魔法少女まどか☆マギカ 実績『朝焼けのエンドロール』獲得 作:くろしゅー
(一話で収まりきらなかったので)初投稿です。
今回、割と閲覧注意なレベルで胸糞な話となってしまったので、気分が悪くなったらすぐに閲覧を止めていただいて構いません。
DAY.?? Side RY
私、夕凪凜が生まれた家は、特に特徴のない、普通の家だった。
水名の名家のように特別裕福だったわけではないけど、東で問題になっているような貧困に陥っているわけでもなかった。
お父さんもお母さんも、優しい人だった。
イタズラや危ないことをすれば怒られたけど、最後には笑って許してくれた。反省した証として、家族で一緒に食べるケーキが私は大好きだった。
学校でも特に問題もなく、私の生活はそこそこ充実していた。
この生活がずっと続くことを、疑うことなどなかった。
その日常が終わりを告げたのは、私が小学6年生に上がった頃だった。
ある日、お父さんがとても暗い雰囲気で帰ってきた。
お母さんが訳を問えば、お父さんはこう言った。
「クビだとさ。会社のためだから仕方ないって、リストラだ」
お母さんは信じられない、といった顔だった。
私も同じ表情をしていただろう。
だって、お父さんはいつでも真面目に仕事に取り組んでいた。お父さんが働いていたのは、小さなプログラミング会社だった。そこで、お父さんは他の人の分の仕事もやっていてあげていたし、仕事のミスだって少なかったらしい。
それなのに、なんで?
私の問いかけに、お父さんは答えた。
「部長に言われたよ。東の人間のくせに、何の資格も特技もないじゃないか、って。今の時代、お前みたいな換えの利く人材は必要ないってさ」
東の人間。
それは、神浜の東西問題を如実に表した言葉だ。
東は西を、西は東を嫌悪する空気が、神浜には昔からあった。
私たちが住んでいるのは新西区だけど、お父さんの出身は大東区だった。
お母さんは栄区の出身で、仕事で出会ったと言っていた。二人は結婚した後、今の新西区に移ったのだ。
二人が大東区でも栄区でもない新西区に来たのは、神浜の西と東の溝があったかららしい。
当時の私は、何も理解していなかった。
西と東の人間が結婚するという意味も。それにどれだけの障害があったかも。
それから、お父さんは他の職場を探して、就活をする日々だった。
けど、それが中々上手くいかなかった。
お父さんは日雇いの仕事を中心に仕事をしていたけど、元々身体を動かすような仕事をしていなかったから、肉体労働はとても辛そうだった。あの時のお父さんはずっと暗い顔だった。
お母さんも、パートの時間を増やして頑張っていたけど、家のお金は少しずつ減ってきていた。
その日々に、お父さんの心は徐々に追い詰められていった。
最初の頃は笑顔のあったお父さんも、徐々に笑顔が少なくなっていき、イライラすることが多くなった。
それと比例するように、私を叱ることも多くなった。
テストで100点取るのはは当たり前。90点など取ろうものなら、思い切り殴られ、叱責された。
その度に、お父さんはこう言った。
「お前のためにやっているんだ! この程度じゃ、社会で生きていけないぞ!」
私は必死に努力した。
友達とも遊ばず、勉強をした。
本当は塾にも行きたかったけど、そんなお金がないのは分かっていたから、独学で頑張った。
運動神経は良かったのか、運動は練習しなくても大体できた。
そのおかげか、小学校の頃は成績表は全て最高評価だった。
けど、中学にあがるとそれも難しくなった。
私より頭の良い人なんてザラにいて。勉強も難しくなっていって、私はテストで100点を取ることが難しくなっていった。
それでも、お父さんが私に求める水準は変わらない。どころか、もっと厳しくなって。
「ふざけるな!!」
「ぁう……!」
「なんだこの点数! 92点!? ナメてるのか!」
「ごめんなさい……!」
「この前のテストも95点だったな……。まだ分かってないのか、愚図」
お父さんは、私の髪を掴んで床へと叩きつける。
私は思い切り顔を打ち付け、鼻に熱い痛みが広がる。遅れるように、タラリと血が垂れた。
「お前は本当にどうしようもないヤツだな。前のでもまだ理解できないなら、徹底的に叩き込むだけだ」
「や、やだ……。ごめんなさい、ごめんなさい! 次はもっと上手くやるから! だから……」
「うるせぇ!! ホラ、こっち来い!」
私はお父さんに乱暴に引っ張られる。
これから自分がされることを想像して、私は腰を引いて抵抗する。
