魔法少女まどか☆マギカ 実績『朝焼けのエンドロール』獲得 作:くろしゅー
(ようやく過去編が終わったので)初投稿です。
DAY.17 Side SM
「はあー……」
私はため息をついてしまう。
「どうしたの、さやかちゃん?」
隣のまどかが不思議そうに聞いてくる。友達が大きなため息をついたんだから、当たり前か。
「いやー、凜センパイのことでね……」
「あ……」
どうやらまどかも事情は知っているらしい。
「あたし、今日凜センパイと約束してたんだけどさ。凜センパイ動けないじゃん? だから、その約束もなくなって暇だなーって……」
「そういえば、放課後用事があるって言ってたよね。そのこと?」
「うん。凜センパイを責める気はないけどさ。もうちょっと相談してくれてもいいのに……」
そこまで言って、それは昨日までの自分にも当てはまると気づいて口を止める。
自分一人で抱え込んで、勝手に恭介の腕を治そうと契約することを決めて。
周りの人のこととか未来のこととか、全然想像できてなかった。
あの時、凜センパイが腕を掴んで止めてくれなければ、あたしはきっと後悔していた。
だからこそ、今度はあたしが、って思ってたんだけど、それもダメで。
そんな自分へのため息だったのかもしれない。
「あーダメダメ! なんかこのままグルグル考えてたら暗くなっちゃいそう! まどか、遊び行くよ!」
「いいけど……。今日は上条くんのお見舞いはいいの?」
まどかの問いに、あたしは頬を掻きながら答える。
「あー……。アイツとは少し距離を置こうかなって」
「えっ!?」
「あ、といっても2、3日だよ。凜センパイに言われて気づいたけど、あたし、最近アイツと音楽でしか関わっていなかったなって。音楽以外のアイツを見てなかった気がして。だから、ちょっと離れて見つめ直したいんだ。バイオリン以外の恭介を」
「……そっか」
「それに、昨日アイツとケンカしちゃったから。お互いに頭を冷やす時間も必要かなって思ったんだ。だから、今日のお見舞いはお休み」
「……分かった。それじゃあ、遊びにいこうか」
ウェヒヒ、といつもの笑い声を上げる幼馴染み。
そして、いつものショッピングモールへと向かった。
はずだったんだけど。
「……ねえ、まどか」
「なに?」
あたしは努めていつもと同じテンションで聞く。
「あたしの気のせいだったらいいんだけどさ……」
「……うん」
まどかも察したのだろう。あたしの言いたいこと。そして、この違和感に。
「ショッピングモールへの道って、こんな感じだった……?」
「……違うと思う」
まどかのその言葉を合図に、私たちは周りを見渡す。
「さ、さやかちゃん……。これって……!」
「うん、間違いない……」
歪で不気味な、明らかにこの世とは思えない景色。
こんな景色、私たちは一つしか知らない。
「魔女の結界だ……!」
DAY.17 Side MA
「っ!!」
記憶のフィルムが巻き取られ、私は弾かれるように現実へと引き戻されました。
(これが、凜さんの記憶……)
それを認識した瞬間、私は吐き気を感じて蹲ってしまいます。
凜さんの記憶を通して見た、彼女を取り囲んでいた地獄。そして、凜さんの抱えていた絶望と悲鳴。
それに耐えられなかった私は、口を押さえてえずいてしまいます。
かろうじて吐瀉物をまき散らすことは堪えましたが、それでも不快感は胸に残っています。
情けない。
凜さんはこれをずっと抱えてきたというのに。
「大丈夫……?」
そう言いながら、凜さんはふらつく足で私の側に寄ると、私の背中を優しく撫でます。
「もしかして……。まばゆ、私の記憶を見たんだね?」
私の様子から察したのでしょう。
私がゆっくりと頷くのを確認すると、凜さんはもう一度、「そっか」と言いました。
「……せっかくまばゆにはバレないようにはしてたんだけどなぁ」
「なん、で……」
ようやく呼吸できるようになり、そう問いかければ、凜さんは……。
「だって、気分の良いものでもないでしょ? まばゆがそうなっちゃうくらいの、ロクでもない私の話なんて」
感情をどこかに忘れてしまったような薄い笑みで、そう答えたのでした。
その答えに、私の中のモヤモヤが大きく肥大するのを感じました。
(どうしてですか?)
なんで凜さんが、苦しまなければいけないんですか?
なんでこうなるまで苦しまなければいけなかったんですか?
自分が辛い状況でも、私の背中を撫でてくれる人が。
「なんで、助けてって言ってくれなかったんですか!」
私は大声を出してしまいます。
それだけ、私は我慢の限界でした。
「なんでって……。私の記憶を見たなら分かるんじゃない?」
私の声を気にすることもなく、凜さんは冷たく言います。
ええ。凜さんの考え方は分かってます。
どうしてそうなったのか。凜さんがどんな気持ちだったかも、全部見ました。
「分かりますよ! どれだけ辛くても頼れなかった気持ちは! でも、でも……!」
きっと私は怒っている。
私に相談してくれなかった凜さんに。凜さんに相談されるようになれなかった自分に。
「辛いのに、誰かを頼れないのなんて、悲しすぎます……! 凜さんが苦しむ理由なんて、あるわけない!」
「あるよ」
凜さんは当然のように反論します。
「メルを守れなかった。みふゆ先輩に寄り添ってあげられなかった。やちよ先輩の苦しみを分かってあげられてない。鶴乃先輩に辛い思いをさせた。まばゆを信じられなかった。ほむらに嫉妬した。挙句まどかちゃんに八つ当たりした。全部、私の罪」
凜さんは淡々と言います。
「記憶を見たなら分かるでしょ? 私は聖人君子なんかじゃない。無償の愛なんて与えられない。私は見返りを求めてる。二人を助けてるのは、ほむらとまばゆに私を見てほしかったから。袋小路に嵌まりつつあった二人を助ければ、私のことを一番に見てくれると思ったから。前の私も、前の前の私も、きっとそれが理由で二人に手を差し伸べた。ね、自分よがりで気持ち悪いでしょ?」
光を宿さない目で、私に問いかける凜さん。
「無理なの。どれだけこの気持ちを消したくても、誰かの一番になりたい気持ちが消えてくれない。メルにも、鶴乃先輩にも。きっと私はそれを求めてた。だから、神様は取り上げたんだよ。私にそんな価値なんてないのに、その愛を望んだから」
「そんなこと……! むぐっ!?」
私はそれを否定しようとして、凜さんの手に口を塞がれます。
「そんなことないって、みんな言ってくれるの。でも、それならこの状況はなに? 私に手を差し伸べた人は、みんな不幸になった。だって、私が疫病神だから。だから……」
凜さんは私に顔を近づけます。
「まばゆは私を助けないで。その行為はきっと、まばゆ自身を不幸にする。そうなれば、私は今度こそ耐えられない。まばゆが私に何かしたいなら、私に助けられる立場で居続けて。あなたたち二人を助けて死ねれば、私は私を許せる。二人の中で、私は永遠に恩人でい続けられる。永遠に忘れられない人になれる。一番に、なれる」
