「霊夢~! お裾分けに来たわー!」
「朝っぱらから元気ね、穣子は」
明くる日の朝方、雨が降りそうで降らない曇り空の日。
特に良くも悪くもない心地の中、私は静葉姉さまと一緒に博麗神社へと足を運んでいた。目的は、多めにもらった野菜や果物のお裾分け兼、私たちの暇潰しのため。
一応、私は豊穣の神で静葉姉さまは紅葉の神ではあるけれども、様々な人妖や神が入り交じる幻想郷では信仰か少なく、弱い方。
その上、今は眠っていた命が目覚める季節の春が終わり、陽が燦々とその輝きを増す夏へと向かうまでの
幻想郷の秋を担当する神なだけあって、季節外れな今はやることがまるでなく、とことん暇なのだ。神としての仕事に悩殺されず、気楽で居られるのはとてもいいことではあるが、何事にも限度はある。
「いつもありがとう……あら、穣子。今日は
「勿論! 私たちと霊夢の仲だし」
「そう。なら、ありがたく受け取るわ。せっかくの高級食材、大事に食べていかないと」
相変わらず、朝早くから境内の掃き掃除をしていた霊夢に声をかけ、手を止めてから持ってきた農作物をお裾分けすれば、彼女はいつものように嬉しそうにしてくれる。だからこそ、ちょくちょくあげたくなるのだ。
なお、今回お裾分けした農作物は私が懇意にしている、文句無しに自然農法のエキスパートと言える農家から仕入れていた。
4人家族、短い一生を農耕に捧げると断言して実行し続けている、周りから見ればまさしく狂人一家。
しかも、特別な魔法や私のような農耕に特化した能力もなしに、世代を渡って培った知識と技術、第六感や身体能力だけで自然農法を十全に使いこなし、美味しい農作物を作っている。秋の農作物栽培技術以外では、この一家に勝る者は存在しないだろう。
唯一の欠点として、その農法故の不可避な要素から難易度が高く、1度に作れる作物の量を多くしにくいところか。
「ああ、ちなみに……もうすぐ出かける予定だから、こう見えて2人に付き合うだけの余裕はないわよ」
「何で分かったの? いつもの勘ってやつ?」
「それもあるわ。まあ、私が居なくてもここに居たいっていうならいいけど、今日は多分待ってても来客は誰も来ないんじゃないかしら」
「そうなんだ。じゃあ、居る意味はないかもね。穣子」
「確かにね、静葉姉さま。霊夢の勘、必中かって言わんばかりによく当たるから」
ちなみに、ここに来たもう1つの目的は言うまでもなく、霊夢には察された。人間の基準で考えればそれなりに長い付き合いだし、尋常ではない勘の鋭さの持ち主なんだから当然ね。
「じゃあ、またね。霊夢」
「ええ、またね。穣子も静葉も」
さて、もう居る意味がないならと挨拶をしてから立ち去ったはいいものの、博麗神社で暇潰しができないとなると地味に困る。最初から、そこ以外の場所を想定していなかったから。
人里や紅魔館など、付き合いのある面々のところにはほぼ顔を出したしと考えたところで、私や静葉姉さまの側を大勢の妖精たちが飛んでいったのを見る。
パッと見、とある時期まで幻想郷に居なかった天使の翼や魔法の水晶、紅葉のような羽を持った子が多い。
「静葉姉さま。次の行き先、理想郷でいい?」
「妖精たちの理想郷? 別にいいけど、道筋は分かるの?」
「2人だけでも何とかなるとは思うけど、さっき飛んでいったあの妖精たちに一応道案内をお願いするつもり!」
「なるほど。じゃあ、早く追いかけないとね」
瞬間、何だかんだ噂となってから1度も立ち寄ったことのない、妖精たちの理想郷が行き先として頭に浮かぶ。暇を潰すという意味では、未知の多いその場所はこの上ない選択肢だろう。
(春夏秋冬に昼夜、天候の移り変わりまである……これが異世界の人工物だなんて、誰が信じるのかしらね)
名前の通り、種族が妖精であれば生まれ故郷がどこであろうと関係なく、安全かつ最適化されているこの『世界』を自由気ままに渡り歩くことが可能な場所。1つの世界と評される程の、凄まじい広さを誇るという。
例え妖精でなくとも、理想郷の意思決定を担う主妖精……テルースメノウの意向で、常識的な行動を心がけた上で妖精たちにある程度寛容でいてくれる限りは、比較的自由に出入りが可能。
