魔法少女まどか☆マギカ 実績『朝焼けのエンドロール』獲得 作:くろしゅー
DAY.?? Side TY
凜と出会った日のことはよく覚えている。
「大丈夫!?」
「っ!? あ、あなたたちは……」
「説明は後! まずは魔女を倒すわよ!ももこ!」
「オッケー! アタシが引きつけるからその隙に!」
「立てますか? メルさん、この子をお願いします」
「了解です!」
魔女に苦戦している彼女を、私たちで助けたんだ。
そしたら……。
「あ、あの! 私もチームに加えてくれませんか!」
「わ、私、夕凪凜っていいます。つい一昨日契約したばっかりで、右も左も分からないんです。だから、先輩たちと戦わせてほしいんです!」
もちろん私たちは賛成だった。
リーダーのやちよも快諾したことで、凜は私たちの仲間になった。
そこから、彼女はみかづき荘によく来るようになった。
私たちは彼女と魔女退治をしたり、遊びに行ったり、勉強会を開いたり、楽しく過ごしてた。私は魔法少女として初めての後輩だし、メルも同い年の友だちだからか、よく遊んでいた。
なんで彼女が、よくみかづき荘に来るのか、その事情を全部知らないまま。
しばらくして、彼女がみかづき荘に来る頻度が減った。
もちろん、人には事情があるし、私だって日によっては行けない日もある。だから、最初は何とも思ってなかった。
けど、みかづき荘に来る間隔がどんどん長くなって、ついには二週間もみかづき荘に来なくなっていた。しかも、私たちに何も言わずに、だ。
さすがにおかしいと思い、家が一番近かった私が彼女の家まで様子を見に行ったけど……。
「どちらさまで?」
「あ、私、由比鶴乃っていいます! 凜とはよく遊んでいて……」
「ああ、凜の先輩ですか」
彼女の家を訪れたときに、玄関から出てきたのは彼女の父親だった。
「それで、何かご用ですか?」
「えっと、用というか、最近凜と遊べてないし、話もできていないから心配だなぁ~って。学校も最近休んでいるみたいですし」
私がそう言うと、彼は大きくため息をついて私を見た。
「はぁ……。心配してくれるのはありがたいですが、凜ならご心配なく。あなたたちと遊んでいる暇があれば勉強しているほうがあの子のためになりますので」
「なっ」
その物言いに私は一瞬、たじろいでしまう。
「凜のことを考えてくれるなら、どうぞこのままお帰りください。あの子には、あなたたちと過ごすような無駄な時間は必要ありません」
思わず言い返したくなったけど、それをグッと堪える。
これで手を出したら、それこそ凜には会わせてもらえなくなるだろう。だから、私は唇を噛んでこらえた。
「……分かりました。今日はこれで帰りますね。けど、また来ますから」
私の精一杯の抵抗に、彼はまるでゴミを見るような目で言い返してきた。
「はあ……。やっぱり教養のないバカはダメだな。二度と来るなと言ったんだ。凜にお前のようなバカの言動が染みついたらどうしてくれる」
そう言って、彼は玄関の扉を閉めた。
言い返すことならいくらでも出来た。
けど、凜が私たちのことをどう思っているか知らないのも事実だった。だから、凜に真意を聞くまで、その気持ちは抑えたんだ。
けど今になって思えば、この時、このまま激情に任せて家に踏み込んだほうが良かったのかもしれない。
その数日後。
凜の両親は、凜への虐待と殺害未遂の容疑で逮捕された。
私は、何もできなかった。
DAY.?? Side TY
それから三日後。
久しぶりにみかづき荘に来た凜は、以前よりもかなりやつれていて、彼女の浮かべる笑顔は控えめに言っても痛々しくて、見ていられなかった。
やちよは、そんな彼女を抱きしめて、凜を安心させるように何度も頭を撫でた。
それに安心したのか、凜もようやく堪えていたものが決壊したように涙を流した。それでも、大声で泣かずに必死に声を抑えようとする泣き方が、彼女の心の傷の深さを物語っていた。
それからというもの、彼女はやちよの提案でみかづき荘に正式に住むことになった。
凜を引き取った、凜の叔母夫婦が快諾してくれたこともあって、引っ越しもスムーズに終わった。
けど、やっぱり一朝一夕で傷が癒えるわけもなく。
凜の顔からは笑顔が減った。というより無くなった。唯一浮かべる笑顔は、愛想笑いだけ。
私は凜に元気になってもらおうと色々と頑張ったけど、中々成果は出なかった。
私だけじゃない。やちよも、みふゆも、ももこも、皆それぞれのやり方で凜を励まし、元気づけようとした。
でも、凜に笑顔は中々戻らなかった。
そんな中、唯一特に何もしなかったのがメルだった。以前と同じように凜と接し、いつもと同じように過ごしていた。
逆にそれが良かったのかもしれない。凜は以前にも増して、メルとよく話すようになり、メルに心を許すようになった。
そしてある日。凜は偽りじゃない、心の底からの笑顔を見せてくれるようになった。それはメルが占いをしていた時だった。
それをきっかけに、凜の表情は徐々に戻ってくるようになった。
私は、何もできなかった。
DAY.?? Side TY
