今でもはっきりと、つい昨日のことのように思い出せる。今は亡き
無論、私とて何もせず見ていただけではない。理想郷の守護者として、創造主様や4人の勇者様方と共に襲来者たる邪悪な亜神やその使徒に、まさしく死に物狂いで立ち向かって全滅させることには成功している。
ただ、その大戦争による被害は私の心を折って砕け散らせ、今もなお忸怩たる思いを抱かせる程には大きかった。
物理・魔法的破壊のみならず、襲来者の残したおぞましい残渣によって、理想郷そのものは機能不全かつ崩壊一歩手前。
妖精たちも懐いていて、創造主様も認めていた勇者様方が戦闘により致命傷を負い、天に召される。
我が子同然の可愛い妖精たちの大半と創造主様が、守りきれずに魂ごと殺される。
死に際の創造主様に託され、命を張って下さった勇者様方や妖精たちの存在がある以上堪えてはいたものの、今に至るまで幾度となく全てを捨てて、同じところへ逝きたいと考えたことか。
しかし、寝る間も惜しんで理想郷の再建をしながら、
本来であれば数年どころか数十年単位でかかるはずだった再興が、幻想郷に来てからたった数ヵ月程度で成されたともなれば、文句無しに救郷の光明と言えよう。
「にへへぇ……翡翠の妖精さん、もっと頭撫でて。よしよしってやって」
「お願いされずとも、今は私の方からやりますよ。むしろ、お願いしますと頼み込みたいくらいなので」
「わぁ……うん! サニーのカレーでお腹もいっぱいだし、とっても心地よくて眠くなっちゃいそう」
「メノ、沢山食べてたものね! ところで、あなたの感想も聞きたいのだけど、どうだった? 私のカレー」
「非常に美味でした。また食べてみたいものですね」
「そっかぁ……えっへん! でも、メノとかスターには負けるわ!」
なお、その正体こそ私の膝上にちょこんと座り、可愛らしい要求をしてくる今の理想郷の主。御名はテルースメノウ。
元々、いわゆる外の世界に暮らしていた人間で、なおかつある程度歳を重ねた男の子だったという話は聞いているものの、正直最初は信じ難かった。
理由は、時折無意識に見せる行動や仕草が実に妖精的で幼く、それでいて相当女の子らしかったため。
とはいえ、メノウ様の『僕』という一人称のように、節々では男の子だったと思わせる要素があったし、何より他ならぬ御方が見せたあの、嘘偽りのない輝きを秘めた瞳をこの目で見ている。
理想郷の主という点を抜きにしたとしても、信じるに値するだろう。これで信じられないのならば、私に理想郷の守護者を承る資格はない。
「んぅぅ……何だかんだで疲れたわー。もう真夜中になるのに、大ちゃんとリリーだけまだまだ元気そうなのは、やっぱり?」
「そう。2人とも強化形態だからとはいえ、チルノとピースが振り回されてるのなんて凄く珍しい」
「うんうん。私も流石に元気半分くらい……あ、ラルバ。大丈夫?」
「いや、全然大丈夫じゃないよサニー。正直キツいや」
「あはは、そうよね! 当たり前のこと聞いちゃったわ!」
ちなみに、メノウ様にとってこの理想郷は生まれ故郷ではあれ、帰るべき家ではない。探検感覚で来訪した
いや、この言い方は全く以て正しくないか。あんな状態だったメノウ様のことを見ていただけで何もせずにいたのなら、実質連れていって欲しいと言ったようなもの。
もし、どうしても連れ出して欲しくなかったのならば、心の中でグダグダ言い訳などせず生誕直後にすぐさま直行、妖精大庭園へと連れていけばよかっただけの話なのだから。
「それにしても、メノって私とか仲良しな皆に頭撫でられたり、抱っことかされたりするの本当に好きだよね。お誕生日会のプレゼント、こういう感じにしたらどう?」
「ラルバ。それじゃ私たちにとって得しかないし、何だかちょっぴり手抜き感が出ちゃわない? だけど、それでもメノが喜んでくれるっていうのも事実だし、頭の片隅にでも置いておこう」
「ふふっ、
「僕は別にプレゼントがそれでも、手抜きなんて思わないけどなぁ。確かに、毎日やってくれてることと同じだと、気になるサニーたちの気持ちも分かるけどね」
それに、今となっては結果論ではあるものの、光の三妖精の方々がメノウ様を連れ出してくれたのは、本人のみならず理想郷にとっても非常にありがたい。
何故ならば、メノウ様の霊魂の状態、厳密に言えば精神状態に理想郷が原因かつ詳細不明な現象により、大きく依存するようになった。
その状態で、愛する家族のお三方を含む友人の皆様によって、メノウ様の精神状態が類を見ない早さで超回復した結果、連動する形で私の想定を遥かに超える勢いで回帰したからである。
まるで、時の流れが逆になったかのように。幻想郷とは、何と素晴らしい世界なのだろうか。
