外の世界、前世で通ってた頃の
いや、もしかしたら少しはあったかもしれないけど、欠片も思い出せない時点で実質皆無だろう。
反面、嫌な思い出なら数え切れないくらい存在している。その中には、トラウマ級って呼べるものだっていくつもあるのだ。
しかし、今世では現在進行形で幸せな思い出が増え続けているし、お陰で精神的にも強くはなった。こうしてふと思い返したって、全くとまではいかずとも余裕を以て、耐えられる程度には。
「ここが寺子屋かぁ。結構広いけど、殆んど
「時間的にそうじゃない? もしくはお休みの日とかかも。さっきの男の子、外で遊んでたっぽいし」
「さっきの男の子? ただ単に寺子屋に通ってないか、サボってるだけじゃないかしら?」
「あはっ! 1人でボール遊びするために堂々とサボるって、何だか凄いわね!」
何故、ここまで幸せなのに頭の中でそう考えているのかといったら、僕やサニーたちが今居るのが寺子屋だから。
正確に言えば、寺子屋を囲う壁の上の腰を掛けられる程度の、小さなスペースに座っている。
幻想郷だし、前世の僕が通っていた学校とは似て非なる雰囲気の場所だけど、生きていくのに必要な色々なことを学ぶってところは同じだもの。過去というか、前世の頃の記憶を想起して当然だよね。
「出てくるまで待つつもりだけど、いつになるのかしら。どうせなら、皆で建物の中に忍び込んじゃう? いや、それは流石に早いわね」
「ええ、少なくとも今日はやめときましょ! いくら強化形態で高ぶってるって言っても、メノはまだ初人里だもの!」
「だよねー。なら、サニーとルナの負担如何によっては、驚かすのは中止にせざるを得ないわ」
「そうね! でも、私はまだまだ元気いっぱいよ! ルナはどう? まだまだ行ける?」
「大丈夫。今更この程度で根をあげる私じゃないから」
で、そんなところに着物姿の妖精が4人も座っていれば、まず間違いなく目立つ。寺子屋の中の人間さんたちや、慧音って名前の先生を驚かせることなんてできやしない。
そのため、サニーの能力で自身を含む4人全員の姿を完璧に隠し、ルナの能力で4人全員の出す音を完全に消していた。だからこそ、
なお、2人の能力で隠れる目的は達成できているため、僕とスターは現状完全に手持ち無沙汰である。
(スター……僕に遠慮してくれてるんだね。えへへ、別にいいのに)
さて、後は中から人間さんたちが出てくるのを待つだけとなったんだけど、これには最大の欠点がある。スターが言うように、いつになったら人間さんたちが出てくるのかが、全く分からないという欠点が。
時間の猶予はまだまだ十分、能力を使ってるサニーとルナの元気や、僕とスターの集中力も同じく十分にしたって、いつまでも待っていられる訳じゃない。
ここまでしておいてあれだけど、寺子屋へ来て人間さんを驚かすというのは、あくまでも
「あら。皆、もうそろそろ準備した方がいいわ。動き始めたみたいだから」
「了解。何というか、想定よりも早かったね」
なんて考えながら、ルナと一緒に鼻歌を歌いながらのんびり待っていた刹那、スターがこう呼び掛けてきた。能力で、中の人間さんたちが外へ出てこようとしてるのを、はっきりと探知したのだろう。
で、その後に30人前後の子供たちが一列に並んで、先頭には大きな反応……スター曰く、それは慧音先生だと言ってる。
多分、寺子屋の外に出てお勉強でもしに行くつもりなんだろうなぁ。いわゆる、課外学習ってやつ。
「早速来たわね! さて、このまま列の最後尾にこっそりつけて、頃合いを見計らって能力を解いて、驚かすわよ!」
「うふふ。知らぬ間に、4人の妖精に後をつけられてた時の反応……楽しみだわー!」
「……うん。僕もだよ、スター」
「っ! そうね!」
そうしてすぐ、変わった帽子を被った半妖さん……慧音さんと、後に続く僕たちくらいかちょっと小さな大勢の子供たちを確認するや否や、能力を使ったまま僕たちは後をつけ始めた。
音を消して姿を隠している今の僕たち4人は、かくれんぼ最強。とはいうものの、幽霊さんみたく実体がなくなる訳じゃないし、近づき過ぎるとサニーとルナの能力の効果範囲に入っちゃって気づかれるから、その辺は注意しなきゃ駄目。