それからの日々は、多分みかづき荘の中でも一番楽しかった時期だと思う。
凜も、私たちに色んな表情を見せてくれるようになった。
「メル! 占いは止めなさいっていつも言ってるわよね!?」
「ヒィ! ごめんなさい! 七海先輩!」
「凜も! 見てたんだったら止めて!」
「ご、ごめんなさーい!」
メルの占いを楽しみにして、やちよに黙って二人でしていたこともあった。怒られても笑っていて、やちよに反省してるのかって言われてたことも。
「お邪魔しまーす! 遊びにきたよー!」
「あ、鶴乃先輩!」
「くんくん……。なんだか良い匂い!」
「あ、分かります? もうすぐ夕飯にするんですけど一緒に食べていきますか?」
「いいの!?」
「はい。今日は私もやちよ先輩と一緒に作ったんですよ!」
嬉しそうに報告する凜。
最初は義務感というか、怒られないように家事を手伝っている感じだったのに、いつの間にかこんなに楽しそうな表情をするようになっていた。
「もちろん、出来は鶴乃先輩には全然及びませんけど……」
「そんなことないよ! 凜が一生懸命作ったなら絶対おいしいよ! じゃあ食べさせてもらおうかな。やちよー! 私も食べるー!」
やちよには飛び入り参加に文句を言われたけど、ももこやみふゆが私の分のお皿を用意したことで、すぐに歓迎ムードに変わった。
凜の料理も、お世辞抜きに美味しかったと思う。これは私も、うかうかしてられないなって思ったことは覚えている。
中にはこんな事も。
「私のドーナツがないわね……。私の……」
やちよが買っておいたドーナツが食べられていたこともあった。
「えー? ボクじゃないですよ。七海先輩、自分で食べちゃったんじゃないですか?」
「アタシも食べてないよ。というかドーナツあるなら、アタシももらおうかな」
「……凜。さっきから黙っているけど、何か知らない?」
「え、し、知らないですよ。みふゆ先輩じゃないですか?」
「ワタシでもないですよ、やっちゃん! ワタシ、そんな食いしん坊じゃないです!」
「そう……。あとは鶴乃だけど……」
「私だって食べてないよー! 私、さっき来たばかりだよー!」
「そうですよ! 鶴乃先輩はさっき来たばかりで、ドーナツは午前中に買ってあったものなんですから、それを知らない鶴乃先輩に犯行は不可能ですよ!」
「あら、凜。私、ドーナツ買ったことは皆にも内緒にしてたわよ。ももこも知らなかったんだから。なんで知ってるのかしらね?」
「え、あの、それは……」
言い淀んだ後、凜は盛大に謝罪した。
「ごめんなさいぃぃぃ! 美味しそうだったから、つい……。やちよ先輩のとは知らなかったんですーー!」
意外と凜はイタズラ好きだった。
メルの時といい、こういうことをするのが好きな子だったのかもしれないって思った。
結局、やちよはそれですぐに許して、この件は無事に解決した。
ドーナツを食べられたやちよは、なぜか嬉しそうだった。
「嬉しそうだね、やちよ」
「そう見える? けど……、そうかもね。ドーナツが食べられたことに腹が立たなかったわけじゃないけど……。でも、凜がこういう面を私たちに見せてくれるようになって安心したのよ。常に何かに怯えて、誰かの機嫌を損ねないように自分を殺してた彼女を考えれば、ようやくあの子は自分を出せる場所を見つけたのかなって。そして、みかづき荘がその場所になれたのかなって」
「やちよ……」
「もちろん悪いことは叱ってあげないといけないけど、きっと彼女はそれだけじゃダメ。どんなに叱られたって、最後は許して受け止めてあげないと。あの子が、ここはどんなに自分が悪いことをしても受け止めてくれる場所だって思えるように、安心させてあげたいのよ」
「……そうだね。凜が、ここをそう思える場所にしたいね」
さっき、やちよがすぐに許したのは、そういうことなのだろう。
私も同じだ。
皆と私を繋いでくれたみかづき荘。それが凜にとっても特別な場所になれば、私も嬉しい。
だから、私は言ったんだ。
「でも、やちよだけに良い格好させないよ。この最強魔法少女、由比鶴乃ちゃんも頑張るからね!」
「はいはい。期待してるわ」
「ちょっとー! 絶対期待してないやつじゃーん!」
こんなやり取りをしたけど、私もやちよも、きっと大丈夫だと思っていた。理由も根拠もないのに、この日々がずっと続くと思っていた。
けど、そんな甘い考えは幻想だったんだと、私の甘えだったんだと知ることになった。
DAY.?? Side TY
「もしもし?」
『あ、もしもし? 鶴乃、そっちはどう?』
「すごいよ師匠! 今日は10年に一度ってレベルの大繁盛! 席がお客さんで埋まってるもん!」
「そう……」
「……? どうしたの?」
「今ね、大東区から魔女が流れてきたんだけど、かなり強い魔女らしいのよ。ここまで何人もの魔法少女の縄張りを突破してきているらしいから。だから、もし手が空いていれば手伝ってほしかったんだけど……」
「そ、それは……」
私はスマホから顔を離し、店内を見渡す。
