魔法少女まどか☆マギカ 実績『朝焼けのエンドロール』獲得 作:くろしゅー
(Magia Day 2026楽しみなので)初投稿です。
「ふうか!! そんな、ソウルジェムが……」
「いやだよ! ふうかまでいなくなっちゃったら、私、ほんとうにひとりになっちゃう……!」
「ひとりじゃ全部、背負えないよ……」
――大丈夫、ひとりにしない。たとえ魔女になったとしても。
――キミの荷物は私がちゃんと背負うから。
「ふうか……」
――それに、あの子なら……。
「あの子……?」
――あの子ならきっと、すみれを迎えに来てくれる。
――全部思い出して、力になってくれるから。
――すみれはひとりになんてならないよ。
「誰……? そんな人、いるわけ……」
――だから、諦めないで。すみれ。
――キミが、キミたちが生きていてくれれば、私の光は消えないから。
――だからお願い。笑って送り出してよ。
――あたし、すみれの笑った顔が大好きなんだ。
DAY.135 Side SY
「夕凪、さん……?」
私を庇うように、魔女の前に立つ魔法少女。
それは、かつて出会った魔法少女。そして、私たちの失敗と罪の象徴の魔法少女、夕凪凜さんだった。
(でも、どうして? なんで彼女がここに……。 みんなの記憶は私の願いで消えたはず……)
そう考えたとき、ふうかとの思い出が甦る。
私たちの別れの時、ふうかの記憶が消えていなかったと、彼女自身が告白した後。
今際の際でふうかが残した言葉。
あの時はどういう意味か分からなかった。
でも、もしふうか以外にも記憶の消えていなかった人がいたら。もし『あの子』が指すのが夕凪さんだったとしたら。
私の願いでも記憶が消えていなかったあの子には、なにか確信があったのかもしれない。
彼女の記憶が消えていない可能性が。
すると、魔女が再び陰陽玉を回転させる。
「っ! いけない、レーザーが……!」
立ち上がろうとして、激痛で身体が硬直する。
「すみれさん!」
夕凪さんは私に駆け寄ると、巻き戻しの魔法で私の傷を癒やし始める。
しかし、今はそんな時間はない。私は彼女の腕を掴んで訴えかける。
「逃げて! またレーザーが飛んできます!」
私の言葉に、しかし夕凪さんは笑って答える。
「ええ、知ってます。ここまで
「え?」
「あなたの傷を少し癒やしたらすぐに離脱します。だから……」
夕凪さんは大きく息をすうと、誰もいない場所に向かって叫ぶ。
「まばゆ!! 視たとおり、1発だけ防御お願い!」
その直後、魔女がレーザーを発射。
その光は私たちに直進し……。
私たちの前に陽炎の如く突然現れた魔法少女に直撃する。
いや、直撃したように見えた。
直後、レーザーはその軌道を歪め、左右へ6叉へと分かれ、私たちを避けるように後ろへと飛んでいった。
まるで見えない壁に当たったように歪んだレーザーに、私は目を見開く。
「っ、ひいいいい!! 怖かったああああ! 凜さん、いくらなんでもぶっつけ本番はやりすぎです! 失敗したら全員蒸発してましたよ!」
「えー? でも、まばゆの未来視で視た通りなんでしょ?」
「それは、そうなんですけど……!」
「それに、今まで特訓してきたじゃん。私はまばゆのこと、信じてたよ」
「調子のいいこと言わないでください!」
「ホントなのに……。ま、いいや。応急手当はできた。あとは……」
すると、夕凪さんは私ともう一人、緑髪の魔法少女を脇に抱えると。
「逃げるのみ!!」
彼女は全力で走りだした。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
結局、私たちを抱えた彼女は、そのまま使い魔たちの妨害を物ともせずに出口までたどり着き、私たちは結界から脱出することに成功した。
さすがに2人も抱えていたからか、結界から出て距離を取ったところで、夕凪さんは私たちをゆっくりと降ろし、地面に寝転がる。
「ハァ、ハァ……。さ、さすがに2人、抱えて、全力疾走は、キ、キツい……」
息も絶え絶えで呟く夕凪さん。
「だ、大丈夫ですか? 凜さ、オエ……」
緑髪の魔法少女が声をかけるも、彼女も運ばれた際に目が回ったのか、言葉の途中でえづいていた。
私も夕凪さんへと駆け寄る。
「大丈夫ですか……?」
「は、はい……。もうちょっとしたら、息、整うんで……」
「分かりました。じゃあ私、近くに自販機あるので、飲み物買ってきますね」
そう言って、私は自販機で2人分のミネラルウォーターを買い、すぐに戻る。
戻ったときには、すでに夕凪さんは上体を起こして、地面に座っていた。
