魔法少女まどか☆マギカ 実績『朝焼けのエンドロール』獲得 作:くろしゅー
Side MA
名塚底根へと繋がる入り口をくぐった私たち。
暗い1本道を進むと、奥から伸びてきた人の手のようなものが私たちを包み、どこかへと運んでいきます。
少しして、私たちを包んでいた手が開かれ、入ってきた光に私は細めます。
「えっ……」
明るさに慣れ、徐々に目を開けるとそこには、まるでケーキ作りに使うボウルのような、半球状のとても巨大な空間が広がっていました。
見滝原の高層ビルすらすっぽりと収まってしまいそうなその空間は、名前とは裏腹にどこか神聖さが漂っています。
「ん? わ、わわっ! 落ちるぅ!」
どうやら私たちは、この空間の一番上に出たようで、私の身体はそのまま重力に従って落下します。
「あだっ!?」
幸い、足場はすぐ下にあったようで、お尻を強かにぶつけながらもケガなく着地できました。
すぐ横に凜さん、ほむらさん、夜明さんも降りてきます。
「まばゆ! 無事!?」
凜さんは私を見つけるなり、慌てたように駆け寄ってきます。
「ごめんまばゆ、庇いきれなくって……。すぐ治すから……」
「謝らないでください。あの魔女に遅れを取ったのは、私の落ち度です……。それに、あれのおかげで確証が得られました……」
私は凜さんの腕を掴む。
「二人の予想通り、私の未来視はあくまであの宇宙の因果を観測したもの。ここのことは、未来視の効果範囲外です」
そうでなければ、あそこから株分けが出てくることも未来視で視えたはず。
ここに来られた時点で、とりあえず私たちの負ける未来からは逃げることはできたようです。
「そっか……。ありがとう、まばゆ」
私に魔法をかけながら、凜さんは私の頬を撫でる。
少しくすぐったかったですが、その手はとても安心できました。
すると、ほむらさんが、コホン、と咳払いをする。
「そろそろいいかしら?」
「あ、ああ。ごめん、ほむら。完全に放置してた」
凜さんは思い出したように、ほむらさんのほうを向きます。
「ほむらもごめん。巻き込んじゃって」
「今さらよ。そもそも、最初にあなたを巻き込んだのは私だもの。あなたが謝る必要なんてないわ」
それより、とほむらさんはこの空間を見回します。
「この空間はなに? 魔女の結界とも違うようだけど……」
「ここは名塚底根。全ての魔女が生まれる場所って、キュゥべえは言ってた」
「魔女が……!?」
ほむらさんは目を見開いた後、少しの間何かを考え、おもむろに盾に手を突っ込みました。
「止めといたほうがいいよ。ここを壊しても多分、無駄」
凜さんの言葉で、ほむらさんの腕が止まります。
盾からは、彼女自作の爆弾が数センチだけ顔を出していました。
「キュゥべえの言葉をどこまで信じていいか分からないけど、ここの役割は魔法少女が生む呪いに形と名前を与えること。ここを壊しても、魔法少女が絶望で変質することは変わらないし、下手したらもっと酷くなるかも」
「そう……」
ほむらさんの少し悔しそうな顔で、ようやく私も彼女の思考が理解できました。
恐らく、ここを壊せば魔法少女が魔女になることが無くなり、それが鹿目さんの救済にも繋がると考えたのでしょう。
ほむらさんは伏せていた目を上げ、切り替えるように私たちに問いかけます。
「あなたたち、なんでここのことを知っているの? さっき戦っていた魔女と関係があるの? それに、そこの彼女は……」
「ああ、それは……」
その問いに対し、夜明さんの紹介を含め、私たちで今までのことを簡潔に説明しました。
「……なるほどね。あの魔女が、ワルプルギスの夜の呪いを……」
「あくまで可能性の話、だそうですが」
私はそう付け加えるも、ほぼ確定だと思っていました。
「なら、私も協力するわ。どのみち、あれを倒さなければ、まどかの契約リスクは高まるもの」
「そういえば、まどかちゃんは? 一緒にいたんだよね?」
「待っててもらっているわ。連れてくるわけにはいかないでしょ。とにかく、さっさと片付けるわよ」
ほむらさんは割り切ったように告げます。
「ありがとう、ほむら」
「気にする必要はないわ。それより、ここからどうするの?」
その疑問に答えたのは、先ほどから周りを観察していた夜明さんだ。
「とりあえず、下に降りてみましょう。私たちにとっても、ここは未知の空間。何があるか分かりませんし、魔女も程なくして私たちを追ってくるでしょうから」
夜明さんは指で下を指す。
私たちがいるのは水晶で出来た階段のようなもので、それは螺旋状にこの空間の一番下まで続いていました。
「そうですね」
凜さんは夜明さんの案に頷くと、名塚底根の入り口に手をかざします。
すると、魔力で生み出された鎖がその入り口を封じました。
「私の魔法じゃマミちゃんや杏子ちゃんには及ばないけど、この結界で少しは時間は稼げると思う」
