「…今だ」
ヘドリーの合図で俺が偵察部隊のど真ん中に手榴弾を投げる。空中で炸裂したそれは大量の破片をばら撒く。
その瞬間に俺が前に飛び出し、続いてその右斜め後ろにはイネスが着いてくる。
大きめの盾を持った奴が前に出てきやがった。見るからに厚くて重そうな盾で刀を用いた貫通は無理そうだ。どうしようか…そうやって今までの俺なら正面突破を諦め別の案にしたが、この瞬間は違う。俺には仲間がいる。
盾兵の頭の上を勢い良く跳び、俺は後ろのやつを狙う。
「行かせるか!」
盾兵は行かせまいと俺に向かって盾を構えながら突っ込んできた。後ろの方で三人ほどを相手取っているイネスがいる事を確認する。俺が急に方向転換するとそいつはそのままの速度を止める事が出来ず隙を晒してしまう。そいつの横がやっと見えた。
そいつに足払いを掛けると砂音を立てながら倒れる、そのまま背中を刀で貫いた。
奴の背中に刺さった刀を抜こうとすると他の奴らが俺に飛びかかってきた、しかし俺に辿り着く前に血を流し事切れた。
もっと多くの兵が居た筈だが、既にこの辺りには俺ら以外の気配はなかった。もしかしてビビって逃げたのか正当な判断だ、けどそんな奴は直ぐに死ぬな。偶には敵に立ち向かってみろ、運が良かったら急激な成長と至高の勝利を得られるぞ。
それと、イネスの動きが結構良かった、やはり戦闘の素質はある。しかし思ったよりかは、動きが堅いように感じた。面識の少ない誰かに合わせるのは苦手か、けれどその点は誰かを倣ったりすれば解決する筈。いくら苦手でも真似すればマシになる、誰だってそうじゃないか。赤子は最初に親の真似をする。
それでも頑なに倣わないのは、その必要が無いからなのか。
色々思う所はあるがイネスがいい動きをしたのは事実。
「ナイスだ、イネス」
「貴方私が来なかったらどうしてたの」
「大丈夫、お前は来ると思ってた。…だが意外にも遅かったな、愛しのヘドリー以外と合わせるのは苦手か」
「…ヘドリーの次は貴方の首を狙う事にするわ」
ヘドリーだけでなく俺の首も狙われてしまったらしい、俺としては煽ったつもりはないんだけどな。俺の首の事は冗談だと願っておこう。変装が効かないイネスから完全に逃げ切る事は面倒くさそうだ。
命の危機が少し迫った所で違う方向からヘドリーの足音が聞こえた。
其方の方向を見ると沢山の死体が倒れていた。ヘドリーは俺とイネスが向かった方向とは別の方向に向かっていた、別行動の実行作戦だった。
俺とイネスが精鋭を殺し、ヘドリーが他を殲滅する。……ッチ、微かに頭痛がする。
「やっと終わったか、ヘドリー。それで俺の手伝いはこれで全部か?」
「これで全部だ、礼をする」
…本当にこれで終わりなのか。本当に俺はこいつらと離れてしまうのか。
俺はあの時何かを感じた、敵を殺す快感でも戦いに勝つ事でもない何かを。
それに作戦を実行する前の雑談の様な無意味な時間も心地よかった。俺は道中に考えた、今までの奴らとこの二人の違いは何だと考えた。
そして俺は俺の中で結論付けた、それは二人は俺の正体を知っているという事。それが今までの誰にもなかった差異。
最初はそれは俺の命を蝕む危険因子だと考えていた。だから俺はこいつらを監視しようと誰かにこの事を伝えないかを確認するためという後ろ向きな理由で、手伝いという依頼を受けた。
結果こいつらは常に二人組で動いていた、道中知り合いと挨拶する様なこともあったが誰かに言うこともなかった。何となくだがこの二人は俺の特性を言うことはしないだろう、その為大した危険因子にはなり得ない。
ならば俺は安心して今まで通りに生きていいのか。否それは違う俺はヘドリー達と居るべきだ、ここからは後ろ向きは理由ではなく前向きな理由として。
俺が何故今まで隊に属してなかったのか、それは俺の生き方とアーツに合ってなかったからだ。俺はアーツで姿を変えれる、だから奇襲が誰にでもできる。つまり殆どの状況で戦いが有利に働く様になる。そして俺はそのまま相手を殺して依頼を完遂したり盗みをしていた。
でもこの二人はどうだ、こいつらには俺のアーツが意味を成さない。が逆にいえば今までの戦略を味方が居ながらも行う事ができ、人数の所為で今まで出来なかった事もできる様になる。これはこいつらとでしか成し得ない重要なことだ。