後はそう、周りを歩く他の無関係な人間さんにも当然気づかれないため、僕やサニーたちが注意しなければぶつかったりしちゃう。当然、そうなれば何やかんやで気づかれるって展開になる。
こういうのを、スリルがあるって言うんだろうなぁ。
(うーん……最悪汚れたら汚れたで、併せ技で綺麗にすればいっか。破れたりしないように気をつければいいし)
それにしても、慧音さんはもとより子供たちも皆汚れても良さそうな服装だけど、何をしにどこへ行くつもりなんだろう。田んぼとか畑に行って、農家の人間さんのお手伝いをしてどうたらこうたらって感じなのかもしれない。
それとも、山とか森に遊びに行って自然体験的なことでもするつもりなのかな。
いや違う、ここは幻想郷。人を襲う妖怪さんとかイタズラ妖精さんとか、他にも僕が知らない色々な危険とかもあったりするはずだし、やっぱり農家の人間さんのお手伝いとかな。
一瞬、人里は紅魔館とも関係が深くなってるし、メイド妖精さんと子供たちの相性は良さそうだから、行って何かするのかなとも考えたけれど、流石に違うよね。
幻想郷に来てから今に至るまで、余程のことがない限り人里の人間さんを紅魔館に招くことはあり得ないし、招く時は自分自らが出向くってレミリアは言ってたし。
「うひゃあ!? せ、慧音せんせぇ」
「ん? どうかしたのか?」
「足跡、足跡がぁ……勝手について来てるよぉ」
「ふむ、確かについてきているな。邪なる気配は微塵も感じないが……」
建ってる家の数が少なくなり、その分大小様々な畑や田んぼが見えるようになってきた頃、不意に後ろを振り向いた男の子が腰を抜かした。その怯えたような視線は僕たちの方、正確には僕たちの足下や通ってきた土の道へと注がれている。
あの男の子からしてみれば、数人分の何者かの足跡
そして、友達や慧音先生の後ろに隠れ、怖さのあまり足を滑らせて田んぼにダイブしちゃったり、泥団子を作って投げたりその場でわたわたしたりと、他の子供たちも三者三様の反応を見せていた。
「足跡の大きさからして子供……妖精か? 透明で無音……あぁ、なるほど。恐らくは、彼女たちの仕業だな」
「妖精……先生、ぼく分かった! サニーお姉ちゃんとルナお姉ちゃんでしょ?」
「スターちゃんはいるかなぁ。お料理教えてもらったお礼、できないまま会えなくなっちゃったの、心残りで」
「2人が居るなら居るでしょ。ていうか、足跡1人分多くない? サニーちゃんと、スターちゃんと、ルナちゃんと、あと1人って誰……あっ、もしかして噂のメノちゃん?」
「「……あっ!」」
しかし、長く生きる慧音先生の冷静な推理によって、あっという間に足跡の正体がサニーやスターやルナだと露にされると、子供たちも一気に落ち着きを取り戻した。それどころか、まるで妖精さんたちのようにワイワイし始め、慧音先生が苦笑いするまでになる。
僕が妖精として生まれる前からずっと、サニーたちは寺子屋の子供たちと色んなことをして仲良く遊んでいた故に、慕われているのだろう。
これだけ派手にイタズラをして被害も出したというのに、誰もそこまで怒ったりしていないんだもの。
何にせよ、愛する家族3人が子供たちの人気者だというのなら、僕としては鼻高々。イタズラがとても大好きだから、人間さんにとっては困った面もあるけどまあ、妖精だからある程度は仕方ないよね。
「あちゃー。足跡でバレるだなんて、盲点だったわ。でも、皆の反応自体は大満足よー!」
「何でそこに思い至らなかったんだろうね。皆で後をつけるのに夢中になり過ぎて、意識から逸れたのかな?」
「絶対そうだと思う。で、サニー。どうする? 犯人が私たちって当てられちゃったっぽいし、もう姿を現す?」
「ぶふっ……そうね! 面白いもの見れてイタズラ大成功ってことで、ネタばらしするわよ……じゃじゃーん!」
「どう? 皆、びっくりしたでしょ?」
「「「……うわっ!?」」」
