一睡も出来なかった。これだけを聞けば、それを言った人妖さんが眠れない程に体調が良くないとか、周囲が眠ることを許してくれなかったとかって感じに、悪くて嫌な方向へと考えてしまう人妖さんが多いだろう。
そうでなくたって、コーヒーとか緑茶の飲み過ぎだったり、何かに対して夢中になり過ぎみたいに、良くない意味で捉える場合が殆んどに違いない。
(結局、朝まで全く寝れなかったなぁ。しかも、強化形態のままって……)
だけど、今朝の僕の場合は違う。断じて違う。いい意味で眠れなかったのだ。
サニーたちを含め、妖精軍団の皆の強い想いが込められた『お祝い本』を受け取り中身を見た瞬間、僕にだけ聞こえた鍵が開くような
それこそ、疲労という概念が僕の身体からなくなったと、逆に動きたくてウズウズしていると言っても過言ではない、常識外れのレベルで。
しかし、僕に対して心配性なサニーたちには特に、そう言ったとて信じてはくれない。今までの僕の行いからして、間違いなく。
故に、ルナが膝枕で夢の世界に入って、一緒に遊んでた魔理沙が家から帰った後、サニーやスターが寝床についたのに合わせて僕も部屋に行ってベッドにもぐり、寝たふりをしていた。
無論、これでは強化形態が解除されることはなく、何なら動いていたくてウズウズしっぱなし。起きていると思われないように動きとかも極めて抑えつつ、枕元のお祝い本を読み続けて皆の顔を思い浮かべることで、何とか朝まで我慢することができたのである。
「メノ、早く起きなさー……ふふっ、ずっと起きてたでしょ?」
「えへへ、バレちゃった?」
「そりゃあ、強化形態のままだもの! 寝てる間までそうなってるなんて話、聞いたことないわ!」
「うんうん。で、何してたの? もしかして、ずっとそれ読んでた?」
「あ、私たちのページよー。何回読んだのかしら」
だがしかし、そんな穴抜けどころか根底から成立していない計画でサニーたちにバレないはずがなく、部屋に入ってくるや否や即指摘されるのであった。
でも、その際の表情は皆一様に微笑ましいものを見るような、優しくて穏やかな表情をしている。少なくとも、変に不安にさせている感じは全くしておらず、その点を鑑みれば結果的によかったと言えよう。
「多分10回以上。もう僕、これを毎日読まないと生きていけない身体になっちゃった」
「もうっ、メノは大げさなんだから! うふふ……」
「サニーったら、嬉しさが全然隠せてないね。気持ちは私も分かるけど」
「そもそも、隠す必要なんてあるかしらー? ルナ」
「確かに。恥ずかしいことでもなければ、そういう勝負をしてる訳でもないし」
いや、よかったどころの話ではない。ずっと起きてたことを指摘するところから始まった会話の中で、サニーたちをむしろ喜ばせることができて、凄く幸せなんだもの。
お陰様で、ただでさえ魂の奥底から湧き出てくる力の奔流がより一層強く、かつ速くなることになったのだった。この調子だと、今日はほぼ1日中この姿で過ごすことになりそうである。
今日がお休みの日であったならば、まず間違いなくサニーたちと楽しく幸せに遊んでいたか、ピースやラルバやリリーと同様に遊んでいたことだろう。
一瞬、お給料をもらいながら休める権利を使おうかとも思ったけど、体調が悪いとか究極の外せない用事が突然できたとかでもないのに当日の朝いきなり使うのは、皆の迷惑になるって意味でどうなのかって思い直した。
僕が居ない分の仕事がなくなるならともかく、そんな都合の良いことなど起きるはずがないんだから。
というか、そうでなくても明後日から2日間お休みを取らせて欲しいと、土下座してでも今日絶対にレミリアにお願いするつもりなのに、とてもじゃないけど一時の衝動で休むなんてあり得ないし。
「ところで、メノ。ずっと起きてたなら、身支度はすぐ済むでしょー?」
「髪の毛もよし、持ってく物も纏めてあるし、お風呂は入ってないけど能力使えば綺麗さっぱり……うん、今日もバッチリ」
「ふふっ。さあ、紅魔館にレッツゴーよ!」
という訳で、昨日の格好のままでちゃっちゃと用意を済ませ、スターだけじゃなくて何故か着いてくる気満々なサニーやルナも一緒に、冒険に行くが如きテンションで家を出て行く。
ちなみに、ルナから受け取ったお祝い本は正直まだ名残惜しく、持っていって読みたいような気もするけど我慢した。絶対に落とさない、置き忘れたりしないって保証はどこにもないんだもの。
(わぁ……ふわふわ綿毛みたい!)
