幻想郷に、妖精の女の子として生まれ変わったという現実味の薄い現実。これに対して思うことを一言で表すとするならば、『とっても恵まれている』。
何せ、前世で内心憧れていたというか欲しかったものを、余すことなく全てもらえているから。
確かに、性別どころか種族が変わってたりもそうだけど、それ以外にも今まで信じていた常識が全てではなくとも、大半が音を立てて崩れてったりもした。
後は、まだ人間の男の子として外の世界で暮らしてきた時間の方が、妖精の女の子として幻想郷で暮らしてきた時間よりも圧倒的に長い。それ故に、幻想郷についてもまだ表面的なところしか、見れていなかったりもする訳で。
今後、何十年~何百年と生きていく内に知りたくもないことを知ったり、辛く苦しい出来事が起こるかもしれない。そのせいで、嫌な思い出の1つや2つ、下手したら3つ以上残ったりする可能性だって否定はできない。
「楽園。僕に安らぎと幸せをくれる場所」
「あら、随分と評価してくれるのね」
「うん。愛する家族に賑やかで優しい友達っていう、何にも勝る宝物をもらうことができたんだもの」
「……なるほど」
しかし、今世の僕は前世の何も行動
それだけで、僕にとってはまさしく楽園と言える。乗り越えるべき壁がどれだけ高くとも、渡るべき道がどれだけ茨の道であろうとも、こんなにも頼もしい支えがあれば、それを糧に自ら行動して乗り越えられるのは必然だろう。
「そして、その安らぎと幸せは僕だけがもらえてた訳じゃない。だから、ねっ、そうでしょ? ルナ」
「え、そこで私に振る? まあ……うん。美味しいもの食べて、のんびりお家で本を読んで、サニーやスターとイタズラしに行って、チルノたちと色んなことをして――」
「去年の夏頃からは、メノも仲間入りしたものね! 確かに、大変だったこともあったけど、それ以上に毎日が楽しくなったわ!」
「もう私たち、メノなしの一時は考えられないもんねー」
「……うん、それはまさにそう。色々な意味で」
「ふふ。まあ、穏やかに過ごせているのなら何よりですわ」
ただし、裏を返せばそれが完璧に崩されるか崩れる時が来てしまえば、僕の終わりということになる。否が応でも、そうなってしまう。
だからこそ、僕は日常でも異変のような非日常でも関係なく、皆に幸せで居てもらうために力の限りを尽くす。気持ちの上では、自分の身すら投げ出してでも優先するつもりでいる。
けど、当の皆が僕にそこまでしてもらうことを全く求めていないどころか、そこまでされたらむしろ辛いだけだから、自分の心と身体も同じくらい大切にして欲しいと言っている以上は、本当にするつもりはない。
過ぎた自己犠牲の精神は、僕自身だけでなく皆にとっても逆に毒になってしまうと、はっきり理解することができたんだもの。
とはいえ、本当にはっきり理解できたのかと誰かから問われたら、正直自信はない。いや、理解できたというよりは、上手く理性で留められてるだけって感じなのかな。
「それを言うならば、私たち紅魔館も似たようなものよ。スター」
「へー。やっぱり?」
「ええ。今の紅魔館、メノウのお陰でより一層明るくなってるの分かる? 勿論、スターの力だって負けてはいないけど」
「理想郷の妖精もちらほら居るものね! ところで、そんなに増やして大丈夫なの? 近い内に300人超えそうだけど」
「……ぎくっ」
「これ、サニーが言わなきゃまだ増やすつもりだったっぽいわね。お姉さま」
「レミリア。程々にしないと、その内館の面々から突き上げ食らうわよ……?」
「ええ……心配せずとも、これ以上は自重するわ。流石にね」
それにしても、こうやって改めて僕のやってきたこととか、存在そのものを認めてくれていると分かる言葉を、直接じゃなくても耳にすると心が温かくなる。何なら、本当に身体が物理的に暖かくなったような感じもしてくる。
まあ、手を繋いだままのルナが何も言ってこないから、僕の気のせいなのはほぼ確実かな。サニーやスターと同じくらい、ルナは僕の体調とかに敏感な妖精さんだから。
「アリス。何というか、私らほぼ蚊帳の外になってるな」
「なってるわね。ものの見事に」
「てか、このままだとメノまで蚊帳の外になりそうだぞ。流れを戻した方がいいんじゃないか?」
「僕? えっと……魔理沙は、今すぐ戻した方がいいと思う?」
