雇われメイド妖精のメノウとスターが、休日で館を空けた2週間。この期間は、いかに2人の高い家事能力とやる気が紅魔館の業務を強く支え、助けていたかを皆が実感する日々となっていた。
無論、二大妖精長は当然として、他のメイド妖精たちの中にも2人程でなくとも優秀な子は大勢居たため、館全体が回らなくなるなんてことはない。助っ人として、幽々子の優秀な従者たる妖夢が居るならば尚更であろう。
そもそも、住んでいる妖精の人数が今より少なかったとはいえ、以前はメノウもスターも居なかった訳なんだから、回らなくなるなんて異変クラスの事態でも起こらない限りはあり得ない。
「お嬢様。本日の紅茶は如何でしょう」
「変わらず最高よ。こっちのトーストも美味しいわ」
「ありがとうございます」
ただし、回らなくなることはなくても、業務自体が滞る頻度はやんちゃで愉快な新たな住人兼メイドの妖精が増えてきたことや、妹様が名付け親となったロゼネルの件もあってか、2人の休暇前後と比べて若干増加している。
後はそう、頭の片隅で分かってはいても1度楽を覚えてしまった影響で、単純に仕事量が更に倍近く増えたような感覚が強くなり、身体というよりも精神への負担が一層のしかかってきたのも、業務の滞りに一役買ってしまっていた。
かくいう紅魔館のメイド長たる私も、2人が休暇を満喫していることを願いつつも、合計で3回程戻ってくるのを待ち遠しく思ってしまう始末である。
「……この2週間、苦労をかけたわね。咲夜」
「いえ、以前に回帰しただけですから。それはそうと、メノウはあの衝撃による心の疲労をこの休暇で取れたでしょうか。正直少し心配です」
「ふふ、取れたって確信があるわよ。そのために、様々なパターンの中で最もよい運命を手繰り寄せたんだから」
しかし、そんな日々ももうすぐ終わる。時間的に後数分もすれば、休暇の終わったメノウとスターがメイド妖精としての仕事をしに来るから。
とはいえ、今日に限ってはいつものように働いてもらう前に、まず私やお嬢様と少し話をしてもらう手筈になっている。スターはともかく、メノウの精神的な状態を確認するために。
(……ふぅ)
休暇の途中、今まで全力でひた隠しにしていたメノウの前世の家族の存在と、その存在が幻想郷で引き起こした数々の事態を、お嬢様は理想郷に出向いて説明している。
当然と言えば当然だけども、メノウにとっては彼ら彼女らの存在はそれ自体が精神に対する猛毒。人間から妖精への転生という、1度死を跨ぐ形で魂が逃げを選ぶ程のものと言えば、その脅威は分かるだろう。
「まあでも、咲夜が不安なのも分かるわ。致し方ないとはいえ、心を抉ったも同然だったからね」
「はい。私も、自分の無力さを思い知りました。サニーたちには勿論、ウルには感謝しなければ」
「ええ、本当に。あの子が居なければどうなっていたか……恐ろしいったらありゃしないわよ」
強烈な恐怖や不安感などの感情のせいで、見たこともない程に羽の光を真っ青にさせながらブルブル震えていた、あの時の光景。
ウルの精神抑制に、サニーたちが側に居るなどの幸福感を加えてさえ抑えきれないという予想通りの展開だったけど、それでもあれは見ていて厳しかったわ。
雇われとはいえ、実質的な紅魔館の家族の1人の心をこの手で抉ったも同然だったからね。あれからずっと引きずっていて、休日の幸せが全部吹き飛んでいたらと不安に思うのも、無理はないと私は思うのだけど。
だからこそ、本来であれば当人には知らせず、裏から手を回してひっそりと消えてもらうだけにしたかった。それで済むなら、メノウが一時的とはいえあんな思いをすることはなかったもの。
けれど、実際は人里という場所の都合上不可能だった上、それをいいことに散々その悪名を轟かせてくれたお陰もあって、そうせざるを得なかった訳だ。