私は彼女にミネラルウォーターを差し出す。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます。へへっ、助けに来たのにカッコつかないですね」
照れくさそうに笑う夕凪さん。
私は隣の緑髪の子にも水を渡しつつ、夕凪さんに声をかける。
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました。初対面なのに恥ずかしいところ見せちゃいましたね」
私はあえて初めて会った素振りをする。
もしかしたら、たまたま彼女が豊鶴を訪れた可能性を考えて。
しかし。
「……初めてのふりしなくてもいいですよ。私、すみれさんのこと覚えてますから」
彼女の発言で、その可能性は潰される。先ほどもそうだったが、まだ名乗っていない名前を言い当てられたのだ。もう確定だろう。
「……覚えて、いるんですね」
「まぁ正確に言うと、この前思い出した、が正しいですけど」
夕凪さんは苦笑い。
けれど、私には笑う余裕はなかった。
(どうして? 私の願いで、みんなの記憶から私たちと、あの事件の記憶は消えたはず……)
私の表情から考えを察してか、夕凪さんは言う。
「ひとまず、すみれさんの家にお邪魔してもいいですか。すみれさんの治療もまだ終わっていないですし、詳しい話をそこで」
「……分かりました。ご案内しますね」
そうして、私は2人を連れて自分の家へと戻ることになった。
「わぁ……。ここがすみれさんの家……!」
「広いですねぇ……」
家の玄関に入りながら目を輝かせる夕凪さんと、愛生まばゆさん。
ここに来るまでの道中で互いに自己紹介を済ませ、彼女が夕凪さんのご友人だと知った。それと、夕凪さんは神浜から引っ越して見滝原市に済んでいることも。
「そんな大した家でもないですよ? 両親が医者なので無駄に広いだけで。中はみなさんと変わらないと思います」
「いや、すでにウチより何倍もデカいですし、オシャレですよ」
私の言葉にそう返すのはまばゆさん。
うわぁ、と零しつつ、家の中を見回している。特に本棚辺りを見て、「あれだけの収納スペースがあれば、私の秘蔵コレクションちゃんたちも……」と呟いていた。
見回しているのはまばゆさんだけでなく、夕凪さんも同様で、夕凪さんはまばゆさん以上に楽しそうにしている。
その様子に思わず笑みが零れてしまう。
「ふふっ。そんな面白いものなんてありませんよ?」
私の言葉に夕凪さんは首を振る。
「そんなことないですよ。私、すみれさんの家に来てみたかったんです」
「そうなんですか?」
「はい。思い出したから言えますけど、みかづき荘のみんなはメル以外全員お邪魔してるんですよ? 気になるじゃないですか」
嬉しそうに語る夕凪さんだけど、私は彼女の口から出た名前に引っかかってしまう。
「メルさん……」
私の表情に、夕凪さんも部屋の見物を止め、柔らかい笑みを浮かべる。
「……とりあえず、ケガの治療しましょうか。話についてもそこで」
私は夕凪さんに促され、ソファに座って彼女の治療を受ける。
夕凪さんは治療を施しながら、豊鶴に来た理由を語ってくれた。私の気になっていた、記憶が戻っている理由も含め。
「そうだったんですね。それで……」
「はい。あくまで私の推測ですけど。でも、記憶が微かに残っていた理由。それは、私の魔法とすみれさんの願いが干渉したくらいしか思いつかないんです」
夕凪さんの説明に、私は納得する。
私の願いも曖昧なものだった。魔法少女の願いは、曖昧であればあるほど想定外の叶い方をする。私自身、あえて曖昧な願いで賭けに出たのは自覚している。
だから、記憶が残る人が出てくる可能性は考えていた。
(けど、記憶の残った人がよりにもよって、夕凪さんなんて)
私は夕凪さんに尋ねる。
「それで、夕凪さんはどうして豊鶴に? その記憶に確かめに来た、とか?」
「それもありますけど……。一番は、この記憶が正しかったとき、すみれさんに会いたかったからです」
「……そうですか」
嬉しそうに答える夕凪さんに、私は言葉を詰まらせる。
だって。だって私は……。
「すみれさん、1つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「ふうかさんは……。日暮ふうかさんは元気にしてますか?」
半ば予想していた質問に、私はどう答えるべきか悩む。
この様子なら、ふうかのこともきちんと覚えているのだろう。私とふうかの仲が良かったことも。
