有職転生〜異世界行ったら…え?三歳で剣を振るんですか?〜 作:KEN・JACK
「イゾルテ、ジノ…話があります」
いつも通りの夕食、4人で食卓を囲んでいる時に…タントリスが神妙な面持ちで口を開く
レイダはその内容を知っているようで何も言わなかったが…俺とイゾルテは遂に最近タントリスがよく消えていた理由を話されるのだと直感した
「最近、私がよくいなくなっていた事を…2人も感じていたと思いますが。それはある話を進めていたからに他なりません」
話…なんだろうか、正直皆目検討もつかない。この世界の常識に当てはめたら分かるのかもしれんが…何分剣と語学の勉強しかしてない
「まさか…縁談ですか?」
イゾルテが神妙な面持ちでそう聞けば、タントリスはゆっくりと頷く。確かタントリスは今年で16…水神の孫ともなればそういう話もあるのか
「相手はレッドイーグル家の令嬢です。前々から色々と水神流に援助してくれていた家ですが…この婚姻で更なる援助が見込めます」
アスラ王国の貴族の名前は色と動物…つまり相手は貴族で、これは俗に言う政略結婚だ。水神流の存続に、水神との縁を作りたい貴族…おかしな話では無い
「聞こえは良いが後ろ盾欲しさの半ば強制的な婚姻さね…すまないねタントリス、不甲斐ないあたしを許しとくれ」
「お祖母様は何も悪くありません。言ったじゃないですか、逆に感謝すらしていると…剣の才の無い私が水神流に貢献できるのですから」
歯痒そうにするレイダに、タントリスは全く気にしていないという風に微笑む。それで良いのだろうか
「御相手はどんな人なんですか?」
とはいえこれから結婚しようという人間がどんな者かでこれからの生活も変わってくるはずだ。そう尋ねると、タントリスは少し困ったように
「私自身まだ知らないのです、気になるのは気になりますが…私や令嬢の意思はあまり関係ないので」
そんなの良くは無い…とは俺の口からは言えないだろう。実際日本だって昔はお見合いしていたのだ。そこにはきっと見栄や利権だって絡んでいたはず
何故かと問われれば簡単で、それが必要だったからだ。そういう社会構造であったから…今のアスラがそうなら、これが良くない等とは言えるはずもない
「兄上は…それでよろしいのですか?」
イゾルテが聞いているのはタントリス自身がどう思うかという事だろう。勿論水神流の為にという言葉に嘘は無い筈だが…それでもイゾルテには兄に幸せになって欲しいという気持ちがあるのだろう
「勿論です、これが最善ですから」
タントリスは当然というようにイゾルテに微笑みかける…だが貴族相手とはいえ長兄が家を継がないというのは少し違和感が残るな
「近いうちにレッドイーグル家の人間が家に来る…イゾルテもジノも…くれぐれも無礼の無いようにするんだよ」
「僕も参加するんですか?」
家の縁談に部外者が居るのもおかしいとは思うが…まぁこれだけ一緒に住んでたら部外者とも言えない…のか?
