牙狼外伝—VEGA—受け継がれし願い   作:赫牛

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罪人

「以上が調査結果となります。結論から言いますと、貴方の奥様はやはり……」

 

 そう言うと、今まで呆然としていた老紳士は顔を真っ赤にした。

 

「保険金目当てだったか……ありがとうございます。手遅れになる前で良かった」

 

「いえ、こちらこそ。力になれたなら何よりです」

 

 わなわなと手を震わせた老人は席を立つと、調査報告書を掴んで足早に去って行った。

 これでまた一つ、悪に制裁が下ると男は笑った。より良い世の中にするために貢献できていると実感する事が、男の何よりの喜びだった。

 かつて警察官だった男は真面目に職務を全うしていた。それが世のためになると信じていたからだ。しかし実際は警察ではどうしようもない事が多かった。全ての悪を裁くのは警察にいては無理だと、男は退職願を出して探偵になった。

 自由になった男は、それまでよりも多くの悪事を明るみに出した。その方法は時に苛烈で犯罪まがいの事も多かったが、そんな事を男は気にしなかった。世のため人のためならどんな手段を使っても良いと男は考えていた。

 

 そんな事をすれば、当然つけを払わされる様に世の中は出来ているのだ。

 

 その日の夜、男は満足しながら帰路についていた。男の仕事は順調そのものだったから、別段特別な事ではなかったのだが今日は違っていた。

 男が振り返る。スーツを着た男が数メートル後ろに立っている。少し歩き、また振り返る。さっきと同じ間隔でスーツの男は立っていた。

 不味い。身の危険を感じた男は走り出そうとするが、既に目の前にもスーツの男が数人立ちはだかった。後ろからも数人、一本道の中で男は完全に囲まれた。

 

「何ですか?」

 

「何なのかは自分が一番分かってるんじゃないか?探偵さんよ」

 

 勿論心当たりはあった。最近警察時代から追っていた犯罪グループの悪行を調べ、証拠を警察にリークした。それによってボスを含む何人かが逮捕され、グループは大きな打撃を受けた。その報復である事は想像に難くない。現に男を囲んでいる何人かの顔には見覚えがあった。

 そんな事で屈しない、そう男は言い放とうとした。しかし言葉にする前に、男の腹部に違和感が生じた。ナイフが男の腹に刺さっていた。引き抜かれると同時に焼けつくような痛み。男はたまらず腹を押さえ膝をついた。

 

「まだ死なないよ。死ぬのはもうちょい後だ」

 

 その言葉が終わらぬ内に男の背中にナイフが突き立った。引き抜き、刺し、引き抜き、刺し。傷は浅く、痛みは鋭く、しかし気を失うには足りなかった。

 声は出せなかった。しかし心の中で男はずっと助けを求めていた。生きるか死ぬか、そんな事はどうでも良い。ただ早く、早くこの地獄が終わって欲しいと、それだけを願っていた。

 

『助かりたいか?』

 

 頭に響く誰かの声。それは天から垂らされた蜘蛛の糸の様に思えた。誰だって良い。助けて欲しい、と男は声に訴えた。

 

『ならばお前の魂を貰うぞ』

 

 魂なんてくれてやる。だから早く、早くこの地獄から解放してくれ。

 そう思った時、既に悪魔は男を喰らっていた。

 

 

「おーい、板橋さーん?死んじゃいましたー?」

 

 ナイフでつついて生死を確かめる男の腕が突然掴まれた。先程まで微動だにしなかった男が顔を上げ、スーツの男を睨む。その目は白く濁っていた。

 

「ひいっ……!」

 

 スーツの男が立ち上がるが、掴んだ腕は男を離してくれなかった。壁に押し付けられた男の額に、人差し指が押し当てられる。

 

「成程成程……恐喝、スリ、殺人……結構やってきたんですねぇ……」

 

「な、何を……」

 

 それは男が過去に犯した罪だった。それを言い当てられた、いや、『覗かれた』様な気がして血の気が引いた。

 

「やっぱり悪人は……裁かれないといけない」

 

