荒野に抗う   作:ひトリび

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鉄地-Daily life on the Rhodes Island

 

ロドス・アイランド号、この船で物品を買う主な方法は一つしかない。それはこの船の購買へと行く事、それだけだ。

だがそれには問題点があり過ぎる。まず値段設定が人を舐めているとしか思えない程高価だ、最初はこれもバベルから得る依頼報酬があってこそだと思っていたが、そうではなくそれを考慮しても値段がイカれてる。そもそも買わせる気なんてあるのだろうか、そう思ってしまうぐらいだ。

もう一つにそこにはグレー…というかほぼ違法な物が売っている事もある。よく分からない乗り物の部品だったり、ハッキングの習得本だったりと。どこで手に入れたのか分からない物ばかり、ケルシー先生や殿下に叱られたりは無いんだろうか。……いや、殿下は気に入る姿の方が想像できるか。

 

ここにはそんな多数の問題点があるが、商品が違法なんて物はこの荒野においてはどうだって良い事、この地では正確な法は存在しない。法には法自体とそれを執行する者が必要である、だが少なくとも後者は正式には存在せず前者も曖昧、ただ相手が不義理を働いたら報いを与える。そうしてこの荒野のルールは成り立っている。

だからまあ、…カズデルならばその問題点ぐらいは目を瞑ってやろうって事だ。珍しく滅多に見れない、知れない商品を買う事が出来るのはここだけの特権であり、俺がここを利用する最大の利点だ。次にオーナーが面白いこと。

 

 

廊下を歩き、そんな事を思いながらやっとの思いで購買へと辿り着いた。Scoutに教えられて初めてここに来た時はこんなとこに購買があるのかと驚いた。やはりこの船はあまりにも大きい、地図やら何やらが欲しいがその地図が何処にあるかすらもわからない。この船での問題点はその規模感だろう。

 

購買へと続く扉の前にある看板にはお買い得、カズデル最高の販売店、なんて書いてある。残念な事に、全部が出鱈目で嘘っぱちの常套句。

気味の悪い言葉がこのまま許されているのが癪だったため、看板に一発弾丸を撃ち込んでやった。そして自動で開く扉を通り俺は購買へと辿り着いた。

 

「あ!ねえ!今のWでしょ、備品壊したら弁償だよ!弁償!」

 

こんな早朝なのにクソうるさい声を発するこいつはクロージャ、黒髪のブラッドブルードで自称カズデルのネットワーク管理者兼ロドス号の天才エンジニア。どちらも的確に彼女を表しているが肯定したくはない。もしクロージャに代名詞を付け足すのならば…詐欺師と騒音発生装置を含むべきだろう。寧ろ、この船ではそんな認識の方が広まっている。

 

「…悪い悪い、元から穴が空いていたから、今頃やっても変わらねえとばかり。でも一番の悪人は最初の弾痕を作った奴だろ」

「はあ…そうそう、その極悪人はキミの相棒、Scarだよ。…教育係じゃなかったの?」

「違う、戦いを少し教えたくらいでそれ以外はアイツ自身に任せてる。それに俺ですらもう手に負えない奴だ、Scarは」

「え〜、あの態度はどうかと思うけど〜。…まあ良いや、今日は何を買うの?情報でも何でも、買ってくれるならどれだって売るよ!」

 

この部屋にはある機械が存在する。それはお金を入れて適切なボタンを押せば自動的に商品が出てくる、そんな機械だ。俺はこれの名前を知らないがとにかく便利だそうだ、中には完全糖原だったり名称不明の薬品が売られている。どちらも生半可な覚悟で口にして良い物ではないだろう。

今日の俺はそれらを買いに来たわけではない、いや買うのはついでにしてある。主な目的は自立型立方装置だ、有り体に言えばロボットだ。彼女が俺に試行する様に頼んできたからだ、何故俺にしたかは見当がつく。端的に言えば、俺なら安心して頼められるからだ。他の奴らだと撤去されたり破壊されたり弄られるため。

 

