1092年—November
日は昇り、いつもの空がやってくる。
…この空を見ると懐かしさが溢れる。
前の地区、テルアビブで放浪しながらも依頼を受け取りRapidを殺しヘドリー達と出会ったあの空とも変わらない。
俺が殿を務めてScarと邂逅したあの空も。地区を取り締まっていたシュラウドに追い出され、ここに来るまでの道中も。
空は闇そのものだったが、日が経つごとに自分の生きる意義と仲間が増えていった。それは光や希望、そう形容しても間違いではない筈だ。
偽りの空も真実以外の全ては包み込む、朝も夜も規則的に動く、ある者なら空の動きを予測することさえ出来る。そのくらい、この偽りの空は精巧に作られている。
———こうやって、俺が空を日々眺めている理由は……忘れたくないからだ。
記憶のない俺には過去がない。既に過去は諦めたが、今が”過去”になるその時に”今”を忘れたくはない。
映像を伴う記憶や思い出は忘れにくいんだ。
だって、俺は一度もScarの……相棒の顔を忘れた事はない。
美しい空も、美しい顔も然程変わらない。どちらも俺を癒す何かだ。
「W、お前の飯がなかったら、俺はとっくにヘドリーについていくかどうか。迷ってたかも知んねえ」
「それで煽ててるつもりなのか」
「リップサービスでも、冗談でもねえ、本気だ。こんな美味しい飯が毎日食える事はこの地では何を捧げても得られねえ。しかもそれが命を売るだけで良いってんなら俺は当然ヘドリーに命を売ってやる」
「そうか。別に命はどれだけベットしても良いけどよ、真に命を捨てるのは絶対に違うからな。……今日はいつもより食べるな…お代わりが欲しいか?」
「ああ、勿論———」
褒めてくれようが何でも良いけど。どうせヘドリーに着いて行くんなら、一生俺が飯ぐらい作ってやるけど。
「傭兵はするのは…好きか?」
唐突な質問。傭兵に、サルカズ傭兵について考えた事は自分がそれを気に入っているかはよく分からない。確かに敵を殺すのは好きだ、いや…環境と自分がそれを好きにさせたと言った方が正しいだろうか。それが他の者から見れば狂人だろうが、俺からして見れば単純な原理。他の奴が正気を保って生きてる方が理解不能だ。…そう考えてしまう俺は狂気を纏った人間であって、狂人ではないのか。あるいは狂気を纏う事が可能な時点で既に俺は狂っていて、残忍な自己決定が下せる限られた人なのか。
何はともあれ。
「傭兵。その身分は俺に似合っている。捨てる気もない、愛着も湧いている」
「好きって訳か……」
「自分は違うのか?」
「そんな。俺も同じだ、皆んなそうだ遅かれ早かれ度合いはあっても皆等しくどこかのネジが外れてる」
「それはヘドリー。イネスもか」
「ああ。…言うまでもなく。そしてお前の相棒もな」
「……それこそ言うまでもないだろう。アイツは殺しの天才だ」
何を当たり前を。アイツ程傭兵に向いている奴は居ない。アイツが傭兵を辞める時はその名前が唯一じゃなくなった時だけだろう。
「Scarを手懐けられるのはお前だけだからな。しっかりしろよ」
「期待に応えられないが、俺がアイツを手懐けてるんじゃない。——アイツが俺について来ているだけだ」
「そうか、それは良かったな」
「それは俺にとって?…アイツや隊に対してか?」
「この現状全てだ」
この男の名はタフネス、だったか。こいつは珍しくに肉親から名を貰ったことがあるらしい、俺が知っているのはそっちではない様だが。まあ羨ましいとかは思った事はないな、親の顔を覚えてさえいれば変わったかもだが。
…最近、ヘドリー、イネス、Scar、以外の仲間からも話しかけられる様になった。特段俺が変わった事をした覚えがないが、彼らの方の意識が変わったんだろう。
まあ俺も話しかけられてマイナスな気持ちにはならない、だから俺側から拒否する必要もない。
もう少し人と積極的に関わろうとしてみようか、暮らす場所が変われば心機一転、心持ちも変わると言った所か。
