ぱら、ぱら、と時折かすかな音がする。
部屋の中は本棚が並べられ、ぎっしりと本が収められている。その物音がする以外は、何も、風の動く気配すらなかった。この部屋には時間の流れもない、そんな感じさえするようだった。
一角には机が置かれ、音はそこから聞こえてきた。
広げていた本を閉じると、机に積み上げられた方から本を取り出す。開くと、ふいに紙のようなものが落ちた。
それは一枚の写真だった。幸せそうに笑いかける、その人物は・・・
ガチャ、
突然、書庫のドアが開き、とっさにそれをポケットにしまった。
「失礼しました。こちらにいらしたのですか、レイ様」
入室してきたメイドが非礼をわびる。
「なんだね」
制服のポケットからはみ出したそれを、メイドに気取られないようにそっと押し込んだ。
「時間になっても車にいらっしゃらないので、お迎えに参りました」
壁の時計を見ると、ほんの少し調べ物をするつもりだったのがいつの間にかずいぶん時間が経っていた。
机の上に本を広げたまま立ち上がる。
「帰ったら続けるから、このままにしておいてくれ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
* * *
「小波!」
声をかけられて振り向くと、廊下の向こうから森岳が走ってきた。バスケ部らしく目の前でキュッとキレイに止まる。
「今日の部活、体育館が使えなくて自主トレになったから」
「体育館が使えない?」
「ああ、そーいえば研究会だか発表会があるって言ってたな」
横にいた好雄が口をはさむ。
「ふーん、でも普通それって前日までに分かんないか?」
「ごめん、連絡が行き渡ってなかったみたいで」
「・・・もしかして雪沢さん?」
その原因になりそうな人物の名を挙げてみると、森岳はあいまいな笑みを浮かべた。
「ったく、あの人が部長で本当に大丈夫なのかねぇ」
「ま、まぁそーいう事だから、他の部員に会ったら伝えといて」
そう告げると、いつの間にか連絡係となっている人のいい男はまた走って行ってしまった。
「ラッキーじゃん」
部活が休みになったことを、好雄は自分のことのように喜ぶ。
「いや、レギュラーでもない限り休んでもあまり言われないんだけど」
「そうなのか?」
「月イチのミーティングと日曜練習の日にさえ出てれば、ね」
好雄は眉をゆがめる。
「じゃー、あんだけイヤそうに行ってたのは何なんだよ」
部を辞めようかと悩んでいた頃も、小波は毎日部活に出ていた。自分でも不思議なくらいに。
「意地・・・だったのか?」
「知らねえよ」
自問した言葉を好雄に答えられ、小波は笑った。
「それじゃせっかくだし、どっか遊びに行こうぜ。カラオケとかゲーセンとか」
「そういえばカラオケもしばらく行ってないなぁ」
「・・・・・・」
突然無口になった友人を見ると、身体を引いて幽霊でも見たような顔をしていた。いつもながら、リアクションが大げさだ。
「おいおいおい、せっかくの高校生活をバスケだけで終わる気か? せーしゅんはあっと言うまに過ぎ去っていくもんだぜ。大いに遊ばないと!!」
肩を組んで、びしぃっっと前方を指差す。
・・・特に何を指しているわけでもないらしい。
「はいはい」
小波は適当に相づちを打った。
* * *
部活が休みとなると物足りないような気がして、昼休みに体育館に向かう。
そこでは、何人ものバスケ部員が学年もレギュラーも入り乱れてプレイしていた。昼休みにバスケをやっていることも部員が混ざっていることも珍しくはないが、ここまで部員が集まっていることはなかった。みんな思うところは同じらしい。
「小波、オレと交代~」
三年生と目の高さで手を打ち交わし、上着を脱いでコートに入る。
「よっしゃ、むこうは戦力落ちたぜ」
「言ったっスね雪沢さん。俺の真の実力を見せてやりますよ」
前方に立った小柄な男は、親指で首を切ってニヤッと笑った。
小波はパスを受け取ると、まっすぐ切り込む。雪沢が進行方向にふさがったので方向を変えると、すかさず向こうも半歩ずれる。それだけで脇を抜けることができないぼど、身体が大きく感じられた。
「小波!」
声をかけられた右前方にパスする・・・と見せかけて左にパスを出す。
「甘え!!」
あっさりとカットされた。
ボールは速攻でゴールに運ばれたる。しかしシュートは惜しくも外れた。
