに身を寄せ合って震えていた弱者を扇動して、憎しみを燃え上がらせている冷酷な悪意に塗れた思想が、それに影響を受けた者たちが今のレユニオンを形作っている。

 その被害者でもあるロドスが、その仲間がレユニオンを嫌悪しない理由はなかった。

 ロドスだけではない。感染者たちを率いた未曾有のテロによって、チェルノボーグという都市より広く、世界中からレユニオンは嫌悪されるだろう。

 

「まだレユニオンにも穏やかな……仲間がいるとしたら、」

 

 それでも、レユニオンで過ごしたあの日々が、彼らの……彼女の優しさと温もりを忘れさせてくれない。彼女達は悪人ではなかった、と心の奥底で囁き続けているのだ。

 善良な意志を持ち、この鉱石病という災厄に立ち向かうロドスと同じ志を、かつては抱いていたのだと。今もなお、そうであると少しでも思いたくなる。

 それは、過ぎ去った日々が完全に終わったと認めたくないからだ。歪み始めた今のロドスとも、再び手を取り合えると信じたいのだ。

 

 ――寒い夜に同じ鍋を囲み、共に温もりを分かち合っていたあの頃を、無かったことにするのは耐えがたい。彼女がその理想を叶えるために身を粉にして働いていたのを、僕は知っているから。もし今からでも、昔の彼女に戻れるのなら……そう願ってしまう。けれど、それは叶わないと、心のどこかで分かっている。

 

「まだレユニオンには、手を取り合える可能性があるのでしょうか」

 

 それでも、どこかで信じてしまっている。もしも、レユニオンがかつてのように――いや、ロドスと手を取り合えていたのなら、全てが違った未来に繋がっていたかもしれないと。

 あの冷たい夜に、同じ鍋を囲み、彼女が優しく仲間たちを包み込んでいたあの頃。あの温もりが、まだ心のどこかで残っている。だからこそ、レユニオンもまたロドスと共に歩むことができるはずだと――ほんの少しでも、希望を抱いてしまうのだ。

 

「手を取り合えるなら、代表たちは今頃チェルノボーグにいませんよ」

「……え?」

 

 今、なんと言ったのか。

 耳から侵入してきた言葉によって、何かが音もなく崩れ落ちていくのを感じた。足が止まり、身体が凍りついたかのように動かない。聞こえた言葉が頭の中で形を作り始め、意味を理解するまでに、わずかな時間がかかる。

 そして、その理解が僕を押しつぶす。

 僕の中にあった甘い理想。それを打ち砕く拒絶の言葉――だが、それ以上に、耐えがたいのは後に続く言葉だった。

 あの光のような存在だったロドスの代表、自分に「生きていて」と願ってくれた人が、かつての指導者とぶつかろうとしているという事実。

 彼女を止めようとしていたのは僕だったはずなのに。

 けれど、彼女が敵として立ちはだかる今、その戦いに向かうのは僕ではなく、あの代表なのだ。

 僕が抱いていた理想の実現が遠のいていくことよりも、その絶望のほうが、ずっと大きく心を締めつける。

 

「まさか……」

 

 ロドスからチェルノボーグへ。

 わざわざ危険地帯へ行く意味。

 あそこにはタルラも、パトリオットさんさえいる。

 アーミヤさんはドクターを救いにチェルノボーグへ行き、その目的を果たしたはず。今更チェルノボーグへただの偵察に行く理由がない。

 レユニオンが都市を乗っ取ったとはいえ、ウルサスの軍事力であればそろそろ先遣隊が都市へ威力偵察に来る頃だろう。

 悪者退治はロドスがやらなくとも、いずれどこかの国が腰を上げる。わざわざオペレーターを危険に晒すようなことを彼女がするとは思えない。

 それでもチェルノボーグへ赴いたことが意味するのは、感染者を救う組織として感染者を貶めるテロ行為を沈静化することにあるのだろうが、タルラがそれを受け入れるはずもない。即ち、命をかけた争いが始まることを意味していた。

 

「そろそろ到着です」

 

 前方から響いた柔らかくも淡々とした声が、思考を遮った。僕を思考から現実へ引き戻した一言を残して、彼女は足早に僕の前へと足を進める。

 ――待ってくれ。詳しい事情を聞かなければ。

 焦りに駆られて、彼女の背を追いかけ、その手を掴んだ。

 

「アーミヤ代表はいつここを発ったんですか! 僕もあそこへ行かなきゃいけないんです! チェルノボーグへ戻らないと、」

「あなたが行ってどうするんです!? その体で、何ができるんですか!?」

 

 彼女の声は鋭く、冷たい。けれど、その背後に滲むのは怒りではなく、焦りだ。

 きっと彼女は僕のことを心配しているのだろう。だけど、それは「僕自身」を案じているわけではない。彼女にとって、僕はただの「仕事」だ。

 アーミヤ代表から預けられた責任を果たさなければならない。そのために、もし僕に何かあれば、彼女はその責務を全うできない。だからこそ、僕を止めようとしているのだ――そう理解した。

 だが、僕には行かなければならない理由がある。体が戦闘に耐えられないことくらい、分かっている。それでも、僕は自分の覚悟に従いたい。そう言い返そうと、口を開いた瞬間――。

 

「仮名、フロストノヴァ。レユニオン幹部、故人であるコードネーム『フロストノヴァ』と同一の外見」

 

 スンと、空気を裂くような静かな冷たい声が僕たちの間に割り込んできた。その冷静さに、場の空気が一瞬にして凍りつくようだった。

 僕は言葉を飲み込み、無言で声の方向を見つめる。

 診察室へ着いたことに気づくと、彼女は無言で扉を開け、僕に椅子へ着席するよう勧めた。僕が座ると、彼女はその場を急ぎ足で立ち去っていった。

 

「私はフォリニック。あなたの診察を担当します。診断結果をお伝えする前に、体調に異常があれば教えて下さい」

 

 どうやら、先ほどの声は対面のフェリーンの女性から放たれたようだ。

 彼女は僕に一眼もくれずに、カルテと僕のレントゲンが表示されているディスプレイを見つめながら、事務的に問いかけてくる。

 

「いえ、特に……」

「では始めます」

 

 圧迫感すら覚える問いかけに思わず返事をすると、鋭い目線で一瞥された。しかしすぐに手元のカルテへとそれを移す。

 そして、僕の診断結果について、端的に口にした。

 

「血中源石密度0.65u/l、融合率21%。重度の鉱石病であり、緊急の対策が必要です」

 

本筋とは関係のない、フロストノヴァ(スノーデビル君)がドクターや他オペレーターと仲良くする話は必要?

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