タフネス、ラフで話しやすい俺の料理を気に入ってくれる奴。ジュリアン、復讐を目的に傭兵を始めたらしいけれど目標の情報収集は芳しくないとの事だ。……ああ…エッジだったか、彼女には回復治療系統のアーツが使える、と言っても致命傷の治療には数日が必要で、実際にアーツを使ったのを見たのは四肢の切り傷や爆風に吹き飛ばされた破片での傷ぐらいだ。
まあそれでも治療が出来るだけでも素晴らしい人材、ヘドリーは人を見る目が良いとつくづく感じる。
他にも言葉を交わした仲間は増えたが特に喋るのはそこら辺だな。
「あんたもっと無いわけ!?」
けれども喋る相手が増えようが、ずっと変わらない物もある。最初から今までずっとうるさい奴だ。今思えばこいつが黙ったことなんて………一度だけあったか……。あの事故は思い出したくはない。
「うるさい、お前の分はもうない。欲しいなら自分で作れ、何の為にさっき出来るようになったんだ」
「味覚のないあんたには分かんないでしょうけどね、あんたの料理の方が数万倍美味しいの。誰のせいでこんなに舌が肥えたのかと思ってるのかしら」
「…………片付けを手伝うのなら、少しだけ作ってやる」
「話が早いのがあんたの良いところよね」
隣でガサゴソと彼女が片付けをしているのを傍目に見ながら、調理を行う。彼女にとっては片付けなんてお茶の子さいさいだろう、人体を片付けるより手間も時間も掛からないのだから。
コトコトと泡立つポタージュに隠し味のオイスターソースをぶち込む、ずっと同じは嫌だろうと思ってな。味変の足しになると良いな。
たかが一人の為に作る料理の筈なのにコックは普段と同じ、それ以上の手間暇をかけた。理由は単純、コックにとってはその相手はたかが一人の客でなかったそれだけの事。
全員が朝日を浴び、朝食も摂り万全となった。そうなればやる事は決まっている、傭兵の道を選んだ時から行く道は既に決定されているのだ。
「新天地でままならない事もあるかも知れないが、次第に慣れる。偶々今日がその時だっただけだ。
「だから今日も依頼を遂行するだけ。詮索はするないつも通り単に言われたままする。……いつも通りだ」
そう言った彼が緊張も震えもするはずもなく、常にずっと前だけ向いている。
強者は武力だけを持つ者ではなく、心も律することが出来るから強者なのだ。
彼の演説の恩恵か、皆も気合が入っている。それは俺も例外ではなく。今日は大仕事になるかも知れない。…存外楽勝で肩透かしな依頼だったらかえって残念だ。
彼に限ってそんな状況はないと皆が知っているが。
「俺含めお前達の任務は護衛だ。護衛と言っても真の対象は人物ではない。俺達が護るもの、それは“船”だ。彼らはそう呼んでいた」
「…行けば分かるが想像を超える巨体。かと言って、複雑な依頼でもない。やる事は単純、目的地まで船を守るそれだけだ」
「ああ、それと…推定だが3日程かかる」
「それでは、保護対象へ早急に向かう」
「……イネスには後で話がある」
いや、ちょっと待て。
俺の聞き間違えじゃないなら、今アイツ3日かかるって言ったか?
3日だぞ、どうすんだよ。…クライアントが食料を提供してくれる事を祈ろう。そうじゃなかったら、俺の重労働確定だ。
別にイネスでもヘドリーでも出来ると思うけど。
…アイツらが俺の奴を欲しているからな、出来る事なら作ってやりたい。
必要な時間を逆算して…これぐらい。まあ無理はせずに頑張るか。
出来ればアイツの手は借りないようにしたい。
目を瞑りリラックスする。しながらも再度依頼について手立てを考えている。
「どうしたの?そんなに辛気臭い顔して」
右隣からいつもの声が。
「何でもない、お前がバカしでかさないか考えていただけだ」
「あっそ、言っとくけど、今じゃ私より経験も少ない奴なんてゴロゴロ居るわよ。ほらこの隊にも」
「だとしても、お前が若いのは事実だろ」
「つまり、自分より若い手を借りるのが恥ずかしいってことかしら。なら、さっき依頼の事で悩んでいたのも納得ね」
こうやってすぐに俺が何をしていたのか的中させる。最近分かったが、こいつは俺の事をずっと見ているからだろう。自慢でも何でもない、こいつは俺のバディだからってだけの事実だ。だからこそ分かるんだ。目を瞑って手を顎につけてたら一発で何かしらに悩んでいる事なんて分かる。けど普通の奴は一々見ない。そこが他の奴とこいつの違いだろう。