「いや、前言ってたロボットを受け取りに来た」

「あーあの子ね、良いけど絶対にバレない様にしてね。起動するなら自分の部屋とか…取り敢えず他人に見られないように!」

「Scoutは良いか」

「全然、元は彼にお願いするつもりだったからね。まあ、それ以上に都合の良いWが来たからそうではなくなったけど」

 

そう言い、クロージャはカーテンで隠された奥の部屋から1m程の機械を取り出した。これが……名前はDelta-10etだったかな。性別設定は一応女性のらしく無口な性格、これは喋らせる機能を付けるのを後にしたクロージャの怠惰による物だろう。機能としてはロドス号の案内役だそうだ。俺がまだここの構造を完全に理解していないし、これからも乗船する物が増えれば必要になるかもという彼女の考え。初の船上ロボットとしては中々それらしい性能ではないだろうか。

ロボットの装甲を少し小突いて強度を確かめて見れば、甲高い良い音がなった。このロボットはもしかしたら戦闘にも使える可能性が…今はまだ動いて喋らせるだけだが武器を持たせて戦わせる事も後になれば可能になるのだろうか。俺は少しこのロボットの可能性に期待している、未来の事を考えると気分が高揚した。…ふう、一旦落ち着こう。一応それ以外の目的も無くは無いんだ。

…俺はロボットの起動は後に回して、他の商品を漁った。ええと、この服……アイツが欲しがるかもな、買っておこう。それとこの糖原と弾丸も買っておこう。どれも有って損はない筈だ、実を言うとこういうのはツァドクの店に行って買った方が良いんだが…何にせよここからだと遠い、買い物だけの為にそこまで行くのは気が引ける。どうせいつか行けば良いんだ、今も未来も変わらずアイツはずっとあそこに居るだろうし。

 

 

「ねえ、そういやWのアーツでお金って作れないの?」

 

俺が色々と見ている間にクロージャから質問がやってきた。

アーツで金か…可能では無いが…。

 

「無理だ。出来たとしてもそれはお前が思っている方法じゃない。そもそも俺のアーツは見た目を変えるだけで、触れば相手は違和感を持ち、気付かれる」

「どうしてもやりたいのなら、お金と同じ材質、大きさ、その他諸々を見た目以外同じにしないと行けない。でもそれが手に入れられるのなら、違法な技術者がただ粗雑に加工して偽装するだけで良い。結局俺のアーツで偽装した金銭なんてそんな物だ、偽装金の価値の薄っぺらさはすぐに露呈する。まあ加工する手間が省けるのは長所だが」

「残念、期待して損した〜」

 

当たり前の様にニセモノを作ろうとしている時点で相当の悪徳商人だ。さっきの一言でクロージャの人となりがすぐに理解できる。何日間も徹夜している筈なのに、そうやってクロージャは疲れを一切感じさせない。

彼女の凄いところは、どんな物でも直す事でも、ネットワークの基盤を支配している事でもなく、長時間この船のために働き続ける強靭な根気だろう。俺はそう確信している。俺がクロージャの事を舐めているのは事実だが、何気にちょっとして尊敬の念も抱いている。自分で壊した物を自分で直して愚痴を言っているのは、理解し難いが。

 

…アーツか。今思い返してみると自分のアーツがどんな特性を持っているのか、自分自身でも良く分かってはいない。正直、自分にアーツのセンスはあまり無いと思う、医療系アーツは勿論。初歩的なアーツも使えない、多少の火を出す事は出来るがマッチを使った方が火力的にも感染状況的にも断然良い。

そもそも見た目を変えるだけのアーツで、ここまで上手く使っている事を褒めて欲しいくらいだ。触ればバレるし、見た目を変えるだけで直接的な干渉はない。勿論自分のアーツを卑下しているわけでもなく、ただ他のアーツと比べればそうなるという真っ当な評価。爆弾を起爆出来るわけでも、影に干渉する事も、大地を泥に変化させる事も出来ない。往々にして、才は死ぬまでずっと付き纏う物だ。最初から努力で何とかなる物の限度は決まっているのだ。でもそんな俺でも、このアーツは使えるのは事実としてある。ならばこれを応用するしかその分野での道はない。

 

 

