私は今、内心相当焦っていた。不安感だったり、少しばかりの悔しさや羨む気持ちも混じっていると言えるかな。
何故なら、ついさっきメノや妖夢と一緒に仕事をこなしていた最中、メイド妖精たちがメノのお誕生日プレゼントとして、お祝いのメッセージだったり似顔絵などを集めた1冊の本をあげたから。美鈴に連れられてきた、丸眼鏡の妖精が代表となって。
で、それを受け取りページをめくっていたメノの表情が、もう堪らなく幸せそうなものだったからだ。
(これも全て、メノの人徳が成せる業ねー。本当、凄いんだから)
勿論、家族の1人である私としては、メノが他の友達から幸せを享受してくれるのは大歓迎だし、幸せを贈ってくれたメイド妖精たちには本当に感謝している。
しかし、実際問題私とサニー、ルナはメノと家族であるにも関わらず、未だにプレゼントを完成させて贈ることができていない。それだけならまだしも、メイド妖精以外の友達にも先を越されているのだから、こう言った感情を抱いちゃうのも無理はない。
「スター、大丈夫? ぼーっとしてるけど、体調良くないの……?」
「ううん、違うわ! 今朝、サニーとルナに激甘お味噌汁飲ませた時のこと考えてて、ちょっと笑いが……」
「あー……確かに、あれは色々な意味で凄かったなぁ。僕もちょっと飲んでみたけど、形容しがたい何かって感じだった」
「激甘のお味噌汁とか考えたくもないです。激辛でなかっただけ、情けはかけてあげ――」
「どうせなら、虹色キノコでも入れてあげれば良かったわね! 全部の味がミックスされてたもの!」
「あぁ、単に思い付かなかっただけっぽいですね」
「いつものスターだ。えへへ、よかったぁ」
フランは、自身が大切にしていたテディベアと同じものを。ご丁寧にメノと同じ服とかを着せてあげていたけど、自分で縫って用意したんだろうか。
魔理沙は、自身のトレードマークであるとんがり帽子を。最初は紫との会話をこなしたご褒美だったはずが、メノがプレゼントでいいと力説したんだったわ。
それに、チルノと大ちゃんが今日からしばらく遊べないって朝一で家に来て告げてきたけど、理由が確かアリスの家で編み物をするからだったっけ。そう、これもお誕生日プレゼントの1つだ。
今のところ、リリーやラルバからはそういう類いの話を聞いてはいないものの、この調子だと結構いいところまで事が進んではいそう。
(お金と手間に糸目はつけない。たった1度の、初めてのお誕生会だから)
よし、こうなったら二番煎じでも何でもいいから、私も丸眼鏡のメイド妖精と同じことをしよう。早急にサニーやルナ、妖精軍団の皆からお祝いのメッセージや似顔絵を集めて、1冊の本にする。
人数的にページ数は確保できないが、その分は私たち三妖精で独自に何かを用意するなどしてカバーしてあげればいい。とにもかくにも、永遠の思い出としてメノの記憶の奥底に焼き付けることを、今年は第一に考えよう。
来年以降はまあ、普通の規模のお誕生日会にはなるだろうけどね。毎年同じ規模と熱量を持ち続けても、私たちはそのための用意に疲れちゃうだろうし、メノもメノで恩返しをしなきゃいけないって思いが、無意識かつ絶対的な強迫観念に昇華されてしまうだろうから。
「ふんふふ~ん、恩返し恩返し~。えへへ、身体がふわふわ綿毛のように軽い! 疲れない! 力が魂から漲ってくる! 今の僕なら、どんな量のお仕事が来てもこなせる!」
「うわわっ!? メノ、ちょっと待ってー!」
「スターちゃん、追いかけましょう!」
「ええ! 全く、これも無意識下の行動ってやつかしら?」
ほら、今の不完全な強化形態になったメノを見てみれば分かる。体力の温存も考えて、皆と同じように使っていた紅魔印の掃除用具の殆んどを放り投げ、普通の方法では時間がかかったり、できそうにないくらいに汚れているところにだけ使っていた
カーペットのジュースや食べ物の汁らしき液体の染み、棚の裏などの掃除しにくい場所に生えてるカビ、臭い何かが染み付いたカーテン、カサカサになった絵の具やクレヨンの落書きなど。
空を泳ぐように飛んでるメノが手を振るって力を使う度に、本人がしつこい汚れであるとあらゆる方向から判断しているこれらが、まるで熱したフライパンの上に垂らした水滴の如く蒸発して、綺麗さっぱり消えていく。
ついでにというか、巻き添えにする形でメイド妖精たちの身体もお風呂に入った、または水浴びをしたばかりのように綺麗にしていくのだから、かかる負担は相当なもののはずなのに全然堪えていない。
うん。純粋な妖力量であればチルノに匹敵するメノが、不完全とはいえ強化されているだけはあるわね。
「あの……これ、私とスターちゃん要らなくないですか?」
「掃除に限ったら要らないわねー。ベッドメイキングとか荷物運びとか、そういう系統の仕事は変わらず必要だわ」
「確かに。まあ、3人一緒に仕事をこなせとレミリアさんから言われてますし、何よりメノウちゃんが悲しむので、要らなかったとしてもこのまま続けるつもりではありますけどね」
「ふふっ。メノのこと、気遣ってくれてありがとうね。妖夢」
それ以外の、例えば散らかったおもちゃとかの片付けだったり、細かい埃より大きな食べ物のかす、果物の皮などといったゴミの処理に関しては、同じような早さで片付けを済ませることはできない。
ベッドメイキングや荷物運びなどの、汚れや臭いを消して綺麗にするといった行為に全く関わりがない仕事とかは、尚更早く済ませるのが難しいだろう。