「森岳! リバン!!」
こぼれたボールを味方が取ると、するどいロングパスが小波へ飛んで来た。ゴールに向くと両サイドからディフェンスがせまってくる。二人とも引退したとはいえ元レギュラーだ。それ以上進めなくなって小波は3Pラインの外からシュートした。それは苦し紛れにも見えたが、ボールは弧を描いてリングに吸い込まれる。
「やるじゃん小波」
「ナイス!」
味方からばしばしと背中や肩をたたかれる。
「マグレマグレ!」
その一言でゲームは再開される。
小波もしばらくは走り回ったが、新たに来た部員と交代して体育館の壁にもたれる。隣では三年生が同じようにしてコートをながめていた。
「キャプテンは進学でしたっけ?」
隣は「もうキャプテンじゃないって」と笑った後にうなずく。
「大学でもバスケ続けるんですか」
「そうだなぁ、やってる時は『もうやるもんか』って思ったりもしたけど・・・」
「先輩でも辞めたいって思ったりしたんですか!?」
「そりゃあるさ。練習がキツイ時とか何度も思ったよ。でもどんなにキツくても、思うようにプレイできた時は嬉しくてたまらないし、離れてみるとやっぱり好きだって事に気づくんだ。・・・たぶん大学でも続けるよ」
しみじみとつぶやく姿は、小波にはうらやましく見えた。
(俺も三年になった時にそんな風に思えるんだろうか)
「・・・小波は?」
「え?」
「小波は、バスケ好きか」
単純だけど、難しい質問だった。
「・・・・・・」
コートに目をやると、実に楽しそうにプレイしてる10人が見える。
部活でない分いつもよりのびのびとしている。本当に楽しくてしょうがない、そんな感じだった。
「・・・好きです。たとえ、片想いでも好きです」
そう口に出すと、やっと分かった。
苦しくても辛くても辞められなかったのは、自分もバスケットが好きだったからに他ならないと。
「そうか。オレも片想い歴は長いけど、自分を磨いて相手を振り向かせるぐらいしないとな」
嬉しそうに笑って小波の頭をぐいっと押すと、コートの方を向く。
「雪沢! そろそろ鐘鳴るからその辺にしとけ」
「へーい」
みんなはバラバラと解散していった。
元キャプテンも制服の上着を持つと、体育館の出口に向かう。その背中に現キャプテンが声をかけた。
「先輩、たまには部にも顔出して下さいよ!」
片手だけ上げて応えると、出口に消えていった。
「・・・俺も、キャプテンみたいになれるのかな」
ぽつり、とつぶやいた独り言をすかさず聞きつけた男が振り向く。
「うっわ、ミノホドシラズだなーお前」
「う、うるさいな、雪沢さん。目標にするぐらいいいでしょ」
「だいいちプレイスタイルが違うだろ。キャプテンはキャプテン、お前はお前だよ。ま、人として目標にするってなら、このオレにしてもいいんだぜ」
「どの辺を? 今日だって、途中で連絡止めてたの雪沢さんでしょ」
ズバッと言われても、本人は気にしない。
「誰にだって、間違いの一つや二つはあるだろ」
「一つや二つ~?」
「うっせ!」
雪沢のローリングソバットをかわす。外した勢いをそのまま次の蹴りにつなごうと、体を回したその間に小波は距離を取る。そこへ・・・
「こっ小波! さっきの3Pシュートすごかったな!」
森岳が必死で割り込んだ。
雪沢は蹴り上げた足を下ろし、小波も警戒を解く。
「・・・でも、その後はいい所なかったからなぁ」
「まーな。だいたい、フェイントが甘いんだよ」
「うっ」
「たしかに、ちょっと正直すぎるかもね」
「森岳まで言うか?」
「視線がモロバレなんだって。オレみたいにノールックパスぐらいできるようになれ」
「雪沢さんはノールックってよりテキトーに投げてるだけでしょ。こないだなんか、ディフェンスの背中におもいっきりぶつけてたし」
「パスの軌道に割り込んできた方がわるいんだよ」
三人が話をしながら扉の所まで来ると、そこに一人の男子生徒が立っていた。
わざとらしく前髪をかきあげると、冷ややかに笑う。
「やれやれ、昼休みまで練習とはご苦労な事だ」
面喰らったような二人を横に、小波は苦笑しながら反論する。
「別に練習してたわけじゃない、遊んでただけだろ」
「ほう、遊びだったのか、君はバスケット以外の事は知らないらしい。まったく、朝から夜遅くまで練習するだけじゃ足りないのかね」
「夜遅く・・・?」
(公園のこと? なんで伊集院が!?)
