タクティカル祓魔師 十河病院探索   作:西口

8 / 8
8

 

 五〇年前、設備の老朽化によって渡り廊下が崩落して、それに巻き込まれた院長以下医師と患者、合わせて十数名の死傷者が出た。

 痛ましい事故である。

 現実の十河病院が封鎖されたのはそのためで、呪いも、水子霊も、花びらのような傷痕も登場しない。

 

 そのショッキングな内容は、全国紙の紙面を少しのあいだ賑わせたが、それだけだった。

 被害者遺族に対する賠償金が支払われ、経営者の男が逮捕され、彼が全面的に非を認めると、騒動は徐々に沈静化していった。

 経営者の家族や、かつて病院に勤めていた職員たちが次々と姿を消し、新たな燃料がくべられなかったことも大きいのだろう。数年後、懲役刑を受けた経営者が獄中自殺をしたときも、地方欄の片隅にひっそりと掲載されるのがせいぜいだった。

 

 以上が、十河病院の顛末。

 関係者の失踪など、桜田奈央の友人が語ったという怪談と似ている部分もなくはない。しかし後半はまるきりの創作だ。

 それもそのはずで、そもそも榎宮俊が見ていたのはそういう趣旨のサイトだった。実際の事件を題材に、その裏にはこんなオカルト的事象が隠れていたのだ――と語るテキストサイト。

 

 悪趣味にして不謹慎だが、元ネタはイニシャルでぼかし、けっして「界異」という言葉を使わないことで、ギリギリ「創作」の名目を保っているようなページだ。

 そんなサイトであるのだから当然というべきか。水子霊が云々という話にも、「元ネタ」が存在している。

 

 負傷者の中に二人の女性がいた。

 一人は妊娠しており、救助されて間もなくあわや切迫流産の危険に見舞われたという。

 奇妙なことに、彼女たちは妊婦というより重病人のように見えたという。

 頬はこけ、目は落ちくぼみ、体のあちこちに痣や床ずれの痕があった。崩落によって出来る負傷とは、どうにも思えなかったようだ。

 

 女性たちは、それを病院関係者によるものだと主張した。

 地下室のような場所に閉じ込められ、無理やり出産させられた、と。女性の一人は半狂乱で、産んだ子を殺されたとしきりに繰り返していたそうだ。

 この話は週刊誌には残っているが新聞には掲載されなかった。

 彼女たちのいう地下室のような場所は発見できず、経営者の男や勤めていた職員たち、どころか彼女たちの夫までその事実を否定したためだ。

 結局、女性たちの訴えはせん妄の類とみなされ、週刊誌の紙面をにぎわせるにとどまった。

 数号続いたインタビューは、夫が別人にすり替わっていると確信した女性の一人が離婚を決意するという、なんとも後味の悪い終わり方をしている。

 経営者や医師たちを訴えるとも言っていたが、話題にすらならなかった。

 

 サイトの管理人は、この話を土台に水子霊の話を思いついたのだろう。

 彼女たちは本当のことを話していた。病院内のどこかで無惨に殺される子供たち。やがてたまりにたまった怨念が呪いに転化して牙をむく。

 医師は報いを受け、患者たちは巻き込まれる。その怨念は逃げても、閉鎖しても収まることはなく、無人になった病院の中を未だに彷徨っている――。

 そんな「解説」を、本文のあとにおどろおどろしく書いてさえいる。

 

 実在の事故どころか人間すら素材にしているのだから、二重に趣味の悪い話である。

 おまけに性質(タチ)も悪い。その空想は一部当たっているのだから。

 

 

 奈央と共に歩いた道のりを二分足らずで遡り、さらに走ること五分。

 人間ならば、全力疾走しても一時間はかかるだろう距離を駆け抜ければ、変わりばえのしなかった風景の中に、唐突に「異物」が現れる。

 行く手を遮るような壁と両開きのドア――の痕跡。残骸と言ってもいい。

 打ち破られたらしきそれは、今や辛うじてドア枠だけを遺しているばかりだ。引きちぎられた蝶番がぶら下がり、上枠に至っては一部が壁面ごと抉れている。

 それでも、周囲の壁ほど汚れていないのは、ここに埃はおろか微生物の類すら存在しないためだろう。

現実の風景を複写するため、どんどん経年劣化していく『回廊』の背景とは違う。

 

 すなわち、そこが終着点。正確にはドアを隔てた向こうに広がっている空間が。ヤトは臆することなく踏み込んだ。

 