「やだぁ! やだやだ! お母さん! ねえ、お母さん! 助けてえ!」
私は必死にお母さんのことを呼んだ。
私に手をあげないお母さんなら助けてくれるかもと思って、手を伸ばした。
「お母さん! 助け……」
けど、お母さんは鬱陶しそうにため息をついた後、私にスタスタと近づいてきて。
私の顔を思い切り叩いた。
「うっさい」
「え……」
私は意味が分からず、体が固まってしまう。
脳が理解することを拒んだ。
お母さんはそんな私の様子を気に留める様子もなく、不機嫌そうな顔で再び椅子に座ると、スマホをいじりだした。
「お、おか」
「おら、こっちに、来い!」
私がお母さんを呼ぶ前に、私はお父さんに洗面所に引きずり込まれた。
「~~~っ!!!」
ジャブジャブ、と、水が激しく暴れる音が、洗面所に響く。
私は頭をお父さんに掴まれ、水で満たされた洗面台に沈められていた。
「…………ぶはっ!! ゲホッ、ゲホッ! ハァ、ハァ、ハァ……」
酸素がなくなり意識が途切れる寸前、私の顔が引き上げられる。反射のように息を吸い込み、肺と鼻に入った水に咽せる。
私が気絶する寸前を狙ったようなタイミングだが、きっと偶然だろう。この前はそのまま沈められ、気がついたときは濡れた髪を地面にばらまいて、床に転がされていた。
半分意識の無くなった私に、お父さんは言う。
「どうだ? 勉強、もっと頑張る気になったか?」
私は必死に頷く。
これ以上は保ちそうになかったから。
だけど、お父さんはそれが気に入らなかったみたいで。
「ダメだな。まだ理解ってない。こりゃ、もう一度だ」
「っ!? や、やらっ! 許してください! もう、無理……!」
呂律の回らない状態で必死に懇願するが、お父さんはお構いなしと言った様子で、私の頭を掴む手に力を入れる。
もはや殆ど体力の残っていなかった私は、大した抵抗も出来ずに、再び水に沈められた。
暗くなっていく視界の中、水中でぼやけたお父さんの声がイヤに響いた。
「いいか。お前は、生きてるだけで迷惑をかけるんだ。せめて、誰にも迷惑かけないような人間になれるようになるんだ。そのために、やってるんだからな」
DAY.?? Side RY
中学2年生になった。
勉強は、やっぱり完璧には出来ない。
お父さんからの罰にも、すっかり慣れてしまった。
痛みには相変わらず慣れない。けど、それを受け入れられるようになった。
だって……。
(私が殴られれば、お父さんは頑張れるんだから)
お父さんが私を罰するのは、私のためだけではないと分かったからだ。
お父さんは日々、就活を頑張っていた。
本来なら合わないはずの重労働に、上司の人からの叱責、東への偏見。
それらを受けても、お父さんは私たちが生きるためのお金を稼いでくれているんだ。
それなら、私が協力できることは、お父さんのストレスの捌け口になること。
それに、ちゃんと100点取れば、殴られることもないし、褒めてだってくれる。
これ以上、望むことはない。
望むことなんてない、はずなのに……。
(あれ、おかしいな……?)
ある日、下校途中にそれは突然起こった。
家に帰るために歩こうとすると、足が震えて動けなくなった。
(なんで……? 道草食ってる場合じゃないのに……!)
私は必死に足を動かそうとした。
けど、私の意思とは反対に、足はどんどん震えを増していき、冷たくなっていった。
ついに震えで立っていられなくなり、私は道に座り込む。
(どうして……! 動いて、動いて……!)
でも、震えは止まらない。
それと同時に、今まで無視していた恐怖心が、急速に膨れ上がった。
(ダメ……、帰らないと。帰らないと、お父さんが、お母さんが……)
心配、はしてくれないだろうな。
そう思った瞬間、私の何かが崩れた。
その時だ。
アイツに出会ったのは。
「なにか困り事かい?」
「……アナタは?」
私の前に現れて声をかけてきたのは、猫くらいのサイズの白い謎の生き物。
動物が話しかけてきているという、あり得ない状況だったけれど、私はそれをすんなり受け入れた。
私に驚くような元気も心の余裕も残されてはいなかったから。
白い珍生物を自然に受け入れた時点で、私はどうかしていたのだろう。
「ボクはキュゥべえ。夕凪凜。もし、キミが何か困っている事、叶えたい願いがあるなら、ボクと契約しないかい? 魔法少女となって魔女と戦う代わり、キミの願い事を何でも一つ叶えてあげるよ」
「願い、事……」
私に他のことを考える余裕はなかった。
(キュゥべえの言った言葉。それが本当なら、私は……!)
