魔法少女まどか☆マギカ 実績『朝焼けのエンドロール』獲得 作:くろしゅー
みなさん、お待たせしました。待ってないかもしれませんが、お待たせしました。
以前に後書きでちょろっと言ってた、『Crescent Memoria』を題材にした番外編を今回から連載したいと思います。
……と思っていたのですが、ワルプルギスの廻天を観たら、どうしても書きたいものが増えてしまったので、そちらも併せて書くことにしました。
そのため、お話の立ち位置を番外編ではなく、完結編にしました。
それと当然ですが、このお話には『魔法少女まどか☆マギカ Magia Exedra』内ストーリー『Crescent Memoria』のネタバレが多く含まれます。本編を視聴してから読んでいただくと分かりやすいかもしれません。
また、4話目以降からは『魔法少女まどか☆マギカ ワルプルギスの廻天』の重大なネタバレも取り扱います。
一応、ネタバレ解禁日の今日から投稿を開始しますが、まだ未視聴の方はこんな小説放っておいて、先に映画をご覧ください。
これらを踏まえ、それでも読んでもいいよ、という方はこの先にお進みください。
DAY.135 夕凪は夜明けの風を想う
DAY.135 Side RY
ガタンゴトン、と電車特有の規則的な揺れに身を任せながら、私は外を眺める。
見えてきた海を見つつ、車内に流れる次の駅を知らせるアナウンスを聞く。
(あと3駅か……)
目的地までの距離をぼんやりと考えていると、横から私を呼ぶ声がする。
「あの、凜さん」
「ん? どうしたの、まばゆ」
私を呼んだまばゆは、私に問いかけてくる。
「私たち、豊鶴市に向かってるんですよね?」
「そうだよ」
「そろそろ教えてもらえませんか? どうして豊鶴に……」
「ああ……」
まあそうだよね、と私は思う。
今日、私たちは豊鶴市を訪れることにしたのだけど、その詳しい理由をまばゆにはまだ伝えていなかった。
まばゆからしたら、豊鶴市は先日の鏡の魔女討伐の際にみんなとの集合場所にした町でしかない。そんな町に私が何の用があるかなんて、想像しろというほうが無茶だ。
なんで伝えていなかったかといえば、その理由をまばゆにどう伝えていいか迷っていたから。それで結局、話す勇気を持てないまま、ここまで来てしまった。
「ごめんね。ちょっと色々訳ありでさ」
「訳あり?」
「うん。会いたい人が豊鶴市にいるかもしれないんだけど、私の勘違いで終わる可能性もあるから」
「勘違い? えっと、どういうことです? 連絡が取れないってことですか?」
「まあ、そんな感じ。私も会ったのは2回だけ。連絡先も交換してないし、まだ豊鶴にいるかも分からない。それに……」
一番の理由は、自分の記憶しか証拠がなかったから。そしてそれが、私自身すら忘れていた、恥ずかしいほど愚かだった頃の私の昔話だから。
でも、まばゆには。まばゆにだけは、話しておきたい。聞いてほしい。
私の、ある意味で魔法少女としての始まりと後悔にして、今度こそ救いたい人たちとの物語を。
私は覚悟を決め、まばゆに全てを打ち明けるべく、ゆっくりと口を開いた。
「その人の名前は、
DAY.135 Side SY
海岸沿いの公園を歩きながら、私は魔女の反応を探る。
「ここにはいない、か……」
ソウルジェムに反応は無い。どうやらここにも、目的の魔女はいないようだった。
魔女を探し出して、かれこれ2時間。さすがに足が疲労を訴えてきていた。
私はちょうど視界に入ったベンチに腰を下ろす。
「ふぅ……」
ベンチからの視界は、ちょうど海を見渡せるようになっていた。
西日を反射する海は、宝石をバラ撒いたようにキラキラと輝いていた。
海をぼんやりと見ていると、やがて風が止まった。
(もうそんな時間か……)
もう夕方だ。先ほどまで吹いていた風がピタリと止まったのは、風の向きが変わる、夕凪の時間となったのだろう。
木の葉の揺れる音も止まり、先ほどより公園は静かになる。響くのは波の音だけ。
――夕凪……、夕凪凜です。
――すみれさん! 私、あなたたちの力になりたいんです!
――何を救いたくてここまで進んできたんですか!? 私のちっぽけな命を死なせないため? 違うでしょう!?
