月夜の魔法   作:さとうばけ

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1年生3月の後


番外

 岩城医院から大柄の男が出てくる。

 真夜中の街灯の少ない場所で、黒ずくめの男はすぐに闇にまぎれた。

 角を曲がり、やはり黒い車のドアを開く。

「レイ様、ひどいケガではないようです」

「・・・・・・・・」

 ひざに置いた手は強くにぎりしめて血の気がない。

「レイ様・・・・」

 宙を見つめ、わずかにふるえている。

「皆・・・・居なくなってしまう・・・・・」

 男は肩をつかんでゆする。

「レイ様! レイ様!!」

「・・・・外井」

 そこにいるのが気づかなかったかのように、男の名を呼んだ。

 彼女の瞳には、少しだけ本来の色が戻る。

「レイ様、あの方は無事です。意識はまだ戻っていませんが、心配ないとの事です」

「・・・・そう」

「この医院は信頼の置けるところです。他言される心配はありません。あの方にも、伊集院家にも」

「ええ、ありがとう」

 そう言って笑ってみせた。

 表情はいつも通りに戻ったように見えた。表面的には。

「少し遅くなってしまったわね。車を出してちょうだい」

「・・・・よろしいのですか?」

「もう用は済んだのでしょう」

 彼のことなど興味がないかのように言った。

「了解しました」

 運転席に乗り込むと、静かに車を出した。

 

「・・・・レイ様」

 レイの自室まで送ると外井は、ためらいがちに声をかける。

「何?」

 レイは従者を見上げる。二人とも表情は硬い。

「・・・・いえ、おやすみなさいませ」

 そう言って深々と頭を下げると、レイも「おやすみなさい」とあいさつを返して部屋に入っていった。

 外井は顔を上げて、ドアを見つめる。

「・・・・・・・・」

 しばらくそうした後、浮かない顔をして廊下を戻っていった。

 

     ***

 

 男たちが彼に群がる。

 拳が、蹴りが、彼へと叩き込まれる。

「助けて」

 拳をよけた彼を、もう一人がつかまえる。

 その体に再び拳が叩き込まれる。

 

 助けて。

 

 白い服をきた人がたくさんいる。

 いそがしそうに走りまわっている。

 いろんなキカイが、そのヘヤにはいっていく。

 

 たすけて。

 

 まわりのみんなが、それをコワイかおでみていた。

 イタイ。

 イタイよ、かあさま。てをはなして。

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 かあさま、ドコいくの?

 かあさま、どこ?

 レイといっしょにねてくれないの?

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 おじいさま、どうしてレイをみてくれないの?

 わたしのことがきらい?

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 しろいイヌ。

 うるさくて、わがままで、かってについてきて、

 ・・・・あたたかい。

 

 なにもないヘヤに、ベッドだけがある。

 

 駄目。

 

 白い犬。

 ふわふわで、優しくて、いつも後をついてきたのに、

 もう、暖かくない。

 

 ・・・・・・。

 

 白いベッドに、誰かが寝ていた。

 

 やめて。

 

 ボサボサの黒い髪、見知った身体つき、けれど、ひどく青白い。

 

 やめて!

 

 顔にかけられていた、白い布を取る。

 

「いやあああああ!!」

 ガバッと起き上がると、そばにあったものにすがりつく。

 遠い、冷たい記憶に、涙があふれる。

「・・・・・・っ・・・・・」

 声も出さずに泣いた。

 さびしくて、苦しくて、悲しくて、しかたがなかった。

「レ・・・レイ様・・・・・?」

 うわずった声に気づくと、目の前で由利が面食らった顔をしている。

 その後ろでは、美利が微笑んでいた。

「!!」

 レイは体をそむけると、涙をぬぐった。

 由利はヒザをついていたベッドから降り、エプロンを直しながら動揺を見せないよう必死で冷静を装う。

「ココアをお持ちしましたが、いかがですか」

 美利はお盆にのったカップを差し出した。甘い、やすらぐ香りが広がる。

 レイはゆっくりと受け取る。

 冷たく緊張していた指に、じん、となるほどカップは熱く感じた。

 チョコレートブラウンの液体を流し込む。体の中を通る感覚に、やっとレイは落ち着きを取り戻した。そこで初めて、夜勤を担当することのないふたりが、今ここにいることに気づいた。