お客さんで席は埋まって、お父さんは忙しそうに料理を作っている。もう少しすれば、また料理が出来上がるだろうし、奥の席のお客さんはそろそろお会計をする頃だろう。
すると、私の沈黙で状況を察したのだろう。スマホからやちよの声が聞こえてきた。
「忙しいんでしょ? こっちは大丈夫だから。お父さんのこと、手伝ってあげなさい」
「ごめんね、やちよ、みんな!」
「いいのよ。それに……」
やちよの声が離れてから、すぐに別の声が聞こえてくる。
「鶴乃先輩、任せてください! 魔女は私たちで何とかします!」
「ボクも前よりずっと強くなったです。もう足手まといにはなりませんよ。それに今日はラッキーデイって、ボクの占いに出てましたから!」
凜とメルの声の後、再びやちよの声が聞こえる。
「って、彼女たちも言ってることだし。こっちは任せてちょうだい。あの子たちも、頼りになってきたから」
「うん。それなら任せようかな。あ、戦いが終わったら、万々歳に来てよ! 繁盛記念にサービスするからさ!」
「いいけど……。量は考えてちょうだいね」
「えへへ……! 任せて任せて!」
そうして、私たちは通話を終了した。
私は店の手伝いに戻り、やちよたちが店に来ることを疑ってなかった。
けど……。
「メルが……、死んだ?」
「……ええ」
「なんで……? だって、電話で大丈夫って……」
「思ったより、魔女が強かったのよ……」
やちよに呼ばれて向かったみかづき荘で、私はメルが死んだことを告げられた。
みふゆも、ももこも、凜も、皆下を向いていて。その重い空気と、やちよの見たことないほどの真剣な、ともすれば怖いと思ってしまうような顔で、これが冗談なんて思えなかった。
「私が、行かなかったから……」
思わず、そんな言葉が漏れてしまう。
「それは違います! 鶴乃さんのせいではありません!」
私の言葉を否定したのはみふゆだった。
「そうだ。あれは鶴乃のせいじゃ……」
みふゆに続くようにももこも口を開いた、その時だった。
「二人の言うとおりです。鶴乃先輩のせいじゃありません」
凜がポツリと、けれどハッキリと聞こえる声で言った。
「私が、私がしっかりしてなかったから……。私がメル一人守れないような体たらくだったから……。私の、私のせいです! 私が、私が、わ、たしが……」
「それも違います! 凜さんのせいでもありません。あれは、誰のせいでもありません……。誰のせいでも、ないんです……」
みふゆは凜の言葉を遮って、嗚咽を漏らして震える凜を抱きしめる。
「みふゆの言うとおりよ。この件は、誰のせいでもない。鶴乃がいても変わらなかったわ」
やちよは目を伏せて言った。
鶴乃がいても変わらなかった。
この言葉は、私の心を押しつぶすようにのしかかった。
(それって、私が頼りないからってこと? 私が弱いからってこと?)
私の視界に映るこの光景。これは、私が弱いから、生み出された光景?
(守りたかったみんなとの日常も、凜の安心できる居場所も、壊したのは、私?)
その思考は、家に帰っても、頭にこびりついて取れなかった。
私はまた、何もできなかった。
DAY.?? Side TY
そこからのみかづき荘は変わってしまった。
今まで一緒に過ごしてきた仲間を失った喪失感は、私たちの生活に暗い影を落とし、どうやっても元通りにはならなかった。
それでも、私は暗い顔をし続けるわけにはいかなかった。
だって、私にはその資格がないから。皆は目の前でメルを失っている。一人店の手伝いをしていた私より辛い思いをしているのは皆なんだから。
(私は皆を元気づけないと……)
それのおかげか、少しずつでも皆の顔には笑顔が戻り始めていた。
一番早く立ち直ったのはももこ。それに続いたのは、意外なことに凜だった。メルを失って数日は泣いていることが多かった凜だけど、いつの間にか未だに心が不安定なみふゆに寄り添うようになっていた。
ふとした瞬間に泣き出してしまうみふゆに、凜は側で彼女の背中を撫で続けた。
そう。
このまま皆に笑顔が戻れば良かったんだけど、そうはならなかった。
このチーム、年長者のやちよとみふゆの顔が晴れないままだったのだ。
一応、やちよは皆が落ち着いた後、遊園地に連れて行ってくれた。あれは楽しかったなぁ。
でも、それを経てもやちよとみふゆの顔はどこか浮かないもので。特にみふゆは、常に何か不安があるような、何かに怯えているような感じだった。
でも、私が理由を聞いても……。
「だ、大丈夫ですよ。鶴乃さんが気にするようなことではありませんから」
無理をしている笑顔でそう言われてしまうのだ。
(まだだ……。もっと、強くならないと……)
けど。
私がそんなことを考えているうちに、また手遅れになってしまった。
「みふゆが、行方不明……?」
「ええ。連絡がつかないのよ。家にも帰ってないみたいだし」
みふゆが行方不明になってしまった。
やちよも必死に探してたけど、全然見つからなかった。
そしてあの日。
「チームは解散よ」
やちよから、私が最も恐れていた言葉を発されてしまった。