この時間になると、昔に出会った彼女のことを思い出す。
思えば、彼女と初めて会ったのも、このベンチだった気がする。
「夕凪さん、元気かなぁ……」
私の独り言は、空に吸われていく。
こんなこと、私には願う権利すらないというのに。
それでも、願わずにはいられない。
自分を簡単に捧げられてしまう彼女が、自分のための幸せを掴めていることを。
DAY.?? Side SY
私、夜明すみれと夕凪凜さんとの出会いは、1年半くらい前だったろうか。
あの頃の私は、親友で相棒であった日暮ふうかと共に、この街の魔法少女を救おうと奔走していた。
ふうかが私を助けるために魔法少女の契約をしてからしばらく経った頃。私たちは魔法少女の隠された真実、ソウルジェムの正体と魔法少女の魔女化を知った。そして、何とか魔女化を回避する術を探っていた。
しかし、当時魔法少女の契約をしていなかった私にできることは限られていて。希望はふうかの魔法だけだった。
ふうかの魔法は相手の『無気力化』。魔法をかけた相手を無気力にし、思考能力を奪うものだった。これを応用することで、絶望に染まった魔法少女のソウルジェムを停止させ、穢れも止めることができた。
また、無気力状態で魔女化すると、『魔女の境界』と私が名付けた状態になり、穢れだけを吐き出して魔女化を回避することも確認できた。
けれど、それも完璧じゃない。当時の私は知らなかったけど、一度魔女の境界が発現すれば、無気力化を解いた瞬間に魔女化する状態になってしまう。それに、魔女の境界の発現もかなりシビアで、何人もの魔法少女はそのまま魔女化してしまったと、ふうかは言っていた。
そのこともあって私たちは、何とか状況を打破しようとしていた。ふうかの魔力だって無限じゃない。魔女化しそうな魔法少女に無気力の魔法をかけ続けれるだけでは、いずれはふうかが魔女になってしまうからだ。
私は一計を案じ、神浜のベテランである七海やちよさんたちからヒントを得ようとした。ベテランの彼女たちなら、魔女化回避の手がかりを知っているんじゃないかって。
けど、彼女たちは魔法少女の真実すら知らなかった。キュゥべえ曰く、2年以上魔法少女やっている子でも、真実にたどり着く魔法少女はごく僅からしい。
それどころか、ふうかのやっていることが歪んで伝わってしまい、みかづき荘のみんなとふうかが対立してしまった。
結果、私はみかづき荘に通うことを止め、状況はほとんど振り出しに。いや、より悪化した状態で動いていた。
そんなある日だ。私はこの公園にいた彼女に出会った。
「あの~……」
私は、ベンチに座って黄昏れる女の子に声をかける。
ただベンチに座っているだけなら、私も声をかけなかった。けど、彼女の目はどこか虚ろだったし、私が用事を終える前に公園の横を通ったときから、そこから動いていなかったから心配になった。
一方の女の子は、私の声にゆっくりと顔をこちらに向け、一拍置いてから取り繕ったような笑みを浮かべる。
「は、はい。なんでしょうか?」
「いや、ちょっと心配になって。あなた、ずっと心ここにあらずって感じで動いていなかったですから」
魔女の口づけを受けているわけでは無さそうで、私は胸を撫で下ろす。
しかし、それなら何かあったのだろうか。
(あの目……)
私はあの目をした人を何度か見たことがあった。
親の勤める病院で、彼女と似たような目をした人がいた。穏やかだけど、底知れない闇がある目。未来を見えていない目。
親に聞けば、彼らは寿命の宣告をされた人たちだった。
この子も同じかは分からないけど、それくらい深い絶望を抱えているんじゃないかと思うと、放っておけなかった。
「なにか辛いことがあったなら聞きますよ?」
ゆっくりとベンチに座りながら提案するも、彼女は首を横に振る。
「いや、悪いですよ。見ず知らずの自分の話なんて、聞くだけ退屈でしょうから」
申し訳なさそうにする彼女。
そんな彼女を、私は観察し続ける。
(辛いこと自体は否定しない。それに、断る理由も私を気遣ってのもの。これなら、いけるかも?)
もちろん、赤の他人に事情を話したくない、という裏の気持ちもあるだろうが、それでも彼女の優しさに嘘は感じられなかった。
なら、彼女は恐らく我慢しているだけだ。
そう結論づけ、私は口を開く。
「私のことはお気になさらず。それに、見ず知らずの相手のほうが話せることもあると思うんです。関係が近い人のほうが相談しにくいこともあるじゃないですか。だから、私でよければ、お話相手になりますよ」
私の言葉に、彼女は悩んでいるようだった。
それを見て、私は畳みかける。
「でも、そうですね……。さすがに全く私のことを知らないのも怖いと思うので、自己紹介させてください」
私は胸に手を当てる。
「私は夜明すみれです。すみれって呼んでください」
私が笑いかけると、彼女も小さく口を開く。
「夕凪……、夕凪凜です」
「夕凪凜さん。素敵な名前ですね。それに、名字もちょっと親近感が湧きます」
「親近感?」
キョトンとする彼女に、私は解説する。
「ええ。夕凪って、夕方に海風から陸風に変わる際に風が止む状態を指すんです。ほら、今みたいに」
私はベンチから見える海を指さす。
海は寂しいくらい静かで、神秘的な気配を纏っていた。
「だから、この時間はあなたの時間ですね」
「私の、時間……」
「ええ。ちなみに、それの逆で朝凪っていうのもあるんですよ。夜明けを過ぎた海が凪ぐ状態を指すんです」
「あっ、だから……」
夕凪さんも気づいたようだった。
私は胸の前で指を重ねる。
「はい。夜明も夕凪も、自然の中の時間を表わす言葉で関係あるかなって。それに、私の友達に