「…もしかして試したいの?…もしそうなら、ここで実験してみる?」

「…本当にここでやっても大丈夫か」

「全然良いよ。私もお金を作れる可能性があるのなら、乗らないわけにはいかないからね。」

「なら、乗った」

「良いね、その嗅覚は商人への第一歩だよ」

 

俺は別に商人になるつもりはないんだが…。まあでも、自分の力を理解するのは大切だ。

絶体絶命の時、真に生死を別つのは研ぎ澄まされた技、強靭で静寂な心と一縷の賭けであり、それらを形成するのはポテンシャルの認識と戦闘経験だからな。自分の全てを出し切れずに散っていった天才もこの荒野では珍しくも何ともない。

 

 

 

俺とクロージャは俺のアーツの実験を始めた。本来は訓練室でやる様な物なのだろうが、今は誰かが使っている為ここで行った。……嘘だ、一々移動するのが面倒だったから、ここで実験した。幸い、爆発だったりはなっていない。まあ、俺としては爆発が起こった方が嬉しかったのだけれど。クロージャとしてはお金を独り占めしたいから、ここで行ったに違いない。

あと、アーツを使うと感染速度が加速するのでなるべく小規模で行った、コインを作り出そうとしたり、爆弾をじゃがいもの見た目にしたりだ。そうしないとケルシー先生の定期検診で無理に使用した事が露見する。

 

そうして、クロージャとの実験で分かったことがある。先ず知っての通り、俺のアーツは物理的な干渉は不可能だということ。結局どこまでいっても見た目を変えるだけの能力であった。クロージャのアドバイス通りに強く性質をイメージしても、簡単で実現しやすい現象を作ろうとしても何も変わらなかった。

 

そして効果範囲だ、これは少なくとも10mは届くこの部屋の端から端まで届いたからこれは絶対だ。だが一つ懸念点が、それは幻影を出現させる場所は明確に記憶しておかないと発動しない事。例えば、この部屋にあるカーテンの向こう側に発動させることは無理だ。自分が見た事ない場所で明確にイメージ出来ないところには出来ない。だが目の前に小さな紙を置いてその向こう側に幻影を下ろすのは可能だ、その向こう側が見た事があるのならたった今認識しているかどうかは関係ないらしい。

大切なのは”正確なイメージ”だ。

そう言えば、今自分の部屋にアーツを使っても効力は有るのだろうか……確かに明確にイメージ出来るし今の見解では適応範囲内の場所だ。試しに使ってみようか、後で確認するのが面倒くさいし距離が遠くなったりすると体力を多く消費するから遠慮しておこう。

 

次に持続時間だ。結論、これは解除するまで無限だ。まあこれは知っていたから何の驚きもない。ずっと変装をしていても多少の痛みで済んだのはこのおかげと、効果対象との距離と源石病の感染進行は比例するという理論からだ。…まあでもここまで言った全てが正しいとは思ってはない、全て俺とクロージャの予測の見解に過ぎない。だが大体は合っているのでは無いだろうか、俺の記憶からしてこの理論の例外的な経験はない。

……こうして俺たちの事件は何も起こる事なく終わった。

 

「いや〜、やっぱりお金は作れなさそうだね。でも、結構面白かったし何でも良いや」

「……そろそろ、アイツが帰ってくるから戻る」

君達って本当に……。…ああ、そう言えば何だけど、もっとアーツについて知りたいのなら司書室に行けば良いと思うよ。あそこにはアーツの資料があったりするからね、もし文字が読めないのなら色んな文字の辞書もそこにはあるから大丈夫!」

「そうか……で、場所はどこなんだ」

「それは、その子に聞けば良いんじゃない?その為の彼女だよ」

 

クロージャは俺の隣にいるロボットを指差した。…いつの間に居たんだろうか、起動した覚えはないが。このロボットにはサイレントモードがついたりしてるんだろうか。…この子の名前は…長いな、呼び名はDeltaで良いか。

俺はDeltaにアーツを使った。

 

