有職転生〜異世界行ったら…え?三歳で剣を振るんですか?〜 作:KEN・JACK
北方大地、それは人間族が住みやすい中央大陸で最も危険とされている場所
森が多い故に魔物が多く生息し、気温も低く雪が降る事等日常茶飯事と言えるだろう
そんな雪道を闊歩しているのは蜥蜴…寒さに弱い筈の魔大陸で産まれた巨大な爬虫類が我が物顔で歩いているのだ
博識な物が見れば蜥蜴の首にかけられている布に何か仕掛けがあるのだと見抜くはず。そうでなければあまりにも生息域が違いすぎる
その背にはまだ幼いと言える2人の男女が乗っている。過酷な大地を2人で進むにはあまりにも危険…けれどその表情には一切の憂いや恐れは無かった。
「年中こんなに寒いの?」
「年中というか、冬はもっと寒いよ」
とまぁナレーションはここまでにして…俺達は今剣の聖地に向かっていた。え?ラノアじゃないのかって?俺もまだ帰るつもりは無かったんだけど…
「私もジノが育った場所に行ってみたい!」
と、生活が落ち着いてから1人で行こうと思っていた俺の計画を早める事になったのは、勿論背中にくっついてるサラのご希望だ
里帰りしなくていいのかと尋ねられた俺は一人で行くと答え、置いていかれるのは嫌だと言うので…なら先に行ってしまおうという流れである
「冬の間はあんまり居たくないね…」
アスラ育ちのサラには少し耐え難い寒さだったようだ、王国で揃えた防寒具に闘気ガードがあっても寒いものは寒い。俺も夏の方が好きだから気持ちは分かる
「…ギャス」
そんな他愛も無い話をしていると、メルエムが立ち止まってじっと東の方向を見つめ始める。指示に無い行動をするのは珍しいが…凛々しいその表情には僅かな怯えがー
「グオォオオオオォ!!!」
次の瞬間、巨大な咆哮が響き渡る。これは…赤竜の下顎で聞いた大地を揺らすようなこの声は…
「ジノ!赤竜!」
そう、地に堕ちたはぐれ赤竜であった。危険度は文句無しのAランク…飛べないとはいえ国を上げての掃討作戦が組まれる危険な竜だ
「サラはここでメルエムをお願い!あれは流石に放っておけない!」
そう言い残すと俺は地面を蹴って咆哮があった方へと駆け出す。下手をすればもう被害が出ているかもしれない…!
赤竜はどうやら少し離れた森の中で暴れているらしい。闘気を使えば時速50kmほどで走る事が出来るので、全容が見えるまでそうかからなかったのだが…
「誰か…戦ってる?」
その赤竜は既に誰かと戦っていた。フードを被っているので顔はよく分からないが、獲物は剣…にも関わらずパーティーで戦っている様子は無い。
剣の聖地が近い故におかしい事ではないが、その動きは剣神流。実力的には剣聖と言った所か…されど赤竜を単独で仕留めるのは中々に難しいだろう
しかし加勢しようとした俺が足を止めたのは、明らかに赤竜が劣勢だったからだ。フードの剣士は剣神流の合理を1ミリも外すことは無く、地を蹴り、時には木を足場にして速さで翻弄し…出来た隙に光の太刀を叩き込んで着実に赤竜を削っていく
傍から見ていてもこのまま赤竜が削り切られて死ぬ…そう確信するほどに圧倒していたのだ
「凄いな…」
自分にこの動きが出来ないとは言わない。しかし基本に忠実な動きをここまで実戦で効果的に使えるのは凄まじい鍛錬の成果と言えるだろう…しかし
「っ!」
思わぬ所で綻びが出る…疲労故か、剣士の膝が着地の時にがくりと下がって膝を付く。狡猾な赤竜がそれを見逃す訳もなく、その巨大な口が赤く光る。まともに食らえば骨も残らない広範囲ブレスの構えだ
見殺しにするつもりは毛頭ない、俺は地を蹴ると真っ直ぐ赤竜に向けて跳躍し…玉響に全闘気を込める
そして抜刀と同時に光速の剣閃が赤竜の首を刎ね飛ばした。赤竜の体はしばらく暴れてていたが、直に地に伏した…素材貰えるかな、赤竜は売ったら高いんだよね
「大丈夫ですか?」
そして着地すると、こちらを見あげている剣士へと近付く。恐らくかなり疲弊しているだろうし、メルエムに乗せて行ってあげた方がいいかもしれない