「あ、いや、部活も夜までやっているのだろう」
(そっか、コイツが知ってるはずがないか)
ホッと胸をなで下ろす、その目の前でもう一人もそっと息をはいた。
「ま、せいぜい無駄な努力を続けたまえ。はーっはっはっは」
高笑いで立ち去る彼を、三人は無言で見送る。
「なんだありゃ」
「・・・ウワサには聞いてたけど、強烈な人だね」
あっけに取られていた二人はやっと口を開く。
「あれ? 森岳は話したことない?」
「遠目で見た事はあったけど、実際会うのは初めてぐらいかな」
小波は頭をひねる。
「誰にでもあんな風に話しかけてると思ってたけど」
クラスが違うからかな、と小波は一人で納得した。
「でも少しイメージ違うかな。前に見た時は、もっと近寄りがたい印象だったけど」
「近寄りがたい? アイツが?」
「しっかし、口悪ィやつだなー」
「雪沢さんといい勝負でしょ。いや言葉だけなら雪沢さんの方が悪いか」
雪沢は回し蹴りを小波の背中にくらわす。
「ってぇー」
「部長に向かってその言いぐさは何だ」
「部長ならそれらしい行動してくださいよ。将来有望な後輩にこんな事していいんスか?」
そう言いながら雪沢の腕を持ち、後ろにひねり上げる。
「ででっ、バカっっ」
雪沢は足をからめ小波の片ヒザを落とす。そのスキに間合いを取り、妙なかまえで牽制した。小波もファイティングポーズを取る。
二人の間に緊張が走った。
「はい、そこまで。二人ともその辺にしとかないと筋痛めますよ」
森岳が間に入って再び止める。
「ちぇっ」
「はいはい」
二人はしぶしぶ手を止めた。
(ほんと、仲いいんだから)
森岳は密かにため息をついた。
* * *
「さーさー、遊びに行こうぜ」
好雄はカバンをかかえて嬉しそうにせかす。
思えば、日の高いうちから帰るのは久しぶりの事だった。
「ちょーっとちょっと、好雄!! アタシを置いて帰るつもり!?」
階段を降りる二人の前に、朝日奈が立ちふさがっていた。
教科書とノートを持っているところを見ると、移動教室の帰りらしい。
「なんだよ」
「オゴってくれる約束でしょ」
「約束って・・・」
好雄は
「アタシのMDプレーヤー壊した事、忘れたとは言わせないわよ」
「カドが欠けただけだろ」
「まだ新品同様だったのよ。本当なら弁償させたいトコロだけど、センタの4Pセットで手を打つって言うんだから優しいわよね」
オゴるオゴらないの話が、いつのまにかそのメニューまで決まっている。
「そ、そうだ、その前にコイツも使ったんだよ。そうだ、コイツにも責任あるって」
「えっ俺?」
突然、話が飛び火する。
「しょーがないわね。んじゃ、二人でワリカンって事にしましょ」
「俺、関係ないってば」
「あら、こんな可愛い娘とお茶できるんだから安いもんでしょ」
逃がすか、とばかりに小波のマフラーをつかんでニッコリと笑う。
「あれ?」
朝日奈はマフラーをしげしげと見つめる。
「これ、カシミアじゃない?」
「カシミア?」
「ーーって高いやつだろ?」
「んー、そうでもないのもあるけど・・・なんか妙に高そう」
ぐっと顔を近づけるものだから、小波は顔を赤くして体を退いた。
「そうなのか?」
「べ、別にそんな事ないって」
(コレって高い、のか?)