凜さんは、自身の額を私の額にくっつけます。
「私は、誰かに嫌われるのが怖いの。疫病神だって、誰かに言われたくないの。やちよ先輩に突き放されたとき、息ができなかった。きっと、鶴乃先輩とももこ先輩がいなければ、私はあそこで魔女になってた。それくらい怖いの」
近くで見た凜さんの瞳は、恐怖と不安で今にも崩れてしまいそうでした。
「だから、もう死にたい。いつかまた、私にあの目を向けられるくらいなら……。私はもう人生なんていらない。誰かのために犠牲になれば、その人は賞賛され続ける。私はそうなりたい。そうあり続けたい。それなら、私は綺麗なままだから。私の思いが、間違って二人を穢すこともなくなるから」
凜さんは顔を離すと、私に微笑みました。
いつかの時間で見た、消えてしまいそうな儚い笑顔で。
「だから、まばゆ。私に、あなたたちを助けさせて。それが、私の唯一のお願い」
泣きそうな笑顔で、凜さんはそう言いました。
だから、私は凜さんを思い切り抱きしめました。
「そんなお願い、聞けるわけないでしょ!!」
もう怒りました。
ここまで聞き分けがないなんて。
それなら、力づくでも説き伏せます。
「凜さん、私の顔を見てください」
「……」
「見て!!」
私の声に気圧され、凜さんは渋々私に顔を向けます。
「私が怒ってるのが分かりますか? どうして怒っているのかが分かりますか?」
凜さんは何度も目を逸らそうとして、私にそれを止められます。
そうして、数十秒の沈黙の後、凜さんは口を開きました。
「……まばゆを、まばゆたちを頼らなかったこと、かな。でもそれはしょうがないじゃん。私は皆が大切で、笑っててほしかったの。私のせいで苦しめたくなかった。だから」
「それが間違っているって言っているんです!」
凜さんが皆を苦しめている? そんな、自分がいなければ周りが幸せになれるみたいな言い方。
「そんなわけないでしょ! 凜さんの周りの人が笑顔なのは、凜さんがいるから! あなたがいたから皆も笑えてたんです! あなたがいなくなって幸せになる人、あなたの周りにはいませんよ!」
「でも、実際そうだった! 私のせいで、皆が辛い思いをした!」
「そんなの当然です! 誰かと関わりを持って辛い思いをしないなんてこと、あるわけないじゃないですか!」
凜さんは目を丸くする。
「誰かと一緒にいれば、必ず衝突は生じます。嫌な思いだってします。私と暁美さんだってそう。出会いは最悪だったし、昨日だってケンカしちゃいましたよ! どれだけ仲良くたって、ケンカもしますし相手に不満を持つことだってあります。でも、そんな思いをしても一緒にいたい人っていうのはいるんです! 前に凜さんが言ってくれました。どんなに嫌われたって、親を嫌いになれない子どもはいるって。それは親子だけに当てはまるものじゃないって、私は思います」
私は凜さんと目を合わせたまま、告げました。
「それと。私が怒っている理由はもう一つあります。ここまでしても、凜さんが自分の気持ちを素直に言ってくれないことです。記憶だって全部見てるのに、まだ私に隠すことがあるんですか? 見栄を張るんですか? どうして素直に言ってくれないんですか?」
凜さんは怯えていました。
凜さんの心の奥、どころか、その余白にまで追いやられた本音を言うことを。
きっと凜さんが何より恐れているのは、その本音を口にして嫌われること。これは記憶を見られたとか関係ありません。
凜さんの心がそれを恐れる限り、きっと本音を話すことはできない。
だから……。
「話してください、凜さん。どんなあなたでも、私が受け止めます」
「でも……」
「遠慮なんかいりません。凜さんの心の声は記憶で見ています。その上で言っているんです。だから、安心して言ってください。凜さんのその呪縛を解くには、やっぱり凜さんが言葉にしないと解けないので……」
私は凜さんの手に自分の手を重ねます。
前の時間軸とは真逆。凜さんを安心させるために、私は凜さんの手を握ります。
「私、は……」
「わたしは……」
凜さんの目から、涙が零れました。
「たすけて……」
ポツリと、そう呟いて。
「もう、いや。つらい。もうがんばれない! おねがい、だれかわたしを愛して……。わたしのこと、いちばんに考えて……! わたしのそばからいなくならないで……。わたしのこと、嫌いにならないで……!」
言葉を紡ぐと同時に涙を零す凜さん。
その姿は、本当に小さくて。どれだけ無理をしていたのか、痛いくらい伝わってきました。
「嫌われることとか考えたくない……! 嫌われないための打算なんか考えたくない……! 抱きしめて……。頼らせて……。頑張ったねって、言って……」
私は凜さんを抱きしめながら、優しく頭を撫でます。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……! まばゆもほむらも大変なのに……! わた、しは、二人に縋って……! 弱くてごめんなさい……! でも、もう私は……」
私に抱きしめられながらも、必死に謝る凜さん。
これもきっと、彼女の本音なんです。私たちの孤独を和らげたいのに、それができなくて申し訳ないという、優しすぎる凜さんの本音。
だから、私は凜さんを撫でながら言います。
「そんなことないですよ、凜さん。あなたのおかげで、暁美さんは孤独にならずに済みました。私も、未来を諦めなくて済みました」
「それはっ、今の私じゃ……」
「ええ。でも、凜さんは凜さんです。言ってくれましたよ、凜さんは。例え時間が巻き戻って、過ごした日々の記憶が失われたって、何もかもが無駄になるわけじゃない。また最初に戻ったって、何もなかったなんて言わせないって」
まさにその通りです。
凜さんの優しさが、世界を少しだけ変えた。
私と暁美さんの心を少しだけ変えた。
それは時間が巻き戻っても無くなるはずなくて。最初から次の最初まで、凜さんは私たちにたくさんの思い出をくれた。
「凜さんが繋いでくれたから、私は今、凜さんを抱きしめていられるんです。私はたくさん凜さんからもらいました。だから、今度は私の番です。凜さんが自分を許せるように、愛せるようにずっと側にいます」
正直、凜さんの求めている相手になれるかは不安はあります。けど、それはきっとあの時、私を抱きしめてくれたときの凜さんも同じだったはず。だって……。
「凜さんが皆に言っていた言葉。あれはきっと、凜さん自身が欲しかった言葉ですよね? 誰かに言ってほしくて、もらえなかった言葉。だから、それを与えていたんですね。自分みたいな悲しい思いをしてほしくないから」
幼少の頃に求めていたものを与えられなかった子どもは、大人になってからそれを集めたり、逆に相手に与えたりするそうです。