 結界内にあるため、当然そこにも電気は通っていない。

 にも拘わらず、室内がほの明るいのが奇妙だった。光源は見当たらない、自然光が差し込むはずもない。その証拠に影が出来ていない(・・・・・・・・)

 式神の発するわずかな光だけが、ヤトの足元にかすかなそれを伸ばすのみだった。

 

 だというのに、部屋の中は光に満ちていた。月光のように青白く、幽かではあるが。

 これならば式神がなくとも、祓魔師ほど視力に優れていなくとも、視界は十二分に確保できただろう。

 

 部屋の中は存外に広かった。体育館並みと言っていい。

 それでも一望できる程度の広さであった。壁はおろかパーテーションの類もない。それも体育館に例えるべきか。

 しかしその内部は、見えない壁とでも言うべきものによって、二つのエリアに別れていた。

 

 部屋の手前側にはずらりとベッドが立ち並んでいた。縦に四つ、横に四つ。それが奥へと続く通路を挟んで左右に一つずつの、合計三二床ある。

 ベッドはそれぞれ、左手側を除く三方を、格子状の柵に遮られるような構造をしていた。どこかベビーベッドを思わせるが、大きさは明らかに成人用のそれである。

 介護老人用の転落防止柵とも違う。なぜならいくつかのベッドには手錠が残っていたからだ。片側を柵に止めた状態で。

 

 ――地下室のような場所に無理やり閉じ込められ、無理やり出産させられていた。

 

 ここが女性たちが訴えていたという場所であることは一目瞭然だった。

 そして、どんな扱いをされていたのかも。

 

「……」

 

 ヤトは部屋の奥、もう一つのエリアに向けて歩を進めながら、想像する。四肢を柵に固定された女性たちの姿を。

 どれだけ身をよじっても手錠はびくともせず、暴れるほどに冷たい輪は手首に、足首に食い込んで青あざを作っていく。

 

 その上、誰もが妊婦だった。ただ息をするだけでも体力が奪われていく状態で、そう長く暴れられるはずもない。

 母体はもとより、お腹の我が子の体に障る。やがて誰もが諦めて、ぐったりと横たわるようになる。寝返りもうてない以上、体への負担は想像以上だろう。

 

 救助された女性たちは、痩せてはいたが餓死寸前というほどではなかったという。であれば食事の類はあったはずだ。あるいは「給餌」か。

 彼女たちが常に戒められていたとは限らないが、監禁している相手に食器を渡したり、自主的に食事するよう期待するほど生易しい環境とは思えない。拘束したまま、無理やり嚥下させる方がはるかに楽だ。そうして、無理やり命を繋がれる。

 

 遊び半分で人間を殺し、いたぶり、拷問する呪詛犯は珍しくない。しかしこの病院を運営していた連中は違う。

 彼らには明らかな目的があって、そのために妊婦が必要だったのだ。

 かどわかされた女性たちにとっては、同じことだろうが。

 

 どれだけ大声を出しても無意味。ここは結界の内側。外界からは完全に隔離され、唯一の出口は長い長い『回廊』の果てにある。

 そこで、はたと気付いた。

『回廊』の設計は古い。それは間違いないが、戒律が緩いことには理由があったのだ。

 万が一妊婦が逃げ出しても、決して終点にたどり着けないほど長く、なおかつ命の危険がない。無傷で連れ戻し、「役目」に従事させることができる。

 

 すなわち、出産だ。

 

 地獄のような日々を過ごすうち、その日はやってくる。破水、そして陣痛。その段になって、ようやく妊婦たちは、ヤトの視線の先にある場所へと連れていかれる。

 

 分娩台のある奥のエリアに。

 

 その周辺だけが妙に広々としていた。医師が、いや呪詛犯が使用していたのだろう。

 横倒しになったストレッチャーも、なぎ倒されてガラスやら液体やらを巻き散らす薬品棚も、その他使用法も分からない種々の器具も、当時は整然とあるべき場所にあったに違いない。

 

 全てが、たった二台の分娩台を中心に配置されている。つまりはそれこそが、この隠し部屋の存在理由であり、ひいては結界の施工理由であり、十河病院の開業理由。

 そこは赤子を集めるための施設だった。

 

 そして、今。

 その分娩台の一つの上に、一人の女性が寝かされている。

 

 肩口まで伸びたセミロングの髪。毛先は髪の流れに反転して、くるりとカーブを描くいている。

 普段はさぞやわらかげな印象を与えるだろうそれは、汗で乱れてしぼんで見えた。

 

「……菰田遥」

 

 生きていたか。続く言葉がやけに大きく響いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告