魔法少女まどか☆マギカ 実績『朝焼けのエンドロール』獲得   作:くろしゅー

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(クレメモ読了したので)初投稿です。



DAY.91 少女たちのフィリア

 

 

 

 

 

 

 

 孤独に愛を貫く実況、はーじまーるよー。

 

 

 前回は、みことちゃんの幸福度を上げている途中で、まばゆちゃんから協力の提案がありました。

 

 が、ユリちゃんが全部拒否ってしまったため、味方は相変わらず増えていません。

 

 

 今回はその続きから。

 

 

 

 

 

 

 DAY.91

 

 

 はい、今日も今日とてみことちゃんの幸福度を上げていきましょう。

 

 当然のようにユリちゃんは学校に行きたがらないので、またどっかでデートですかね。昨日はショッピングがメインでしたし、今日は美味しいものでも食べに行きましょうかね。味覚の実体験が伴わないので、幸福度は上がりづらいですが……。ユリちゃんが選択肢を狭めるからね、仕方ないね。

 

『ねえ、凜ちゃん……。今日も学校行かなくて平気なの……?』

 

 

 ほら。ついにみことちゃんすら心配し出しちゃったよ。

 

 大丈夫なん?

 

「アハハ。へーきへーき。どうせ学校行っても、まばゆと喧嘩になるだけだし」

『凜ちゃん……』

 

 

 ……ダメみたいですね。(諦念)

 

 

 ユリちゃんはこれ以上関わって気持ちが揺らぐのを防ぐモード入っちゃったみたいです。

 しょうがねぇな。(悟空)

 

 

 

 まあ、ともかく気晴らしに散歩です、散歩。

 

 

 

 

 前日の会話でみことちゃんに指摘されて気づいたのですが、ユリちゃん、穢れが溜まりやすくなってますね。

 鏡の魔女戦前に魔女化とか、勘弁してくれてよ?(フラグ)

 

 

 

 

 

 

 さて、ぶらぶら歩きつつ、何かイベントを起こせるといいのですが……。

 

 

 

「おい」

 

 

 ん? この声、杏子ちゃん?

 

 

「ちょうどいいとこで会った。ちょっと付き合えよ」

 

 

 

 

 や っ た ぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 DAY.91 Side RY

 

 

 

 

「こんな昼間からほっつき歩いて……。学校サボりか?」

「そーだよ~。ワルでしょ、ワル」

「なんだそりゃ。まあ、アタシには関係ないけどよ」

 

 そんな会話をしながら、杏子ちゃんは私の少し先を歩く。

 

「それより、どこ行くの?」

 

 私が尋ねると、杏子ちゃんは振り返らずに答える。

 

「ラーメン屋。アタシの行きつけの」

「……お代は?」

「あ? んなもん……」

 

 杏子ちゃんの口ぶりから何となく答えが分かって、私は先に言う。

 

「はぁ……。お代は私が払うから」

「なんだよ。ワルって言う割りには律儀だねぇ」

「無銭飲食はお店の人に迷惑かかるの。一生懸命作ってくれたお店の人に失礼でしょ」

 

 みことちゃんがうんうんと頷いているのを横目で見ながら、私は杏子ちゃんに伝える。

 

 若干の実体験の思いを込めた言葉に杏子ちゃんは思うところあったのか、気まずそうにした後、頭を掻く。

 

「あー……、そうだな。これはアタシが悪かった。わるい。借りは返すから」

「謝ってくれたからいいよ。杏子ちゃんにご飯誘ってもらえて、私も嬉しいから」

 

 そんなことを話していると、前に一軒のラーメン屋が見えてくる。

 

「あそこ?」

「そうだよ。ここが一番ウマいんだ」

 

 私たちはお店に入って、テーブル席に向かい合って座る。

 

 注文を終えた後、私は杏子ちゃんに問いかける。

 

「それで? 私に何か話したいことでもあるの?」

「察しがいいな。つっても、大したことじゃないよ。ただ、アンタと一対一で話してみたかったんだ」

 

 

 ――もしかしら、もう話せなくなるかもしれないしな。

 

 

 杏子ちゃんは口の端をつり上げながら、そう言った。

 

 私はため息をついて、再度問いかける。

 

「誰から聞いたの?」

「マミ。お前が学校に来てないのを知って、まばゆから事情聞いたんだと」

「まばゆのお喋りめ……」

 

 まばゆに愚痴りながら、私は杏子ちゃんのほうを見る。

 

「それじゃアレ? 杏子ちゃんも私を説得でもしに来た? それとも、排除?」

 

 警戒心を僅かに上げながら聞くと、杏子ちゃんは手をヒラヒラと振る。

 

「そんなわけないって。仕掛けるなら、最初に会った時点で串刺しにしてる」

 

 杏子ちゃんは水を一口飲んだ後、こう続ける。

 

「言ったじゃん。アンタと話したかったって。それだけ」

 

 私は首を傾げる。

 

「話したいって……。杏子ちゃん、そういうことする子だっけ?」

 

 その言葉に、杏子ちゃんは、おい、と不満そうに突っ込む。

 

「アタシだって、最低限の情と義理は持ってるつもりだよ。一緒に肩並べて戦ったヤツが死地に行く気なら、話したくもなるでしょ」

 

 顔を膨らませ、私を見る杏子ちゃん。

 私は片手でゴメンゴメン、と謝りながら、続きを聞く。

 

「んー、でも何を話す? なにか気になることでもあった?」

 

 私が聞くと、杏子ちゃんは箸で私を指す。

 

「そりゃあるに決まってんだろ。特にお前の異常なまでの人助けへの執着とかな」

 

 杏子ちゃんは水を飲んだ後、私へと語る。

 

「正直アタシには、凜がどうしてそこまで誰かのために動くのか理解できないんだ。同じようなヤツならマミもいるけど、アイツは正義の魔法少女を気取りたいからああやってるだけ。けど、アンタは違うだろ?」

 

 杏子ちゃんが私を探るように見る。

 

「マミと同じタイプなら、アタシのやり方に文句の一つも言うはずさ。けど、実際はそうじゃなかった。別の街の魔法少女なら、そこのやり方があるって、アタシを咎めなかった」

「……でも、それはそうでしょ。あの時、杏子ちゃんと争う理由なんてなかったし、私にとやかく言う権利はないよ」

 

 すると、杏子ちゃんはそれだよ、と言った。

 

「だからアタシは、お前が争いを毛嫌いしてるタイプだと思ったんだ。人に暴力なんて振るえませぇ~ん、ふぇ~んってな」

 

