妖精たちの集う館、または妖精好き吸血鬼の館。
パチェに協力を仰ぎ、ひと悶着ありながらも幻想郷に私の住む館ごと引っ越して以降、割りとすぐに紅魔館へつけられた別名だ。
これ自体は、幻想郷に引っ越す前も後も私の方針で妖精をメイドとして勧誘したり、来る者拒まずで受け入れ続けた結果のことだし、当然の摂理だと言える。
勿論、これによって起きた良いことも沢山あるけれど、妖精の数が増えてくればくるほど、彼女たちがイタズラだったりはしゃいだりすることでの面倒事も、比例して増えていくのは致し方ないだろう。
とはいえ、咲夜や
故にその一環として、魔法の森にそびえる生命の大樹を住みかとする光の四妖精の内、スターサファイアとテルースメノウの2人に雇われ妖精メイドの話を時間をかけて持ちかけ、相応の対価を提示した上で今現在、何とか了承してもらうことに成功している。
家事能力だけ見れば咲夜が2人増えたようなものであり、頼もしいことこの上ないのだ。
「咲夜、最近はどう? 一応聞くけど、前よりも気は楽になったかしら?」
「そうですね、大分楽になりました。家事能力だけで言えば私が3人に増えたも同然ですし、当然といえば当然ですけど」
「ふふっ。スターとメノウには、感謝してもしきれないわね」
「はい、間違いないでしょう。現状、2人は紅魔館にはなくてはならない存在になりましたので」
しかし、特段問題を抱えていないスターはともかくとして、メノウの方に関しては未だに根深い問題を心に抱えているため、相応に気を使う必要がある。
メノウと初対面ないし友達ではない来客の対応は、精神的に強い負担となりかねないためご法度。
同様の理由で、人里へのお使いは前者よりも遥かに負担となってしまうため、お願いするならスターのみとする。
また、メノウを褒める場合は最低でも3回に1回、無理をしないで欲しい旨を伝えること。
滅多にないとは思うけど、メノウに対して何かを指摘したり叱る場合はできるだけ優しめに、なおかつ後のフォローも忘れてはならない。
過去というか、男の子だった前世持ちの子なのだけど、当時地獄だった時の記憶がそのままとなっている影響により、普通の怒り方ですら彼女にとっては耐え難い苦痛となってしまうからだ。
当然、強く怒鳴ったり人格を否定するレベルの暴言、特に「あなたは嫌い」とか「友達じゃない」、「もう顔も見たくもない」といった類いの言葉は、精神的な死を招きかねない禁忌。
天地がひっくり返ってもないだろうけど、館の住人を我欲で無惨に傷つけ殺そうとしたなどでない限りは、決して発してはならない。
「いつまで働いてくれるかしらねぇ、メノウ。スターもだけど」
「そうですね……お嬢様が下手を打たない限りは、大丈夫だと思いますよ」
「絶対に打たないわ。紅魔館のためになるってのもそうだけど、一緒に居ると楽しいもの」
もし、正当な理由もなしにちょっとしたことで発してしまい、万が一メノウを精神的に殺してしまおうものなら、確定で恐ろしい
光の三妖精や妖精軍団、魔理沙や
霊夢他メノウと親交のある面々に関しても良くて関係解消、悪ければ敵対関係となる。
また、紅魔館の妖精メイドを含む面々にも猜疑心を持たれ、最悪離れられてしまうのだ。まさに、百害あって一利なしだと言えよう。
「えへへ……レミリアが求めてくれるなら、僕はいつまでも雇われるよ」
なんて話をしていたら、私の耳に幸せと嬉しさの感情が乗った声が入ってきた。満面の笑みを浮かべ、羽が桜色の輝きを放っているメノウ本人である。
自室の壁掛け時計は午後3時を指していて、魔法のバスケットを持ってここにいるということは、私に作られたおやつを届けに来たと見ていい。
さて、今日はスターとメノウ、どっちが作ってくれたおやつだろうか。それとも、他の妖精メイドだろうか。
「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。ところで、今日のおやつは誰が作ったのかしら?」
「僕だよ。レミリア、何となくりんごが食べたそうな感じに見えたから、特製アップルパイ作ったの」