一時的に誤魔化すくらいはできるかもしれないが、夕凪さんの聡明さならそれも時間の問題だ。
となれば、全て素直に語るのが一番な気がする。
例え、それで私が罵られようと、暴力を振るわれようと。彼女にはそれを向けるだけの権利はある。
私は覚悟を決めて、口を開いた。
「……ふうかは。1年くらい前に魔女になりました。魔女との戦いで、魔力を使い果たして」
「そう、でしたか……」
彼女も、ふうかの姿が見えない時点で少し察していたのかもしれない。あまり驚いた様子はなく、悲しそうに目を伏せる。
けれど、真実はそれだけではない。私は彼女に謝らなければいけないことがある。
「私はふうかの魔女を倒そうとしたけど、勝てなくて。何度挑んでも逃げられて……。それである日、ふうかの魔女は海を渡って――」
「神浜にやって来て、みかづき荘のみんなとぶつかった」
「っ!?」
先を読んだ夕凪さんの言葉に、私は目を見開く。
「知って、たんですか……」
「確証はなかったですけど。でも、あの魔女。今思い返せば、ふうかさんを思わせる要素がたくさんありましたから。結界を埋め尽くすように咲いたすみれの花、とか」
既に予想されていたという事実に、私は言葉を紡げない。
「だから、さっきのすみれさんの言葉で確信しました。ああ、あの魔女がふうかさんだったんだって」
「……じゃあ、その真実を確認するために、私に」
となれば、夕凪さんの目的は私への糾弾、だろうか。
夕凪さんの境遇と、私たちがしでかしたことを考えれば当然の仕打ちだ。
しかし、夕凪さんは予想外の言葉を発する。
「まあ、それもあります。できれば外れていてほしかったですけど……。でも、一番の目的は違います」
そこまで言って、夕凪さんは治療を終えた手で、私の手を握る。
「すみれさんの力になりに来たんです。あの時は、ちゃんと力になれなかったから」
その言葉に、私は思わずその手を振り払ってしまう。
「……私にそんな資格、ないですよ」
「どうしてですか?」
「分かってますよね!? ふうかだった魔女はみなさんと戦って、メルさんは……」
「ええ。メルは魔女になりました」
寂しそうに告げる夕凪さん。
それを認識していながら、どうして……。
「だったら……! 私に復讐したいなら、そう言ってくれて構いません。ふうかを止められず、メルさんを死なせた罪は自覚しているつもりです。その報復があるとしても、私は甘んじて受け入れるつもりです……」
それでも、夕凪さんは優しい笑みを崩さない。
「そんなこと、するつもりないですよ」
「どうして……? 私、良い子じゃないのに。夕凪さんにも、たくさん辛い思いをさせたのに……!」
「すみれさんにもう、背負わせたくないから」
夕凪さんは、「どう言ったらいいかな……」と頬をかく。
「確かに、メルが魔女になって悲しかったし辛かったです。メルの魔女に手を下したのも、私。けど、それは誰かのせいでも、ましてやすみれさん、ふうかさんのせいでもありません」
彼女は優しい言葉で、私の言葉を否定していく。
「今までは全部私のせいだって思ってたんですけどね。そうじゃないって言ってくれる友達がたくさんできたから。私も含め、誰かの責任にするのは止めました」
「あの時、私たちは全員やれることをやった。その結果が今なら、それもいいって。私はそう思います」
だから、と夕凪さんは続ける。
「すみれさんも、自分を責めないでください。ふうかさんも、すみれさんを守ろうとしただけ。もしかしたら神浜に来たのだって、私を呼びに来てくれたのかも。すみれさんを放ってなにしてるんだって」
夕凪さんは愛おしそうに、自身のソウルジェムを撫でる。
「この記憶はきっと、ふうかさんが導いてくれたものだから。ふうかさんが私にくれた、やり直しのチャンスだから。今度こそ、すみれさんの力になりたいんです」
強い瞳でそう告げる夕凪さん。
その強さは、前に会ったときの彼女とは別人のようだった。
私の罪すら包み込んでしまいそうなその強さに、私は絆されそうになる。
「でも、私は……」
尚も彼女の手を取ろうとしない私に、それでも夕凪さんは優しく語りかけてくれる。
「すみれさんがどんな罪を背負おうとも、私は許します。きっと世界には、すみれさんのやったことを許さない人もいると思います。だから、私だけでも許したいんです。味方になってあげたいんです。そんな悲しい顔をしているあなたを責め立てるなんて、私には正しいと思えないから」
やっぱり、夕凪さんは夕凪さんのままだ。
私の過去がなんであろうと、私の味方になろうとする。
