「わわ、妖夢だ! レミリアさまからしばらく一緒に働くってお話、聞いてるよっ!」
幽々子様からの指令とレミリアさんのお願いにより、しばらくの間紅魔館で出張メイドとして働くことになった私。
特段疑問も異論もなかった身として、さっさと身支度をしてから館へ訪れてみたのだけれど、普段の雰囲気とのあまりの違いに圧倒されてしまう。
いつもであれば、わざわざ探さずともメイドの妖精たちがきゃっきゃしながら仕事をこなしていたり、気が逸れているのか休みなのかは分からないものの、はしゃぎ遊んでいる様子を見れるのだ。
ただ、今日はいやに館の妖精の数が少ない。私に声をかけてくれた子を含めてパッと見数人程度、そよ風に揺られる木の葉の音や鳥の鳴き声など、普段は妖精たちの喧騒にかき消されて届かない音がはっきり、耳に入ってきている程に。
「どしたの、妖夢? やっぱり、静かなの気になる?」
「まあ、気にはなります。紅魔館と言えば、大勢の妖精たちで賑やかなところってイメージなので」
「まーね! お庭もお家の中も今はとっても静かなんだけど、わたしも初めてでびっくり! 皆、人里楽しみだったってこと!」
ただ、静寂に圧倒こそされてはいるものの、一切慌ててはいない。白玉楼でやった話し合いの中で、レミリアさんから私が行った時に館のメイドの大半が居ない可能性が極めて高いと、そう伝えられているからである。
仮に、何も知らない状態で来たとしたら多少は戸惑い、警戒する可能性はあるかもしれないけど、それも長くは続かないはず。いや、絶対に長くは続かない。
何せ、静寂に支配されていると言える状況ではあれ、目の前の髪の毛が真っ赤な妖精……
庭や建物だけを見てみても、破壊されていたりする箇所は存在しないし、むしろこの間よりも綺麗になっているから。
そもそもの話、不在の際の防衛手段を構築していないはずはないし、万が一それが破られるレベルで紅魔館が危険な場所と化していたならば、レミリアさんが1人でもメイド妖精を残すはずがないのだ。
館の住人だけは、妖精だろうがなんだろうが、来たばかりか否かなど関係ない。例え私の身に何があろうと守り抜くと公言するような、そんな家族思いの吸血鬼である彼女が。
「ですよね。ところで、紅妖精ちゃんは行かなくていいんですか?」
「うん! 残ってる他の殆んどの子と同じで、レミリアさまに
「なるほど。殆んどということは、紅妖精ちゃんみたいな子も?」
「居るよ! レミリアさま、わたしとかあの子みたいな妖精らしからぬ妖精でも分け隔てなく接してくれるから、本当に大好きなんだぁ。えへへ」
ちなみに、留守番しているメイド妖精たちはその殆んどが、レミリアさん直々にお願いされている子らしい。
当然というべきか、彼女たちも人里へ遊びに行きたい組に入っているらしいけど、それ以上にレミリアさんが大好きだからお願いを了承して残っているに違いない。
紅妖精ちゃんみたいな感じの子、知らない他者とはできれば関わりたくないから、人里へ遊びにいくよりやりたいことがあったからみたいに、レミリアさんが関わらない理由で自発的に残っている例外の子も居るには居るらしいけど。
(妖精たちにとっては最強の庇護者ですもんね、レミリアさんは)
多数の強者が名を轟かせている、幻想郷でも指折りの強者として方々に多大な影響力を持つ大妖怪、吸血鬼のレミリアさん。
今現在の幻想郷にて、妖精という種族が影響力を増してきているのも、紅魔館に妖精が大勢集まっていくのも、彼女の存在が圧倒的に大きいと幽々子様は言っていた。
まあ、確かに妖精たちにとって紅魔館は絶対的な安全圏かつ、友人とか関係者でなくとも一声かければ楽しく遊べる場所であり、イタズラにも比較的寛容。
何より、レミリアさん他館の主力陣が全員、どんな形でも揃って妖精に優しく寛容ともなれば、考えずとも納得はできる。
(メノウちゃん、厄介な出来事に巻き込まれず平穏無事に過ごせるといいですけど……)
そして、これからはレミリアさんに並ぶレベルで、メノウちゃんも本人を含む妖精が幻想郷にもたらす影響力を、明確に強める要因の1つになっていくだろう。本人の人柄や人脈、図らずも主になった妖精たちの理想郷なる存在によって。
とはいうものの、影響力の増大は必ずしもメノウちゃんに得となる訳ではないから、友人の私としては心配だ。紫さんとの対話を含め、実力者からの望まぬ注目を否が応でも浴びることになってしまうから。
「さて。これからしばらくよろしくお願いします、紅妖精ちゃん。何せ私、館のメイドとしては新人なので」
「はーい! むふふ、妖夢と一緒にメイドのお仕事楽しみ――」
「貴女にとっては簡単な仕事内容だと思うから、気楽にいくといいわ」
