荒野に抗う   作:ひトリび

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驕塔-There’s immortal systems in the terra

 

 

Scar。

成り行きで現状へと至った、傭兵なんて元からするつもりも無かった。自由意志ではなく潜在意思、荒野に傭兵という身分を強制させられた。自分の嗅覚でここへ辿り着いたかと思っていたが、真実は私ではなく私以外の誰かが手綱を握っていたのだろう。

 

私はただ、今を生きている。生きるためには盗みをするその手段としての殺しだった。生きるためには金がいるその金を稼ぐ為に依頼を行う、だから必要なのはScarというコードネームと研ぎ澄まされた刃だった。

殺しは苦では無かった。初めて人を殺した時、大半の人はその感触が忘れられない筈だろう。生々しい血肉の感触は気味が悪く心を曇天へと変えた。また、死にゆく人の叫びは心を高揚へと導き、生きた心地を感じた。

でも私からすれば最初の血も昔の血も今の血も、何も変わらない。最初の血も数ある赤の一つ、これまでの血も数ある赤の一つ。

そう考えて何の気無しに殺して、遺言を単なるノイズと感じ、肉体は死を表す記号だと。

完成された傭兵になれた自分は幸せだったのかも知れない。

 

……だからって。

 

…だからって、今流している血も単なる血と認識するとは思いたくはなかった。

 

指先から全身にかけて暖かい液体が流れるのをその身で感じる。

 

ああ、見に纏う液体が段々と冷たくなって行く。

 

Wは人生の価値は死ぬ時に決まると言っていたがこの私はどうだろう。…あたしが今考えるのは。そう……輸送部隊は辿りつけたのか……ヘドリーとあのクソ女は生き残れたのかしら。……ああもう叶わないけど、彼の料理。出来れば一杯食べてから死にたかった。

 

 

 

純白の肌は霜の様に掠れた白に。流す血は赤の液体から凍結へと。

手に持つ刃は今もなお赤黒く。

 

吐かれた空気は吸った空気と変わらず。

心の臓が奏でる譜面は弾む四分音符から永劫の休符へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——!

…どこだ、ここは。

周りを見渡す限り銀色で埋め尽くされている。それに俺は仰向けの状態、背中には柔らかいベッドがある。

俺は確か護送中に襲撃を受け、あの場の全てが焼けこげて………そうか、誰かが俺を救ってくれたらしい。

輸送部隊かヘドリー達か、分からないが安全な所に運んできてくれた。

 

……アイツは!Scarはどこに!

俺は直ぐに歩き出そうとした、だが足が重く動けない。神経が繋がっていない様にも思えるぐらい下半身が自分の物だとは認識出来なかった、動かそうと思っても動けない。

ッ、何度動かそうともびくりとも足は言うことを聞いてくれない。

 

 

機械的な音が扉の方から鳴る。

 

音に気付き扉の方を見ると一人の女性が立っていた。白緑の髪をしたフェリーン、見たこともない服。明らかにカズデルには居ない格好をした者。

 

「動くな。君の状態は君が思っている以上に深刻だ」

「仲間の心配をする前に先ずは自分の心配をしろ。君にとってはここが何なのか我々は何者なのか理解が難しいだろう。だがその疑問全てはヘドリーが知っている。そして君が一番気になっているであろう人物はこの船で数分前の君と同じく横たわっている。安心しろ」

「W。君が今最もすべき事は自分自身の体の状況を把握しリハビリに努める事だ。君の隣で倒れていた彼女を心配させたくないのならな。…これは警告だ、患者は何も考えるな。例え思考に何からのしこりがあっても、優先事項を間違えるな。君たちの安全は私が保証する、君らが単なる患者である内は」

 

…そうか、アイツは無事なのか。

彼女が言う言葉が真実でなくとも俺にはこの人を信じる他ない。

 

常人では持ち得ない雰囲気を見に纏う彼女は多分、この場所の管理者の1人であり特に医療に携わる人間だろう。目の奥に映るものが何を示すのか分からないがこの身を助けてくれたのはれっきとした事実であり、感謝すべき対象なのは間違いない。

そして彼女はここをこの船、と言っていた。つまり輸送自体は成功した様だ。俺達の犠牲は全くの無駄ではなかった。恐らく依頼人は彼女あるいは彼女の知人だろう。ヘドリーの名を口にした事から分かる。

 

足が動かない腕もままならない。けれど…どうにかして……

 

