沈黙   作:文淵


オリジナル現代/ホラー
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エレベーターの沈黙という現実と非現実。

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沈黙

 閉じかけるエレベーターに滑り込み、不快な顔する面々を尻目に僕は目的階を押す。

 沈黙というのがこのような辛さを含んでいるとは、人生においてあまり知る機会はそうそうにないだろうと、僕は考えていた。

 彼らも同様にそう考えているのではないか、と僕は勝手に思っているが、時折伺う彼らの表情から概ね間違ってはいないのだろうと、と確信する。

 できれば早くこの状況から逃れたい、それは誰もが考えている事だろう。

 

 

 鋼鉄の密室に男三人に女二人という状況は、遡る事2時間前に起きた地震が原因だった。

 よくあるデパートのエレベーターに偶然乗り合わせた面識の無い面々、本来なら目的地の階までの付き合いに過ぎないのだが、このような長時間同じ空間にいるという事はほぼ起こらない。

 起こらない故に、起きた時の苦痛は社交性の欠ける僕には拷問に等しい時間だった。

 いやおそらくは僕だけに限らない。誰もが社交性に富んだ人々ではないという証明が目の前でなされている。

 誰かが口を開けばこのような状況からはきっと免れるのだろう、口を開く機会を伺う中で、誰もが口を覆うような事態が訪れた。

 異音と共に異臭が密室内に充満する。

 排泄物特有の臭いが逃げ場の無い密室に広がった。

 見ると涙をこぼしながら女の子がうずくまっている。

 かすれた小さな声で何度も何度も謝っていた。

 口を開く機会は失われ誰もが手持ちのハンカチで口を覆い、うずくまって泣く彼女に声をかける者はいなかった。

 明らかに軽蔑と侮蔑の混じる目でうずくまっている彼女を睨んでいた。おそらく僕もそんな目をしていたのかもしれない。

 一人の男が無表情に非常用のボタンを押す……最初に僕も押したが反応はなかった。そして今回も反応はなかった。

「早くここから出せよ!」

 拳でパネルを乱暴に叩きつけて、吐き捨てるように続ける。

「臭ぇんだよ!」

 うずくまって泣く彼女の声が少し大きくなり、もう一人のスーツ姿の女性も壁に怯えるように一歩引く。

「ふざけんなよ」

 男の友人らしき男が落ち着かせるように肩に手をおく。

「じきに出れるって」

 その言葉を聞くともう一度乱暴な男はパネルを殴りつけた。

 

 沈黙が続くなか、今までの出来事をなぞるように振り返る。

 臭いにも鼻が慣れ、沈黙にも慣れ、時間だけが過ぎて行く。携帯の電波が入れば助けを呼べるのだが、この中の誰もが電波は届かない状況だったのだろう。取り出した携帯を一瞥してポケットへとしまいこんだのだから間違いない。

 相変わらず非常用の呼び出しは通じない。

 やがて沈黙を破るように、先ほどパネルを乱暴に叩いた乱暴男が口を開いた。

「あーもう無理、限界」

 デニムパンツのファスナーを下げる仕草をしながら部屋の片隅に向かって放尿を初めた。

「ちょっと信じられない!馬鹿じゃないの!」

 スーツ姿の女性がヒステリックに叫びだす。

 しかしその声に動じる事なく軽快な音と共に男は放尿をはじめた。

 と、同時に逃げ場のない尿が床に広がっていく。

 スーツ姿の女性はヒステリックに喚きながらそれから逃れようとする。やがて逃げ場がなくなって、床でうずくまっていた女の子の荷物を倒して上に乗った。 僕は着ていた上着を床に落として、その上に乗った。男の友人は荷物を捨て、もう一人のサラリーマン風の男は動じる事なく直立不動のままだった。

 やがてサラリーマン風の男のビジネスシューズを浸すように広がっていく。たがサラリーマン風の男は微動だにしないでいる。

 その光景が異様に感じたのはきっと僕だけなのだろう、そんな事をお構い無しに怒声罵声がまるで遠くの出来事のように続いていた。

 一方繰り返し同じ罵倒を続けるスーツ姿の女性に耐えきれなくなった乱暴男がスーツ姿の女性を力いっぱい殴りつけた。

 スーツ姿の女性は尿の床に打ち倒された。床に広がった尿にまみれて、半狂乱に叫ぶのを黙らせるように乱暴男は蹴り続けた。乱暴男の友人は最初だけ止めたが、スーツ姿の女性のヒステリックな声が、静止させる行動をやめさせた。

