問題児が駒王学園に来るそうですよ?―ただし、一人とは言ってない―   作:金谷沙原

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人間、やめました!―友人達は既にやめていたようです―

「またあの夢か…」

 

苦々しい表情を浮かべながら、少年『兵藤一誠(ひょうどういっせい)』は眼を醒ました。

 

「イッセー!早く起きなさい!遅刻したいの!?」

 

「わかってるよ、お袋!」

 

階下からの声に返事を返し、一誠は身仕度を整えると、居間によることなく玄関に向かう。

 

「イッセー、朝御飯は?」

 

居間から顔をだし、尋ねてきた母親に食欲が無いため、朝食は食べない旨を伝えた。

 

「行ってきます」

 

今朝見た夢のせいか、はたまた最近の体調のせいか、すこし陰鬱な声になってしまっていた。

 

 

―◇―

 

 

最近の彼、兵藤一誠の体調はかなりおかしかった。

 

今まではそんなことはなかったのに、とうとつに朝に弱くなった。

 

朝起きることが出来ず、母親に叩き起こされる毎日。

 

毎朝ダルく、朝食は喉を通らない。

 

太陽が肌を焼くように感じ、何ならチクチクと肌が痛みを訴えてくるくらいに。

 

しかし、夜になると逆だ。

 

深夜番組にはまってるわけでも、ネトゲ廃人になったわけでもないのに、夜更かしは当たり前、むしろ朝日が上る頃でないと眠くならない。昔ならば、深夜1時まで起きていられれば奇跡だったのにである。

 

しかも、身体の中からふつふつと力が湧くように感じられ、正直ハイテンションで暴れまわりたくなる。

 

1度、深夜に全力で走ってみたが、驚くほど速く走れ、長距離を走っても全く息がきれなかったほどだ。

 

夜の俊足に感激し、体育の授業で試しに走ってみたが、夜のようにはいかず、男子高生の一般的な数値しか出なかった。

 

以上の結果から自分の身体には何か良からぬ事態が発生している、という結論は出たが、具体的にどこが悪いのかは判然としなかった。

 

更に、他にも訳のわからないことがあるので、余計に気が滅入っていた。

 

そんななか、更に追い討ちをかけるように、無気力な声が後ろから掛けられた。

 

「先輩、はよっす…」

 

「よう、古城か。わざわざ挨拶すんなら元気よく来いよ…」

 

一誠が振り向き苦言を呈すと、名前を呼ばれた少年『暁古城(あかつきこじょう)』は、

 

「体質なんで勘弁してください」

 

と苦笑いを浮かべながら言った。

 

「お互い辛い体質だな…」

 

お互いの肩を抱き、表情を曇らせる二人。

 

そんな二人を見ながら、周囲が

 

「え!?あれ、2年の変態兵藤一誠と1年の暁君じゃない?まさか、兵藤×暁?!」

 

「もしかしたら、暁×兵藤かもよ!?」

 

「無い無い。暁くん、幼馴染みの藍羽さんと仙都木さん、クラスメイトの煌坂さんに2年のラ・フォリアさん、中等部の姫柊ちゃんに叶瀬ちゃんまでいるんだもん無いよー」

 

「「それもそっかー」」

 

と言っていたことを知らない。

 

聞いていたら、一誠が烈火の如く怒った事だろう。

 

 

―◇―

 

 

「おはよう、イッセー」

 

「おはよ、士郎」

 

一誠が教室に入り、席に着くと一人の男子生徒が近付いてきた。

 

彼の名前は『衛宮士郎(えみやしろう)』。

 

一誠のクラスメイトであり、常識人かつ善人。

 

他人より正義感が強く、人に頼られることが生き甲斐。

 

性格故になかなかモテるが…。

 

このクラスの委員長でもある。

 

「よう、イッセー。この前貸したDVDどうだったエロかっただろ?」

 

「ふっ…今朝は風が強かったな。おかげで朝から女子高生のパンチラが拝めたぜ」

 

先に一誠に声を掛けたのが、丸刈り頭の一誠の悪友その1、松田。

 

黙っていれば、爽やかなスポーツ少年だが、日常的にセクハラ発言を繰り返している変態だ。

 

見た目に反し、写真部に所属している。所属理由は言わずもがな。

 

後から声を掛けたのが、メガネを掛けた一誠の悪友その2、元浜。

 

松田に続き変態だ。

 

しかし、悪友にあったが、明るくなることはなく、更にテンションが下がっている。

 

朝から変態に絡まれれば、無理もないことだろうが。

 

まあ、その変態の中に一誠が入っていることは間違いない。

 

そんな一誠の心情には気付かず、松田は一誠の机上に卑猥なタイトルの本やDVDを積み上げた。

 

「ひっ…!?」

 

「サイテー…」

 

一誠達から離れた女子から小さい悲鳴や罵倒が漏れ、蔑むような視線が送られている。

 

仕方ないか、一誠は思う。

 

学内でも有名な変態3人組がその名に恥じぬ行動をしているのである。

 

悲鳴を上げない方がおかしい。

 

「うるせぇ!人の趣味をとやかくっ…!」

 

「没収な」

 

「あっ」

 

松田が言い返そうとしたが、横から伸びてきた手が言葉とともに卑猥なDVDや本をさ麻袋に詰めていく。

 

「何すんだよ、衛宮~」

 

「そうだぞ~裏切るのかよ~」

 

松田と元浜に両側から肩を揺すられ、1度手を止め、ため息をつきながら、呆れの視線を3人に向けた。

 

「裏切るもなにも、俺は委員長だぞ。学校に関係ないもの持ってきてんだ、没収するだろ。先生にも頼まれたしな、ほら席戻れ」

 

肩を竦めながら言う士郎に、松田と元浜はぶちぶちと文句を言いながらも、大人しく自席に向かった。

 

そんな様子を何の感慨も見せず見ていたからだろう、いつもなら松田らと同じように一誠も文句を言って騒いでいるのにか、静かにしているので、訝しむように士郎は見つめていた。

 

何も言わないのは無しだろう。

 

一誠はそう思い口を開こうとしたが、士郎の方が一足早かった。

 

「…もしかして、例の子のことか?」

 

しかも、核心を突いてくる。

 

一瞬口ごもってしまうのは仕方の無いことだろう。

 

今朝も見たのだそうそう忘れられることではない。

 

「何で松田と元浜は覚えて無いんだ…?」

 

「俺は元々知らないし、やっぱり夢じゃないのか?」

 

「ぐう…」

 

元気だせよ、と言って、士郎は自席に戻っていった。

 

第三者からまで言われてしまった。やはりあれは夢だったのか?