「……アイツの元に向かわせて下さい。お願いします」

「駄目だ。ついさっき目が覚めた患者を動かすのは負傷した体の回復を遅らせる。それにどうやってその体でその場所まで行く。許可出来ない、許可のしようがない不可能だ。君が彼女の無事をどれだけ知りたいのは、目覚めた最初の言った言葉がそれの時点でよく分かったが、暫くの間は推奨されない。助かった命を自ら棒に振るのは君とっても私にとっても愚鈍な行いだ。だから待て安静にしろ、無理に動かせば自分で自らの首を絞めることになる」

「……数時間後、また検査の為にここに来る。その時に行動を許可できる最低値を上回っていた場合。手立てを考えよう」

「しかしそうでなければこの話はなしだ。予定通り3日間はベッドの上で何もするな。…遠回りになるが少しの間は安静にしろ、刃に含まれた血を抜く良い空白にもなる。それが最良の決断だ」

「君だけが負傷者な訳ではない、他の患者もいる。話はここまでだ、くれぐれも野暮な事はしない様に」

 

そう言い、彼女は開いた扉を通り。ここを立ち去った。

…そういえば彼女の名前は何だったんだろう。検査の時に聞いてみよう。そしてその時に感謝も言っておこう。冷たくただ事実を言うだけに過ぎなかったが、彼女が患者を助けたい事はしっかりと分かった。

 

 

 

 

 

 

そうして何時間経っただろうか、体感7時間程。壁にかけられている時計を見ると18時を過ぎていた。

あの医師が立ち去って。その後この部屋に来たのは食事を持ってきた看護師だけだった。食事は消化しやすい淡白な物。多少の会話はあったが俺が食事を終えると、食器を片付け次の患者の方へ向かった。彼女も多数の患者を労っているのだろう。目の下にはクマが見えた。

 

ただずっと暇を過ごしていた。看護師の人に聞いたが俺の武器はまた違う所に置いてあるらしい。確かに病室に武器があるのは矛盾している、体を労るべき場所で血生臭いのも嫌だしな。

緑カーテンがなびく、時計の針がチクタク。それくらいしか動くものがない。俺はマシになった右腕でデスクの上の本をとりただ読むだけだった。置かれていた本の文字がサルカズ語、古代サルカズ語だけだったのは俺の人種を考慮してだろうか。本当に気が利く、いつかここに並ぶ本にヘドリー作の物が置かれる日が来るのかもしれない。そう思った。

 

 

そうして今日3回目の扉が開いた。

それに気づいた俺は読んでいた本をデスク上にある、二つに重ねられた本の更に上へ置いた。

 

 

「…腕は動かせる様になったか。それ以外の容態はどうだ」

「感覚は治ってきましたけど、足は一切動かせないです。それ以外なら普段とあまり変わりなく」

「そうか……今からやるのは前に言っていた検査だ。痛みはないからその点は安心しろ。まあ君たちサルカズ傭兵からしたら私達とは違い、痛みなど傷の度合いを表す単なる記号に過ぎないかも知れないが」

「いや……痛いものは痛いですよ」

「検診は医師と患者の双方の意識があってやっと完全に成立する。異常があったらすぐに言ってくれ、患者本人の感覚は貴重な情報だ。

 

そうして検診が始まった。俺にはどれが何の意味があるのかさっぱり分からなかったが、黙って言う通りにした。

俺が唯一分かったのはこの方は医師の中で最も博識な人の1人だと言う事だ。

 

聴診器をつけて俺の胸部に当てたり。とにかく色々な事した。たかが数分だったのに、俺はただ言う通りにしたのに何故だか疲れた。命の調子を見るのは心身が疲れる、それも調子を決定づける医師なら尚更。にも関わらず彼女は静かに淡々としていた。疲れも感じさせず。

これが彼女の患者を安心させる方法。確かにそう確信した。現に俺がこの人なら大丈夫そうだと感じたのがその証明だ。

 

 

 

 

「検診は終わった。後に状態をまとめた資料を渡す。足以外には大した問題はない……約束通り自由に動く事を許可する。…これを貸そう」

 

検診が終わった後彼女はそう言い、扉の裏に隠れていた何かをこの部屋に持ってきた。

何かとは車椅子だ。彼女は車椅子をベッドの前に置いた。俺は彼女のサポートもありながら何とか車椅子に乗ることができた。

…つまり、これで動けれる。会いに行ける。

 

「…ここまでしてくださり、ありがとうございます」

 