きっと凜さんが救いたかったのは、目の前で泣いている子たちと、過去の自分。
何が救いになるかは、凜さん自身がずっと口にしていたんです。
だから、私はそれを与えるだけ。
それが、凜さんの側で、凜さんと話してきた私にできること。
「もう自分を責めなくてもいいんです。凜さんは愛される存在です。そう思ってしまうなら、私が何度だって言います。凜さんがいてくれて良かったって。凜さんが心からそう思えるまで」
それでも凜さんは、少し怖いみたいで。
「でも、やちよ先輩に嫌われた私は……」
怯える声で呟きました。
「その件なんですが……」
だから私はその不安を取り除くために、スマホを取り出して凜さんに画面を見せます。
「実は、鶴乃さんにお願いしていたものがあるんです」
「え、鶴乃先輩? なんで? まさかまばゆ、今回のこと鶴乃先輩に話したの!?」
「はい」
「なんてことを……!」
「それは! これを聞いてからにしてください」
そうして、私は鶴乃さんから送られてきた音声データを再生しました。
DAY.17 Side TY
「すう、はあー……」
みかづき荘の玄関で、私は深呼吸をする。
朝の空気が肺に入り、自然と気持ちが引き締まる。
やちよに突き放されてから、ほとんど寄らなくなったみかづき荘。そして、今からあの事を聞き出そうとしているのだから、さすがの私もちょっと緊張する。
けど……。
(凜のためだもん。凜も、まばゆちゃんも、皆頑張っているんだから。私だって、私にできることをしないと)
私は、最後まで凜に寄り添ってあげられなかった。
凜が、自分の役割を担おうとしてくれたのは何となく分かってた。けど、それを止められなかった。それが余計に凜を追い詰めることになるなんて、少し考えれば分かることだったのに。
私は、もう頑張らなくてもいい、と凜に言われた気がして。それに縋ってしまった。
でも、いつまでもそうしてはいられない。
もう、十分休んだ。
昨日のまばゆちゃんとの電話で事情は聞いた。
『鶴乃さん、お願いできますか……?』
「それが、凜を苦しめてる可能性があるんだよね?」
『はい』
「なら、協力するよ。私がちゃんと聞くから」
『本当ですか!?』
「気にしないで。じゃあ頼まれたこと、やっておくね!」
『すみません、鶴乃さん。お願いします』
「いいっていいって! この鶴乃お姉さんに任せといて!」
今からすることが、凜のことを救う手助けになるなら。
どれだけ傷ついたってやり遂げてみせる。
だってそれが……。
(凜の先輩として、師匠として、今の私にしてあげられる唯一のことだから)
私は覚悟を決めて、インターホンを押した。
『はい』
「あ、やちよ? おはよう」
『鶴乃? 朝からどうしたの?』
「いやね、ちょーっとやちよと話したいことがあってさ」
『ごめんなさい、今日はちょっと無理よ。また後でにしてくれない?』
「うーん、それは厳しいかな。今すぐ話したいんだ」
『どうして? あなたなら、そんなことになる事態なんてそうそう……』
「凜が死ぬかもしれなくても?」
これはちょっとズルかったかな? でも、こうでもしないとやちよはドアを開けてくれそうにない。
それくらい、やちよは私たちを避けている。
でも、それも今日でおしまいにする。だって……。
『……分かったわ。今、鍵を開けるから待ってて』
私はその理由を聞き出すために、ここに来たんだから。
「それで? 話って何かしら? 正直、私もそんなに余裕はないのだけど」
言われなくても分かる。
整理整頓ができるやちよが、服を脱ぎっぱなしにしたり、ゴミが散乱してたり、みかづき荘を片付けられてないんだから。
「フェリシアとさなちゃんは?」
「二人とも自分の部屋に籠もってるわ。その……、この前の見滝原の集まりで色々あって……」
「そっか……」
実は知っているけど。
昨日のまばゆちゃんの電話で、何かがあったことは聞いた。その「何か」の内容は言葉を濁されてしまったけど。
でも私の推測通りなら、きっとその何かが、やちよが私たちを突き放した理由に繋がってくると考えている。そして、メルが死んでしまった本当の理由にも。
(凜は明らかに私に何かを隠していたしね。きっとやちよに口止めされていたんだろうけど)
それが凜を苦しめる一因になっていたのは、想像に難くない。
「二人が聞いていないなら、好都合かも」
「どういうこと?」
「私が今日来たのはね、あの日の真実を聞きに来たからだよ。あの日、どうしてメルが死んだのか。それと、やちよがチームを解散した理由も」
私の言葉に、やちよは明らかに動揺する。
「話すことなんてないわ。帰ってちょうだい」
「いやだ」
「帰りなさいって言ってるの」
きっと前までの私なら、ここで帰っていただろう。やちよと衝突すること、これ以上嫌われることを恐れて。
でも、もう逃げない。
嫌われることを恐れた私の弱さが、凜を苦しめ、追い詰めたんだから。
あの子をもう苦しめたくない。
私だって、あの子を守りたいんだ。
だから。
「いやだ。理由を聞くまで帰らないから」
私はやちよの言葉を、明確に拒絶した。
「……それなら力づくで」
「みかづき荘で暴れる気?」
ソウルジェムを構えかけたやちよにそう言えば、やちよもソウルジェムを指輪に戻す。
「ねえやちよ。どうしてそんなに隠すの? メルが死んだ理由は、そんなに隠さなきゃいけないものなの?」
「それは……」
「凜が直接の原因なの?」
「違う! あの子は本当に関係ない! あれは、私の判断ミスなの……」
「なら教えて。大丈夫、覚悟はしてきた。どんな真実だったとしても、受け止めるよ」
それでも、やちよはしばらく悩んでいた。
しばらく沈黙の時間が続き、やちよは決心したように顔を上げた。
「……分かったわ。あの日のこと、鶴乃にも話す。ただもう一度言うわ。引き返すなら今のうちよ」
「いいよ。その覚悟がなければ、私はここに来られてないから」
「……じゃあ話すわ。あの日、何があったか」
そうして、やちよから語られた真実はなんとも惨いことだった。
魔女に逃げられた後、メルも魔女になったこと。
キュゥべえに問い詰めれば、魔法少女が魔女になることを告げられたこと。
ソウルジェムは、固形化した私たちの魂だということ。
みふゆの精神は、その真実に蝕まれたこと。
みふゆが行方不明になった後、やちよはみふゆの魔女を見つけたこと。
そして、その魔女を倒したこと。
「……あの時、私がもっと早く撤退を選択してればあんなことにはならなかった。凜は、自分がメルを治したせいで、と自分を責めることになってしまった。あの日の全ての責任は私にあるわ」
やちよは話の最後にそう言った。
(ああ、そういうことだったんだ……)
凜が苦しんでいた理由。
この真実を、凜は話せない。
きっとみふゆが暗い顔をしていた理由が魔女化の真実が原因なら。あの頃、みふゆの側に居続けた凜は感じ続けていたのだろう。