…つまりは自分を守る事と戦略の幅、どちらを取っても俺はヘドリー達に着いて行った方が良いという事か。
「…ヘドリー、お前と二人で話したいことがある」
「そうか分かった。イネス、悪いが…」
「どうすればいいかぐらい分かるわ。でも私、待つのも隠し事をされるのも嫌いだから」
イネスは警告をし、また何処かへ消え去った。
パチパチと音を立て少しの黒煙を吐くそれを間に、俺とヘドリーは向かい合っていた。
俺はヘドリーに連れられ此処にきた。イネスに何処に行くか伝えて無いことから、今はこの場所を拠点としていることが推測できる。
ヘドリー達はいつからこんな場所を見つけたんんだろうか。焚き火は自分達で焚いたのだろうが、椅子代わりとして使っている周りの立方体は元々ここにあったものだろう。よくこんな場所を見つけたな、俺の火薬臭い洞窟とは大違いで過ごしやすそうだ。
隣にあるテントはイネスが編んだのか?所々穴が空いてたりするが、それでもよく出来ている単純に尊敬しよう。
やっぱり此処は心地良さそうだ。
「単刀直入に言う。俺を連れて行け、ヘドリー」
「…何故だ」
「お前達は薄々気づいているんだろ俺のアーツを」
「…」
「だからって別に俺はお前達を口封じに暗殺しようとしてる訳じゃない。俺がお前達に着いて行きたい理由は仲間だ俺は仲間が欲しいんだ。アーツのおかげで仲間は作りにくいし、俺自身仲間を必要としなかった。だけど色々あって死にかけた時にもし俺がもう一人居れば楽だったかもとその時に思った。そこでヘドリー達がきて手伝いを頼まれ共闘した」
彼に何故俺がお前達と一緒に動きたいのかを懇切丁寧に伝えた。俺は仲間を欲している事、そしてヘドリー達はその適性があるという事。それの他にもヘドリーに個人的な興味があるのも理由に入るが、その事は彼には伝えなかった。
俺が彼に興味を持っているのは、若くて強いが2割で何となくが8割だからだ。曖昧な理由を相手に伝える奴は居ないだろ、つまりそういう事だ。
俺の弁を聞いたヘドリーは顎に手を当て熟考しているようだ。
2分程度の時間が経った後に彼は此方を向いた。
「色々と考えは決まった。つまりお前からすると俺達はお前のアーツを知っていて共に戦った事のある、渡りに船な存在という事だな」
「合ってる。それでどうなんだ」
「着いて行って良いのかどうか、か。…前提として俺達は、というより俺とイネスは殆どの刻を二人で過ごしている。その為悪いが大きな隊に入る事を望むなら、お前が求めている物は今の所ない」
彼の言い分的に彼は大きな隊に属しては無さそうだ。ヘドリーならどんな部隊にも必要とされる筈なのに勿体無い、それとも財産や名誉よりもイネスとの生活を大事にしてるのか?随分と仲が良い、イネスがサルカズのフリをしているのにもそう言った理由が?
「それは承知の上だ」
「そうか……はっきり言って俺達二人は余りにも人数が少な過ぎる。その為、得られる情報も多くはない。それに、これから先俺達の価値が上がっていけば戦争の規模は大きくなっていく、そうなれば手に負えなくなるだろう」
「イネスも俺も、短くない時間をここで過ごしている。何か状況が一変する事件がない限り恐らくこれからもこの荒野で生きるだろう。……やはり、俺達にはお前が必要だ」
「それなら…」
「だからのこそ、最後に質問をする。———お前がこのカズデルに求めるのは何だ?」
この荒野に求めるもの……勝利?いや、違う別に俺は元はただの人間だったはずだ。自分から喜んで戦争の結果を求めるなんてただの狂人だ、俺は狂人にならなくても良いならそれになるつもりはない。
ならば、安心だろうか。……それでだけ良いのか?カズデルに安心なんて現実的じゃない。今俺たちに、カズデルにある問題点とは何なんだ。ああ、分かってる。それは止まない戦争であり、無秩序な暮らしであり、灯らない魔王の冠だ。その所為でカズデルには襲撃者が訪れ、民衆は殺しをするしかなく、弱者は血に埋もれ狂人と老獪な悪魔は抗い続ける。
だとすれば、この荒野に求める物は——
「—————“絶対の魔王と変化”だ」
「……」
「………」
一抹の沈黙が流れる。ただずっと、篝火がパチパチと鳴る音だけが二人の耳を通る。
鈍色の雲が動く速度も普段より早く感じた。
「…そうか。……やはり、俺とお前は似ているな」