 

一誠の中では彼女、『天野夕麻(あまのゆうま)』は確かに存在していた。

 

だが、彼女が存在していた痕跡は尽く消えてしまっていた。

 

携帯に登録していた彼女の電話番号にメールアドレス。

 

松田と元浜の記憶も。

 

告白されたときに彼女が着ていた制服から学校を見つけ、彼女のことを在校生に訊ねてみたが、そんな生徒はいない。そう言われてしまっていた。

 

俺は誰と付き合っていたのか?

 

俺は誰とデートしていた?

 

疑問が脳内を渦巻き、自問するが、何一つ答えは見付からなかった。

 

彼女から告白され、デートして、殺された。

 

この一連の出来事は全て自分の幻想で、『天野夕麻』などという少女は存在しなかった。

 

それが厳然たる事実だった。

 

だが、それでも解せない。

 

深夜に湧き上がる得体の知れない力といい、何かがおかしい。

 

答えの出ない問いに頭を悩ませていると、教室のドアが開き教師が入ってきた。

 

「おら、テメェら席着け。ホームルーム始めんぞ。衛宮」

 

長身で総白髪、赤と翠のオッドアイ。白いYシャツに黒のスラックスと、服装は普通だが、恐ろしく似合っていない。しかも、かなり口が悪い。

 

だが生徒達は既に慣れているのか、戸惑うこともなく挨拶を済ませる。

 

「出席は、まあ良いだろ全員出席、と。で、お知らせだ。このクラスに転校生がくる」

 

「先生、女子ですか!?」

 

松田が鼻息も荒く質問する。下心が透けてみえる。

 

周囲の女子は引いていたが、その程度で怯む変態ではなかった。

 

「期待しろ。…男だ」

 

ガンッ…

 

1度は表情を輝かせた松田だが、続く言葉に絶望し俯いてしまった。

 

そのさまを見る担任教師の顔は、とても教師には見えない嗜虐心に満ちた表情を浮かべていた。

 

教師が入室を促すと1人の少年が入ってきた。

 

突然だが、普通の転校生といえば緊張して表情が硬くなりがちで、悪ければ無表情なものである。

 

しかし、彼は普通の転校生ではなかった。

 

悪い意味で。

 

転校初日からヘッドホンを頭につけ、薄笑いを浮かべている。

 

しかも、『俺、問題児!』という雰囲気を全力で放っているのだから始末が悪い。

 

教卓に辿り着くまでに、「野蛮そう…」や「でもカッコ良くない…?」、「凶暴そう…」、「むしろそこがいい…!」などのとても小さなざわめきが起こっていた。

 

教卓に着くと、担任教師が口を開く前に自己紹介を始めた。

 

「見たまんま野蛮で凶暴な『逆廻十六夜(さかまきいざよい)』です。粗野で凶悪で快楽主義者と3拍子揃ったダメ人間なんで、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれ。ヤハハ」

 

とんでもない自己紹介だった。前代未聞と言い換えても良いだろう。

 

教室が静まり返り、イタズラが成功したように十六夜は心からケラケラ笑う。

 

十六夜の笑い声が響き、生徒達は唖然とし、担任教師は頭を抱えて天を仰いぐ。何とも混沌とした様相を呈していた。

 

しかし、そこは教師。すぐに切り替え、口を開く。

 

「質問何かは休み時間にでもやってくれ。逆廻、お前は一番後ろの空いてる席だ」

 

「はいよ」

 

タメ息をついて教室から出ていく担任教師。

 

ホームルーム終了の挨拶をしていなかったが、衝撃が強かったのだろう、気付かずに出ていってしまった。

 

前代未聞の自己紹介をしようと転校生は転校生。

 

十六夜は質問攻めにあっていた。

 

「どこから来たの?」

 

「趣味は?」

 

「彼女いる?」

 

「好きなタイプは?」

 

矢継ぎ早に来る質問を、漏らすことなく拾いきる。

 

「隣町、暇の叩き売り、彼女はいる、今の彼女。他に何かあるか?」

 

「「死んでしまえ!!」」

 

「ヤハハ、お断り、だ」

 

「「ぐげっ?!」」

 

殴りかかった松田と元浜をデコピンの一撃で教室の床に沈める。

 

そこで、担任教師がやって来たため、生徒達は散り散りに席に戻り、授業が開始された。

 

 

―◇―

 

 

「イッセー帰ろうぜー。てか、ウチよってけ」

 

放課後。

 

帰りのホームルームが終わり、生徒達は荷物をまとめ、思い思いに帰路につく。

 

一誠も他の生徒同様帰路につくため、席をたったが、松田と元浜の2人に引き止められた。

 

「ウチよってけって。どうせDVD観賞会だろ?」

 

一誠は渋るように表情を歪める。

 

正直、気分が乗らなかった。

 

最近の体調やよくうなされる悪夢のせいだ。

 

「ちげーよ。あいつの歓迎会だ」

 

松田の指差す先には数少ない男子である士郎と転校生の逆廻十六夜が話をしていた。

 

視線に気付いたらしく、今朝と同じような笑みを顔に張り付けて一誠を見た。

 

「数少ない男子だ、仲良くしていこうぜ」

 

「…それもそうだな。行くか!」

 

「それでこそ一誠だ!」

 

一誠達の通う私立駒王学園。

 

