ブルーム・レ・コード   作:福田ノリ

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Page.旅立ち 前略、コガネより

 部屋の植物に水をやる。ハッカの夜のルーティーンだ。カロス地方ではちょうど長く続く冬が終わったところだ。特に今年の冷え込みは類を見ないほど厳しかった。

「他の地方でもこんなに寒さだったのかなぁ。みんなよく乗り切ったね」

 ハッカは水差しでひとつひとつの鉢植えに声をかけていく。ぴったりと葉を地面に添えて寒さをしのぐもの、完全に葉を落として春を待つもの。いろいろだ。さいごに声をかけるのはいつもきまって、“まだ見ぬ一輪と一匹”。つい最近この家に住み着いたばかりの青いフラべべだ。ふつうのフラべべとは違って青色のからだをしている。

「よくがんばったね。春になったらお花も咲くといいね」

ミストのような水と気泡につぼみが揺れるのに合わせてフラべべも揺れている。

 カロス西部の小さな町の、ちいさな古民家。ハッカはそこでおばあちゃんとふたりで暮らしている。父も母も友達もみな、中心部であるセントラルカロスの方に出向いていった。目立った観光名所もないこの町を訪れる人は滅多にいない。最近小さなホテルができたが、町おこしにはあまり貢献できていない。

 自分だってそうだ。ハッカは頭上に束ねていた髪をほどいた。いつも通りつむじが少し痛んだ。外向きに型がつくこの髪質はあまり好きではない。なんとなく隠したくて髪をまとめるようにしているが、隠しきれてはいない気がする。

「セキタイから出ようちゅう気はないんかえ?」

 ハッカはため息をついた。

「うーん……」

「山と山は巡りあわないが、人と人は巡りあい、人とポケモンは交わりあう」

 織物をしながらおばあちゃんがいつもの口癖を言う。カロスに伝わる言い伝えの一節だけれど、やや聞き飽きている。「他人の痛みがわかるのはいいことだが、わかりすぎる痛みはときに足かせとなるものよ。ハッカは親きょうだいのなかでたったひとり、わたしに習って“聴く者”として修業を積んだんだからね」

「無理に都会へとはお行きとは言わんけれども……外の世界にはたくさんの人とポケモンが生きとるよ」

「考えとく。水やり終わったからそろそろわたし寝るね」

 ハッカはおばあちゃんに挨拶をすると二階にある自室へと引っ込み、そのままベッドに身を投げ出した。

聴く者とは、ハッカの家系に古くから伝わる『なりわい』のひとつだ。他者にきずつけられたもの、また他者をきずつけたものの想いを聴き出して癒す者がいたという3000年前の言い伝えに端を発している。しかしドクターやいりょうチームのような知名度はないし、ポケモンセンターの人も知らない顔をするだろう。実際にハッカ以外は家系のだれもなりたがらず、親きょうだいはミアレシティをはじめ煌びやかな町へまともな働き口を探して出て行ってしまった。

 ‘’聴く者”として生きていくなら、ひときわ他人との関わりを必要とすることはわかっている。聴く者はお話を聞かせてもらえる依頼者がいないとはじまらない。ハッカのもとに依頼者がたずねてきたことは、まだない。

 朝まで眠って、新しい気持ちで依頼者があらわれるのを待つ。これまでと同じことを繰り返して生きていく。当然明日も、そのつもりでいた。ハッカは夢の中へと落ちていった。

 

 

 

 大穴が空いた地中から何かが見えていた。

 おおきい。とてつもなく大きい。先がとがっていて、塔のようにも、槍のようにも、何かの装置のようにも見える。

 地中から迫り出してきたそれは、まっすぐに天へ向かって生えてゆき……ついに伸びきった。

 神秘的なような禍々しいような。

『愛するポケモンを取り戻せないならば、ほかの命に意味はない!!』

 どこからか悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 そして、辺りをまばゆい光を放ちはじめ……。

「やめてよ、大おじいちゃん……! わたしが慕っているのはそんなあなたじゃない……!」

 

 

 