ちなみに、彼女と相応に親しくなれさえすれば、実質種族が妖精になったのと同等の権利が自動的に与えられるとのこと。霊夢曰く、自身や魔理沙を筆頭にその権利がある人妖は、現在それなりの数が居るようだ。
あの紅魔館のメイド妖精としても有名な彼女とはいえ、そのためだけに近づこうとする不埒な輩が出てこないかが心配なのは、私だけだろうか。
「ねえ、貴女たち。いきなりで悪いんだけど……」
「わわっ! なあに、おいものおねえさん?」
「あ! こっちのおねえさん、おようふくにもみじつけてる! すきなのかな?」
「ふふっ。もし良ければ、私たちを理想郷の入り口……嫌でないなら、貴女たちのお家に案内してもらえる?」
「わたしたちのおうち? うん、いーよ! じゃあいこ!」
なお、私も静葉姉さまも理想郷については少し知っている程度で、実際には行ったことがない。ただし、その点に関してはすれ違った妖精たちに道案内をお願いすることで解決する。
一部の妖精は理想郷とは全くの無関係、幻想郷でよく見る子だったけど、随分と仲良さげだったので一緒に遊ぶことを提案したら、それはもう随分と喜んだ。喜び過ぎてお友達と頭をぶつけちゃって、何だかとても痛そうね。
まあ、これも日常茶飯事だったらしく、すぐにケロっとした顔で私や静葉姉さまの手を引っ張って、魔法の森方面へと飛んでいくのだけど。
(これも、天然の障壁ってやつかしら。並の相手なら、到達すらできずに引き返ざるを得ないしね)
にしても、飛行が実質不可能となる上に環境面でも悪く、鬱蒼としているこの森を歩きで通らなければならない点は、理想郷に向かう際の唯一の面倒な点だ。
日光が遮られていて昼間でも薄暗く、湿気が凄い。更に、幻覚作用のあるものを含めた不気味な茸の胞子が空気中を漂い、普通の人間には有毒かつそうでない人妖にとっても、居心地は極めて悪いから。
まあ、理性のない弱小妖怪を筆頭に、理想郷の環境や普通の妖精たちにとって脅威となり得る招かれざる客の大半を弾くという意味では、素晴らしい立地と言えよう。
「わぁ……すごいすごい! ここが皆のおうちなの?」
「そうだけど、せいかくにはちがうよ! もっとおくにあるの!」
「ところで、みのりこさまたちは大丈夫? 疲れてない?」
「疲れてないよ! 静葉姉さまは?」
「同じく、疲れてないわ。問題がないようなら先に進みましょう」
霧雨魔法店、三妖精もとい四妖精の住みかである妖精大樹、魔法の森らしからぬ澄んだ空気と川がある場所など、妖精らしく時折脱線しながらも歩みを進めること恐らく1時間弱。新聞や写真で何度か見た、理想郷の入り口が目の前に姿を現す。
何にでも当てはまることだけど、写真経由でなく実際にこの目で見た時の印象はやはり違う。生命の煌めきが、私と静葉姉さまを包み込む感じがするからなのかな。
(何というかまあ……)
妖精でない存在が珍しいのか、ちょっかいを出してくる妖精たちの相手をしながら入っていくと、そこにあったのは大小様々な水晶が床や壁、天井から生えただだっ広い通路。
意外だったのが、入り口に居た妖精たちの数の割にこの通路に居る妖精の数が結構少なかったことだ。新聞では、大勢に取り囲まれて賑わうと書いてあったものだから想定していただけに、少し肩透かしを食らう。
ただ、そのお陰か風鈴ともベルとも呼べる、不思議と心地よい等間隔に響くこの音色を耳にすることができたと考えれば、いいのではなかろうか。
「わはぁ……あっま~い、ほくほく! このおいも、あたしのおうちにあるおいもよりおいしい! もっとある?」
「ごめんねぇ。私のお友達にあげちゃって、誰かにあげる分はもうないの」
「そっかー、ならしかたないね!」
「そりゃそうでしょ。きちょうなみのりこさまのおいもだよ? おうちのおいもでがまんしよ?」
「あらあら。じゃあ、今度はもっと沢山持ってきてあげるわ!」
「「ほんと!? やったー!」」
何だかんだ言いはしたけれど、ここはあくまでも通り道。いわゆる『