そう思った時、強風で剣士のフードが取れる…その素顔は長い青髪と整った凛々しい顔立ちのニナに良く似た…というか
「…ニナ?」
「…ジノ?」
数年前に聖地に残してきた幼なじみである…ニナだった
〜〜ニナ視点〜〜
「師匠、私はまだ剣王になれませんか?」
昼下がりの剣神の間。目の前には私の父であり師である剣神、ガル・ファリオンが座していた
剣神の左右にはいつものように二人の剣帝が控えており、この空間には剣神の直弟子という高弟しかいない状況だが…この状況にももう慣れたものだ
「ああ、お前を剣王にする事はまだ出来ねぇ」
この問いをすると、父は決まってこう返す。いつもなら引き下がるが、私はもう長い間剣聖に留まっている…強くなれていないのだ。ジノはこの瞬間にも上に行っているのに
自分の中に明確な焦りが生じているのは分かっていた、それが良くない事も…分かっていながら尋ねずには居られない
「私には何が足りないのでしょうか?お言葉ですが他の剣聖達と私の間には…絶対的な実力差があるはずです」
「そうだな、他のどの剣聖とやり合っても…100回やって100回お前が勝つだろうよ。俺様の直弟子なんだ、それくらいやってもらわなきゃ困る」
父は当然の事のように言う。そしてではどうすればという私の意図を汲み取ったかのように言葉を続ける
「確かに合理を突き詰めれば強くはなる…実際お前も格段に強くなったし、俺様がその究極系だからな。だからと言ってそれだけで剣神になった訳じゃねえ…愛しのジノとお前との違いを良く考えてみな」
その日はそれ以上追及することは出来なかった。自分で考え無くてはならないという事なのだろうけど…私には直ぐに答えが出なかった
〜〜~
「聞いたか?はぐれ赤竜の話」
「聞いたけどよ、俺には関係ないね。まだ死にたくないんだ」
後日、修行の一貫として依頼をこなすべく冒険者ギルドに赴けば…いかにも冒険者と言った風貌の男達2人が席に着いてそんな事を話していた。
「赤竜…」
そう呟いた私の脳裏に浮かぶのは、かつて洞窟で戦ったスノードラゴンの事だった。あの時はジノに殆ど任せきりで、私のやった事と言えば意識を散らす位のものだった
トドメを刺したとはいえそれもジノが作り出した隙を突いて思い切り剣を振り抜いたに過ぎない…他の剣は全く通用しなかった
でも今なら、光の太刀を会得して剣聖になった今なら…竜を狩れる可能性は大いにある。群れならともかくはぐれ赤竜は単独で空を飛ぶことも出来ない…
「よし」
自分の中にはまだ剣王になれる芯は無い。でも強さだけは、あの時のジノに並べてると思いたい…焦りと決意を胸に、私は聖地を後にした
〜〜~
まだ冬では無いが軽く雪の積もった大地を一人で歩く。
今回に限った話ではないし、別に寂しいと思っている訳では無いけど…こういう時にジノが居てくれたらなと思わずには居られない
守られるだけではなく、隣に立って信頼しあった仲間としてこの剣を振るえたらなと…いつか来る事を願う日々に思いを馳せていると、明らかに空気が変わったのを感じる
「近いわね…」
不気味な静けさ。辺りから命の気配が消える…中央大陸でも随一の危険度を誇る聖地近辺の魔物達でさえも赤竜によってその生態系を狂わせられているのだ
次の瞬間轟音と共に雪埃が舞い上がる。その奥には白い大地に流れ出た血のように赤い巨躯を持った怪物が降り立っていた
「グルル…」
怪物はこちらに飛び掛ろうとしていたのを止めたようだ…そして警戒心を露わにするかのように喉を鳴らす。遠くから見れば小さな餌に過ぎなかった私の事を、知能の高い赤竜は敵と見なした
命を奪い合うという緊張感が私の体を支配する。初めての経験では無い、けれど今回は今までとは一線を画すのは言うまでもない
腰から剣を抜いて構えて闘気を全身に巡らせる。赤竜をじっと見据えれば、生物としての肉体の違いがこれでもかと言うくらい脳髄に叩きつけられ、本能が逃げろと警鐘を鳴らす
けど…引く訳には行かない。ここで引いたらきっと、私は一生ジノに並び立てる剣士にはなれないという確信があった