おどけるように笑うと、彼女の頬も自然と緩む。
「ふふっ、そんなことありませんよ。私の名字の意味、初めて知りました。そうか、お父さん、お母さん……」
両親を呼ぶ声の温度が違ったのを、私は聞き逃さなかった。
「ご両親が、どうかされたんですか?」
私の問いに、彼女はすぐには答えなかった。
何度か迷うように、口を開けては閉じを繰り返し、やがて彼女はポツポツと語り出した。
「私、虐待されてたんです」
なんでもない風に言った彼女の言葉に、私は固まる。
「ほんとについこの間まで。お父さんに殴られて、お母さんに叩かれて、ついには殺されそうになりました。私はつい逃げちゃって、2人は警察に捕まっちゃいました」
その軽い声音に似つかわしくない、彼女の凄惨な過去が私の前に曝け出される。
「今は頼れる先輩のところにお世話になっています。みなさん優しくて、私を温かく迎えてくれました」
けど、と彼女の視線が下がる。
並べられた言葉とは裏腹に、彼女の目の色はどこか暗い。
その理由は、直後の彼女の言葉で分かった。
「どうしても、居心地が悪いんです。殴られることにも、血の滲む努力を強いられることにも怯えなくて良くなったのに。なんだか、ふわふわ浮いた感覚なんです。だから、帰りたくなくて、ここで……」
「おかしいですよね」と笑う彼女は、見ているこっちが泣きたくなるほど悲痛な笑顔だった。
「私、あそこにいていいのかなって気持ちが消えないんです。お父さんもお母さんも、私がもっとしっかりしてれば助けられたはずなのに、私だけ幸せになっていいのかなって……」
「それは……!」
「分かってます。自分がヒドいことされてたって、理屈は分かるんです。でも私、そう思えないんです。あれは私がされて当然のことで、私はそれから逃げちゃっただけじゃないのかって、気持ちがずっとあるんです。お父さんとお母さんが怒るのも当然だったって」
それに、と彼女は続ける。
「お父さんとお母さんが求めていたような人が、世の中にいることも知っちゃいました」
「求めてた、人?」
「はい。私の先輩にいるんです。勉強は学年主席で運動神経も抜群。成績表もずっと最高評価で、小学校も中学校も皆勤賞。お父さんのお店も手伝って、まさに完璧で最強な人。私のなりたかった姿そのものな人」
夕凪さんは泣きそうな顔で笑う。
「その先輩がお父さんとお母さんの子どもだったら、2人にあんな思いさせずに済んだのかなって……。私があの人みたいになれたら、もっと、幸せな家庭が続いてたのかなってっ……」
堪えきれなくなった涙が、彼女の目からこぼれ落ちる。
「私は、私が許せません……! 私なんて、幸せになる価値なんてないんです! いっそ死んだほうが――」
彼女がその先の言葉を言う前に、私は彼女を抱きしめてその言葉を封じる。
「えっ……?」
「ダメです……。ダメですよ、死んだほうがいいなんて言っちゃ……」
夕凪さんは少しの間目を白黒させていたけど、やがてポツリと零す。
「それでも、私は……」
私は彼女背中をさすりながら続ける。
「私のおばあちゃんは、交通事故で亡くなりました」
「それ、は……」
「元気なおばあちゃんで、私はそんなおばあちゃんが大好きでした。だからこそ、あんなお別れ、すごく悲しかったんです」
「……私に、そんな悲しんでくれる人、いません」
「本当に?」
私の問いかけに、彼女は答えない。
「お世話になってる先輩がいるって言ってましたよね? その人たちは、あなたが死んだら悲しみませんか?」
さっき、私とのたったあれだけのやり取りで、私が言いたいことを先読みできたんだ。
賢いこの子が、それに気づいていないはずがない。
「人生、良いことばかりじゃありません。辛いことも苦しいこともあります。でも、お天道様は見ててくれますから」
おばあちゃんが言っていたことを思い出す。
正直であれ。いつでもお天道様は見ているからって。
「自分の価値が分からないかもしれないけど……。それでも、決めつけて、投げ出さないでください」
彼女の肩に手を置き、その顔を真っ直ぐに見る。
「諦めないでください。例え、自分が間違ったと思っても。その先に、必ず光はありますから」
その言葉は、半分は自分に言い聞かせるものだった。
嘘をついて、ももこさんたちを騙して。たくさんの魔法少女を無気力化させている自分を奮い立たせるものだった。
自分のやっていることは悪いことかもしれない。間違った道かもしれない。けれど、その先にみなさんの救いがあるのなら。
ふうかを救えるなら。
私はみんなに生きていてほしい。
ただのエゴかもしれないけど、生きていれば良いことはきっとあると私は信じている。
それは、目の前の彼女に対してもだ。
夕凪さんに、自分の存在が間違っているなんて結論で、死を選択してほしくない。私が救おうとしている未来から、こぼれ落ちてほしくない。
それは私の、嘘偽りない気持ちだった。
夕凪さんはそれ以上、言葉を紡げず、ただ涙を零すだけだった。
私は彼女を包み込むように、再びそっと抱きしめた。
「ごめんなさい、お見苦しいところを見せてしまって……。服も汚しちゃいましたし」
「気にしないでください。洗えばいいだけですから。あ、チリ紙使います?」
私はお気に入りのポーチから、ポケットティッシュを取り出す。
「ありがとうございます。それにしても、ティッシュのことチリ紙って呼ぶの、珍しいですね」
「あ、あはは……。おばあちゃんの言葉遣いが移っちゃったみたいで。友達にも、言葉遣いが古いってよく言われるんです」
私が笑うと、つられて彼女も笑う。
そこに、先ほどまでの澱んだ感情は見えなかった。
(少しは元気に、なってくれたかな?)