私はすがりつくように、こう言った。
「お父さんと、お母さんを元に戻して……! 昔の、私に優しかった頃の二人に……!」
すると、キュゥべえが耳から生えてる触手のようなものを、私の胸に伸ばす。
「契約は成立だ。さあ、受け取るといい」
私の胸から抜き取られた何かは、まばゆい光を放つ。私はそれにゆっくりと、手を伸ばした。
「それがキミの、運命だ」
DAY.?? Side RY
「みふゆ! 魔法で魔女を撹乱して! ももこはみふゆに使い魔を近づけないように! 鶴乃は私と一緒に魔女を叩くわよ! メルと凜は私たちのカバーを!」
「はい!」
やちよ先輩の指示に、私は必死に返事をする。
彼女たちについていくのはまだまだ大変だけど、徐々についていけるようになっていた。
魔法少女になった後、私はキュゥべえに促されるままに魔女退治に向かった。
けど、魔女というのは私の思っていたより強力で、私は初戦にして苦戦を強いられてしまった。
そこを助けてくれた魔法少女の人たち。
それがやちよ先輩たちだった。
そこから私は先輩たちと一緒に行動することになった。
先輩たちは皆優しく私を受け入れてくれた。
先輩たちはみかづき荘というところを拠点をしているらしく、私も何度もお邪魔している。昔は学生寮としてやちよ先輩のお祖母さんが経営していた建物らしく、寮としての役目を終えた今も、メルのような魔法少女の駆け込み寺になってるとかなってないとか。
私がここまで自由に動けているのは、もちろん理由がある。
それこそ、私が叶えた願いだ。
私の願いはきちんと叶えられたらしく、キュゥべえと契約後、家に帰ったら両親に泣いて謝られた。
抱きしめられた温かさで、私は大声で泣いたのを覚えている。
それから、私には自由が許された。
私はほぼ毎日のようにやちよ先輩たちのところに遊びに行った。
普通に遊べるのが、友達と一緒にいられるのが楽しくて。
私は自分の罪に気づくことすらしなかった。
DAY.?? Side RY
私が契約して1ヶ月ほど経ったある日。
その日、いつもよりお父さんの帰りが遅かった。
(たしか、今日は新しい会社の面接だって言ってたな……。上手くいったかな……?)
私はそんな期待を胸に、玄関でお父さんを出迎えた。
「お帰り、お父さん! 面接はどう、だっ、た……」
私の言葉など聞こえていないように、お父さんは私を押しのけ廊下を進んでいき、冷蔵庫からお酒の缶を取り出した。
「ちょっと、あなた」
お母さんが声をかけるも、お父さんがそれに答えることはなく、お酒をあおり始めた。
すれ違った時にもお酒の匂いがした。きっと外でも飲んできたのだろう。
(それなのに……)
私はお父さんの横にいって尋ねる。
「ねえ、どうしたの? 面接、ダメだったの?」
すると、お父さんが私のほうを向いた。
その顔は、感情が抜け落ちて能面のようだった。
「ああ、ダメだったよ。東の人間だからだとさ」
「ど、どういう……」
「東の人間がいると、他の社員が萎縮するからダメなんだと。面接の時、社長に言われたよ。皆が遠慮なく意見を言えるのが我が社の社風だが、大東の人間がいると皆が怖がって意見を言いづらくなってしまうから、キミは採用出来ないとさ。ハハハ……」
お父さんはお酒の缶を一気にあおると、その缶を握りつぶし、壁へと投げつけた。
「クソッ!!!」
ガン、と缶のぶつかる音が響き、私は咄嗟に身をすくめてしまう。
1ヶ月前の恐怖が、すぐに蘇ってきた。
そこからは早かった。
お父さんは就活のやる気を失ってしまったのか、ハローワークに行かなくなった。仕事は休みがちになるし、家にいるときはお酒を飲んでいることが多くなった。
それと同時に、私の扱いも元に戻った。
やちよ先輩たちのところに行ってて勉強の時間が取れていなかったから、テストの成績は当然のように落ちていた。
