有職転生〜異世界行ったら…え?三歳で剣を振るんですか?〜 作:KEN・JACK
ありがとうございます
プロローグ
自分の人生の主人公は自分だ
良い言葉だと思うが、これを飲み込めている人間はどのくらい居るのだろうか。
生まれてから様々な出来事があり、色んな事を経験していく中で…大半の人間は挫折を経験して身の程を知っていく。
幼少期に褒められたスポーツや勉学は、歳を重ね人と会うことで自らの限界、そして真の天才の存在に気付くものだ
容姿や家柄など、生まれた時点である程度決まっている事だってある。
実家の財政やコネクション。そして他人に好印象を与える顔面は人生を上手く運ぶ上で重要な要素であると同時に…覆しようの無いステータスとしてのしかかってくる
そうした事の積み重ねで自分が平均的な人間だと知った者達は、それでも尚自分が主人公だと思えるのか…少なくとも自分はそう思える人間では無かった
「お疲れ様です」
特に感情を込めることはなくカードを機械にかざせば、退勤を示す軽快な音が鳴る。
もはや勝手に口から出る別れの言葉を吐けば俺の一日は終わりだ
雑踏の中を歩けば、先程何となく考えていた事が再び頭をよぎる。
周りを見れば自分と同じようにスーツを着た人間がひしめき合っており、平均化された教育の実績に目頭が熱くなりそうである
ビルに設置された大きなスクリーンには、世間を騒がせる野球界のスターの結婚報道が連日飽きずに放送されていて
「…ああいう人はきっと自分を主人公と言っても違和感は無いんだろうな」
あ、言っておくけど病んでる訳じゃないよ?多くは無いけど友達居るし、彼女だって居た事もある…家族との仲は良好で仕事も行くのは嫌だけどブラック企業って訳じゃあない
なら何が不満なんだよって…言いたいことは分かるけど、要するに大した努力もせずに普通に大人になって普通に息してる事にこれでいいのかってなってんの…誰だってあるでしょそんなナイーブな事考える時が
そんな誰に対してか分からない言い訳を心の中でつらつらと並べながら、行きつけのコンビニで弁当とハイボールを購入する。そこはビールだろって?…最近ビール腹なんだよ
「ありがとうございました」
あまり生気を感じないおじさん店員の挨拶に軽く頭を下げて店を出る。すると先程まで降っていなかった筈なのに、まぁまぁの雨が地面を叩いていた
「…あんな事考えたのも気圧のせいかもな」
偏頭痛持ちの友達が雨の度に呻いていたのを思い出しつつ、傘を持って店員さんの元へ戻る。
そうだろうと思っていたのか待ち構えていた店員さんにすみませんと小さく謝罪し、傘を開いて再び店を出た
〜〜〜
父は役所仕事、母は栄養士のどこにでもある普通の家に生まれた俺はまぁ良くも悪くも問題の無い人間だった。兄弟は居ない
小中も成績は悪くないが良くもない、ただ目立っていないだけの俺に付けられた真面目で素行優秀という評価に母親は喜んでいたっけな
高校は地元で3番目に賢い言われていた所に入学し、部活も特にやらずにバイトと学校、たまに友達と遊びに行くという青春と呼ぶには少し地味な過ごし方だった
大学に行くなら国立、何故なら私立に行かせる金がないからという父の教えに従って少し離れた国立大へと行った。
特段頭の良い所ではなかったけど、初めての一人暮らしとか大人になって出来ることが増えたりとかでなんやかんや楽しかった、多分人生で1番
そして今じゃ5人に1人は名前を知ってるくらいの企業で働く会社員である…こう言っちゃなんだが自慢出来ることはひとつも無い。手がめちゃくちゃ綺麗なことくらいか。トンカツはいつでも食えるけどね
雨で人が減った道を歩いていると、目の前から男女の言い争う声が聞こえてくる。痴情のもつれか?犬も食わない様なことをこんな雨の中良くやるもんだ
もう少し近付くと、どうやら高校生らしき三人組である事が分かった。 喧嘩している男女に、それを仲裁しようとしている子…良くツレの前で痴話喧嘩出来るな…
そんなしょうもない事を考えていると、後ろから猛スピードでトラックが迫ってきているのが見えた。運転席を見れば…突っ伏している運転手、間違いなくあのトラックは暴走している…!