この真実が、人の精神をとても蝕んでしまうことを。
だから、私には話せなかった。
話せば、みふゆと同じようになってしまう可能性を捨てきれなかったから。
私が万々歳の再興を夢見て、未来に向かって頑張るのを邪魔したくなかったから。
だから、全てに蓋をしてしまった。
「……事情は分かったよ。誰も話さなかったのは納得」
「……辛くないの?」
やちよが聞いてくる。
「もちろんショックだよ。でも、皆が私に話してくれなかった理由が優しさからだって分かって安心したから。それに、薄々気づいてはいたんだ。メルが普通に死んだんじゃないって。魔法少女の願いの代償はいつか払う日が来るだろうなって。だから、かな」
「そう……。やっぱり強いわね、鶴乃は」
やちよはそう言ってくれるけど、私にはまだ聞いてないことがある。
「それで? メルの件は分かったけど、それでどうして私たちを突き放したの? 話を聞いていても、因果関係が繋がらなかったんだけど……」
その言葉に、やちよはあからさまに言葉を詰まらせる。
その反応から分かった。
やちよが本当に喋りたくないのはこっちだ。やちよが変わってしまった理由は、きっとここにある。
本当なら、無理して話さなくてもいい、って言ってあげたいところだけど、今はそうもいかない。
凜がもう一度、誰かを頼れるようになるためにも。凜が誰かを頼れなくなった、人間不信になってしまった原因を作ったやちよには、その責任くらいは取ってもらう。
だから、私はあえて厳しく言った。
「やちよが言いたくないのは分かる。けど、やちよの言葉でどれだけ凜が傷ついたか分かる? 万々歳に凜が来たあの日、凜がどんな顔してたか想像できる? 凜が誰かを頼れなくなったのは、やちよにだって原因はある。それで凜は今も苦しんでいるのに、やちよはまだ逃げるの?」
やちよは俯いたまま。
「私ね、怒ってるんだよ。私のこと、師匠って呼んでくれた後輩を泣かせて。やちよじゃなきゃ、絶対に許してない。凜の師匠として、やちよには言わせてもらう。理由を話して。そうじゃなきゃ、納得できないしやちよのこと許せない」
その言葉で、やちよは観念したように私を見た。
「……死ぬから」
「え?」
「私のせいで、皆が死ぬからよ!」
やちよから発せられた声は、聞いたことのないほどの悲痛なものだった。
「やちよのせいで死ぬって、どういうこと……?」
「鶴乃はかなえのことを知ってる?」
「えっと……、たしか、やちよが私たちとチーム組む前に組んでいた魔法少女の子、だよね?」
聞き覚えはある。
たまに、やちよやみふゆの話に出てくる、以前二人とチームを組んで戦っていた魔法少女の名前だったはず。
けど、その子は……。
「そうね。そして、あなたたちとチームを組むしばらく前に亡くなったわ。魔女との戦いの最中、私たちを庇ってソウルジェムが砕けて……」
やちよの表情が暗くなる。
それは辛いだろう。この短い言葉の中にも、やちよの後悔が詰まっていた。
けど、それは今考えることじゃない。大事なのは……。
「ん? でもなんで、そこからやちよのせいで皆が死ぬことになるの?」
私が尋ねれば、やちよはこう答えた。
「私の魔法よ」
「魔法?」
「そう。魔法少女は各々が固有の魔法を持っている。鶴乃なら『幸運』、凜なら『巻き戻し』といった具合にね。けど、私は自分の魔法がなんなのか、長い間分からなかった」
やちよは自分のソウルジェムを撫でながら語る。
「けど、メルが死んだ日に思ったのよ。もしかして、私の魔法は誰かを犠牲にして生き残る魔法なんじゃないかって」
「……そう思った根拠は?」
「私の願いよ。魔法少女の魔法は、叶えた願いに左右される。それは鶴乃も分かるでしょう?」
「ああ、たしかに……」
私の魔法は、間違いなく『宝くじが当たる』という幸運を願ったからだろう。凜の魔法は、元の両親に戻って欲しいから、巻き戻し。
そういえば、やちよの願い事は今まで聞いたことなかったけど、この理屈でいくと……。
私がその結論の到達したのが分かったのか、やちよは答え合わせをするように口を開いた。
「ええ、鶴乃の予想通りよ。私は、『チームのリーダーとして生き残りたい』と願ったわ」
「あの当時、私はモデルユニットのリーダーをやってた。有名になれるよう全員で頑張ろうって、皆で約束してたわ。けど、あの業界はそう甘くない。無名のモデルなんて、いくらでも換えの効く存在だもの。そこで生き残っていくのは、簡単なことじゃなかった」
やちよは懐かしそうな、それでいて寂しそうな目を窓に向けていた。
「ユニットでアイドルみたいなこともして。皆必死で頑張った。けど、上手くいかなくて。チームは解散の話が持ち上がるほどだった。でも、私はそれを認めたくなかった」
やちよの気持ちは良く分かった。
やちよはクールな印象を持たれがちだけど、実際はすごい寂しがり屋だし、常に誰かと一緒にいたい人だ。
そんなやちよに、一緒に頑張ってきたチームの解散なんて受け入れられる訳なかったのだろう。
「だから私は願ったの。『チームのリーダーとして生き残りたい』って。リーダーの私がしっかりしていれば、チームだって認められるって本気で思っていた。もちろん、願いでチームを有名にすることも出来たけど、それはなんか違う気がして……。きっと私は有名になりたかったんじゃなく、あのチームで活動することが好きだったのよ」
そして、その願いのおかげか、やちよは有名になり、今でも人気モデルとして活躍している。
「でも、他の子はどんどん辞めていったわ。引き止めようともしたけど、とある子に言われたのよ」
やちよちゃんばっかり売れて、私たちは全然売れない。同じチームの子が成功し続けるのを見るのがどれだけ辛いことか分かる?って。
やちよは寂しそうに言った。
「ごめんなさい、話が逸れたわね。つまり、私の魔法は誰かを犠牲にしてでも私が生き残るようになる魔法。思えば、かなえもメルも、私を庇って死んでしまった。ここまで証拠が揃うと、もうそうとしか考えられないのよ……」
ここで、ようやくやちよの考えていたことが分かった。
「じゃあ、私たちを突き放してチームを解散したのは、私たちをこれ以上やちよが生き残るための犠牲にしないようにってこと?」
「そうよ……。あなたたちは優しいから、そのまま伝えても離れてくれない可能性があった。特に凜はメルが死んだことに責任を感じていたから、この話をすれば喜んで私のために犠牲になると言い出しかねない雰囲気があったの」
たしかに、あの時の凜は本当に危うかった。やちよの想像はきっと現実になっただろう。
「せっかく新しい人生を歩める可能性があるのに、私の魔法で終わらせたくなかった。凜のためにも、仕方なかったのよ……」
「やちよ……」
やっとスッキリした。
どうしてやちよが変わってしまったのか。なんであんなヒドいことを凜に言ったのか。
