幼い日の憧憬。オレにとってそれは、正義のヒーローでも悪の魔王でもなかった。
ただ気まぐれに行動し、その存在だけで周囲へ被害を与えてしまうような存在──
それは酷く強大で、理不尽で、非現実に塗れていた。
だから──
ソレになってしまった時、あんなにもオレの心は揺れたんだ。
◆
始まりは何てことない普通のこと。
まだ幼かったオレたち兄弟は、両親のもとで一緒になってテレビの番組を見ていた。それはいつもの日常だったし、オレたち兄弟も両親と居られるのを無邪気に喜んでいた。
優しくも厳しい母と、おちゃらながらも温かい父…けどオレたちにつける名前が中2病くさいのだけは何とかならなかったのか…?
…それはともかく、二人の両親と双子の弟に囲まれたいつも通りの優しい日常。
でも、その日、オレたちの価値観は一変した。…憧れができたのだ。
光の戦士と、怪獣たちが戦う作品。たまたまテレビを見る時間が被り、家族団欒の場に映し出されたソレ。
目についたのはトゲトゲの鱗、鋭い爪、並び立てぬ巨体、オレは、怪物に憧れた。
…別に、光の戦士が嫌いというわけではない、むしろ大好きな部類だ。もちろん、その戦い方だって真似して習得した。
ただそれ以上に──怪物が大大大好きだっただけ。…ただ、弟は光の戦士の方が好きだったみたいだけど。
まぁそんなことだから弟との闘いごっこは基本、オレが怪獣側で、弟が戦士側だった。
おかげで当時のオレは怪獣擬態のプロだった。…流石に人前ではしてないけどね。弟との、二人だけの秘密だった。
実はオレたち兄弟は揃いも揃って内気な性格で、一緒に保育所に入ったものの、はしゃぎ盛りの子供達がいる保育所では少し浮いていた。
でも、ただ俯くばかりで何もできないオレとは違って、弟は近くの奴らに話しかけて、ちゃんと輪に入っていった。
オレは勝手に置いて行かれたような気になって、ひとりぼっちで不貞腐れてた。
だから
「にいちゃん、いっしょにあそぼ?」
その言葉を聞いた時、オレは嬉しさと安心感で泣いてしまった。困惑して一緒に泣き出してしまった弟の顔を、オレは今でも覚えてる。
その後、成長に伴ってオレたちは外で次第に絡まなくなっていた。
オレは俗に言うヤンキーグループに入り、弟は大人しい奴らとつるんむことになっていった。
その頃になると、オレの好きなものの幅も広がり、怪獣はもちろん、怪獣、恐竜、爬虫類、魚、昆虫、妖怪、悪魔、怪人、エトセトラetc…。人外の化け物、それらがオレの好きなものに入っていった。それには時節、悪の側面を持つキャラクターもいたが、それもオレのなかで好きなものに変わって行った。
そして、こんなくだらない話を、家の中で弟としていた。あいつは、正義のヒーローや優しい人間が好きらしい。素直にお似合いだと思った。弟に、悪は似合わないから。
オレたちが関わるのはオレの部屋の中だけ、理由はオレがヤンキーのせいで、優等生の弟に迷惑がかかると思ったからだ。あいつは「気にしないでいいよ、兄さん」なんて言っていたが、流石に申し訳なくてできなかった。
でも、それがいけなかった。オレはあの時、弟の優しさに甘えるべきだった。
◆
「なぁ、失ってから気づくうんぬんって言葉、本当なんだな」
大人たちが使う言葉は、案外真理をついていたのかもしれない。それを今更理解し、実感した。
「オレが悪ぃんだ。オレが、バカだったから、こんな事になっちまった。…許してくれとは言わねぇ、なんて……伝えられねぇのに何を言ってんだろうな」
尻型に凹んだ絨毯から、その下のフローリングの硬さを感じながら一人ごちる。
「未熟なオレが選んだ、未熟な思考と未熟な行動。その行動の果ては、全てが取り返しのつかない事実という結果と、オレが知る限り最悪の結末だ」
誰にも聞かせられない話を、オレたちがこっそり話し合う場所。オレたちが唯一気兼ねなく話せる場所…そう、思っていたのはオレだけだったのか?
「…今は正直、なんの気力も湧かねぇ…。でもよ、わかったんだ。オレが、これからどうしていきたいか」
自分の本心に気づくのにひどく時間がかかってしまった。この気持ちの原動力なんて、ずっと知っていたのに。
「オレは、怪物になるよ」
───
「酷く強大で、理不尽で、非現実に塗れた存在。…そんで、気がついたら世界の真理をひっくり返してるような、そんな怪物に」
バカな話だ。自分でもそう思う。誰が聞いても狂人の妄言としか捉えないだろう。
「お前が知ったらどんな反応するんだろうな。…案外、普通に「ほどほどにね、兄さん」なんて言うのかもな」
ゆっくりと立ち上がる。数時間ぶりに動かした体は、ガチガチに凝り固まっていてところどころに痛みを感じる。…だけど、それすらも今は丁度いい罰に感じる。
「今すぐにはなれないことは承知だ。だから何か『きっかけ』が一つあれば、オレは怪物になる」
暗闇を睨み、胸に誓った確かな決意を口に出す。
「…だから、もしオレが怪物になって、世界の真理がひっくり返った後…また、出会えたら」
拳を握る。爪が食い込んで血が出そうなほどに
「オレの『謝らせてほしい』ってワガママを、聞いてくれねぇかな…?」
静かな部屋の中、ただ独りそう願った。