数年前まで女子高だったため、男子の人数が圧倒的に少なく、共学になった今でも女子の発言力が強く、男子は弱い立場にいる。

 

その為、男子生徒の団結は強く、下級生や上級生とも知り合いが多い。

 

「飲み物持ったか?よし、十六夜の仲間入りを祝して!かんぱーい!」

 

「「「「「かんぱーい!」」」」」

 

「ヤハハ、サンキュー」

 

何だかんだで面倒見の良い松田が音頭をとり、めいめいに持ったコップを打ち付ける。

 

この塲には主賓である十六夜、クラスメイトの一誠、松田、元浜、士郎+後輩で一誠に連れられた古城が集まっていた。

 

来るまで自分は場違いではないかと、気にしていた古城だったが、他のメンバーのノリの良さに助けられ、今では同級生のように接している。

 

「じゃんじゃん食ってくれ。俺と古城が作ったからな、味は保証するぜ」

 

「俺は手伝いくらいしかしてませんけどね」

 

「費用は俺が出したんだが…」

 

元浜のセリフは宙に吸い込まれ、皆の耳には届かなかった。

 

士郎と古城が用意した料理はどれも素晴らしく、すぐに男子高校生4人の胃袋におさまってしまった。

 

「相変わらず士郎の料理はうまいな」

 

「同意だ。今からでも食堂が開けるんじゃねーか?」

 

一誠と十六夜は口々にほめるが、「そこまでじゃないさ」と言って首を横に振った。

 

とりとめもなく雑談を繰り返していたが、時計の針が10時を回る頃、流石に遅くなってきたので、お開きにすることにした。

 

場所を提供した松田と松田の家から近い元浜に、細かい片付けを任せて、一誠達4人は家路についた。

 

「一誠さんの家は知ってましたけど、士郎さんと十六夜さん家も近くに有るとは思わなかったっすよ」

 

「だなー。まさか、俺ん家の3軒隣の養護施設が、十六夜の母親が経営してるとことは思わなかったぜ」

 

一誠の言葉通り十六夜の家は一誠の家から東に3軒行った位置にあり、通学路の通りにあった為、覚えがあった。

 

ちなみに暁宅が入っているマンションは兵藤宅から見て南東に、衛宮宅は兵藤宅から北に位置している。

 

そんな和やかな雰囲気の中、十六夜は場の空気にそぐわぬ表情を浮かべ、虚空に向かって声をかけた。

 

「…おい。隠れてるやつ出てこいよ」

 

「は?十六夜いったい…」

 

そして、一誠が何言ってんだ?と続ける間も無く、バサァ、と翼を開くような音が2つ、更に彼らの背後に複数の足音が響いた。

 

一誠達4人の目の前に黒い翼を生やした男が2人、一誠が背後を振り返ると、教会関係者と思われる男達がぞろぞろと集まっていた。

 

「何だ、こいつら…?」

 

「布教活動、じゃないだろうな」

 

一誠が呻くように声を搾りだし、士郎が答える。

 

士郎が言ったように布教活動のようには見えない。

 

布教活動ならば、布教する対象を囲まないだろうし、ましてや背中に黒い翼を生やして浮き上がるなどという真似はしないだろう。

 

そんな宗教はどう考えてもまともではない。

 

「良く気が付いたな。貴様ただの人間か?」

 

翼を生やした1人が訝しむように、だが、明らかにこちらを見下したように言う。

 

そんな態度でこられたのだ、『天は俺の上に人を創らず』が座右の銘の十六夜は、そんな態度が許せるはずもなく、持ち前の煽りスキルを発動する。

 

「ハッ、剥き出しの殺気に、お粗末な気配の消し方、そんな三流以下の尾行に気付かねぇ方がおかしいだろ」

 

相手を小馬鹿にするように、というか完全に馬鹿にするために何時もの薄笑いを浮かべる。

 

前後からの殺気が一気に増す。

 

かなり頭にきているのだろう。

 

正直一誠の心臓に悪い。

 

前方の翼を生やした男2人は顔は相変わらず見下したような笑みだが、額を見ると青筋が何本か浮いている。

 

「…良いだろう。ただの人間であろう貴様は見逃そうと思っていたが、やめだ。貴様も殺す」

 

「やれるもんならやってみやがれカラス野郎」

 

今の一言が決定的だったのだろう。

 

一誠達4人には何かが切れる音が確かに聴こえていた。

 

「かかれ!」

 

その言葉を合図にこの場にいる全ての者が動き出す。

 

神父の集団は聖書や聖水、十字架、果てには光で出来た剣を取り出した。

 

翼を生やした男達はブォン、という音ともに一誠には見覚えのある光を結集させた槍を手にする。

 

4人に狙いをつけて投げ放ち、間髪入れず更に1本ずつ投げる。

 

狙いは正確で、それぞれが一誠達のもとに向かうが。

 

「ハンッ!しゃらくせえっ!」

 

その一言とともに振るわれた拳が、光の槍を跡形もなく消滅させてしまった。

 

「「…は?」」

 

全員が足を止め、茫然とするが、槍を投げた2人は何が起きたかは理解出来ても、それが現実に起きたこととは信じられなかった。

 

一撃必殺のつもりで投擲した槍が、ただの殴打で消滅させられたのだ。

 

信じろという方が難しい。

 

「片方のカラス野郎は貰ってくぜ?」

 

コンクリートの地面を踏み砕き、翼を生やした男の片割れとともに消えた。

 

恐らく跳んで何処かに消えたのだろうが、普通の人間にはそんなことは不可能だ。

 

しかし、現実として起こっているのだからそう思う他ない。

 

一時全員が固まってしまっていたが、残った翼の男がもう一度、「こ、殺せ!」と号令をかけた。

 

その声を合図に一誠も身構える。

 

「投影、開始(トレース・オン)」

 

「オラァ!」

 

しかし、士郎と古城の対応は違った。

 

士郎は何も無い空間から二振りの剣を取りだし、翼の男に斬りかかる。

 

古城は人間離れした脚力をもって、神父達に接近し、ちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回りを演じている。

 

「え、ええ~…?」

 

完全に出遅れてしまった一誠は、どちらに加勢しようか戸惑ってしまう。

 

元々あまり喧嘩など荒事の経験は皆無なので、正直混乱していた。

 

「一誠!今の内に逃げろ!」

 

「こっちもこういう手合いは慣れてるんで、先輩は逃げてくれ!」

 

「え、あ、おう!あ、た、助け呼んでくる!」

 

逃げ出したい気持ちで一杯だった為、2人の申し出は有り難い一誠だったが、ただ友人や後輩を置いて逃げるのは心苦しかったので、助けを呼ぶことにした。

 

―け、警察かなやっぱり?