 乱暴男の暴行を誰もが黙ったまま見つめていた。

 サラリーマン風の男には怯えた表情で、うずくまっていた女の子は痛めつけられる声から逃れるように耳をふさぎ部屋の隅により小さくうずくまった。乱暴男の友人は冷たい目でスーツ姿の女性を見ていた。僕もきっとそんな目をしていたに違いない。

 やがてスーツ姿の女性は動かなくなった。

 

 

 沈黙が続くなか、やがて灯りが消えた。

 うずくまっていた女の子が泣き叫ぶ、乱暴男が喚き散らす。

 暗闇の中青みのある白い小さな灯りがつく、それはサラリーマン風の男の携帯だった。

「本当についてないですよ。なんですかね私の人生……」

 誰に語るでない言葉に僕はいいようのない寒気を覚えた。

「ことごとく私の予定は狂わされる……もう狂わされるぐらいならね……もうね」

 サラリーマン風の男が乱暴男に近づくと乱暴男が床に崩れた。サラリーマン風の男の持つ携帯の灯りがこの部屋の灯りのすべてだった。

 見るとサラリーマン風の男の顔は真っ赤に染まっていた。

「なんだよおい!」

 乱暴男の友人が取り乱しながら倒れた乱暴男に近づくと悲痛な叫びが上がる。 しかしその叫びが終わるのを待たずにサラリーマン風の男が腕を振りおろした。その手には鋭利な刃物が握られていた。

「もうおしまいだ! もうおしまいなんだよ!」

 サラリーマン風の男は意味不明な言葉を口にしながら乱暴男の友人に何度も腕を振りおろした。

 僕の顔に生暖かい液体がかかった。暗くて見えないがおそらく血……なのだろう、しばらくの間狂ったように腕を振りおろし続けるサラリーマン風の男に乱暴男の友人がはね上がった。

 見ると乱暴男が友人をはねのけて、サラリーマン風の手にする刃物を奪い取ろうとしていた。

 しばらくもみ合った末に乱暴男がサラリーマン風の男から刃物を奪い取り、乱暴男はサラリーマン風の男を突き刺した。

 ぐったり崩れるサラリーマン風の男を見て乱暴男も仰向け崩れ落ちた。

 

 辺りに再び静寂が訪れていた。小さな息づかいはうずくまっている女の子のものだろう。

 僕はエレベーターの角にもたれたかかったまま、携帯の放つ光が照らす光景を眺めていた。真っ赤に染まった顔と口をあけて倒れた屍。

 悲鳴が上がる半狂乱になった女の子が僕の顔をみて必死に命乞いを初めた。

 僕が動く気配を感じて彼女は僕と対角にある場所へ逃れようとして、倒れた屍に足をとられて転倒した。

 

 

 見ると先ほどの乱暴男に覆い被さるように倒れ、彼女は動かなくなった。

 

 

 

 いつの間にか灯りは消え暗闇の中に小さな息づかいがひとつあるばかりだった。

 いつ終わる事のない静寂、沈黙は破られる事はなく、心臓の鼓動と息づかいだけが世界にある音だった。

 

 

 口が渇きに舌が貼りついているのがわかる。

 沈黙は続く……静寂は続く。

 何か言葉にしなくては、このまま闇に溶けて自分が消えるような気がした。けれど渇いた舌は動かず、口からは空気の漏れる音しかしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと僕は病院のベッドの上で横たわっていた。

 目が覚めた世界は変わり果てていた。

 どうして誰もが助けにこれなかったのかが、ひび割れた道路と傾き倒れたビルや電柱が物語っていた。

 

 状況が状況なだけに僕は退院前から警察に事情を訪ねられていた。

 残った防犯カメラの映像から僕の証言は疑惑を残しながらも聞き入れられた。

 

 変わり果てた世界は二年たらずで元の姿を取り戻しつつあった。

 

 僕の生活も一部に限り取り戻せていた。

 ただひとつを除いて……デパートのエレベーターが閉じる瞬間に僕は滑り込み、目的階を押した。

 あの沈黙が再び訪れる……。




文学を書くつもりがサイコサスペンスぽくなってしまった。通勤途中で携帯で書くのはやはりガラケの方が良い、スマホのフリックだと何か違う、拙さは変わらないけども。
ここまでお読みいただいてありがとうございました。

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