大丈夫、勝てる…今まで幾度となく立ち会ってきたのは剣神。この程度の相手なら撫で斬りにできるような男に、私は鍛えてもらっているのだから
「ッ!」
「ゴアァ!!」
地を蹴る、それと同時に赤竜も動く。巨大な右の翼爪を振り下ろすが、それをギリギリで回避する…地面が砕け足場が揺れるが、身体に染み付いた動きのまま胴体へ光の太刀を放つ
「浅い…!」
かつてのように鱗に阻まれる事は無く肉を割いて鮮血が吹き出る…だがしかし致命傷と言える程では無い。赤竜は苦悶の声を上げるもその動きは一切緩むことは無かった
巨大な顎による噛み付きも、強靭で凄まじいスピードを持った尾の一撃も、先程の翼爪も…一撃でも貰えば致命傷になりうるが距離は取れない
ブレスを使われては、私にはそれを防ぐ術は無いからだ。回避しようにも広範囲のそれを完全に避けるのは難しい
今のジノならブレス程度水神流の技で受け流すのだろうか…なら私はせめて剣神流だけでも、ジノより秀でて見せる
赤竜は鬱陶しそうにその巨体を駆使してこちらに止むことの無い攻撃を仕掛けるが、私はその全てを最小限の動きで回避し、光の太刀を放っていく
胴体に続いて翼に、足に、尾に、私の剣は吸い込まれているが…やはり決定打にはならない。赤竜は巧みに急所に光の太刀を受けないように動いているのだ
「はぁっ、はぁっ…!」
次第に私の体力も少なくなってくる。赤竜とて出血で疲弊はしているはずだが、緊張状態の中で光の太刀を何度も放つ分…私の方が消耗は激しい
そんな時、足への一太刀で赤竜が大きく体勢を崩す。今まで一か八かでしか狙えなかった首に剣が届く…そう確信し踏み込んだ瞬間。赤竜がいままで見た事のない動きで翻り、その尾が私を捉えた
「がぁっ…!」
咄嗟に剣の腹で受けたが、全身を凄まじい衝撃が走る。骨が軋み、肺から空気が全て出ていく程の痛みと共に地面を転がる
「げほっ…!ぐ、ぅ…!」
狡猾さに足元を救われた、疲れ故の焦りが判断を鈍らせた…過剰に回っているように感じる頭で反省が飛び交う中、何とか立ち上がろうと足に力を込めるが、上手くいかない
赤竜は全身から血を流しながらも、ゆっくりとこちらに向かってくる。消耗した分を私で補給しようとでもいうように
死ぬ。もう先程までのような動きは出来ない…私の剣では赤竜を一撃で葬る程の威力は出せない…こんな所で…一人死ぬ
上手く出来ない呼吸が、思考すらも鈍らせる。朦朧とする意識の中、声が聞こえた
私を呼ぶ、焦がれるほどに並び立つ事を願う、憧れの人の声が
「ギャオオッ!?」
赤竜からすれば、死に体だった獲物からの反撃のようなものだったのか…突然自らを襲った痛みに驚きと苦悶の声を上げていた。でもそんな音もまるで耳に入らない
不思議なことに、降る雪ですら止まって見える程に…私の感覚は研ぎ澄まされていた
今まで極限の集中で回避していた攻撃も、身体が勝手に動くかのように脅威に感じない。そう、あの時…スノードラゴンと戦っていたジノはどう動いていたか、私の頭にはそれしかなかった
最速の剣を最速で叩き込む、それだけの簡単な作業を繰り返していく。時には木を利用し、赤竜の背さえ足場にし…先程よりも早く、強く光の太刀を繰り出す
もう脅威じゃない、今私は…戦いではなく狩りをしていると確信した時、遂に赤竜に決定的な隙が見えた。誘いでは無い、致命的な隙が
だが最後の一撃、その確信を持って地に付けた足から…急に力が抜ける。誤魔化していた疲労のツケが回ってきたのだと
そう思った時には、視界の隅に紅蓮の炎が映っていた。先程の予感とは違う…目に見える死が迫った次の瞬間。赤竜の首が宙を舞っていた
惚れ惚れする程に綺麗な光の太刀。父に届き得るのでは無いかと思ってしまうような技を見せてくれたその剣士は、ゆっくりとこちらに近付いてくる
「大丈夫ですか?」
お礼を言わなくては、そう思った次の瞬間強風が吹いてフードが外れる。そこに居たのは
「…ニナ?」
「…ジノ?」
焦がれる程に願った、憧れの人だった