 

背後から雷が落ちたような轟音が響いた。

 

立ち止まり振り返ると、いまだに雷が落ちてというより、地上から雷が昇っていた。

 

轟音が響いたのは先程まで一誠のいた、今まさに友人達がいるあたりらしい。

 

―警察じゃ無理だな、うん

 

諦観をのぞかせる表情を浮かべ、走り始めようとしたが、引き止めるように背後から声が響いた。

 

「逃げた悪魔とは貴様か」

 

一誠が振り返ると、そこには先程まで自分達を襲ってきていた男と同じように黒い翼を生やした男がいた。

 

―悪魔?なんのことだ?俺が悪魔?そんなわけ…

 

一誠は内心で否定し、口に出そうとしたが、

 

「死ぬがいい」

 

問答無用で光の槍をなげつけられ、狙い過たず一誠の腹部に突き刺さった。

 

「くはっ…!?」

 

痛い、それだけが一誠の意識を埋め尽くしていた。

 

「ふん。悪魔め、穢らわしい…。これで…」

 

翼の男が更に光の槍を構えた。

 

―くそっ…あの夢と同じように死ぬのかよ…!

 

一誠が諦め、項垂れると、風切り音が鳴り、直後爆発。翼の男がうめき声を上げた。

 

それは、先程までの自分と同じ、痛みに耐えるような声だった。

 

「あまり、私の管轄で勝手な真似をしないでくれないかしら?」

 

「くっ、貴様は…!?」

 

聞き覚えのある声に顔をあげると、目の前には赤、それもとても鮮やかな紅が目に映った。

 

そして、男は光の槍を持っていた手を庇うようにしているが、そこからは少なくない出血が見てとれた。

 

「一応名乗りましょうか?私は『リアス・グレモリー』。ここ駒王町を治める悪魔よ」

 

「なるほど、ここはグレモリー家の管轄だったか。しかもその小僧は貴様の眷属か。ならば、忠告だ。眷属にはきっちり教育を施し、1人歩きはさせないことだ。散歩ついでに我等堕天使が狩ってしまうぞ」

 

「忠告、痛み入るわ」

 

「我が名はドーナシーク。再び見えることがないように願う」

 

翼の男はリアスに傷つけられた腕を抱えながらも、挑発的な態度を改めることなく飛び去った。

 

「ふぅ。貴方、大丈夫?て、出血が酷いわね。ねぇ、貴方の家はどこかしら。案内を…」

 

一息つき、一誠の状態を確認すると、出血が酷く、今すぐ対処しなければ命に関わる。

 

リアスに訊ねられ、答えたくはあったが、血が足りないイッセーはそのまま気を失ってしまった。

 

 

―◇―

 

 

「くぅっ!」

 

うめき声を上げ、上体を勢い良く起こす。

 

周囲を見渡すと、いつもの自分の部屋。

 

何も変わらない、いつもと変わらない自分の部屋。

 

安心したと同時に先程までのことを思いだした。

 

どう考えても到底現実とは思えない。

 

恐らく夢だったのだろう。自分の腹に穴など空いてはおらず、ましてや黒い翼を生やした男など存在しなかった。

 

そう結論付けようとしたとき。

 

「うぅん」

 

とても小さいが、この部屋では聞くわけの無い声がした。

 

女の子の声だ。

 

嫌な予感がし、一誠は自身の身体を見た。

 

全裸だった。完膚無きまでに全裸。下着まで身に付けていない。

 

更に視線を先程声のした方、自身の右側に向けて見ると、まず鮮やかな紅が目に入り、ついで肌色、最後にあどけない寝顔を浮かべる学園のアイドル、リアス・グレモリーの顔を認めた。

 

言うまでもなく彼女も一糸纏わぬ姿だ。

 

一誠は頭を抱えた。

 

自分は彼女と夜を共にしたのか、つまり『そういうこと』をしてしまったのか?

 

足りない頭を総動員して、考え、思いだそうとしたが、昨夜のことを思い出すことは出来なかった。

 

―マジか…!?初体験覚えてないとか、最悪過ぎる!その辺どうにか思い出せ、俺の脳みそ…!!

 

「ふあ…」

 

思いだそうと唸っていたからだろう、小さく欠伸を噛み殺しながら、一誠を悩ませる少女、リアス・グレモリーが目を醒ました。

 

「おはよう、兵藤一誠くん」

 

「あ、え、お、おはようございます…」

 

綺麗な笑みを浮かべ朝の挨拶を告げるリアスに、混乱しつつも挨拶を返す。

 

「ちゃんと傷は塞がったようね?」

 

「え?」

 

「お腹。ぽっかり穴が空いていたでしょう?」

 

言われ、条件反射で自身の腹に手を当てる。

 

何故、昨夜の夢のことを知っているのか?誰かに話す暇などあるわけがない。たった今起きたばかりなのだから。

 

つまり、あの馬鹿げた出来事は現実だった?