あの日のお父さんは凄かったな。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「ああ!? ごめんじゃねえだろ!」
「がふっ!?」
土下座していた私のお腹に、お父さんの蹴りが突き刺さる。
お腹を押さえて蹲る私を、お父さんは容赦なく踏みつけた。
何度も、何度も、何度も。
「お前、言ったよなぁ!? 次は勉強! 頑張るってよぉ! それ、なのに! この、点数か!」
背骨がミシリ、と嫌な音を立てる。
「ご、めんな、さい……」
「謝れば許されるとでも? そんなの許されるはガキまでだ! そんな甘い考え! 社会で通用、すると、思うなよ!」
お父さんはサッカーボールでも蹴るみたいに、思い切り私を蹴り飛ばす。
限界を迎えた私は、胃の中身を吐き出してしまう。
「ちっ。汚ったねえなぁ。とりあえずこれで分かったろ。次は甘えんなよ。次もこんな成績なら、もっとやるからな」
汚物を見るような顔で、お父さんはそう吐き捨てた。
(痛い……。痛くて立てない……。けど、立たないと……。早く、片付けないと、怒られちゃう……)
私は魔法で背中を治し、自分の吐瀉物を片付けた。
魔法少女の身体は便利だった。
魔女と戦うために普通の人間より頑丈になった身体は、お父さんの罰に前より耐えられるようになった。
私の魔法も、怪我を治すのにとても役立つ。お腹に痣ができても、骨が嫌な音を立てても、殴られて頭から血が出ようと、次の日までには治すことができたから。
だから、どれだけ殴られ、蹴られようと。
ご飯が食べられなくても。
疲労で身体が動かなくても。
私は、耐えられた。
……ああでも、水に沈められるのは相変わらず苦しかったなあ。
やちよ先輩たちのところにも行けなくなっちゃった。
最初は隙を見つけて行ってたけど、それもお父さんにバレて行けなくなった。
水に沈められて、もう行くな、と言われた。
だから、やちよ先輩たちにしばらく行けなくなるとだけ伝えて、みかづき荘からは離れるようにした。
きっと先輩たちは心配しちゃうけど、これは私たちの事情だから。
お母さんは、お父さんとのケンカが絶えなくなった。
ケンカが起きない日のほうが珍しいくらい。
「あなたのせいでしょ!? なんで私がこんなに苦労しなきゃいけないのよ!」
「はあ!? 妻なら夫を支えろよ! お前こそ、なんだこの稼ぎ! こんなんで足りると思ってのか! お前がそんなんだから、凜も甘えたヤツになるんだ!!」
「私のせいだって言いたいの!? それはこっちの台詞よ! こんなことなら、東の人間なんかと結婚するんじゃなかった」
「てめえ!!」
殴り合いに発展することも少なくなかった。
お母さんのほうも、パートが上手くいっていなかったみたい。
そのうち、お母さんも私でストレスを発散するようになった。
二人とも、前より加減が無くなった。
まるで今まで溜め込んでいたものを吐き出すように。
(ああ、そっか。私が溜め込ませちゃったんだ……)
私はお父さんに殴られながら、お母さんに髪を掴まれながら、そう思った。
私の願い事は、元の二人に戻ってもらうこと。
でも、逆に言えば、二人が元に戻っただけ。二人を取り巻く環境は何も変わっていない。
そんな状況なら、二人が余計ストレスを抱えてしまうのも、普通に考えれば分かる話だった。
(それなのに、私は自分のことしか考えず、自分の理想を押しつけてたんだ……)
私はお父さんに腕を引っ張られ、無理やり立たされる。
「んだ、その目? 反省の色が見えねえぞ。なら、またアレだ」
(またか……。やだなあ……)
ぼーっとそのことを受け入れる頭とは裏腹に、私の身体と口は、お父さんに抵抗する。
「やだっ……! ゆるして、ゆるしてください!」
お父さんに殴られる。
