「えへへ、おはよう。とってもお寝坊さんなメノ」
ルナと殆んど一緒のタイミングで寝たはずなのに、どうやら皆の中で最も起きるのが遅かったどころか、今まででトップクラスの遅さだったらしい。
わざわざ、寝室まで起こしに来てくれたルナが僕に、とってもお寝坊さんと言ってきたこと。
明るい光が射し込む縁側の方から、相変わらず元気にはしゃぐサニーたちの声が聞こえてきたこと。
何より、部屋の古時計の針が9時半を指していたこと。これを鑑みれば、寝ぼけててもすぐに理解できることである。
記憶が正しければ、疲労困憊だったルナを寝室の布団に運んだ時点だと、夜9時ちょっと過ぎくらい。そりゃあ、半日も寝てればルナもそう言うだろうし、何なら僕を良く見てくれてる皆もそう言うと思う。
「んにゃ……おはよう、ルナ。昨日の疲れは取れた?」
「うん。お陰様で、私は元気いっぱい。メノこそ、疲れは取れてる?」
「僕? うん、取れたよ。ルナと一緒に寝たからかな、とっても幸せな夢を見れたから」
家事も何にもやらないで、こんな時間までぐっすり寝て過ごす。
それなのに、サニーやチルノ一行、霊夢とあうんは、今起きた僕に気づいたって何も言ってこないし、不満げな態度や仕草を見せたりもしてこない。
ルナに至っては、僕が寝坊したのにも関わらず嬉しそうにしているのだ。前世の呪縛から、精神が上手く逃れられつつある証明になるという理由で。
とはいえ、紅魔館の妖精メイドとしての仕事とかも含めて色々あるから、毎日遅くまで寝てるにはいかないし、ルナも僕にどうしても寝坊して欲しい訳でもないらしい。まあ、普通ならこう考えるよね。
「それでさ、メノ。実は――」
「あっ……んにゃあ!? る、ルナ……僕、メイドのお仕事忘れちゃった……遊び呆けて寝坊で遅刻だなんて、怒られるよね……? 嫌だぁ、嫌われたくないよ……」
それで、会話の最中ルナが何か言おうとしたその瞬間、僕はとんでもない事実を思い出してしまい、風に吹かれた綿毛のタンポポが如く、感じていた幸せが一瞬にして吹き飛んだ。
今日が、僕とスターが紅魔館で働く日だという、とんでもなく重大な事実を認識して。身だしなみを整えず急いで行っても、時間からして絶対に間に合わない。
道理でスターの姿も見えないし、声も全く聞こえなかった訳だ。珍しく起きてこない僕を起こしに来たは良いものの、その時は全く起きる様子がなく、遅刻を回避するためにやむを得ず先に行ったと言ったところだろうか。
もしかしたら、ルナだって何度も声をかけてくれたのかもしれない。妙に落ち着いてて穏やかなのだって、これから怒られるであろう僕を、気遣ってくれている可能性もあった。
「メノ……大丈夫。ほら、あっちを見てみて」
「えっ……? びゃあっ!」
なんてことを考えていたからか、ルナの指差す先にこっちへ向かってくるレミリアと咲夜の姿が見えた時、驚きと不安のあまり殆んど無意識的に、毛布を抱き抱えて叫んでしまう。寝起きどころか、普段と比べても大きな声で。
無論、境内で遊んでいたサニーにチルノ一行、一緒にはしゃぐあうんに、それをお茶を飲みながら見守っている霊夢、僕に話しかけようとしてきたレミリアと咲夜も、それに注目した。
そりゃあ、突然自分の近くで大声を出したりする人妖さんが居たら、誰だってほぼ間違いなく視線を向ける。僕だって、サニーたちに限らず誰かがいきなり叫んだりすれば、一瞬でも視線を向ける自信がある。
「あらあら……心配せずとも、初めての寝坊程度じゃ私も咲夜も怒らないし、ましてや嫌いになる訳なんてないじゃない。そんなことで嫌いになってたら、今頃紅魔館には誰も居なくなってるわ」
「……本当?」
「ええ。しかも、遅れるって話は事前にルナ経由で通っている上、スターからもごめんと謝られてるから尚更よ。流石に、毎回こんな理由で寝坊されると困るけどね」
「一応言っておくと、今日のメノウの寝坊で怒るような住人やメイド妖精は、1人も居ないわよ。いくら前の日に遊び疲れたせいとはいえ、寝坊をするなんて大丈夫なのかと、お嬢様や美鈴を筆頭に心配する住人やメイド妖精は、それなりに居たけど」
「そうなんだ……ごめんね。寝坊しちゃったせいで、とっても心配させたみたいで」
だけど、今はそんなことよりも、レミリアと咲夜が僕の寝坊を大してというか全く怒らず、いつものよう微笑んで頭を撫でてくれたのが嬉しくて、何も考えられなくなった。