少なくとも、今にも消えてしまいそうな雰囲気は彼女から消えていた。
すると、彼女のスマホが着信を知らせる。
彼女は画面を見て、「ヤバっ……」と漏らす。
「すみません、ちょっと……」
「どうぞ」
夕凪さんは私に断りを入れると、電話に出る。会話はよく聞こえなかったが、彼女の動きから何かしら謝っているのは分かった。
数分後、夕凪さんは私の元に戻ってきて言う。
「すみません! 私、そろそろ帰らないといけなくて……」
気づけば、太陽は水平線に沈み、辺りは暗くなっていた。
「送りましょうか?」
「いえ、そこまでお世話になれませんよ。それに私、神浜から来てるので」
「神浜から……」
一瞬、ももこさんたちの顔が過ぎるが、すぐに切り替える。
「駅も近いので、ここで大丈夫です」
「分かりました。またいつでも来てくださいね」
「はい!」
元気よく「ありがとうございましたー!」と手を振る彼女を見て、微笑ましい気持ちになる。
あわよくば、また会えたらな、なんて思いながら。
しかし、私の予想に反して、その時はすぐに訪れた。
数日後、三度豊鶴を訪れたももこさんたちの隣にいた彼女と、私は再会した。
DAY.?? Side RY
「……それに、すみれはずっと関わっていたのかよ」
ももこ先輩が暗い声で問いかける。その先にいるのは、この前会った夜明すみれさん。そして彼女の隣にいる、夕日に輝く銀髪をウルフカットにしたもう一人の少女、日暮ふうかさん。
私が豊鶴に行った数日後、ももこ先輩からすみれさんの話を聞いた時は驚いた。
彼女が、かつてみかづき荘の仲間だったこと。突然、理由も言わずに去ってしまったこと。
先輩が豊鶴に行くと聞いて、私も一緒に行くことにした。鶴乃先輩、メルと共に。
そこで、私とメルはふうかさんと接触。
ももこ先輩曰く、ふうかさんは魔法少女を殺して回っているとか。私からすれば、とてもそんな風には見えなかったが。
そしてすみれさんは、私たちの元から逃げたふうかさんと共に、どこかに行ってしまった、と。
どうも誤解がありそうだと思った私は、一度神浜に戻ったタイミングでみかづき荘の人たちからすみれさんの話を聞き、その気持ちは一層膨れ上がった。
違和感を感じてたのはやちよ先輩も同じだったようで、私たちはすみれさんの真意を密かに調べた。そして、すみれさんが忘れていったノートから、私たちはある真実にたどり着いた。
魔女化という、魔法少女の真実に。
やちよ先輩は酷く動揺していた。
それもそうだ。魔法少女が魔女になるなんて、到底受け入れられるものではないだろう。
普通なら。
……私といえば、申し訳ないくらいに感情が動かなかった。
もちろん、やちよ先輩たちがそんな運命を背負わされていることには腹が立ったし、悲しくもなった。
けど、不思議と自分の未来には絶望しなかった。むしろ、私にはお似合いの結末だと、すんなり受け入れられた。
だからこそ、私は冷静だったし、ふうかさんたちの動きの違和感にもすぐに気づいた。
彼女たちの動きも全て、この真実が関わっているなら説明がつく。
もしかしたら、彼女たちは魔女化から魔法少女を救おうとしているのではないか。ふうかさんが魔法少女を殺したというのも、ソウルジェムに何かして活動を止めただけなのかも。ソウルジェムと肉体のリンクが切れれば、私たちは仮死状態になる。それなら、ふうかさんが鶴乃先輩たちに言ったという「死んでいるけど殺してない」の台詞も納得できる。
そう思った私は、すぐにやちよ先輩に私の推理を伝えた。
当然、これは彼女たちの善性を前提にした推理だ。もしかしたら、彼女たちにはもっと悪辣な思惑があるのかもしれない。
けど、私を抱きしめてくれたすみれさんが、メルの占いをバカにせず聞いてくれたふうかさんが、そんな悪い人には思えなかった。
やちよ先輩も納得してくれて、私たちは再度豊鶴市に向かった。
そして、彼女たちと再会し、今に至る。
「知らなかったことは多いですが……。すべては、私が始めたことです」
すみれさんはそう口にする。彼女の口調は、この前と違い、どこか冷たい、拒絶するようなものだった。
2人の口から語られたのは、魔女化を防ぐために多くの魔法少女を襲い、ふうかさんの『無気力』魔法で昏倒させていたこと。
そして、魔女の境界を安定して出す実験のために、多くの昏倒した魔法少女が犠牲になったこと。
「多くの犠牲を仕方ないと話したのは私。こうなるとは思ってなかったけど……。その思想自体は、今も変わらない」
すみれさんは宣言するように言い放つ。その目は、覚悟を決めた目だった。
ももこ先輩とすみれさんの言い合いは続くが、私は話を聞きながらも次の動きを考えていた。
なにも、覚悟を決めてここに来たのはすみれさんだけじゃない。
ももこ先輩たちは驚いていたようだったけど、私にとってはここまで想定内だった。
よほど後ろめたいことがなければ、ふうかさんだってすぐに私たちを頼ったはずだ。もちろん、すみれさんも。
魔法少女の真実を広めたくない思いはあったにしろ、それ以外にも理由はあるとは考えていた。当然、みかづき荘のみんなには言えなかったけど。
でも、今のやり取りで裏も取れた。
私なら。私だけなら、話を聞いてくれるかもしれない。あの手を、取れるかもしれない。
私は2人に気取られないように、ジリジリと立ち位置を変えていく。
「ふうか、もう一つだけ手伝って。ももこさんたちを、救おう」
「……でも、すみれ。もう魔女化を知られてる。隠すことなんてもう無いし……。あたしに、その資格はないけど。キミは、この人たちと協力して――」
「もう協力しなくても、大丈夫。私に任せてくれたらいいから」
すみれさんはそう言って、ふうかさんの手を優しく握る。
それはきっと、決別の合図。
「お願い、ふうか」
すみれさんの目を見たふうかさんは、一度目を閉じ、再び開いてこう言った。
「……分かった」
次の瞬間、彼女は前にいたみふゆ先輩の側まで即座に移動し、彼女に手をかざす。
すると、みふゆ先輩は糸の切れたマリオネットのように地面に崩れ落ちる。無気力化の魔法だ。
「みふゆっ!」
「おい、なんで……!」
やちよ先輩がみふゆ先輩に駆け寄り、ももこ先輩は理解できないとすみれさんに問いかける。
「ごめんなさい、みなさん。魔法少女の真実を解決する日まで、眠っててもらいます」
そして、その言葉を合図にふうかさんが再び動きだそうとする、その瞬間。
私は地面を蹴り、彼女の前へと飛び出す。
「っ!?」
ふうかさんの視界から外れるために鶴乃先輩の身体の影に移動していたのが功を奏したようで、無事に彼女の意表を突くことに成功する。繰り出した蹴りは防がれたものの、ふうかさんを後ろへと押し下げることに成功する。
「凜!」
鶴乃先輩が私の動きを見て、続こうと走り出したのを、私は叫んで制止する。
「私1人に任せてください! みなさんはみふゆ先輩と倒れた魔法少女を!」
ここには、ふうかさんが昏倒させた魔法少女もいる。動けない彼女を戦いに巻き込むわけにはいかない。
「でも!」
「無茶よ!」
鶴乃先輩とやちよ先輩は、援護に入ろうとしてくる。
だが、すでに前からはふうかさんが向かってきている。
「メル! お願い!」
私はふうかさんから目線を外さず、メルの名を呼ぶ。どうして一番にメルを呼んだのか、この時の私は理解していなかった。
「っ……! 七海センパイ! ここは凜を信じてほしいです!」
「メルっ……!」
後ろは見えないけど、2人の足音が止まった。メルが止めてくれたのだろう。
それ以上を考える前に、ふうかさんの攻撃が来る。
私は、彼女の振るう茨の鞭を避け、ふうかさんへと突っ込む。
(ここからは、持久戦だ……!)