「ひゃっ!? あぁ……びっくりしたぁ」
思考を巡らせつつ、門前で紅妖精ちゃんと長話をしながら門を通った瞬間、いきなり誰か……壁に寄りかかっていたフランさんに話しかけられたため、思わず驚いてしまう。恐ろしいことに、全く気配を感じなかった。
よく見たら、背中には奇怪な魔法陣が浮かんでいるので、今の彼女は分身であるようだ。性格や立ち居振る舞いなどもほぼ同等の、本物同然の分身だけど。
無論、更に分身できなかったり魔力が自然回復しない点を除けば、各種戦闘能力や種族特有の性質も本物のフランさんと同等で、あの破壊能力すら多少の制約こそあれ使用可能。
なるほど、これなら館に残っているメイド妖精たちも、安心して過ごすことができる。不埒な輩が侵入し、破壊活動なりメイド妖精に害を与えようものなら、無慈悲に消されるのだから。
「びっくりしたぁ……もう、驚かさないでくださいよ。紅妖精ちゃん、もしかしてフランさんがそこに居ること知ってました?」
「うん! 知ってたけど、面白そうだったから妖夢には言わなかった!」
「相変わらずねぇ。まあ、とにかく仕事内容をこの子と歩きながら説明するから、ついてきなさい。妖夢」
「あっ、はい。よろしくお願いします、フランさん」
「ええ。まあ、正直夕方まで暇を持て余すとは思うから、のんびり行くわよ」
とまあ、更に一言二言会話を交わしながら2人の後をついていき、正面エントランスから中に入っていけば、やはりというべきか館内も静寂そのもの。
私たちの会話は言わずもがな、普段あまり意識などしない呼吸音や足音などが、全員の耳にはっきりと聞こえるくらいには。
(静かですねぇ……)
で、道中で見かけるメイド妖精の数も、案の定大幅に少ない。暇そうに少ない窓から外を眺める妖精、天井で蝙蝠ごっこをしている妖精、鼻歌を歌いながら窓拭きをしている妖精と、メイド棟近辺に来るまでに見かけた妖精は3人だけ。
普段であれば、まず間違いなく10人以上のメイド妖精たちとすれ違うか、最低でも見かけることができるからこそ、その異様さが印象に残る。
(へっ?)
だったのだけど、フランさんが開けた部屋に居た4人目の真っ青な髪のメイド妖精……極稀に館内で見かける、壊れた物の修理をしている
両手のトンカチに加えて魔法や能力で複数かつ何種類もの道具を操り、通常ではあり得ない速度かつ手際で部屋の模様替えと修繕を行っていたから。
とはいうものの、仕事の進捗自体は終盤も終盤だったみたいで、フランさんや紅妖精ちゃんから説明された仕事内容を反芻する間もなく蒼妖精ちゃんが仕事を終え、手早く片付けも済ませてしまう。
「……なに?」
結果として、仕事を全て終えて部屋から出ようとした蒼妖精ちゃんと、扉の側に居る私とで、はっきりと視線が合うのである。まあ、それ自体は別に特筆すべきことではないんだけど、彼女は表情がないため感情が読み取れない。
刺々しさを感じる口調や小さめの声量、口数も最低限なところから推測はできるけど、そうすると大抵が怒っているかイライラしていると誤認されるだろう。場合によっては、要らぬ対立の原因にもなりそうだ。
しかし、実際のところ怒ったりイライラすることは、レミリアさんやフランさん曰く殆んどない。むしろ、100年程前の保護当初と比べて頻度が減っている程だという。
まあ、どちらも抱くだけで相応の精神エネルギーを使うし、ある程度他者と関わりを持たなければ、基本抱かないであろう感情。
極度の人見知りであるなら、見知らぬ他者とのやり取りは大きな負担になりかねないし、尚更抱かなくなっても無理はない。
「いえ、特に……えっと、今日からしばらく助っ人メイドとして働くので、よろしくお願いしますね」
「あ……うん。よろしく」
そうして、求められたのもあって手短に笑顔で挨拶をしてみたら、蒼妖精ちゃんは私の言葉を聞き終えるなり、逃げるようにして部屋を立ち去ってしまう。
きっと、フランさんや紅妖精ちゃんだけならまだしも、そういえば見たことあるかもって程度の相手でしかない私が居るこの状況に、自分が耐えられる限界を超えてしまったのだ。
よし。そういうことなら、仕事上どうしても必要な時以外は、蒼妖精ちゃんにあまり積極的に話しかけないでおこう。彼女だって、そっちの方が間違いなく安心して生活できる。
万が一、何かしらの理由で向こうの方から話しかけてきた場合は、この限りでないけども。
「あおちゃん、相変わらずだった! でも、結構妖夢には好意的っぽい!」
「確かにね……ねえ、妖夢。優しいあの子のこと、あまり悪く思わないであげて欲しいわ」
「心配せずとも、悪くなんて思っていませんよ」