 芝居がかった声で、杏子ちゃんが言う。

 

「けど、マミが暴走したとき、凜は先陣切ってマミを止めた。あの状況じゃ仕方ないとはいえ、力で止めに動いたんだ。アタシはビックリしたよ。コイツ、やるときは仲間にも手を出せるタイプなんだなって」

 

 となると、と杏子ちゃんは頬杖を突いて続ける。

 

「凜の根っこが分からないんだよ。誰かのためになりたいって気持ちは十分伝わってくる。けど、お前をそこまで突き動かしてるものはなんだ? どうして、そこまで自分を犠牲にするんだよ。そこがアタシには理解できないんだ。だから今のうちに聞いておきたくてな」

 

 

(私の根っこか……)

 

 私が誰かを助ける理由は、私がしたいからそうしている。

 

 そう答えるのは簡単だった。

 けど、杏子ちゃんが聞きたがっているのは、これじゃない気がした。

 

 だって、自分でもこの答えに納得しきれていないから。

 誰かを助けたいって気持ち以外の理由が、あるんじゃないかって。

 

 

 

 

 

 そのまま私が答えを出せないでいると、おまたせしました、と店員さんの声が横から割り込んでくる。

 

「お、きたきた」

 

 杏子ちゃんと私の前にどんぶりが置かれる。

 

 どちらも、この店イチオシだという醤油ラーメンだ。

 杏子ちゃんは、トッピングでチャーシューの量を増やしてるけど。

 

 

「「いただきます」」

 

 私たちは手を合わせ、同時に言う。

 

 

「ん~、やっぱウメェな、ここの店」

 

 ラーメンを啜る杏子ちゃんは、とても幸せそうな顔で呟く。

 

 それを見てると、なんだか私も顔が綻ぶようで、つられるように私もラーメンを啜る。

 

「……ん! 本当だ。美味しい……」

「だろ?」

 

 私の感想に満足したのか、杏子ちゃんは八重歯を見せながら笑う。

 

 

 そんな杏子ちゃんを見て、私はふと思ったことを口にした。

 

「杏子ちゃんってさ」

「ん?」

「前から思ってたけど、行儀良いよね。さっきもちゃんと『いただきます』って言ったし。食べ方キレイだし」

 

 それを聞いた杏子ちゃんは、口をぽかんと開けた後に、呆れたように答える。

 

「お前、マジでアタシのことなんだと……。はぁ……、あのな。『いただきます』はさすがに当たり前だろ? それに、こぼしたりするのも食いもんを粗末にすることだ。あと単純に勿体ねぇし」

 

『要するに行儀良いってことだよね?』

 

 私の横で話を聞いていたみことちゃんはそう突っ込む。

 私も同じこと思った。

 

「んだ、その顔! ニヤニヤすんじゃねえよ!」

「いやー、別にぃ?」

『別にぃ?』

 

 私とみことちゃんは同じように、そっぽを向いて誤魔化す。

 

 なんだかそれが可笑しくて、私たちはほぼ同時に吹き出していた。

 

「笑ってんじゃねーか!」

「ごめんごめん。杏子ちゃんを笑ったわけじゃ、なくて。杏子ちゃん良い子だなぁって、ふっ……!」

「せめて言い終えるまでは笑うなよ! あと、やっぱ勘違いしてんじゃねーか! アタシはそんなんじゃねえ!」

 

 腹を抱えて笑うみことちゃんの声を聞きながら、私は少しの間、杏子ちゃんに詰められることになった。

 

 

 

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 そうして、ラーメンを食べ終えた私たち。

 やっぱり、ちゃんと手を合わせて言う杏子ちゃんを微笑ましく思いながら、私は呟く。

 

「この味、万々歳でも再現できないかな~……」

「あそこの店、そんなに味ヒデェのか?」

「万年50点評価だね」

「マジかよ……。よく潰れてねぇな、その店」

「師匠が看板娘で頑張ってるからね」

「そういうもんか……?」

 

 私は笑いながら、この味をいつ鶴乃先輩に教えてあげようかを考える。

 

 

「あっ……」

 

 そこまでいってようやく、私にもうそんな機会はないのだと思い出す。

 

 私の進む道は、神浜を、鶴乃先輩たちを危険に晒す危険を孕んだ道。

 やちよ先輩はきっと私を許さない。当然、彼女の弟子である鶴乃先輩も。

 

 師匠たちを裏切る道を行くと決めたのに、都合良くまた会える日を夢見るなんて、バカみたいだ。

 

「まーた落ち込んでのか」

 

 すると、杏子ちゃんに声をかけられる。

 

「ああ、ごめん」

「別に謝んなくていいけどよ。というか、よく謝るのもお前のクセだよな」

 

 そういえばそうかもしれない。

 杏子ちゃんに言われ、私は今さらながら腑に落ちる。

 

「そういえば、杏子ちゃんに聞かれた質問。まだ答えていなかったね」

 

 私は杏子ちゃんに聞かれたことについて、語ることにした。

 私自身、避けていたことだったから。

 

「私が人を助ける理由は、きっとそれしか生きる意味を見いだせないから。それをしてないと、自分が生きてることに不安になる。これでも、まばゆに私を受け止めてもらってからは、誰かのために役に立たないとって強迫観念は大分和らいだんだ」

 

 あの日、大怪我した私をまばゆに看病してもらって、どんな私でも受け止めるって言ってもらって、とても嬉しかった。

 あの言葉と、抱擁。そして、私に見せてくれたまばゆの笑顔に、私は救われた。

 

「けど、あれからしばらく経って気づいたんだ。やっぱり私、誰かを助けてないとどうしようもなく不安に襲われる」

 

 みことちゃんと夢で会っていたときから感じていた、胸の違和感。

 

 あれは、私の罪悪感だ。

 更紗さんを救えず、みことちゃんを孤独にしたことに対する、私の罪の痛み。

 

 その痛みが私にはたくさんある。

 私が幸せを感じる度に、その痛みが忘れてないで、と訴えかけてくる。

 

「だから、誰かを助けてるんだと思う。誰かを助けているときだけは、その中で痛みを感じているときだけは、不安と罪悪感の痛みを忘れられるから」

 

 キレイな理由じゃなくてゴメンね、と私は杏子ちゃんに謝る。

 

「でも、1つだけ言わせて。私が誰かを救いたいと思う気持ちも本物なの。それに理由なんてないし、きっとそれが好きってだけ。みことちゃんと一緒にいる選択をしたこと、後悔はないんだ」