「十分よ。これで探索に集中できる」
「ですね。凜さんの結界が破られる前に、さっさと下を調べましょう」
そう言って、私たちは水晶の階段を降り始めました。
「それにしても……。どことなく不安になる空間ですね。キレイなのに、なんか落ち着かない……」
「当然よ。ここは魔女の生まれる場所なのでしょう? 私たち魔法少女がいて、気分のいいものではないわ」
私のこぼした言葉に、ほむらさんがそう返します。
続くように、夜明さんが疑問を口にします。
「そういえばここ、なんだか図書館みたいですね。みなさん、気づきましたか? あらゆるところに本が収められているの」
そう言われて改めて空間を見渡してみると、壁の模様だと思っていたものは全て、壁を埋め尽くすほどの本でした。
「ホントだ……」
「壁全てが本棚になっているわね」
「それだけじゃない。私たちの走ってる道の水晶の中身も、全部本だよ」
凜さんの言葉にハッとして足下に目を向ければ、この水晶の道の中にも等間隔で本が収められていました。
じっくり見てはいられませんが、私たちには読めない言語が表紙に綴られているようでした。
「なんなんでしょう、この本……」
「言葉が読めないのでなんとも言えませんが、この名塚底根という空間の役割から考えて、恐らく……」
夜明さんは少し言葉に詰まった後、小さな声で言いました。
「魔女のことが書かれた本。魔女の図鑑、的なものかと」
それを聞いた瞬間、私は背筋が凍る感覚がしました。
これほど巨大な空間を埋め尽くすほどの本。それら全てが魔女を書き記したものだとすれば……。
(一体、どれだけの魔法少女が……)
私はそこで思考を打ち切りました。それ以上考えては、足が止まってしまいそうで。
一方の凜さんは、名塚底根内を見回しながら呟きます。
「今のままじゃあの魔女には勝てないし、なんとか一発逆転できそうなものが見つかるといいんだけど……」
そう。私たちがここに来たのは、あの魔女に打倒できる可能性を探るため。見たところ、ここの出入り口は、先ほどの場所一カ所のみ。
可能性は繋ぎましたが、依然状況は改善していません。それどころか、ここは逃げ場のない袋小路。現状を打開できる何かを見つけないと、私たちはここで全員あの世行きです。そもそもここで死んだら、あの世に行けるのかすら怪しいですが。
そうして下へと降りていく私たち。
ようやく底の様子も見えるようになり、私は下を覗きます。
底のほうには、金色の装飾がされた天球儀のようなものがあります。それと、水晶で出来た巨人のオブジェ。
(うええ……。下も下で不気味ですねぇ……。ただ、あの天球儀みたいなの、中に部屋みたいなのがある……?)
魔法の望遠で覗こうとしたとき、前を走っていた凜さんが突如、足を止めました。
「うぎゃっ」
私は凜さんの背中に思わずぶつかってしまいます。
「ど、どうしました、凜さん?」
「前になにかいる」
「えっ……!?」
凜さんが発した低い声に、私も警戒度を上げて凜さんの視線の先を見ます。
私たちが進もうとしていた通路の中央。そこにいたのは……。
「トカゲ……?」
全身が真っ黒な、タールのような体表をしたトカゲが居座っていました。
サイズは私たちがよく見るトカゲと同じくらいですが、この空間にいるというだけで不気味さを感じるには十分でした。
すると、トカゲはその血のような赤い眼を私たちに向けたかと思うと、こちらに向かって一直線に走ってきました。
「っ!」
凜さんは危険なものと判断したのでしょう。
武器を手に取ると、トカゲにその切っ先を向けます。
しかし、私はどこかであのトカゲを見たことがあるような気がして、思わず叫んでいました。
「ダメ!」
「え?」
私の声で凜さんの武器を振るう腕が鈍り、トカゲはその隙に凜さんの足下をすり抜けます。
トカゲはその俊敏な身のこなしで、私たちの足の間をすり抜け、一番最後尾にいたほむらさんへ飛びかかりました。
「ちょ、ちょっと!」
ほむらさんはトカゲを振り払おうと手を横薙ぎに振るいますが、トカゲは身を捩って避け、ほむらさんの腕に着地します。
トカゲはそのままほむらさんの腕を伝い、そして肩まで登ると……。
「きゃあっ!」
「ほむら!」
「ほむらさん!」
その耳に引っ付きました。
ほむらさんが悲鳴を上げ、引き剥がそうと手を伸ばした直後。
まるで電池が切れたように、ほむらさんの動きが止まり、前のめりにうなだれてしまいました。
「……」
「ほ、ほむらさん……?」
固まってしまったほむらさんに恐る恐る声をかけると、指がピクリと動き。
「……問題ないわ。大丈夫よ」
彼女は顔を上げ、髪をかき上げました。
彼女の長い髪は僅かに滞空した後、ふわりと元に戻ります。
「本当に大丈夫? さっき明らかにヤバい動きだったけど」
「ええ。びっくりはしたけどね」