「別に手を借りるのが嫌な訳じゃない、戦闘でお前に助けられた事なんていくらでもある」
「ただ単にアイツらが“俺の”料理を求めているから。それだけの事だ。分かったか」
「笑っちゃうくらい、柄じゃないわね」
Scarは俺のバカにするみたく笑ってくる。
…こいつは最初から今日まで変わらないな。それ程完成していると言う事なのか。
「柄じゃないのは知っている、誰だって変わる。変化は、時に置き去りにされない唯一の方法だ」
「…その理論だと、ずっと変わらない私は置き去りにされてるのかしら」
「お前は時間の波の先に居る、そんな存在だ」
「はあ?意味分かんないわね。…まあ、褒め言葉っぽいから言われて嫌じゃないけど」
自分でも正確な意味は分からないが、言葉の綾みたいな…何となく言いたい意味は分かる。
…傭兵らしくない。いや、その表現は的確じゃない。ああ、そうだ“今の”傭兵らしくない、そんな雰囲気をこいつは持っている。付けられた値段に従って生きるのではなく道を決めずに自由奔放で、ただ生きるのに必死じゃなく刹那的でその時の一番を最優先する。自身からすればそれが最も合理的で最善の生存戦略なんだろう、だから今日まで生き残っている。自分なりに考えて生きているんだ。
アイツを考えなしと誤解する奴はたくさんいるが、俺はそうは思っていない。…自分を持っていない奴は、俺の心配をしてくれたり、俺の隣に居てくれたり、何よりあそこまで俺の皿を好まない。
アイツが居るから今の俺が居る、アイツが居なかったらWは違うWになっていただろう。Wが居なければ、アイツがWの名を借りていただろう。
ふと、彼女の指先を見た。爪が美しく彩られている。…反応した方が良いのか……後にしよう、今反応するのは…アレだから。
もし金銭に余裕が出来たら服でも買って来てやろうか、喜ぶだろう。……俺?俺は…今の服が一番好きだ。血も目立たないし、動きやすい。灰の服も中々良いぞ。荒野に抗う者からしてみればだが。
基本的に傭兵が動く時には主に三つの音が鳴る。一つは傭兵でなくてもただの一般人でも起こす単純な足音。灰の砂利を靴で踏みつけ、黒の土を足で弾く互いが小さく擦り合わされ足の作用で音がなる。もう一つは金属音、武器のあるいは身に纏う装備の音。サルカズは貧乏だ金があろうがそもそもの物資は得にくい物資は殺し殺されの循環と同じ挙動をする。時には外からの来訪者が訪れ我々に自らの死体と共に資源をプレゼントしてくれる。サンクタは他の種よりもよく来る、悪魔の排除に励んでいるからだろう。装備は彼らがくれた物も手先が器用な悪魔が作った物もある。最後の音は声、だ。それにもさまざまな種類がある。其が名の知れた物なら歓声、噂話、襲う予定を立てる声。其の狂気が溢れているのなら恐怖、息を呑む音、傭兵の刃はカタカタと揺れ動く。
それは俺達だって同じ事。
ヘドリーはいつも最低限の事しか言わない。そのことに不信感を覚える者もいるがその内理解する、それが正解なのだと自らが生きている事が何よりも証明。そして無知こそが我々の武器である、それをヘドリーは信条にしているのだろう。
——知る事とは深く水中へ潜ること、深く潜れば暗闇の内を見つけ何かを見れる。しかし同時に深く潜ればその分元の場所まで戻るには深海へ訪れた分以上の時間が必要だ。下へ向かうのは力の風に乗れば簡単だ、上へ向かうのは力の風に逆らう事になる。
深く潜れば呼吸は困難になる当然の摂理だ。
そんな秘密主義な彼も今回の目的地は正確に言ったがその座標を理解した者はいたのだろうか、居てもイネスぐらい。少なくともそこら辺のカズデル出身なんですのサルカズには理解できないだろう。まあ無知な我々にとっては無駄な情報だ。
「ねえあんた、地図ってどうやって…」
「イネスに聞け。お前がイネスに頼み込んで聞けるのならな」
ある荒野の離れ。