通常の妖精を反転したかのような生来の気質、これを持って生まれてしまったがために恐らく、蒼妖精ちゃんは紅魔館に連れてこられるまで、色々と苦労してきたのだろう。
連れてこられた後だって、レミリアさんや親切な館の主力陣の助けを借りつつ、自分なりに馴染めるよう努力だってしてきたに違いない。例えば、どのような形でさえ皆に優しくしたり、お願い事を聞いたりするといった感じに。
でなければ、騒がしい程に元気いっぱいな妖精ばかりの紅魔館で、上手くやっていける訳がないのだから。
「さて妖夢。実は言うと、ここが貴女の部屋なのよ。出張メイドの期間中、自分の家だと思って自由に使っていいわ」
とまあ、蒼妖精ちゃんが辿ってきたであろう人生について、全くの無関係ながら少し考えていた刹那、フランさんがこう声をかけてきた。曰く、今居るこの部屋が出張中の私の部屋になるらしい。
「……え? ここですか?」
「そーだよ! レミリアさまが、あおちゃんにお願いしてたの! 妖夢のために、綺麗にしてあげて欲しいって」
「あの子、ああ見えて凄く張り切ってたわ。どんな部屋でも綺麗に快適、妥協は一切しないって感じで、いわゆる職人気質ってやつよ」
1人で使うには大分贅沢な広さと、見るからに高級そうな家具。しばらく未使用の部屋だったらしいけど、蒼妖精ちゃんの腕がいいからか全くそんな気配はしなかった。
退屈しないよう配慮されているのか、色々なジャンルの本やらボードゲームも配置され、何か用事がある時に他のメイド妖精を呼ぶためのベルも机の上に置かれている。
白玉楼の私の
(流石は紅魔館……まあ、あれだけ妖精が住んでいれば、色々なものが沢山必要になりますよね)
更に、この部屋の2つ隣にはお手洗いと洗面所が、更にその隣にはメイド専用の浴場と、単純に数日過ごすだけならこの近辺だけで完結できる程に充実していた。
比較的小さな空間であるため、どちらも希望すれば期間中貸し切りにすることも可能だという。
唯一、食堂だけはそこそこ遠いところにあるのだけど、ベルを使えば食事やおやつの配達依頼もできるらしく、本当に問題なく過ごせそうである。
まあ、期間限定とはいえせっかく紅魔館でメイドとして働きつつ過ごす訳だし、私としては他のメイド妖精たちとできれば仲良くしたいので、食事は食堂に出向いて取るつもりだけど。
「なるほど。まさか、そこまで厚待遇で迎えてもらえるとは……」
「こっちの都合かつ急な話で、他所の優秀な従者を1週間借りる以上はしっかり誠意を示したいからって、お姉さまが言ってたわ」
「当たり前だけど、働いてくれた分だけ報酬あるよ! 欲しいものがあったら、言ってくれれば追加で用意するって!」
基本的には、指定された範囲内の廊下や部屋の清掃にベッドメイキング、もしくは朝昼晩の食事および皆が食べるおやつ作りを適度な休憩を挟みつつ行う。ただし、大半の住人が妖精である以上、想定外の仕事が増える可能性が比較的高い。
場合によっては、レミリアさんやフランさんを筆頭とした、館の主力陣から何かしら依頼されることもあるという。勿論、私に不可能だったり難度が高過ぎる内容の依頼は、そもそもされないので大丈夫。
(まあ大丈夫だよね。駄目だったら、私が助け船を出せばいい)
なお、メノウちゃんと紫さんが紅魔館を会場に色々と話をする時間が期間中に1日あり、その日は私がメノウちゃんの精神的サポート役としてつけられるという。
ちなみに、その役割をこなすのは私以外にも何人か居る。サニーちゃんたちは当然として、紅魔館からはレミリアさんとフランさんもサポートに回るらしい。
霊夢さんや魔理沙さん、アリスさんもメノウちゃんにお願いされている上に、文さんにも新聞のネタ提供という体で声をかけているとのこと。
何だかんだ、初対面で少しびっくりさせてしまった幽々子様や私と、良い友人関係を築けたメノウちゃんなら、紫さんともそこまで悪くない関係を築けそうではある。
ただし、序盤の緊張モードがどれだけ強く出てくるか、これが少し不安である。理想郷にいつものあれで入ろうとして守護者である咲夜さん似の異界妖精と揉めた話を、メノウちゃんは当然知っているから。
「ふぅ……さて、改めて今日からしばらくメイドとして、色々とよろしくお願いしますね。お二人とも」
「ええ、よろしくね。妖夢」
「はーい! 一緒に頑張ろーね!」
ともかく、今日の夜から1週間前後は忙しくなりそうだ。幽々子様の顔に泥を塗らないように、私に期待してくれている紅魔館の皆に報いるため、頑張ることとしよう。
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