彼女にとっては必要点を上回っていただけ。そうだろう。だが俺にとってはとてつもなくありがたい話だ、ささやかな施しに感謝している。

 

「その…名前教えてくれますか」

「ケルシーだ。これからも君が怪我を重ねるならこの名前を聞く事は避けられない事になるだろう。カルテの右下に書かれた文字を含むならその倍以上は聞くはずだ」

 

これから?俺には彼女が何を言っているのかが理解できなかった。

今思うとこの船には医療体制が整い過ぎている。単なる動く医療機関だとしたら。何で俺達が運んで…

何も分からなかった。ケルシーは前にヘドリーが知っていると言っていた。また会ったらアイツに聞こう。

 

「車椅子は自分で動かせるか」

「はい」

「また何かあったら随時伝える」

 

 

扉の開く音がした。それは俺とケルシー先生が共に部屋に出た時の音だった。

 

ケルシー先生はScarがいる病室の方を指差しして教えてくれた。そして俺と彼女は別々の方向へ向かう。

 

 

 

 

 

 

廊下を歩いているとたまに人が通り過ぎていく、黒い服装に目元を隠している者達が度々俺の前を通っていく。あれらはこの船での制服の様な物だろうか。それにやはり角がついた悪魔が多かった。…船に居るのは間違いないがここはカズデルでもあるのだろう。

そしてScarのいる病室を開けた。

 

 

未だ目覚めていない彼女がベッドの上にいた。

ケルシー先生曰く、俺の方が酷かったらしい。だから今の彼女に後遺症の心配はないそうだ、あるのは俺の方。彼女はただ寝ていて体を休めているだけで、ただ俺の方が目覚めるのが早かっただけ。

 

試しに口元に耳を傾けると正常な呼吸の音が聞こえる。腕に指を当てると脈拍もある。…状態は万全。腕に包帯が巻いてある以外はいつもと変わりない。服は少し違って今の俺と同じ物が、患者に着させる服だろう。俺も明日にはいつもの服を着るつもりだ、服は俺の部屋にあるそうで看護師の人が雑談の最中に教えてくれた。

 

俺はただ相棒の左手を両手でしっかり握って、彼女が目覚めるのを待った。今日中に起きてくれると安心できるのだけどな。

 

 

 

「W?もう治ったのか」

 

扉が開く音と共に、背後から聞き馴染みのある声がした。

 

「ヘドリー…アンタには聞きたいことが山ほどあるんだ」

「…言える範囲でなら全て話す」

「そういやイネスはどこだ一緒じゃないのか?」

「アイツはお前の病室に行った」

「それは………タイミングが悪かったな」

 

「ああ、でもどうせここに来る」

「どうして?」

「——お前が自分の病室に居ないなら、絶対にこの病室にいるからな」

 

そうか?…そうだな。確かに俺なら絶対にそうする。

 

 

 

 

それから俺はヘドリーからあの依頼から今に至るまでの事を教えてもらった。

 

まず俺達を攻めたのは誰なのか。それが今最も重要だ、並の戦士ではなかった。よく知らない呪術や剣技、自分諸共敵を消し飛ばそうとした戦いへの向き合い方。あれは一体どこからやってきた?…アイツらはカズデル軍事委員会が手配した者達だ。そして何故俺たちを襲ったのかそれはこの船が何なのかにも繋がる、明確な因果がある。

バベル、この船の上で活動する組織の名だ、俺も何処かで聞いた事がある気がする。バベルはこの船で、ある計画しているらしく、それにはあの”テレジア殿下”が主となって動いている様だ。殿下、かの英雄の1人であり荒野に棲みつく悪魔で知らない者はいない。彼女は将軍であり彼女の兄でもあるテレシスと仲違いの末情報がまるっきり消えたと思っていたが、彼女はこの船を彼との戦いの重要なファクターにするつもりだった様だ。

だからこそ対立しているテレシスはこの船の輸送を咎めようとしていた。それであの襲撃が起こったと考えられる。

 

バベルの計画。殿下が将軍と対立するきっかけとなった彼女の主義とは、バベルの方針とは。種族、国家、身分の垣根を越えて飢えや疾病を解決する。そんな夢物語を実現させる事。

だからそれを実現不可能な者だと言うテレシス、それを実現させるテレジア。そしてバベルにはさまざまな種族が居る。軍事委員会にはサルカズしか居ない。両者、主義も立場もまるっきり違うが同じく誰かを救いたいのだ。