突っ込む私を迎撃するべく、ふうかさんも鞭を構える。
夕暮れが染める波止場で、私とふうかさんはぶつかり合った。
ふうかさんは私よりベテランの魔法少女だ。
やちよ先輩たちから聞いた話から考えると、時系列的にももこ先輩がみかづき荘に加入する前には魔法少女になっているはず。となれば、最低でも1年近くは魔法少女をやっている計算になる。
対して、私はまだまだ魔法少女歴2ヶ月ほどのひよっこだ。
力量では圧倒的に私に不利。
でも私だって、勝算なく勝負を仕掛けたわけではない。
目的は彼女たちに戦いで勝つことではなかったから。このタイマンに勝つ必要はない。
だからこそ、例え不利でも、私に注意を向けさせるため一対一に拘ったのだが……。
「ぐぅっ……!」
私と彼女の一番の違いは、力量の差を見極める目だったのかもしれない。
ふうかさんは、私の想定よりずっと強かった。
魔法少女歴2ヶ月ちょっとの私では、食らいつくの精一杯なくらい。
私も筋が良いとやちよ先輩に褒められたが、到底それで埋められる差ではない。
結果、私がほぼ一方的に攻撃を食らい続けていた。
そして、私は早くも切り札の作戦を取らざるを得なくなった。
「お願い、倒れて……! これ以上、キミを傷つけたくない……!」
ふうかさんが顔を歪める。
彼女がそんな顔をするのは、多分私がゾンビのように突っ込んでいるから。
魔法少女を救いたい彼女たちなら、その少女たちを傷つけるのを躊躇うはず。
そんな良心につけ込み、私はあえて負傷お構いなしに彼女へと突っ込む。負傷しても、私なら魔法で治せば戦い続けられる。そんなゾンビみたいな戦法をしているからか、ふうかさんの攻撃の手も、少し緩まっているような気がする。
これこそが、私の最終手段。
自分でも最低な戦法だとは思っているが、こうでもしないと勝負にすらならないし、覚悟も言葉も伝えられない。
私は、彼女たちを救うために、ここに来たのだから。
魔法にだけ気をつけながら、私はふうかさんへと突撃する。
ふうかさんが鞭を振るい、私の頭に命中する。首を捻って衝撃を逃がすも、茨の棘が額を切り裂き、何度目か分からない出血をする。鮮血が宙を舞い、波止場を濡らしていく。
もはや私が立っている周辺は、スプラッタ映画顔負けの血塗られたステージになっていた。
「くっ……! ハァ、ハァ……」
足で踏ん張り、ぐるぐる回って倒れそうになる身体を支える。
私を見るふうかさんの目は、もはや悲痛なものになっていた。
(今なら……)
私はそう判断し、彼女にテレパシーで話しかける。
『ふうかさん。もう、終わりにしましょう。これ以上は、時間の無駄です』
ふうかさんは驚いた顔をする。わざわざみんなに聞かれないよう、テレパシーを選んだ理由が分からないからだろう。
『……それなら、大人しく寝てて。寝ていれば、何も感じない。魔女化に怯えることも……』
『違います』
私はふうかさんの言葉を遮る。
『誤解を解くために伝えときます。私、魔女化についてこれっぽっちも悲観も絶望もしてませんよ』
「え……?」
ふうかさんの動きが止まる。
「ふうか?」
すみれさんが怪訝そうに私たちを見てくるけど、私は構わず続ける。
『あなたたちの力になりたいんです。私なら、どんなに汚れても大丈夫。今さら罪の1つや2つ増えても変わりませんから』
私の言葉に、ふうかさんは動揺していた。声こそ出していないけど、その表情で十分だ。
『私なら、あなたたちの罪に巻き込まれたとして、失うものなんてありません』
すみれさんやふうかさんが私たちの協力を拒むのは、きっと自分たちの罪にみかづき荘の人たちを巻き込みたくないから。ふうかさんの口ぶりからして、実行犯はふうかさんだけ。だから、ふうかさんは全部の罪を背負おうとしているのだろう。
(でも、ふうかさん。それは、すみれさんが悲しみます)
ふうかさんを語るすみれさんは、とても優しい表情をしていた。さっきの短いやり取りでも、2人が親密な関係なことくらい分かる。
(そんなあなただから、私はあなたも救いたい……!)