どうして、寂しがり屋のくせに独りになろうとしたのか。
全て分かったからこそ言える。
「やちよのバカ!」
「え?」
「バカ! バカバカバカ!」
「ちょ、鶴乃?」
「バカバカ! バーカ!」
「ちょっとあなた、いい加減に……!」
「いい加減にするのはそっちでしょ!?」
私はテーブルを叩いて、身を乗り出す。
「私たちに相談してくれれば良かったじゃん!」
「だから! 私の魔法は皆を犠牲にする魔法なの! 私の近くにいたら、皆を巻き込んで……!」
「それくらい、なんだっての!? 私たち、仲間でしょ!」
「それがダメなの! 私は仲間を犠牲にしてしまう! 私はもう、失いたくないのよ!」
「そんなの皆一緒だよ!!!」
私は声を張り上げる。
「やちよの仲間が死ぬってことは、私たちにとっての仲間も死ぬんだよ!? そんなの私も凜もももこも、全員嫌に決まってるじゃん!」
私はもう溜まっていた怒りを吐き出すように、叫ぶ。
「だからこそ、一緒に考えるべきだったんだよ! 一緒に向き合うべきだったんだよ! メルのときだってそうだったじゃん! 皆で考えて、メルの魔法が悪さしないように考えたじゃん! なのに、なのに……!」
あ、ヤバい。
そう思ったときには、もう遅かった。
「どうして、私たちを信じてくれなかったの……?」
目から涙が零れる。
我慢してた分が、溢れ出す。
「私、すごい辛かったよ……? 凜にやちよを信じようって言ったけど、私だってやちよを信じられなくなってた。本当に嫌われちゃったんじゃないかって。頼れる人がいなくなっちゃって、すごく辛かったよ……」
「鶴乃……」
本当はまだまだ言いたいことはたくさんある。
けど、今はやるべきことがある。色々と話すのは、その後だ。
私は目元をゴシゴシと拭い、息を整え、やちよに一つだけ質問した。
「それじゃあ、やちよが私たちを嫌いになったとか、足手まといに思ったとかでチームを解散したわけじゃないんだね? 私たちのこと、まだ大事に思ってくれているんだよね?」
「当然じゃない。あなたたちは今でも、私の大切な後輩よ。仲間と呼べないことは……、謝るわ」
はあ、と私はため息をつく。
「その件は色々とまだ言いたいことはあるけど……」
私は胸ポケットに入れていたスマホを取り出して、こう言った。
「とりあえず、こんな感じで良いかな、まばゆちゃん? やちよが凜を突き放した理由はこういうわけだったみたい」
え、と目を白黒させるやちよを放置して、私はスマホに語り続ける。
「それと、凜。頼りっぱなしで、ゴメンね。凜は自分のせいで私を追い詰めたと思ってるみたいだけど、それは違うよ。あれは私自身のせい。誰かを信じて頼ることをしなかった私のせい」
私は、ずっと謝りたかった。
凜のために、何が出来るか必死になって。それで、自分を大切にすることを忘れてしまった。
約束を先に破っていたのは、私のほうだ。
「それでも、凜は自分のせいだと思うかもしれない。けど、それは違う。あれは誰も悪くない。強いて言うなら、私たち二人とも悪かった。私は凜に頼ることも相談することもなかった。私が弱いところを見せれば、凜が抱え込んじゃうと思ったから。そして、凜も私が抱え込むと思って相談してくれなかった。お互い、どこかでお互いを信じられていなかったから、ああなっちゃったんだよ」
だから、と私は笑顔を作る。
これは声だけを録音しているから映像は記録されないけど、それでも思いは伝わるはず。
「もう一回、話し合おうよ。全部、隠さずにさ。私も、辛かったこととか全部言うから。やちよも一緒に、皆でまた話そうよ」
大丈夫だよ、凜。
あなたがどれだけ自分のことを嫌いでも、周りの人が信じられなくても。
「私もやちよも、もちろんももこも。皆、あなたのことは大好きだから。不安で押しつぶされそうなとき、怖くて仕方ないときは私たちを頼ってね」
だって凜は……。
「凜は、私たちの大切で愛してやまない、後輩で仲間なんだから」
そう言って、私は録音停止のボタンを押した。
「はい、録音終了! ポチッとな」
DAY.17 Side MA
「鶴乃、先輩……」
「ほらね。凜さんのことを嫌っている人は、きっと凜さんが思っているよりずっと少ないですよ」
涙を流す凜さんの頭を撫でながら、私は言います。
「凜さんは予防線を張っているだけですよ。嫌われることが何より怖いから、自分の中で嫌われてると思えば、実際にそうだとしてもショックが小さいですからね」
もちろん、その気持ちも痛いほど分かりますが……。
「少しだけ勇気を出して、皆さんを信じてあげませんか? 凜さんを大切に思っている人はこんなにいるんです。もちろん、世の中には凜さんを嫌いな人はいるでしょう。でも、それは仕方のないことですから。嫌なことがあったら、私が慰めます。凜さんだって、それをしていい人なんですから。だから凜さん。もう一度だけ、手を伸ばしてくれませんか?」
私は凜さんの手を握ります。
「その手は、絶対に離しませんから」
「まばゆ……」
凜さんは私の手を弱々しく、けれどしっかりと握り返してくれました。
「一緒にいて……」
「はい」
「ずっと握ってて……」
「はい」
「私のこと、嫌いにならないで。失望しないで」
「はい」
「私のそばから、いなくならないで……!」
「当然です」
そこで、凜さんは私の胸に飛び込んできました。
凜さんから溢れる大粒の涙は、凜さんの溜め込んだあらゆる悲しみを表しているみたいで。
それが零れる度に、凜さんの心が軽くなっていることを祈って。
大声で泣き続ける凜さんを、私はいつまでも抱きしめ続けました。
太陽が沈み、外は星が輝きはじめた頃。
凜さんはようやく落ち着いたようで、私から少しだけ体を離しました。
「ごめんね、いっぱい泣いちゃった」
凜さんはそう言って、恥ずかしそうに笑いました。
そこに、不安と絶望の色は見えません。
「いいんですよ。むしろ凜さんは泣かなすぎです。もっと泣いてもいいんですよ?」
「これ以上泣いたら脱水症状になっちゃうよ」
冗談っぽく笑う凜さん。
すると、ぐるるる、と不思議な音が。
(この音って……)
「……私のお腹の音」
先ほどとは違い、本気で恥ずかしそうにしながら、凜さんが自己申告しました。
「あ、ああー。そういえば、丸一日眠っていましたもんね。お腹くらい空きますよね」
私のフォローになっているんだかなっていないんだが分からない言葉に、うう、と呻く凜さん。
「な、何か食べましょうか」
「……うん。たしか作り置きしておいたカレーが冷蔵庫に……」
「あっ」
私は思わず声を上げてしまいます。
「ん? どうしたの?」
「あー、えっと……」
だって……。
「……すみません。そのカレー、私が朝、食べちゃいました……」
そのカレー、私の朝食だったんですから。
(うわあああ! なんで食べちゃったんでしょう、私! 食い意地張ってるみたいじゃないですか!)