(理想郷の守りには気を遣ったはずですが……一生の不覚。メノウ様にも、恐らくは本人を通して周りの御方にも、不安を与えてしまった)
勿論、幻想郷とて不穏な要素がない訳ではない。例えば、いつぞや易々と妖精大庭園を守る多重結界付近まで気づかれず、易々と侵入した
しかし、こちら側基準で判断すれば、邪悪さに関しては亜神とその使徒と比べた場合、十中八九遠く及ばない。
実際に、全ての人妖をこの目で見た訳ではないものの、仮に同等以上に邪悪なら幻想郷が比較的平和に維持できるはずがないので、私の想定は概ね正しいはず。
後は、メノウ様自身の能力こそ強力かつ多用途ではあるものの、純粋な戦闘能力が強くない点も無視できない。相当な強者を相手取った場合に、理想郷とメノウ様が守り切れずに最悪の展開になりかねないのだ。
ただし、こちらに関してはメノウ様の性格や立ち振る舞いが庇護欲を誘うのか、上位の実力者を友達として集めることによって、実質的な解決となっている。
特に、魔法の森に住んでいる魔理沙様や、レミリア様が率いる紅魔館の住人の方々は非常に頼もしい。
実力的にもそうだけど、メノウ様方との関係の深さから、万が一の際に駆けつけてくれる可能性が高いから。
とはいえ、彼女たちの力を借りなければならない事態とは、即ち邪悪な亜神とその使徒の襲撃と概ね同等も同義。目の前の幸せを再び破壊し消し去りかねないそんな出来事は、ごめん被る。
「ダメだぁ……サニー。今日の大ちゃんとリリー、底無しのスタミナ過ぎて付き合いきれないよぉ……」
「もしかして、今日だけじゃなくてここ探検してる間はずっとこんな感じ……? うん、あたいも多分無理! せめて、真夏の炎天下とかだったら平気なんだけどな!」
「2人ともお疲れさま。ていうか、その環境だとピースとラルバ以外キツそうだわー」
「あははっ! その時は、私が直射日光を弾いてあげる!」
「うんうん。後は、チルノの氷と冷気があれば暑さ対策は完璧」
頭によぎった最悪の未来を、私から離れてルナ様に甘えに行ったメノウ様を見て振り払っていた刹那、いつもは最も元気な2人組が疲れきった様子で空から降り立ってきた。大妖精様とリリー様に相当振り回され続け、流石に限界近くなってきたようである。
(お二方以外は、もう少し経てば眠りそうですね。それにしても……)
一緒に居ることで体力を気力により補える間柄、なおかつ非常に適性の高い環境下に置かれたことによる
チルノ様やピース様が、いくら幻想郷の妖精の中では最強クラスであるにせよ、私の知るメノウ様の妖精仲間内ではそこまで大きくない故に、先に根を上げることになるのは必然だったのだ。
とはいえ、お二方もサニー様のカレーを食べてから、休憩もなしに相当長くはしゃいで遊べるだけの体力はあるので、私からすれば十分だと考えられるけども。
「……? 翡翠の妖精さん、泣いてるの? 大丈夫?」
「あぁ……メノウ様、心配は要りません。幸せの涙ですから」
「そっか……ふふっ。それならよかった」
かつての理想郷と同じとまでは、流石にいかない。亡き創造主様や前世界で生まれた妖精たちが、復活した訳ではないから。
ただ、それでも今私がメノウ様方から享受している幸せは、決してかつての幸せな一時に劣るものではない。思わず、涙がこぼれてしまう程度には追随している。
だからこそ、もう2度とこの『幸せ』を失ってなるものかと、心に固く強く私は誓った。
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もし、大好きな家族や友達の尊い命が、理不尽かつ無惨にも失われてしまったとしたら。
もしくは、本来享受できるはずの幸せを奪われて、心を殺されてしまったとしたならば。
言うまでもなく、それが僕だったら心に穴が空く程度では到底済まない。万が一、それが全員となったものならもう、僕の人生ならぬ妖精生活はその時点で、確実に終了を告げる鐘が鳴る。
よしんば奇跡が起き、妖精生活終了の鐘が鳴らなかったとしても、心ここにあらずの状態で最後まで暮らすことになるだろう。幸福や平穏からは、実に程遠い。
「ぐすっ……うぅ……うぇぇぇん……!」
「えっと、その……メノウ様――」
「ふぅ、ふぅぅ……大丈夫、だよ。僕たちは居なくならない、ずっと元気な姿を見せ続けてあげるから……!」
とっても幸せなのに、今だけ僕が大泣きしてしまう程の思考に支配されているのには、確たる理由がある。まさに、こんな思考通りとしか言えない翡翠の妖精さんの過去のお話を、お願いして全部話してもらったからである。
きっかけは
いや、それよりも「
(ぐすっ……よくよく考えたら、昨日のあの涙も実はそうだったのかな? 僕たち以上に眠たそうだったし、心が疲れてたのかも……?)