 

 私を頼ってきたみことちゃんの手を取ったこと。

 自己満足かもしれないけど、彼女の幸せを願っているのは本当だ。そのために、彼女を守る側に立つのも後悔はない。

 

 だから、後は振り切るだけなんだ。

 皆の温もりを。これまでに出来た私の居場所に対する未練を。

 

 

 すると、杏子ちゃんがため息をつく。

 

「はぁ……。お前さぁ、それ、要は自分を罰していたいから人助けしてるってことだろ? 自分が不幸でないと落ち着かないなんて、贅沢な悩みだな」

 

 杏子ちゃんの物言いに、私は少しムッとする。

 

「杏子ちゃんにとってはそうかもしれないけど、私にとっては……」

「真剣な悩みってか。いいや、違うね」

 

 杏子ちゃんは私の言葉を先読みした上で、バッサリと切り捨てる。

 

「お前は自分を不幸な状態にしてたいんだ。そうすりゃ、誰かがずっと助けてくれるからな。お前の周りには、お前を気にかけてくれるヤツらばっかりだからな。不幸な境遇のアンタを見捨てたりなんかしないでしょ。お前はそれが嬉しくて止められないだけだ。お前が誰かを助けるのも、救えなかった分の罪悪感だけじゃない。そうやって、周りを巻き込んでいる自覚がどっかにあるから、周りのために奔走するんだ。そしたら、余計誰かがお前を可哀想と思ってくれるしな」

 

 杏子ちゃんの言葉に言い返したくても、言葉が出なかった。

 

 今までちゃんと意識したことなんてなかった。

 けど、今までの自分の話を纏めると、そういう結論になるんじゃないかって、自分でも納得してしまった。

 

 だとしたら、私は……。

 

「ハハ……。私、本当に嫌な子じゃん……」

 

 全く、なんて滑稽な話だ。

 

 鶴乃先輩やみたまさんの件で思い知ったはずだったのに、結局ショックを受けている。

 私はただ、構ってほしくて無茶を繰り返していただけだ。

 

 もしかしら、みことちゃんを救いたいと思うこの気持ちさえ、自分がより不幸な境遇に置かれることを無意識に望んだからで、みことちゃんを想う気持ちなんて、端から持ち合わせていなかったのかもしれない。

 

 

 

『それは違う!』

 

 私の思考を中断させたのは、隣にいたみことちゃんの声だった。

 

『凜ちゃんは、ちゃんと誰かの幸せを願える子だよ……。だから、だからそんな悲しいこと、考えないで……!』

 

 みことちゃんはそう言ってくれるけど。

 でも、私は……。

 

『本当に周りに構ってほしいだけの人なら、私の側にいるなんて言わないよ! だって凜ちゃん、先輩や仲間を敵に回す可能性を分かった上で、私を選んでくれたじゃない……! 気にかけてくれる人全てを捨て去っても、私の手を取ってくれたじゃない! そんな人が、自分のことばかりな人な訳ない!」

『みことちゃん……』

 

 

 みことちゃんの言葉は嬉しい。

 けど、それすら私がみことちゃんの気を引きたくて、この状況に追い込んだんじゃないかって思考が離れない。

 

『凜ちゃん……』

 

 

 

 

「あのさぁ。何か勘違いしてるみたいだけど、アタシは別にその気持ちが間違ってるなんて言ってないからね」

 

 杏子ちゃんの言葉が耳に届き、私は顔を上げる。

 

「凜、この後時間あるだろ?」

「あ、うん……」

「ちょっと付き合えよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラーメン屋を出て、私は杏子ちゃんの後に付いて歩いていた。

 

 

 

 しばらく歩いてたどり着いたのは、とある廃教会だった。

 

 杏子ちゃんは慣れた様子で、廃教会の中へと入っていく。

 

 

「杏子ちゃん、ここは?」

「アタシの家、だった場所」

 

 何でもないように答える杏子ちゃん。

 

「親父が教会の神父でさ。アタシたちはここで暮してたんだ」

 

 杏子ちゃんの言葉で、先ほどのラーメン屋での会話を思い出す。

 

(杏子ちゃんのマナーとか行儀が良いのって……)

 

 信心深い家で育ったから、そういうマナーや作法が身に染みついているのかも、と私は一人で納得する。

 

 

 そんな中、杏子ちゃんは話を続ける。

 

「親父はさ、信心深い人でさ。世のため人のためって言葉を体現したような人だった。その内、今の教義では真に人々に寄り添えないってんで、教義にないことも話しだしたんだ」

 

 杏子ちゃんは私のほうを振り返ることなく、教会の階段を登っていく。

 

「当然教会への援助は打ち切られるし、教会に来てた人も胡散臭そうに離れてったよ。けど、アタシは親父の言ってることは間違ってないって思ってた。別に特別なことは言ってない、ちゃんと話を聞けば分かるはずなのにって」

 

 私はそこで、先の言葉をなんとなく察した。

 

「……もしかして、杏子ちゃんの願いって」

「そう。『皆が親父の話を真面目に聞いてくれますように』って願いさ。願いは叶って、親父の話を皆が聞いてくれるようになった。アタシはアタシで魔女退治に明け暮れて、親父と二人で世の中を良くしていこうって思ってたんだ」

 

 杏子ちゃんはそこで足を止める。

 

「けどある日、親父にそのカラクリがバレてさ。そこからは早かったよ。親父は酒に溺れて、最期は頭がおかしくなって一家心中さ。母さんも妹も、この教会ごと黒焦げになっちまったよ。アタシを置いてな」

 

 先ほどから気になっていた、黒い煤の跡。

 この教会が火事で今の姿になったのは想像できていたけど、その火事が起きた原因は私の想像を超えていた。

 

「アタシの奇跡は、あの日、ここで燃えちまったんだ。残されたのは、魔法の力と魔法少女の運命だけ。だからアタシは決めたんだよ。もう誰かのために力は使わないって。アタシはアタシのためだけに力を使うってな」

 

 杏子ちゃんはそこでようやく振り向き、残されていたテーブルの上に座る。

 

「ごめん……。辛い話させて……」

「だから謝んなって。これはアタシが勝手に喋り出したことなんだから」

 

 けど、と杏子ちゃんは私を見る。

 

「謝ってくれるんならさ。アタシが喋ったんだから、アンタも教えてよ。魔法少女になった『願い事』。つっても、ほむらから少しは聞いてるけどな」

「それなら別に話さなくても……。私の願いなんて、杏子ちゃんのに比べたら……」

「いいから。別に不幸自慢したいわけじゃないよ」

 

