「ねえ妖夢~。暇だし、メノウって妖精の子に会いに行かない?」
今日も今日とて白玉楼の庭の手入れをしつつ、合間に剣術の鍛練を重ねていた時、私はふと幽々子様にこう声をかけられる。
メノウちゃん。彼女の姿は、『文々。新聞』の特集でしか見たことはなく、確か空を飛ぶ速さが魔理沙さん並みで、有力な妖精軍団と同等の力を持っているという。
物凄く料理作りが上手で、かつそれ以外の家事能力も一級品であるとの情報も、新聞に載っていたものだ。
新聞の情報の信用度に関しても、実際に付き合いのある霊夢さんや魔理沙さんが、正しいと太鼓判を押してくれたから、間違いないのだろう。
だから、何かと食べることが大好きな幽々子様が興味を持って、実際に会ってみたくなる気持ちも理解できる。私もちょっと気になってるし。
「はい。別に構いませんけど……メノウちゃんは物静かで、なおかつとっても臆病な妖精らしいですよ。いきなり家に行ったところで、まともに会話してくれるか……」
「分かってるわ~。だから、霊夢とか魔理沙、仲良しらしい妖精軍団に頼んで紹介してもらうつもりよ。そうすれば、少なくとも会話はしてくれると思うの」
「なるほど。確かにそれなら、可能性はありそうですね」
「でしょう? 勿論、拒否されたら大人しく引き下がるわ。幻想郷の実力者とのパイプが太いあの子と揉めても、得なんてないもの」
それに、これも新聞の特集に書いてあったことだけど、メノウちゃんは過去に人間から酷いことをされたせいで、他者との交流にかなり消極的らしい。
これが中々に心を抉られる内容で、何をどうしたら
古代遺跡の中に捨てられていたなんて文面、文さんによって酷く誇張された表現だったら、どれ程良かったことか。
サニーちゃんたちに保護されるまでは褒められたことがなく、むしろ家事ができなければ苛烈な精神的暴力を振るわれ、挙げ句の果てに心休まる場所すらほぼ奪われる。
「それにしても……さぞかし、辛かったでしょうね」
「それは、私もそうだと思います」
「もし死んだら、その人間は地獄行きかしら」
「少なくとも地獄行きで、なおかつ同等の責め苦は受けるかと。そういう人間は、得てして自身よりも立場なり実力が弱い他の人にも同じでしょうし」
「だとしたら、相当な恨みは買ってそうね。きっと、ロクな死に方しないわ」
だからこそ、ちょっと褒めるだけでも私や他の人妖から見れば大袈裟だと思うくらいに嬉しそうにして、場合によっては大泣きするくらいにメノウちゃんは喜ぶのだろう。
友達や家族と1度でも思った相手のためならば、自分の意思を意識的に殺してまで、尽くすことに幸せを感じるようになったのだろう。
自分自身が身体的・精神的問わずに痛め付けられるよりも、友達や家族として認めた相手が痛め付けられることに対して、圧倒的に拒絶反応を示すのだろう。
メノウちゃんの傷つけられた心が癒えるまでには、一体どれだけの時間と優しさが必要なのだろうか。
「じゃあ、妖夢。出かけるけど、貴女の準備はいい?」
「はい……あっ、すみません。葉っぱと枝がまだ片付いていませんが……」
「簡単なことは幽霊たちにやってもらえばいいから、そのままで大丈夫よ」
これから会うメノウちゃんのことを考えつつ、鍛練を中断した後うっかり残していた枝や葉の片付けを、お手伝いの幽霊たちにやっておいて欲しいとのお願いを済ませたら、既に準備万端な幽々子様と一緒に白玉楼を後にしていく。
(……私と幽々子様、どう見られるんだろう?)