案の定、凜さんはビックリしていました。
「食べた!?」
「うう、ごめんなさい!」
私は必死に頭を下げます。
やっぱり人の家のものを勝手に食べるべきじゃありませんでした。
代わりのものを作ってあげたいですが、生憎、私に作れる料理なんてありません。
どうしよう、と悩んでいると、凜さんが笑い出しました。
「ふえ?」
「あははは! そんな謝んなくていいよ。全然気にしていないから。ちょっとまばゆをからかっただけ」
「え、えええ!? それならそうと言ってくださいよ~! ビックリしたー」
「ごめんごめん。まばゆのその反応が見たくて、つい……」
イタズラっぽい笑みで謝る凜さん。
それは今までもごく稀に見てきた、凜さん本来の笑い方。
それを見て、私はようやく安心することができました。
やっと凜さんが自然に笑えるようになったんだって。
すると、凜さんが立ち上がります。
「よし、それじゃあ何か作ろっか」
「え? 凜さんまだ休んでいたほうが……」
「うん。だから、まばゆにも手伝ってもらいたいんだけど……、いいかな?」
そう言って、凜さんは私に手を差し伸べます。
それに、私は満面の笑みで応えました。
「ええ。任せてください!」
二人でキッチンに向かいながら、私は凜さんに問います。
「そういえば、何か作るって、何作るんですか?」
それに凜さんは、振り向いて答えます。
「そうだねー……。ポトフにしようかな」
DAY.17 Side SM
「ヤバいヤバいヤバい!」
「きゃっ!」
私はまどかの手を引きながら、全力で走る。
後ろを振り返れば、子どもの落書きで描かれたような使い魔たちが私たちを追いかけてきた。
笑い声を上げる彼らは、まるで追いかけっこに夢中になる無邪気な子どものようだが……。
「それで殺されちゃ、たまんないっての!」
バットでも持ってくれば良かったかも、と歯噛みする。
魔女の結界は迷路のようだ。
使い魔たちに追われながら、自分たちが抜け出せる可能性なんて限りなく低いだろう。
でも!
「ここであたしらが殺されたら! 凜センパイが責任感じちゃうでしょうが! まどかだって死なせたくないし! それにあたし、まだ恭介ともちゃんと話せてない! だから、こんなとこで死ねるかーーー!!」
「さやかちゃん……!」
その時だ。
「二人とも!」
「あんた……!」
「キュゥべえ!」
私とまどかの前に現れたのは、キュゥべえだった。
「よかった。まだ無事みたいだね」
そう言うキュゥべえを、あたしはもう信用できなかった。
「何の用!? このペテン師!」
「心外だなぁ。ボクはキミに何かしたかい? さやか」
「魔女化のことも黙って契約持ちかけてきてよく言う! 今度は何の用!?」
「その契約のことだよ」
あまりにあっさりと言うキュゥべえに、あたしは少し頭が混乱する。
「は? あんた正気? この状況で契約するわけ……」
「そっちこそ状況をよく考えたほうがいい。キミたちが契約をせずにこの結界を出られる可能性は限りなくゼロに近い。そうだろう?」
「うっさい! あたしには凜センパイとの約束があるんだ!」
「ただの口約束だろう? そんなことのためにキミは自分と友達の命を無駄にする気かい?」
くっ! コイツ、絶妙にあたしが揺らぐようなことを……!
ダメだ、コイツのペースに乗せられたら。あたしたちは契約せずに、この結界を抜けるんだ。他のことは考えるな!
「死ななきゃいい話でしょ! それよりアンタ、この結界の出口知っているんでしょ! ここまで来れたんだから! 知らないとか案内しないとは言わせないわよ! 聞かれたら答えるんでしょ!」
「……分かったよ。とはいえ、そこまでたどり着けるかは微妙なところだけどね」
キュゥべえはそう言って、走り出す。
キュゥべえを追って走っていると、後ろのまどかが聞いてくる。
「本当に契約しなくて大丈夫なの? やっぱり私が契約して魔女を倒した方が……」
「それはダメ!」
まどかの提案をあたしは拒否する。
「凜センパイとの約束。まどかを魔法少女にしないように見ててほしいって言われたし。それに、ほむらだって頑張ってるんだから、ここでまどかを魔法少女にさせたらあいつに合わせる顔がない!」
「で、でも……」
「大丈夫! きっと何とかなる!」
走ること数分。
ようやく結界の出口が見えてきた。
「見えた! あれが出口だ!」
キュゥべえがそう言うのとほぼ同時。
あたしはまどかの手をしっかりと握ると、力を振り絞って駆ける。
転びそうになるまどかを無理やりにでも引っ張って、あたしたちは結界の外へと出られた。
はずだった。
「……どうなってんの、これ?」
あたしたちが着地した場所は、先ほどとは雰囲気の違う、それでいて嫌な感じは変わらない場所。
間違いなく、魔女の結界だった。
DAY.17 Side MA
凜さんの提案で、私たちはポトフを作りました。
料理の経験なんてロクにありませんでしたが、凜さんと一緒に作るのは楽しくて。
七海さんと一緒に料理していた凜さんもこんな気持ちだったのかなって思いました。
そして、数十分後。
「じゃ、じゃあ、いただきます……!」
「はい、どうぞ」
私は、できたポトフを口に含みました。
「美味しい……」
それは自然と漏れた言葉でした。
それ以上の表現は、私には出てきそうにありませんでした。
「そっか。それは良かった」
凜さんは満足そうに微笑みます。
そして、凜さんもスプーンを手に取って、一口食べました。
「ん、ちゃんとできたね。まばゆと一緒に作ったからいつもより美味しいよ」
「そ、そんなことないですよ……」
私は否定しますが、凜さんは冗談を言っている様子ではありませんでした。
「そんなことある。誰かと一緒って、本当に幸せなんだよ?」
私の予想を裏付けるようにそう言う凜さん。
「私は今、幸せだよ」
凜さんのその言葉は、凜さんが囚われていた呪いが解けた証のような言葉で、私は目頭が熱くなるのを感じました。
その熱も、スープの熱は温かく包んで、溶かしていきました。
それから私たちは、笑いながらポトフを食べました。
久しぶりに凜さんとこんな日々を過ごした気がします。もしかしたら、初めてかも。
そうしてポトフも食べ終わり、食器を片付けようとしたときでした。
ガシャン! と、この家を包んでいた結界が振動していました。
凜さんが不思議そうに聞いてきます。
「この音は?」
「あ、凜さんには言ってませんでした。実は凜さんが寝てる間に佐倉さんが来て、この家に結果を張ってくれたんです。万が一、巴さんに襲われても大丈夫なように」
「なるほど……。ってことは、この音は結界が震えている音ってこと?」
「そうです。でも、どうして……。あっ!」
そういえば、佐倉さんは巴さんが動き出したら合図を送ると言っていました。
もしかしたらこれが、その合図なのかもしれません。ということは……。
「巴さんが、動きだした……?」
私の言葉に、凜さんの表情が引き締まります。
「杏子ちゃんは今どこ?」
「え? えーと……」
ヤバい。そういえば、佐倉さんの場所を特定する手段がありません。
佐倉さんはスマホも持ってないから電話するという手段も取れないし、どうすれば……。
すると、凜さんはソウルジェムを取り出して、辺りの魔力を探ります。
「あった」
凜さんは短く、そう呟きました。
「あったって、何があったんですか?」
私の問いに、凜さんは外に出て、結界の一部を指差します。
「これ。見えない魔力の鎖が伸びてる。多分、これが杏子ちゃんまで繋がっているはず」
そして、凜さんは真剣な表情でこう言いました。
「まばゆ。私と一緒に来て。今度こそ、巴さんを止めたいの」
凜さんの気持ちは分かります。
ですが、私は待ったをかけました。
「待ってください。巴さんはとても強い魔法少女なんです。事実、凜さんでも歯が立たなかったじゃないですか。さすがに無策で行くのは……」
私がそこまで言ったところで、凜さんも分かってると言いたげな表情で頷きました。
「うん。だから、まばゆに手伝ってほしいの」
「私に?」
私に手伝えることなんてあるのでしょうか?