 私は諦めて、簡単に話すことにした。

 

「私は……。仕事をクビにされて、どんどん荒んでいくお父さんとお母さんを見ていられなくて……。いや、それは違うな。私に暴力を振るうようになったお父さんとお母さんを受け入れられなくて、キュゥべえに願ったんだよ。『二人を元に戻してください』って」

 

 今考えても、なんて身勝手な願いだろうと、心底嫌気が差す。

 

「けど、二人も取り巻く環境が変わったわけじゃないから、二人の私への態度はすぐ元に戻って……。結局、二人に殺されそうになった私が助けを呼んだせいで、二人は捕まったの。お父さんもお母さんも、私がいなければ、せめて私がもっと違う願い事を叶えていれば、こんな人生を辿らなくて良かったのに……」

「だから、自分を許せないのか?」

 

 杏子ちゃんの言葉は、私の胸の奥を突き刺す。

 

「……うん。きっとそれが始まり。あの時から、私は二人の人生を壊した責任を取りたかった。だから、必死に誰かを幸せにできる人になりたかった。けど、私が守りたかった人たちは、いつも私の手からすり抜けていく。その罪はどんどん積み重なって、もう私一人じゃ償いきれないって、ずっと思ってる」

 

 メルも、みふゆ先輩も、やちよ先輩も、鶴乃先輩も。……更紗さんとみことちゃんだって。

 

 私が助けたい人は、いつだって私の手をすり抜けていく。

 

 

 

 私にはいつも力が足りない。頭が足りない。

 

 自己犠牲すら、彼女たちを救うには足りない。

 

「きっとその罪悪感から逃げたくて、自分を不幸にしていたんだ。本当に徹頭徹尾、私って自分勝手だね」

 

 すると、杏子ちゃんが口を開く。

 

「ああ、そうだな」

 

 杏子ちゃんは私の言葉を肯定し、続けた。

 

「アドバイスでもしようと思ったけど、ちゃんとできてんじゃん」

「え?」

「奇跡なんて、誰かのために願うもんじゃない。その点、凜はちゃんと自分のために奇跡を使ったんじゃんか」

「でも、それは私の身勝手な……」

「だーかーら。それで良いって言ってるじゃん。魔法は徹頭徹尾、自分のために使うものだって。人間、最期まで自分の味方でいてくれるのは自分だけだ。それなら、自分を最優先して何が悪いってんだよ?」

 

 杏子ちゃんは当たり前のように語る。

 

「親に優しくてしてほしいってのも、死にたくなってのも、誰かに側にいてほしいってのも、人間誰しも願って当然のことだ。それにどうして罪悪感を抱く必要があるんだよ」

 

 杏子ちゃんの言いたいことは分かる。

 

 でも、私は……。

 

「私、そんな権利、ないよ……。私、皆を不幸にしてるし……」

「だー!! だから、それを決めるのは自分自身だって言ってるだろ!? じゃあなんだ? お前と同じように親を不幸したアタシも、幸せになる権利はないってか?」

「っ、そんなことないよ!」

「なら、お前だって幸せを望んでもいいだろ?」

 

 杏子ちゃんの返しに、私は何も言えなくなってしまう。

 

「自分のために生きることが悪いことだと、アタシは思わないね。人間、正直が一番さ。アタシは、アタシのやりたいようにやる。それに後ろめたさを感じる必要なんて、ないと思うけどね」

 

 杏子ちゃんは足をブラブラとさせながら、諭すように語る。

 

 

(自分のために……。私の、正直な気持ちは……)

 

 

 すると、杏子ちゃんはテーブルから飛び降りて、私に近づく。

 

「ま、罪悪感をどうしても受け入れきれないってんなら、ここで懺悔でもしてけ。燃えちまってはいるけど、一応教会だしな、ここ」

「え……?」

 

 杏子ちゃんからの唐突な提案に、私は目を白黒させる。

 

「で、でも、誰に?」

「ああ? あー……。んじゃ、アタシが聞いてやるよ」

 

 杏子ちゃんは少し悩んだ後、そう言いました。

 

「い、いいの?」

「そう言ってんじゃん。アタシの善意、無駄にする気?」

「そ、そんなつもりは……!」

「じゃ、決定」

「でも私、やり方とか知らないんだけど……」

「んなの適当でいいんだよ。ほら」

 

 杏子ちゃんに手を引かれ、私はステンドグラスのある祭壇の前まで移動する。

 

「本来の懺悔室は潰れちまってるし、ここでいいだろ」

 

 そう言って杏子ちゃんは足を止めると、私に膝をつくように指示する。

 

「そうそう。それで、手を組んどきゃオッケー」

 

 こんな適当でいいのかな、と思いながら、私は杏子ちゃんの指示通りに祈りの姿勢を取る。

 

「よし。じゃあ、アタシがここで聞いてるから、全部話しちまいな。凜の罪悪感も後悔も」

 

 杏子ちゃんが前に立ち、そう促してくる。

 

 

 私は少しの逡巡の後、ポツリと言葉を落とした。

 

「わ、私は……、お父さんとお母さんに何もできませんでした。自分の都合だけで願いを叶え、二人のことを考えていませんでした」

 

 場の雰囲気というのはすごいもので、一度口にすれば、私は自然に言葉を紡げた。

 杏子ちゃんが前にいるから、というのもあるからかもしれない。

 

 

「メルを助けられませんでした。私に最初にできた親友だったのに。私の事情を知っていながら気を使わずに一緒にいてくれたのに……。私、何も返せなかった……!」

 

 

「みふゆ先輩に寄り添えなかった……。私が辛いときは、優しく寄り添ってくれたのに。みふゆ先輩の心、救えなかった……」

 

 

「やちよ先輩が抱えてたものに気づけなかった。いつも頼りになって、私たちを見守ってくれる強い先輩だったから、甘えるばかりだった」

 

 

「ももこ先輩を軽蔑した。チームが解散になった後、すぐ別のチーム作ったことにイラついた。先輩は私を気にかけてくれたのに、私はチームの勧誘をその感情だけで断った……!」

 

 

「鶴乃先輩を知ろうとしなかった。それどころか、なんでも出来る先輩に嫉妬してた。学力も、体力も、愛嬌も、私が欲しかった能力、全部持ってたから……。鶴乃先輩が無理してたことも、それでも私を大切に思ってくれてたことも、全然気づいてなかった……。こんな嫉妬深い私、鶴乃先輩にとっては厄介者でしかないと勘違いして、勝手に離れて、余計先輩を傷つけた!」

