有職転生〜異世界行ったら…え?三歳で剣を振るんですか?〜 作:KEN・JACK
「某は【北帝】孔雀剣のオーベール」
「訳あって剣神の娘、ニナ・ファリオンの命…貰い受ける」
奇抜な男はそう言うと腰の剣を左手でも抜き放ち、両手で剣を構える。
隙の無い立ち姿、先程の一撃、そして北帝の称号…勝ち目は無い
「…何故北帝ともあろう方が剣神様の娘を?我ら剣神流の報復を受けて無事にいられるとお思いか?」
「ふふ、幼きながら言葉で突破口を開かんとするとは…剣神流とは思えない冷静な立ち回りですな、小さき剣士殿」
俺の精一杯の虚勢もダメだ、通用しない。そもそも帝級を冠するような男がそんな事を加味せずに行動に移すはずが無い…報復を受けようとも大丈夫だと思わせる何かが彼にはあるのだ
「貴殿の噂もかねがね聞いてはいますが…その才をこんな所で捨てることはありますまい、引かれてはいかがか?」
あくまで標的はニナってことか…俺はハナから眼中に無いと。分かってはいたが、障害とすら思われていない。
「ジノ…」
正直…今にも走って逃げ出したいが、後ろでオーベールの気迫に当てられて震えるニナを置いて行けるほど、俺は薄情にはなりきれない。
「お言葉ですが、ここは引けません。命に替えても彼女は守ります」
覚悟を決める…いや、正直に言おう、覚悟など決まっていない。北帝の殺気は、かつてトラックに味わわされた死の予感をありありと思い出させる程のものだった
剣を改めて構え直し、深く呼吸する。格上との戦い方はティモシーで学んでる…せめてニナが見えなくなる位置まで、こいつをここに止めておく…!
「そうであるか…残念だ」
鋭い踏み込み、ティモシー程では無いが闘気を使って強化されたその動きは上半身がブレたかと思うほどのスピードだ
「逃げろニナ!!」
恐怖を闘気で上書きし、同時に俺も無音の太刀を放つ。ガルに並の剣聖の光の太刀より早いと評された必殺の一撃と、オーベールの剣がぶつかり合って森を揺らす程の衝撃が響き渡る。
だが拮抗はしない、オーベールは右手の剣の腹だけで俺の剣を受けていた。
首と胴体が離れるイメージが脳裏に浮かび、咄嗟に半身になって回避すれば…彼の左手の剣が俺の首があった空間を滑るように走っていた
「シッ!」
そのまま右の剣をいなして距離を取り、再度無音の太刀を放つ。
次は一撃に全てを注ぐ物ではなく、60%の力での連撃だ
「む…」
再度強烈な物が来ると思わせたフェイントだったのだが、最初の太刀で違和感を覚えたオーベールは即座に反応し、5回に分けた剣閃は全て両手の剣で受けられてしまう
「次はこちらだ」
そして次の策を練る間もなく、2本の剣が攻勢に転じてくる。ただひたすらに速さと正確さを追求した剣神流の剣とは違い、歪ませ、惑わせ、効率的にこちらを削り取る剣を全て防ぐことは叶わない
頬に、腕に、脇腹に…急所だけは死守しなければという気持ちから後回しになっている箇所へと剣が掠め、じわじわと傷が増えていく。
一度攻撃を許せば、反撃の機会は絶無に等しかった…このままでは間違いなく失血死でゲームオーバーだ。けどまだ死ぬ訳には行かない!
「はぁぁっ!」
針に糸を通すような隙を突き、俺は剣で思い切り地面を叩く。
すると振り積もった雪が衝撃によって炸裂して巻き上がり、オーベールと俺を包みこんで視界を覆う
「これは…っ!」
驚愕の声が聞こえるのとほぼ同時に…居合の構えから繰り出される最高速の無音の太刀が、交差させて防御の構えを取った剣を2本とも弾き飛ばす。
このまま畳み掛ける!そう思ったが、わざと弾かせたと言わんばかりにオーベールの手にはもう2本の剣が握られており、隙など無かったかのようにその凶刃が振るわれる
「…がっ…!!」
それを何とか回避したが…崩した体勢を立て直すことは叶わず、北帝の強烈な蹴りが脇腹にクリーンヒット。まさに車に撥ねられたかのような衝撃を覚えながら吹き飛ばされ
木にぶつかって俺は地面に倒れ伏した
〜〜〜
「4歳にして聖級の域にいるのは見事という他ないが…貴殿の剣には不思議と殺意が乗っていないようだ。それで斬れるのは精々魔物…それ以上の剣は振るえぬであろう」
オーベールが何か言っているが、俺の耳には殆どそれは届かない。先程の蹴りで呼吸は乱れ、失血のせいか視界もぼやけている。これ以上は無理そうだ…
「さて…何故逃げなかったであるか?剣神の娘」
だが、続けられたその一言は全て鮮明に聞き取れた。彼の視線の先には表情を恐怖に歪ませながらも立ち上がり、剣を向けるニナの姿があった