「ちょっと待てよ、やちよさん! そんないきなり……。せめて理由を説明してくれ!」
突然のことに、ももこが声を荒げた。
「嫌よ。もう仲間でもない人たちに話すことなんてないわ」
けど、ももこの言葉にやちよは冷たく返すだけ。
「なんだよ、それ! つい昨日まで一緒に戦ってたじゃないか!」
「飲み込みが悪いわね、ももこ。じゃあ言ってあげましょうか? あなたたちは足手まといなのよ。あの魔女だって一人で戦っていたら勝てていたわ。あなたたちを庇ったから、逃げられたのよ」
やちよのその言葉に、ももこの目が変わる。
「……それ、本気で言ってんのか?」
「ええ」
「っ!!」
やちよの返答を聞いた瞬間、ももこはやちよを殴った。モデルにとって一番の商売道具である顔を、拳で思い切り殴った。
「もういい。あんたには失望した」
「も、ももこ!」
私は出ていこうとするももこを呼び止めるも、ももこは私と凜をチラリと見て、申し訳なさそうな顔をした後、荷物をまとめてみかづき荘を出ていってしまった。
私はももこを止めようとして、中途半端に上がった手を下ろした。
すると、横にいた凜が、何かに怯える目でやちよに尋ねた。
「あの、私も、足手まとい、ですよね?」
それは、縋り付くような問いかけだった。どう返されるのか分かっているのに、それでもこの問いを否定してほしいという、凜の切実な願いが滲み出ていた。
「……ええ。そうね」
けど、そんな願いは届くわけもなく。やちよは、凜の問いをあっさりと肯定した。
「……っ。……分かりました。今まで迷惑かけてごめんなさい。荷物はすぐ片付けますから……」
絶望し、泣くのをギリギリで我慢しているのが端から見ても分かるくらい、凜は顔を歪めて自室へと走っていった。
そこで、私は初めて怒りの感情が湧いた。
そのせいだろうか。自分でもビックリするくらい低い声が出た。
「……やちよ、凜に何言ったか分かってる?」
「承知の上よ」
けど、私の威圧にも動じない、やちよの覚悟が決まったような顔を見てしまって、私の中に膨らんだ怒りは、穴の開いた風船のようにしぼんでしまった。
「そっか……」
その時の私が、どんな顔をしてたか分からない。けど、私に背を向けるやちよの背中が寂しそうに見えて、玄関のドアノブに手をかけたところで、私はやちよに一言声をかけた。
「また、来るから」
やちよからの返答はなかった。
私の後を追うように出てきた凜と、私はみかづき荘を後にした。
みかづき荘を出た後、私と凜は並んで歩き続けた。もちろん会話なんてない。
凜になんて声をかけていいか、まるで分からなかった。
(みかづき荘を凜の安心できる場所にするって、約束したのに……)
それでも、このまま放っておくことはできないと、私は凜に声をかけた。
「あのさ、凜……」
けど、その言葉は、凜が被せるように発した言葉に遮られる。
「ごめんなさい、鶴乃先輩。今はもう、誰とも話したくないんです……」
そう言われ、私は口を閉じるしかなかった。
「それじゃ、私、家こっちなので」
凜はそう言って、曲がり角を曲がっていく。
遠ざかっていく凜に、私は声を大きくして呼びかけた。
「凜ー! また……、また、学校でねー!」
それに凜はお辞儀をして、帰っていった。
この日、私は一人になった。
私はまた、何もできなかった。
DAY.?? Side TY
みかづき荘のチーム解散から一週間くらい経ったころだろうか。
私はやちよに参京区を任されていた。
「鶴乃は参京区を頼むわ」
「え?」
「あなたの実力なら十分だし、一人だけどお願いね」
「……うん、分かったよ! 最強の由比鶴乃にお任せあれ!」
「そう。よろしくね」
「あのさ、やちよ。チームだけど、やっぱり凜だけでも……」
「話は終わりよ。それじゃ」
相変わらず、やちよは冷たい態度のままだ。
ももこは後輩の教育を兼ねて、新しいチームを組んでいた。一人はレナと、もう一人はかえでちゃん、だったかな。
凜とは朝くらいしか会えなくなった。
そもそも、神浜市立大附属学校が中高一貫とはいえ、中等部の凜と高等部の私では、学校で一緒にいられる時間など元々少なかったのだ。それに凜自身、誰かと関わることを避けているのか、私がお昼休みに凜の教室に行っても、凜がいないのだ。
そうして、チームがバラバラになったことが日常になり始めていたころだった。
「いらっしゃー……、って、凜?」
あれ以来、一度もウチに来ることがなかった凜が、入り口に立っていた。
「どうしたの? まあ、なんでもいいや。ほら、入って入って!」
私が手招きすると、凜は店に入って入り口を閉めたまま、座ろうとしなかった。
私は怪訝に思い、凜に声をかける。
「凜? どうしたの? 今はお客さんもいないし、どこでも座っていいよ」
私が声をかけても動かず、どうしたのかと近づいたときだった。
凜が勢いよく、頭を下げたのだ。
「えっ?」
「鶴乃先輩! お願いします! 私を……、私を、鶴乃先輩の弟子にしてください!」
私の頭はフリーズした。
弟子にしてほしい、と凜は確かに言った。けど、なんで? どうしていきなり?