 

……ああ、思い出した。十数年前、サルカズ傭兵が生活の不満の矛先をバベルにぶつけようとした。他種族もいるそこは槍玉を挙げるのには最適だった、その後バベルはカズデル立ち去ったんだ。…あの時の俺は正式な傭兵でもなかったから、情勢の事は良く知らなかったんだ。いや、忘れてなかった事に感謝しておこう。

真意は分からないが、そうして今彼らはこの荒野へ戻ってきた。

 

 

…これで大体は分かった。

 

「それでこれからヘドリーはどうするんだ。ないとは思うけど傭兵を辞めてバベルに属するのか?」

「取り敢えず今の時点ではそれはない、俺達は傭兵だ。それにバベルに完全に属するのは俺の理念には反する。しかしバベルとは良い関係でありたいとは思っている」

「まあ、この船は素晴らしい場所なのは違いない。依頼人と傭兵の関係で続けるのか」

「暫くはそうしておく、状況が変わり次第。この船を降りる事もいつかは来る。正直、俺もバベルとどう関わっていくべきか決めかねている。彼らがこの先重要な立場になるのは目に見えているからこそだ」

「分かった」

「……車椅子で依頼や任務はできないか。回復するまではお前は安静で良い」

「はは…今日はもうその言葉、言われ飽きたな」

 

ヘドリーは色々と教えてくれた。これも全ての情報ではないだろうが伝えてくれた事にはありがとうだ。

そもそもどうやっていつからヘドリーはバベルと関わりを持ったのか、偶然かはたまた必然か。その最初の部分は何も聞いていない。バベルと協力した目的も聞いていない、依頼なら何でも受ける奴ではない。相応の報酬、理由がある筈だ。

……だが俺は知らない方が良いだろう。無知である事は、自由意志においては武器なのだから。

 

 

「じゃあ俺は出て行く、お前らの無事が確認できたからな」

「イネスを待たなくて良いのか」

「大丈夫だ」

 

ヘドリーは満足した様で廊下へと出ていった。

 

お前は直接見なくて良かったのか

Wの調子は大体分かったから……あいつの事はどうでも良いわ。ッチ、どうせなら死んだ方が清々したのに

お前らはいつもそうやって……この船には迷惑をかけるなよ

あんな悪魔と一緒にしないでくれる。それと、私に命令しないで

 

廊下から声が少し聞こえた。イネスはずっと扉の前で待っていたのだろう、空気の読める奴だ。

度々仲間に刃を向けるのはどうかと思うけど…それはあいつにも言える事か。

 

そんな事を思いながらもずっとあいつの手を握っていた。………!

今一瞬、こいつの指先がピクリと動いた気がした。

 

「おい!起きたのか!?」

「……W?…何で、てかここ——」

 

俺がいつもの声が聞こえた事が、いつも以上に安心した。

本当に良かった。ケルシー先生を信用していない訳ではないが、実際に回復を確認するのとは事情が異なる。

もし彼女に後遺症が残っていたらと思うとゾッとする、本当に生きててくれてありがとう。

 

「…船だ。俺達を助けた者はバベルだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

金属の上を歩く音は聞き慣れない。衝撃が廊下全体へと繋がってるように、反射する自分の音が対面する。

車輪のおかげで音もなくただ静かに前へと進む。ホイール全体が自分の足である事はそろそろ慣れてきた頃だった。

 

「……バベル、ねえ」

 

誰もおらず、誰にも聞こえず。彼女の独り言が廊下に小さな雑音として響く。

 

「あんたはバベルの関係者と会ったりした事あるの?」

「ない、この船でさっき2名とあったぐらい。それ以前に会った記憶はない」

「ヘドリーはバベル関係者なの?」

「それは違うと思うな、あってもバベルの関係者と知り合いなだけだろう」

 

「…おい、いきなり止まるな。お前が動かしてくれないと進まねえんだよ」

「はいはい、ごめんなさいね。ちょっと色々と考え事してたのよ」

 

 

ただ行くあてもなく廊下を進んで、この船を探検していた。大きな部屋から会話が漏れていたり、たまにどこかで爆発音が鳴っていたが気にも留めなかった。それはここでは良くある風景なのだから。…いや流石に、爆発音は気になったが。

取り敢えず場所もよく分からないので放浪した、行きたい場所があってもどこか分からず、何が有るのかすらさっぱり分からない為。

 

すれ違う人は気軽に挨拶をしてきて俺達も返した。こんな善意で満ち溢れた挨拶、稀だった。それも他種族もが。俺達サルカズは悪魔だと偏見を受けていたが彼らは違う、殿下の方針について行く者は皆そうなのだろうか。…勿論全員が全員ご機嫌にしてくれてはないが、悪魔を悪魔として蔑む目は見られなかった。

 

バベルが存在する理由の断片を知ることができた。この光景を普遍化させるのが殿下の夢物語の序章なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発音がする方へ俺達は向かった。近づいていけば誰かの声がそこから聞こえてくる。怒鳴っている?