「おう。紫との対話を続けるにしろもう止めるにしろ、時間を置けば置く程切り出しにくくなるしな」
「一応、私たちも無限に時間がある訳じゃないからね。できる限り、決断を早くしてくれると助かるわ。メノ」
さてと、僕がルナに話を振ったせいで対話が脱線してどっか行っちゃったし、ここら辺で紫さんに話を戻そう。どうせなら、紫さんが喜んでくれそうなこととか、安心してくれるようなことでも言ってあげようかな。
ただ、そうなるとどう切り出そうか迷う。話の流れを切るだけなら別に考えなくたって、何か喋ったり行動したりすればいいだけだし、やっぱりそうしよう。
いや、魔理沙たちが言うように、もう少ししたら切り上げようかな。貴重な時間を僕のために使ってくれている以上、話すことがお互いにないのなら終わりにした方がいいしね。
別に、次の話が諸事情により数年数十年後になりますとかでもなければ、2度とそんな機会は訪れませんというなら話は別だけど、実際はそうではないんだから。
「皆様、そろそろよろしいでしょうか? メノウ様の方へ、少し目を向けてあげてください」
「「「あっ」」」
「私としたことが、つい話に夢中になり過ぎちゃったわ」
「紫はともかく……相変わらずね。お姉さまの、妖精が関わるとこうなる癖」
「面目ないわ……」
「私も私で、楽園って答えをもらえたお陰で、無意識に気が抜けてしまっていたようね」
「まあ、メノと対話したがってた理由が理由だからなぁ。紫は」
なんて思いつつ、僕のために時間を割いてくれている魔理沙や霊夢たちのことも考えて、とにかく今すぐ1回こっちに注目を向けようとした刹那、ここまで沈黙を保っていた翡翠の妖精さんが言葉を発した。
僕の動きが分かっていたのかというタイミングでの発言、魔理沙や霊夢との会話も相まって、僕が言い出しにくくて困っているように見えたんだろうか。
まあ確かに、状況からして困ってなかったとは言えない。でも、サニーたちやレミリアが僕のことを褒めてくれたり、何やかんやで楽しそうにしているのを見れているから、困っているとも言い難かったけど。
「もうっ、謝らなくたっていいのに。むしろ、僕の方こそ変な話の振り方してごめんね、ルナ」
「ん? あー、もしかしてさっきの? それなら、私は別に気にしてない」
「私も同じねー。サニーもそうでしょ?」
「勿論よ! というか、私はもとよりスターとかルナも似たようなことしてるじゃない」
「自分で言うのもなんだけど、それは確かにそう」
で、そうしたら紫さんたちよりも先にサニーやスター、ルナがはっとした表情をしてからすぐに放ってしまってごめんなさいと謝ってきたけど、僕としては別に気にしてなんていない。
普通に幸せな光景を見れて満ち足りているのもそうだけど、翡翠の妖精さんが代わりに言ってくれるまで、当の僕が何も言わなかったからだ。
故に、この状況を謝るべきだと言うのなら、それは話を脱線させた張本人である上に、今の今まで何も言わずにじっと見ていただけな僕。だからこそ、僕も謝り返した訳なんだけどね。
「紫も、特に気にしてないってことでいいわよね!」
「ええ。こちらとしては、テルースメノウが又聞き通りの性格だと直接確認できたから満足よ。気遣いが足りなくて、ごめんなさいね」
「ううん、僕なら全然大丈夫。何はともあれ、安心してくれてよかった。ちょっぴり、お話しするの頑張った甲斐があったよ」
なお、レミリアやフランとの会話に集中力を割ける程度には、僕や僕の存在に対して安心感を抱いてくれてた紫さん。気遣いが足りないと言っていたけど、全然そんな風に思ってはいない。
普通の話し合いとか厳かな会議、緊急性の高い事柄についての相談とかならともかく、今日の対話はそこまでのものじゃなかったし。
初めて会う人妖さんにあまりグイグイ話しかけられると、サニーたちが一緒でも未だに緊張しちゃう僕にとっては、適度に気楽な方がありがたい。
もし謝られる前に、これも僕に対する気遣いなんだよと紫さんなりサニーたちから言われてたとしたら、疑わずに間違いなく信じてた。で、幸せな気持ちで満たされていただろう。
「ああ、そうだ。最後に1つ、この宣言だけしておしまいってことにしたいんだけど、大丈夫?」
「勿論、ここで終わりにしたいのなら構わないわ。これ以上はきっと、貴女にも負担になり得るものね」
「あら、おしまい? りょーかい!」