 

 

「更紗さんとみことちゃんを助けられなかった……! もう誰も死なせないって決めたばかりだったのに、二人は昔の私と同じように誰かに手を伸ばしてたのに、私は間に合わなかった!」

 

 

「二人だけじゃない……。私の手からこぼれ落ちたものはたくさんある! 救えなかった人はたくさんいる!」

 

 

「そして今度も……、誰かを救うために誰かを傷つける選択をして、ごめんなさい……。誰かの気持ちを踏みにじる選択をして、ごめんなさい……!」

 

 

 

 

「それなのに……。幸せを求めてしまって、ごめんなさい……。誰かに一番に愛されたいと願ってしまって、ごめんなさい……」

 

 

「ごめんなさい……、ごめんなさい……!」

 

 

 

 

 

 気づけば、自然と涙が地面に流れ落ちていた。

 

 それを拭うことなく、私は謝り続ける。

 どれだけ謝っても許されないと感じる私の罪に、それでも救いを求めて謝る。

 

 

 

 すると、前から柔らかい声が届いた。

 

「ああ。アタシは凜の罪を赦す」

 

 前を向けば、杏子ちゃんも私と同じように祈っていた。

 

 その姿は、私の不格好なものとは違い、とてもキレイで、様になっていた。

 

「凜の感じてる罪も、後悔も、求める愛情も、アタシが赦す」

 

 

 西日がステンドグラスを照らし、その光が杏子ちゃんの周りを彩る。

 

 その光を浴びる杏子ちゃんは、とても神聖な雰囲気を纏っていて。

 

 私には、彼女が聖女に見えた。

 

 

「アタシが赦すから、いい加減前を向け。凜を縛る罪の鎖は解いたんだ。なら、あとは前を向くだけだろ」

 

 顔を上げた杏子ちゃんはそう言って、微笑む。

 

 その笑顔は、いつもの笑顔と違い、人を包み込むようなものだった。

 

 

 

 

「……それと、みこと」

 

 そこで、杏子ちゃんは唐突にみことちゃんを呼ぶ。

 

『え?』

 

 呼ばれると思っていなかったのだろう。後ろで私たちを見ていたみことちゃんが、思わずといった様子で声を上げる。

 

 かくいう私も驚いた。

 みことちゃんのことは巴さんから聞いていたとしても、姿は私にしか見えていないのに。

 

 驚く私は尻目に、杏子ちゃんは続ける。

 

「アンタのやってきたことも、アタシは赦すよ」

 

 その言葉に、みことちゃんの瞳が揺れた。

 

「正直、アタシも全部を聞いたわけじゃない。けど、凜がここまで救おうとするってことは、多分根っからの悪人ってわけでもないだろ」

 

 杏子ちゃんは祈りの姿勢のまま語る。

 

「神浜じゃ好き放題やったようだけど、アタシはそういうの嫌いじゃないよ。せっかくの魔法なんだ。自分の幸せのために使って何が悪い?」

 

 けどな、と杏子ちゃんは言う。

 

「過去に囚われ続けるのだけは止めろ。お前の幸せは、お前だけのもんだ。誰かの憎しみを背負っても、誰かの恨みを晴らしても、アンタ自身は幸せになれないよ」

『……』

「凜と一緒に行くなら、それだけはハッキリさせとけ。アンタが叶えたい感情はなにかを、な」

『……ご忠告ありがと』

 

 

 みことちゃんはぶっきらぼうにそう言って、黙ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しして、私たちは教会を出た。

 

「それじゃ、アタシはホテルに帰るわ」

「杏子ちゃん、今日はありがとう」

「礼はいらねえって。ラーメンの借りを返しただけだ」

 

 杏子ちゃんは私たちに背を向け、横の道へと歩いていく。

 

 

 

「……ああ、そうだ」

 

 その道を少し行ったところで、杏子ちゃんは足を止めると、振り返らずに私たちに声をかける。

 

「お互いまだ生きてたら、またラーメンでも食いにいかない?」

 

 杏子ちゃんの提案に、私はゆっくりと頷いた。

 

「……うん。いいね、それ」

「もちろん凜のおごりな」

「はいはい」

「約束だからな」

「……うん」

 

 私の返事を聞くと、それじゃ、と杏子ちゃんは手を振って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ろっか、私たちも」

『……そうだね』

 

 

 みことちゃんは頷き、私の横を歩く。

 

 

 バスの時間調べなきゃなぁ、なんて思いつつスマホを開くと、ちょうど1件のメッセージが。

 

「ん?」

 

 メッセージアプリに届いたメッセージ。

 その差出人は、さやかちゃん。

 

「さやかちゃん? なんだろ?」

 

 私はアプリを開いて、メッセージを確認する。

 

「『明日、時間ありますか? よければ、ここに来てください』? なにこれ」

 

 

 私は、その後すぐに送られてきた地図のスクショを確認して、頭を傾げた。

 

 

「……病院?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 DAY.91 Side NT

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。このような感じで良いのではないでしょうか」

 

 私は神浜の地図に書き込んだ、戦力分布図を俯瞰する。

 

「うん、良いんじゃないかな」

「上手く戦力もバラけてると思うヨ。これなら、すぐにカバーに向かえる範囲ネ」

 

 あきらさんと美雨さんも、納得といった感じで頷く。

 

「あきらさん、かこさん。頼んでいたことは?」

「そっちはとっくに終わってるよ。今のタイミングで聞き出そうとすると絶対疑われて、言わなかっただろうから」

 

 あきらさんはそう前置きをして、説明を始める。

 

「まず夕凪さんの武器は双刃刀だね。持ち手を挟む形で両方に刃が付いてるヤツ。それで魔法は巻き戻し。有機物、無機物関係なく、物体の時間を戻せるみたい。主にケガの治療に使ってるみたいだけど……」

 

 それと、とあきらさんは付け加えるように言う。

 

「どうやら彼女、切り札として別の変身形態があるみたいなんだ」

「別の?」

「うん。あんまり具体的なことは分かんなかったけど、どうやら魔力を消費してあらゆる能力を向上させるみたい。魔法も身体能力も」

「なるほど。制限付きのパワーアップといった感じカ」

 

 美雨さんの要約に、あきらさんは頷く。

 

「これがかなり強いみたいでね。少しの間だけど、ワルプルギスの夜を一人で足止めしたみたいだよ」

「それは厄介ですね。しかし、あきらさんの説明通りなら、変身していられる時間は限られているはず。攻略のしようはあります」

 

