有職転生〜異世界行ったら…え?三歳で剣を振るんですか?〜 作:KEN・JACK
「オーベールさんが…?」
「ええ、教皇からの情報なので間違い無いでしょう」
教皇…確か今のミリス教団で一番の権力者だったな。そんな人物が言っているのだから間違いは無いだろう
「…教皇と仲良いんですか?」
「今の教皇は魔族迎合派ですからね」
とは言ってもまだまだ差別の無くならないミリスでそんな事が言えるのは彼くらいだろう。見た目は人間だし、かの北神二世であればもしバレても文句は言いづらいだろうしな
「教皇様に言って止めてもらうことは出来ないんですか?」
そこでサラが話に入ってくる。サラとしては捜索団がどうというよりノルンが心配なのだろう…幼くして家族とバラバラになった彼女が更にそんな危険に晒さられるのは確かに見てられない
「無理でしょうね…ミリスではどんな理由があれど奴隷の解放は法に触れます。教皇と言えど被害が出ていれば一方的に止めることは出来ません」
奴隷が許されている事自体俺からすれば違和感でしかないが、この世界には確かに奴隷のシステムがある。それもミリスに限らず全体でだ
だからと言って転移に巻き込まれた人が奴隷になって解放されないのはおかしい。ミリスが中身は最も汚いと言われているだけはある
「じゃあ、捜索団の人達はどうしようも無いって事?ノルンは殺されちゃうの?」
「可能性はある…と思う」
ここまで来れば完全に犯罪者扱いだ。団長のパウロは間違いなく殺される…ノルンはもしかしたら殺されないかもしれないが、それでも最後の家族と別れる事になる
「そんなの…!捜索団の人達は事件に巻き込まれた人だけを解放してるんでしょ!?なのに殺されるなんて…!」
サラが納得出来ないのも分かる。俺だってそんなの納得出来ない…だが理不尽と言うものは常に付きまとう。例えそれが災害の被害者であろうとも、贔屓されることは無い
「…オーベールさんと話をしてきます、先生…どこにいるか分かりますか?」
貴族の私兵は大したこと無かった。だがトップに北帝が着けば話は大きく変わる…あの人にゲリラ戦などさせれば、捜索団は一日と持たない
「今居るかどうか別として、オーベールが滞在している宿なら分かります」
十分だ、彼から貰った指輪があれば話を通してもらうことは容易いだろう。説得出来るかどうかは別として
「先生も来てくれるとありがたいんですが」
「私は止めておきます。贔屓せずに話をするのは難しいでしょうから」
俺もオーベールも弟子の1人…既に計画を話している時点で俺に肩入れしているような物だからという事か、まぁ仕方ないな
「私も行く」
アレックスとは対照的に、サラが立ち上がった。家族を失ったノルンに、どこか自分を重ねているのかもしれないが…
「いや、今日の所は話すだけだし…1人で大丈夫だよ。オーベールさんも弟子をいきなり殺すようなことはしないよ」
それに万が一戦いになればサラを人質に取られる可能性もある。あの人はいざとなれば手段を選ばないからな
「でも…」
「そこは心配無いでしょう、オーベールも根は素直ですから…弟子をいきなりどうこうすることはありませんよ」
アレックスの言葉を聞いて、サラは渋々腰を下ろした。気持ちは嬉しいが、喧嘩しに行く訳では無い…久しぶりに師匠と話すだけだ
「ありがとうサラ、直ぐ帰ってくるから心配しないで」
「…次帰って来なかったら二度と離れないからね」
表情から本気だと言うのがひしひしと伝わって来るのを感じながら、俺はアレックスから宿の場所を聞いて部屋から出て行った
〜〜〜
「ここか…」
聞いていた宿屋に到着したが、冷静に考えればこの指輪でオーベールの弟子って一般人分かるんだろうか…前世のホテルで考えたら名前だけ言って部屋を教えて貰える訳無いし…
「来たとしても明日かと思っていたが…せっかちであるな、お前は」
「オーベールさん…」
俺が宿の前で立ち尽くしていると、背後から急に声がかかる。久しぶりの柑橘系の匂いに後ろを振り返れば、相変わらず派手な装いをした師が立っていた
「こんな場所で話すものでもあるまい、上がると良い」
俺は言われるがままに付いていき、オーベールが泊まっている部屋へと招かれる。流石は北帝というべきか、中々高そうな部屋に泊まっている
「何の用だ?とは聞かなくても良いか、言いたいことがあるのであろう?」
「はい…オーベールさん、捜索団の人達を襲うのを止めてください」
オーベール自身俺が何を言いたいのか察していたようだったので、遠慮なく結論から伝える。すると彼は顔色を変えることなく
「それは出来ん、受けた仕事を投げ出す訳には行かんからな」
そう答えた。分かっては居たが、一筋縄では行かない
「捜索団の人達は転移の被害者だけを助けています。俺自身被害を受けたから分かるんです…あれはどうにかなるものじゃなかった」
「某は正義の味方では無い。お前の言いたい事は分からんでも無いが…依頼には関係の無い事だ」
この世界の常識と俺の持つ常識はあまりにも違いすぎる。世界が違うからと諦めるのは簡単だ
だがやはり俺は捜索団の人達が襲われるのはおかしいと思う。パウロやノルンだけでなく、あそこに居た人達は皆大切な人や物を失い…その悲しみを断ち切るために献身していたのだから
「承知の上です、けどオーベールさんは依頼を受けなければ死ぬという訳では無いじゃないですか。けど捜索団が居なくなれば助からなくなる命もあるはずです…不当に奴隷扱いされる事も」
「どんな理由があれど奴隷の解放はミリスにおいて犯罪だ。いや、ミリスに限った話では無いがな…お前は奴隷が嫌いなようだが、義に反しているのはどう考えても捜索団では無いのか?」
そんな事は分かってる。けど理屈で全部決めていいのか?ルールに則れば人の思いや境遇は踏みにじられて然るべきなのか?