ちなみに、翡翠の妖精さんが代わりに皆へ声掛けしてくれてから、いつ言おうかタイミングを逃した対話の切り上げも、ここにきてようやく言うことができてよかった。
紫さんも、特に何か言うことなく頷いてくれたから、何だかんだ楽しさすら感じたこの一時も終わることが決まる。
ただし、狙った訳じゃないけどおやつが運ばれた直後に言っちゃったお陰で、まだバクバク食べたり飲んだりしてるサニーたちやゆゆさんを、図らずも急かした感じになっちゃったのは失敗かな。
「何だかんだ、対話が長引いたものね~。もうホールケーキ3つも食べちゃったわ」
「えっ、3つも? 幽々子様、いくらなんでも食べ過ぎでは……?」
「あっ。メノ、ちょっと私がおやつ食べるまで待って……んぅ!?」
「サニー、それあたしの激甘チョコレート……あぁ、遅かったかー」
「うっわぁ。サニーちゃん、ご愁傷様」
だって、サニーがノーゼのこの世のものとは思えない甘さの、薄茶色のチョコレートを間違って食べて悶絶したし、ルナがアイスクリームを全部まとめて落としちゃったりしたから。
楽しみにしてたのに味わえず、しょんぼりしてるところを見てると、申し訳なさが込み上げて仕方ない。
今度、チルノに協力をお願いしてアイスクリームを用意しよう。コーヒーはルナ程詳しくないから、お詫びも兼ねて他のお菓子を明日以降にでも作らなきゃね。
(……)
ううん、やっぱりそれは違う。残りがあればの話だけど、ルナにアイスクリームを食べてもらうまで紅魔館への滞在を伸ばしてもいいかと、今すぐにでもレミリアに相談を持ちかけるべきだろう。
(食べることがとっても好きだから、ルナの気持ちが痛い程よく分かったのかな)
ということで、手招きしてお願いしようとした刹那、ゆゆさんが自分の取り分を半分も分けてくれた。お陰様でルナもアイスを多く食べられてにっこり、僕もその様子を見れてほっとひと安心である。
後はそう、僕がお詫びを兼ねたお礼をする相手はゆゆさんとなる。内容は当然僕の手料理、和食洋食問わずに材料と時間の許す限り沢山作ろう。
「別にお詫びなんていいのに。でも、ご馳走してくれるっていうなら、その日を楽しみにしてるわね~」
「ちなみに、食材諸々は私の方で用意しますね。メノウちゃん」
「うん。えへへ、楽しみに待ってて」
とはいえ、今日すぐにできるようなことでもないか。早くても、理想郷の大探検が終わり、メイド妖精としての仕事を再開したその週の休みになるだろう。
なお、ゆゆさんは僕の話を聞いたその瞬間からニッコニコ。そこまで楽しみにしてもらえると、僕としても腕が鳴る。
「ところで、その宣言とやらは何かしら?」
「えっと、妖精たちの理想郷の主として、こっちから幻想郷と敵対することはしないって宣言だよ。誓いの証拠的なもの要る?」
「いいえ。そんなものはなくとも、私の耳で聞けさえすれば十分ですわ」
「そりゃそうだ。どう考えても、メノが敵対とかあり得んしな」
そして最後に、僕個人としても理想郷全体としても、幻想郷には決して敵対をしない宣言を、証人が沢山居る中でちゃんとすることも忘れない。
紫さんが理想郷の最深部、妖精大庭園にこっそり入ろうとしたのも、今日こうして直接対話することを求めてきたのも、僕が自分の大切なものを傷つけられないかが怖かったから。
僕自体は吹けば飛ぶくらいに弱かったとしても、その背後に控える理想郷の物量はとてつもない上に、力の質の上限が未知数。加えて、翡翠の妖精さん以上の恐ろしい何かが居る可能性も、立場的に否定はできない。
故に、今ここで宣言をしたとて完全に安心できないとは思うけれど、少なくとも制御不能の暴走機関車みたいにはならない程度には、考えてくれるかな。
例え信じきれていなかったとしても、愛しい家族や友達を幸せにしてくれているこの幻想郷に敵対するなど、実に愚かで正気を疑う行為をしないってところは、不壊不変なんだけどね。
「さてと、テルースメノウ。改めて……ようこそ、忘れられた者の楽園、幻想郷へ。我々は、貴女や貴女の率いる理想郷を歓迎しましょう」
終わり際、今までの和やかな雰囲気からガラッと変わり、とっても厳かな式典をしている雰囲気の中、僕はそんなことを考えながら紫さんが差し出してきた手を握り、ガッチリと握手をしたのだった。
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