「…なん、で…」
時間にすれば5分にも満たない足止めだったが、それでも全力で走ればチャンスはあったはずだ。街に近い分剣聖達に保護してもらえるかもしれないし、話さえ聞き付ければガルだって飛んできただろう
「や…約束、したから…!絶対二人で帰るって…!」
剣先も声も震えている。当たり前だ、剣士だからと言って…8歳の子が死の恐怖に打ち勝てる筈は無い…
それでも尚、ニナは逃げなかったのだ…森に入る前に絶対2人で帰ると決めた事を守るため、彼女は死の恐怖よりも俺を優先したのだ
「美しき友情ではあるが…それは二人を殺す愚かな選択であったと言わざるを得ぬな」
オーベールは呆れたようにやれやれと首を振れば、ゆっくりとニナとの距離を詰めていく。どう考えたって勝負にならない…何とか…何とかしないと…
いや…もう無理じゃないか?相手は帝級。世界有数の剣士だ、そもそも4歳が勝てる相手じゃない…
ガルだってティモシーだって、怒りはするだろうけど、相手が悪かったって…最終は納得してくれるはずだ
前の世界だってそうだった…世界はずっと理不尽だ。
才能があればきっと幸せだと…そう思っていたけど、凡人にも天才にも…理不尽っていうのは平等に突き付けられていたものだった
頑張ろうって決めた矢先、こんな事を知らされるなんて…運命ってやつはつくづく俺の努力を否定したいんだな…
そんな悪態を付きながら、俺はゆっくりと目を閉じた
〜〜〜
気が付くと、俺は喧騒の中にいた。
自分の格好を確認すると、いつか着ていた高校の制服を身にまとっているようだった…なんでだ?俺は確かニナを守る為に北帝に挑んで…
「はーい皆さんちゅうもーく!それでは今から我がクラスの盛り上げ担当松本君の〜大事な所を公開しちゃいまーす!」
これは…俺の記憶だ。
高校の時から普通だった俺は、一軍共とは距離を置いて静かに学生生活を送っていたんだ。
でもある日…些細な、本当に些細な出来事で…俺の仲良かった友達のひとりが一軍共に目を付けられた。
その日から始まる凄惨な虐め。一軍共はそれはもう清々しい程の邪悪で、教師の目に届かないように、届いても完璧な言い訳が出来るように…聡く立ち回っていた
そして肝心の俺は…笑っていた
標的が俺に向かないように、頭も数も権力もある相手の気に触らないように…友人を見捨てて笑っていたんだ
俺一人じゃどうにもならないから、自分が1番大事だからって…行動しない言い訳を1人で並べて…勝手に諦めてたんだ
そう…今みたいに
「また言い訳して逃げるのか?」
気付くと、俺はジノの姿に戻っていた。教室は消え、真っ白い空間へと変わり…目の前には、元の世界の俺が居た
「自分は正しいって思いたい、傷つきたく無い…そうやって言い訳を並べて楽な方を選んで進んできた俺は、本当に幸せだったのか?」
「幸せじゃなかったとは…思わないさ、きっと恵まれてた」
少なくとも不幸では無かった筈だ…不幸だと言えば、俺を作り上げてきた全てに申し訳が立たない。そんな軽々しい人生では無かった
「…そうだな。じゃあーー」
元の世界の俺は続ける
「お前はあの時、後悔してなかったのか?」
〜〜〜
意識が戻った俺は、傍にあった剣を掴んでオーベールへと駆け出す。
オーベールは今にもニナに剣を振り下ろさんとしている所だったが、こちらが起き上がった事を確認して顔色を変える。
明確な警戒の表情…先程までの余裕が消えたように感じた。だがそんな事はどうでもいい
ニナを助ける…こいつを殺してでも
俺は一度剣を鞘に収め、姿勢を低くしながらスピードを上げる。
闘気は全て剣に込める…守りは知らん
右手で柄を壊れんばかりに握り締め、左手も同じように鞘を握り込む。
片方どちらかが強すぎてもこれは放てない…剣先がブレるからだ
呼吸も忘れるほどの集中、この一太刀に全てを込める…文字通り俺の全てだ
ジノ・ブリッツとしての俺…そして前世の俺…培った二十数年の全てだ
運命だの理不尽だの知った事か!俺はもう言い訳しない!立ちはだかる物は全部切り捨てる…この剣で、誰の物でも無い、俺自身の力で!
「剣神流奥義」
オーベールの姿が映る。極限の集中故か、極彩色の格好も全て白黒にしか見えなかった…彼は驚きに目を丸くしながら防御の構えを取るが…間に合わない
降り注ぐ雪が止まって見えるほどに、今の俺は加速していた。
遂に掴んだのだ…剣神流の極意を
「光の太刀」
凄まじい金属音が森に響き渡り、俺の剣がオーベールの剣を粉砕する…それでも尚止まらない勢いのまま
その刃はオーベールの肩を斬り裂いた