背後からの殺気。言語化は出来ないが迎撃しろという天啓が俺の頭を過った。
軋む様な気味の悪い音、咄嗟に頭を動かせば禍々しい姿をしたアーツが俺の耳を掠めた。
「ッ退がれ!」
俺は仲間へと指示を仰いだ。
「ッチ、勘づいていたか。総員、待機だ」
クソッ、早速仕留めに来たか。やはり、端から協力するつもりはないらしい。
……Scarは…大丈夫の様だな。しかし他の奴らは軽い負傷をしている者もいる。少し指示が遅かったか…
「W!」
ああ、分かってる。
俺はアイツと背中合わせの形になった。…攻撃は止んだ様だな。
俺達には大きく分けて二組の敵がいる。元々俺達を消すつもりだった奴らと、俺達が攻め込もうとしていた基地の者だ。
そしてそいつらは俺達の前と後ろにいる。しかし、その二組は精巧な通信手段を持っていないのか上手く受信機が作動しないのか細かい連携はできないらしい、だから今は膠着状態となっているのだろう。それだけが救いだ。
俺達の隣に仲間の傭兵が、もう少し向こうにはヘドリーとイネスがいる筈だ。この時の為にいつもよりも離れない様にはしていたが、助け合うのならもう少し近づきたい所だ。
やるのなら早い方がいい、数分もしない内に意思疎通が完璧にとれた敵達が俺達を阻むだろう。
「……」
「…分かってるわよ」
俺は奴らの方へと手榴弾を投げた、俺が投げた二つのそれは直撃する前に弾かれたが別の方向から投擲された物は奴らの足元へと着弾した。
その隙に俺達はヘドリー達の方へと走りながらも横目に数発撃ち、動転している奴らの頭蓋を穿った。この戦場で初めての血が流れた。
それでも、敵が減った様には思えない。確かに目の前の敵は減っただろうがそれは氷山の一角に過ぎない。やはり生き残る為には全員で奴らを打ち負かすしかない。
戦力に差があり過ぎる。
……はあ、気にせいかも知れねえがいつも俺達の隊は人の数で負けているな。
難なくヘドリー達と出会う事は出来たがしかし、あの場にいた仲間の数名は置いていってしまったな。
「悪い、ヘドリー」
「何も言わなくても良い、それよりも今の事だ」
「大した作戦はない。W、Scar、自由にやってくれ。
「「了解」」
「俺達は敵の基地にいる者を相手する。心配はしなくて良い」
心配は要らないってさ。なら早々負けてやる事はない。
案の定奴らが向かってきた。人数は多いが術師は少ないのは気持ちが楽だ、目の前の事に集中できるからな。
Scarは早速向かってきたサルカズを一人殺した。…少し先走り過ぎだ、俺が合わせるのは苦手なのに。
手持ちの爆薬は心許無いが出し惜しみしている暇はない。
俺はアイツと共に近づき刀を振った、それは硬い金属音を奏でたがもう一つのダガーで腹を刺した。傷は浅いがこれでコイツは死んだ。
俺ではない者からの銃撃を受けたそいつは情けない呻き声をあげて事切れた。
奥の者からのアーツを放たれたが息絶えた傭兵を持ち壁にする事で事なきを得た。俺が傭兵の腹に刺さったダガーを抜くと生々しい音が鳴った。
…これで一人、中々骨が折れる。
次は左側にいる奴らを撃破しようと向かった、アーツは弾き、剣撃は避け、負傷し動きの悪くなった者へグレネードを投げた。
俺へ向けられた攻撃は彼女が受け、彼女は俺が守る。圧倒的な物量で押されない限りはこれで何とかなる、今までもそうだった。
…しかし最悪が起きた、俺達の仲間の死に際の叫びが聞こえた。それだけでは何とも無いが、それは後方から聞こえた。
つまり、もう一つの敵が俺達に追いついてきたと言う事。
裏切り者のクソ野郎達は未だ完全に消えてはいない、俺達の首を狙う者が直ぐ迫ってきている。袋小路、どうすれば良い。
けれどもやるしか無い。
「Scar、後ろの援護に行ってくれ」
その言葉への返事はなかったが、目を合わせてコクリと頷いたのなら任せても大丈夫って事だ。
彼女の隣で戦わないのは何気に久しぶりだが、腕が鈍っていない事を祈ろう。…アイツの方はどうせ上手くやる筈だ、それに後ろにはヘドリーがいる。
…それよりも今は自分に集中しろ。
理想を言うなら俺がこいつら全員足止めして、アイツらを待ってそしてそれから全員ぶっ倒すのが一番だが……机上論にも程がある。上手く行く気はしないが正面から打ち合わなければ何とかなる……かもだな。