「だから、それが許されると思うな! お前はなぁ、生きてるだけで負担をかけんだよ。どれだけお前のせいで苦労してると思ってんだ。お前は呑気にできていいよなぁ? 学校行ってりゃいいんだもんなぁ。その金を稼いだのは俺だぞ! お前が稼げるようになるまでに、俺はお前を育てる義務がある。そのために勉強させようとしてんのに、お前ときたら……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、良い子になります……。もう、遊びません……。だから……」
(なんで抗ってるんだ、私。悪いのは私でしょ? お父さんの気が済むまで、ストレス発散の道具であれ)
私は必死に言い聞かせる。
けど、心はやっぱり言うことを聞かない。
「ダメだ。ここで許せば、お前はつけあがる。ちょうど明日は休みだしな。勉強をサボればどうなるか、キッチリ教え込んでやる」
「やだ……、もうやだぁ……」
泣いて足掻く私をお父さんは押さえつけ、私の意識はまた水に沈んだ。
気がつけば、私はまた床で寝ていた。
濡れたまま乾かさなかった髪が、チクチクする。
頭が重く、何も考えられなかった。
すると、部屋にお父さんが入ってくる。
私はほとんど動かない体を縮こまらせる。
しかし、お父さんは私のそんな態度を気にすることもなく、吐き捨てるように言った。
「さっきお前の先輩とかいうヤツがきたぞ。いかにもバカそうな女だった。やかましくて人を苛立たせるヤツだ」
鶴乃先輩かな、と思った。
鶴乃先輩は元気いっぱいだからなあ。すごく頭もいいのに、言動で舐められてる節はあると思う。
私は現実逃避として、そんなことを思っていたときだった。
「あんなバカとつるんでいたのか、お前。これ以上、あんなヤツらと関わるな。どうせ親もロクでもないバカだろう。あの女も頭が緩い。どうせ将来は夜職行きだ」
「ちがう……」
「あ?」
私は咄嗟に言い返していた。
もう思考は、ちゃんと機能してなかった。
「鶴乃先輩は、そんな人じゃありません……。頭もいいし、優しい人です……」
「……はぁ。頭のネジが緩んでたのはお前もか。なら、また締めてやる」
私はお腹と背中を、タバコの火で炙られた。
それから何日後だろう。
もしかしたら3日も経っていなかったかもしれない。
お父さんが一際不機嫌で帰ってきたときがあった。
顔を見たわけじゃない。
私は少し前から学校に行くことも禁じられていたから。
ずっと部屋に閉じこもり、勉強する。
それ以外は、お父さんとお母さんのストレス発散に付き合うために部屋から引きずり出されるくらいの生活だった。
だからだろうか。
お父さんの足音で、なんとなくの機嫌は読めるようになっていた。
(ああ、今日もかな……)
なんて私が考えていると、予想通りお父さんは私の部屋に入ってきて
「こっち来い」
とだけ言った。
「はい」
私はそれに従って、部屋を出る。
お父さんの機嫌はかなり悪い。
(今日は長引きそうだなあ……)
私はちょっと憂鬱になった。
その日は特に苛烈だった。
いくら魔法少女の身体でも危ないんじゃないかって思うほど。
もしかしたら、生身のままだったらとっくに死んでいたかもしれない。
「クソッ! アイツら、俺をバカにしやがって……! こっちは必死に勉強して大学出てんだよ! テメエらみたいな高校もロクに通ってないヤツが偉そうにすんな! そんなんだから、東の人間が舐められてんだろ! アイツらのせいだ!」
お父さんは、私の悲鳴で少しでもその苛立ちを鎮めようとしてた。
だから、今までやってきた罰のほとんどを私にしてきた。
だから、私もそれに応えるため、悲鳴は抑えなかった。いつもはうるさいと言われるけど、今回は私が悲鳴をあげたほうがお父さんも楽しそうだったから。
「やめっ、やめて! もう無理! もう無理ぃ!」
「うるせえ! アイツらのせいで、俺は職につけねえんだ、よ!」
「うあああ! あああ! やだぁ! もうゆるしてぇ!」
これでいい。
こうやって、わざと悲鳴をあげていれば……。
「あうう……! ゲホッ、ゲホッ、ごえっ……。いやぁ……」
わざと……。
「たすけてぇ! だれか、助けてぇ……!」
わざ、と……?