まあ何にせよ、この件は既に終わったこと。過度に考えるのはかえって問題を再燃させかねない以上、もう止めにしておこう。
「おはよう。レミリア、咲夜。お休み沢山ありがと!」
「さて、今日からまたメノと一緒にお仕事頑張るわー! 具体的にはキノコ栽培とか」
「それ、スターの趣味……レミリアとかからキノコ畑でも作る許可か指令でもあったの? それとも勝手に?」
「あはは、冗談よ。うちにキノコ小屋か部屋を作るので今は十分だもの。あまり増やし過ぎても逆に管理が大変だわー」
そして、お嬢様の部屋の古めかしい鳩時計が忙しなく鳴り始めたとほぼ同時、見慣れたメイド姿のメノウとスターが入ってきた。微笑ましい冗談を言い合いながら、とても楽しそうにしている。
いや、数あるスターの趣味の1つがキノコ観賞と栽培ということを考えれば、半ば本気の発言だったのかもしれない。
妖精大樹の彼女の自室に、食用からイタズラ用まで多種多様なキノコの盆栽を置く程なのだから、当然と言えば当然か。
「あら、冗談だった? 少しくらいなら、私の権限で許可してもいいわよ」
「だってよ、スター。咲夜からお墨付きをもらったけど」
「えっ。うーん……じゃあ、せっかくだし虹色キノコを何個か――」
「ん? それ、イタズラ用の劇物キノコじゃないの。却下よ却下」
「あちゃー、やっぱり駄目かぁ」
「もう……スター、分かってて言ってるよね?」
そんなことを考えていて思い出したのだけど、理想郷が出現した影響か、近い内にキノコ専用の小屋か何かを庭に建てる予定を立てていると、いつぞや訪れた際にサニーやルナから聞いた覚えがある。というか、今さっきそう言っていた。
しかも、キノコ好きとまではいかずとも、興味をもってくれる人妖を増やしたいとか何とかで、完成後は基本誰でも見れる博覧会を妖精大樹のキノコ小屋、ないしミスティアの移動屋台のような形の物を作り、それを使ってたまに開くつもりらしい。
何なら、その料理上手を生かして美味しいキノコ料理を振る舞うといったことも、考えに入れているようだ。
いつ始まるかは分からないし、本当に完遂できるかどうかも同様だけれど、どちらにせよ長い時を生きる妖精のスターにとっては、いい暇潰しになりそうね。
「ふふっ。にしても、随分と元気そうじゃないの。2人とも、あれから休暇を満喫できたみたいで何より」
「レミリアのお陰よー。メノにも新しい友達が増えたりとか、いいことづくめだったわ!」
「へぇ、メノの新しい友達?」
「うん。秋の神様の、静葉さまと穣子さま。とっても優しい神様たちなんだよ」
「なるほど。言われてみれば、確かにメノウと相性良さそうな面々ね。うちのメイド妖精たちとも相性良いし」
ちなみに、お嬢様との会話と羽から発せられる光の色を見る限りでは、メノウの精神状態は極めて良好。数日前、前世で自身の家族だった人間の話を耳にして、羽から真っ青な光を放ちながらブルブル震えていたことが、まるでなかったかのよう。
新たに増えた
(お嬢様と私の心配も、杞憂に終わった。喜ばしいことだわ)
それにしても、メノウはたった1年にも満たない短期間で、よくここまで交流を広げられたものだと感心を覚えた。しかも、現時点で交流のある人妖全員から好意的に見られているというおまけ付きで。
精神的に充足しつつあることにより、他者との交流に積極的かつ穏やかで優しい生来の性質が、より強く現れてきている影響かしらね。
後はまあ、前世の記憶がそのままにせよ、メノウは今世では性別も逆転している上に種族も妖精に変わっている。精神は身体に引っ張られると言うし、それが生来の性質へ影響を少なからず与えていることも決して無視はできない。