奴らの方へ発煙弾を数発放った、これで奴らの動きは鈍くなるだろうが。小手先のそれでどうにかなるとは思ってはいない。
俺はすかさずアーツを使用した。対象は決めていないがしかし、苦し紛れの攻撃にする事はしない。
俺はもう学んでんだよ多対一の戦い方はよぉ。
ああ、クソが。アーツを使った瞬間のこの痛みはいつになっても20以上年経っても慣れねえ、この激痛のツケは払わせてやる。
この煙幕の中で各々が認識出来ないこの時に、敵の自分の姿をランダムに変える事は地獄に等しい。
奴らが仲間を殺す事に厭わないクズじゃないのなら、迂闊に攻撃は出来ない。
「風を吹かせろ!」
ッチ、もう対処してきたか。けれどまだ煙幕を張る事は出来る。
俺は構わず再度戦場に煙を纏わせた。
その中で俺は目の前に見える全ての悪魔を誰彼構わず殺し続けた。報告されると困るからな先に喉を潰してから、首を落とすか腹を捩じ切るよう徹底しておこう。
「——ッ」
喋らせねえよ。俺は予定通り喉を壊してからトドメを刺そうとした。
よしこれで二桁目か。そんな事を思いながら風を吹かせている懸念点を消した。続けて俺はまた煙幕の中に身を隠した。このままこれを繰り返していけば事態は良くなる筈だ、戦場の風向きは俺にきている。
そう感じたのも束の間、俺の目の前でアーツが放たれた。直ぐに反応して避けようとしたが体勢が悪く、俺は顔の右半分をやられた。痛みを無視して動き術師は事切れた。…しかし何故…ああ、失念していた。他の事に意識を割いていたからこその失敗だ、恐らく敵は俺の返り血を見て俺がWだということを理解したのだろう。
しかしこれ以上自らのアーツを使っても俺の動きが悪くなる一方だ。敵の服を奪うという案もあるがどうせ直ぐに気付かれる。
取り敢えず逃げなくては。
相手に牽制はできた筈だ、しかし充分な時間は稼げてはいない。このままだと俺がやられる。それじゃあ本末転倒だ。
俺は最後の煙幕を使った。…さっきの攻撃でスモークが不完全に暴発してしまったのが痛手だがこれで最後だ。
敵との距離を離そうと全力で走ろうとしたその時、俺の足に激痛が走った。
着弾点である足を見ると、アーツの痕跡がついていた。絶体絶命の状況。この煙幕に相手の目が慣れたのか、或いはこれを看破する手立てが生まれたのだろう。しくじったな。
この足だと満足に逃げ切るのは無理そうだ。……ここで終わりなのか…
死にたくはねえが…散るくらいなら…せめてアイツの為に…。壊れても良いから……俺の全部…
「…がはっ」
それは瀕死の人間である俺自身が息絶える時に鳴らした音だろうか。
しかしそうではなかった。
その喘ぎ声は、それは霧の中から聞こえた。
ただの聞き間違いだろうか、俺の耳も爆薬でやられたか。…しかし次第に喘ぎ声が増え。
対照に白に浮かぶ黒い影は一つ一つ神隠しの様に消え。ゴトッっと物が倒れた音が代わりに聞こえた。
これは現実だと俺はそう認識した、しかし俺には足を思いっきり動かす事も出来ない。
一つの影が俺の元へと近づいてくる、万全を期して俺は銃口をそちらに向けた。が俺は直ぐに銃口を下げた。
煙の中には、光輪と光の翼。目元まで深く被った帽子。銃を扱うサンクタ。俺はそれらしい人物をこのカズデルでは見たことが無かった、一人を除いて。
まさか来たのか、此処に……この戦場に……
コツコツとサルカズには聞き馴染みのない足音を立てながら近づいてきたのは。
「久しぶりか、W」
「何で…知ってたのか?」
「……今はとにかく、目の前の事に集中しろ」
そう言ったそいつは右手に握ったサンクタが持つ守護銃を敵前へと向けて、トリガーを引いた。静かな銃声が鳴り———
共感による作用なのか、完璧な弾道を描き一発一発が急所へと向かっていた。
一人、二人、三人と次々と敵が倒れていく。
「———!」
サンクタに気が付いたのか奴らは青筋を浮かべ襲いかかる。しかし俺がそうさせやしない。
迎撃。ダガーで刃を受け流し刀で四肢を破壊する、すればだるまの様に転がっていった。怒りの所為なのか動きが単調だ。
戦場に於いては感情が結果をもたらす事は無いのにな。
俺は走って行き目の前の敵をざっくばらんに切り刻んだ。ピンチなど今の俺には欲しくても手に入れることのない代物。背中にいるサンクタが完璧なサポートをしてくれる。