それが自分の幸福を手放す可能性を秘めていようと、彼女は手を伸ばさずにはいられないのだろう。
あなたの隣にいるまばゆさんが、あなたをどんな感情で見つめているのか、彼女は気づいているのだろうか。
「だから、すみれさん」
私が黙っていると、夕凪さんが私の名を呼ぶ。
「もし、すみれさんがあの時の罪の記憶で疲れてしまったのなら、私たちが取り除きます」
「え……?」
「あの時の罪の記憶のせいですみれさんが幸せになれないなら、すみれさんの記憶から無かったことにします。やちよ先輩たちのときみたいに」
全て忘れて、全てから解放される。
夕凪さんから提案されたのは、そんな選択肢。
それは以前、私が考えた夢物語だった。
「この子、まばゆの魔法は記憶を切り取ることもできるんです。だから、すみれさんが望むなら、私がその記憶を代わりに背負います」
「凜さん……」
まばゆさんの心配するような声。
ただそれは、自分の魔法を使うことに、というより、夕凪さん自身を心配するようなものだった。
しかし、夕凪さんは笑顔のままで「大丈夫」とまばゆさんに言います。
「すみれさんの罪は全部、私が覚えています。全部抱えて、生きていきます」
夕凪さんに迷いはなく、私が頷けば、本当に全て罪を背負ってくれるのだろう。
背負ったまま、前に進んでいくのだろう。1人でも多くの未来を、築くために。
「だから、すみれさんは私たちのことも全て忘れて……」
彼女がそこまで言ったところで、私は首を横に振る。
「お気持ちは嬉しいです。でも、私には必要ありません」
「……卑怯だと思っているなら、それは違いますよ。すみれさんはずっと、戦い続けてきたんですから。私が、誰もあなたを責めさせません」
「いえ、そうではないんです」
私だって、あの罪を忘れたいと思ったことは幾度もある。
あんな重荷、私だけでは背負えないと。
でも、ふうかが一緒に背負うと言ってくれた。
この罪がある限り、彼女とはずっと一緒だ。
「この罪は、ふうかとの絆なんです」
「すみれさん……」
「辛いこともあるけど、私、この罪と進みたいんです。ここまで覚えて進んできたから、夕凪さんとまた会えました。この奇跡を、無かったことにはしたくないんです。この絆を、私は忘れたくない」
私は、ごめんなさい、と頭を下げる。
「だから、その提案は受けられません。私はふうかとの日々も、あなたのことも忘れたくないですから」
「そう、ですか……。分かりました、すみれさんがそれを望むなら」
夕凪さんは少し寂しそうな、安心したような顔で笑いました。
そして、彼女はすぐ切り替えるように、その笑顔をニッといたずらっぽい笑みに変化させます。
「なら、別のことでお手伝いさせてもらいます」
「別のこと?」
「はい。さっきの魔女を倒すの、私たちに手伝わせてください」
その言葉にまばゆさんが、聞いていない、というような顔を夕凪さんに向ける。
ありがたい申し出だけど……。
「あの魔女は危険です。あの強さ、魔法少女数人がかりでも倒せるかどうか……」
「だから、手伝わせてほしいんです。すみれさん、もう一度挑むつもりですよね?」
夕凪さんに詰め寄られ、私は頷くしかない。
「ほら。私、すみれさんを1人で戦わせるなんて絶対嫌ですからね」
「ですが……」
「戦いの腕なら任せてください! これでも私たち、街を滅ぼすほどのチョー強い魔女、2体も倒してるんで」
「いや、しれっと私を戦力にカウントしないでください! 私1人じゃクソ雑魚もいいところですよ!?」
「だから2人なら大丈夫でしょ?」
「ええ……」と微妙に納得していないながらも、まばゆさんも協力する気自体はあるようで、魔女退治には反対意見は言わなかった。
「お願いします! 一緒に戦わせてください!」
凜さんに深々と頭を下げられて、私は慌てる。
「わ、分かりました! じゃあ、お願いしますね」
「やったー!」
私の返事に、なぜか夕凪さんのほうが嬉しそうに飛び跳ねたのだった。
少し経って、夕凪さんのテンションが落ち着いてくると。
「じゃあ、すみれさん」
夕凪さんが再び口を開いた。
「その、唐突なんですけど……。今晩、ここに泊まってもいいですか?」
夕凪さんからの、言葉通り唐突な提案に私は首を傾げる。
「え? いいですけど……。どうして?」
「色々と準備が必要ですから。あの魔女、一筋縄ではいかないでしょうし」
「それに」と、夕凪さんは続ける。
「その、私がすみれさんの家に泊まりたかったんです。みかづき荘のみんな、メル以外は泊まったことがあるみたいだったから」
ダメ、ですかね?