 

一誠はさっきまで浮かれていたのが嘘のように血の気が引くのを感じた。

 

「思い出したようね」

 

「…昨日のあれは何ですか…?」

 

青ざめた顔で、一誠は訊ねる。

 

やはり、出来れば嘘であってほしいが、現実であるならば自分を殺そうとした相手の情報は把握しておきたいと思うのが人の心だろう。

 

「それについては放課後に話すわ。使いを出すからその子についていって」

 

今ではダメなのか、命が掛かっているのだ、今すぐ情報を知りたい。

 

無言で不満を露にするが、リアスは微笑むと時計を指差した。

 

ギリギリというほどではなかったが、ゆっくり話すほどの時間はなかった。

 

そして、タイミング良く階下から響く声。

 

「イッセー!起きなさい!もう学校でしょ!」

 

母親の声だ。かなりご立腹の様子だ。

 

「何だ、母さん。イッセーは部屋にいるのか?」

 

「お父さん、玄関に靴が有るから、帰ってきてるのよ。まったく!夜遅くまで友達の家にいるなんて!その上、遅刻なんて許さないわ」

 

階段を上がる音。怒りが行動に現れているのか、階段を踏む音が大きい。最近の一誠の状態が、かなり腹に据えかねているようだ。

 

一誠は焦った。

 

こんな状態を見られればただではすまない。

 

良くて家族会議である。

 

「待った!俺は起きてる!今起きるから!?」

 

「待ったはナシよ!今度という今度は許さないわ!少し話しましょう!」

 

勢い良くドアが開く。

 

夜叉もかくやという表情で一誠に視線を向ける母親。

 

「おはようございます」

 

ニッコリ顔で一誠の母親に挨拶をするリアス。

 

視線が移り、リアスを視界におさめ、瞬間凍りつく表情。

 

また、一誠に目だけで視線を移すが一誠はつい視線を反らしてしまった。

 

「…ハヤク、シタク、シナサイネ」

 

機械のような声を出して、一誠の母は扉を閉め部屋を出た。

 

1拍置いてドタドタと階段を降りる足音。

 

「どうした母さん。血相変えて。またイッセーが1人でエッチなことでもしてたのか?」

 

「セセセセセセセ、セッ○スゥゥゥゥーーー!イッセーがぁぁぁーー!が、外国のぉぉぉぉぉぉー!」

 

「母さん!?母さん、どうした?!」

 

「こ、国際的ぃぃぃー!イッセーがぁぁぁー!」

 

「母さん!?母さん!?落ち着いて!母さぁぁぁん!」

 

一誠は顔を片手で覆い、天を仰いだ。

 

階下のようすが先の会話で容易に想像出来てしまい、どうやってこの状況を誤魔化すかで、頭を悩まし、もういっそ頭を抱えて、現実から逃避したかった。

 

だが、現実は非情で、階下の騒ぎはおさまらず、目前の学園の先輩は霞となって消えることはない。

 

「朝から元気なお家ね」

 

その最たる原因は彼女なのだが、本人にその認識はないようだ。

 

「ほら、貴方も準備しなさい」

 

リアスはベッドからスルリと抜け出し、一誠の机に置いていた制服に手をかける。

 

その際、ベッドから毛布などを取り、身体に巻くこともなければ、手で隠すこともしない。

 

あくまで堂々としている。

 

すらりとした足、太もも。形のよいお尻に細い腰。そして、バランスを崩すことなく体型に調和する胸。

 

絵画や彫刻のような芸術的な美であった。

 

学園のアイドルと言われるのも無理からぬことだろう。

 

自他共に認めるスケベで変態の一誠をして、いつまでも見ていることに引け目を感じてしまう。

 

一誠はスケベに徹しきれなかった。

 

「せ、先輩!」

 

彼は思わず、といった風に声を上げていた。

 

「何かしら?」

 

「その…お、おっぱいとか…いろいろ見えちゃってます!」

 

先程までマジマジと見ていたが、顔を真っ赤にして目を反らす。

 

「構わないわ。見ていても良いわよ」

 

威風堂々。

 

まさにそんな言葉が良く似合う態度である。

 

そして今の言葉に一誠は感動していた。

 

『見ていても良い』―そんな素敵ワードが日本語に存在していたのか、と。

 

「さて、簡単に自己紹介だけしておきましょう」

 

下着だけ身に付けたリアスが一誠に近付き、その細い指先が頬を撫でる。

 

一誠の顔が茹で上がったかのように赤く染まった。

 

「リアス・グレモリー。悪魔よ」

 

悪魔―普通自己紹介の時に聞くことのない単語が飛び出し、困惑を浮かべる一誠。

 

しかし、リアスはそんな様子に構うことなく言葉を続けた。

 

「そして、あなたのご主人様。よろしくね、兵藤一誠くん。イッセー、て呼んで良いかしら?」

 

魔性の笑みを浮かべるリアスに、一誠はただ頷くことしか出来なかった。

 

 

―◇―

 

 

―拝啓、天国のお祖父様。俺にはこの状況をどうにかする術はありません…

 

現在、一誠は自宅の食卓で現実から逃避し、亡くなった祖父に心の中で話し掛けていた。

 

しかし、それも仕方のないことだろう。

 

なんせ、学園の先輩、それもとびきりの美人とベッドインしている場所をおさえられたのだ。

 

気まずくなるなというほうが、どだい無理な話なのである。

 

「いただきますわ」

 

極めつけに4人揃って食卓についているのだから、目も当てられない。

 

そんな気まずさが臨界点を突破し、今まさに弾ける一歩手前の風船のような空気の中で、何事も無かったかのように兵藤家の味噌汁を啜るリアスはただ者ではないだろう。

 

「とても美味しいですわ、お母様」

 

「は、はあ。これはどうもありがとうございますですわ」

 

朗らかに兵藤家の味噌汁を誉めるリアスだが、兵藤家の家人達はついてこれていない。

 

一誠の父親と母親は、何とも形容し難い表情をしているし、一誠本人はいまだに天国の祖父に話し掛けている。

 

「ええと、イッセー。そのお嬢さんはど、どちらの方かな?」

 

一誠の父親の言葉にリアスは箸をおき、居住まいを正した。

 