凜さんの問いにも軽く答えます。
「あれ? そういえばトカゲはどこにいったのでしょう?」
「ホントだ。いなくなってる」
夜明さんと凜さんはキョロキョロと辺りを見回します。しかし、ほむらさんは気にする素振りもなく。
「気にしていても仕方ないわ。とにかくこの名塚底根の中から役に立ちそうなものを見つけないと、私たち全滅よ」
そう言って歩きだす彼女。
私は、その背に声をかけます。
「あなた、誰ですか?」
私の声に、目の前の彼女は歩みを止めます。
「誰って、私は私よ」
「じゃあ、聞き方を変えます。あなた、暁美ほむらさんですか?」
その問いに、彼女は足を後ろに引いて、少し大げさに振り向きます。
「ええ。私は暁美ほむら。知っているでしょう?」
遠心力で宙を舞うほむらさんの髪。その髪の間から見えた彼女の表情は、私の知るほむらさんが絶対にしないような、妖艶な笑みを浮かべていました。
私はすぐさまハサミを取り出し、彼女に突きつけます。
「なら、再度質問を変えます。あなたは、
ハサミを、あと数センチで彼女に刺さる距離まで押し込みます。
しかし、彼女は大して動じた表情を見せることもなく、ふぅ、とため息をつきました。
「本当にあなたって、こういうときばかり鋭いんだから」
そう言うと、彼女は顔の横で手を叩きます。
「っ……!?」
その瞬間、私の頭に鈍い痛みが走り、いつかの光景がフラッシュバックします。
ワルプルギスの夜を撃破した直後の一幕。私が宇宙の狭間に落ちたときのやり取り。それら全てが一気に私の脳へと刻まれます。いや、より正確に言えば、あるべき場所に戻っていきます。
それのおかげで、彼女の正体は容易に想像がつきました。というより、彼女自身が私に思い出させるために、記憶を返してきたのでしょう。
「思い出せた?」
笑顔で問いかけてくる彼女に、私は頭を押さえながら答えます。
「……ええ。その節はどうも。
私の答えに、彼女、悪魔さんは嬉しそうに口角を上げます。
「久しぶりね、まばゆ」
「ええはい、お久しぶりです。一体、何の用ですか。私たち、あまり時間がないんですが」
すると、「ちょっと待って!」という凜さんの声が割り込んでくる。
「あなた、ほむらじゃないの? というか、まばゆは知り合いなの? ど、どういうこと?」
さすがの凜さんも困惑気味でした。夜明さんも、訝かしげに私たちを見ています。
「ああ、えっとですね……。どう説明したらいいやら……」
私が言いあぐねていると、ほむらさんが私を手で制します。
「いいわ。私から説明する。どのみち、この身体を乗っ取ってまであなたたちの前に姿を現したのは、全てを説明するためだもの」
彼女は左耳についたトカゲのイヤーカフを触ります。
「改めて自己紹介させてもらうわ。私は暁美ほむら。より的確に言い表すなら、かつて暁美ほむらだったもの、よ」
「かつて?」
「暁美ほむらだったもの?」
私と凜さんが首を傾げます。
「ええ。私は暁美ほむらであって、暁美ほむらではない」
「……ごめんなさい。全然分からないんですけど」
あまりにも当然のように告げるので、私の理解力がおかしいのかと思いました。
けど、凜さんも夜明さんも首を傾げたままのあたり、2人も分かっていなさそうです。
より詳しい説明を求めれば、彼女は特に拒否することもなく説明を再開します。
「とても簡単に言えば、私は暁美ほむらの分け身。彼女が悪魔として宇宙を再編した際に、こぼれ落ちた彼女の残滓。それが形を成したのが私」
「ここからはまばゆにしか分からないと思うけど」と彼女は前置きをしてから、語り出します。
「かつてまばゆが視た未来で、鹿目まどかは神にも等しい存在となっていた。そうよね?」
「……ええ。当時の私はあれこそが定められた運命だと、正しい結末だと思っていましたが」
「それは正解よ。実際、あなたを忘れた後の暁美ほむらは、あなたが視た未来通りの結末へと行き着いた。まどかの存在と引き換えに、魔女が生まれなくなる。そんな世界に」
けれどね、と彼女は続ける。
「それは暁美ほむらにとって残酷すぎる世界だった。誰も彼も、鹿目まどかのことを覚えていない。そんな中、彼女はインキュベーターが円環の理を支配しようとしている目論見に気づいた。激しい戦いの末に、その計画は無事に阻止。限界を迎えた暁美ほむらを、まどかは救おうとした」
そこで言葉を区切った後、彼女は首を大きく後ろに曲げて私たちを見る。
「その戦いの中で、まどかにも普通の暮らしをしたかったという想いがあったことに気づいた暁美ほむらは、その救済を拒否。挙句、円環の理から鹿目まどかという人格と、その力の一部を裂き、もぎ取る暴挙に出た。その力を持ってして、暁美ほむらは魔法少女を越えた悪魔へと至ったのよ」
「ええっ!?」
あの鹿目さんを裂いた!? 悪魔になった!?