そう上目遣いで言われてしまうと、断れない。
夕凪さんたちを泊めるのは嫌ではなかったし、魔女退治を手伝ってもらうのなら、それのお返しはしたかった。
だから、私は笑顔で頷く。
「いいですよ。この家、やっぱり1人だと寂しくて」
私はまばゆさんに目を向ける。
「まばゆさんはどうされますか?」
「あ、えっーと、私もお邪魔していいのなら……」
「もちろんです。人が多いほうが賑やかで楽しいですから」
すると、夕凪さんがパンッと手を叩く。
「あっ! それなら、お鍋やりませんか?」
「お鍋、ですか?」
まばゆさんはピンと来ないのか、頭に疑問符を浮かべる。
「うん。すみれさんがみかづき荘に来てた頃はよくやってたんだって。私が住んでた頃もやってたんだけど、いつかすみれさんともやりたいって思ってたんだ」
夕凪さんが語るのは、私にとっては懐かしい記憶。
もう1年以上も昔の、楽しかったあの日々。
「そういえばお鍋、よくやりましたね。色んなお鍋をやりましたけど、一番多かったのは……」
「「キムチ鍋!」」
私と夕凪さんの声が重なる。
そんな些細なことが可笑しくて、笑ってしまう。
「ふふっ。じゃあ決まりですね。久しぶりにやりましょう、お鍋。作るのはもちろんキムチ鍋で」
私の言葉に、夕凪さんは心底嬉しそうに「やったー!」と叫ぶ。
「あ、でも、食材が無いから買ってこないと……」
「じゃあ私、今から買ってきます!」
私の呟きに夕凪さんはそう答えると、さっと立ち上がる。
「そんな、悪いですよ。私も……」
そう夕凪さんに続こうとするも、彼女に止められる。
「すみれさんは休んでてください。さっきまで大怪我してたんですから」
大丈夫ですよ、と夕凪さんは笑う。
「材料も作り方も、先輩たちに教わってますから」
そう言って、夕凪さんは部屋を出ていき……。
途中で何かを思い出したのか、動画を逆再生したように戻ってきて。
「まばゆはすみれさんをお願いね」
と告げ、今度こそ出かけていった。
残された私とまばゆさん。
まばゆさんは「あ、ちょっ」と夕凪さんに何かを言いかけたものの、その前に夕凪さんが出ていってしまったため、中腰で固まっていた。
そこからはお互い、言葉を発することなく時間が過ぎる。
薄々気づいてはいましたが、まばゆさんは人見知りが少し強い人のようで、先ほどから何かを言いかけては止めてを繰り返していた。
(私から話題を振ったほうがいいかな……?)
夕凪さんとの様子を見るに、話すこと自体が嫌いな感じではなさそうなので、こちらから話しかければ答えてくれるかもしれない。
私自身、まばゆさんとも話したかったので、意を決して話しかけてみる。
「あの、まばゆさん……」
「ひゃい! な、なんでしょう!?」
声を裏返して返事するまばゆさんを微笑ましく思いながら、私は尋ねる。
「まばゆさんは夕凪さんと同じ学校だって、自己紹介のときにお聞きましたけど。お二人はどうやって出会われたんですか?」
「えっと……。私、映画を観るのが趣味で。よくDVDとかも借りるんです。あの日も映画を借りようとしたら、ちょうど同じ映画に手を伸ばした方がいて。その人が凜さんだったんです」
「へぇ。なんだか運命的ですね」
「へへへ、そうですね。彼女との出会いは本当に、運命だったかもしれません。凜さんのおかげでどれだけ助けられたことか……」
顔を綻ばせるまばゆさんは、とても眩しく見える。
人をこんな顔にさせられる夕凪さんを羨ましく思う。
「凜さんとは映画好きって点でも話があって。といっても、凜さんは最近観るようになったばかりでしたから、色々オススメの映画を教えたりとか……」
「さっきまでの様子見てても思いましたけど、お二人は仲が良いんですね。ケンカとかしなさそうっていうか」
「……あー。まあ、最近は、ですね」
「? ってことは、前は違かったんですか?」
「ええ。すれ違ったことも、ケンカしたこともありましたよ。それでも、不思議と嫌いにはならなかったんですよね」
「そう、ですか……」
今の二人からは想像できない。あんなに仲が良さそうに見えるのに。
(いや、逆かな。そういうすれ違いも乗り越えたから、そこまで仲良くなったのかも)
「ふうかとは、したことなかったなぁ……」
「え?」
心に浮かび上がった言葉は、自然と口へと出てしまっていた。
まばゆさんが困惑したような顔をする。
「あ、ご、ごめんなさい。いきなり何のことだって話ですよね。えっと、まばゆさんはふうかのこと、夕凪さんから聞いてますか?」
「は、はい。凜さん視点だけではありますけど」
「なら、ふうかの紹介は大丈夫ですね。私もふうかとは随分長く一緒にいましたけど、ケンカなんてしませんでした」
「そ、それはいいことなんじゃ?」
まばゆさんの言葉を、私は首を振って否定する。
「怖かったんです。傷つくのも、傷つけるのも。それにふうかは、私のことをずっと肯定してくれたから。ケンカなんて起きようもなかったんです」
傷つけ合わなかったなんて、聞こえはいいかもしれない。
けど、心の奥にある暗い気持ちをぶつけられなかったと思うと、私はふうかの声を聞いて上げられなかったのでは、と考えてしまう。
「こんなことなら、ふうかの声、もっと聞いてあげればよかった……」
「……仕方ありませんよ。別れなんて、後悔がないほうが少ないですから」
だから、とまばゆさんは続ける。
「今度こそ後悔しないように、目の前にいる人だけでも大切にしたいんです」
まばゆさんのギュッと握られた手は、その言葉の重みを静かに語っていた。
「まばゆさんは……」
「はい?」
「まばゆさんは、私のことを助けたいと思いますか?」
だからこそ、これだけはハッキリとさせたかった。
まばゆさんは、私のことをどう思っているのか? 夕凪さんと同じく、私を助けたいと思っているのか?