俺はとっさに踵を返して距離を取ろうとした。暴走トラックだ、何が起こってこちらに突っ込む事かわかったことでは無い…一々そんな事を考えた訳では無いが、身体が勝手に逃げようとしたのだ…だが
「ぁ、ぁ、ぶ、危ねぇ、ぞぉ」
そんな小さな掠れた声に意識を取られそちらを見れば…ずぶ濡れで何故か血だらけ、顔や髪も手入れは全くしていないような小汚いおっさんが三人組に向かって駆け出していた
間違いなく訳ありだ、俺が何となくでやっている普通に生きる事さえ出来てないような…普通じゃない中年。しかし彼は駆け出していたのだ
【普通】の俺が出来ないことを…【普通以下】のおっさんはすぐに行動に移したという事実が、俺の足を止めた
咄嗟に女の子を抱き寄せた男とは違い、トラックに背を向けていたもう1人の男子高校生は一向に気づく様子が無かった。おっさんはその子を引き剥がすようにしてトラックの前に踊り出れば…文字通り跳ね飛ばされてコンクリートに激突する
「おっさん!!!」
俺は吹き飛ばされたおっさんに対して叫びながら駆け出す…不思議なもんで最初は少し嫌悪感さえ覚えた彼の事を、今は何故か絶対に死なせてはならないと思っている自分がいた。
そして考えるより先に体が動いた。弁当も傘も放り出して駆け出す…死んでない、蓄えた脂肪のおかげか僅かに動きがある!
最悪なのはトラックの運転手がまだ起きていないことと…そのトラックの勢いが止まらずに未だにおっさんに向かって突っ込んで行ってることだ
幸いこちらの方に吹き飛ばされていたのでギリギリ間に合う!担ぐ…事は出来なくとも勢いのまま体をぶつかれば2人とも助かる!
いつもなら打算的に危ないからとか、被害が広がるからとか…そんな事故の周りに集まって写真でも撮ってるような奴らと似たような思考に巻き込まれて避難していただろう。
だが今は違う、ここであのおっさんから…何かしらを抱えてろくに運動もしてないような身体に無茶を言わせて人助けをした男から目を背けて逃げれば…俺はもう二度と自分の事を普通とすら思えない!
「間に合ええ!!!!!!!!!」
ゆっくりと進む時間の中で、俺は自分がこんな大声が出せた事に驚愕した。火事場の馬鹿力というやつだろうか…何とかトラックの到達前におっさんにたどり着いた俺は、そのままの勢いでぶつかって吹き飛ばして2人とも…
「あ、これ、無理だ」
助かる予定だったのだが、見た目以上に詰まっていた脂肪のせいか特に鍛えてない俺のタックルでもおっさんはビクともしなかった。
未だに時間はゆっくり進んでいるが…悲しいかなその中で俺が高速移動出来る訳では無い。諦めた瞬間に特に見所の無い人生のダイジェストが脳内に流れ始めた
父さんと母さんは…泣いてくれるだろう。迷惑をかけたつもりも無いけど、恩返しは出来なかった、そこは普通に親孝行したかったんだけどな。
友達のアイツらはどうだろう。今年の年末はどこに行こうとしてたんだっけ?喧嘩別れした元カノは今頃どうしているのだろうか、幸せになって欲しいもんだ。
仕事は…まぁ大丈夫か、社会なんて1人欠けたくらいでやばくなるような構造してないし。
一通りの回想が終わり、時間の流れが戻る。コンクリートとトラックの間でミンチになる寸前、後ろが何か光ったような気がしたが…何か摩訶不思議な事が起こる事はなく
俺とおっさんはトラックとコンクリートの間に潰されてその生涯を終えた