ここはカズデルそう呼んでも良いのかすら怪しい。そもそもカズデルに規定された領地はない、もし厳密な境界線があったとしても誰も気にならない。民はこの大地全てをサルカズにしようとし、他国の民は境を断る線なんてお構いなしにやってくる。カズデルとは明確な国ではなくただの集合地区と言った方が正確である。その地区の中で我々は地域を村を町を細分化しているのだから我々はなんて小さな世間では生きているんだろうか。…そもそも半日足らずで住んでいる場所の名前が変わるのだから、クルビア龍門ウルサス帝国のような大国では一日経ってもその踏んでいる場所の名前が変わらない、なんて事もあるだろう。…それとカズデルには地名が多すぎるのも原因だろうが。
生い茂るバーチの樹林。そろそろ冬はもうすぐ到達する。時間は万物の背中を追い、万物は時間の引力に引っ張られている。冬の間には枯れる、今も地べたには枯葉が微量だが存在する。春には新芽が伸び、新しい風が吹く。一度吹いた風は二度と吹かない、永遠など人類の仮想名詞に過ぎず、世に恒久在らず。絶対な事は”今”だけである。
源石を孕んだ風は流れを常に変え、標的は風のサイコロで決まる。風が吹けば足跡には過剰な源石と悲痛と慟哭が刻まれる。
外部の力で奇妙な畝りを持つ灰色の木は長い長い時の中で静かに伸びていた。水分も届きにくい、源石に侵された身、一見最悪で違いなく悲惨な姿もその植物からしてみれば今日まで根を張っている、それだけで生きる意味を生んでいる。ただ自らの体を存続させるだけで精一杯。
…対して真っ赤に染まった大樹。この地の殆どを埋めるかのような根を張るそれは血液で染まった葉を弄ぶ。血液を栄養とするかの様に立ち振る舞う木にはただ生きるだけでは不満なのだろう。一度赤に染まれば木は灰に戻る事はできない。…進化の過程で血液を養分にする手立てを得たのだとすれば。この大樹は残忍でグロテスクな其ではなく、環境に汚染された哀れな若木の末路。そして若木が純白である未来は限りなくゼロに近いだろう、若木を生んだのも環境であり其を染めたのも環境という運命なのだから。
「ヘドリーが移動中に言ってた別動隊って誰かしら」
「…知り合いではなさそうだ、そいつの情報が出回っていれば特徴さえ分かれば大概参照は容易い」
「私達がこの距離だとして、別動隊も同じ距離だとしたら…これくらいかしら」
そう言いながら彼女は木に描いた地図の中に長い線を引いた。続いてレム・ビリトンからカズデルの中心部まで引かれた長い線を等間隔に分けた。…中々やる奴だ。ヘドリーに向かって学校の先生を皮肉として修飾していたアイツが、いかにも学校で習いそうな事を実践している。殺し以外も案外出来る良い子なのだろうか…それはあまりにも似合わなすぎるな。
「誰に教えてもらったんだ?」
「誰でも。強いて言えば、あんたかしら。……それでつまり別動隊の数は五個ぐらい?」
「まあ正解は俺達には知り得ない情報だけどな」
どれだけ推測しても正解は分からない。俺達の任務は船と呼ばれているある対象を目的の場所まで護衛輸送する事。この場所に運ばれた対象を目的地まで運び別動隊に引き継ぎ。そしてその最中怪しい者が近づき次第攻撃しても良いと、各々の判断で生死は任せるとヘドリーは言っていた。…峡谷を通るのだから実に船らしい対象なんだろう。ヘドリーは任務概要の推測を俺らにされるのは好まないが今回は質問もできない様な様相だった。単純だが契約内容にそう書いていたのだろう。まあ、頭の中では何を思っていても自由だ。脳まで縛られる道理はない。
「あと、どれくらいしたら私達の番?」
「ヘドリーも俺達に暇を持て余させる事はさせないはず。日が落ちる前には俺達が引き継がれる番だ」
「りょーかい」
俺ら以外は木に背を預けたり、本を書いていたり、影の下で安寧を保つ者も居る。
異様な気配を感じると近くには襲撃者らしき者が……その者は声を出す間もなく俺達の仲間殺された。荷物を見ると傭兵でもなさそうだ、ただの盗賊だろう。俺達の近くを通ったのが運の尽きだ、可哀想だが同情なんてする気にもならない、己の実力が招いた結末だ。
そうして俺も樹木に体重を預けて静かに時を待っていた。
隣で爆発物でお手玉されるのは気が気じゃないが…いくら言ってもこいつは辞めないんだろう。遊ぶなら爆弾じゃなくてじゃがいもにして欲しい所だ。勿論、芋の皮を被った爆弾じゃないそれを。
「ソワソワしているな、どうした」