私は固まってしまいますが、目の前の悪魔さんは構わず続けます。
「全てはまどかのため。彼女が人としての当たり前の暮らしをできるよう、暁美ほむらは自身の宇宙をまどかのための箱庭とした。それこそ、あなたが視た未来の先のお話よ、まばゆ」
私は絶句して、何も言い返せません。というか、どんな言葉を発していいかが分かりませんでした。
悪魔さんも私の返答には期待していなかったのか、私が言葉を発するのを待つことなく、続きを語ります。
「1つ目の大事な要素はここから。悪魔となった暁美ほむらがまどかのための箱庭を用意したのは、全てまどかの幸せのための。彼女が人として、彼女らしくあれる世界を作るため」
「けれど、それは同時に、まどか以外を考慮しないといことでもある。不器用な彼女には、まどか以外も全て救うという選択肢は無いも同然だった。どうしても、他はまどかの二の次になってしまう。その罪悪感から彼女は考えた。彼女以外のための箱庭を用意しよう、と。特に、自分がこれまでループで世話になった魔法少女たちは、悪魔の自分がいない世界で幸せになってほしい。そんな願いでね」
いつの間にか、彼女の手には青いビー玉が握られていました。
彼女は、それを懐かしそうに見つめます。
「そうして彼女は、一つの宇宙を生みだした。それは、かつて暁美ほむらの横にいた少女が記憶を失った時間軸のコピー。そこでなら、彼女も含めて救えるかもしれないって」
「それって、まさか……」
私のこぼした声に、悪魔さんは頷きます。
「ええ。暁美ほむらの最大の心残りはあなたよ、まばゆ」
「私、が……」
「暁美ほむらの宇宙で、あなたは魔法少女のことを忘れて生きている。当然グリーフキューブも使わないから、いずれ穢れが溜まり、円環の理に知らず知らずの内に回収されるでしょう。けれど、まどかのために悪魔となった彼女には、あなたを救うために回せる余力なんてなかった。だから、自分とは離れた宇宙で、あなたも幸せになる未来を作っておきたかった。そんなところかしらね」
そして、と悪魔さんは、語りながら私たちに近づいてきます。
「暁美ほむらが直接介入している余裕がない以上、代わりにそれを為すための使者が必要だった。そして、その使者に選ばれたのが……」
私たちの間を通り過ぎ、悪魔さんは凜さんの前で止まる。
「あなたよ、夕凪凜」
「私……?」
「そうよ。あなたは本来、魔法少女になれる人間ではなかった。まばゆは知っているわよね?」
「……ええ」
宇宙の狭間で見た本来の凜さんが辿る末路を思い出し、私は口を押さえます。
「ちょうど、暁美ほむらは魔法少女でない子を魔法少女にする仕組みを考えていた。その最初の実験として選ばれたのがあなた。悪魔の力で因果と魔法少女の素質を与え、見滝原に来るよう運命をねじ曲げた。あなたがあのループを壊し、暁美ほむらが切り捨ててしまった全てを救ってくれるよう、願いを込めて」
悪魔さんはそこまで語り、肩をすくめる。
「けど、彼女がしたのはそこまで。後は1度たりとも、あなたたちの宇宙に近づこうとしなかったわ」
「それじゃあ、今のあなたはいったい?」
かろうじて絞りだした夜明さんの問いに、悪魔さんは答えます。
「暁美ほむらは、その募らせたまどかへの執着と愛によって悪魔となった。そこに他の者への情愛など不要。だから、彼女は自身から他者への情愛の心を引き剥がした」
「まあ、引き剥がしてあれなのだから、暁美ほむらにも困ったものだけどね」と悪魔さんは皮肉っぽく呟きます。
「そして、引き剥がされたそれが彼女の眷属であるトカゲの1匹に宿ったの。それが私。だから私は、暁美ほむらであり、暁美ほむらでない。かつて暁美ほむらだったもの、なのよ」
悪魔さんはビー玉を上へ投げてはキャッチするのを繰り返しながら、器用に水晶の道を下っていきます。
「彼女は私にこの宇宙の管理を命じた。切り捨てたもの同士で、上手くやってくれってところかしらね。だから私は、あなたたちをずっと見ていた。あなたたちがどんな出会いをして、どんな道を進み、どんな結末に至るのか。ずっとずっと見ていたわ。時には、あなたたちの意識に介入までしてね」
悪魔さんは、キャッチしたビー玉を覗き込む。
「そして、それをレコードとして暁美ほむらに届けていた。新しいレコードが刻まれる度、彼女のアジトへと足を運んで。あなたたちがどんなやり取りをしたか、どんな出会いを生んだか、時間が許される限り彼女に伝えたわ」
「どうして、そんなこと……」
自然と私の口を突いて出た問いに、悪魔さんは優しい声で答えました。