「剣王がウチに住んでるってのももう有名な話だからね…居るのに顔を出さないのは失礼だろう?」
そういうもんか…だが居ろというなら断る理由は無い。望まない相手と結婚するような所はあまり見たくないが、仕方ない
「分かりました」
その日の話はそれで終わりだったが…イゾルテは終始浮かない顔をしていた
〜〜〜
「本日はお招き頂き感謝する。私はレッドイーグル家当主、ナルコス・レッドイーグルだ…よろしく頼む」
数日後、レイダの言う通り貴族が家にやって来た。これみよがしに豪勢な服を身に付け、護衛には双子だろうか?顔のよく似た…というか全く同じの剣士を連れて来ている
傍には若い女が立っており、これまた豪勢な服を身に付けてこちらを見ている…というか見下している。剣士なんて野蛮なと言った感じだ
俺達も一応正装を身にまとってお出迎え…だが念の為帯剣はしている。良いのかと尋ねたら、剣士の正装に剣は付き物だと言う事らしかった
「…北王とは随分物騒な護衛を連れてきたもんだねぇナルコス。戦争でもするつもりかい?」
「そう怖い顔をされるな水神殿、貴殿らに対してでは無い。この家に剣王が居ると聞いたものでね…何か裏があるのではと勘繰ったまで」
彼らが北王…オーベールとも知り合いなんだろうか?にしても縁談の顔合わせとは思えない雰囲気だね、広いとはいえリビングに水神に剣王に北王に水聖…まるで武の祭典だ
「…暴力で何とかするつもりならわざわざ雇ったりなんかしないよ」
「はは、それはそうでしょうな。水神殿であればこの空間に居る者を皆殺しに出来る…それは同時に水神流の死も意味しますがね」
いい貴族の線も考えては居たが、無いな…これは無い。金で全て解決できると思っている顔だ。そしてこの男にはそう思う事が傲慢では無い富と権力がある
ナルコスはこちらが何を言うでもないのにそのまま中央のソファに娘と共に腰掛ける完全に立場が上だと思っている証だ。北王の2人は腰掛けずにその背後に立つ
「立ち話もなんだ…座られてはいかがか?」
レイダは隠すことも無く舌打ちすると、タントリスを中心にして対面のソファに腰掛ける。俺は座ること無くそのままソファの後ろで立っていることにした…
何かレイダが1番無礼な気がするけど…まぁいいのか、王宮にも顔効くらしいしこの位は許されるのだろう
「ジノ…座らないのですか?」
「ええ、この方が良く見えるので」
イゾルテが居心地悪そうに尋ねてくるが、今日は座るつもりがない
反骨心を燃やしたつもりは無いが…向こうに立ったままの剣士が居るならこうした方が良いと思った。勿論レイダの奥義でぶった斬るのは容易いんだろうけど…
「剣王殿は立場を良く弁えておられるようだ」
何か貴族に褒められたよ…いや違うな、今のはお前には座る価値が無いから立ってろという意味だ。いけ好かないやつだ
「カーミラ、挨拶なさい」
「ご紹介に預かりました、カーミラ・レッドイーグルと申します…本日はお招き頂き感謝致しますわ」
動作は流麗で澱みない…流石は良いとこ貴族だ、だがやはりその目には感情が乗っていない。こちらを道具として見ている
「お初にお目にかかります、私はタントリス・クルーエル。カーミラ様がお話で伺うよりも綺麗な方で胸が高鳴っております」
たがそんな事気にしてもいないというようにタントリスは挨拶を返す。
流石だな…この程度では一切表情を変えない
「あら…お上手ですのね、剣ばかり振ってそういったことには疎いと思っていたのだけれど」
「お恥ずかしながら仰る通り。しかし今日という日の為に少しばかり勉強させていただいた迄です」
ナチュラルな煽りにも平然と返す。カーミラはタントリスの顔を見て少し面白くなさそうな顔をしたが、直ぐに目を伏せる…これ以上話すことはないと言いたげだ
「つもる話はあるだろうが、今は現実的な話をしよう…式や挨拶回りなど決めるべき事は山積みだ」
ナルコスの一声で、急激に話が進んでいく。とはいえこちらが決めれる所は日程のみで…場合によってはそれさえ歪められてしまう。
スポンサーからの圧力ってやつか…この国は明らかに強者達が勝つように出来ているんだな、剣では打ち倒せないモノの方が多いのかもしれない…そりゃ向こうでも同じか