そう言い、ヘドリーは自らの手を出した。
俺も同じく手を出し、俺たちは力強く握手した。
「ヘドリー本当に今から俺はお前達の仲間なのか」
「そういう事だ、仲間としてよろしく頼む」
「なんというか実感がないな」
「大丈夫だ。それにこれからは仲間が次第に増えていくだろう」
「何で分かるんだ?」
「…俺の勘だ」
その答えに俺は思わず少し笑ってしまった、そら仕方ないだろう。
そんな言葉が堅苦しそうなこいつから出るとは思わなかった。
そうやって笑った俺だが、その行動とは裏腹に彼の勘は当たりそうな気がした。
荒野の上部は変わらず曇り空だったが、そこには微かに脆弱とも言える光が差し込んでいた。それでも、脆弱であっても、光であるのは確かだ。
その光に気づく者は少なかったが、彼らはわずかな希望と未来をその胸に抱いた。
俺の入隊が決まってから少し後に。
やっぱり入団したのね、と報酬を受け取り戻ってきたイネスにそう言われた。
彼女は俺が入団出来ると思ってたらしい、彼女は入団の条件を知ってたのか。
「イネスは何を望むんだ?このカズデルに」
そんな事をヘドリーに聞いた、イネス本人に聞かなかったのは彼女自身が答える訳ない為だ。横目にイネスを見ると、不機嫌そうに俺とヘドリーの方へ睨みをきかせていた。
彼女はこの話をされたくないのか、それでも気になる。仲間の事は知っていた方が良いだろう、俺としても背中を預ける者としても。
「……」
ヘドリーは答えるのを渋っている。自分だけの秘密にしたいのか、それともイネスと争うのが不毛だからか。
俺が急かせる様に頷いてみると、ヘドリーは目で訴えてきた。そうか分かった、この事はイネスがいない時にでも伝えるつもりだな。当人にバレないように、ヘドリーにサインを出すとヘドリーもそれに応答を返す。
入隊して1日も経たずに隠し事はもしかして非常識なのかも知れない。でも最初の実行犯はヘドリーだから俺はノーカンだ。
傭兵は味方を売るのも早い、報酬はイネスからのダル絡みがなくなる事。
ヘドリーにはこれからもイネスの相手をして欲しい、俺にはあのタイプは向いてない。次来たメンバーは俺が先輩面するから安心してまかして欲しい。
全員漏れなく傭兵らしい狂人にしてやろう。
「ああそれで、貴方コードネームは何なの?」
「コードネーム?すっかり忘れてた。今までのは適当に考えた名前だったから」
コードネームか考えた事なかったな。確かにこの荒地ではコードネームをつけることが暗黙の了解と化している。ようでなくとも、傭兵なら尚更つけた方が良いだろう。
「そう、じゃあ私がつけても良いかしら」
「勝手が過ぎるな」
「イネス。お前がコードネームをつけるのは良いが、呼び易くて使いやすい普通のコードネームにしてくれ」
「言われなくとも、分かってるわ。そうね……貴方は嘘吐きで二枚舌だから。“クズ”なんてどうかしら。ほら、短くて馴染み深くて言いやすいでしょ」
おい、ヘドリーの話聞いてなかったのかよ。
でも確かに、俺らしいと言えば…嘘つきで二枚舌………
「じゃあ“W”だ。俺のコードネームは今からWだ」
「そうか良い名前だ。これからも宜しく頼むW」
「……」
自分のが採用されなかったからって、無言は御法度だろ。俺達仲間だぞ、これから信頼を高めないといけないのに。
依頼主の事でイライラしてるのは分かる、しかし俺に当たるな。まさかこいつ、雇い主を殺してないだろうな不安になって来た。
前途多難とは正にこの事か、数年したらイネスには少しヘドリーを見習って大人しくなって欲しい物だ。
「それじゃあ、お前に俺達を教える。着いてこい」
「言われるまでも無いな。ヘドリー隊長」
これからの道のりは酷く険しい物になるだろう、弱者は淘汰され強者は生存する。つまり時間と共に命の危機は迫ってくる。
けれどもその大岩に轢き殺されるのは俺が無名の傭兵だった頃までだ。俺は孤高でない。
今までの名前は達は虚空へと消え、俺と幻傭が同一人物である事を他人が認識する事は不可能に近い。源石の力で真実は虚偽で塗りつぶされてしまった。
此処では死人の名前を継承するのが慣習とされてるが、俺は誰かの名前を貰うつもりは無い。
—————俺は荒野に佇む傭兵Wだ、そして荒野に抗い続ける者だ。それ以外の何者でもない。