「クソッ! 騒ぐな! 外に聞こえるだろ!」
「だれかぁ! やだぁ! たすけてぇ!」
「ああクソ!」
静かにならない私を何とかしようと、お父さんは台所から包丁を持ってくる。
そして、我関せずとしていたお母さんに声をかけた。
「おい、凜を抑えとけ!」
「は? なんで?」
「このままじゃバレるだろ! それともお前から……」
「分かった! 分かったから!」
そうしてお母さんが私を押さえ込む。
お父さんはズンズン近づいてきて、包丁を振り上げた。
(ああ、終わりか。先輩たちに、お別れ言ってないなぁ)
そう思って、目を閉じようとした。
した、のに……。
私の目は、包丁を捉えて離さなかった。
振り下ろされる包丁。
私はお母さんの手を振り払って、その包丁を受け止める。
「っ!?」
「くっ……!」
私はお父さんのお腹を蹴り飛ばし、お母さんの拘束から逃れる。
そうして、玄関を目指して、自然と足が動いた。
けれど、それを許すお父さんでもないわけで。
「クッソ!」
私はお父さんに背中から刺された。
「……ぐっ!」
それでも私は踏ん張って、崩れそうになる体を必死に支える。
包丁が抜けたと同時に回復魔法をかけ、再び走り出す。
お父さんともみ合いになり、何度も刺されながらも、私は玄関の扉に手をかけ、外へ転がり出る。
この時の私が何を考えていたか、ほとんど覚えていない。
もしかしたら、ここで自分が殺されれば、二人を殺人犯にしてしまうと思ったのかもしれない。
……いや、そんな立派なことは考えていなかったと思う。
あの時の私は、ただ死にたくなかった。
だから私を捕まえようと、殺そうとする二人に、必死に抵抗した。
そうして抵抗しているうちに、近隣の人たちが割って入ってきて、いつの間にか警察もやって来ていて、お父さんとお母さんは取り押さえられた。
DAY.?? Side RY
お父さんたちが捕まって3日後。
私は事情聴取やら何やらが終わって、ようやく自由に動ける時間ができた。
私はその時間を使って、みかづき荘に向かうことにした。
お父さんたちのことはニュースになってる。
一応、私の名前は伏せられているけど、お父さんたちの名前と住所を考えれば、きっと先輩たちは察しているだろう。
(先輩たち、心配させちゃったかなぁ。私の思い上がりかもだけど、優しい人たちだしなぁ)
私はみかづき荘のインターホンを押し、皆に迎えられる。
「あ、あはは……。お久しぶり、です……」
私は極力笑顔で挨拶したが、皆の雰囲気は暗いまま。さすがに、何も知らないって可能性は無さそうだった。
「皆さん、ニュースは見て……、ますよね」
どう説明しようかな、なんて頬を掻いていると、私はやちよ先輩に抱きしめられた。
「えっ? や、やちよ先輩?」
「ごめんなさい」
「はえ?」
「もっと私が、早く気づいてたら、あなたにこんな辛い思いはさせなかった。もっと早く手を伸ばしていたら、こんなことには……」
やちよ先輩の私を抱きしめる手に力がこもる。
「ごめんね、凜」
やちよ先輩の謝罪に、私は混乱した。
(やちよ先輩に謝られるようなこと、されてないんだけどな……)
「えっと……、なんで先輩が謝るんです?」
「だって、あなたが虐待されてたのに、私たちはなにも……」
なんだ、そんなことか。
私はやちよ先輩の誤解を解くために言葉を紡ぐ。
「あれは、私がされて当然のことなんです。私がいたから、お父さんもお母さんもおかしくなったんです。だから、二人が逮捕されたのだって、元を辿れば私のせいですから」
「あなた、何を言って……」
「それに、やちよ先輩たちは何も悪くありませんよ。だって私、先輩たちに何も言わなかったじゃないですか。それで気づくほうが難しいですよ。だから、先輩たちが謝ることは何もありません。これも、心配をかけた私のほうが悪いんです」
「凜……」
やちよ先輩は、私の説明をイマイチ理解できてないようだった。私の説明力不足だ。
やっぱり私は、どこまでいっても無能らしい。
「そうだ。私、謝りにきたんです。もしかしたら気にしてなかったかもですけど、無断でずっと休んですみませんでした。これからは、前と同じように魔女退治頑張りますから」
そうだ、謝んないと。