なお、こうなった以上はもう隠れている意味もないので、サニーが使ってた能力を解いて姿を現し、ルナも続いて能力を解き音を出すや否や、1番僕たちの近くに居たあの男の子は目を見開いてびっくりしていた。
他の子供たちも、僕たち4人の登場はもとより着物を着ていることが予想外だったらしく、あれだけ騒がしかったのに一瞬で静かになる。
まあ、畑とか田んぼがあるここは着物で来るような場所じゃないし、人里だって何かのお祭りの日とかじゃなさそうだったから、余計に目を引くのも無理はないか。僕も多分、子供たちの立場だったらきっと視線をチラチラ向けちゃうもの。
「やっぱりお前たちだったか。何というかまあ、よく着物でここに来ようと思ったな。気をつけていても、多少は汚れると思うんだが」
「ここにメノが居るからよ、慧音!」
「わわっ! サニー……?」
それはそうと、課外授業中のところにイタズラを仕掛けて妨害し、まあまあな被害を出した割には慧音先生の態度が、僕の予想よりもかなり柔らかい。何やかんやで、サニーたちが寺子屋の子供たちと仲良しだからだろうか。
とはいうものの、表情とかを見る限りでは完全に何とも思っていないって訳じゃなさそう。
そりゃあ、ここに居る目的からして恐らく農業体験でもするんだろうし、足止めをしていることで間接的に受け入れてくれる農家の人間さんにも、多少なりとも迷惑はかけている訳だものね。
「どういうことだ……? あぁ、そういえばそうだったな。彼女はどんな汚れも、たちどころに綺麗にできる凄い妖精だとか」
「ふふーん。他にも、沢山色んなことができる凄い妖精なんだからね! 私とスター、ルナの自慢の家族よ!」
「あらあら。サニーのいつものあれ、始まったわねー」
「うんうん、分かるよ。
ちなみになんだけど、慧音先生が僕を指して言った凄い妖精って褒め言葉がトリガーになり、案の定と言うべきかサニーの家族自慢が始まった。ちょっぴり照れくさいけど、聞いてるだけで暖かくなるような自慢話が。
無論、サニーのこの癖は僕だけが対象なのではなく、家族であるスターやルナが他者から何かしらの形で褒められた時も、同じようにし始める。
とはいえ、幻想郷に妖精として生まれてから1年にも満たない僕と、100年単位で幻想郷で生きているが故に皆との交流が多いスターやルナとでは、その勢いが違うけれども。
「ひにゃっ! もうっ、サニーたちったら……にへへぇ」
「相変わらずね、メノ。全然くすぐりに強くならないからやりがいあるわー」
「やりがいあり過ぎて、下手に苦しめたりしないように気をつけなきゃね」
「そうね! 今の私たちには、結構難しいことだけど!」
「全く……暖かい家族で良かったな。メノウ」
「わっ……うん!」
僕を隣にぐいっと寄せて、ニコニコで当たり前のように頭を撫でながら、慧音先生にこれでもかと僕の自慢話をするサニー。あまりにもグイグイ行くから、聞かされてる慧音先生も若干呆れているというか、ちょっぴり引いてる感じだった。
スターとルナも、そんなサニーを見ていてウズウズしていたんだろう。サニー程じゃないとはいえ、色々と僕に対してやりたいことをやり始めている。
勿論、僕としては2人がそれで幸せになってくれるのであれば願ったり叶ったりなので、このまま飽きるまで大人しくちょっかいを出されていよう。
(大丈夫かな? まあ、大丈夫なのかな……?)
そんな感じで楽しそうなサニーたちに、自慢話を聞いている子供たちの方も感化されてきたのか、元々の目的なんて忘れているかのように楽しそう。いや、確実に忘れている。
サニーちゃんまた家族自慢やってるよとか、皆よっぽどメノちゃんのことが好きなんだねとか言って笑ったり、サニーのみならずスターやルナにメノウってどんな妖精なのと、少し踏み込んだ質問とかしたりしてる子ばかりだから。
ただ、慧音先生がこの状況をすぐ終わらせようとはしていないのを鑑みるに、時間にそれなりに余裕を持って寺子屋を出発してきたのかな。
あの子供たちの気が何かしらで散ったり、何らかのトラブルが起きた時用の時間を確保するためとかって理由で。
(こういう時、僕が何かしようとしない方がいいんだよね……?)