サンクタがサポート役。敵もそう思ったのか俺には目もくれずアイツの方へと向かった。その判断は正しいと思うが。
向かった敵は武器を弾かれ腹を蹴られ、バランスを崩した所に憐れにも三発程度胴体と頭蓋に撃たれていた。
そいつが近接でも戦える事を考慮しなかったらの話だったな。
気付けば敵はある一人を除いて消えていた。
「何なんだ。誰なんだお前は!…ああ、これじゃあシュラウドさんに……」
ヨーゼフだ。常に一歩下がった場所で止まっていた為最後まで生き残りやがった。見っともなく叫ぶ小心者。アイツがリーダーになったのは最も愚直で操りやすいから。
「———」
さっきからずっと、ゴチャゴチャうるさい。
俺らには時間が無いんだ、ここに留まる理由は無いんだ。
…さっさと死ね。
俺の銃が鳴き、ヨーゼフの頭蓋と足を弾丸は撃ち抜いた。重ねて、隣のサンクタが守護銃を放った。正確無比な弾道は文字通り古傷を抉るかのように、奴が戦火で傷ついた跡へと向かった。動く事もできずして、ただずっと必死に哀れな声を響かせる。
俺はすかさず銃を撃つ。喉に、脳に、心臓に。地べたが次第に赤く染まってゆく、戦場の赤は静寂を促す。
そして終わり。
余りにもあっさりと壊滅させてしまった、彼が支援に来てくれたのが大半の理由だ。数人逃した可能性もあるが…後ろ向きにある足跡もなさそうだし。正真正銘殲滅成功。
……アイツらの援軍は来なそうだな。
この隊は元々シュラウドの命令で動いていたと考えられるが、それなら援軍が来ないのは不自然だ。まあ、こいつらにも色々あるんだろう詮索はしないでおくか。
それよりも…だな。
「よし、今から俺の仲間のところに向かうが、アンタも来るのか」
「聞かれるまでもない」
「分かった。それなら———ッ」
ああ、さっきの戦闘での傷がまだ癒えてない。少しぐらいはアドレナリンで緩和できてると思ったが、そんなに俺の脳は便利じゃなかったか。
この程度のアクシデントでアイツらを助けに行かない理由にはならない。痛みは無理をするなと言うエマージェンシー信号、そして無理をしなければ問題ない。そう言う事だ。
俺は足を止める事無く、アイツらの元へ足を進めた。
「ヘドリーこっちはもう殲滅した、俺の近くに居るサンクタは味方だ」
「ッチ、あんた遅いのよ。もっとさっさと来れないのかしら」
「よく生き残った、W」
Scarはいつもの如く口が汚い、少し自分の隊長さんを見習った方が良い。ほら今もそいつは即座に状況を判断して、俺に対しての賞賛の言を言い放った。何ていい奴なんだ。悪いが、俺はScarがリーダーの隊には入りたくないな。
「…敵は後どれくらいだ」
「最初時の半数程度よ。こっちの仲間も十数人は殺されたわ」
「分かった…突っ走りたいならそうしても良い。俺は勿論、俺の後ろにいる奴も精一杯援護してくれる」
「敵が二手に分かれようとしているみたいだな。なら向こうはヘドリーに任せよう。こっちは俺達の担当だな」
「……その後ろのサンクタの事は後で聞かせてもらうから」
「この爆弾が敵に爆散したらそれが合図よ」
投げた爆弾は敵のど真ん中に着陸し、彼女が手に持つ起爆スイッチを起動した瞬間に赤い閃光を撒いた。
敵は乱れ、直ぐに立て直そうと奮闘するが。俺達は構わず距離を縮める。
最前線の奴に刃を向け全力で振り切ると敵は息絶え、他の奴らも俺達を殺そうと頭上から剣を落としてきた。右側の剣は刀で相殺、裏から回ろうとしてきた奴は引き金を引いて破裂した、左側に来た奴は背後からの援護射撃で喉元を撃ち抜かれた。
一方、Scarは銃とナイフを使って巧みに一人ずつ丁寧に亡骸へと変えていった。
俺とScarの二人にサンクタの援護射撃が加わればこんな雑魚共に負ける事はあり得なかった。
一切の危険もなく戦闘は終了した。
『ヘドリー、イネス。こっちはもう終わった、今から向かう』
『いや大丈夫だ、此方も完了した。そしてこの感じは援軍の心配もないだろう』
通信機器で報告すると。隊長から終了報告が来た。援軍の心配もないらしいし今回は勝利だろう。
折角集めた仲間も少し減ってしまったのが悔やまれるが、幸い大きな痛手にはならないだろう。
それ以上に考えるべき概要があるが———