 私はあきらさんが纏めてくれた資料を見ながら考える。

 

 すると、かこさんが申し訳なさそうに呟く。

 

「ほ、本当にこんなことして良いんでしょうか。フェリシアちゃんも騙しているみたいだし……」

 

 かこさんが罪悪感を感じるのも分かる。

 

 私は夕凪凜の名前が魔法で分かってすぐに、あきらさんとかこさんに夕凪さんの情報を集めるように頼んでいた。

 やり方は簡単。彼女と一緒に戦ったという、深月フェリシアさんからその時の話を聞かせてもらっただけ。

 

 あきらさんの言うとおり、まだ夕凪さんが瀬奈みことと繋がっている前に聞いたおかげか、彼女は一緒に戦ったときのこと、ワルプルギスの夜での彼女の活躍を事細かに話してくれたようだった。

 

 

 確かに普通ならプライバシーの侵害ともなるかもしれないが、今回はそうも言っていられない。

 

「かこさん。負い目を感じる気持ちは分かりますが、私たちはそれ以上に最悪の事態に備えなければいけないのです。もし夕凪さんが私たちの敵に回るのなら、情報を多く得ていたほうが有利。私たちに、負けることは許されないのですから」

 

 私の言葉を聞き、かこさんは黙ってしまう。

 

 心優しい彼女には、やはり割り切れない部分もあるのだろう。

 それでも、割り切ってもらうしかないのだが。

 

 私は資料の続きに目を通す。

 

「他の見滝原の方々もお強い方々ばかりですね」

「そうネ。特にこの巴マミとかいうヤツ、夕凪凜と互角の実力はあるらしいヨ。あの七海やちよに迫る実力者だって言ってるヤツも」

 

 私は指を顎に当てる。

 

「見滝原の方々が夕凪さんに協力しないのであれば、それに越したことはないですが……。私が聞いた情報でも、彼女たちは仲が良いそうですし」

「うん。夕凪さんに協力する可能性は十分あると思うよ」

 

 となれば、彼女たち五人で来る可能性も考えられる。

 

 いや、もしかしたらそれ以上の人数も……。

 

「ともあれ、それをカバーするためのこの配置です。これであれば、負けません」

 

 

 

 そういえば、と美雨さんが口を開く。

 

「キュゥべえのヤツ、神浜中の色んな魔法少女に夕凪凜の話をしているらしいヨ」

「それは私も聞きました。彼らも必死なようですね」

 

 キュゥべえさんの語った内容を考えれば、当然といえ当然だ。

 

 鏡の魔女が本格的に動き出したら宇宙そのものが滅ぶとは、さすがに聞いたときは唖然とした。

 

「あの話、本当なんでしょうか?」

「信じていいと思いますよ。キュゥべえさんは嘘だけはつかない方です。彼らとしては、多くの魔法少女に声をかけ、夕凪さんを討つ可能性を少しでも上げたいのでしょう。彼らの考え方からして、リスクは少しでも減らすつもりでしょうし」

「とはいえ、あんな不安を煽るような言い方、ボクはあんまり好きじゃないなぁ。まだ夕凪さんがクロとも決まったわけじゃ無いのに……」

 

 あきらさんがぼやく。

 たしかに、キュゥべえさんが魔法少女たちに伝えている内容は、要約すると「宇宙を滅ぼす力を持った魔女と繋がった者と、夕凪凜が一緒に動いている」というもの。彼女たちが滅ぼそうとしているかどうかは明言していないが、強力な力を持った者の存在はそれだけで人を不安にさせる。

 

 事実、神浜の空気は少し変わったと感じている。

 

「あきらさんの言いたいことも理解できます。しかし、この空気は私たちにとっては追い風です。これで神浜は夕凪さんにとって完全にアウェー。私たちも動きやすくなります」

「そうだけど……」

「それに、神浜を混乱させないためにも、いざとなったら私たちが止める必要があるのです。対策をしている人たちがいると分かれば、皆さんの不安も少しは和らぐでしょう」

 

 

 

 夕凪さんが何を考えているかは分からない。

 

 

 しかし。

 

 

 

(悪に与するというのなら、私たちで止めます。更紗帆奈から続く、この因縁と共に)

 

 

 

 私は黒く蠢く決意を秘め、作戦の調整を続けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 DAY.91 Side LH

 

 

 

 

 

 宝崎市市民公園。

 

 

 全員の学校などが終わった夕方に、私たちは集まっていた。

 

 

 

 私の眼前では、旭と藍家さんが手を合わせた状態で、静かに魔法の波長を合わせている。

 

 

 

 

 

 やがて……。

 

 

「……ぷはぁ! もう無理、限界!」

 

 藍家さんはそう叫ぶと、そのままヘナヘナと座り込む。

 

「キッッツー……。波長合わせるのってこんなムズいの~……? 聞いてないんだけど……」

「仕方ないでありますよ。魔法少女の魔法というのは、個々が持っている個性のようなもの。それを上手く合わせるのは一朝一夕で出来るものではないのであります」

「それ言われてから、もう2日以上やってるんだけど!? うえーん、サーシャ助けて~!」

「あらあら、ひめちゃんったら♪」

 

 サーシャに抱きつく藍家さん。抱きつかれたサーシャはどこか嬉しそうにしながら、藍家さんの頭を撫でる。

 旭はやれやれといった感じで頭を掻くと、諦めたように言った。

 

「仕方ないであります。今日はここまでとするでありますよ」

「うーん、なんだか前途多難なんよ」

 

 旭たちの修行風景を見ていたうららが呟く。

 

「あーあ。なんかこう、パーッと途端にできるようになんないかな~」

 

 藍家さんのぼやきに、うららは首を横に振る。

 

「藍家さん。技術ってのはそんな簡単に身につくものじゃないんよ。一見簡単にやっているような技だって、その裏には必ず努力が隠れているものなのん」

 

 よっ、とうららは、持っていたヨーヨーを器用にクルクルと回す。

 

「これだって、今でこそ片手間で出来るようになったけど、最初は一回も出来なかったんよ。だから、一番の近道はやっぱり練習あるのみなんよ」

「やっぱそうだよね~……。私チャン、そういうスポ根系、苦手なんだけどなー……。ぴえん」

 

 がっくしと肩を落とす藍家さん。

 

 それでも止めるとは言い出さない辺り、やはり夕凪さんの力になりたいと思う気持ちは強いのだろう。

 

 私は藍家さんを励まそうと、彼女に声をかける。

 