 それを耳にしたスーツの男の腹に、冷たい何かがすうっと入り込む感覚があった。視線を下ろすと、自分が持っているのと全く同じナイフが刺さっているのが目に映った。

 ナイフが引き抜かれるのと同時に猛烈な痛みがスーツの男を襲う。傷口から垂れる血が、男が大きく開けた口の中に吸い込まれていく。その血に引っ張られる様にして、男の存在も飲み込まれた。

 呆気にとられていたスーツの男達は、仲間を喰った何かがこちらを見た事で我に帰り、散り散りになって逃げだした。しかし男は、誰一人として逃がすつもりは無かった。全ての罪を暴くだけでなく、自ら裁く事ができる力を手に入れた男は歓喜に震えていた。

 

 

 

 

 

 この街に来て一週間が過ぎた。

 ここはなかなかに栄えていて、閑岱(かんたい)とは比べ物にならない程娯楽に溢れ、様々な店が立ち並んでいる。中でもボクが気に入ったのは。

 

「桃のタルト三つと……シュークリーム二つで」

 

「はーい毎度!」

 

 北の住宅街にある、この気の良いおじさまが経営する小さな洋菓子店だ。街に来た初日にここを見つけ、桃のタルトの味に感激してから毎日通っている。

 

「良いのかい阿華莉ちゃん?毎日毎日こんなに買ってもらって。俺が言うのもなんだけど安くないんだよ?」

 

「それくらい美味しいんですよ。何て言うか、おじさまみたいに優しい味がして」

 

「お世辞が上手だねえ。そんな阿華莉ちゃんには……ほれ、サービスだよ」

 

 タルトとシュークリームが詰められた箱の中に、追加でショートケーキが入れられる。

 

「良いんですか?やったぁ!」

 

 ほら、やっぱりおじさまは優しいんだ。

 

「ありがとう、明日もまた来ますね」

 

「こちらこそ、いつもありがとうね」

 

 料金を払い店を出てぷらぷらと街を歩く。最初は迷った道も、今はすっかり覚えてしまってお気に入りのベンチにすぐ辿り着いた。

 最初は桃のタルトから。口いっぱいに頬張ると柔らかな甘さと程良い瑞々しさが広がり、タルト生地のサクサク感が良いアクセントになる。いつも通り美味しくて安心する。あっという間に平らげても問題無い。まだ二つ残っているのだから。

 お次はサービスで付けてくれたショートケーキだ。可愛らしいイチゴが乗ったオーソドックスな物で、だからこそ期待値は高い。プラスチックのスプーンで掬って一口。するとどうだ、きめの細かいクリームとふわふわのスポンジが織りなすハーモニーは絶妙で、今まで食べたどのショートケーキよりも美味しいと感じて思わず身悶えする。今度からこれも買おう。

 

『最近甘い物ばかり食べ過ぎじゃない?太るよ』

 

 左指に付けた指輪がそんなデリカシーの無い言葉を吐く。

 

「良いじゃん別に。デザートはカロリー0理論って聞いた事無い?」

 

『君はメインディッシュを食べてないだろ!もっと健康的な食生活をしないと体を壊すよ』

 

「夜とかはちゃんと野菜も肉も食べてるでしょ?そんなかっかしないでも大丈夫だって」

 

 多少増量しても戦ってればすぐに痩せるし、そもそも太った所で、契約の対価としてギルバが月一で食べるボクの魂の味が変わる訳でもないだろうに。いや、ひょっとしたら変わるのかも?

 まあ良っか。自分に甘いのって大事だからね。

 ギルバが口うるさく注意するのも構わずに、ボクはシュークリームを手に取った。

 

 

 

 

 

 薄暗い通路を抜けると、いくつもの灯篭に照らされた幻想的な空間が広がっている。そしてその中央には白いドレスを着、鳥、いや天使の羽根で出来た髪飾りをつけた女性が椅子に腰かけている。俺達が近づくと、それまで閉じられていた目が開かれ俺達を捉える。

 

「浬、新たなホラーが出現しました。速やかに討滅し、魔界へ送還しなさい」

 