ともかく合流して欲しい物を奪い取ったら、直ぐにここを去ろう。
アイツらと合流して、俺達の拠点に戻る事が最優先だ。
「アンタはどうするんだ、このまま俺達についていく訳には行かないだろ」
拠点へ戻る帰路にて俺が彼に聞きたかった事を言う。
正直こいつは傭兵でもサルカズでもない、ただのサンクタの店長だ。俺たちについていく義理は無いし、戦闘に加わろうともしていないと考えられる。
それに今回今日の戦場で俺を助けに来たのは偶々の奇跡だ、始めから俺を助けに来たとは考え難い。だって俺達の動向を知る方法は彼には無いはずだから。
彼には彼のやるべき事がある、自分の店を構えているんだ傭兵みたくポイポイと居場所を変えようにも変えれない。
「それはもう決まっている。がしかし、先ずはWがどうするかを訊きたい」
「俺は隊に着いていくだけだ、だから俺の行く道は隊長であるヘドリー次第だ」
少しの沈黙が流れる。
“そうか”と言って白い髭を生やした顎に指を当てながら考える様子をするそいつは少しした後で自分の事を語り始めた。
「今まで言い分からして、Wは現状を全て把握していないだろう」
「そもそも何故自分があの場所に居たのか。それはヘドリーが自分に応援要請をしたから、じゃ」
「———!ヘドリーがアンタに応援要請を?……て事は元からアンタらは知り合いだったのか?」
「と言っても、そこまでの仲ではない、ただ互いに知っているだけ。ヘドリーはWがうちの店に通っている事すら知らないだろう」
「ああそういう事か…大体分かった」
ヘドリーは自らの隊とその合併しようとしていた隊であるヨーゼフの隊が戦闘する事を予期していた。そうでなくとも小さくない軋轢が生まれると予感がしていた。ヘドリーの隊はその時完全な状態とは言えなかった、その為戦いに備える為に人材が欲しかった。しかし傭兵や大きな傭兵団を雇うと誰かにその契約が漏れる可能性がある。
だから名前の乗った傭兵でなく、名前の売れていない個人としての応援。そしてそれなりに力になる強者。以上の条件に当てはまったこのサンクタが適任でありヘドリーに選ばれた。という事だろう。そして俺を助けた。
俺を助けたのは結果論で、彼の目的はヘドリー隊の助けになる事だった。
そう考えれば全て辻褄が合う。
ヘドリーが隊同士の合併の前日に落ち着いていた事。明確な指示を俺たちにするわけでもなく普段通りに動いていた事。それら全ては自らが既に切り札を用意しているからこその行動だった。そして俺の感じていた隠し事をしているような感覚、それもこの事か。
そしてこいつが珍しく店を開いていなかったのも、戦いの為に用意をしていたから。
これを知れば隊の皆は困惑するだろうか疑心感を生むだろうか……言わないのが得策だな。
「この要請を受けたのは、ヘドリーの隊にWが居たからというのもある」
「じゃあ俺がこの隊を救ったという見方も出来るという事か?」
「お得意の冗談か?」
「ああ、アンタのおかげって事は重々承知だ。次に店に行ったらいつもより多く買ってやるよ」
「どうもありがとう。だが…買い占めだけはよしてくれ」
「それじゃあ結局アンタはこの隊に居座るのか?」
「少しの間だけ。それも傭兵としてでなく護衛としてな」
「まあそうか。暫くはアンタも俺と同じくヘドリーの元に行動するのか」
「そういやアンタの名前そろそろ聞いても良いか?」
「今知ろうがいずれ知る事になるとは思うが……そうだな」
「………ツァドク。上の名前は伏せるが名は“ツァドク”」
サンクタの店長、銃を巧みに扱うこの老人の名はツァドクだった。
何ともしっくりくる名前だ。
スカーモールの張り紙:シュラウド
【所属】—テルアビブ地区、シュラウド傭兵団、団長。
【値段】—未定(11月現在)
其の地域を収めるリーダー、彼の元には計四つの傭兵団が属している。クーパー、ヘドリー、ヨーゼフ、デイヴィッドが各傭兵団のリーダーである。
主に変化が嫌いな平和主義な為、過度な情勢変化をもたらす者を排除する傾向がある。
彼を師とする傭兵も少なくはない。値段は未定だが、他の地区を収める傭兵と同価値であるだろう。
彼の首を狙うならそれは彼に首を獲られる事と同義である。
追記:ヨーゼフ隊は壊滅。ヘドリー隊は行方不明。