市の郊外にあるS病院は、元は産婦人科の名家によって開業された診療所だったという。
それもあって昭和の御世に総合病院となったあとも、伝統的に院長を務めるのは産婦人科医だったという。
昭和四七年。
病院が閉鎖されることになったその年も、院長を務めていたのはIという産婦人科医だった。その肩書に反してかなり若かったようだが、文句を言う人間はあまりいなかったという。
創業者一族の人間が直々に招いたというのが最たる理由ではあるけれど、それ以外にも、彼が年齢にそぐわないほど優れた腕前を持っていたというのも、決して小さくはなかった。
おりしも世間はベビーブーム。引く手あまたの産婦人科医の中でも、とりわけ名医と呼ばれる彼の噂は、県内外から多くの人を呼び寄せた。
その中には地元の名士や議員などの地位ある人間もいて、そのうえIも噂にたがわぬ腕前を持っていたものだから、当時、病院はかなり繁盛していたという。
しかし、あるとき。彼は突如として不審死を遂げた。体中についた花弁のような形状の傷から、大量の血を流して倒れていたのを発見されたのである。
死因は恐らく失血死。部屋中が荒らされていたことも含めて、他殺であることは明白。肩書からして動機も十分想像がつく。しかし警察は犯人はおろか、凶器さえ特定することが出来なかった。が、それは何も警察の怠慢ばかりが理由ではなかった。
「Iの死を患者に知らせてはならない」
そんな命令が、上層部から下されていた。
当時のS病院には警察関係者の患者もおり、病院の信用失墜を恐れた創業者一族が、そのつてを頼って圧力をかけていた。
病院という閉鎖空間では、ちょっとした噂もすぐに広まってしまう。そんな環境で命令に従うということは、事件をなかったことにしろと言われているに等しかった。
現場捜査、聞き込み、アリバイ検証、司法解剖。あらゆる手順を禁じられて、制服警官は敷地に立ち入ることすら許されず、患者の出入りも自由なまま。
凄惨な事件にも関わらず、院内は常のごとく穏やかで、何十人もの患者が、音に聞く「名医」の執刀を待っていた。彼がもうこの世にいないとも知らずに。
結局、捜査はロクな進展も見せないままに終了。事件はただ「不審死」というラベルを張り付けられて、人々の記憶から葬り去られようとしていた。
しかし、Iの死から一週間後。事件は再び起こった。
病院に掃除婦として勤めていた、創業者一族の長女が死亡したのだ。
Iと同じように、体中に「花弁」を咲かせて。
突然の凶報に泡を食った一族は、今度は警察の邪魔をすることは出来なかった。むしろ手のひらを返して絶対に犯人を捕まえろと尻を叩く始末。
しかし、すべては遅きに失していた。
長女の死から三日後、第三の犠牲者が現れた。産婦人科の患者で、妊婦だった。
彼女の死にざまは、前の二人に比べても殊更に凄絶だった。「花弁」に加えて、下腹部にまるで破裂したかのような大穴が開いていたのである。
彼女は出産間近だった。しかし胎の中に赤子の姿はなく、その代わりとばかりに、半ばから断ち切られたへその緒が傷口から零れ落ちていたという。噴出した血は海のごとく病室の床に広がり、扉の隙間を通って廊下にまで漏れ出ていたという。
それを、患者の一人が目撃してしまった。彼女の口から病院の異常は瞬く間に広まっていった。歯止めをかけるすべはなかった。噂話にも、そして「花弁」にも。
二日後、医師が死んだ。当直の女医だった。「花弁」のほかに、股間から大量の血を流していた。解剖の結果、子宮を失っていた。
その翌日、看護婦が死んだ。やはり子宮がなかった。帰宅する姿が目撃されているのに、なぜ病院の敷地内で死んでいたのか、理由は誰にもわからなかった。
翌日、再び患者が死んだ。外科の患者だった。重症で動くことも出来ないはずなのに、何故かベッドから転げ落ちていた。その傍らでは担当医である医師が同じように力尽きていた。彼は創業者一族の一人だった。
警察の捜査は続いた。しかしやはりと言うべきか、何の成果も得られなかった。
そうしているうちにまた一人、また一人と奇妙な死を遂げていく人間が現れる。Iの死から二週間と経たないうちに、その数は二桁に上っていた。
「この病院は呪われているんだ」
そう、誰かが言い出すのに時間はかからなかった。
誰に、なんで、なんてことをいちいち語る者はいない。
まず患者が消える。死んだもの以外は別の病院や自宅に移りはじめていた。しかし様々な事情からそうできないものもいて、彼らはただ恐怖に震えることしかできなかった。
次に看護師が消え、医師が消えた。退職を申し出るもの、無断欠勤するもの、方法はさまざまであるが、皆一様に一秒でも早くそこから離れたい様子だった。しかし認識が甘かった。新天地に、新たなる職場に逃げ込んだところを、「花弁」に食われて息絶えるものも出始めた。
「何か」が、彼らを追いかけていた。
医療従事者の激減により、病院の機能はマヒしはじめていた。それでも残って患者に向き合うものもいたが、それもやがていなくなった。
最後まで残ろうとしていたのは、創業者一族だった。事件の深刻化とともに、彼らが築いた帝国は音を立てて崩壊していた。それどころか、死んだ人間の縁者から恨みすら買っていた。彼らからすれば逆恨みもいいところだったが、そんな言葉を聞くものいなかった。彼らに、もはや行くところはなかった。
しかし本当に最期を共にするような気骨のある人間もいなかった。
結局、病院は緊急閉鎖されることになり、残っていた医師や患者も強制的に余所へ移された。一族の人間は文句ひとつ言わずに従った。彼らもまた、「花弁」に追われていたからだ。
結局、ニュースが大きく報じられることはなかった。当時、病院とゆかりのあった権力者が騒動を恐れて口止めしたとも言われているが、結局、病院にいた患者や従業員以外に、死んだものがいなかったのが大きい。
当時S病院にいた人間たちが今どうしているのか、それもわからない。彼らは概して当時のことを語りたがらないし、多くは経歴も伏せている。「呪われた」医師や看護師の診察を受けたい人間なんて、いるはずもないのだから。
ただ一つわかっているのは、S病院は今もまだ残っているということだ。
数十年の歳月を経て設備は老朽化し、もはや近づく者もいない。
しかしそこからは時折、誰かの泣き声が聞こえてくるのだという。
Iの死体を最初に発見した医師は、その傷口を見て同じ言葉を繰り返していた。しかし警察はその言葉を妄言として聞き流し、ただ「花弁状の傷」とだけ報告した。
「あれは手形だ、赤ん坊の手形だ」