私の混乱が伝わったのだろう。凜は頭を上げて理由を語り出した。
「私、自分が許せないんです。メルを助けられなかった自分が。皆さんは私のせいじゃないって言ってくれました。私も、その言葉に甘えてそう思おうとしました。けど、やっぱりそれは間違いだと思いました」
凜はキツく拳を握る。
「あの時、メルが攻撃されるって気づいたのに、私は庇いきれなかった。それどころか、負傷者になって皆さんの荷物になって……。私がもっと動けてたら……、もっとちゃんと出来てたら……」
「違うよ! それは……」
「何も違いません!!」
私の声を、凜は叫ぶように否定する。
「あの日から、ずっと自分は死ぬべきだって思いました。けど、それじゃ本当にメルの死が無駄になっちゃう。メルの死を無駄にしないために、私が出来ることはないかってずっと考えてました」
そこで思いついたんです、と凜は続ける。
「もっと強くなればいいんだって。どんなに後悔したって時間は戻りません。けど、未来なら変えることが出来る。もう誰もあんな思いしなくて済むように。もう二度とあんな失敗を私がしないように、強くなればいいんだって。そして、その力でメルが救うはずだった分まで、たくさんの人たちを助ければ、きっとメルの死も無駄にならない」
凜はまるで、すごい名案を思いついたように、けれど嬉々とした雰囲気はまるでなく語り続ける。
「私なんて、メルが救えるはずだった人たちの何百分の一の人たちも救えないと思うけど、それでもやらないと……!」
凜は俯いて、けれど言葉は止めない。
「本当はもっと早くこうするべきだったんです……。そうすれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに……。お父さんの言うとおりでした。私は何の取り柄もない、生きてるだけじゃ誰かの邪魔にしかならない存在だったんです。何かを極めなきゃ、誰かに迷惑をかけずに生きてくことすらできない、落ちこぼれなんです。本来なら、メルが生き残ったほうがよかった。あそこで誰か犠牲にならなきゃいけないんだったら、それは私になるべきだった。……けど生き残っちゃったから。私はそれに報いないと……」
凜はもう一度頭を下げる。
「お願いします……! 迷惑なのは百も承知です! でも、こうでもしないと私は、誰も救えない……! きっと強くなりますから……! 鶴乃先輩だって助けられるくらい、強くなりますから……!」
凜はこれでも足りないと思ったのか、膝を折り、土下座するような格好をする。
「ちょっ、ちょっと」
「お願いします! 弟子になれるなら何でもします! 魔女を100体倒してこいというのなら倒してきます! 弟子になっても、絶対弱音は吐きません! 鶴乃先輩がしてほしいことは何でもします! だから、だから……!」
そう語る凜の目は、もはや焦点が合っていなかった。
不安定に揺れる瞳は、絶望と自分への怒り、そして後悔でドロリと濁っていた、ような気がする。
凜は、私の思っていた以上に限界だったんだ。
それがようやく分かった。
そして、私と同じような考えに至っていたことも。
「……凜、ちょっと立ってくれる?」
「はい……」
凜が立ち上がったと同時に、私は凜を抱きしめた。
かつて、やちよがそうしたように。
「鶴乃、先輩……?」
「ごめん、ごめんねぇ……! ここまで傷ついてたことに気づいてあげられなくて……」
「なに、言ってるんですか? 私はだい……」
「大丈夫じゃないよ!!」
さっきのお返し。凜の言葉を、私は大声で否定する。
「今の凜を、大丈夫とは言えないよ……! そんなに簡単に、何でもするなんて言わないで……! そんなに自分のことを、軽く見ないで……!」
凜は、私の言葉に首を横に振る。
「そんなことないです。私に、メルと釣り合えるような価値なんてないです。きっとメルが生きてれば、私が死んでいれば、チームだって解散なんかしなかったはずです。私が犠牲になっていれば、皆さんだって辛い思いせずに……」
「そんなわけないでしょ!!!」
自分でも驚くくらいの声が出る。それと同時に、自分の中の色んなタガが外れるのが分かった。
それが怒りなのか、悲しみなのか、悔しさなのかは今でも分からない。もしかしたら、全部だったかもしれない。
「凜が死んで、悲しくならないわけないでしょ!! 本気で言ってるの!? 凜の価値なんて、誰が決めたの!? よく考えて! メルの代わりに凜が犠牲になってたら、あなたの感じているその悲しみを! 苦しみを! メルが感じていたんだよ!? 凜が死んでも、結果は一緒だよ……! チームにはどうしようもないほどの亀裂が入って、バラバラになってた。私たちは、それくらい凜のことを大切に思ってた。それは、凜にだって否定させない! やちよだって、きっと何か訳があるんだよ! 何かあるから、私たちを遠ざけているんだよ……」
目から零れる涙は止まる気配がない。けど、今は自分の涙を拭うより凜を抱きしめることのほうが先だ。