「夕凪さんから、話をお聞きしてるなら分かると思います。私たちは魔法少女を救うためと言って、たくさんの人を犠牲にしました。夕凪さんは気にしてないみたいだけど、まばゆさんの気持ちも聞いておきたいんです」
まばゆさんは夕凪さんの付き添いのような形でここに来た。
夕凪さんの気持ちはもう疑わないが、まばゆさんも同じ気持ちとは限らない。
「正直に言っていただいて構いません。酷く罵られても当然のことをしたとは理解しています。私を許せない気持ちがあるなら、それを黙っている必要はありません。その非難も、私への罰だと思いますから」
夕凪さんはようやく幸せを掴めたというのに。
その幸せを、私たちの罪に巻き込んで奪いたくはない。
できれば、まばゆさんには私を突き放してほしかった。
これ以上、大切な
私の言葉に、まばゆさんは困ったように眉を下げ、しどろもどろになりながら口を動かす。
「えーっと……。その、気分を悪くされたら、ごめんなさい」
「いえ。まばゆさんの気持ちを遠慮なく仰ってください」
「わ、分かりました。では……」
まばゆさんは覚悟を決めたように、ゆっくりと語り出す。
「私は、夜明さんのしたことが正しいことだった、とは思えません」
まばゆさんの言葉を、私はしっかりと受け止める。
そうだ。人の命を犠牲にしたことが正しいなんて、そんなことはあり得ない。
けど、まばゆさんの気持ちはそれだけではないようで、顔を俯かせながら続けて語る。
「けど、間違っていたかと言われたら、それにも頷けなくて。だって、魔法少女の運命を変えようと頑張ったことが間違いなんて、どうしても思えないんです」
「だから正直、夜明さんの言う罪について、私はどう解釈をすればいいか答えを出せる気がしません」
そこで、まばゆさんは顔を上げ、私の顔を見る。
「なので、そこを考えるのは止めました。私も、凜さんと同じ考え方をすることにします」
「同じ、考え方?」
「はい。目の前で悲しい顔をしている人を救う、です。たとえ相手が誰であれ、目の前で辛い思いをしている人に、孤独でいる人に、手を伸ばすことは間違ってないと信じられますから」
そう語るまばゆさんの目はまっすぐで、迷いなど感じられなかった。
「……強いですね、まばゆさんは」
「そんなことありません。私がこうしていられるのは、凜さんがいてくれるからです」
それに、とまばゆさんは続ける。
「強さでいうなら、私より夜明さんのほうがよっぽど強いですよ」
「私、ですか?」
「はい。だって、自身の罪からもこの街からも、逃げずに戦ってきたんですよね。しかも、たった1人で。凜さんがいなきゃ罪と向き合う勇気を持てなかった私とは大違いです」
私を羨ましそうに見るまばゆさん。
まばゆさんの言う罪も気になったけど、それは今踏み込むべきじゃないと思い、あえて聞かなかった。
けど、そうか。
(まばゆさんも、夕凪さんも。みんな、自分だけの罪を抱えているんだ)
そして、自分だけのものだからこそ、人と分かつことが難しい。
だからこそ、彼女たちは同じ罪を背負った人に手を伸ばすのかもしれない。
罪を背負う辛さが分かるからこそ、その人に寄り添い、その罪も一緒に背負う。
それなら……。
(私も、背負おう)
まばゆさんの罪も、夕凪さんの罪も。
私がするべきはきっと、彼女たちの手を振り払うことではなく、一緒に背負うこと。
傲慢かもしれないけど、この荷物も痛みも、誰かと一緒なら前へ進む原動力になってくれる気がするから。
もしかしたら、ふうかは分かっていたのかもしれない。
だから、罪を一緒に背負うと言ってくれたし、夕凪さんが再びやって来ることも分かっていた。
一緒に背負えば、たとえ離れ離れになっても、ずっと繋がっていられるから。
「……ふふっ」
「え? ど、どうしました?」
困惑した顔を見せるまばゆさん。
それもそうだろう。隣の人間が急に泣き笑いをしたら。
「ごめんなさい。なんだか嬉しくて」
「嬉しい、ですか?」
私は涙を拭いながら、笑顔で頷く。
「ええ。こんなにも優しい人たちに会えましたから。私は人の縁に恵まれてるなぁって、心の底から思います」
そこで、私は姿勢を正してまばゆさんと向き合う。
「まばゆさん」
私は彼女に手を伸ばす。
「豊鶴のため。そして私のために、力を貸してくれますか?」
私のその言葉に、まばゆさんのほうが嬉しそうに笑い、私の手を取ってくれる。