謝って許されるなんて甘いけど、それでも謝んないと。
そうしないと……。
(また、嫌われる……)
すると、やちよ先輩は私の言葉を遮るように、私をまた抱きしめた。
横目で見たやちよ先輩の目には、涙が浮かんでいた。
「いいのよ、もう。頑張らなくて」
「え、でも……」
「今のあなたに、頑張ることを強制する人はここにはいない。辛かったら辛いって言っていいの。寂しかったら寂しいって言っていいの。あなたが弱さを見せたって、私たちはあなたに失望することなんてない。大丈夫、ここはあなたが寄りかかってもいい場所だから」
「でも、だって……」
やちよ先輩の提案を必死に振り払う。
(寄りかかるなんて、そんな……。そんなことしたら、私はまた……)
そんな私に声をかけてきたのは、みふゆ先輩だった。
「凜さん。あなたは周りの期待に応えようとしてたんですよね? 一緒にいたときのあの必死さは、期待に応えないといけないと思ってのことだったんじゃないですか?」
「……はい。だって、そうじゃないと私の価値は……」
「凜さん。ワタシたちはそんなことであなたの価値を決めようなんて思っていません。ここでの暮らしで見せてくれた、あなた自身が好きだから一緒にいたいって思ったんです。それとも、あの生活も全部、ウソだったんですか?」
「それは違います! 先輩たちとの生活は全部楽しくて……」
「分かってますよ。そうじゃなきゃ、毎日来ませんもの。私たちはそんなあなたを見て、好きになったんです。ですから、役に立つとかは関係ありません。強いて言うなら、あなたがいてくれること自体に価値があるんです」
「みふゆ先輩……」
「みふゆの言うとおりだよ!」
みふゆ先輩の言葉に、鶴乃先輩も続く。
「私たちの前でまで、頑張らなくていいんだよ! ほら、ずっと元気でいるって疲れちゃうでしょ?」
「あなたが言うと説得力ないわね……」
「もー! 師匠、今いいところんなんだから、邪魔しないでよー!」
頬を膨らませる鶴乃先輩だったけど、すぐに話を元に戻す。
「えっとね、つまり何が言いたいかっていうと、私たちはまた一緒に凜と過ごしたいなって話」
鶴乃先輩の言葉に、ももこ先輩とメルも頷く。
それが、限界だった。
「あ、あれ?」
私の目から涙が零れる。
私はすぐに止めようとしたけど、そう思って止められるようなものじゃなかった。
安心が、私の感情の堰を切った。
「よしよし。もう大丈夫よ。あなたはここにいていいからね」
「うううう……! グスッ、あああああああ……!」
やちよ先輩に頭を撫でられながら、私はしばらく泣き続けた。
けど、不思議と泣いていても悲しい気持ちにはならなかった。
DAY.?? Side RY
それから、私は本格的にみかづき荘に住むことにした。
親を失った私の保護者として、お母さんの妹である叔母さん夫婦が保護者代わりとなってくれた。
二人とも良い人で、私のことを温かく迎え入れてくれたし、私と一緒に住んでも構わないと言ってくれた。
でも、私はそれを断らせてもらった。
理由は三つ。
一つ目は、みかづき荘のほうが魔法少女として動きやすかったこと。
二つ目は、私がやちよ先輩たちと一緒にいたかったから。
三つ目は、叔母さんたちといると、どうしても家族のことを思い出してしまうから。
私は心は思っていたより、すり減っていたのだろう。
私は、過去と向き合うことを嫌がった。
それでも、叔母さんたちはそんな私のワガママも嫌な顔せずに聞いてくれた。
「凜ちゃんが選んだことなら、それでいいわ。困ったことがあったら、いつでも相談してくれていいからね」
やちよ先輩と一緒にみかづき荘に住む許可をもらいに行ったとき、叔母さんはそう言って笑っていた。
そこから、私のみかづき荘での生活が始まった。
みかづき荘は、家事は分担制だ。
食事なんかは、住人がローテーションで作る。
けど……。
「料理、したことないの?」
「はい……。学校の調理実習ならしたことあるんですけど、それ以外だとほとんど……。一度お腹が空いたときにやろうとしたんですけど、そんな無駄なことするな、ってお父さんに怒られちゃって……」
やちよ先輩の問いに、私はそう答える。
私の答えを聞いて、やちよ先輩は頭を押さえる。