「作戦決行まで、まだ4日もある。のんびりはしていられないけど、そう焦る時間でもない」

 

 すると、藍家さんは気まずそうに頷く。

 

「あー、まあ、そうなんだけど……。もう間に合わないのはゴメンっていうか……。とにかく、私チャンはいつでもゆーりんの役に立てるようになっておきたいの!」

 

 なにかスイッチが入ったのか、藍家さんは立ち上がり、旭に駆け寄っていく。

 

「ごめん、もう一回練習させて!」

「……いいでありますよ。我は藍家殿が満足するまで付き合うであります」

 

 

 二人はそう言葉を交わし、再び特訓を始める。

 

 

 

「ラビちゃん、ちょっといいですか?」

 

 私がそんな二人を微笑ましく見ていると、横からサーシャに声をかけられる。

 

「どうしたの、サーシャ?」

 

 サーシャは少し言いづらそうにしながら、私に問いかける。

 

「ラビちゃんは、凜ちゃんのこと、信じていますか?」

「……どういうこと?」

 

 私はサーシャの意図が分からず、サーシャに問い返す。

 

「その……、凜ちゃんの作戦に協力するとラビちゃんが言ったのが、私としては意外で。ラビちゃんはもっと慎重に決めるタイプだと思っていたので、もしかしたら何か裏があるのかなって……」

「そういこと……」

 

 サーシャの気持ちは何となく分かった。

 私が夕凪さんの話に協力するのを即断したことに、不安を感じているんだろう。

 

 夕凪さんの話が嘘で、夕凪さんが鏡の魔女で世界を滅ぼそうとしているのではないか。もしくは夕凪さんが騙されていて、私たちは鏡の魔女成長の手助けをさせられているのではないか。

 

 その時に、私に策はあるのか。

 遠回しだったけど、サーシャが聞きたいのはそういうことだろう。

 

「心配しなくていい。正直、今回の件で夕凪さんが話していないことだって、きっとまだあると思う。けど、彼女は私たちに希望を見せてくれた。ワルプルギスの夜に打ち勝って、一人の魔法少女の願いを実現させてみせた」

 

 魔法少女の願いと祈りは、絶望で終わるものだと思っていた。

 けれど、夕凪さんはそれだけではないと証明したのだ。暁美ほむらという少女の希望を叶え、彼女を時の迷路から救いだした。

 

 それなら、彼女の信じる道は、今度もきっと誰かの希望に繋がっているはずだ。

 

「私はもう、希望を諦めたくない。たとえ夕凪さんが世界を滅ぼすのだとしても、それはその時。私が全力で止める。だからサーシャは心配しなくていい」

 

 私はサーシャを安心させようと、努めて優しい声で彼女に伝えたが、当の本人は不満そうに頬を膨らませていた。

 

「もう! そういうことじゃありませんよ!」

「えっ?」

 

 サーシャは怒ったように続ける。

 

「凜ちゃんを信じてるのは当然です! じゃなかったら、協力が決まった後すぐにラビちゃんに言ってます。私が聞きたかったのは、凜ちゃんが鏡の魔女を一人で倒そうとしているのに、私たちは何もしないのかって話です」

 

 サーシャは少し呆れたように私を見る。

 

「ラビちゃん、本当に分かってないんだから……。やっぱり一番凜ちゃんのこと信じられていないのは、ラビちゃんなんじゃないですか?」

「それは……」

 

 私は口を閉ざしてしまう。

 私なりに夕凪さんのことは信じていたつもりだったが、もしもの時、と疑う選択肢が最初に浮かんだ時点で、私は彼女を信頼できていないのかもしれない。

 

(あの時から成長したつもりだったけど、やっぱり白金みたいにはできないか……)

 

 私は今は亡き後輩を思い浮かべながら、ため息をつく。

 

「ごめん。サーシャの言う通りかもしれない。私はまだ、夕凪さんの語るような綺麗事の希望を信じ切れていないのかもしれない」

 

 力になると言いつつ、情けない限りだ。

 サーシャから突きつけられた現実に、私は一人落ち込む。

 

 

 

 そこに割って入ってきたのは、少し離れたところで私たちの会話を聞いていたうららだった。

 

「そんなに落ち込む必要ないんよ、ラビさん。信頼することと、盲信することは違うんよ」

 

 うららは持っていたヨーヨーをパーカーのポケットにしまい、私たちの間に座る。

 

「ウチは相方のくららのこと、なーんも分かってなかったんよ。ウチが魔法少女になったあの事故の日。くららの気持ちを本人の口から聞くまで、ウチは全然思い至ってなかったんよ。くららとは今は上手くいっていないだけ、すぐに仲直りできるってずっと思ってたのん」

 

 うららは寂しそうに遠くを見つめる。

 

「ウチは、ウチの中のくらら像を盲信していただけだったんよ。ウチがそんなんだから、くららは魔法少女撲滅派に行っちゃったんよ」

 

 でも、と私をうららは真っ直ぐと見る。

 

「それでも、ウチは夕凪さんを信じるんよ。夕凪さんと一緒にいるっていう瀬奈みことさん?のこと、ウチは良く知らないのん。でも、夕凪さんが手を差し伸べるんだから、きっとその子も深い悲しみを抱えていると思うんよ。だから、えーと……」

 

 うららは立ち上がると、言葉を探すようにウロウロした後、ポンと手を打った。

 

「ウチは夕凪さんのやろうとしていることより、気持ちを信じることにしたのん。夕凪さんの願いを叶えたいから、ウチは夕凪さんを信じるんよ。ラビさんは……」

 

 

 

 ――夕凪さんの何を信じてるのん?