クロージャに挨拶をし、俺とDeltaは購買を出た。

自動ドアの音も、もう聞き慣れた物になってしまった。時折カズデルの一般的な建物の前でじっと立ったままになってしまう事もある、こんな特別な事はバベルの船でしかあり得ないのに関わらずだ。俺はすっかりこの船の一員になってしまった様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二つの刃の間で金属音が鳴る。音はその部屋の全てで反響し両者の耳を劈く。交差する刃を通して互いに相手の目を捉える。

女は鍔迫り合いをしている反対側の手でナイフを持ち、男の腹部へと狙う。それに反応して、男も女のナイフを持つ手の手首を抑える。すかさず女は相手の腹部を蹴り抵抗する。男は衝撃を受け流し転がりながらも受け身を取る。

両者の距離は離れ状況は均衡へと戻る。

 

「今のでクリーンヒット………な訳無いわよね」

「当たり前だ。お前は今まで俺のそばで何を見てきた」

 

Wが言葉と手振りで相手を挑発する。まるで自分が常に優位だと示すかの様に。

Scarは青筋を浮かべ、爆弾をそこらに撒き散らしながら距離を詰める。俺は動かずに周りに撒かれた爆弾を弾丸で撃つ。すればそれらは閃光と爆発を引き起こす。そんな事に俺もアイツも動じない、一歩思考を止めれば首を取られる事を知っているからだ。

距離を詰めようとするアイツ。…俺の方が銃の精度は良い。俺は適度な距離を保とうと後ろにステップしながら逃げる。一発、二発、アイツの足に撃つ、わざと遅れて三発目を撃つ。アイツは初弾次弾を華麗に交わしながら向かってくるも、遅れた弾道に足に受ける。……ッチ、流石に怯まねえか。それでもアイツは烈々たる眼光を止める事なく、そのまま距離を詰めながら銃を雑に放つ。雑に放った銃が当たる訳もなく、だとしてもこのままじゃジリ貧だ。時間が経てば戦場の爆弾が増え、不利になるのは俺だ。

そう考えた俺はアイツとの近接勝負を挑む事を決めた。

俺は納刀し、銃をホルスター挿し、ダガーをいつでも取り出せる様にする。強く地面を蹴りアイツの方へ超速で向かう。…その様子を見たアイツはうっすらと笑っていた、狂気を孕んだ微笑みを浮かべた。

 

瞬く間に互いは近づき、近接戦闘へと変わった。相手の蹴りに対して左腕で防ぐ男、受け流した反発のまま顎に向かって右拳を突き出す。呼応し、体を捻った女への攻撃はかすり傷となった。

傷をもろともせず女は右手でダガーを取り出し、相手の目を狙いそれを投げた。目を壊すに十分な速度保ったまま正確な軌道を描き、ダガーは丁度男の目を刺した。女は勝利を確信した。だが、ダガーは目を刺した後にそのまま目を、頭蓋をすり抜けた。

 

「——!?」

 

戦闘での混乱、それ即ち敗北と同義である。

女は打撃を鳩尾に受け、衝撃を堪えることなく倒れた。

 

「勝負ありだな…まあ、結構ヒヤッとした」

「ッ……今のは…アーツね……」

 

冷や汗をかいたと口では言っておきながらその本人は溶融綽々そうに。その様子に反して、女は倒れながら喘いでいる。実力差は多少なりともあるらしい。いくら天才でも磨かれた戦闘経験に一矢報いる事は難しい。この荒野に生きる強者に老獪が多いのはそういう事だろう。

 

 

 

 

 

中々やられた、もし少しでもタイミングが違えば俺は本当に刺されていたかもしれない。

こいつ、本物の刃物を俺の眼球に投げつけていた。俺をマジに殺すつもりだったのか。…出来ればそうではなく、どうせ致命傷は避けるだろうという俺への信頼から来るものであって欲しい。唯一の相棒に殺されるのは気分が悪い、もしこいつに裏切られたら今の俺は一生立ち直れないだろう。