 べー!という変な音がして目が覚めた。

 音の主は部屋の隅に置いて長らく使っていないファックス電話だった。

暗闇のなかファックスを受信しましたというカタカナが浮かび上がっている。こんな夜中に送ってくるなんて誰だろう。部屋の電気をつけた。そしておどろいた。

続紙のないたった一枚きり。しかしそれだけではない。丸まっている紙切れの横に小さなかたまりがうずくまっていた。

 一階にいたはずのフラべべだ。よく見ようとして、ハッカは身がすくむのを感じた。暗闇で見るつぼみの形がさきほどの夢と同じにみえたからだ。気まずい空気が生まれた。

なんとなくファックス用紙のほうへ目線を移した。その内容もハッカの心胸を大きく揺さぶり、かき混ぜるものだった。

 差出人はジョウト地方のポケモン協会理事。不躾ながらいきなり連絡しましたのはカロスの中では貴重な聴く者として修業を積まれた方だと聞きましたので……とのこと。ジョウト地方はいま仮面の男の事件が起こったばかりでてんやわんやですが、喫緊の問題があるんです。手を貸していただきたいのが、仮面の男が率いていた側近たちで……]

「わたし宛の、はじめての依頼……! ちからになれるかわからないけど、今できることを精一杯したい」

 ハッカは大急ぎでパソコンを立ち上げ、高速船の予約ページへ飛んだ。煌々と輝く画面のまぶしさに目を瞑りたいとは考えなかった。瞬く間にジョウト行きのチケットを取る。そのあとも間髪を入れず、いちばん大きなショルダーバッグをクローゼットから引っ張り出した。そこに、ありったけのたいせつなものを詰めこんでいく。ホロキャスターに、まだ暖かいファックス用紙。こころの支えにしている大おじいちゃんの資料や文献。旅行用でもないそのバッグはすぐにまんたんになった。

「……ボール余ってたっけ」引き出しの奥から余っていたモンスターボールを取り出す。

「えーっと……いっしょに来る?」

 青いフラべべに声をかけた。答えはないままフラべべはボールに入った。

 ハッカはさいごにファックスの返信を書いた。取り急ぎ、宛名を二つ分。差出人ともう二人。連名だ。内容をじっくり練っている余裕はなかった。いま考えたところで自分には無理だろうとも思った。自分でもきれいじゃない字だ。ていねいに書いているつもりでも字が踊っている。

「こんな走り書き、自分にできたんだ」

 ハッカは自分におどろいた。

 フラべべに、初めての依頼。まるで自分がなにか大きなエネルギーに突き動かされているようだ。

 これはきっと…………運命だ!

 いてもたってもいられなかった。ハッカがジョウト地方へと旅立ったのは、それから間もない朝のことだった。

 

 

 

 

 ジョウト地方は思っていたよりもずっと小さい町の集まりだった。もっとも大きいらしいコガネシティですら小一時間もあれば町を一周できてしまった。ミアレシティの何十分の一かの面積しかないことは容易に想像できた。

 しかし、コガネシティのポケモンセンターだけはカロスより広かった。

「かがくのちからってすげー!」

 すれ違った人からもそんな話が聞こえてきた。

「あの、カロス地方ともつながりますか?」

 途端に受付の人はうしろめたそうな顔をした。

「ごめんなさい、ジョウト地方とカロス地方とはなぜか通信できないんです」

「そうですか……」

 ハッカはざんねんに思った。

 ホロキャスター。カロス地方で広く普及している通信用の小型機器だ。メールや通話、映像つきの最新ニュースまでこれ一つで受信できるうえ、ライブ通話をするときは相手先の映像が浮かび上がる。光を利用して立体のように見せかけるホログラムというしくみを応用したものらしいが、おかげで相手と直に話しているような感覚が味わえるので、ハッカを含めカロスじゅうの人々に人気だ。

ホロキャスターがあれば、おばあちゃんとも顔を見ながら話ができる。だから多少行き詰まっても大丈夫かと思って飛び出してきた。

「ジョウトではメールが流行っていますよ。ポケモンに持たせて文通するのがジョウト人の楽しみですが、メールだけを町のポストへ投函することもできます。日にちはかかりますが必ずカロス地方に届きます。コガネデパートにかわいい封筒や便箋がたくさん売っているから眺めるだけでも楽しいですよ」

受付の人にすすめられるがままハッカはデパートへと赴き、はながらメールの便箋セットを買った。

 

 

 

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前略  おばあちゃんへ

 

いきなりセキタイタウンを抜け出してごめんなさい。

わたしは今、ジョウト地方のコガネシティにいます。

あの青いフラべべもいっしょです。さがしていたら、

ごめんなさい。

とりあえず今回はたくさんわびることがあります。

なので、これにて。

どうしてホロキャスターの通話を使わずに『はながら

メール』を送っているのかも、またおいおい。

 

                   ハッカより

 

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