「挨拶が遅れていたとは…。私としたことが大変失礼いたしました。申し遅れました。私はリアス・グレモリーと申します。彼と同じ学園に通っております。以後お見知りおきを」

 

綺麗に微笑むリアスに一誠の父親は鼻の下を伸ばしながらも、日本語の堪能さを褒めた。

 

この時点で一誠の父親は彼女の存在に疑問を挟むことを止めたが、彼の隣に座す一誠の母親はそうはいかなかった。

 

何せ現場を押さえているのである。

 

その程度の説明では納得がいかないだろう。

 

「リアスさん。イッセーとはどういったご関係なのかしら?」

 

簡単かつ明瞭。

 

今朝の状況を訊ねるのにもっとも適した質問である。

 

「仲の良い先輩と後輩ですわ」

 

「嘘よ!」

 

当然だろう。

 

いくら仲の良い先輩と後輩でも、男女が、しかも裸でベッドにいることはあり得ない。

 

彼女もそこを攻めたが、

 

「恐い夢を見ると言うので、添い寝をしていたのです。…何故裸だったのか、ですか?最近の添い寝はそういうものです」

 

と言って、リアスははぐらかした。

 

話を聞いていた一誠は、あまりに大胆な嘘にある意味感心していた。

 

が、母親は先程までの興奮が嘘のように黙りこみ、

 

「そ、そうなの…。最近の添い寝はそういうものなの?」

 

と、突然納得しだした。

 

一誠は驚愕の面持ちで母親を見る。すると何か様子がおかしい。

 

表情がぼんやりしていて、例えると何かに憑かれているように見えた。

 

父親を見ても同じようなにぼんやりした表情をしていたので、困惑しているのを見かねたリアスが耳打ちした。

 

「ややこしくなりそうだったから、少し力を使ったわ」

 

『力』と聞いて、ふと、先程のリアスの話を思いだした。

 

―悪魔よ

 

つまり力とは悪魔の力ということだろうか?

 

疑問が残ったが、それも放課後に教えてくれるのだろうと納得することにした。

 

 

―◇―

 

 

ホームルームを終え担任教師が教室を出た瞬間、再びドアが開きイケメンが顔を覗かせる。

 

そう、イケメンだ。

 

教室に残る女子生徒達が黄色い声をあげる。

 

その程度にはイケメンだ。

 

女子生徒達が黄色い声をあげるのも仕方ないことだろう。

 

彼はこの学園きってのイケメン王子、『木場祐斗(きばゆうと)なのだから。

 

「や、どうも」

 

「…何か用ですかね?」

 

一誠の彼に対する態度は冷たい。

 

持たざるものが持つものを羨み、敵視するのは世の常である。

 

「リアス・グレモリー先輩の使いできた」

 

「お前が…。なるほど、俺はどうしたら良い?」

 

「僕についてきてほしい」

 

その一言で、教室が阿鼻叫喚に包まれる。

 

「そんな…木場くんと兵藤が一緒に歩くなんて…」

 

「汚れてしまうわ、木場くん!」

 

「木場くん×兵藤なんて、イヤッ!」

 

「…もしかしたら、兵藤×木場くんかも」

 

このクラスの女子生徒達は遅すぎたようだ。

 

祐斗は一誠だけでなく、十六夜や士郎にも声をかけた。

 

昨夜の事件に関わった人間を全て集めているようだ。

 

教室からドラク○よろしく並んで出ると、廊下に古城が待機していた。

 

祐斗が視線を向けると彼は不満そうな表情でそのあとに続いた。

 

一誠達一行は新校舎から渡り廊下を使い、裏手に建つ旧校舎に入った。

 

2階に上がり、奥の教室を目指す。

 

旧校舎は現在授業等ではほとんど使われていない。

 

しかし、旧校舎というわりには傷みが少なく、各教室も塵ひとつ落ちていなかった。

 

そして、目的の場所に到着した。

 

祐斗は迷うことなく教室の前に立つが、祐斗を除く4人は戸に掛けられたプレートを見て首を捻る。

 

『オカルト研究部』

 

プレートには大きくそう書かれていた。

 

正直、オカルト研究部と『あの』リアス・グレモリーを結びつけるのは難しかった。

 

学園のアイドルなのだ。

 

もっと華やかな部活動に所属しているものだと思うだろう。

 

そんな4人の心情は露知らず、祐斗は教室内に声をかける。

 

「部長。一誠くん達を連れてきました」

 

「入ってちょうだい」

 

中からリアスの声が響く。

 

祐斗が教室の戸を開き中に入ると、一誠達4人も後に続く。

 

「へぇ…」

 

「あれは、ケルト文字か?」

 

「やっぱこれ関係か…」

 

「なんだこりゃ?」

 

四者四様それぞれの反応を見せた。

 

十六夜は感心するように、士郎は見覚えのある文字に近付き、古城は何故か落ち込み、一誠はわからないらしく首を傾げる。

 

教室内は、壁や床、天井を問わずいろいろな文字に埋め尽くされていた。

 

教室の中心には大きな円陣、俗に言う魔方陣が描かれ、不気味な雰囲気を放っていた。

 

普通のソファーやデスクもあるが、空間では、むしろ異質に感じる。

 

教室内を見渡す中、一誠はソファーに座って黙々と羊羮をたべる小柄な女子生徒と目が合う。

 

一瞬互いに硬直するが、落ち込みから復活した古城も彼女を見付け、先に声をかける。

 

「あれ?塔城じゃねぇか、お前もオカルト研究部だったのか」

 

にこやかに古城は歩み寄るが、彼女『塔城小猫(とうじょうこねこ)』は警戒するように古城から離れた。

 

そんな態度をとられ、古城は再び落ち込む。

 

「俺、お前に何かしたか…?」

 

「近付かないでください…女たらし」

 

「ぐぅ…!?い、いや、あれは事情があってだな…!?」

 

「…」

 

痛いところを突かれ、必死に弁解しようとするが、ジト目+無言の圧力に、項垂れ屈する他無かった。

 