ふうかさんが自分を諦める必要なんて、どこにもない。あんなにもすみれさんを想って、魔法少女の救いのために手を汚してきた人に救いがないなんて、そんなのあんまりだ。ふうかさんもすみれさんも、犠牲になる役割は似合わない。
この中で、一番犠牲になるしか価値のない人間は私だけだ。
私に何かあっても、みかづき荘の人たちは悲しまない……とは思ってない。あの人たちをそこまで薄情な人たちとは、口が裂けても言えない。
けど、いなくなっても全員の傷が一番浅いのは、間違いなく私だ。一番の新参だし、まだみかづき荘にも馴染んでいない今なら。
すみれさんとふうかさんは、全然関わりがないからそこまで悲しくもならないだろうし、すみれさんの思想なら必要な犠牲だったと割り切ってくれるはず。
だからこそ、私はこの手を振り払われるわけにはいかないんだ。
両親すら幸せにできなかった私の、この命に課せられた贖罪のためにも。
『なにを話しているんですか?』
「っ!?」
唐突に聞こえてきたすみれさんからのテレパシーに、私はすぐにすみれさんを見る。
(キュゥべえ……!)
彼女の足下には、彼女に隠れるようにキュゥべえがいた。
キュゥべえを媒介に、すみれさんもテレパシーに介入してきたのだろう。
『ふうか? どうしたの? 夕凪さんになんて言われたの?』
『それ、は……』
さっきのふうかさんの様子から、私たちがテレパシーで会話しているのを察するなんて。私が思っていたより、すみれさんは頭の回る人物だった。
(でも、それならそれで……!)
私は切り替え、すみれさんにもテレパシーを飛ばす。
『すみれさん! 話を聞いてください! 私、あなたたちの力になりたいんです!』
『夕凪さん……。お気持ちは嬉しいですが、それはダメです』
『どうして!?』
『これ以上、私たちの罪にあなたたちを巻き込みたくない。きっと、この先の道は暗闇だから』
『だから、力になりたいんです! 私なら、そんなの問題ない! もう罪に塗れた人間だから! 私なら別に、今更どれだけ罪を重ねようがもう関係ない。それであなたたちを孤独にさせないのなら、私はなんだって……!』
私の言葉に、すみれさんは目を見開く。
そして、困ったように眉を下げて。
『……ダメですよ。これは、私の贖罪なんです』
『え?』
彼女の言葉に、私は戸惑う。
すると、彼女はテレパシーを止め、口を開く。
「みなさんにも1つ、伝えておきます」
後ろのやちよ先輩たちにも聞こえるよう、大きな声ですみれさんは言う。
「魔法少女を救う方法、それに算段はつけています。それは……」
少し間を置き、彼女ははっきりと言った。
「私が、魔法少女の契約をすること」
「っ!?」
「なっ……!」
私とやちよ先輩、いや、この場にいる全員に動揺が走る。
特にそれが顕著だったのは、意外にもふうかさんだった。
「すみれ……! そ、それは、契約はダメ……! 不確定要素が多すぎるし、それに……!」
「それでも。このままじゃ魔力が足りなくなって、ふうかが魔女になっちゃう。それだけはイヤ」
「あ、あたしは大丈夫だから……! だから契約は……!」
ふうかさんに続くように、やちよ先輩も声を上げる。
「そうよ! 願いを叶えても上手くいくかは分からない……! それに魔女になることを知りながら契約するなんて……!」
やちよ先輩の言葉に、すみれさんは首を横に振る。
「いいんです。それこそが私のゴールで、私の贖罪。かなえ先輩を魔法少女にしてしまった、私の罪を贖う道、ですから」
その言葉に、やちよ先輩は目を伏せる。
「……やっぱり、あなた。かなえの後輩だったのね」
意外そうな顔をしたのはすみれさん。
「……それも、知ってたんですね」
「あなたがみかづき荘を去った後に気づいたのよ。でも、贖罪って? 私はてっきり、かなえを死なせてしまった私たちを恨んでいるのかと……」
まさか、とすみれさんは笑う。
「やちよさんたちを恨むなんてとんでもない。全てを忘れて、側にいることもできなかった私自身のほうが、よっぽど許せませんよ」
「え……?」
私の声に、すみれさんは答える。
「夕凪さんは聞いませんか? 昔、みかづき荘にいた雪野かなえさん。彼女が魔法少女の契約をしたのは、私のせいなんです」
すみれさんがギュッと拳を握る。
「きっとかなえ先輩は私を恨んでいます。だから、あの日を境に避けられるようになったんです。かなえ先輩は優しい人でしたから、私なんかも救おうとしてくれた。でも、そのせいで、かなえ先輩は魔女と戦って死んでしまった。かなえ先輩が生きるはずだった時間を、私が奪ったんです」
そう語るすみれさんの姿は、どこか私と重なって見えて。
私は何も言えなくなっていた。
「だから、夕凪さん。あなたは私たちとは違う道を進んでください。この罪は、私だけが背負うもの。あなたにはまだ、未来がありますから」
そう笑う彼女の顔は、とても悲しい顔だった。
「ちがう!」
その静寂を破ったのは、やちよ先輩の声だった。
「それは誤解よ! かなえはあなたのことを恨んでなんかいない!」
「……そんなの、証明しようがないじゃないですか」
すみれさんの言う通りだ。
過去の人の想いなんて、知る術などないのだ。時を戻す魔法もない私たちには、過去をやり直すことができないように。
しかし、やちよ先輩には何か策があるのか、一切怯むことなく言い返す。
「いいえ! あなたにしっかりと見せてあげる! みふゆ!」
「はい、やっちゃん!」