「だって、私は暁美ほむらのまどか以外への愛情で生まれた存在だもの。まどかのことももちろん愛しているけれど、同じくらいあなたたちのことも愛している」
そこに、先ほどまでの不気味な雰囲気はどこにもなく。
私がかつて過ごした、暁美さんの片鱗が垣間見えました。
「暁美ほむらに知ってほしかったのよ。あなたが放った運命は、こんなにも傷つきながら足掻いているって。かつてのあなたすら救おうと必死に手を伸ばしていることを。あなたたちへの罪悪感で、あの宇宙から目を逸らし続けるあの悪魔にね」
一通り語り終わったのか、悪魔さんはそこで口を閉じます。
誰も、何も言えませんでした。
なんと言えばいいのか、分かりませんでした。
そんな中、悪魔さんはポツリと呟きます。
「赦してほしいとは言わないわ。理由と結果はどうあれ、あなたたちの人生を弄んだのは覆りようのない事実。どんな罵倒だろうと暴力だろうと、受けるだけの理由はある」
けど、と彼女は私たちを一人一人見る。
「私があなたたちを愛していたのは、紛れもない事実。そして、あの宇宙を作った暁美ほむらにも、その気持ちがあったことだけは知っておいててほしいの。あの子だって、救えるのなら全部を救いたかったに決まっているから」
彼女は伏し目がちに言った後、切り替えるように顔を上げる。
「それと、もう一つ。私を責めていいとは言ったけど、それはこの件が片付いてからにしてちょうだい。それだけ、今のあなたたちの宇宙は危機にある」
「……どういうことですか?」
夜明さんが問いかけると、悪魔さんは名塚底根の天井、人の手のようなパーツで出来た出入り口を指さします。
「あなたたちが倒そうとしている象徴の魔女。あの魔女がここにアクセスしたことで、あなたたちの宇宙は外宇宙と繋がってしまっている。まばゆと凜はまだ記憶に新しいでしょう? そこの力があなたたちの宇宙になだれ込んだ結果がどうなるか」
「……サルベーション・ブルーム」
凜さんの暗い声で発せられた単語を、悪魔さんは肯定します。
「そう。あの爆発現象が再び起きる可能性があるのよ。この空間は円環の理とも繋がっている。鏡の魔女はここを経由して、円環のエネルギーをあなたたちの宇宙に流入させていた。けど、今回は鏡の魔女という出力の調整役がいない。いわば、栓のない蛇口と同じよ。象徴の魔女がこれ以上力を付けて円環の理に手を出せば、ブレーキのないエネルギーが一気に流入し、瞬きする間にあなたたちの宇宙は消滅するわ」
「それどころか」と悪魔さんの顔は、より険しくなる。
「円環の理にあなたたちの宇宙のことを勘づかれたら、それこそ一巻の終わりよ。今はまだ、悪魔の力で宇宙を隠しているけれど……。象徴の魔女がやろうとしているのは、そこに穴を開けること。そうしたら、あなたたちの宇宙は円環の理に消されてしまう。あれは、魔女が生まれる可能性を消し去る概念だから」
そこまで聞いた凜さんは一歩前に出る。
「つまり、あの魔女を倒さないと私たちに明日は無いって前提は変わらないわけだよね?」
「そうね。吹き飛ぶのが豊鶴市か宇宙かの違いよ」
「分かった」
凜さんは目を閉じて、深呼吸をする。
そして目を開けて悪魔さんに告げた。
「色々聞きたいことも、言いたいこともあるけど。とりあえず、あなたを信じる。それと、今まで私たちを見守っててくれたこと、ありがとう」
「……あなたには毎度驚かされるわ。感謝なんて言葉、出てこないと思った」
「まばゆやみんなに会えたのがあなたたちのおかげなのは間違いないからね。それに、魔女退治、手伝ってくれるんでしょ? じゃなきゃ、ほむらの身体を借りる理由がない」
凜さんがしてやったりといった顔で笑います。
「まったく……。本当にあなたはどこまで……。ええ、そうよ。微力だけど、私も力を貸すわ。あなたたちの宇宙を消滅させやしない。ましてや、まどかの力でなんて」
悪魔さんが笑った直後でした。
ドン、と重たい音が上空から降ってきます。
「な、なんです!?」
私が上を見上げると、凜さんが張った結界の鎖が音に合わせて揺れていました。
「マズい……。そろそろ破られるかも」
凜さんの言葉に、全員に緊張が走ります。
悪魔さんも真剣な表情になると、私たちに向き直ります。
「時間がないから手短に話すわ。ここから私は、意識の半分をこの身体の暁美ほむらに明け渡す。私は魔法少女ではないから、彼女の意識もないと戦えないのよ。恐らくこの身体の暁美ほむらは混乱するだろうけど、記憶はある程度私と同期させるわ。あなたたちは彼女のフォロー、頼んだわよ」
「……分かりました」
私が頷くと、悪魔さんも満足そうな顔で頷く。
「じゃ、彼女の意識を起こすわよ」