 

 

 

 

 うららからの問いに、私は考える。

 

 

(夕凪さんの信じてるところ……)

 

 

 

 夕凪さんとはまだ出会って一ヶ月程度。

 会えるのも、彼女が学校が休みで那由多の家にやって来たときがほとんど。

 

 教授と一緒に取材に行って。那由多と一緒にその記録を纏めて。みかげさんと一緒に遊んで。

 

 背中を預けて魔女と戦って。

 

 

 

 

 見滝原の人たちに比べたら、彼女と積み重ねたかかわりはきっと浅い。

 

 そんな私が彼女の手を取った理由。

 

 

 

「それは……」

 

 ああ、そうか。

 

 なんてことはない。簡単な結論だ。

 

 

「夕凪さんは、私の友達だから」

 

 

 一緒に色んな所に行って、遊んで、食事をして。

 

 彼女の存在は、しっかりと私の心に根を下ろしている。

 

 

「私は、私の友達を信じたいから、夕凪さんを信じる」

 

 

 それなら、理由はこれだけで十分だ。

 

 

 私の言葉を聞いて、サーシャはふふっと笑う。

 

「やっと素直に言ってくれましたね、ラビちゃん♪」

「別に……。最初から素直ではいたつもり……」

 

 サーシャの笑顔がなんだか恥ずかしくて、私を顔を背ける。

 

「でも、私もラビちゃんと同じです。凜ちゃんのこと、お友達と思ってますから。だから、助けたいってだけです」

 

「そうでありますな」

 

 サーシャに続くように聞こえてきたのは、旭の声だ。

 

 どうやら私たちの会話が気になって、特訓を止めていたらしい。

 

「我も凜殿の人柄に惹かれた。理由はそれだけでありますよ。それに、我はまばゆ殿とも友達でありますからな。大切な人を失って苦しむ友達の姿は、もう見たくないのでありますよ」

 

 すると、旭の横から藍家さんも割って入ってくる。

 

「それなら私チャンだってそうだし! 神浜の状況とか、因縁とか、そんなんどーでもいいわけ! 私チャンのマイメンが困ってるなら助ける! それだけ! 疑うとか、もしもの時ってのはヒコ君に任せる!」

 

 清々しいくらい言い切る藍家さんに、私は思わず笑みがこぼれる。

 

 

 人を信じるのなんて、案外こんなものでもいいのかもしれない。

 

 なにより……。

 

(彼女が救われることを、私は望んでいるから)

 

 

 誰かのためにあり続けてきた彼女が、初めて自分の都合で動いたんだ。

 それを応援してあげたい気持ちもある。

 

 

 友達とは言ったけど、彼女はまだ15歳。

 私よりも年下の子なんだから、私たちが救われた分だけでも助けてあげたいし、守ってあげたい。

 

 

 私たちだって、大切な人を守れると証明してみたい。

 

 

 

「……うん。そうだね。鏡の魔女討伐、私たちも手伝おう」

 

 私の発言に、皆は顔を見合わせた後……。

 

 

「「「「うん!!!」」」」

 

 

 と力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そこへ……。

 

 

「皆さーん! 差し入れ持ってきたんですの~!」

 

 

 那由多の声が遠くから聞こえてきた。

 

「那由多様? なぜここに?」

「藍家さんから教えてもらったんですの。ほら」

 

 と彼女が見せてきたスマホの画面には、『宝崎グループ』とのグループチャットの画面が。

 

 私が藍家さんを見れば、彼女はしてやったりといった顔で、舌を出していた。

 

「水くさいですの! 藍家さんから全部聞きました。私だって夕凪さんのお友達ですの。できることは少ないかもしれませんが、手伝いますの!」

 

(教授の娘さんだから巻き込むわけにはいかないと黙っていたのに……)

 

 私は頭を押さえたくなったが、知られてしまったのなら仕方ない。

 

「……分かりました。ですが、絶対危ないことはしないでくださいね」

「分かりましたの!」

「うん!」

 

 私は那由多の言葉に頷きかけて、別の声の返事も聞こえたことに引っかかる。

 

 私が少し横に目を向ければ、そこには那由多よりも背の低い影があった。

 

「みかげさん……」

「え? ええっ!? みかげさん、どうしてここにいるんですの!?」

 

 那由多が連れてきたわけではないようで、彼女も大声を上げてビックリしてる。

 

「だってー。なゆたんの家に行ったらなゆたんもラビたんもいないし。なゆたんパパに聞いたら、皆出かけてるって言うし。それで探してたら、なゆたんがなんかコソコソしてたから、一緒についてきちゃった!」

「ついてきちゃった、って……。いいですの、みかげさん。これは遊びでは……」

「知ってるよ。凜お姉さんのことでしょ」

 

 みかげさんの雰囲気がガラッと変わり、真剣なオーラを纏う。

 

「ここ最近、ずっと姉ちゃの元気がないの。だから、キュゥべえから聞いたんだ。そしたら、凜お姉さんが神浜を滅ぼす悪いヤツ扱いされてるって。姉ちゃ、凜お姉さんのこと大好きだし、それで元気ないって分かったんだ」

 

 そこで、みかげさんは自分の胸を叩く。

 

「だからね。私が凜お姉さんを助けて、凜お姉さんの疑いを晴らす! そして、姉ちゃを安心させてあげるの! だからお願い!! 私も仲間に加えて!」

 

 両手を合わせて頼み込んでくるみかげさん。

 

 那由多は不安そうな顔をしているが、私はみかげさんに声をかける。

 

「分かりました。ですが、くれぐれも無茶は禁物です」

「っ! ありがとう、ラビたん!!」

「ちょっとラビさん!?」

 

 那由多が咎めるような視線を私に送ってくるが、私は平然と返す。

 

「ここで断っても、この子は勝手についてきますよ。それなら、危ない目に合わないよう、私たちで見ておくほうが安全でしょう」

「ですが……」

「いいじゃないですか。夕凪さんを思う気持ちは一つです。それに、何もしなければどのみち、神浜は危険な状況になりますよ」

 

 うっ、と那由多は言葉に詰まり、諦めたように首を振る。

 

「……分かりましたの。ですが、本当に危険なことはしないこと。いいですの?」

「うん! なゆたんもありがと!!」

 

 

 すると、みかげさんは皆の中心に移動し、息を大きく吸う。

 

 そして。

 

 

 

「それじゃあ……。凜お姉さんと神浜を救い隊! 頑張るぞー! おー!!!」

 

 

 と拳を突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダサいのん」

 

 

 私はうららの頭をシバきつつ、笑顔とともに拳を突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




遅ればせながら、『Crescent Memoria』読み終わりました。

いやー、続きが非常に気になるお話でしたね。
ネタバレになるのであまり語れませんが、ももこちゃんが深く掘り下げられていて良かったです。すみれちゃんも可愛くて良い子で、非常に好みのキャラでした。(この後が怖いですが……)

あと、テーマソングの『旬ノ痞、夢ノ痣』も良い曲でしたね。

と同時に、歌詞が割と凜にも重なる部分が多くて驚きました。凜のイメージソング、これで良くない?
そういえば、クレメモの新キャラ二人って、名字が『夜明』と『日暮』で、両方とも太陽の移ろいの時間帯を指す名字なんですよね。舞台は港町ですし……。うん?『夕凪』……?

あれ? 夕凪凜ってクレメモの新キャラじゃないか?(錯乱)

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