一誠的には古城に同情する余地は無かったが、あそこまで容赦がないとさすがに憐れに思えてきた。

 

ふと、一誠の耳が、シャー、という水音を拾う。

 

音の発信源に目をやると、教室の隅にカーテンが掛けられており、そこに人影、それも女性の影が目に入った。

 

この教室にはシャワーが完備されているようだ。

 

良く見ると人影は1つではなく、仕切りの向こう側には少なくとも2人の人物がいるようだ。

 

キュッ

 

蛇口を閉める音。

 

「部長、これを」

 

「ありがとう、朱乃」

 

シャワーを浴びていたのはリアスだったようだ。

 

シャワーを浴びていたということは、裸だったということだ。

 

今朝のことを思いだした、一誠は我知らず顔が弛む。

 

「…イヤらしい顔」

 

ばっ、と声のした方を振り向くが、声の主であろう小猫は我関せずとばかりに羊羮を食べていた。

 

「待たせてしまったわね」

 

制服をきっちりと着込んだリアスが、カーテンを開けて出てきた。

 

乾ききっていない紅髪がつやめき、上気した顔と相まって歳に見あわぬ色気を放っている。

 

転校してきたばかりの十六夜は、初めて見る学園のアイドルに『へえ、なかなか』と言わんばかりの表情を浮かべる。

 

「私はリアス・グレモリー。あなた達をオカルト研究部に歓迎するわ」

 

リアスは新しくオカルト研究部の敷居を跨いだ4人を見渡し、歓迎の挨拶を述べた。

 

最後に普通とはかけ離れた言葉、

 

「悪魔としてね」

 

という言葉を添えて。

 

十六夜は、納得したという顔をした。

 

「悪魔ね。なるほど、グレモリーてのはそういうことか。ソロモン72柱が1つ、地獄の26軍団を率いる序列56位の公爵様か」

 

「あら?良く知ってるわね。御名答よ」

 

十六夜の言葉にリアスは感心するように微笑み、士郎と古城は予想はしていたがやはりか、という風にタメ息をつく。

 

1人おいてけぼりをくらった一誠は、まだ信じられないように頭を抱える。

 

「まだ、信じられないかしら?」

 

「ええと、正直…」

 

「立ち話も何だから、手近なソファーに座って」

 

椅子を勧められ、十六夜以外はソファーに固まって座り、十六夜はほんの少し離れたデスクに腰掛けた。

 

「そうね。まずは昨夜の黒い翼の男について教えるわ。他の3人は察しがついているようだけど、あれは『堕天使』。元々は神に仕えていたけれど、邪な感情を持っていたため地獄に堕ちた元天使よ」

 

そこから話は広がり、地獄、悪魔の言うところの『冥界』では、悪魔と堕天使が覇権を争っていること。

 

契約し代価を貰い力を蓄える悪魔、人間を操り悪魔を滅ぼそうとする堕天使、神の命を受け両者を倒す天使による三竦み。

 

完全に理解の範疇を超え、一誠は既にあまり真面目に聞いていなかった。

 

しかし、次のリアスの言葉に表情を一変させる。

 

「…天野夕麻」

 

「何であの子の名前がでるんですか?」

 

思わず声に怒気がこもるのを一誠は感じた。

 

明らかに話の流れには合わないように感じた上に、その話は一誠にとって腫れ物に近い。

 

誰も覚えておらず、知る人もいない。

 

夢だ、幻想だ、といわれ、誰も信じることはなかった。

 

存在を証明するものが何一つ無かったのだ。

 

「彼女は存在していたわ。確かにね」

 

しかし、リアスはハッキリと真摯な態度で言い切った。

 

「まあ、念入りにあなたの周囲にいた証拠を消していたようだけど」

 

リアスが指を鳴らすと、朱乃が懐から1枚の写真を取り出した。

 

その写真には一誠に覚えのある人物が写っていた。

 

「…夕麻ちゃん」

 

確かに覚えのある顔だったが、一部だけ記憶にある姿と違っていた。

 

黒い翼を生やしていたのだ。

 

「この子は、いえ、これは堕天使。昨夜の男と同じ存在よ」

 

言葉を失う一誠に構うことなくリアスは話を続けた。

 

「この堕天使はある目的のため、あなたに接触し、それが達成されたため、周囲の記録や記憶を消して、姿を眩ませた」

 

「目的…?」

 

「あなたを殺すため」

 

再び言葉を失う一誠。

 

信じたくは無いだろう。

 

自身を殺すために近付いてきた者がいたなど。

 

「運が無かったんでしょう。他の保持者でも殺されていない者もいるわけだし…」

 

「運が無かったって…そんな…。?!いや、待ってください!俺、生きてるっすよ!それ以前に、なんで俺が狙われるんだ!」

 

わけがわからない。

 

一誠は今日ほど混乱したことは無かった。

 

理由もわからず堕天使などというオカルトな存在に狙われるなど、冗談にしても寒すぎる。

 

「彼女があなたに近づいたのは調査のため。あなたが私たち悪魔や堕天使を脅かす物を宿していないかを。反応が曖昧だったのでしょう。だからゆっくり時間をかけて調査した。そして、確定した。あなたが『神器(セイクリッド・ギア)』保持者だと」

 

『神器』―セイクリッド・ギア。

 

その言葉に一誠は聞き覚えがあった。

 

―恨むなら神器をあなたに宿した神を恨んでね

 

夕麻は確かにそう言っていた。

 

祐斗が口を開く。

 

「神器とは、人間に宿る規格外の力。歴史に名を残す偉人達も神器保持者だといわれているよ」

 

「アーサー王の剣の鞘とかか?」

 

士郎が口を挟むと朱乃は首を捻りつつ続けた。

 

「可能性はありますが、今のところ鞘の神器というのは聞いたことがありませんわね。こほん。…現在も神器を宿す人々は沢山いますわ。世界的に活躍している方々がいるでしょう?あの方々の多くも体に神器を宿しているのです」

 