で、案の定と言うべきか強化形態である以上、身体がとてつもなく軽い。事が事だからか、ちゃんと睡眠を取り、美味しいご飯やおやつを食べ、元気よく遊ぶっていつもの日常を過ごした時のような……いや、それ以上かな。
今の状態ならば、どんなに仕事が大変でも頑張れる。人里へのお使いを1人で行けと言われようと、お留守番を1人でこなせと言われようと、何なら1度も行ったことがない場所へのお使いだってお願いされれば、喜んで行けるから。
あのお祝い本は、僕にとってそれだけのことをしてもなお有り余る、何ならもっとキツいことをお願いされてもいいと思えるだけの価値があるものだもの。
「よっしゃー! 食らえ美鈴、あたいの水鉄砲連続攻撃だぁー!」
「あたしからも食らえー! わはははは!」
「おっと……全く、クラピちゃんもロゼちゃんも朝から元気ですねぇ。おや?」
「ん? おぉ、メノが凄いことになってるぞ!」
「凄いキラキラ! しかも、元気がいっぱい!」
なんてことを考えつつ、何も変わらず魔法の森を出てからルンルン気分で紅魔館に飛んで着いたんだけども、そうしたら門前でピースやロゼネルが随分と楽しそうに、美鈴に水遊びをしてもらってるところに出くわした。
確かに、本格的な夏の季節には劣れど今日は朝から結構蒸し暑く、水遊びをしようって考えに行き着くのもおかしな話ではない。
ただ、地獄の妖精であるピースは真夏の真昼間はもとより、熱めのお風呂でも全力で水泳してなお平気なので、言い出しっぺはロゼネルの方かな。
とはいえ、それは水遊びをしてるのが暑いからって理由だったらの話。その他の理由、何となくやりたい気分だった的な感じであったならば、ピースが言い出しっぺでも十分にあり得る。
「理想郷の時よりも、遥かに身体を巡る
「きゃはは! あのお祝い本、受け取ってくれたんだな! 書いたのあたいだけじゃないけど!」
「なるほど。ふふ、そういうことでしたか。納得です」
「あたしがフランさまから名前もらった、あの時みたいな感じだねっ!」
ちなみに、僕が強化形態なのもあってか美鈴はもとより、ピースやロゼネルも到着するなりこっちに駆け寄り、ニコニコと話しかけてくれた。
勿論、スターや僕に着いてきたサニーとルナをスルーすることもなく、この後すぐに話を皆に対して振ってくれたので、気まずくなることもない。
(あっ……)
感じた幸福は増幅され、不幸は大幅に減衰か遮断される効果が今回の強化形態ではあるのだろう。何気ない日常の一幕ですら、今の僕の心に深く染み渡るのを実感したのだ。
普通なら、こういうのって良くも悪くも慣れるものなんだけど、僕の場合はいい方だけに相乗効果を発揮するみたい。
「よーし、メノとスターも一緒にあたいたちと水遊びするぞ! って言いたいところだけど、もうすぐ仕事だから後にしとくぜ!」
「うん。えへへ……ありがと」
「という訳で、メイドの仕事に関係のないサニーとルナは、今すぐあたいたちの水遊びに参加な! えいっ!」
「きゃっ、やったわね~! お返しよ、ピース!」
「ぶっ、道具がバケツしかない……サニー、後で私にも水鉄砲貸して」
「勿論よ! あっ、後で家から水着持ってこようかしら!」
なお、この楽しそうな美鈴たちの輪にスターと混ざりたい、抗い難きそんな欲求は当然生まれる訳だけども、メイドの仕事が始まる前な以上それは不可能。
この上なく強烈な名残惜しさを感じつつも、同じく混ざりたそうにしてるスターの手をぎゅっと握って引っ張りながら門をくぐり、気を紛らわしながら館の中に入り、自分の部屋に行く感覚で着替え部屋へと向かっていく。
(スター、僕もだよ。心地よい幸せをありがとね)
ちなみに、僕が手をぎゅっと握ってからのスターはびっくりしてはいたけど、すぐに幸せそうな表情をしながら握り返してくれた。しかも、「うふふ、仲良し家族~」「メノの手のひら、温かいわー」って独り言のおまけ付きで。
ちょっと強く握り過ぎたかな、ぐいぐい引っ張り過ぎたかなって一瞬心配になったけど、本人的には全然そんなことはなかったようで何よりである。
「わわっ、誰……あーっ! もしかして、しろちゃん?」
「すごいキラキラ! はねがふえてるし、かみのけもきいろっぽくなってる! なんでなんで?」
「うーん。そうなると、しろちゃんって呼ぶのはおかしいかも? だとしたら、きいちゃん?」
「別にそのままでいいんじゃない? 普段は白い髪の毛なんだし、うちはしろちゃんって呼ぶけど」
そして、僕の完全なる強化形態は紅魔館の面々にも見せたことはなく、不完全な方もレミリア含む館の主力陣営や二大妖精長しか見せたことがない。
つまり、例に漏れず大半の好奇心旺盛なメイド妖精さんたちにとっては初めてであるため、着替え部屋に入るや否やまるでレミリアが来たのかって勢いで注目を浴び、ぐいぐい話しかけられることになるのも至極当然であろう。
(えへへ……でも、流石にもうそろそろ言わなきゃだよね?)
さて、それはそうと時間的に早く着替えて仕事を始めなきゃなんだけど、何だかさっきからこの部屋にメイド妖精さんが続々と集まり始めてて、思うように着替えられない。
あの時間、門前の美鈴に顔を見せている時点で遅刻したってことにはならないにしても、元気に来たはずなのにまだ仕事をしてないってなれば、ちょっとまずいかも。
時折話しかけてきて、僕の頭を撫でながら「いつも真面目にありがとうね、メノウ」って感謝の言葉をくれる咲夜。
こっちから何も言わずとも、おやつタイムの時に頭撫でとハグをしながら「今日もご苦労様。また明日もよろしくね」と、信頼感マシマシな一言を欠かさずかけてくれるレミリア。
ある程度なら
「あっ……みんな! しろちゃんたちお仕――」
「あら、随分と賑わってるから何事かと思えば……なるほど、そういうことだったのね。メノウ」
と、それに気づいてくれた1人のメイド妖精さんが、親切にも声掛けをしてくれようとした刹那、誰も着替えようとしてなかったお陰で扉が開けっ放しだったからかな。
偶然か必然か、部屋の側を通りかかったらしいレミリアが僕の近くまで来て、この姿をまじまじと見て微笑んだ。
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