取り敢えず声を荒げているのは事実だ。

 

「気になったから来たけど…やっぱり、そんな奴と関わらない方が良いんじゃないの」

「そいつもお前には言われたくないだろうな」

 

 

「ちょっと!何でまた壊れちゃうの!!」

「だ、大丈夫よ、あなたならきっといつか出来るわ」

「いつかじゃダメだよ!ああもう!もうここを直すのは諦めて、ゼロから作り直そうよ!」

「ええ…でも予算が…」

「ええ、足りないの!?ならもうちょっと頑張るけど…」

 

黒髪のブラッドブルードが前屈みになって壊れた扉と向き合っている。

そしてその奥には、恐らくテレジア殿下だ。…恐らくじゃない、あの声は確実に彼女の物だった。

 

「テレジア…殿下……ですか?」

「あら、無事だったのね。その……何と呼べば良いかしら」

「Scarです。本名はないので、呼び名はそれだけです」

 

「そう…分かったわ。Scar、あなたが無事で良かったわ。勿論そちらの、えっと……W…さんもね」

「知ってるんですか」

「勿論、2人とも知ってるわ。それと彼女はこの船自慢の天才エンジニアのクロージャ」

「そうそう、私はバベルの天才エンジニア。そう!だからこのドアが直らないのは許せないんだよ!ねえ、ちょっと工具箱取りに行っても良いよね」

「頑張ってクロージャ、期待してるわ」

 

そう言ってクロージャはすごい速さで走り出した。……誰かに怒られないんだろうか。

 

「ケルシーから聞いたわ、2人とも重症だったけど一命を取り留めたって。後遺症もあまりないそうよ」

「ケルシーって、この船の医師の人?」

「そう。彼女は本当に凄いのよ」

「私よりも強いかしら」

「それは………仲間同士で争うのは良くないわ」

「………」

「図星か?お前は人の事言えないしな」

「喧嘩くらいなら、仲が良くてもする物。むしろ喧嘩するほど……なんて言葉もあるのよ」

 

こいつとイネスは喧嘩の枠組みに収まるような物ではないとは思うが。…俺はとやかくは言わなかった。

 

「その殿下……」

「どうしたの?」

「……あ、いや、何でもないです……」

「そう?なら私はクロージャを探しに行くわ。あの様子だと彼女が誰かに怒られるのは目に見えてるから」

 

そう言って殿下はクロージャが向かった方へ着いて行った。やっぱり、廊下を走るのは良くないそうだ。

 

殿下。聞いてた話とは全然違っていた。随分前、サルカズに囲まれていたその時の表情とも違っていた。

まるで無邪気な少女の様な、言葉遣いは丁寧で柔らかかったがそれ以外はあの英雄である事を感じさせなかった。

 

 

 

「そういや、お前は殿下になんて言おうとしたんだ」

「別に……何でもないわよ。でも、あの人の前に居たらちょっと調子が狂っただけ」

「気圧されたか」

「まさか、それは絶対にないわ。偶々そんな気分だったのよ。あんたも私が気分屋だって事は知ってるでしょ」

「………そうだな」

 

 

Scarはずっと殿下の方を見続けていた、確かにそれはいつものあいつとは違っていた。

さっきは冗談を言ったが、彼女が気圧されるなんて事はない。

 

テレジア殿下、結局どんな人なのか俺には全くだ。

 

 

それにバベル。ケルシー先生に殿下、ブラッドブルードなど普通では見ない者たちがここでは繁茂している。

 

ここに来たのは間違いだっただろうか。

…後悔しても遅い、もう既に俺達はこの塔の階段を登ってしまったのだ。

 

このままではいずれ頂点へと辿り着く。

 

そこの景色は青の空か、赤の海か。そんなもの俺達には知る由もない。

 

 

 

ただ一つ言えるのは馴染んだ、灰の大地ではないと言う事だけ。

 

 

 

 

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