「何でもないわよ、あのクソ女に挨拶しに行くだけよ」
「挨拶するのは勝手だが。襲撃者が来たらどうする」
「どうもこうも、あんたとヘドリーが居れば大概のことは大丈夫でしょ。…ああ、寂しいの?大丈夫よ、すぐ戻ってくるから」
こいつは俺の事を何だと思ってるんだ。一応俺はアイツよりも長生きしているんだ、本当にアイツは人を舐め腐るのが好きだな。
にしては俺の実力を信頼している。アイツは俺を理解しているのかもだが俺にはアイツが全然判らない。
…それは不公平だろう。
遠くから二つの金属音が聞こえた。まあScarとイネスのいつものやつだ。ヘドリーは止めに行ってるが……俺はここら一帯を見張っておこう。
この暇に他の仲間に自分から話しかけに行かない俺は内向的な性格か……依頼仕事に熱心で真面目とも言える。
やはり傭兵は俺の天職だった。
襲撃者もそれ以降来ることもなく時間は過ぎていった。
偶にタフネスや他の仲間と話すこともあったが全て話しかけられて初めて始まった会話だ。
アイツとなら自分から話しかけに行けるのに。それと、今は何処かに行ってしまったツァドクとも。……元気だろうか。今日の朝には手紙を残して消えていた。ヘドリーに聞けば行方が分かるだろう。…しかし必要ない、どうせアイツは何処かでまた店を開いているんだ。
光輪を帽子の中に隠すのは苦痛だと言っていたがそこまで店を開きたい理由は分からない。…人間、一緒に時を過ごしても分からない方が多い。…それとも分からない方が都合が良いんだろう。
長い間待ってようやく対象がやってきた。
対象には数多くの輸送部隊が周りを取り囲んでいる。そうして船を……いやあれは……
「船と言うより。……生物の骨格?」
察しのいいイネスはそう言った。彼女がアーツを使っている様子は一切ない。つまり……詮索は契約違反だろう。
「輸送部隊を守れ。そして護送をやり遂げるんだ。目的地までは3日ほど。襲撃者の生死は問わない。いいな」
すぐに俺を含んだヘドリーの隊は輸送部隊のさらに周りを取り囲んだ。
俺と相棒は船尾部分から約400m離れた場所に着いた。ここから一定の距離で着いていきながら近づいた物を排除する。
ヘドリー達も同じく何処かで輸送部隊を守っているんだろう。
ここからは予定通りだ。
……一日が経った。依頼人は携帯食をくれたらしく俺のポケットには丁度2日分の食料がある。アイツは美味しい食事が取れなくて不機嫌だがしっかりと見守っている、依頼はそれなりに真面目にやるのが彼女らしい。定期的に無視するのは彼女の十八番だ。
このまま行けば安全だろう、襲撃者も弱い奴らばかりで今の所は大した事件はない。
…再度一日と半日程が経った。
少し前に中々強い盗賊団がここへ来たが仲間の支障は大きくない。依頼はスムーズに進んでいる
「そろそろ、我慢できないわ。アンタ今から料理作ってくれない?すっごく美味しいやつを」
「我慢しろ。集中しろ」
「してるわよ——」
ドカン。そんな音が遠くから鳴り響いた。
爆発音の様なものが木々の隙間から音が通る。とてつもない爆発音が森の奥から吹く。轟々はその場にいる全ての者の鼓膜へ響いた。
ここら一帯の木が爆風で揺れる、爆心地の木は倒れ切り口には飛ばされた木片が刺さっている。
その爆発の音は、後に唯一では無くなる。
「lッ!。何、今の音」
「恐らく襲撃だ、少し待て」
『各員戦闘準備。臨時部隊はその場所へ向かえ。それ以外はその場で警戒しろ』
予想通りにヘドリーからの連絡が来た。遊撃部隊以外は向かえとの事。俺達は臨時部隊ではなく、船尾部分を任された主要部隊。
つまり恐らくヘドリーが言いたいのは。
「俺ら二人は他の者を警戒だ。俺とお前はあれがダミーの可能性で動くんだ」
「面倒な奴らね」
ああそうだ。面倒な奴らだ。あの爆発が敵の全力であって欲しいが…その線は薄い。臨時部隊はせいぜい20人程。主要部隊はもう少し多いくらいだが心許ない。
俺らはここら一帯敵が潜んで居ないかを探すんだ。
そうしてScarと一緒に周辺を探しに行こうと走り出した。その瞬間、一秒前にいた座標にアーツ、サルカズ呪術が放たれた。俺達は撃たれた方向へと振り向いた。