この時まで、一切周りに弱みを見せなかった翡翠の妖精さんが、こんな形であれ弱みを見せる。
全く知らない赤の他人、知り合ったばかりで友達じゃないとかならまだしも、僕にとってはもう大切な友達がいつもと違う様子を見せたのなら、気になって然るべしといえよう。
「あちゃー、完全に共感しきっちゃってる。まあ、無理もないか」
「……その、大変申し訳ありません。メノウ様はもとより、皆様の気分を台無しにしてしまいました」
「
「ええ! というか、よくそんな目に合って持ち直せたわね。えげつない精神力だわ!」
「うんうん。それはそうと、辛い過去を思い出させちゃって……ごめんね? むしろ、こっちが謝るべきだわー」
「いえ、とんでもございません。やはり、1人で抱えるだけでは駄目ですね。メノウ様みたいに、早く打ち明けていればもう少しマシだったかもしれませんし」
で、一緒に翡翠の妖精さんの過去話を聞いていたサニーたちは勿論、なんだなんだと途中から話を聞きに寄ってきたチルノ一行も、僕程じゃなくても思うところがあったようで、揃って気遣う様子とかを見せている。
そりゃそうだ。頼りになる保護者である以前に、皆にとっても一緒に遊んでて楽しい、大切な友達の1人なんだもの。
(すぅぅ……翡翠の妖精さん、そんな顔しないで……大丈夫。僕は、全然気にしてないよ)
さて、そうなると翡翠の妖精さんに喜んでもらう云々以前に、もっと元気になってもらう必要が出てきたけど……ある意味、その方法は凄く簡単。
幻想郷に妖精として生まれたばかりの時の僕へ、サニーたちがしてくれたようにすればいいのだ。
僕よりも心の強さは上でも、負った傷の深さも量も間違いなく圧倒的に上だから、想定通りに行ってくれるかどうかは未知数だけれども。
「とっても暖かい春ですよー、守護妖精さん!」
あまりにも救いがなくて、あまりにも辛くて苦しすぎる過去話に涙が止まらないでいる最中、この雰囲気を打ち破るかの如き快活な声が辺りに響く。
聞こえてきた方を向いてみれば、僕でも見たことのある綺麗な花束を持ったリリーが、満面の笑みで立っていた。
その身に纏う
大ちゃんも元気に風と水を纏ってるし、今日もまた昨日と同じ感じで、強化形態の2人以外は全員クタクタになりそうだ。
「リリー様、その花束は一体……もしかして、これを私にくださるのでしょうか……?」
「はいっ! 私が、守護妖精さんを元気にしてあげてってお願いして、頷いてくれた春のお花さんたちなんです! ほら、とっても綺麗に咲いてるでしょ?」
「ええ、とっても。命の輝きに満ちている、とっても綺麗なお花たち……」
鼻歌を歌いながらトコトコ歩いてきて、持っていた花束を翡翠の妖精さんに渡そうとしている、この行動を見れば誰でも分かる。リリーなりに、辛い思い出を幸せな思い出で埋めてあげようと考えているのだと。
(昔居たっていう妖精さんとか創造主さんとかから、似たような感じで贈り物をされた経験があったのかな? もしかしたら、リリーみたいな妖精さんとかが居たのかも?)