その声を皮切りに、やちよ先輩とみふゆ先輩が動き出す。
「えっ……。しまった、魔力が……!」
どうやら、私の相手に集中していたせいで、みふゆ先輩にかけた魔法が無意識のうちに解除されていのだろう。
ふうかさんも、魔力には全く余裕はない。その状態で魔法の維持は厳しかったようだ。
やちよ先輩は私に叫ぶ。
「凜! あと10秒、その子の足止めをお願い!」
「っ!」
やちよ先輩は私にそう頼んでくる。疑うことのない、信頼を込めた目で。
心を開いていなかった私を、それでも信じてくれていた。
「……はい!」
私は返事と同時にふうかさんに向き直ると、武器を投げ捨てて彼女へと突っ込む。
「すみれには近がせな、っ!?」
すみれさんへと迫るやちよ先輩たち。それを止めようとするふうかさんを、私は強く抱きしめて止める。
「なっ……! は、放して! すみれには手を出さないで!」
私を振りほどこうと暴れるふうかさん。私は振りほどかれまいと、必死に耐える。
「信じてください! 私たちを!」
私は叫ぶ。
「私たちは、もう傷つく人が増えてほしくないんです! すみれさんにも、ふうかさんにも! もう苦しんでほしくないんです!」
「私は……!」
「救われるべきです! そう言う人こそ、救われるべきなんです! 私、絶対にあなたのこと、諦めません! 何百回殴られたって、頼まれなくたって! だって……!」
「私はそうしてほしかったから!」
私の言葉で、ふうかさんの動きが止まる。
「本当は誰かに助けてほしかった……! 全部投げ出して、逃げたかった……。でも、助けてって言えなかった……。もう、自分がどうすれば救われるかも分からなくなっちゃったんです……」
だから、と、私はキッとふうかさんを見る。
「私は、あなたのこと、絶対に諦めませんから……! 自分を救えないなら、せめてあなたたちくらいは救いたいんです……!」
その言葉に、ふうかさんの動きが止まる。
彼女はただ、すみれさんを心配そうに見つめていた。
それから数分経っただろうか。
みふゆ先輩の魔法をかけられて眠っていたすみれさんが目を覚ます。
「すみれ!」
もう心配はないだろうと私が手を放せば、ふうかさんはすぐにすみれさんに駆け寄る。
「ふうか……」
起き上がったすみれさんは、やちよ先輩たちに尋ねる。
「……今のは、かなえ先輩の記憶、ですか?」
「ええ。その栞……」
すみれさんの手に握られていたのは、すみれの押し花がされた栞。出かける前にやちよ先輩が持っているのは見たけど、さっき接近したときにすみれさんに握らせたらしい。
話を聞けば、魔法少女がそれを持って眠ると、かなえさんの記憶が見えるのだとか。魔法少女でないすみれさんには、みふゆ先輩の魔法で補助して記憶を見せたらしい。
すみれさんに、さっきまでの拒絶の覇気はもうなかった。
「あなたが魔法少女になったら、かなえは悲しむ。あの子の願いは、すみれの幸福なんだから」
諭すように、やちよ先輩は言う。
「失った命は戻ってこない。だからこそ、新しい未来を作ることで償っていくのよ」
やちよ先輩が放ったその赦しの言葉は、けれど私の心を抉った。
やちよ先輩に悪意なんてないのだろう。実際、すみれさんの表情も、ふうかさんの表情も、少しだけ柔らかくなった気がする。
けど、私は違った。
(それは、未来を作れなければ、許されないってことですよね……?)
それを、私にできるのか。
お父さんとお母さんの期待に応えられなかった私に、できるのか。
(できなければ、また捨てられる? 私は、要らない子?)
自分でも面倒くさい思考なのは分かっている。
それでも、過去の傷で歪んだ思考は、先輩の善意の言葉すら悪い方向へと解釈してしまう。
ゾワリと、ソウルジェムの穢れが蠢く。
ソウルジェムの秘密も、魔女化の未来を知っても動かなかった私の心は、こんなことで波風を立てていた。
信じると決めたばかりなのに、私はみんなが怖くなってしまった。
ふうかさんの前では格好つけて、都合の良いことを言ったが、結局私は誰のことも信じてないのだ。
誰かが私を助けてくれるとか。誰かが私を受け入れてくれるとか。誰も私の前からいなくならないとか。
相手を信じてないから、1人で突っ込む。信じてないから、1人で解決しようとする。信じてないから、相手を守れる範囲に近づく。
助けたい相手すら信じてない。
だから、すみれさんもふうかさんも、私の手を取ってくれなかったのかもしれない。
そう思うと、みんなとの距離が急に遠くなったような気がした。
そうしている間にも、みんなの間で話は進んでいく。
ふうかさんが救われることを拒んで。
それでも、鶴乃先輩がその罪ごと受け入れて。
すみれさんが罪悪感と、苦しみを吐露して。
ももこ先輩が一緒に罪を背負うと告げて。
みんなで手を取り合っていこうという話になって。
私はそれを、他人事のように見ていた。スクリーン越しの映画のように。
すみれさんとふうかさん。2人を見ていて、なんて綺麗な人たちなんだろうと思った。
顔とかの表面的なところだけじゃなく、心の中も。
ふうかさんは言っていた。
ここまでの事件を起こしたのは、みんなを救いたい気持ちだけじゃなく、すみれさんを魔法少女にしたくなかったと。
「そのままのキミでいてほしかったから」
ふうかさんはすみれさんに言った。
(ああ、羨ましいな……)
そう言ってもらえる人間が、この世に何人いるだろう? そうたり得る人間が、どれだけいるだろう?