「大半の神器が人間社会に影響を与える程度なのだけど、稀に強い力を持った神器が宿ることがあるの。イッセー、目を閉じて、あなたが一番強いと感じる何かを思い浮かべて」

 

いきなりそんなことを言われ、戸惑う一誠だったが、言われた通り、一番強いと感じる何か―ドラグ・ソボールの空孫悟を思い浮かべる。

 

「思い浮かべたかしら?そうしたら、その人物が一番強く見える姿を思い浮かべるのよ」

 

一誠は空孫悟がドラゴン波を放つ姿を脳裏に思い描く。

 

「立ち上がって。そして、その姿を真似るの。強くよ?軽くじゃダメ」

 

一誠は戦慄した。

 

この歳になって、衆人環視のなかドラゴン波の構えを取らなければならない。

 

甘く見積もっても黒歴史確実である。

 

しかし、リアスは甘くはなく、戦慄する一誠を急かす。

 

追い詰められた一誠は、逆に開き直り、全力のドラゴン波を敢行した。

 

「ドラゴン波!」

 

開いた両手を上下に合わせて前に突きだす。

 

目を瞑っているとはいえ、いや、むしろ瞑っているため、周囲の状況と相まって異様に感じられる。

 

「さあ、目を開けて。魔力の充満するここでなら簡単に顕現させることができるはずだわ」

 

一誠が目を開けると、その左腕が眩く光りだす。

 

光は次第に形をなしていき、左腕に収束していく。

 

そして、光が止んだとき、彼の腕には凝った装飾に、手の甲に宝玉を埋め込んだ赤色の籠手が装着されていた。

 

「な、何じゃこりゃー!?」

 

「それが神器。一度顕現させてしまえば、保持者の意思1つで出し入れが可能よ」

 

驚きながらも一誠はしげしげと赤い籠手を眺め回した。

 

顔が多少弛んでいるところを見ると、内心カッコいいなどと思っているのだろう。

 

「その神器を危険視され、あなたは殺されたの」

 

その話題に戻り、一誠は再び首を捻る。

 

先程も殺された、と言われていたが、ならば何故自分は生きて、呼吸をしているのか。

 

その疑問をぶつけると、リアスは1枚のチラシを取り出した。

 

中心に魔方陣が描かれたチラシ。

 

「これで私は喚び出されたの」

 

それは一誠が待ち合わせ場所で待っていたとき、受け取ったものと同じものだった。

 

リアスの説明は続く。

 

「これは私たちグレモリー眷属が、人間との契約を行うために配っているものよ。最近は魔方陣を描いてまで悪魔を呼び寄せる人は少ないから、こうしてチラシとして、悪魔を召喚しそうな人間に配っているの。あの日私たちが使役している使い魔が、たまたまあなたにチラシを配り、死にかけたあなたは私を喚び出した。相当強い思いだったんでしょう。普通は眷属である朱乃達が喚ばれるのだから」

 

命が尽きる間際、目前にまで流れた血の赤さを見て確かに一誠はリアスを連想した。

 

最後に看取られるのが彼女なら本望なのに、と。

 

つまり、一誠が夢だと思っていた、例の出来事の最後に現れた紅髪の主はリアスだったようだ。

 

「あなたが死にかけているのを見て、あなたが、堕天使達が調査していた神器保持者で、その為害されたのを察したわ。それで此処からが本題。死ぬはずだったあなたを私は救った」

 

「悪魔としてね。イッセーあなたは、私の眷属、下僕悪魔として生まれ変わったわ」

 

バッ

 

オカルト研究部メンバーの背に、堕天使とは違う、コウモリのような翼が生える。

 

さらに。

 

「おい、イッセー。お前の背にも羽根生えてるぞ」

 

十六夜がニヤニヤした顔で指摘すると、一誠はおっかなびっくり、自身の背に手をやる。

 

手が翼に触れ、再度確認するように首を限界一杯まで後ろに回す。

 

―拝啓、父さん母さん。俺は人間やめていたようです…

 

一誠は諦めるように遠くを見るような目をした。

 

「改めて私の眷属を紹介するわ。祐斗」

 

リアスが声をかけると、貴公子のような笑みを浮かべる。

 

「僕は木場祐斗。君達と同じ2年生というのはわかってるよね?ええと、あと悪魔です。よろしく」

 

「…1年生。…塔城小猫…です。…よろしくお願いします。…悪魔です」

 

小さく頭を下げる小猫。

 

「姫島朱乃、3年生ですわ。研究部の副部長も兼任しております。よろしくお願いしますね。これでも悪魔です。うふふ」

 

朱乃は礼儀正しくお辞儀をする。

 

最後に

 

「そして、彼らの主であり、研究部部長のリアス・グレモリーよ。よろしくね」

 

次はあなた達よと言わんばかりに、十六夜達に視線を向ける。

 

士郎と古城はめんどくさそうに、十六夜は何時もの不敵な笑みを浮かべ、自己紹介を始める。

 

「2年生、衛宮士郎。…魔術使いだ」

 

「同じく2年生、逆廻十六夜。イッセーと同じ神器、いや確か『神滅具(ロンギヌス)』だったか?を持ってる。よろしくな、ヤハハ」

 

「…1年生、暁古城。…吸血鬼、第4真祖だ。よろしく」

 

オカルト研究部の自己紹介に驚いていた一誠は、友人達の自己紹介を聞き、更に驚いていた。

 

同時にオカルト研究部メンバーも同じように驚愕していたが。

 

―俺はとんでもないことに巻き込まれたようだな…

 

一誠の瞳はどこか悟りを開いたようであった。




次回予告

「正体を明かしたグレモリー眷属に十六夜、古城の毒牙が迫る!

女性陣は自らの貞操を、まもりきれるのか!?

次回『第2話変態真祖と十六夜の月』

いま、性戦が幕を開ける!」

「紗矢華!お前、俺に何の恨みがあんだよ!」

次回予告はまったく次回に関係ありません

次回予告ネタ探さないと…
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