このマフラーは「彼女」からもらった物だ。
(どうしよう、お返しもしてないのに)
もう一度よく見ようと近づく朝日奈をかわすと、ドンと背中にぶつかった。
「君達、こんな処で騒がないでくれたまえ」
金髪の同級生は不快な表情を浮かべ、手に持っていた何かを後ろに隠す。
「あ、悪い」
「ねぇ伊集院くん、これってカシミアよね、しかも高いやつ」
面白くもなさそうに一蔑する。
「確かにカシミアではあるが・・・まぁこの程度が彼にはお似合いだろうね。カシミアと言うだけで、彼には分不相応な気もするが」
そう毒づくと、伊集院は階段を上って行った。
小波と好雄は目を合わせて軽く苦笑いする。
「おっかしいなー。こないだ店で見たのと同じような手触りだったと思ったんだけど。むっちゃくちゃ高いのと」
「気のせいじゃない? タグとかも付いてないだろ、ほら」
「そっかー、うーん」
朝日奈はまだ納得いかなそうに、頭をひねっている。
(高くないって言ってもカシミアか・・・やっぱお礼だけじゃダメかな)
「それより、とっとと帰ろうぜ」
「そーね、オゴってもらわなきゃいけないし」
「ちっ、まだ覚えてたか」
「ソッコーで荷物取って来るから、待ってなさいよ」
そう言うと朝日奈はダダダッと駆け上がっていった。
現れる時も去る時もにぎやかだ。
「ーーーよし、逃げるぞ!」
「え? でも・・・」
小波は彼女の消えた方を指す。
「あの分じゃ、いくらオゴらされるか分かったもんじゃない。逃げるが勝ちだ」
好雄に腕をつかまれてズルズルと階段を降りると、目の高さの段に何かが落ちていた。
「ちょっとタンマ」
生徒手帳だった。
裏を見ると学生証のところに、いつものように気取っている伊集院が写っていた。
それを持って階段を上がろうとすると、好雄に止められる。
「バカ、朝日奈が戻ってくるって」
「でもコレ・・・」
「ほっとけよ、そんなもん」
放っておける性格なら苦労はしないのだが、小波は辺りを見回す。
「あ、ちょっとゴメン」
ちょうど通りかかった女生徒を呼び止める。同じクラスの娘だ。
「悪いけどコレ、伊集院に渡してくれる? 教室に行ったと思うから」
「えっ、レイ様の!?」
彼女は手帳を胸に抱きしめると、スキップしかねない足取りで階段を上がっていった。
「よし、行くぞ!」
「ドコに行くって?」
がしっと肩をつかまれた好雄は、そろ~りと振り返る。
「あんたの行動パターン忘れるところだった。危ない危ない、引き返してきてよかったわ」
朝日奈はにっこりと微笑む。
「アイスも追加ね」
「はい、キリキリ歩いた」
「いい加減離せよ、逃げないってば」
「ダーメ、うちのクラスまで来てもらうかんね」
男二人は制服をつかまれて、朝日奈に引きずられる。
「オレの事、そんなに信じられないか」
「うん」
真顔で答えられて好雄は無口になった。小波はすでに無我の境地だ。
階段を上りきり、角を曲がって教室を通りかかると、A組の中は騒がしかった。
「ねぇねぇ、どーしたの?」
3人が教室に入ると、伊集院が4・5人の女の子に囲まれていた。しかも問い詰められているようだ。
「なんか、伊集院が女の写真持ってたんだとよ」
教室にいた男子が面白そうに言った。
「へー」
(もしかして、さっきの)
生徒手帳を
悪い事したな、と小波は思った。
「そっか、浮いたウワサがないのは決まった相手がいたって事だったのか」
好雄は一人で納得する。
言い寄る女の子は数が知れないのに、袖にしたという話以外は伝わってこなかった。
「で、きら高の娘なの? やっぱお嬢様だったり?」
「さあな、でもすごい美人らしいぜ」
「なに?誰!?どんな娘!?」
そういう話題には遅れを取らない男が、素早く割り込む。
「・・・だから、分かんないって」
その男子と共に騒ぎの方を見ると、渦中の人間が声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ!」