 見た目にそぐわぬ凛とした声が響く。一度この声に命令されたなら、もし抗うとしてもなかなかに勇気が要るだろう。

 この女性はセレア。この街を含む一帯、『三の管轄』を担当する番犬所の長たる神官であり、先生の直属の上司になる。

 

「立て続けにとは、エレメントの浄化が充分ではなかった様ですね」

 

「そんな単純な問題でない事は貴方も分かるでしょう?何かが起きる前触れです……ですが、今は目の前のホラーを優先しなさい」

 

「分かりました」

 

 一礼して立ち去ろうとする先生。しかし。

 

「待ちなさい。それだけの要件なら、わざわざここまで呼び出したりしません」

 

「もしかしなくても、あの『女の魔戒騎士』の事ですか」

 

 女の魔戒騎士、阿華莉。

 黒紫と銀の鎧。力強く圧倒的な立ち振る舞い。迫りくる敵を打ち倒す刃。それは正に、俺が目指す魔戒騎士そのものだった。

 今も目に焼き付いている。それ程までに昨日のあれは衝撃的だった。あの女が魔戒騎士だったなんて、最初に会った時は夢にも思わなかった。

 

「噂には聞いていましたが、まさか本当に存在していたとは……それについてどうお考えで?」

 

 尋ねられたセレアは顔に手を当てる。

 

「私もそんなものが出来たと言う報告は聞いていません。浬、貴方にはあの鎧についても調べてもらいます」

 

「……そう言うのはそちらでやってくれませんかね」

 

「無論こちらでも調べるつもりです……あの鎧の存在は、今の魔戒騎士の体系を揺るがすものです。だから唯一接触が確認できた貴方達に頼んでいるのです」

 

 そう言う真摯な目は、先生曰く『神官らしくない』ものらしい。だが俺はこの目ができるこの神官が好きだ。

 セレアはすっと居住まいを正す。

 

「長く引き留めてしまいましたね。要件は以上です。行きなさい」

 

 今度こそ一礼して、俺達は番犬所を後にした。

 

 

 

 

 

 明かりの少ない夜道、男は何かに怯えながら歩いていた。さっきから何かが自分の後ろを付いてくる様な感覚に苛まれていたからだ。振り返っても誰もいない。しかし何と言うか第六感とでもいうべきものが、男に危険が迫っている事を知らせていた。それはこの暗闇に囲まれている現状から来る思い込みだったかもしれない。そうであって欲しい。

 しかし悲しいかな、その予感は正しかった。

 何度目か後ろを振り返った男は、そこに何もいない事を確認して再び歩き出そうとした。その額に、人差し指が押し当てられる。

 

「貴方は……成程、放火ですか。重罪人だ」

 

 放火……男には心当たりがあった。

 子どもの時、落ち葉を集めて焚火をした事があった。しかし火は想像以上に燃え盛り、遊んでいた空き地の隣の民家に燃え移った。幸い中に人はおらず人的被害が出ない内に鎮火されたが、幼かった男は怖くて自分がやった事だと言い出せなかった。

 男は確信した。その罪の報いが今やってきたのだと。目の前にいる何かが、自分に裁きをもたらすものなのだと。

 

「貴方の罪の重さを、思い知れ」

 

 何者かがそう言った時、男は熱を感じた。焼ける様な熱さ、ではない。男の体は本当に燃えていた。余りの苦しさに男は悲鳴を上げるが、その声すら燃え盛る炎が焼き尽くしてしまった。

 

「ウェルダンとは、偶にはこう言うのも捨てがたい」

 

 火は治まり、全身が炭化した男の死体が、何者かの口に吸い込まれていく。男を喰らい終わった何者かは、ゆっくりと舌なめずりした。

 

 

 

 

 

『間に合わなかったね』

 

 道の途中にある焼け焦げた跡を見てギルバが嘆息する。ホラーの気配を追ってここまで来たが、既に喰われてしまった後だった。

 

「この跡、どう思う?」

 

『確かにホラーの仕業だけど、昨日とはまるでやり口が違う。本当に同じホラーがやったのかな?』

 

「だよね。昨日の時点で喰い方が取っ散らかってたけど、いよいよどのホラーかは分からないね」

 