話を聞く限りでは、どうやらメノウ特製のアップルパイであるようだ。促してバスケットを開けてもらうと、その売り物レベルの見た目と漂わせる甘い香りが、私の食欲を刺激してくる。
本人はこれで「スターよりは上手くないよ」と謙遜するけど、私からしてみれば同じくらい高レベルとしか思えない。
何なら、スター本人が明らかに私以上だと絶賛する和風料理だって、「僕はスターの作るやつの方が美味しいと思う」と言い、決して自分が上回っていると認めようとしないのだ。
まあ、メノウにとってスターは自分自身を救ってくれた、愛すべき家族の1人。神格化してしまうのも無理はないか。
「なるほど……相変わらず、的中率が凄いわね。咲夜」
「はい。というか、料理以外でもやって欲しいことをいつの間にかやってくれてたりするので、本当に助かってます……ありがとうね」
「うん! あっ……えへへぇ……咲夜、もっと頭撫でて……!」
「はいはい、こんなので良いならいくらでもやるわよ。メノウ」
「あら、じゃあ私もやろうかしら。特別サービスでハグも追加しておくわね」
「わぁっ……!」
そして、メノウには驚異的な的中率を誇る、対象が食べたい物を引き当てて作るという、未来予知と表しても過言ではない優れた能力がある。
というか、最近はそれが進化したのか適応範囲が料理以外の家事にも拡大、私や咲夜のみならず
まあ、ついさっきスターに聞いたら「うちじゃ当たり前だよー」とのことなので、メノウにとって紅魔館が自宅と同等の扱いになったということ。
もし、1ヵ月前に終わったお泊まり会をやらなければ、ここまでの早さで馴染んでくれたとは思えない。館の物資を超大量に消費しただけの成果は、どうやら想像以上の成果を生み出してくれたようだ。
「さてと、せっかく作ってくれたんだから早く食べなきゃね……っ!!」
そんなことを考えつつ、用意されたナイフとフォークを使って一口サイズにしたアップルパイを頬張った刹那、その甘い香りが鼻を抜け、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がっていく。
食感も外はサクサク中はモチモチ、既に分かっていたことだけど、褒めるべき点しか見つからないくらいに美味しい。
(……)
本人がそう自称するように、スターに比べればお菓子系は下回っているかもしれないけど、2人ともそもそものレベルが高い。
ここまで来てしまえば多少の差はもはや誤差であり、やはり客観的に見たら同じレベルの美味しさにあると言うしかないだろう。
「とても美味しいわよ、メノウ。時間かかったでしょうに、私のためを思って作ってくれてありがとう」
「流石はメノウ、お陰様で少し楽させてもらえて助かるわ。無理ない範囲でこれからもお願い」
「良かったぁ。勿論、レミリアと咲夜が僕を求めてくれる限り、一生懸命頑張るよ」
ちなみに、こうやって褒めたりお礼の言葉をかけ続けていると、数日に1度は言葉が被ったりするけど、メノウはそれでも幸せそうにしてくれる。
おとといあたり、会話を交わす傍らそのことについて聞いてみたら、ハンカチで涙を拭いながら「そんなこと……言ってくれるだけで、僕は嬉しいよ……?」と言われた。
言葉が被るとかはどうでも良く、ただ友達である私たちが幸せで楽しいと思ってくれることが、メノウ自身にとっての極上の幸せで、幻想郷で妖精として生きる意味になっているという。
それこそ、本来なら絶対にやりたくないような仕事でも、私たちが望めば何でもやってしまいたくなるくらいには。
勿論、私たちがそんなことを望む訳がないし、億が一望んだとしても今はまだその時ではない。最低でも、家族であるサニーたちと人里へ遊びに行けるようになって、しばらく経つまでは絶対にお願いしてはならないと、改めて決める。
「ごちそうさま、メノウ。おやつの用意とかで疲れたでしょうし、しばらくここで休んできなさいな……咲夜」
「はい……メノウ、後片付けなら私がやるわよ。あなたのお陰で楽させてもらえてる訳だし、気にしないで」
「本当に……? ありがと、咲夜。じゃあ、お願い」
取り敢えず、おやつの用意とかで疲れているであろうメノウを労うため、アイコンタクトで後片付けなどは咲夜にお願いしておいた。