先刻の戦闘で再確認したが。やはり、こいつの戦闘センスは随一だ。ダガーを投げるタイミングと速度。それ以外にも爆弾をばら撒いて自分の得意にする為に動いていた。俺があの時下手に動けば爆弾を起爆させられ、そして倒れていたのは俺だった。近接に瞬時に変わった時もすぐに反応していた。自分のダガーで俺の刀を受けながら銃やナイフに手を掛けようともしていた、それは俺好みの戦い方だ。狡猾さ、使える全てを使おうとする心意気。傭兵として戦場へ赴くのなら生きて勝つ為に戦うのだろう。その執着の為だけに振る技術は意地汚くてしぶとくて……絶対的な強さだ。

 

「俺から、技術を真似たのは驚いた。だが、運が悪かったな相手も自分と同じ類いの人間だ」

「…はあ………あんたのアーツ、相手にすると結構面倒くさいわね」

 

この部屋の壁にもたれながらScarはそう言う、立ち上がれなさそうだが少しやり過ぎただろうか…まあアイツも傭兵だから良いだろう。俺は今、訓練室に投げられた爆弾や弾薬を拾っている。このままにしても明日には元通りになって入るが、この船の方に怒られてしまう。それにあの人達の手を煩わせるのは申し訳ないからな。

そういや、こいつが俺のアーツと対面するのは初めてか。これまでの模擬戦では使った事がなかった、使う必要がなかった。

Scarは俺のアーツを便利な物だと思っている様だ、実際便利ではある。正体を隠したり、秘密のロボットの見た目を変えたり、戦闘中に小細工を弄したり、使い方は多岐に渡る。だが、単に便利なだけだ。こいつの遠隔で起爆できるアーツの方が戦闘では役に立つ、それを持っていたとしたら戦闘においては今の俺をゆうに超えているに違いない。策を弄して戦闘に勝つ事よりも、強大なエネルギーで戦闘に勝つ方が遥かに簡単だ。それは誰もが知っている。

 

「片付けは終わった。そろそろこの部屋を出るぞ」

「はいはい。…じゃあ、今回の訓練はどうだった?」

「厳しめに評価しても上出来だ。もう少しすれば、俺に勝てるかもな」

「……正直、勝てる気がしないわ。あんたはいつも私には才能があるって言うし、私もそれは間違ってないと思うけど。あんたに勝つビジョンが見えないの、だって私の技の殆どはWの技だから。それ以外は傭兵の剣じゃなく盗人の剣」

「そうか、お前に殺されなくて済むなら安心だ。……それに俺と真に戦う事は無いだろうから別に問題はない筈だろ」

「……そういうことじゃ無いのよ」

 

何が問題なんだろうか。確かに模擬戦の相手にずっと勝てないのは悔しかったり、強くなっている気はしないからそれが気になるのは分かるが。実際には、自分の価値を上げてそこそこ有名な奴も一矢報えるようになっている。俺には勝てない様な奴もこいつは殺しことがある。…弟子が師匠を真似て師匠を超えることなんて不可能だ、元から勝つなんて目指さなくても。だから今のままで何も問題はない。

アイツの刃の切れ味は俺が一番知っている。未熟じゃないのは彼女自身も知っているはずだ。

 

疲れ切ったScarは俺に支えられながら、廊下を通り自分の部屋へと向かう。

道中はらしくない弱音を吐いてばかりだった。船に来て何か変わったのか。……原因はテレジア殿下しかないだろう。

その変化が良い方向に向かっている事を願うばかりだ。ああ、殿下は舟にいる者を大切にしているから悪い様にしないのは分かりきっているが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Scarと共に廊下を歩いていると殿下がケルシー先生、コータスの少女と話している所を見かけた。

別に要は無いため無視して自分たちの部屋へ戻ろうとした。するとScarが俺の脇腹を軽く叩いた。

 

「ちょっと。私のバッグにカメラあるから、殿下の表情が良い感じになったら撮って。早く!」

「…何で俺が……まあ良いけど、撮れば良いんだな」

「そうそう。本気で、集中して撮りなさいよ」

 

そうやって数分間程待ち、そろそろ諦めろと言おうとしたのと同時に。

テレジア殿下は優しく微笑んだ。……今か。

 

カシャ

 

カメラのシャッター音が鳴った。

 