勿論、怒られなかったとはいえ、寝坊をして心配をさせたことは事実。謝ると同時に、今度はその辺の対策をちゃんとしておこうと、心の中で僕はそう決意する。
(……前世じゃ、考えられないなぁ。こんなこと)
なお、今日の僕のお仕事に関しては、レミリア曰く「時間も時間だし、お昼からで良いわ」とのこと。やって欲しいお仕事もお昼過ぎにあるみたいだから、ちょうど良かったらしい。
ちなみに、その内容は今日の夜に行うプチ紅魔館パーティー、これに出す料理やお菓子をとにかく沢山作ることだという。他のお仕事は他のメイド妖精さんに任せて、僕はそれに集中すれば良いみたいだ。
故に、今日に限れば夕方~夜まで働いてもらうことになりそうだと、明確な意図を以て約束とは違う時間まで働かさせることを謝られたけど、今日の僕にこれを断る権利なんてない。例えあっても、権利を行使するつもりなんてなかったけど。
だって、レミリアが僕のことを凄く頼りにしてくれている。滅多にあることじゃないし、何より大好きな友達が喜んでくれることが、僕にとっての幸せで生きる活力になるのだから。
「それにしても、相変わらずの凄まじい寝癖ね。いつも自分で直すのは大変じゃない?」
「うん。でもね、時々サニーとかスター、ルナがやってくれるし……あっ。魔理沙もたまにやってくれるんだよ、えへへ」
「それと、あたいと大ちゃんも何回かやったことあるぞ! 櫛がいちいち引っかかるから、凄く大変だった! な、大ちゃん!」
「そうだね。メノちゃんの癖っ毛、妖精一だから……ただ、それを差し引いてもチルノちゃん、ちょっと力入れ過ぎだったと思うよ」
「大丈夫だよ、大ちゃん。この癖っ毛、自分で梳かしてても痛いから」
「ふふっ……良かったわね、メノウ」
そんなことを考えて嬉しくなっていると、いつの間にか櫛を取り出していた咲夜が、相も変わらず爆発していた僕の寝癖を整え始めてくれた。
で、その様子を境内から見ていたチルノや大ちゃんも気になったのか駆け寄ってきて、そこから連鎖的にサニーやラルバやリリー、霊夢にあうんも集まってきて、何やかんや賑やかな一時へと雰囲気が変わる。
なお、その話題は僕の爆発している寝癖についてと、そこから発展して各々の髪型に関するものだ。うっかりやった寝坊でここまで盛り上がるなんて、前までだったら絶対にあり得ないことだったと断言しよう。
「ふぇっ!? びっくりしたわ……あっ。メノ、おはよう」
「スター……? うん、おはよう」
すると、何の脈絡もなく僕の髪の毛を梳かしていた咲夜が消えたと思ったら、5秒も経たない内に再び現れた。急な出来事でオロオロしている、メイド服姿のスターを連れて。
僕もそうだけど、この場に居た全員にとって予想していなかった展開に、一瞬だけ静まり返る。
「あー……そう言うこと。スターを連れてきた理由は」
「はい、お嬢様。メノウが、スターが居ないことを少々気にしているようだったので」
しかし、これは僕に対する気遣いだと咲夜のレミリアのやり取りから判明、皆が頷いて納得した。
(咲夜、僕のことよく見ててくれてたんだね……)
仕事に行ったタイミングが悪かっただけだから、決してそういう訳ではないと、致し方ないことと頭では理解している。今現在心の中で浮かぶ想像が、ほぼ全て僕の勝手で酷い被害妄想であることだって。
でも、唯一無二の家族の中で、サニーとルナは居るのにスターだけこの盛り上がりの輪から外れているなんて、何か除け者にしているみたいで気になる。
後からこれを知ったスターが、そう誤解して落ち込んだりしたら悲しいし、何よりそんなのはとっても嫌だ。これがきっかけで、四妖精の家族の絆にヒビが入って崩れでもしたら、それは究極で不可逆な絶望。
正直、そんな被害妄想のせいで今の僕は、ちょっぴり心が重たくなりかけていた。
故に、このタイミングでの咲夜の気遣いは、心を軽くするという意味でとってもありがたかったのだ。
「咲夜、気遣ってくれてありがと。寝坊したお詫びも、気遣いのお礼も、今日のお仕事でまとめて返すから」
「どういたしまして。それも良いけれど、だからと言って無理は禁物よ?」
「うん。スターも、今日は色々とごめんね」
「気にしてないわー。私自身、迷惑かけられたなんて思ってないし」
だからこそ、次また同じ状況になったとしても、絶対に起きられるように対策を立てておこう。早過ぎず遅過ぎず、ちょうどいい塩梅の時間帯に。
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