 人を襲うホラーの正体が分かればその習性からある程度の行動パターンを絞り込めたりするのだが、こうも手口がばらばらだと特定すら難しい。

 

「喰われる前にとっ捕まえるしかないか」

 

『そう言う脳筋なとこ、嫌いじゃないよ』

 

「うるさい」

 

『いてっ』

 

 指でギルバのおでこ(?)を弾いて黙らせ、意識を集中する。

 兎に角、早く捕まえないと。

 

 

 

 

 

 朝。魔戒騎士達にとっての休息の時間。歩き続けて疲れ果てた俺と、そんな様子は全く見せない先生は家に戻った。

 

「はぁ……」

 

 昨日感知したホラーの気配を辿り、本体を探した。同時にもしホラー狩りをしているのなら、あの女ともまた遭遇するかもしれないと思い、夜中歩き回ったが収穫無し。こうやってため息も出ると言うものだ。

 

『おい坊主、ため息なんてついてないでさっさと寝るなりなんなりしろ』

 

 台座で休んでいるマルヴァが毒づいた。

 

「あのな、坊主って言うなって何度言えば分かるんだ」

 

『その歳で魔戒騎士にもなれない中途半端な奴には坊主で充分だ。さあ、早く寝ないと、立派な魔戒騎士になれないぞー』

 

「こんのっ……」

 

 基本的にマルヴァの口調は荒っぽいが、その上で俺に対しては特に口が悪い。こんなに毒舌な奴は見た事が無いくらいには口が悪い。

 

「そこまで。マルヴァ、あまり俺の弟子をいじめてくれるな」

 

『事実を言っただけじゃないか。あまり甘やかすのも良くないぞ』

 

 それ以上マルヴァが言葉を続ける事は無かった。こう言う時は大体先生が仲裁に入る。マルヴァも先生の言う事なら聞くし、俺は言わずもがなだ。

 

「煉、お前も早く休め。その後はまた昨日の続きだからな」

 

「分かりました。失礼します」

 

 一礼して、自分にあてがわれた部屋へと向かう。扉を開けベッドに潜り込み、しばし目を閉じてみる。しかし疲れているはずなのに妙に寝付けない。部屋のあちこちに視線が行く。

 改めて見ると、元々備えられていた家具以外はほとんど何も無い。強いて言えば家族で撮った写真くらいか。

 

「父さん……」

 

 父さんは称号持ちの名のある騎士ではなかったが、それでも使命の為に最期まで戦った。そんな父さんの様になりたいと思っている。でも。

 

『魔戒騎士にもなれない中途半端な奴』

 

 マルヴァの言う通りだ。俺は騎士になれない、でも諦める事もできない、中途半端な奴だ。

 いつか騎士になる、俺は絶対に魔戒騎士になる。

 後何年、そう言い続けられるのだろう。

 

 

 

 

 

 夜の街。活気づいた道から、少しずつ外れに向かう。

 男は気付いていた。誰かが、自分を尾行している事に。長年の勘がそれに気付かせた。

 一体誰だろう。振り向いてもすぐに隠れられてしまうため、姿は確認できない。知っている人だろうか。それとも、誰かの差し金だろうか。

 どちらでも良い。寧ろ獲物がそちらから来てくれるなら好都合だ。そう思った男はどんどん人気(ひとけ)の無い道を選んで進んでいく。

 暫くして男は気付いた。自分を追っていたはずの何者かが、もう付いて来ていない事に。見失ったのか、それとも誘い込んだ事に向こうが気付いたのか。

 否。

 

「隠れても無駄ですよ。私の目は誤魔化せない」

 

 先回りしていたのだ。そして男の予測通り、手前の暗がりから女が現れた。男はこの女を見た事は無かったから、過去に摘発した誰かの差し金だろうと見当をつけた。

 女が懐に手を入れた瞬間、男は飛びついて壁に押し付けた。取り出そうとしたのはナイフか、銃か。そんなもの今の男にとっては些細な問題だった。

 

「さあ、貴方の罪を、見せてくれ」

 