そして、ほむらさんの身体は先ほどのように前のめりにうなだれます。
数秒後、彼女は顔を上げました。
「ほむらさん……?」
私が声をかければ、ほむらさんが私を見る。
「……ああ、まばゆ」
「大丈夫ですか……?」
「そう見える……?」
私に問いかける彼女は、ひどく疲れたようで、悪夢でも見たような顔でした。
「いえ……」
「全く……。自分の中に自分じゃない何かがいるみたいで、とても不快だわ」
忌々しそうに吐き捨てるほむらさん。すると、急に表情が変わり。
「あら、随分なご挨拶ね。私も暁美ほむらよ。自分と自分じゃない?」
ほむらさんがそう口にします。
すると、また苦々しそうな表情に切り替わり。
「例え元は同じでも、してきた経験も違えば考え方も違う。自分とは認められないわ」
どうやら、同じ身体を共有しているせいで、どちらが喋ってもほむらさんが喋る形になっているようです。
「不器用ね。それくらい、サクッと割り切ってほしいのだけど」
「それならあなたが私に力だけを渡しなさい」
「無理な相談ね」
「じゃあ黙ってて」
「そっちこそ」
(な、仲悪ぅ~……)
二人(一人?)の言い合いを見て、気まずくなる私。
そういえば、ほむらさんは自分自身をあまり好きではない傾向にありましたし、それの影響なのでしょうか。
そうだ。今こそ私たちが緩衝材となって……!
「ま、まあまあ。二人とも、元はあの可愛い三つ編み眼鏡のほむらちゃんだったんですから、あの頃を思い出して……」
「「黙りなさい」」
「はいぃ……」
「メッチャ仲いいじゃん」
「「よくない」」
「また揃ってるし」
凜さんのツッコミで、バツが悪くなったのか。ほむらさんたちはそれ以上、言い争いませんでした。
すると、凜さんが「そうだ」とほむらさんたちに問いかけます。
「私たちが知ってるほむらは『ほむら』って呼べばいいけど、そっちの新しいほうのほむらはなんて呼べばいい? さすがに両方ほむらだと呼びづらいし」
「なら、私のことは悪魔とでも呼びなさい。悪魔ほむら、でいいわ」
「分かった。じゃあ、トカゲほむらって呼ぶね」
「ちょっと。なにが『じゃあ』なのよ。話、聞いてた?」
「もちろん。よろしくね、トカゲほむら」
「頭に風穴開けられたいのかしら?」
「いいんじゃないかしら? トカゲなんて、あなたにピッタリよ」
「黙りなさい。意識完全に乗っ取るわよ」
「ま、まあまあ。私も賛成ですよ、トカゲほむらさん」
「ふふっ、可愛らしいですよね。それに、トカゲは不死や再生など、縁起の良い言葉とも縁が深いんですよ?」
楽しそうに笑う夜明さん。「おばあちゃんが言ってました」と付け加えているのを聞くに、おばあさんと本当に仲が良かったんだな、と実感します。
やがて悪魔さん……改め、トカゲほむらさんは諦めたようにため息をつきます。
「……はあ。もう勝手にしなさい」
すると、彼女は手品のように、手から3枚の折り畳まれた紙を取り出します。
「それと、これ」
そして、その紙を私たちに1枚ずつ手渡してきます。
「なんです、これ?」
「見れば分かるわ」
トカゲほむらさんに促され、私は紙を開いてみます。
そこには……。
「これ……。この、魔女……」
魔女の絵と、先ほど見た本の表紙にもあった言語の文字が記されていました。
私はこの魔女を二度、視たことがあります。
この魔女を視たのは、
つまり、この魔女は……。
「そうよ。その魔女は、あなたたちの影にして、あなたたちの闇。そして、あなたたちの感情の写し」
私の考えを読むように、トカゲほむらさんは静かに告げます。
隣の凜さんが持っている紙を見れば、私のものとは違う、アルバムがモチーフのような魔女が記されていました。
つまり、この紙に記されているのは、私たちが魔女となったときの姿。
「この名塚底根にある魔女図鑑からくすねてきたわ。3人とも、それを使っておきなさい」
「どういうこと?」
凜さんの問いは最もでしょう。
これを使う、なんて。どう使うのかも、そもそも使えるものなのかも、私たちには分かりません。トカゲほむらさんが何を考えているか、さっぱり理解できませんでした。
すると、トカゲほむらさんは、私の持ってる紙を撫でながら説明をします。
「その紙には私の魔力で特別な術式を組み込んである。あなたたちの魔力を少し付与すれば、魔女はドッペルウィッチ……、あなたたちは魔女の境界って呼んでたかしら? それに変化して出現、纏えるようになっているわ」
「ま、纏う!?」
「ええ。とある世界で佐倉杏子がやったことを擬似的に再現させたわ。ドッペルを鎧のように纏わせれば、一気に戦闘能力が向上するわ」
「ちょっと待ってください」