痛くはないように、けれど私の思いが伝わるように、ぎゅうっと凜を抱きしめる。
「鶴乃、先輩……」
「だから、そんな悲しいこと言わないで……。凜は、大切な後輩で、仲間だよ? そんな後輩を犠牲にしたって、嬉しくもなんともないよ……!」
私は少しだけ、凜から体を離し、凜の目を真っ直ぐ見つめる。
「いいよ……。私の弟子になること、認めてあげる。けど、私の弟子になるなら、これだけは約束して」
「約束、ですか……?」
「うん。それは、絶対に自分を粗末に扱わないこと。辛かったら、苦しかったら、誰かを頼って。凜が望むなら、私もずっと側に寄り添うから。だから、自分はどうなってもいいなんて、考えないで。自分を犠牲にすることを前提にしないで。どう? 約束できる?」
私は凜に問いかける。
凜のほうは不安そうに口を開く。
「……いいんですか? そんなこと、望んでも……?」
「当たり前だよ。というか、誰か否定するなら、私がぶっ飛ばす」
そう言うと、凜は少し迷った後に、私の胸に飛び込んできた。
「……うぅ。約束、できます……! 私、私……! ううううぅぅぅ!!」
そこからは、言葉にならなかった。
けど、それで十分。私の聞きたかった返事は聞けた。
凜は私だ。
それが凜を見て感じたことだった。
前に凜は立ち直ったって思ったけど、あれは間違い。
凜は立ち直ってなんていない。ただ自分の中にある悲しみに蓋をして、痛くないフリをしていただけ。
理由は簡単。チームの皆が悲しそうな顔をしてたから。
凜は、誰かを優先するあまり自分を疎かにする癖があった。だから、間違いないと思う。
そうして、心の悲鳴をねじ伏せて普通の自分を演じる。
凜が私たちの前から姿を消したときと同じだ。
凜は自分の傷を隠すのがとても上手い。
けど、それは凜に向き合えなかった言い訳にすぎない。
(凜のことが分からなかったのは、私が私自身と向き合えてないからだ)
周りを優先して、自分の気持ちに蓋をする。
凜の考え方、人との関わり方は、私と似ていた。
違いがあれば、凜のほうが私よりずっと辛い思いをしてきて、私より傷だらけなことだろう。虐待されていたなら、きっと私より誰にも頼れなくて、安心できる場所もなかっただろうから。
今の凜の姿は、私の未来の姿に見えて仕方なかった。
きっと私も、いずれはこうなってしまうかもしれない。
今まで見て見ぬ振りしようとしてきた現実が、後輩の限界を迎えた姿として突きつけられた気分で、私の心は酷く揺さぶられた。
私は少しでも凜と触れていたくて、凜の肩に顔を埋める。
(ダメ……。この子は、放っておけない。この苦しみは、きっと私にしか分かってあげられない)
私はこの状況をなんとかしたくて、がむしゃらに頑張っていた。その代償をいつか払うことになると薄々分かっていても。最強魔法少女を目指していた。
けど、最強になってもきっと凜は助けてあげられない。
だって、最強になった私が救われる姿が想像できないから。
(ごめん、お父さん。最強を目指す道はちょっとお休みにするね。私、それよりしたいことが出来たから)
どれだけかかるかは分からない。けど、ゆっくりでいいから凜の傷を癒してあげたかった。それが、自分の傷と疲れを癒やすのにも繋がる気がして。
私は胸で泣く凜を、いつまでも撫で続けた。
いつの間にか、万々歳の扉には『臨時休業』の札が掛かっていた。静かに笑って合図するお父さんに、私は感謝してもしきれなかった。
DAY.?? Side TY
それからというもの、私たちは二人で行動することが多くなった。
魔女退治はもちろん、学校や魔法少女としての特訓もそうだ。
「ホラホラ! もっと腰を落として! じゃないと力が伝わんなくて、攻撃だって受け止められないよ!」
「くぅぅ!!」
「そう! その感じ! さあ、もう一回!」
「はい!」
私は魔法少女の先輩として、凜の特訓をつけた。
私がやちよから教わったこと、私が自力に身につけたこと、それらを凜に叩き込んだ。それが凜の望みだったから。
「い、いらっしゃいませー!」
「う~ん、声量はバッチリだけど、もうちょっと笑顔がほしいかな? ほら、スマイルスマイル!」
凜には、万々歳で手伝ってもらうこともあった。
稽古をつけてくれるお礼として凜が希望してきたから。私も万々歳を手伝ってくれるのは嬉しかったし、お父さんも快諾してくれたから、凜が空いてる日は手伝ってもらった。
「いやあ、凜ちゃんに手伝ってもらって、オレも大助かりだよ。鶴乃はいい後輩を持ったな」
お父さんは嬉しそうにそう言っていた。
お父さんに凜のことをそう言ってもらえるのは私としても鼻が高くて、自然と笑顔になれた。
この時の私は、日常にまた笑顔が戻ってきた気がした。
他にも、私たちはたくさんのことをして、たくさんの思い出を作った。
凜が勉強に躓けば、一緒に勉強会を開いた。
ももこたちのチームと一緒に、魔女を倒したことも何度かあった。
戦う時に使える、私たちだけの合体技を考えたりもした。