「正しいのはきっとオーベールさんなのかもしれないです。けど、あんな災害で普通に生きてた人達が不当な扱いをされて、助けようとした人達が武力と権力に押し潰されるなんて…そんなのあんまりじゃないですか!」
俺が語気を強めても、オーベールは眉1つ動かさない。言葉では何ひとつ響かせることは出来ないのか…?
「昔から剣の才に相応しくない心を持っていると思っていたが…その様子だと魔大陸に行っても変わってないようであるな。人を殺すことも出来んのだろう」
当たり前だ…たかが10年暮らした程度で、元の世界で培った二十数年の倫理観が覆る訳が無い
「…どうせ全てを助けられる訳では無いのに何故そこまで必死になる?奴らとて盗賊紛いの事をしてきたのだ、こうなってもおかしくないだろう」
それは事情を話しても解放しない貴族が居たからだ…と言った所でオーベールが意見を変えない事は分かった。ただ事実だけを述べられるのだろう
「…本当に捜索団を潰すんですね」
「義に生きるのはお前の勝手だが、いつか身を滅ぼすぞ。世界は常に正しく在る訳では無い…常に力を持つものがその在り方を決めていく」
どこの世界でもそれは同じなのか…地球だって権力者は我儘を聞かせて弱者は搾取されるだけだった。異世界に来てまで、今俺はそれを思い知らされている
「だが、それを覆すのが剣であり…武の強さだ。理不尽に押さえつけられるのであれば、理不尽で斬りふせれば良い。剣神ならそうするだろう…水神でもな」
名前を挙げられたのは2人の師。世界最高の剣士たる2人ならばそうするだろう…だが俺にそんな事が出来るのか?剣皇になり、強いのは分かってるが…あの二人やアレックスのような理不尽さが俺にあるのか?
「…オーベールさんと戦えって事ですか?」
「言ったであろう、同門と言えど道を違えば剣を交える事もあると…それに丁度いい。高名な弟子が人を殺せないなどあってはならん」
オーベールは俺に宣戦布告のような物を言わせたにも関わらず。薄く笑った
「ジノよ…どうしてもと言うのなら、某を殺してみよ」
〜〜〜
その後、何を話したのかあまり覚えていない。その場で戦うなんて気には到底なれなかったから、適当に濁して部屋を出てきたような気がする
「ジノ…どうだった?」
宿に戻ると、サラが心配そうに駆け寄ってくる。俺の心配というのも勿論あるが、ノルン達の事もあるのだろう
「止めることは出来なかったよ、どうしてもって言うなら自分を殺してみろって…オーベールさんが」
サラはその言葉に息を飲んだ。北帝を殺す事の難しさは今の彼女なら痛いほど理解できるだろうし、師と殺し合うという事も…分かってしまう
「オーベールなりに気を使っているのでしょう。けれど戦うのならば容赦はしないという意味でもあります」
気を使う…か、確かに俺が捜索団に付けば戦いは避けられない。そうなった時に遠慮はいらないと言われている…嫌な気の使い方だな
「どうするの?」
「分からない、どうすれば良いんだろうね」
戦うことを迷うのは初めてだった。初めにオーベールと戦った時も、スノードラゴンの時も、北王の時も、山羊の時も…勝てるかどうかだけを考えていた
それがどうだ、今や親しくなったオーベールと殺し合うと言われ…俺はどうすれば良いのか分からなくなっている。
捜索団を潰すなんて間違っていると頭では思っていても、それがオーベールと殺し合ってまで止めるべきなのかが分からない…放っておくのが正解なんだろうか
「サラ、すみませんがジノと2人で話をしてきます。留守を頼めますか?」
「え?あ、はい!」
するとアレックスがそんな事を言い始める。サラは突然の事に驚いたような顔をしたが、すぐに頷いた。
「それでは行きましょうか、柄では無いですが…少し先生らしい話をします」
そう言って俺とアレックスは夜のミリスへ繰り出した。繰り出したと言っても普通に散歩しているだけだったが…一体何の話をしてくれるというのだろう
「…捜索団を助けたいんですね?」
「出来るならそうしたいです。俺だって、家族や大切な人が転移に巻き込まれて奴隷にされたなら…同じような事をするでしょうから」
まぁ、今まで出会ってきた人達は転移した位で奴隷になるような事は無さそうだが…それでもパウロの言葉や団の人達は、皆どこかに深い絶望を抱えていた
前世の俺なら大変だね、とでも思って終わりだっただろう。自分の事にさえも本気になれないのに、他人の事に首を突っ込むなんて事は無かった筈だ