「はい、喜んで」
私の手を握ったまばゆさんが言う。
「それと、私からもいいですか?」
「……? はい」
他にも言いたいことでもあったのかと、まばゆさんの言葉を待つと、彼女が口にしたのは夕凪さんのことだった。
「凜さん。態度には出していなかったけど、焦っていると思うんです。あんなに魔女退治の協力を懇願するとは思いませんでした」
「ああ……」
たしかに、夕凪さんは終始笑顔だったけど、焦っているようにも思える言動だった。
「多分、自分が何もできずに夜明さんが傷つくのを見たくないんだと思います。彼女、守りたかった人に手が届かなかった経験を何度もしているので……。日暮さんのことだって、心の中じゃきっと……」
そうか。夕凪さんは、ふうかのことも……。
思い出してみれば、最後に一緒に行動したとき、夕凪さんはふうかとずっと一緒に動いていた。彼女のショックは、私の思っているより大きかったのかもしれない。
「だから、夜明さん」
まばゆさんは、もう片方の手で、私の手を覆うように握る。
「私からもお願いです。凜さんと一緒にいてくれませんか? そうすれば凜さんも、とても安心すると思うので」
まばゆさんのお願いは、たったそれだけの、とても些細なものだった。
だから私は、まばゆさんの手を握り返す。
「大丈夫です。お願いされなくても、そのつもりです」
だって。
「もう、あなたたちの温もりを恋しく感じちゃいましたから」
私の返事に、まばゆさんは照れくさそうに、そして、また嬉しそうに笑うのだった。
「そうだ。お鍋が終わったら、映画でも見ますか?」
夕凪さんが帰ってくる前、少し時間が余ったので、私はまばゆさんにそう提案する。
「え? い、いいんですか?」
「はい。前に買ったまま見ていない映画があるんです。ゾンビ映画なんですけど……」
それは以前に、ふうかと見に行ったゾンビパニック映画。
ふうかとの思い出を忘れたくなくて、DVDが発売されていたのを買ったのだ。ただ、買ったはいいものの、1人で見るのはどうしても寂しくて今まで見られていなかったのだ。
まばゆさんは映画が好きと言っていたので、ちょうどいい機会かもしれない。
私が棚からDVDを取り出すと、そのパッケージを見たまばゆさんが「ああ~」と頷く。
「この映画ですかー」
「ご存じなんですか?」
「はい。私もDVD借りて見ましたよ。これ、ゾンビ映画のテンプレフルコースみたいな映画なんですよね」
まばゆさんは楽しそうに早口で語る。
「たとえば、コッテコテの死亡フラグを立てるキャラが多くて。「こんなとこ出てってやる!」って言ったキャラが、その数秒後に死んで。あと、ゾンビがメインなのに途中から人間のほうが怖い、みたいになったり。あ、あとは、終盤で仲間が実は噛まれてて、主人公がピンチに、なんて展開も……!」
「ふふふっ」
私の笑い声を聞き、まばゆさんは語っていた口を止める。
「あ゛っ……! す、すみません。ついオタク特有の早口語りを……。というか、私とんでもないネタバレ話しちゃいましたよね……? ごめんなさい!」
「ああ、いえいえ。私、この映画、映画館で1回見ているので大丈夫ですよ。それに……」
――この展開、結構あるあるなんだけど……。
脳裏を過ぎる、あの時の思い出。
「懐かしい、楽しい気持ちにさせてもらったので。もっと聞きたいです、まばゆさんの話」
「そ、そうですか? で、では、僭越ながら……」
それから私は、まばゆさんにこの映画の豆知識を教えてもらった。
帰ってきた夕凪さんは、その様子を見て「2人だけズルいー!」と頬を膨らませていた。
それを見て、また私は心の底から笑えた。
夜は、みんなでお鍋を囲んで食べた。
もう思い出せないほど久しぶりに友だちと食べたお鍋は、信じられないくらい美味しくて。
たくさん、くだらない話で笑い合った。
みんなで一緒に映画を見た。
やっぱりちょっと怖かったけど、あの時のふうかみたいに夕凪さんが手を握ってくれた。
それに、びっくりするようなシーンでも、まばゆさんは平然としていた。色々と解説をしてくれて、この時のまばゆさんはとても頼もしく見えた。
なんだかそれが可笑しくて、映画も前と同じくらい楽しめた。
みんなで囲むお鍋も、一緒に見る映画も。
私が忘れていた何かを取り戻すみたいに、心が温かくなった。