殿下だけがこちらに気がついたが、何も取って食うような事はなく。ただ背中に手を回して此方に手を小さく振っていた。

……その瞬間の方が美しく笑っていた様な気もするが。俺達二人はケルシー先生に見つからないようにいち早くその場から逃走していた所為で、その瞬間に気付きカメラのシャッターを押すことは出来なかった。

 

 

…Scarのカメラには微笑んだ殿下が写っていた。

ファイルナンバーは3番だったかな。アイツが目指すのはナンバーが3桁目を超える事らしい。

 

道のりはまだまだ先な様だ。

 

 

 

 





基礎情報
【コードネーム】W
【性別】男
【戦闘経験】二十五年
【出身地】カズデル
【誕生日】3月1日(自称)
【種族】サルカズ
【身長】182cm
【鉱石病感染状況】
メディカルチェックの結果、感染者に認定。
能力測定
【物理強度:Physical Strength】標準
【戦場機動:Mobility】優秀
【生理的耐性:Physical Resilience】卓越
【戦術立案:Tactical Acumen】標準
【戦闘技術:Combat Skill】優秀
【アーツ適正:Originium Arts Assimilation】卓越
個人履歴
カズデル郊内、Wを名乗る前の経歴は不明。ヘドリー、イネス達と出会い彼らの隊に所属する。その時にコードネームを得てからは傭兵としての価値を徐々に上げていく。部隊の中ではScarと共に行動する事が多くあった。本艦輸送部隊を護衛する部隊の内の一人であり、負傷し気絶していた所をバベルに拾われ後に治療を受ける。それを境にバベルと協力関係を結ぶようになる。
健康診断
造影検査の結果、臓器の輪郭は不明瞭で異常陰影も認められる。循環器系源石顆粒検査の結果においても、同じく鉱石病の兆候が認められる。以上の結果から、鉱石病感染者と判定。
【源石融合率】16%
中枢神経系の半分程度を源石が覆っている。
【血液中源石密度】0.30u/L
長期間のカズデルでの活動に加えて天災特有の過活性化源石に触れた形跡が見られる、よってWの感染状況は芳しくないと言える。当の本人はそれに対してマイナスな感情を抱かないサルカズ傭兵らしい態度をとっている様であった。脳への源石感染は非常に稀有である為、短い間隔での状況観察の継続を施行する。
第一資料
Wとは人によっての認識が全く異なる人物である。ある人は彼を残虐で愉悦として殺しをする狂人、ある人は依頼や任務に対して真面目に取り組む模範的な傭兵、ある人は悠々自適で口煩く信頼に足り得る実力と結果を持つサルカズだと。彼の二面性、又はそれ以上の様相は彼を表すに相応しい言葉だろう。そして全てに共通する一点は、殺しを一切厭わない生きる事を最優先に考えるサルカズだと言う事。

Wさんですか?そうですね…彼は傭兵の人達の中では私達の言う事を聞いてくれる、接しやすい方です。他の…例えばヘドリーさんやイネスさんは診断や検査を適当に流したり、それへの興味が一切ないですが。Wさんは診断を受ける時も黙って協力的に動いてくれます、彼自身も自らの症状を良く知りたいからでしょうか。その動機が全力で戦う為という普通のそれとは全く違うのが変ですが、それでも自分の身を大切にする時と行動自体は何ら変わりないのですから、私達としてはやりやすい事この上ないです。やはり、カズデルに生きる人達は鉱石病への認識が甘すぎます、もう少し自分の身を大切にして欲しいです。いくらサルカズと源石の相性が良いとはいえ無害ではないのですから。
ああ、あと他の方達と違い能力測定の時も真面目に受けていました。自分に言われたことや、与えられた任務や依頼には真剣に挑み必ず遂行させるというのが彼らしいというべきでしょうか。
…ちょっとした彼の欠点として、ScarさんやScoutさんと居ると多少の悪ノリをする所がありますが、誰も別に対した迷惑になった事は……いえ、少なくとも私は迷惑を受けてないのですから問題はありません。
勿論、どれもこれも船に居る時は…ですよ。

———バベルロドス本艦の医療オペレーター



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