そして、その行動は今の翡翠の妖精さんにとって、ある種の慢性的な精神疲労に対する特効薬となったらしい。
リリーから渡された花束を受け取ったその瞬間から涙が出始め、声が震えて口調も素に寄っていたから。
「守護妖精さん、泣いてるの? だけど、何か嬉しそうではあるみたいだし、私の贈り物は正解だったかなー」
「すぅ……だと思うよ、リリー。でなきゃ、あんなに優しく花束を抱えない」
「大切な存在を殆ど全部、1度失くしてるんだもんねぇ……ひゃあ。心がキュってなったわ」
「ラルバちゃん、あんまり想像しない方がいいよ。怖いから」
「うんうん。まさにその通りだと思ったし、もう止めとくよ。大ちゃん」
ともなると、翡翠の妖精さんにとっては贈られた物の価値が高いか低いか、用意にどれだけの時間をかけたかは関係ない。
誰から贈られたか、その贈り物にどんな思いが込められているかどうかを、とても重要視している性格らしい。
何というか、まるで自分を鏡越しで見ているかのような感覚だ。サニーたちとかから何かをもらったり、やってもらったりしている時の僕も外からはこう見えてたんだろうし、何かやってあげたいって思われてたんだろうなぁ。
「よーし! だったら、あたいたちが守護妖精の大切な存在になってやるぜ!」
「えっと、ピース? それはいいんだけど――」
「手始めに……ルナ! てぇーい、覚悟!」
「え? ちょっと、この流れでそれはおかし……びゃあ!?」
「「……あちゃー」」
なんて考えながら、リリーたちと話してようやく気分が落ち着いてきたと思った刹那、ピースがルナに飛びついた。
この流れで、思い切り飛びつかれる想定をしていなかったルナは反応できず、そのまま倒れて仲良く地面にダイブする結果となる。
(わぁ、土と落ち葉まみれ……あっ)
で、一瞬だけにやっとしたと思ったら、自分が汚れることを厭わずルナにくすぐり攻撃を敢行し始めたのだ。
僕程くすぐり攻撃に弱いって訳じゃないから、ピースの攻勢に最初は何とか耐え忍べてはいたんだけれど、案の定そう時間も経たない内に耐えきれなくなって、じたばたしながら大笑いする羽目になっている。
「いやぁ、この流れでピースとルナのくすぐりバトルが始まるとは、私を以てしても予想外だわ」
「あたいたちってピースは言ってたし、てっきり私たちで守護妖精に何かしてあげて、思い出作りをしようみたいになるかと思ったわ!」
「確かにね。でも、リリーのプレゼントが思い出作りにはかなり強いし、何だかんだで普通に理想郷の大探検をして、楽しくはしゃいで遊ぶ今までの流れでいいかも」
「それが無難よねー。あっ、プレゼントなら虹色キノコの盆栽が家に――」
「スター。虹色ってそれ、プレゼントにしちゃ絶対駄目なやつでしょ? イタズラするつもり?」
「食べ物としてはまあ……うん。ちなみに、甘くて苦くて酸っぱくて、後少し辛くてしょっぱいだけの無毒な安心安全キノコよ、サニー」
「うげっ。想像したくもないって、そんな激マズ味のキノコ。しばらく味覚もおかしくなりそう……ん? 味が分かってるってことは、スター。もしかして、食べた?」
「物は試しってね。冷や汗がどっと出てきて、なおかつのたうち回るレベルで不味かったわ。案の定、しばらくは何食べても水以下の味だったわねー」
「あー……やっぱり?」
何だかんだで楽しそうな2人のやり取りを尻目に、サニーとスターもニコニコで楽しそうにお話をしているし、チルノだって風妖精さんたちとなんやかんや全力で走ったり、飛び回ったりして遊んでる。
リリーと大ちゃんも、強化形態故の高ぶりがあるから当然の如くじっとしていることなんてできず、チルノたちの方に突撃してもう大はしゃぎだ。
ピースとルナもそうだけど、朝の時点でこんなに全力を出したら、夕方とか夜になるまでに体力とか気力が持たないだろうし、今日は大探検どころじゃなくなりそう。
(……ふふっ)
でもまあ、翡翠の妖精さんの思い出にするっていうピースが言ってた最大の目的は、僕とラルバの隣で幸せそうに涙を拭っている本人の姿を見れば、達成できている。
だから、今日はもうそれでも別に構わないかなと、別に明日以降だっていいやと、同じく幸せの中に居る僕はそう考えた。
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