その日々は間違いなく楽しくて、私は、また昔みたいに戻れるかも、なんて根拠のない希望を持ち始めていた。
けど……。
DAY.5 Side TY
「それからしばらくしてかな。何か凜との間に距離を感じるようになって……。最初は気のせいかなって思ったんだけど、何かを相談してくれることも減って、不安な顔を見せることも無くなったんだ」
私の言葉に、ほむらちゃんが質問してくる。
「それは、凜の心の傷が癒えたというわけではなく?」
「うん。私の主観もあるけど、違うような気がする。心の傷はそんな簡単に癒えたりしないよ。まして、凜はパッタリと無くなった感じがするし」
「凜さんの態度に、鶴乃さんは何か心当たりは?」
まばゆちゃんの質問に私は首を横に振る。
「残念ながら何も。まばゆちゃんたちに教えられれば良かったんだけどね」
「そうですか……」
「ご、ごめんね! あんなに自信満々に頼ってって言ったのに……」
「い、いえいえ、とんでもない! 凜さんの過去が知れて良かったです。辛いこともあったけど、凜さんは鶴乃さんたちと楽しく過ごせてたんですね」
「そうかな……。そうだと嬉しいけど……」
まばゆちゃんの言葉に思わず弱気な言葉が出てしまう。過去の話をしたせいで、封印したはずの暗い気持ちが顔を見せてきてしまった。
すぐに取り繕ろうとして、その前にまばゆちゃんが口を開いた。
「絶対そうですよ! 鶴乃さんたちとの思い出を語る凜さんはいつも楽しそうで、聞いてるこっちまで楽しくなってくるくらいですから。きっと凜さんも、鶴乃さんたちとの日々は大切なはずです。凜さんの態度だって何か訳があるはずです。凜さんはいつも誰かのために動く人ですから」
凜が私たちとの日々を大切にしてくれる。
まばゆちゃんに言われた言葉は、なぜだかとても嬉しかった。根拠なんてない、凜に確認を取ったわけでもないけど、その言葉は私にとっては確かに救いで。私でも誰かのために何か出来たんだって思えて。
その後、まばゆちゃんたちは私にいくつか質問した後、凜との待ち合わせの場所へと帰っていった。
「鶴乃さん、ありがとうございました。凜さんのこと、前より知れた気がします」
「どういたしまして。こっちこそありがとうね。色々と話してくれて。すっごい嬉しかった」
これは本心。
やちよたちは何も言ってくれなかったから。まばゆちゃんたちが事情を話してくれたのは、頼られた感じがしてとても嬉しかった。
「神浜に来たら、またウチにおいで!」
「はい、ぜひ」
そう言って、私たちは別れた。
「よかった……。凜はあんな良い友達を持てたんだね」
特にまばゆちゃん。彼女は本当に優しい子だ。
私が凜の過去を話している時、彼女は少し泣いていた。話を聞いただけで、凜のために泣いてくれる友達なら、きっと悪いようにはならないだろう。
(黙ってたの、悪かったかな)
私は彼女たちに極力全部を話すようにした。
だけど、そこに私の気持ちは挟まないようにした。あの日々にあるのは、凜といられる楽しい気持ちと、必死に元気で最強な先輩を演じている脆弱な由比鶴乃の心だ。
そんな聞き苦しいものなんて、彼女たちは求めてないだろうし、私だって聞かせたくない。
ただ、これには一つ問題があった。
凜が私から離れていた理由だ。
さっきは心当たりがないといったが、実はある程度予想はついている。
あの日。
根拠のない希望を抱いた私に突きつけられたのは、直視したくない現実だったんだ。
凜との日々が日常になってきた頃、私はやちよにもう一度チームの再結成を打診した。
けど……。
「何度も言ってるでしょ。もうチームは組まない」
やちよの答えは変わらなかった。
「ももこは新しいチームをもう組んでる。あなただって凜がいるんでしょ。それにみふゆだってまだ見つかってない。この状況でチームを組めるわけないでしょ」
みふゆは未だ見つかってない。
それをやちよにとってどれだけ辛いことか、私だって多少なりとも理解しているつもりだ。
「そう、だよね……。ごめん、ししょー」
だから、私は引き下がるしかなかった。
確かに日常は戻ってきているかもしれない。けど、どうしても戻らないものはあるわけで。
それどころか、私はその日常にすら嫌気がさすことが増えていた。
凜が手伝ってくれているとはいえ、中々上手くいかない万々歳の再興。
やちよと決別し、別のチームとしての日常を享受しているももこ。
まだ不安定な所のある凜に、頼りないところを見せられない先輩としての矜持。
そして埋まらないやちよとの溝。
それらは私が感じていたより、確実に私の心を追い詰めていた。
だからかな。
ある時、私はこう思ってしまった。
「なんか、疲れたな……」
自然と出てしまった言葉に、自分自身で驚いた。
この言葉を我慢出来ないくらいに、私は弱ってるのかって。
(ダメダメ! こんなことで弱音を吐いてるようじゃ! 凜だって頑張ってるんだから! まだ、あの子は支えてあげないと危なっかしいし。それに、私を頼ってくれたんだから、それには応えてあげないと!)