たしかに先ほど、力になるとは言いましたが、巴さんとの戦闘なら話は別です。
私では奇襲をかけても、勝てる気がしません。それを殺さずに説得するなど、私では足手まといになるのが関の山だと思うのですが……。
その考えが顔に出ていたのか、凜さんは笑って言います。
「大丈夫。まばゆに正面から戦えなんて言わないよ。私だって、まばゆを庇いながら戦う余裕なんてないよ。まばゆにやってもらいたいことは別」
「別?」
「そ。姿を消しながら、巴さんの設置した罠を破壊してほしいの」
私が首を傾げると、凜さんは簡単に説明しました。
「今までのことから、巴さんの戦い方は分かった。きっと巴さんは私たちを迎え撃つときに罠を用意するはず。だから、まばゆには私が戦っている間、その罠を破壊して私を援護してほしいの」
なるほど、と納得しかけましたが、私は一つ引っかかりました。
「ん? 私が戦っている間? まさか凜さん、巴さんと一人で戦うつもりですか!?」
「うん」
あまりにもあっさりと言うので、私は数秒言葉を失ってしまいました。
「その、勝算は……?」
「あるに決まってるでしょ? まばゆと一緒なら、私は大丈夫」
だから、と凜さんは私の手を取ります。
「一つだけお願いしてもいいかな?」
「なんでしょう?」
「私が失敗しても、嫌いにならないでね?」
凜さんは不安を宿した目で私を見つめます。
だから私は、凜さんの手をしっかりと握って言いました。
「当たり前です。私はいつでも、凜さんの味方です」
「ありがとう。それじゃあ、行こうか」
仕方ありません。巴さんのことは凜さんに任せましょう。
私はそう切り替えて、佐倉さんの残した鎖を追いました。
佐倉さんの鎖を追って走りだしたと同時に、凜さんはポケットからスマホを取り出します。
そして、誰かに電話をかけたのか、耳にスマホを当てました。
「凜さん? 一体誰に……」
すると、凜さんは私に目線だけ向けて答えます。
「ほむらだよ。きっと私たちだけじゃ巴さんを止めるには力不足だから」
すると、電話は繋がったようで、私のところからもかすかに暁美さんの声が聞こえました。
『もしもし?』
「もしもし? ほむら?」
『凜……。起きたのね』
「うん。ほむら、ごめんね」
『なぜあなたが謝るの』
「心配かけたかなって。あと、迷惑もかけたと思うし……」
『そんなことどうでもいいわ。私が気になっているのは、あなたが大丈夫かどうかよ』
暁美さんのその言葉に、凜さんは明るい表情で答えました。
「うん、私はもう大丈夫。皆の優しさを、もう一度信じることにしたから。それに、まばゆが側にいてくれる。だから、大丈夫」
『そう……。なら、いいわ』
暁美さんの声はどこか明るいものでした。
「それでほむら、時間がないから手短に話すよ。巴さんが動き出した」
『っ! そう、やっぱり動きだしたわね』
「うん。今は杏子ちゃんが止めててくれてる。今度こそ巴さんを止めたいんだけど、協力してくれる?」
『構わないわ。あなたのことだから、殺さずに止めるつもりなのでしょう』
「へへっ。バレてるね」
『当然よ。あなたともそれなりの付き合いだから』
「ありがとう。一つお願いしたいことがあるんだけど、ほむらって今どこ?」
『さっき霧峰村から電車に乗って、見滝原に向かっているところよ』
「霧峰村って……。もしかして、静香ちゃんたちも一緒?」
『ええ。三人とも、私の向かいに座っているわよ』
すると、凜さんはガッツポーズをしました。
「よっし! ナイスほむら! これなら何とかなる!」
『どういうこと?』
「簡単に言うと、静香ちゃんたちを巴さんのところまで連れてきてほしいの。巴さんの説得には彼女たちの存在が不可欠だから。お願い!」
『分かったわ。あなたを信じる』
「ありがとう! 場所は追ってまばゆに伝えさせる。それまでは私が持たせておくから、なるべく早く来てね」
『え、持たせるって……。まさかあなた一人で……!』
暁美さんは何か言いたがっていましたが、凜さんはその前に電話を切ってしまいます。
というか、今の言い方だと。
「もしかして、時女さんたちが着くまで一人で巴さんの相手をする気ですか!?」
「もちろん」
「さすがの凜さんでもそれは……!」
「大丈夫」
凜さんは親指を立てて、笑います。
「もう、負けないよ」
根拠なんてないのに、その顔はとても頼もしい表情でした。
DAY.17 Side SM
あたしたちは混乱していた。
せっかく魔女の結界から逃げられたと思ったのに、その出口が別の結界に繋がっているなんて。
あたしはキュゥべえを睨み付ける。
「キュゥべえ! あんた騙したの!?」
「まさか。これはボクも想定していなかった。まさか魔女の結界に、別の魔女がやって来るとは」
「別の魔女?」
すると、まどかが、あ、と声を上げる。
「ここって……!」
「なに? まどか、知ってるの?」
「う、うん。この魔女、昨日ほむらちゃんから逃げた魔女だよ!」
「そんな……」
最悪だ。
やっと逃げ切ったと思ったのに。
「なるほど。この魔女は昨日取り逃がしたまどかを狙っていたんだ。それを他の魔女に取られそうになったから、向こうからやって来たということだね」
キュゥべえは腹が立つくらいに淡々と説明をする。
結界の主であろう、古いパソコンから翼を生やしたような魔女があたしたちに向かってくる。
しかし、当然そんな狼藉を行えば怒るヤツはいる。
あたしたちが先ほど抜け出した魔女の結界。その主であろう魔女が、飛びかかったのだ。
二体の魔女はあたしたちという餌を取り合って、争いを始める。
すると、キュゥべえは狙い澄ましたかのように切り出した。
「二人とも、ボクと契約するんだ。魔女が争っている今しかチャンスはない」
「だから契約は……!」
「もうキミたちに逃げるだけの体力は残っていないだろう? 魔法少女になれば、死ななくても済むんだよ?」
すると、あたしの後ろにいたまどかが立ち上がる。
「私、契約する」