待ったをかけたのは夜明さん。
「危険性はないんでしょうか? 私たちは魔女の境界を出現させたことがあるから分かります。あれはそんな簡単に制御できるものでは……」
それに対し、「当然、考えてるわよ」とトカゲほむらさん。
「それはあくまで、この名塚底根の記録を使ったハリボテ。本物のドッペルに比べれば、出力は少し下がるわ。ただし、その分制御はしやすくなっている。それにあなたたち、今いるここがどこだか忘れたの?」
トカゲほむらさんは、両手を大きく広げます。
「ここは全ての魔女の始まりの場所。むしろ魔女の力のほうが有利に働くわ。そこに記された闇と向き合えれば、彼女たちはあなたたちに力を貸してくれる。必ずね」
トカゲほむらさんの言葉に、私たちは今一度、紙に視線を落とします。
(これが、私の闇。私の、絶望……)
怖くないかと言われれば、嘘になります。
それでも。これを眺めているうちに、これも私なんだという、不思議な実感が湧いてきます。
お母さんに拒絶されたときの、泣いている幼い私。怖くて蓋をした、過去の記憶。
でも今なら。一緒に背負ってくれる人がいる。一緒に泣いてくれる人がいる。
(ああ、そうだ。あなたも、寂しかったよね。悲しかったよね)
私はその紙をギュッと抱きしめる。
(分かってる。全部、覚えてるよ。あの時の気持ちも、景色も)
辛かったけど。あの時、泣いていたのも私だ。今の私に続いてる私だ。
(全部、覚えてるから。あの時、頑張ってくれてありがとう、私)
おかげで、こんなにも素敵な人たちに会えたのだから。
(だから、あなたも一緒に行こう。もう、1人じゃないよ)
すると、抱きしめていた紙が強く輝きます。
そして、そこから出現した魔女。
それは私の周りを飛び回った後、泡のように溶けて、私へと重なります。
腕に、足に、胸に、頭に。
鎧、というよりドレスのように纏ったそれは、禍々しさと神々しさ、それと懐かしさを孕んでいて。
いつもより、視界が開けているような感じでした。
「やったわね、まばゆ」
横で見守っていたトカゲほむらさんが、微笑んでいました。
「はい」
私も、それに微笑み返します。
反対を見れば、凜さんと夜明さんも、私と同様に魔法少女の衣装を少し変化させていました。
おどろおどろしいけれど、美しさと物悲しさを携えたその服は、間違いなく魔女の力でした。
「さて、私たちもやるわよ」
「やるって……、まばゆたちと同じように?」
トカゲほむらさんの言葉にほむらさんが聞き返すと、「違うわ」とトカゲほむらさんが否定します。
「私たちは無理よ。元が同じとはいえ、あなたと私の魂は違う。その状態でドッペルを纏ったところで、ただの弱体化よ」
「じゃあどうするのよ」
それに答えるように、トカゲほむらさんが指を鳴らします。
すると、空中から黒く輝く弓がゆっくりと降りてきます。
その弓はほむらさんたちの前でピタリと静止しました。
「弓?」
「ええ。私の本体の暁美ほむらも、かつてはこれで戦っていたときもあったのよ」
「私、使ったことないのだけど」
「藍家ひめながいなきゃ使えもしない盾よりかはマシでしょう?」
「……」
「これの使い方は私が分かってる。あなたは私と息を合わせてくれればいいだけ。どう、できる?」
「……はぁ。やらなきゃ、どのみち戦えないのでしょう? なら、やってやるわ」
「そうこなくちゃ」
ほむらさんは目を閉じます。
「いい? コネクトをする要領で、私の魂とあなたの魂を同調させて」
「簡単にいってくれるわね」
上から響く音は大きくなり、封印の鎖は既に千切れ掛かっていました。
時間はもう残されていません。
そんな中でも、彼女たちは冷静に集中し続け。
やがて、ほむらさんの姿が紫の光に包まれます。
繭のように彼女を包んだ光。その中で何が起きているのか、私たちからはよく見えません。しかし、魔力の気配が少し変わったのを感じます。
やがて、光が弱まってきたところで。
その光の中から手が伸びてきて、宙に浮いていた弓をしっかりと掴みます。
すると、それをトリガーとして、ほむらさんを包んでいた光が霧散しました。
彼女の黒髪がふわりと広がります。
中から現れたほむらさんの姿もまた、変化していました。
私たちに比べれば、衣装の変化は少ないものの、元の衣装のセーラーカラーのような部分が無くなり、大きく露出した肩。その縁には黒い羽根のような飾り。胸元にはピンクの宝石。
「……ふぅ。上手くいったわね」
「本当? 変わったようには感じないのだけれど」
疑うような声音のほむらさん。
というか……。
(もしかして、衣装が変わっているのに気づいてない?)