「さて…決めるべき所はこんな所か」
纏まった…というには難しいほどに向こう本意だったが、無茶苦茶な事は言っていなかったように思う。
「あぁ、そうそう…それと追加で、イゾルテ殿であったか?」
ナルコスが思い出したかのようにイゾルテに視線を向けて名前を呼ぶ、黙って話を聞いていたイゾルテは急な呼び掛けにびくりと肩を揺らす
「はい…タントリスの妹のイゾルテ・クルーエルと申します」
「随分と美しい妹君をお持ちのようだ、タントリス殿も鼻が高かろう」
なんだ…何故このタイミングでイゾルテに話を振った?妙な胸騒ぎを覚えていると、タントリスは笑顔で答える
「ええ、自慢の妹ですよ」
イゾルテは緊張した様子だったが、兄の言葉を聞いて少し表情を柔らかくする。だが、ナルコスが続けた言葉はそんな穏やかな話では無かった
「ふむ…水神殿…彼女も我がレッドイーグル家に迎え入れよう」
「なんだって…?」
反応したのは勿論レイダだ、つまり今までは全く出ていなかった話という事だろう。タントリスもイゾルテも驚きを隠せていない
「聞こえなかったかな?イゾルテ・クルーエル…彼女もレッドイーグルの一員にしようと言ったのだ」
「聞こえてるよ…だからなんだってって言ったのさ。どういうつもりだい?あんたのとこの息子は結婚してるじゃないか」
レイダはブチ切れ寸前と言った様子でナルコスに詰める。だがナルコスは水神の圧など感じていないというように続けた
「婚姻だけが家に入るという訳では無い。彼女は後5年もすればさぞかし美しい女剣士となるだろう…私も専属の護衛が欲しかった所でね、妾でもあり護衛もこなせる。この上ない人材だ」
「断る、結婚という形ならまだしも…そんな都合の良い関係にみすみす孫を渡すほど愚かじゃないんだあたしは」
下卑た笑みを浮かべる貴族に、レイダは真っ向から反対の意見を述べる…当然だ、こんな事あってはならない。
「よろしいのかな?水神殿。別にアスラ王国に水神流が必ずしも必要という訳では無い…別に北神流が主になろうと全く問題は無いんだよ。私の言いたいことは分かるだろう?」
つまりこいつはイゾルテを渡さなければ援助を切り、圧力をかけて水神流を追い出す事だって出来ると言っているのだ。出資してるのはこいつの家だけじゃないとは思うが…それを打ち切らせることも可能だと暗に示している
「クズが…多少の無茶ならと思って目を瞑っていたが。そこまで行くと流石に許容出来ないよナルコス、水神の血縁を侮辱したんだ…覚悟は出来てるんだろうね」
レイダは我慢の限界だというように腰の短剣に手をかけ、同時に一切動かなかった北王が剣を抜き放つ…俺も腰の玉響に手をかけ居合の構えを…
「お止め下さい。お祖母様も、北王殿も…ジノも」
それを静止したのは、他でもないイゾルテだった
「…ナルコス様、そのお話…お受け致します」
「バカ言うんじゃないよ!イゾルテ、こんな奴の言うことなんざ聞く必要は無い…水神流の事はあたしが何とかするさね!」
レイダはイゾルテの言葉が信じられないと言ったように声を荒らげる。
だがイゾルテは意見を変えるつもりは無いようだった
「いいのですお祖母様…そもそも兄上が婚姻をして私だけが何も無い何て…そんな都合の良い話があっていいはずは有りませんから」
「違う!イゾルテ、君には才能がある。私には無い剣の才能だ…間違いなく水神流を背負って立つ人間になる!ナルコス様、どうかお考え直しを!彼女は水神流に必要なのです!」
笑顔を作り当然だと言うように述べるイゾルテに対し、タントリスが抗議の声を上げ、貴族に嘆願する…だがナルコスはそんな事かというように足を組み直せば
「才能ならばそこの剣王殿の方があるのでは無いか?聞く所によれば八歳だそうだな…水聖の称号も持っていると…であれば水神流も安泰だろう」
俺は水神流を継ぐ気は無い。だが剣王が水神流の道場に居て修行しているとなればそういう見方も出来なくは無い
レイダとタントリスもそれに気付いたようで口を閉じるが…勿論そんな話をした事は無い、しかし逆に否定する材料も無いからだ
「お言葉ですが私は旅の途中に厄介になっている身…水神流の道場を任されるような事はございません。」