とはいえ、全体的に今のメノは動きが素早くて滑らかだから、普通に早い。あくまでも、汚れや臭いを魔法や能力で消すよりは遅いってだけだもの。
(メノ……)
しかしまあ、この高ぶりはいつまで続くことやら。メノの行動に慣れてる私や、体力とかが私のような妖精よりも遥かにある妖夢だから追えてるけど、このまま続けば中々厳しくなりそうね。
だけど、これも前世と今世を合わせても、初めて周りの皆からお祝いされるお誕生日という、唯一無二の思い出作りの一環だと考えれば、この程度と言えるだろうか。いや、そうであると言い切れるだろう。
ただし、限界がなくなった訳じゃない。これはあくまでも凄く引き伸ばされているだけ。余力が一定程度残るラインを僅かにでも下回った時にすぐ止めるため、介入できるように私と妖夢で見ていなければならないのだ。
「わっと。随分とまあ、元気になっちゃって。どうしたの? 何かあった?」
「……あ」
なんて、呑気に思考を巡らせながら仕事をしていたのが、いけなかったのかもしれない。
手を振るい、泥だらけのシャーネットたち数人のメイド妖精を綺麗にして立ち去ろうとしたメノと、食堂に続く廊下の角から歩いてきたフランが出会い頭でぶつかるのを、目にしていたのに阻止できなかった。
何かどこかで見た覚えがある流れの気がしていたんだけど、あれだ。メノとモリオンが初めて出会った時の、あの流れね。
幸いと言うべきか、相手は妖精とは比べるのもおこがましいレベルで、身体能力も頑丈さも桁外れな吸血鬼。少し驚きながらも、怪我はもとより痛い思いすらしていない。
「やっぱり、こう見えてまだまだメノの心は治っていないんだと、はっきり思い知らされるわー」
「メノウちゃん……」
が、あまりほっとすることができない。身体的と言うよりは精神的な要因から来るものだけど、さっきまでの高ぶり様が嘘みたいに雰囲気が重苦しいものへと変化してしまったから。
確かに、前方不注意で浮かれていたお陰でぶつかったのは、誰も否定しようのない事実。悪いか悪くないかで言えば、前者の方。
とは言うものの、それはぶつかってごめんなさいとメノが謝り、フランがそれを受けて優しく気をつけてと告げるなり、気にしてないわと伝えるなりで終わる程度の悪さ。私たちなんか、しょっちゅうやっちゃう。
決して、容赦のない断罪が必要な程の悪ではない。もしこれがそうなら、今頃私を含む妖精の大半が幻想郷から姿を消すどころか、人妖問わず大半ってところまで行ってしまっていたはずだもの。
だが、今日のメノにとっては全く違ったらしい。あの青ざめた表情と、消えた羽のキラキラが全てを物語っている。
理想郷大探検の最中、私たち3人や魔理沙に対して派手にイタズラをするぞと覚悟をしている時と、そうでないのに不注意でやってしまった時とでは、心の防御力が違うということかしら。まだ完全に、前世で傷ついた心が治癒した訳じゃないのもありそう。
大好きな友達からのお誕生日プレゼントという、最高級のふかふかもふもふのクッションがあってすら青ざめるのを見ていれば、確固たる証拠がなくてもそう思わざるを得ない。
「えっと、よそ見しててごめんなさい。妖精さんたちからお誕生日プレゼントもらって、嬉しくて、幸せで……その、痛くなかった? 怒ってない……?」
「私にとってはこの程度、そよ風みたいなものだから大丈夫よ。お誕生日プレゼント、良かったわね」
「うん! あっ、それでね……」
けれど、流石は171人分のお誕生日プレゼントの力と言うべきか、フランの寛容さないし強者の余裕のお陰と言うべきか、またしてもすぐに元通りになった訳だけど。
(……)
情緒不安定。いつだったか、うっかりで似たような展開になった時のメノを、偶々見ていたレミリアが呟いた一言が頭に浮かぶ。
イライラして誰かに当たり散らしたり、小さなことで怒ったりとかはしないけど、スイッチが切り替わったのかと言わんばかりに不安感に苛まれたり、その逆が起こることはある。
「切り替え早いですね。ほっとしました」
「そうねー」
加えて、殆んど無意識なのだろう。会話の節々、決してそうする必要がない事柄であれ、自身を下げるような言葉が入ったりすることもあるのだ。
例えば、料理やお菓子作りの話になった時は、
お掃除だけでなく、物の整理整頓ベッドメイキングの話になっても、
事実、私たち三妖精の方が勝ち越している弾幕ごっこともなれば、もう自分下げ他の皆上げが凄い。チルノやピースも言ってるけど、弱くはないのに。
いつか、僕の作る料理やお菓子は皆を満足させることができるんだと、お掃除とかもとっても綺麗にできるんだと、少しは自慢げになって欲しいな。メノには、それだけの力はあるんだから。
「ほら、メノウ。スターと妖夢が待ってるわ。私とのお話はいいから、行ってあげなさい」
「あわわっ! ご、ごめん! お仕事中なのに2人のことスルーして、その上で自分だけ楽しんじゃった……」
「別にいいわー。そんなに気にしないで」
「それよりも、掃除頑張ってくれてありがとうね。メノウちゃん」
「えへへ……うん!」
フランに促されて、さっきとは違い何とも可愛らしく焦りながら駆け寄ってくるメノの相手をしながら、私は内心で早く完全に心が治りますようにと祈っておいた。
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