「どうしてここへ?」

「えと、あの・・・」

 由利はまだ動揺している。

「外井さんから飲物をお持ちするように、と言われました」

 主人を心配して、同世代で比較的気をゆるしているふたりをよこしたのだ。

「・・・そう」

 レイは泣いていたことなど忘れたふりをしてココアに口をつける。差し出されたお盆にカップを戻そうとすると、お盆の上でカタカタッと音を立てた。

「レイ様っ!!」

 由利はガバッと手を取る。両手で包んだその手は震えていた。

「怖い夢を見たんですか!?」

「え・・・ええ。少し、ね」

 まっすぐ見つめられて、レイは瞳をそらす。

 美利もベッドに乗り、もう一方の手をにぎった。

「だいじょうぶ、夢ですよ」

 レイの瞳から、ポロリと涙がこぼれる。

「あ・・・・・」

 ぬぐおうとすると、暖かな手がレイの背中にそえられる。

 ほほを涙が伝った。

「うっ・・・ああ・・・・」

 涙は後から後からあふれてくる。

 今までためていた何かを吐き出すように声を上げて泣き、二人はただそれを受け止めた。

 

「・・・始めは、父が死んだ時の事だったわ」

 やっと涙が引いた頃に、少しずつ語り出した。

 つないだ二人の手が暖かくて、気を抜くとまた涙があふれそうだった。

「レイ様が小さい時に、病気で亡くなられたんですよね」

「医師団が慌しく出入りしてたから、ただならぬ状況だというのは判ったけど、動かない父を見ても幼かった自分にはよく理解できなかったわ」

 握った手に、わずかに力がこもる。

「・・・ごめんなさい、あなた達の事も思い出させてしまったかしら」

「「そんなことないです」」

 ステレオで答える。

 二人の両親も、数年前に事故で亡くなっていた。

「じつは、あんまり実感ないんですよね」

「死ぬところを見たわけでもないですし・・・葬式から何から伊集院家にやってもらって、突然ここで働くことになって・・・・そんなヒマなかった、と言いますか」

「いまもどこかで生きてるんじゃないか、って気がしちゃうんです」

 美利にしてはめずらしく、さびしげに笑う。

「そうね、私も実感と言うより『もう会えなくなる事』が解らないままだったわ」

 それも今では、生きていた頃のことを思い出す方がむずかしかった。

「夢の中で母が家を出て行った事がよみがえって、飼っていた犬が死んで・・・・」

 そして、彼が・・・

「皆・・・・皆、私の前から居なくなってしまう・・・」

「なに言ってるんですか! そんなワケないじゃないですか!!」

 ぎゅっ、と強く手をにぎる。

 そしてもう一方の手はやさしく包まれた。

「そうです、わたしたちがレイ様の前からいなくなることなんてないですよ、ゼッタイに」

 両手から温もりと安心が伝わってくる。

 レイは顔を上げ、ふっと笑った。

「由利、あなたが泣く事はないのよ」

「だって・・・レイ様が、バカなこと言うからじゃないですかあ・・・」

「そうね、馬鹿ね」

「そうです、大バカです」

「美利! レイ様になんてこと言うの!!」

「はじめに言ったのは由利でしょ」

「それは・・・言葉のアヤと言うか・・・」

 くすっとレイが笑い、ふたりも声を上げて笑う。

 

「イヌを飼ってたんですか?」

「ええ白くて大きな犬を」

「名前は?」

「墨田」

「「スミダ?」」

「・・・変わった名前ですね」

 レイは笑う。

「何も考えずに付けたの。その時は犬なんて欲しくなかったし、目の前にあった花と同じ色だったからその名から取ったの。本を読んでいると邪魔しに来るし、鬱陶しかったわ」

 遠い目で微笑む。

「嫌がっていてもずっとついて来て、そのうち側にいるのが当たり前になってきて、いつも一緒に居て・・・・・」

 ぽろり、と涙がこぼれる。

 こらえて、ぬぐおうとするレイの手を、美利はにぎる。

「泣けばいいじゃないですか」

「墨田が死んだ時も涙は出なかったのに・・・」

「だったらその分、いま泣いたらいいと思います。泣きたい時は泣けばいいんです」

 そう言いながら由利は、すでにもらい泣きしていた。

 

 そうして三人は、それぞれの昔話を笑ったり泣いたりしながら語り合った。

 

     ***

 