実際、凜が頼ってくれたことはとても嬉しかった。だから、その時の気持ちを思いだして、私はまた頑張ろうと決めたんだ。
でも、その辺りからだろうか。
凜との心の距離が開いてしまったように感じたのは。
「鶴乃師匠! どうです!? 一人で魔女も倒せるようになりましたよ!」
「大丈夫ですよ、師匠。もう、心配症だなぁ」
「お帰りなさい! やちよ先輩とは……。そう、ですか。……今回は運が悪かっただけですよ! きっと、やちよ先輩もいつかは分かってくれます! 大丈夫ですよ!」
いつからか、凜は私のことを励ます、というか、安心させるような言動が多くなった気がする。
もちろん、それは嬉しいことなんだけど、私には引っかかる点も一つあった。
それは……。
(最近の凜、悩みとか辛いこととか、全然言わなくなったな……)
凜が私に何かを相談するということがめっきり減ったことだ。
最初はただの偶然かと思ったけど、それがしばらく続けば、さすがにおかしいと思った。
そして、私はある推測を思いついた。
(私の疲れが伝わっちゃったのかな……?)
凜は人の様子をよく見ている子だ。常に誰かの機嫌を伺ってしまう。癖みたいなものだって、凜は笑ってた。
けど、凜はその癖を直すのではなく、有効活用することにしていた。誰かが辛いなら、その人に寄り添おうとする。その人がその時一番欲しい言葉をかけてあげようとする。メルが彼女にすぐ心を開いたのは、それが理由だと私は思っている。
もちろんいつも上手くいくわけではないけど、みかづき荘の皆が彼女を好きになったのは、彼女のその健気さがあったからかもしれない。
けど、今回は彼女のその聡明さが仇になったかもしれない。
彼女は、近頃の私の様子から私の本質を見抜いたのかもしれない。
もちろん、彼女はそんなことで私に失望したりはしない。こんなことで彼女を信じられなくなるほど薄い関係じゃないと、胸を張って言える。
だけど、信じられてしまうからこそ、私はしくじったんだと思わされる。
(せっかく頼れる先輩を演じてたのにな……。うぅ、私のバカ!)
もし、私の本質に気づいたのなら、彼女はきっとこう考えただろう。
彼女は私の欲しい言葉、してほしいことをするから、きっと彼女は……。
(……あれ? 私、何をしてほしいんだろ……?)
私の気持ちから彼女の考えを逆算しようとしたのに、肝心の私の気持ちがハッキリしない。
確かに現実には疲れた。嫌なことだってたくさんある。
けど、だからって現実を捨てて逃げ出したいとは思わない。逃げたら皆と会えなくなるし、楽しい思い出だっていっぱい作れた場所だ。なにより、私が現実を否定すれば、凜との日々を否定することになってしまう。それは嫌だった。
彼女との日々は間違いなく大切で、私は彼女に支えられていたんだから。
(ああ、そっか……)
私、ずっと前から凜に支えてもらってたんだ。
前から疑問だったことがある。
なんで凜は、チーム解散後に私を頼ってきたのか。
同じチームには、お節介って言われるほど面倒見の良いももこがいたんだ。普通はそっちに行くだろう。凜なら、レナとだって仲良くできると思う。
それなのに、私のところに来た理由。
それは、それだけ私が危なっかしく見えたからかもしれない。
そして、それが表面化したから、凜は私に頼るのを止めたのかもしれない。
(はは……。それって……)
私って、どこまでいっても頼れる先輩にはなれないってこと、だよね。
その後も、私たちはたくさんの日々を過ごし、色んな経験をした。
強い魔女も倒したし、色んなところにも遊びにいった。
『混沌』事件だって、凜に少し手伝ってもらった。
けれど、心の距離は埋まらず。
凜は、引っ越してしまった。
私はまた、何もできなかった。
でも。
「もう大丈夫だよ、凜。あの二人はきっと、凜のことを受け止めてくれるから。今度こそ、あなたは救いの手を伸ばしていいんだよ」
何もしてあげられなかった私にできるのは、彼女たちに託すことだけだ。
彼女たちならきっと、凜と……。
「私も、覚悟決めないとダメかなー……」
今まで、弱いところを見せられる相手なんていなかった。
それをすれば、本当に誰も頼ってくれなくなると思ったから。そもそも頼れる相手なんていなかった。
けど、まばゆちゃんの話が本当で、凜が今も辛い気持ちに蓋をし続けているなら、なんとかしてあげないと。
私には無理でも、まばゆちゃんなら。
私の弱さも、まばゆちゃんになら見せられるかもしれない。
外から来た彼女になら、弱さを見せてもいいかもしれない。
それで凜が救われるなら……。
私は怖かった。
自分の弱さと向き合うのが。
それをすれば、頑張れなくなる気がして。
凜の姿を見て、変わらなくちゃと思ったのに。私は必要とされなくなるのが怖くて、変わることを避けてしまった。
凜を追い詰めたのは、私の弱さだ。
だから、先輩として、師匠として、私も向き合わないと。
凜と。そして……、私自身と。
だって、凜は私のこと、ずっと見ていてくれたもん。
お待たせしました。
今回はまるまる過去編とさせていただきました。
思ったより長くなって、自分でも驚きました。
それと私情で申し訳ありませんが、次の投稿までしばらく時間が空くかもです。
最近仕事で辛いことが多く、あまり小説を書ける時間が取れないため、ここらで一度時間を空けたいと思います。
もちろん、その期間も小説自体は書き進めるので、エタる心配はありません。
1ヶ月くらいしたら、また始めたいと思います。
誠に勝手ですが、ご容赦ください。