そう言えば、メノウちゃんにはソーウル・デュー……ウルちゃんと呼ばれている、守護霊が憑いているとも書かれていた。温厚な方みたいだけど、一応元は悪霊の類いだったらしい。
対外的に力を振るったことはほぼないらしく、その全容は謎に包まれているが、霊夢さんが悪い影響を及ぼす幽霊であったなら、問答無用かつ全力で祓うと取材で語っていたという。
初見の際は、魔理沙さんも警戒するくらいの
新聞に載っていたウルちゃんの見た目は、私よりも小さくて可愛らしい女の子のように見えたけど、下手なことをして怒らせたらとっても怖そうだとは、確かに何となく思った。
「おーい! こんなところで、2人揃って何してるんだ?」
「あら魔理沙、ちょうど良かったわ。私と妖夢、これから妖精大樹に行こうとしてるのだけど……一緒に来てくれないかしら?」
「一緒に? 構わないが、わざわざ私に頼んでくるってことは、目当てはメノか?」
「ええ、あの子の料理が食べてみたくてね。とても臆病な妖精とは聞いてるから、仲の良い貴女が一緒の方が話を聞いてくれやすいと思ったの」
見慣れた冥界を通り抜け、幻想郷と冥界を隔てる結界を超え、直に魔法の森方面へと向かい始めてから少し後、私と幽々子様を呼び止める声が聞こえる。振り向いたら、箒に跨がった魔理沙さんだった。
人里や博麗神社や紅魔館の近辺ではなく、魔法の森の近くで見かけるのが珍しいから、話しかけてきたって感じだろうか。
何にせよ、こちらとしてはちょうど良い。元々魔理沙さんに声をかけ、一緒に行ってもらうつもりでいたから。
「なるほどな……ただ、今は紅魔館で雇われメイドとして働いてる時間なんだよ。念のため確認するが、2人はメノと友達だったりするか?」
「いいえ。そもそも会ったことすらないわ」
「右に同じく、新聞で姿を見たことがある程度です」
「なら、確実に無理だ。人里にでも行って夕方まで時間を潰すか、一旦帰ることを勧めるぜ。外でならまだしも、紅魔館の中だと来客対応ってことになる」
しかし、魔理沙さん曰く今すぐとはいかないらしい。メノウちゃんをメイドとして雇ったレミリアさんの方針により、仕事中は特別に気を遣われているからとのこと。
私と幽々子様の場合、その保護方針にがっつり引っ掛かって確実に会えないみたいだ。仮に、館外で何回か会った経験が確認できたとあってさえ、色々と制限されるという。
だけど、紅魔館に来る人妖がメノウちゃんと友達以上の関係で、かつその事実をレミリアさんたちが知っていた場合は、これらの制限は全て取り払われる。
別の用事で来館したついでに、思いつきでふらっと会いに行くことだって許されるらしい。
仕事に影響しない程度にとの但し書きはつくけれど、それはまあ当然だ。なお、似たような状況下でもメノウちゃんは、今まで1度も実質仕事をサボったこともなければ、求める品質を下回ったこともないらしいので、心配されてはいないようだ。
門の前で立ち寝をしていても、侵入者や来客が来れば絶対に起きて任された仕事を全うする、美鈴さんみたいな扱いなのだろう。
(……)
幻想郷に移り住む遥か昔から、館の業務のほぼ全てを任せるくらい妖精を気に入っているレミリアさん。
過去のせいでかなり臆病なメノウちゃんの、相当強かったであろう警戒心をいとも容易く解きほぐし、友達になった挙げ句にメイドとして雇うまでに至らせたその類い稀なる手腕は、素晴らしいとしか言い表せない。
彼女も彼女で、レミリアさんたちや一緒に働いているというスターちゃんの助けこそあれ、紅魔館に凄まじい早さで馴染み、大変な仕事をあたかも昔から働いていたかと言わんばかりの手腕を発揮して行っているらしいけど、普通に凄いと思う。
このまま何もなければ、過去の影響が完全になくなるとは思えないけど、極めて小さくなってくれるに違いない。
「そうですか。そういうことなら仕方ないですね。ところで、このまま妖精大樹に向かい、メノウちゃんが帰ってくるまで待つという選択肢はありですか?」
「うーん……私が居ればありだと思うぜ。ただ、これまでの来客とは毛色が違うから、ウルの存在があるとはいえ普通より警戒される可能性、場合によっては目的が達成できない可能性も考えとけ」
「確かに。幽々子様はともかく、私は半分人でもう半分が幽霊……その可能性はありそうですね」
「焦らず騒がず、ゆっくり行きましょう~」
なんて、まだ直接会ったことすらないメノウちゃんのことを考えたり、ばったり遭遇した魔理沙さんとの会話に勤しみながら、私と幽々子様は心を躍らせるのであった。
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