故に俺の口から否定する。聖地から出てきた時の経緯から話せば嘘でないことは伝わるはずだったのだが
「そうか…ならば継がれると良い。貴殿ならきっと水神になるのも夢では無いだろう」
頭に血が上って行く感覚が分かる。こいつは水神流だけでなくイゾルテを手に入れたいがために、全てにおいて都合の良いように動かしているのだ
権力者がこういうやつばかりというのは分かっていた筈だ。日本にだって権力で犯罪を揉み消したり好き放題してる奴はいる。だがいざ目の前にすると抑えが効かない…俺なら斬っても良いんじゃないか?最悪国外に逃亡さえすれば
「ジノ、気持ちは嬉しいですけど…それは誰の為にもなりません」
「この中で1番聡明なのはイゾルテ、君のようだね」
俺が今にも光の太刀を放とうとした事が分かったのか、イゾルテにやんわりと諌められる…それを見てナルコスは満足そうな笑みを浮かべて賞賛の言葉を送り
「とはいえ急に言ったのでは呑み込めない気持ちも理解出来よう。この件は一度保留という形にしようじゃないか…これからを考えれば返事は決まっていると思うが」
そのままこちらの返事を待たずに立ち上がる。その表情はこちらがイゾルテを差し出す事を信じて疑っていないのが見て取れた
「…何でもかんでもあんたの言う通りになると思ったら大間違いだよ」
「ご忠告痛み入るが、私の言う通りにならなかった事など無い。今回もそうなるだろう」
去り際に放ったレイダの圧にも一切臆することなく、ナルコスは北王と娘と共に部屋を後にするのだった
「お祖母様…イゾルテは…」
「こんなの認める訳無いじゃないか、お前達は何も心配しなくていいさね」
タントリスの言葉にレイダは頷く。当然2人もイゾルテをあんな奴に渡すつもりは無いようだ
「ですが…どうするのですか?あの方々の援助が無くては道場は立ち行かないでしょうし。他の貴族達もレッドイーグルと争ってまで援助をしてくれるとは思いません」
イゾルテがこぼした言葉もまた事実だろう…名前から考えても上級貴族であるあの家に根回しされれば、新しいスポンサーを見つけるのは難しい筈だ
「あたしを誰だと思ってんだい、20年以上水神をやってるんだよ…このくらい何とかしてみせるさ」
レイダはいつも通り優しい笑みを浮かべながらそう答えるが…具体的な案を出せないのが何よりも現状を物語っていた
「という訳であたしは伝手を色々と当たってみるよ。タントリス…手伝ってくれるかい?」
「勿論です。私に出来ることであれば何でも致します」
それだけ言うと2人は家を出て行ってしまった。いつものように、俺の飯を作ってあげてくれとイゾルテに言い残して
そして2人になった…正直俺は何と声をかければ良いのか分からないでいた。こんなの間違っていると言う気持ちは勿論あったが、それでもこの世界ではこんな事がいくつもあるのでは無いかという考えもあったからだ
「水神の家系に産まれた以上、ある程度は覚悟していたのです。そんな顔をしなくても大丈夫ですよ」
気付けばイゾルテは立ち上がり、目の前に立っていつも通り柔らかく微笑んでいた。違和感は無いが、妙に胸が締め付けられるように感じる
「家の事に巻き込んでしまってすみません…けど、嬉しかったです。ジノがあんな顔をしている所を初めて見ました」
「…怒るだけなら誰にでも出来ます、解決しなければ子供が駄々を捏ねているのと変わりません」
いじめを見て見ぬふりをした時も、俺が止めろと暴れた所で解決はしなかった筈だ。今回もそう…どれだけ俺が強くとも権力は斬れない
「そんな事はありません、いつも不気味なくらい大人びて、感情を見せない貴方が私の為にあれだけ怒ってくれた…それだけで十分です」
周りから見たらそう映るかもしれないが…結局俺は長く生きているだけだ、そこには大人である要素など上げれるべくもない
「考えても仕方ない事に時間を使うのも勿体無いですよ、道場に行きましょう。身体を動かせば気持ちも晴れます」
目を伏せる俺に対して、イゾルテは稽古でもしようと提案してくれる。こちらが気を使わせてどうする…と不甲斐なくなるが、俺は頷いた
その日はいつもより長く剣に打ち込んだが、気持ちが晴れる事は無かった