本当は、私が言われたい言葉なのに。
私の醜い羨望は、彼女たちに嫉妬する。
私はそんな高潔な存在でないのに。
努力しないと、誰も見てくれなくなる。誰もいなくなってしまう。努力して取り繕わないと、私には価値がなくなってしまう。
(すみれさんみたいに、ならないと)
そうだ。
私は、すみれさんみたいにならないと。
彼女のように振る舞えば、ああやって助けてもらえる。頭が良くて、愛嬌があって、心が強くて、弱さを飾らない。彼女のようになれれば、私も……。
「ね? 凜もいいでしょ?」
唐突に鶴乃先輩に言われ、私の意識は自分の奥底から目の前の景色に戻る。
「え? あ、ああ、はい……」
「……大丈夫?」
(マズい、鶴乃先輩に怪しまれてる……)
意識が逸れていたせいで会話を聞いていなかった。
けど、あの話の流れからして、恐らくすみれさんとふうかさんに協力して、魔女化を回避する方法を探る、というものだろう。
「だ、大丈夫ですよ! ちょっとボーッとしただけですから。私もそれで大丈夫です」
「もう。無茶しすぎだよー」
鶴乃先輩の言葉に、やちよ先輩が続く。
「そうね。あと、凜は帰ったらお説教」
「っ……!?」
その言葉に、私は身体が分かりやすいほど硬直する。
情けないことに、心の傷は未だ癒えていないようだった。
「ちょっとやちよ!」
その様子を見てか、怒ったように鶴乃先輩が声をあげる。
「あ……。ごめんなさい、凜。そんなつもりじゃなかったのだけど、配慮が足りなかったわ……」
「い、いえ……」
ああ、まただ。また気を遣わせた。
この瞬間が、私は一番自分が嫌いになる。
自分の弱さの証明になっているようで。そんな一面を見せてしまう自分が、私は嫌いだった。
「ただ、もう二度と今日みたいな戦い方はしないでちょうだい。あんな戦い方、あなたのためにならない。それに、見ていられないの……。あなたを失うんじゃないかって、怖くて仕方なかった」
私は何も言えなかった。
やちよ先輩に失望された。やちよ先輩たちが仲間を失ったことを知りながら、そんな思いをさせた。
私は、また失敗した。
結局、私は足手まといだった。
説得だって、私は何も役に立てなかった。2人を止めたのは、私以外のみかづき荘の人たちだ。
情けない。本当に情けない。
せめて泣かないようにと、唇を食いしばり顔を下に向ける。
「ごめんなさい……」
「いえ、分かってくれればいいのよ……」
流れる微妙な空気。
何か言わなければと思うけど、今食いしばるのを止めてしまったら泣いてしまいそうで。それでまた気を遣わせたくなかった。
すると、すみれさんの隣にいたふうかさんが私のところに歩いてきて、目線を合わせるようにしゃがむ。
「え……」
ふうかさんは自身のポケットに手を突っ込むと、ハンカチを取り出す。そして、それを私の顔に押しつけてくる。
「んぷっ」
予想外の行動とハンカチが口にかかり、変な声が漏れてしまう。
「あ、あの……」
私が混乱しながらふうかさんを見ると、彼女はハンカチを動かしながら答える。
「顔、汚れてたから」
「え?」
「血。さっき額切って、血が流れてて。ずっと付いてたから。キレイな顔だから勿体ないと思って」
「ふぇっ!?」
口説き文句かと思うほど唐突な褒め言葉に、私はさっき以上に変な声をあげる。
でも、仕方ないと思う。ふうかさんの顔は端から見ても、すごくイケメンだ。そんな人に至近距離で見られながら、こんなこと言われたら誰だって恥ずかしくなる。耳とか赤くなってないことを祈るばかりだ。
すると、ふうかさんはそのまま耳元に顔を近づける。
「今ならいいよ。泣いても」
私以外には聞こえないくらいの声量で、ふうかさんは囁く。
その言葉に、私は目を見開いてふうかさんを見つめてしまう。
「しばらく顔拭いてるから、さ。みんなには見せないよ」
ふうかさんは自分の身体で、私をみんなから隠す。
彼女の手から温もりが伝わり、気づけば自然と涙が零れていた。
ふうかさんは血や泥汚れを拭うフリをしながら、私の涙をハンカチで吸い取ってくれる。
「ありがとう。救われるべきだって言ってくれて。苦しんでほしくないって言ってくれて」
ふうかさんはポツリと呟いた。
表情の変化は小さいけど、その顔は確かに笑っていた。
「こんなボロボロにしたのに、あたしとすみれの力になりたいって言ってくれて嬉しかった」
だから、とふうかさんは私の肩に手を置く
「キミも、救われてほしいな。キミが心から笑えるようになってくれれば、あたしたちも嬉しい」
「なんで知って……」
「すみれから聞いた。今日会ったとき確信したよ。すみれが話してたのはこの子だって」
どうやら、すみれさんに泣きついたときのことは知られていたらしい。
「無理する必要はないんだよ? こんなに泣き虫なキミが、我慢する必要ないんだから」
「……それ、バカにしてます?」
苦笑いで尋ねると、ふうかさんは困ったように眉を下げる。
「ちが、そんなつもりじゃ……。ごめん、言葉が足らないって、いつもすみれにも注意されるんだ……」
ふうかさんは続ける。
「泣きたいときは泣けばいいって言いたかったんだ。悲しい気持ちは溜まっていくから。泣きたいときは、悲しい気持ちが溜まってる証。泣きたくなるときが多いなら、それは心のSOSだよ。だから、我慢しないでほしいって、そう、言いたかったんだ」
恥ずかしそうにふうかさん言う。
ふうかさんの意外と不器用な一面を見つけて、なんだか可笑しくなって。
ついつい口元が緩む。
「……やっと笑ってくれた。うん、やっぱりキミはこっちの顔が似合ってる」
私につられるように、ふうかさんも笑う。
いつの間にか、涙は止まっていた。
改めて、また本小説に戻ってきていただき、ありがとうございます。
とりあえず、今回の話は6~7話くらいを予定しています。
毎週投稿できるよう頑張ります。
そして、皆さんワルプルギスの廻天は観たでしょうか。
私も公開日翌日に観に行きましたが、ただただ圧倒されていました。
これは1回だけでは処理しきれないと思い、近々2回目を観に行こうと思ってます。
ちなみに特典色紙はさやかちゃんでした。可愛いよ、さやかちゃん。小説本編だと全然活躍させられなくてゴメンネ……。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。よろしければ、次回も読んでいってください。