口々に質問を投げかける女の子達を一応は落ちつかせた。
「その写真をよく見てくれたまえ、それは僕の母なんだ」
女生徒の手元にあった手帳に、皆が群がる。
「言われて見ると・・・」
「レイ様にそっくり」
「なーんだ」
女の子達は
「マザコン・・・」
ぽつりとつぶやいた小波に、ツカツカと伊集院は歩み寄る。
「いま、聞き捨てられない事を言わなかったかね。母親の写真を持っていただけで何故マザコンと言われなくてはいけないのだい」
「この歳で親の写真を肌身離さず持ってるなんて」
「家族の写真を持つぐらい当然の事ではないのかね。日本ではそのような慣習はあまりないようだが」
「マジ!? これ、RE:NAじゃない!?」
朝日奈が声を上げた。
いつのまにか騒ぎの元である生徒手帳を手にしている。
「れな?」
「知らないの? フランスのブランドでバラをメインにしたデザインの・・・えっ、伊集院くんのお母さんがRE:NAなわけ!?」
そのリアクションで有名らしいのは分かったが、小波も好雄も聞いた事もなかった。
「うっわ、すげー美人。こんなのがお袋さんだなんて、いいよなー。ほら満も見ろよ」
のぞき込もうとしたところに手が割り込み、手帳を取り上げる。
「夕子くん、残念ながら違うよ。RE:NAなら僕も知っているが、デザイナーは滅多に表に出ないのではなかったかね」
「うん、雑誌で小さく写ってたのを見ただけなんだけど、どっかで見た事あるなーと思ってたら伊集院くんにそっくりだったんだ。あ、でも別人か」
「僕はフランスの血も継いでいるからね、似た人間がいてもおかしくないさ」
手帳を胸ポケットにしまうと、伊集院は去っていった。
「はー美人だったなー。見られなくて残念だったな、満」
「ふーん」
「でも、伊集院にそっくりって事は、伊集院が女だったら美人に・・・うわ、コワイ事考えちゃったよ」
* * *
伊集院家の書斎、風通しはいいが日光の入らない閉鎖された印象を受ける。
他の部屋と違って華やかさに欠ける、ただひたすら本が詰まっているだけの空間だったが、レイはここに居ると落ち着くのだった。
朝からの調べものを片づけて、要らなくなった本を戻そうと棚の奥へと行く途中、ある本が目に留まった。
それを手に取って開いてみる。
バスケットボールの用語や練習法が解説されていた。
『その時、相手が三線速攻で・・・あ、三線速攻ってのは三人が縦にガーーッて走って速攻しかけることで、コレがかなり効果的だけどかなりキツイんだよ』
バスケに特に興味はなかったが、小波が一方的にしゃべって一方的に解説しているのを聞いているいちに、彼女も自然と詳しくなっていた。
『』
それは、嬉しそうに語る。
「バスケット、ですか?」
「きゃっ」
すぐ横から声がして、驚いて本を落とす。
「ご、ごめんなさいっ・・・いえ、申し訳ありません!!」
おかっぱ頭のメイドが恐縮して頭を下げる。
「あのっ、声をおかけしたんですけど、その、気づかれなかったみたいで・・・」
「いいのよ由利、ちょっと驚いただけ」
微笑んでみせると、レイは本を拾って棚に戻す。
「で、何か用かしら」
「はい、えっと、夕食のお時間です」
「そうね、ちょっと待って」
はじめに持っていた本を抱え、奥へと進む。
棚へ戻そうとしてその手を止め、スカートのポケットから生徒手帳を取り出す。
そこにはさんであった写真。
レイによく似た女性が微笑んでいる。肩までのプラチナブロンドを揺らし、振り向き様の笑顔。
まだ、ただの妻であり母だった頃の彼女・・・。
嬉しそうな、幸せそうな笑顔は、逆にレイの表情を苦くさせた。
「・・・名を変えたら、人は別人になれるのかしら」
「えっ? なにかおっしゃいました?」
離れた所で待っていた由利がたずねる。
「ううん、なんでもない」
レイは写真を本にはさむと、元通り棚へとしまった。