だが今回は力がある。本気にもなっている。権力とかでは無いが、多少の事なら切り伏せられる程の武力があり、この世界ではそれが有効だ
「英雄になりたかった男の話をしましょう、つまらないかもしれませんが…まぁ少しだけ付き合ってください」
俺の返事を聞くと、アレックスはそう言って語り始めた。
その男は偉大なる父を持っていた。様々な悪をくじき、最強の不死魔王を倒し、仲間達と共に魔神を封印するに至った英雄の父を
しかしその英雄を語る物語は、全て笑い話で終わる…理由はその父が必ずしも相手を殺さなかったからだ。
過去にどれだけ悪事を働いた悪党であろうが、そこに一欠片でも正義があれば、過去を悔やみ反省の意を示せば、見逃した
そして最後、王竜王との戦いで命を落とした。故に父の英雄譚は誰も倒さなかったと…言わばホラだと言われている事の方が多いのだと言う
「その父親は、魔族とのハーフとして生まれた息子を持っていました。その息子が人間達に迫害されぬよう、王竜王を討伐した英雄の息子という肩書きを付けようとしたのです」
つまりこれはアレックスの父の話なのだ、まさか二世の口から聞けるとは想わなかったが…今の完成された北神英雄譚では無く、初代北神の
「結果は敗北。父は最後に息子の顔がチラついて躊躇したと言っていたそうです…吟遊詩人により負け惜しみだと語られている言葉には、まぁ彼の人間性が良く現れていますよね」
「…息子の為に命を狩ることが出来なかったからですか?」
俺がそう聞くと、アレックスはゆっくりと頷いた。
「自分が命を落とす事になろうと、父は殺せなかったのです…王竜王は悪ではありませんからね。確かに人間に危害は与えていたかもしれませんが、そこはお互い様ですし」
アレックスは語りを続ける。次は残された息子の話だ、息子は英雄に憧れていた。正確には父に憧れていたというのが正しい
息子から見た父は、英雄等ではなかった。ただの子煩悩な父親であったという…勇ましさは無い、けれど人としての生き方を教えてくれた
そんな父が何を目指して旅をし、数々の強敵を倒し、しかし命を奪わなかったのか…きっと父は英雄になりたい訳では無かった。だからこそ父は真に英雄だったのだと
「息子はそんな父の生き方が笑われているのが許せず、王竜王を倒しました。街を覆うほどの巨大なベヒーモスを倒したりもしましたね…そして今の英雄としての北神譚が完成したのです」
「これ…めちゃくちゃレアな裏話なんじゃないですか?」
「そういえば人に話したのは久しぶりですね」
そんな鉄板トークみたいな扱いで良いのか?結構良い話だったと思うんだけどな…
「という訳で、父に比べれば私なんて英雄でも何でもありません。父のように歩いて来た道のりが英雄譚になる訳では無く、偉大な父の為にと…そんな御託を並べて作られた偽りの英雄なのです」
アレックスは自虐気味に笑った。それは違うと思うがね、どんなに作られた物語であろうと、そこには守った笑顔が、日常があったはずだ。救われた命があったはずだ…でなければ英雄譚を塗り替える等出来る筈は無い
「先生は英雄ですよ、今確信しました」
「君ほどの剣士に言われるのは光栄ですね。もう一度英雄を目指してみても良いかも知れません」
2人して少し笑い。アレックスは俺に向き直る…話が終わり、何かを伝えようとする顔だ
「昔、大国に圧政を強いていた王と神官を斬った時…小国に別れて紛争が始まりました。それが中央大陸の紛争のきっかけです」
それは初耳だな…いや、紛争のきっかけなんて知る事の方が少ないんだろうけど
「正しく在る事は出来ません。私でさえ行動が裏目に出てしまう事があります…けれど誰かを想う気持ちは誤りでは無いと、私は思います」
「オーベールはジノが人を殺せないと思って殺してみろと言ったのでしょうが…私はそれで構わないと思います。父は誰も殺さずとも強く、英雄だったのですから」
そうか…強くなれば良いのだ。殺さずとも相手を抑え込めるほどの圧倒的な強さがあれば…初代北神のように
「剣が人殺しの道具だと、人は言うでしょう。不殺の剣は軟弱だと…しかしジノが強くなり、名を馳せるほどにそんな声は無くなります」
「貴方自身の剣を、私に見せてください」
現実はそんなに甘くない。この世界で生きていればいつかは殺さなくては行けない時が来るだろう
けれど、それは誰かを想う時だ。正しくないかもしれないが、誤りでは無い…この言葉を胸に刻んでおこう
「ありがとうございます、先生」
俺は、戦うことを決めた