度合いこそ個人差はあれ、基本イタズラが好きな妖精という種族。特段その程度が強い三妖精が家族になり、妖精軍団が友達になったのも勿論あるだろうけど、楽しそうに魔理沙にイタズラをした時の話をするメノウを見れば、納得はいくはずである。
近い内に、モリオンやシャーネットといったお騒がせメイド妖精組とまではいかずとも、それに比肩するレベルでお騒がせな妖精になるかもしれないと考えると、何ともまあ複雑だわ。
「失礼します……あら、メノウちゃんにスターちゃん。おはよう」
そんな時、ノックの音と共に閉めていたお嬢様の部屋の扉が開く音が聞こえたので、振り向いたら掃除用具一式を持った妖夢がそこに立っていた。何ともまあ、短い期間ながら紅魔館のメイドとして雰囲気が様になっている。
「妖夢だ! えへへ、おはよう!」
「おはよー。私とメノが復帰したんだし、妖夢は今日で終わりねー。大変だったでしょ?」
「はい。確かに、元気いっぱいな妖精たちに囲まれながらのお仕事、大変ではありましたけど、中々に新鮮味のある時間でもありました」
「白いふわふわ幽霊さん、沢山居るけど喋れないもんね」
なお、今日の夕方を以て妖夢のお助けメイドとしての役割は終了となる。白玉楼とは色々と勝手が違う中、まるで遥か昔から居たベテランかと言わんばかりの働きぶり、私を含めた全員が助けられたと断言しよう。
勿論、報酬はメノウやスター他うちのメイド妖精に渡しているものと同様の基準で計算した金銭に加え、人里の高級和菓子を渡すことを明示済み。
想像よりも多かったのか、これを伝えた時に妖夢は少し驚いていたような仕草を見せていたけど、他所の従者を借りたこととこなしてもらった仕事の質と量への対価と考えれば、まあ妥当ってところだと思う。
正当な理由がなく、そこをしっかりしないでケチケチしたならば、いつかまた妖夢の力が必要になってお嬢様や私がお願いした時に、当人ないし雇い主たる幽々子から拒否されやすくなるだけではない。良好な今後の友人関係にすら、ヒビを入れかねないのだから。
「さてと。せっかくだから、今日は3人一緒に楽しみながら仕事をしたらどう? 料理担当は決まってるし、何をどういう順番でこなすかは任せるわよ」
すると、ここに来た妖夢といつものように幸せそうに会話をし、すり寄っている光景を目にして、心の底から安心できたらしい。タイミングを見計い、お嬢様が3人に向けてこんな提案を持ちかけた。
今後もそういう機会がないとは限らないが、少なくとも今日を逃せば一緒に仕事をする機会はまあ、しばらくない。スターは勿論のこと、メノウを喜ばせるという意味では素晴らしい提案である。
毎日って訳じゃないからメイド妖精への示しはつくだろうし、そもそも3人は誰かと遊びながらでも、任された仕事を時間内に質を維持したまま終わらせることが可能な面々。元から挟むつもりなんてないけれど、仮にそのつもりがあったとて、私が異論を挟む余地など微塵もない。
「わぁ! 妖夢とメイドのお仕事楽しくできるの? えへへ、嬉しいなぁ……ありがとね、レミリア!」
「私とメノと妖夢、過剰戦力だけどやる気が漲ってきたわ! 電光石火の早業で仕事が終わりそうよー」
「モリオンちゃん辺りが、終わった側から増やしそうですけど……というか、実際昨日と一昨日増やされてまして……あはは」
「うげっ。じゃあ、2度あることは3度あるって警戒しときましょー」
お嬢様にそう提案をされて予想通りにやる気が漲ったメノウ、同様にやる気が漲っているスター、そんな2人に引っ張られ気味ではありながらも、どこか嬉しそうな妖夢。
今日は何やかんやで賑やかなことにはなりそうだと、お嬢様の部屋を立ち去る3人の後ろ姿を見つめながら、私はそう考えるのであった。
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