 ハッハッハッ、と鼻息がかかる。

 横を見ると、ボールをくわえて黒い瞳がこちらをのぞきこんでいた。

『いまは本を読んでいるんだから、あっちに行ってなさい』

 クゥーン、とさびしげな声を出して、2・3歩下がる。

 本に目をもどし、読書をつづける。

『・・・・・・・・・・』

 ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・

『・・・・・・・・・・』

 ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・

『もお、仕方ないわね。おいで』

 すぐそばで待っていた犬は、大喜びでボールをわたす。

 受け取ると、それを放った。

 白い犬はボールを追いかけ、嬉しそうにくわえて持ってくる。

 頭をなでると、シッポを思い切り振って顔をなめる。

『きゃっ、コラやめなさいっ。もう・・・』

 犬を引きはがすと、ボールを見せる。

『ほら、もう一度取っておいで』

 ぽーん、と放り投げる。

 タタタタッ、と先ほどと同じようにボールの方に走っていった。

『・・・・・・・・・』

 戻ってこない。

『・・・・墨田?』

 返事はない。

『墨田!』

 犬が走っていった方に歩き出す。

 何度その名を呼んでみても、返事も気配もない。

『墨田・・・すみ・・・ッ・・・・・』

 涙が落ちる。

 たまらなく悲しくなった。

『・・・・ひっく・・・・ひっく・・・・』

 しゃくり上げながら歩いていると、何かが聞こえた。

 音のする方に駆け出す。

『墨田?』

 タン、タン、と音のする所に出てみると、バサッと音がしてボールが落ちる。

 バスケットボールをつかむと、そのままタッタッタとこっちに駆け寄ってきた。

『なんだ、こんなところにいたんだ』

 差し出されたボールを受け取り、手をのばして黒いボサボサの頭をなでる。

『きゃっ』

 ペロペロと顔をなめられる。

『やめなさっ・・・ふふっ・・・』

 

「・・・・由利!美利! 何してるのあなた達!!」

 レイは目を開ける。

「ふえっ?」

「ううーん・・・・」

 両サイドから声がして、片方はガバッと起き、片方はゆっくりと起きて辺りを見回す。どちらも自分のいる場所をよく分かってないらしい。

 レイも身体を起こす。

「れ・・・レレレレイ様!?」

「レイ様、おはようございますー」

 のんびりとあいさつをする妹をベッドから引きはがし、由利は真っ赤になって飛び退いた。

「す、すみません! えっと、いつの間にか寝てしまって・・・」

「はいはい、由利、美利、後で弁解は聞くから、早く戻って仕度なさい。遅れるわよ」

 起こしに来たメイドは由利の服のシワを軽く伸ばしながら言う。

「は、はい!!」

 まだ状況を把握していない美利を引いて、ダッシュで出ていった。

 とたんに寝室は静かになる。

「二人を叱らないでやってちょうだい、私が引き止めたのだから」

「いいえ、叱るべき時はちゃんと叱りませんと」

 きびしい言葉のわりには、優しい微笑みを返す。

「さて、レイ様もそろそろ起きていただけますか」

 そう言われて、レイもベッドから出る。

「寝室までレイ様を起こしにくるなんて、いつ以来だったでしょうか」

「あ、ごめんなさい」

 メイドは目を細める。

「いいえ、たまには私どもにもっとレイ様のお世話をさせて下さいな」

 にっこりと笑いながらメイドは、後であの二人にじっくりと聞き出さなくては、と思っていた。

 

     ***

 

 教室にまだ小波はいない。

 登校するのは遅い方ではあったが、いつもならもう来てもいい頃だ。

「オハヨー」

 ・・・彼ではない。

 教室のドアに人の出入りがあるたびに、レイは聞き耳を立てた。

 複雑な気持ちを何度もくり返していると、やっと目的の声がする。

「おはよー」

 彼だ!

「おはよ、・・・ってお前、どーしたんだよソレ!?」

 級友の反応の後、教室はにわかに騒ぎ出す。

 小波のほほは腫れ、青アザをあちこちに作り、試合後のボクサーといった感じだ。

「ケンカでもしたのか」

「大丈夫?」

「うわ痛そー」

 大注目の中、小波は「わはは」と笑う。

「いやーそれがきのう、すっごい美人が悪者に追われてたんだよ。俺はそれを助けるために大スペクタクルで、悪者をちぎっては投げちぎっては投げ・・・」

 心配そうな瞳は、次第に冷ややかになっていく。

「・・・で、本当のところは?」

「不良のケンカに巻き込まれた」

「そんなところだろうと思ったぜ」

 ごく簡潔な答えに周りは大きく納得し、人の輪はしだいにほどけていった。

 一人だけその波に逆らうように、小波に近づく人物がいた。

「君のような男がケンカなんてするからだ」

 つとめて、いつもと同じように憎まれ口をたたく。

「尻尾を巻いて逃げている方がお似合いだと思うがね」

「ほっとけ」

 小波もいつものように返す。

 変わらない、その苦笑した顔にレイは、胸が痛むと同時にたまらなくホッとした。

 そして気付き始めていた胸の中の存在を、これ以上否定することができなくなっていた。

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