ほむらさんって自己の客観視が苦手なんですね。
薄々わかっていましたが、改めて実感しました。
みかねた凜さんが、ほむらさんに声をかけます。
「ほむら、けっこう衣装変わってるよ」
「え、うそ……」
ほむらさんが自身の姿を見下ろしてキョロキョロしているので、私は近くの水晶の反射を弄り、鏡のようにします。
「ほむらさん、これ使ってください」
「ありがとう。……本当ね」
「前も可愛かったけど、これはこれでいいじゃん」
「ええ。ほむらさんの可愛さが引き立ってます」
「……からかわないでちょうだい」
「あ、照れた」
「いやー、かわいいですねぇ。心なしか顔立ちも幼く見えてきました」
「ま、ば、ゆ」
「スミマセン……」
私を睨み付けたほむらさんは、襟に触れながらトカゲほむらさんに問いかけます。
「この姿はなに?」
「魔法少女の衣装は、変身する者の魂の在り方で変化するものよ。これも、今の私たちに最適化された姿なんじゃないかしら」
トカゲほむらさんは淡々と答えます。
その弓を携える姿はとても様になっていて、まるでずっと使い続けていたような印象を受けます。
直後、頭上で一際大きな音が響きます。
咄嗟に上を見れば、遂に凜さんのかけた封印が破られていました。
そこから溢れ出す禍々しい魔力と、象徴の魔女の頭部。
「きたわね」
ほむらさんが弓を構えます。
それを合図に、私たちも武器を構えます。
「前衛は私とすみれさんが担うから。ほむらは牽制と援護射撃お願い。まばゆは攪乱」
凜さんの指示に全員が頷きます。
「じゃあ、いこうか」
凜さんのその言葉が、第2ラウンド開始のゴングとなりました。
●トカゲほむら
暁美ほむらが悪魔となった際に、彼女が捨てたはずの感情が手下のトカゲに宿って生まれた存在。基本的に暁美ほむらの使い魔であるが、記憶も引き継いでいるため、独立して動くことが可能。しかし、実体はトカゲしかないので、今回はイヤーカフとして取り憑き、ほむらの身体を借りた。
彼女の役割はまどか以外の他者への慈愛。そこにはもしかしたら、暁美ほむら自身も含まれるのかもしれない。
トカゲほむらは本小説のオリジナルキャラクターです。
映画を観るに、今まででてきた悪魔さんのようなことを本編ほむらちゃんはしてる暇なさそうでしたし、キャラブレを避けるためにも、このように分けました。
メタ的な役割としては、本編の視点はこのほむらです。神の視点といいますか、あのゲームの世界が実在したとしたら、プレイヤーに一番近い視点なのは彼女、という感じです。まあ、映画でほむらちゃんも少女Aちゃんで魔獣討伐RTAしてたしね。
ですが、プレイヤー=トカゲほむらではありません。彼女はあんな、人の心がない実況はしません。あくまでプレイヤーが実況しているゲーム世界と、凜たちの生きている宇宙は限りなく似た別物です。
今回の凜、まばゆちゃん、すみれちゃんのドッペルver.もオリジナルです。というか、まばゆちゃん、すみれちゃんに関しては魔女の姿が分かっていません。いつか公式から発表されたときのため、あえて描写はしません。どんな姿かは、みなさんの想像にお任せします。
マギレコのときに杏子ちゃんのドッペルver.が好きだったのですが、その後全然出てこなくて泣きました。ドッペルver.ってロマンありますよね、イナ○レの化身アームドみたいで。
次回もよろしければ、読んでいってください。