 男は人差し指を女の額に伸ばす。その指がもうすぐ触れる、と言う所だった。

 女が取り出した何かを男の眼前に掲げる。それは複雑な装飾が施されたライター。着火し、白い炎が男を照らす。

 

「そっちこそ、随分大きな秘密を持ってるようで。ね、ホラーさん?」

 

 男の瞳孔の色が消え、その中には魔導文字が浮かび上がる。それはこの男が、ホラーである事の証左だった。

 炎に照らされた女の格好が露わになる。堅い防具を着こんだ上に黒いロングコート。緩くウェーブのかかった肩までの黒髪と、黒い瞳。

 

「魔戒騎士か……生憎君の相手をしている暇は無くてね」

 

「そっちに無くても、こっちはお前を狩るのが仕事でね」

 

 ホラーが顔目掛けて打った拳を阿華莉は難なく避け、先程まで抑えられていたのが嘘の様にホラーを押しのけて対峙する。迫る拳を躱し、裏拳を顔面に打つ。怯んだ隙に足を払い、転倒させた所を踏み潰そうとするが、ホラーが地を蹴って凄まじい速さで横移動する。そのまま立ち上がったホラーは宙返りしながらの踵落としを繰り出し、阿華莉は防ぐがその勢いで壁に叩きつけられる。

 阿華莉にホラーが飛びつき抑え込む。しかしそれに対して勢いをつけて体を回転させ、逆に阿華莉がホラーを抑え込む体勢になる。至近距離での頭突きを躱して首を腕で固定し、コートの内側から取り出した剣を逆手に持ってホラーの胴を斬り裂く。

 後退ったホラーは、阿華莉に背を向けて跳躍する。逃走を選んだホラーを追って、阿華莉も夜の街を翔ける。

 

 

 

 

 

 しぶとく逃げるホラーを追って、建物の間を駆け、跳び、また駆ける。昨日の夜からずっと気配を辿ってようやく辿り着いたホラーなのだ、また見失うなんてごめんだ。

 一段と勢いをつけて跳躍し、ホラーを跳び越して進行方向に立ち塞がる。走った勢いを乗せた蹴りをいなし、抜刀して胴を斬り払う。手応えからして、決して傷は浅くない。

 切っ先の狙いを、息絶え絶えになったホラーに定める。昔遊んだ事のある将棋で言う、『王手』だ。

 そんな考えを読んだのか。ホラーは唸り声を上げる。

 

「まだだぁ……!」

 

 全身に力を込め、ホラーはその姿を変えていく。獣の獰猛な爪を持ち、シャープなシルエットの上に毛皮を纏ったそれは、御伽噺に出て来る狼男の様。そして一際目を引くのは二つに分かれた犬の頭部。

 

『成程、魔獣オルトー、こいつだったのか!』

 

 ギルバの言葉にボクも合点がいった。オルトーなら、あの喰い方にもなる。オルトーは人間の記憶を覗き込み、その中の出来事を再現する事ができるのだ。だからナイフで刺された者もいれば、全身を炎で焼かれた者もいた、と言う訳だ。

 オルトーが跳び、鋭い爪を振り下ろす。それを躱し、剣で宙に円を描く。そしてボクは鎧を纏った。99,9秒。鎧を着けていられる僅かな時のカウントダウンが始まる。

 再び振り下ろされるオルトーの爪を斬り落とし、上段からオルトーを両断しようとした。しかしそれは、漆黒の剣によって阻まれた。

 

「なにっ……」

 

 いつの間にかオルトーが剣を持っていた。迫る剣を弾き、しかしこちらの剣も防がれる。

 

「そうか、オルトーは……」

 

『ああ、相手から受けた攻撃と同じ事ができる様になる。早く倒さないと、自分の首を絞める事になるよ!』

 

 一度胴を蹴り飛ばして距離をとり、剣を構えて睨み合う。

 オルトーを早く倒さないと技をコピーされ、こちらが不利になる。何か、一手で相手を打ち倒す威力が要る。

 つまりは、あれの出番だ。

 魔導火が込められたライターを取り出し、着火して剣に炎を纏わせる。白く煌々と燃える剣を振り払うと、火の粉が鎧に燃え移って全身が白い炎に包まれる。その眩さに、オルトーは眼を覆った。

 今だ!