私の心で、恐怖と不安が渦巻く。
これでみかづき荘を追い出されたらどうしよう。マズい料理を作って、皆から嫌われたらどうしよう。
嫌な想像はいくつも浮かんできて、手足が冷えてきたときだった。
「それなら、しばらくは私と一緒に作りましょう」
「え?」
やちよ先輩は、そう言ってくれた。
「出来ないことは悪いことじゃないわ。これから覚えればいいんだから。私が教えるから、一緒に作りましょう」
「で、でも、やちよ先輩が迷惑じゃ……」
「そんなことないわ。誰かと一緒に作るって、楽しいもの」
すると、さっきまでテレビを見ていた鶴乃先輩が走ってくる。
「はいはーい! 私も凜に料理教えたーい! 中華料理屋の娘だからね。料理の腕には自信あるよ。ふんふん!」
「あなたはまだダメ。凜の味付けが全部濃くなっちゃうじゃない」
「ええー! そんなー!」
「やちよさんの言うとおりだ。鶴乃のやり方は、基礎ができてから。ウチの濃い味担当は鶴乃だけで十分だよ」
うなだれる鶴乃先輩の肩を叩くのは、ももこ先輩。
すると、やちよ先輩は私の頭を撫でながらこう言う。
「そんなに重く捉えなくていいわ。ウチにも約一名、ほとんど料理できない住人がいるから」
そう言うやちよ先輩の目線は、みふゆ先輩のほうに。
みふゆ先輩も視線に気づいたのか、顔を赤くする。
「ちょ、ちょっとやっちゃん! 私だって、全く出来ないってわけじゃ……」
「はいはい、そうね。お茶入れるくらいはできるものね」
「むー!」
頭のハネた毛がピョコピョコと動くんじゃないかって思うほど頬を膨らませて抗議するみふゆ先輩だけど、それ以上の反撃ができない辺り本当なのかもしれない。
「ふふっ……」
そんな様子に私は笑ってしまう。
「ああー! ヒドいです、凜さん! 凜さんまで笑うなんて!」
「ご、ごめんなさい……。つい……」
「いいのよ、凜。料理しようともしないみふゆが悪いんだから」
「やっちゃ~ん!」
二人のやり取りは微笑ましくて、私は少し笑うことができた。
まだ取り繕った部分はあるけど、この瞬間を楽しいと感じた私の気持ちは、何一つ取り繕っていなかったと思う。
それからも、私はみかづき荘でみかづき荘の皆と色々な経験をした。
一緒に魔女退治をした。
鶴乃先輩のお店を手伝った。
ももこ先輩と一緒にアイドルのライブに行った。
みふゆ先輩とショッピング。
メルと一緒に、やちよ先輩に内緒で占いをした。
特にメルとは、同い年なこともあってかよく一緒にいた。
同い年の友達は本当に久しぶりで、私はメルにまとわりついていた。
メルも、私が近くにいることを受け入れてくれて、二人でよく遊んだものだ。
「メ~ル~! 駅の近くのケーキ屋さん、新作出したんだって! 買いに行かない!?」
「そうなんですか!? 行きましょう!」
「えーとね、今回出たケーキは……」
「おお……! 美味しそうです! いやあ、七海先輩たちには悪いですねー!」
「……」
「……」
「……なんかお土産、買ってこうか」
「そうですね……」
「今いくら持ってる?」
「えーと、ひぃ、ふぅ……。ア、アハハ……。凜は?」
「スゥ……、えーっと、ね……?」
「……安いシュークリームの詰め合わせにするです?」
「……だね」
「凜! 新しい占いを試したいので付き合ってください!」
「大丈夫~? またやちよ先輩に怒られるよ?」
「だから凜に頼んでるですよ!」
「……それもそうだね。いいよ! 皆にバレないように、ね?」
「さっすが! それじゃ早速準備です!」
気がつけば、私は自然と笑っていた。過去の傷を忘れかけていた。
この日々が続けば、なんて思う瞬間すら少なくなった。
それくらい、みかづき荘での幸せは当たり前になっていた。
私は忘れていた。
自分がいかに愚かで、周りに迷惑を振りまくやつであるかを。
だから、あの悲劇を避けられなかったんだ。
投稿、遅くなってしまい申し訳ありません。
本来、凜の過去は一話で収めようと思っていたのですが、予想以上に長くなってしまいました。
そのため、本家マギレコに倣い、全3話に分けさせていただきます。
あと2話は来週以降に投稿させていただきます。
話自体は出来てるので、毎週投稿できる……と思います。