というか、サニーたちに僕のことを聞く皆を見て思ったけど、本人がすぐ近くに居るのに直接話しかけないのは何でなのかな。
もしかして、僕のことをある程度知ってくれているからこそ、気を遣ってくれてるってことなのかな。
だとしたら、心がとても優しくて楽しい人間さんなんだろうなぁ。まあ、そうでなきゃサニーたちが仲良くしようなんて、きっと思わないよね。
「メノウお姉ちゃん。本当に、ぼくみたいに泥だらけの服でも、綺麗にできるの?」
なんて思っていたら、普通に話しかけられてちょっとびっくりした。僕よりも少し小さな、さっき足を滑らせて田んぼにダイブしちゃった、全身泥だらけの男の子だ。
どうやら、僕がどんな汚れもたちどころに綺麗にできるって、慧音先生が言っててもあまり信じれていないらしい。確かに、ここまで派手に汚れちゃえばできる訳ないでしょって、普通は考えるもんね。
しかし、そんな心配は無用。全身泥だらけ程度であれば問題なく、本当に汚れていたのかってレベルまで綺麗にすることができるから。
おまけに今、僕は春の気配で究極的に高ぶるリリーにも劣らない程度には、暖かな大地の力が溢れ出てきている。
失敗する確率は万に一つもないし、何だったら余計な演出とかを入れてもそれは変わらないと言い切れるくらい。
「うふふ。そのくらいなら、簡単にできるよ。えっと……君たちみーんな、綺麗になあれっ!」
だから、目の前の男の子だけじゃなくて、多かれ少なかれ僕たちのイタズラで汚れたであろう8人も、力を込めた上でまとめて併せ技を使ってあげた。
周りから見ているサニーたちにも楽しんでもらえるように、僕なりに凝ったキラキラの演出も付け加えて。
(よし、綺麗にはなったかな)
結果、演出の方はキラキラが変に強過ぎて見にくくなってしまったものの、肝心の汚れ取りの方はいつも通り完璧にこなすことができた。勿論、服だけじゃなくて身体の方も全部、ちゃんとお風呂に入って洗った時と同じくらい綺麗になっているだろう。
何かと負担が大きめなこの併せ技だけど、今が強化形態故か大して負担を感じることはなかった。夜中に人里上空を飛び回った時に比べれば、まだまだ余裕綽々だ。
「えへへ。どうせなら……えいっ!」
「「「うわ!?」」」
ということで、念のために余計な演出は完全にカットした上で、この場に居る皆に対しても併せ技を使ってみたところ、これもさっきと同じように完璧に発動してくれたのを確認できた。
僕の家での家事や紅魔館でのメイドの仕事、皆で遊んでいる最中や終わった後とか、沢山使ってて技術も上がってるんだから、普通に使うだけなら失敗しない自信がある。
うん。そう考えると、やっぱり併せ技に思いつきで余計な演出は付け加えない方がいい。さっきみたいに、変な失敗しちゃうもの。
(ふぅ……サニー、スター、ルナ。僕はまだまだ大丈夫だよ)
後は、対象の人数の多さによる負担の方も相応に増えてるものの、強化形態故の増大した回復力も考慮に入れれば、これから普通に人里巡りをするだけなら特に問題はない。
正直、この高ぶりに理性で抗い続けて、普通に人里巡りをするというのは何か無理そうな気がしてならないけどね。
「どう? 君の先生が言ってた通りだったでしょ?」
「……うん、うん! 凄かったよ、メノウお姉ちゃん!」
「これで、いくら泥遊びしても平気だね! ふふっ」
「妖精のお姉ちゃんって、泥遊びは好き? それとも嫌い?」
「ねえねえ。今度、わたしたちと一緒に遊んでくれる?」
ちなみに、今使った併せ技に対する子供たちの反応は、僕にとっては紅魔館の妖精さんを想起させるような、かなり暖かいもの。
遠慮がちだったのに急に周りに集まってきて、矢継ぎ早に話しかけてくるようになったからちょっぴり困惑気味ではあるけど、嫌な感じは微塵もしていない。
「全く。時間はまだ大丈夫だが……一応、寺子屋の課外授業中というのを忘れるなよー」
「「「あっ……はーい!」」」
これならばきっと、ここに居る子供たちとは近い内に仲良しな友達になれそうだと、僕は強く実感するのであった。
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