 身体を捻り、地面を蹴る。オルトーに向かって真っすぐに跳び、その胸の中心に剣を突き立てる。炎が燃え移り、悶えているオルトーを刺さったままの剣で横に斬り裂く。断末魔を上げ、真っ二つになったオルトーは燃え尽きて消滅した。

 炎が消え、呼吸を整えたボクの前に黒い靄が漂ってくる。そこにはさっきまでホラーだった男の、悶え苦しむ様子が映し出されていた。

 

『何故だ……私は、ただ悪人を裁いていただけなのに……』

 

 ホラーを討滅した後に偶に現れる、憑依された人間の残滓だ。生前この人は、悪を許せない性格だったのだろう。

 でも。

 

「例え裁かれるべき悪でも、死を以て裁く権利は貴方には無い」

 

 残滓を剣で突くと、それは跡形も無く消え去った。

 

 鎧を返還し、深く息を吐く。そしてどこに行こうか考えていると、人の気配がこちらに近づいてくるのを感じた。待っていると現れたのは、この前会ったばかりの魔戒騎士見習い……煉くんと、その保護者の裂空騎士だった。

 

「ここまで来てもらって申し訳ないのですが、もうホラーはボクが倒しました」

 

「そうじゃない。君に聞きたい事があるんだ」

 

 その牙猛さんの言う『聞きたい事』の検討はつく。

 

「ベガの鎧の事ですか?」

 

「そうだ。何故女である君が使えるのか、それを知りたい」

 

「そうですか……」

 

 そりゃ当然気になるとは思う。でも。

 

「それは、内緒です」

 

「ふざけてるのか」

 

「いいえ、でも企業秘密なんで。それではまた」

 

 しつこく追及される前に立ち去るのが吉。煉くんが何か言いかけるのも聞こえたが、無視してボクはその場から離れた。

 きっと鎧の事なんて話したら、皆ボクを止めるに決まってる。だから知られる訳にはいかない。

 ボクが『守りし者』として、ホラーを狩る事ができなくなる日まで。

 

 

 

 

 

「おじさまごめんなさい!約束したのに昨日いけなかった!」

 

「良いんだよ気にしなくて。きっと忙しかったんだろう?まあ心配はしたけど」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 そして今日もボクはタルトを買いに店に顔を出した。おじさまは変わらずの笑顔でボクを出迎えてくれた。

 

「今日はタルト三つと、ショートケーキ二つで」

 

「おっ、もしかしてショートケーキ気に入ってくれたのかい?」

 

「うん、凄く美味しかったです。今までで一番のショートケーキでした」

 

「そりゃ嬉しいねえ。そうだ、こっちのチーズケーキも自信あるんだけど、良かったら食べるかい?勿論サービスだよ」

 

「えー、そんな、毎回良いですよー」

 

 とは言いつつしっかり貰っておく。人の厚意は素直に受け取るべし。

 そうだ。

 

「折角だから、今日はここで食べていきます。アールグレイもお願いします」

 

「あら、珍しいね。まあそう言う事ならゆっくりしていって。後で感想聞かせてくれると嬉しいな」

 

「ええ、是非」

 

 菓子と紅茶を受け取り、店の外に一つだけあるテーブルに座って一息つく。

 ここは住宅街だから今の時間だと人通りも多い。今から会社に行く人、集団で登校する子ども達、それを見送る親。そしてそんな朝早くからお店を開き、皆に笑顔を届けるおじさま。

 この光景が、ボク達が守っているものの一つなんだよね。

 そう思うと感慨深いものがある。

 

「おっといけない」

 

 感傷に浸るのもそこそこにしないと、ケーキの鮮度が落ちてしまう。

 

「いただきます」

 

 今日の一口目は噂のチーズケーキ。崩れない様に切り分け、口に運んだ。

 





 憧れは人を動かす糧になる。
 でもね、それだけじゃ一生越えられないよ。

 次回『裂空』!

 天を翔けろ、蒼穹の刃!
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