皆の発言もそうだけど、何より私と静葉姉さまの手を引く子を含む紅葉のような羽の妖精から、明確に強い秋の気配を感じ取ったからである。
それも、幻想郷の秋真っ盛りな10月頃と同等か、下手したらそれ以上に強力だと断言できるくらいの気配を。
(来てよかった……いっそのこと、何日か滞在しようかしら)
確かにこれは、理想郷が1つの世界と評されるだけある。時間の流れは共有してはいるものの、幻想郷と完全に異なる季節を互いに干渉させずに内包しているなど、とても一種族の勢力圏の域に収まらない。
もしかしたら、常に春や夏や冬だったりする領域も、この理想郷のどこかしらに存在しているかもしれない。また今度、暇な時にでも探してみたりしようかな。
「えっ、おちばってそうやっておとすんだ……げんそうきょうでも、しぜんにおちるのかなっておもってた!」
「意外だった? でも、ただ闇雲に蹴飛ばせばいい訳じゃないの。こう、神様としての力を――」
「ねえねえ、しずはさま! おうちについたらそれやって!」
「お家の紅葉に? うーん……せっかく、自分たちのペースで舞っていたところに私が手を携えて、果たして嬉しいのかしら」
「うれしい! わたしたちも、はえてる木たちも!」
「普通と違うやり方。わたし、新鮮だと思う」
そして、この場を楽しんでいるのは自分だけかと一瞬思って隣を見てみたけれど、静葉姉さまも静葉姉さまでしっかり楽しんでてくれてるみたいで、ほっとした。
私よりも明るく、元気に満ち溢れている妖精たちの積極性に、若干押され気味なところはあるけれど。
(それにしたって、広すぎやしない? 霊夢や魔理沙、ここに住む妖精が飛んで移動する訳よ)
しかしまあ、相変わらず広いというか遠い。歩きで移動しているからとはいえ、この距離は流石の私でも中々に大変だ。
と思って、道中私の手を引く妖精に尋ねてみたところ、もうすぐ『常秋の大丘陵』と呼ばれる彼女たちの住みかに到着するとの答えが返ってくる。
言われてみれば、秋真っ盛りの幻想郷で感じている別種のあの昂りが、ほんの少しずつ強くなってきていたことに気づく。側に彼女を含む、秋の気配を放つ妖精たちがひとかたまりで一緒だったのも相まって、気づきにくくなっていたのかしらね。
「……穣子も気づいた?」
「勿論、気づいてる。まさか、本当に年中秋の気配が強い場所があるなんてびっくり!」
「うん。幻想郷とは違って、大丘陵の木の葉は随分と陽気みたいだから、もしかしたら私が手を携えてあげれば喜ぶかもしれないわね」
「確かにそうね! 大半の木の葉が緑色な期間は極めて短いみたいだし、住んだら忙しい毎日を過ごすことになりそうよ!」
「まあね。どれだけ広いかにもよるけれど、色塗りが大変ってことだけは間違いないわ」
当然、私が気づいたならば静葉姉さまだって気づいている。私の場合は意識を集中させていなかったこともあって、自分で気づいたと言うよりは気づかされたって感じだけども。
(よかった。静葉姉さま)
いつも何かと対抗心を抱いていて、農作物の香りを身体から漂わせたりなどで領分たる豊穣を周囲にアピール、優越感に浸ることもしている相手でもある静葉姉さま。時折喧嘩とかだってする。
だけど、嫌いとかではない。むしろ尊敬はしているし、羨ましく思うところもあるし、どっちなのって聞かれたら好きだって大手を振って言えるくらいの、大切な存在。
だから、こうして秋真っ盛りの気配に喜んで、元気いっぱいな妖精たちに勝るとも劣らない笑みを浮かべる様子を見ていると、秋の訪れと同じくらい私も嬉しくなるのだ。
「えへへっ、とうちゃーく! ようこそ、わたしたちのおうちへ!」
「「うっわぁ……」」
そうして、徐々に強くなる秋の気配をこの身に感じながら歩き続け、出口らしき紅葉色の光のアーチをくぐった瞬間、一気に雰囲気と気配の強さが変化した。
私と静葉姉さまの目の前に広がっていたのは、見渡す限りの秋真っ盛りの景色。予想よりも遥かに広い、まさしく理想の秋を体現したかのような、そんな『世界』であった。
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