「つまり、あれは陽動って事よね?」
「最悪のケースだが、その最悪が現状だ」
「…絶対通すなよ、輸送部隊の方には」
「元からそのつもりよ」
目の前には数多のサルカズ戦士が襲撃者として佇んで居た。見慣れない装備を持つ者も。術師が4人、前衛が3人。敵は俺達をいち早く殺したいはずだから伏兵は居ないだろう。もし増援が来たらそれは他の戦場から勝った戦士、生き残った傭兵だけだ。
術師が放った呪術で戦争の火蓋が切られた。
呪術には俺と相棒が銃で応戦する。術師の波を追い風に戦士達が俺達へ向かってくる。弾丸での牽制術師の防御で防がれる。着々とタイムリミットは迫っている。俺とアイツは常に互いの死角を守るようにする。この戦いで重要なのはいつScarがアーツを使って爆弾を起爆させるかだ。最高のタイミングで起爆すれば勝機はある。
体を翻し術を避ける、爆発物を投げ少しでも足止めする。そして遂に、俺達と敵戦士が相対した。
大剣を横薙ぎに俺達へ振る。それを後ろに下がってやり過ごすが。続け様に二人の剣が俺を突く、刀で弾いて体を捻って致命傷を避ける。傷は受けたが大した問題ではない。そしてまた大剣が襲おうとして来るがScarがダガーで敵の腕を刺す、敵は少し怯み間一髪俺はほぼ無傷。術師はこの状況では味方に打つ可能性がある為攻撃して来ない。体制は変わらず、ピンチ。
……呼吸が整わない、敵は次で仕留める気だろう。アイツのおかげで助かったが…手立てを考えないと。
「…おい待て、アーツはまだだ」
「まだって……死んだら元も子もないのよ」
そうだ死んだら終わりだ。だからこそ切り札はピンチではなく、チャンスで本領を発揮するんだ。…今はまだその時じゃない。
敵の話し合いが終わった様だ。このままずっと無限に時間が稼げればどれだけ良かったんだろう。奴らとお喋りする余裕もない。今の俺たちは狩られる側だ。
術師が横方向へ幅を広げようと走り出す。ッチ、させるか。銃を放つがアーツで防がれる。再度トリガーに指を掛けるが前衛が来たため中断を強要された。術師からの援護までも来るとまずい、手が足らない……術師にScarを向かわせるか…。ああそうだな、俺たち二人で前衛を早急に殺して術師も殺す。それが俺達の作戦だ。
大剣の足元に向かって手榴弾を投げる。重ねて俺とアイツで大剣の方へ全力で向かう。俺が大剣の軌道をずらしScarがナイフで刺す、が間に合わず大剣野郎に刺そうとした腕を掴まれる。骨が砕けそうな音がするが無視して反対の手でナイフを持ち掴んだ腕を刺す、そこからアーツを使いナイフに仕込まれた源石を起動。ナイフと大剣の腕は粉々に砕け散った。
背後から剣が2つ襲う。その者が踏む地中にあった源石を爆破させて、奴らの攻撃を辞めさせた。……これでアーツは一発使った。得られたのは大剣の腕一本。…勿論それじゃあ満足できない、刀から左手を離して銃を大剣の体に当てがい引き金を引いた。全身から血を流している。最高だ、今のは最高のタイミングだ。
崩したバランスを元に戻した片角の剣と隻眼の剣はまたもや俺達を狙った。俺は刀を持ち隻眼の剣と打ち合う、武器越しに相手の顔が見える。敵は至って冷静の様だ。刀をずらしてみるが敵のバランスは崩れなかった。それどころか笑っている。
……俺の背中に強烈な衝撃が襲う、俺は地面に倒れて衝撃を与えた本人を見るそいつは既に同じく倒れていた。…クソ、大剣野郎が最後の抵抗で俺を殴りやがった。Scarは片角の奴と戦っている、劣勢らしく俺には気づいていない。銃を向けるがいつも簡単に弾丸は弾かれる。詰み…か
…この間に輸送部隊が完了できるのなら…依頼は完了出来るのか。
左腕に剣、右腕に短剣を刺されその場から動けなくなる。何とか行動を起こそうとアーツを使おうとした。
だが次の瞬間……この地一帯が爆発。それが重なり大爆発が連続して起こった。
W、Scar、サルカズ戦士、術師諸共。全てが焼け野原に、大地も枯れ、水は蒸気へと移り。
血液も飛び散る暇もなかった。
…彼ら二人の護衛任務は失敗した。
『W!Scar!聞こえるか!』
『イネス、あの二人の事は任せた。すぐに向かってくれ!』