(忘れてたのは、私のほうだったんだね)
もしかしたら、彼女たちとなら。今度こそ、何かを変えられるかもしれない。
そんな確信が、私には芽生えていた。
お鍋の後片付けも終わったところで、夕凪さんが私たちの注目を集めるように手を叩く。
「よーし! お腹もいっぱいになったし、早速はじめよう!」
「はじめるって、何をです?」
まばゆさんの疑問に、凜さんは、ふふん、と得意げに笑う。
「作戦会議だよ!」
凜さんは持っていたバッグからノートを取り出す。
「あの強さの魔女を相手するんだよ? ただ3人で突っ込むだけじゃ、全滅待ったなしでしょ」
「ぐう正論……。ただ、あんな化け物魔女、私たちだけでどうにかなりますかね? ワルプルギスの夜ほどじゃないですけど、とても3人で勝てる相手には……」
すると、凜さんはチッチッチッ、と人差し指を振り、その指をまばゆさんに向ける。
「問題ないよ。だってここには、見滝原が誇る最強軍師と……」
そこで凜さんは言葉を止め、まばゆさんに向けていた指を私に向ける。
「みかづき荘のブレインにして最終兵器の2人が揃っているんだから。勝てない作戦を思いつくほうが難題だよ」
でしょ?とウインクする凜さんに、私もまばゆさんも思わず頬が緩みます。
「そうでしたね……。私はみかづき荘のブレインでした。力で勝つだけじゃない」
「軍師、軍師……。うへへへぇ。そ、そうですよ! すっかり忘れてましたけど、私は策士タイプなんです! 頭で勝つんです!」
それに、とまばゆさんは凜さんの肩に手を置きます。
「最強魔法少女の一番弟子さんもいますしね」
「……うん!!」
まばゆさんの言葉に、凜さんは目を輝かせ、大きな声で返事した。
「で、まずは何から始めます?」
まばゆさんの言葉に、夕凪さんは答える。
「まずは相手の情報を知らないと何もできないからね。情報共有からかな」
「とはいえ、私もそこまで情報があるわけでは……。他の魔法少女に聞き込みはしてましたが、実際に相対したのは今日が初めてですし……」
私はそう言いながら、魔法少女の証言を纏めたノートを取り出す。
これが何かの手がかりになればいいのだが。
そう思っていると、夕凪さんが口を開く。
「いや、もう1人?情報持ってそうなヤツはいる」
「「え?」」
私とまばゆさんの言葉がハモる。
「だよね、キュゥべえ」
その夕凪さんの問いかけに、物陰からキュゥべえが姿を現す。
「キュ、キュゥべえ?」
突如現れたキュゥべえに、私は少し驚く。
キュゥべえは基本、魔法少女の魔女退治行為に不干渉を決め込んでいると思っていたのだが。
私の疑問に答えるように、キュゥべえは喋り出す。
「そうだね。今回の件、ぜひキミたちに解決してもらいたい。特に夕凪凜。ワルプルギスの夜と鏡の魔女という、超災害級の魔女を退けたキミにね」
「お世辞はいいから。解決してほしかったら、さっさとあの魔女と、今回の異変に関してあんたたちが知ってること全部話して」
夕凪さんが冷たい声で急かすと、キュゥべえは「やれやれ」と首を振りながら答える。
「とりあえず魔女についてだけど、現在、豊鶴市で活動しているあの魔女を、ボクたちは『象徴の魔女』と呼んでいる」
キュゥべえは私たちの真ん中までやって来ると、続きを語る。
「あの魔女は随分昔から生きてる魔女でね。株分けを増やしては倒されを繰り返して、数百年前の神浜にやってきてた」
「そこから水名城の地下を根城にしてたわけね」
「ああ、その通りさ。まあでも、それについては今回の件には関係ないから省略させてもらうよ。重要なのは、これまでに本体があそこまで圧倒的な強さを持つことはなかったってことさ」
「けど、今は違いますよね? あの大きさと魔力。あんなのまるで……」
まばゆさんの疑問は最もだ。
彼女に同意するように、キュゥべえは頷く。
「問題はそこさ。長生きなだけの一介の魔女では持ち得ない力。それこそ、あのまま成長を続ければワルプルギスの夜に並んでしまうほどの魔力を、象徴の魔女は蓄え続けている」
「原因は分かってるの?」
夕凪さんの問いに、キュゥべえは、ああ、と無表情に頷き返す。
「先日、象徴の魔女がとある場所に接触したことが判明した。恐らく、それが今回の異変の原因だろうね」
「とある場所?」
私が聞き返すと、キュゥべえは答える。
「ああ。その場所の名は『名塚底根』。全ての魔女の始まりの場所さ」