「ちょっ、まどか!?」
振り返ったまどかは、申し訳なさそうに笑う。
「ごめんね、さやかちゃん。でも、私さやかちゃんを助けたいんだ。さやかちゃんが死ななくてもいい選択肢があるのに、それを選ばないなんて、私にはできない」
「待ってまどか! あんたを魔法少女にさせないためにほむらは……」
「うん、分かってる。だから、ほむらちゃんにはきっと怒られちゃうだろうけど。救える命を救わなかったら、私はきっと後悔する。それに私が死んだら、それもほむらちゃんを悲しませちゃうし。それなら、私は可能性を繋げるほうを選びたい」
まどかの目は真っ直ぐだった。
後悔なんてあるわけないって、顔に書いてある。
この状態のまどかには、もう何を言っても無駄だ。
「……はあ、分かった。それならあたしも契約する」
「え? さ、さやかちゃんは契約なんかしなくても……」
「あたしの気が済まないの! 魔法少女の末路を知って、それでも契約してあたしを助けようとする親友に、全部押しつけるなんてあたしにはできない。それなら、あたしも一緒に魔法少女になる」
ごめんなさい、凜センパイ。
でも、あたしは親友を死なせることも、地獄へ見送ることも選びたくないんです。
使い魔たちがあたしたちに向かってくる。
「そうか。それじゃあ、二人とも願い事を言うんだ」
キュゥべえの言葉に、まどかはうん、と頷く。
「キュゥべえ、私は……」
刹那、結界中に声が響いた。
「ちょおおおおおっと待ったあああああ!!!」
その声と共に、あたしたちに向かってきていた使い魔たちが、炎によって蹴散らされる。
「うええええ!?」
「な、なに!?」
あたしもまどかも、いきなりのことに声を上げる。
すると、あたしたちの前に一人の人が着地する。
あたしたちを守るように使い魔立ちの前に出て、両手に持った大きな扇子を広げる。
「そこの二人、大丈夫!? 間に合ってよかったー! いやぁ、ラッキーラッキー」
その人はサイドテールを揺らしながら、朗らかな声色でそう言う。
「あ、あなたは……?」
まどかがそう尋ねれば、その人は振り返って笑顔で答えた。
「私? 私は由比鶴乃! 神浜市の最強魔法少女だよ! ふんふん!」
DAY.17 Side MA
私たちが鎖を辿っていくと、たどり着いたのは解体途中で放置された団地の廃墟でした。
そこに響く、火薬の炸裂する音と金属の震える甲高い音。
「まばゆは姿を消しておいて」
凜さんはそう言うと、音のする方向へと走っていきました。
私も巴さんに気づかれないように、こっそりと凜さんの後を追うと、奥では巴さんと佐倉さんが戦っていました。
「クソッ! いい加減にしろ、マミ! アタシの知ってるアンタはこんなことするようなヤツじゃなかったろ! いつもバカみたいな理想掲げて、気高いヤツだった!」
「その理想は間違っていた! 掴んだ希望の先には何もなかった! ならせめて……、これで償うしかないの! 理解して、佐倉さん!」
叫びながらも、確実に佐倉さんの先を読む巴さん。
そして、巴さんの狙い澄ました一撃で佐倉さんの防御が崩れた時でした。
「ちょーーーーっと待ったあああああ!!」
凜さんの声が、辺りに響きました。
その声は、二人の注目を引くには十分で、二人とも動きを止めました。
それを確認した凜さんは、佐倉さんを庇うように巴さんの前に立ちます。
「お前……」
「夕凪さん……」
それぞれからの視線を向けられながら、凜さんは巴さんと向き合う。
「昨日ぶりだね、巴さん」
「どいてちょうだい、夕凪さん。それとも、改めて私に介錯されに来てくれたのかしら?」
巴さんは凜さんに問いかけます。
実際、巴さんがそう思っても仕方ないでしょう。
だって、凜さんは変身してないんですから。
「おいバカ、何やってんだ! 変身しろ!」
佐倉さんは焦った声で言いますが、凜さんは首を後ろに向けて答えます。
「心配してくれてありがとう、杏子ちゃん。それと、今まで守ってくれたことも。本当はちゃんとお礼したいけど、それはこれが終わってから。ここは私に任せて、杏子ちゃんは下がって」
「は? マミとサシでやる気か!? んなの無茶……」
「じゃないよ。私は巴さんに勝ちにきたんじゃない」
その瞬間、巴さんから砲弾が放たれました。
瞬きするような一瞬で生み出された大砲からの一撃は、空気を切り裂き、凜さんたちに一直線へと突っ込みます。
「りn……」
私が声を発するより早く、砲弾は二人へと着弾。
爆炎と煙が巻き上がります。
(そ、そんな……)
私は思わず膝から崩れ落ちてしまいます。
その時でした。
「私は、止めに来たんだよ。巴さんがもう誰も傷つけなくていいように」
黒煙の中から、声が聞こえました。
直後、内側から煙が吹き飛ばされます。
そこには、前方に武器を展開してシールドを作った凜さんが立っていました。
「お、おまえ、それ……」
佐倉さんが動揺した声を上げます。
きっと、私も声を出していたら、驚きで声が震えていたでしょう。
だって……。
「ゆ、夕凪さん? な、なんなの……? 何なの、その姿!?」
凜さんは宇宙の闇のような黒いケープではなく、金の装飾があしらわれた純白のケープを身に纏っていたのですから。
月の光を柔らかく反射するそれは、彼女の銀髪も相まって、とても神秘的に見えました。
「もう誰も死なせない」
凜さんは前面に展開していた双刃刀を掴みます。
「これ以上、悲しい思いはさせない」
そして、武器を構えた凜さんは言いました。
「悲劇の連鎖も、絶望の運命も、ここで変えてみせるよ。巴さん」
以前より明るくなった桜色のソウルジェムを揺らし、凜さんは一歩前に踏み出しました。
・夕凪 凜
神浜市から見滝原市に引っ越してきた魔法少女。普段は明るい振る舞いをしているが、時々暗い表情を見せる。優しい生来の性格で、困っている人は放っておけない。神浜市で鍛えられたおかげで、実力は折り紙付き。
Ablaze:ものが燃え立つさま。また、ものが光を受けて輝くさま。