「クソッ、暑すぎる…」
何一つ遮りのない開けた空間の中、俺は列に並ばされ座っていた。乾燥して土埃が少しの風で吹き上がるグラウンドのド真ん中、今日は運動会だ。
「あーあ、徒競走、
周囲の生徒達のひそひそ話は止まない。雑音の中から所々「いやだ」「だるい」「あつい」といったネガティブかつ今この場所、この瞬間に居る全員が思っているであろう単語ばかり聞き取れてしまう。暑いのとダルいのには俺も同感する。
一瞬、ざわつきが消えた。
「位置について」
前方の人間が横一列になってレーンに入ってスタンバイしている。人混みのせいで良く見えないが、クラウチングスタートでは無いだろう。
「よーい」
合図が淡々と告げられていく。スターターピストルの撃鉄が下ろされるその時を待ち、レーン上の選手達は殺伐とした空気の中何時でも第一歩を最速で出せれるようなポーズで静止している。全員、直線に伸びるコースの奥に設置されたゴールのみをじっと見据えていた。
破裂音。
装填された紙火薬が大きな音を生じる爆発を生じさせた。
破裂音に合わせ選手は一斉に走り出す。
「やっぱ速いな」
俺は脚に自信が無いがそれは周囲の生徒が身体能力に恵まれている者が比較的多かったからであって、遅いと思ったことは余り無かった。だが、競争というものは他者と脚の速さを比べる事になり、脚の速さに優劣の概念が現れるのだ。
走り出していった選手達の足音が遠くなっていく。風で軽く舞い上がった土埃が、静かに周囲を取り巻いた。
「そろそろか」
この徒競走は直線コース5レーンで最大5人が同時に出走する。長さは確か…いや、全力で走るのなら50も100も無いだろう。幸い俺は速さよりも体力に自信がある。我武者羅に行くだけならバテ覚悟で最速で最後まで行けるだろう。だが、相手は生半可なものではない。速度、やはりソコなのだ。
俺はレーン左から2人目、両脇に走者が居てプレッシャーがあるが、中央の3人目よりかは接触の可能性も少ない。アクシデントで誰かが転んだとしても避けれる確率が高ければ良いのだ。転ばぬ先の杖のランダム配置版だろう。
「せめて2位、いや3位…」
俺と同じタイミングで走る走者は不運な事に4人全員が強者だった。まるで毎日野を翔けていたのかと聞きたくなるほど脚の回転率が高く速い者。イルカの尾の様なしなやかで強度のある肉体を生かし走力へと繋げる者。この
また、1番先の走者5人が走り出していった。
俺は練習も何もしていない。そう、前準備からレースは始まっているというのにだ。この時点で既に俺は負け犬が1番似合っている状態だ。だが、手放して諦めムードでダラダラと走りたくは無い。でも真正面で啖呵を切って勝てる相手ではないので、雑魚なりの抵抗を行う。
俺から見て左はバカが付くほどの筋金入りのマジメ。俺のくだらない提案に乗るような人物では無い。すぐに断られるのが目に見えている。狙いは右の男だ。
右の男はこの列の中では1−2を争える程の速さを持っているが、おつむが少々残念。そこを狙い俺からアプローチをッ
「……ねぇ」
左から声が…何っ?!
「返事は要らない。ボクと一緒に」
ま、まさか
「一緒に走らないか?」
か、考えていなかったッ。まさか、俺が”コレ”をくらうとは…ッッ
「………」
左の真面目は言葉を発した後何も動きを見せない…
これは撹乱か?だとしたら悔しいが既に術中にハマってしまっている…動揺が、凄い……
「はぁ」
ため息だと?いや一挙手一投足に目を向けている暇は無い!
破裂音。
また最前列が走り出した。そして次が遂に俺が走り出す番だ。
真面目が俺に放ったあの文言は一体何処まで考えてのものなのか、真意も掴めずに時が進む。
スターターが次の紙火薬を準備している。
覚悟を決めろ、靴紐を固く締め直せ。
「よし、出来た」
蝶々結びの上に玉結びをして後の事を考えない強固さを得た靴紐は並の事では解けないだろう。
きっと、いや、仕掛けるつもりだ。あの真面目は。
レーンに並ぶよう指示される。ここから始まる、
左右の走者は直射日光からの熱か、それとも緊張か、肌にじっとりとした汗をかいている。そして全員がゴールを虎視眈々と、見据えていた。
スターターがスターターピストルを持った右手を頭上に挙げた!来るッ!!
「いちについてー」
3、2
「よーい」
1━━━
「どんっ!」
パァンッ
乾いた土を蹴り勢いよくスタートを切る。煙が舞った。出だし遅れナシ、すごく良いぞ。だが━━
睨み通り真面目が早々に仕掛けてきているッ!俺を置いてく気だッッ
「うぉおおおおおおおおッッッ!!!!」
「なにぃっ?!」
馬鹿正直にあの言葉に従うと思ったか!この”真面目”め。……でもアイツも俺と同じだったのか…清ました顔をしていたが、所々で余裕が見えていなかった……違うッ、今は走るんだ!
「がっ」
真面目から異音?出だしから飛ばして俺を超す気でいたから無茶をしたか!良いだろう行かせてもらうッ!!
少し進んだがレースはまだ序盤、そして1位と2位は既に先の先を行っている…あいつ等にはもう構う必要は無い。このペースで行けば無難な順位でこの
「やば」
…なんだ?右から声が……は?
おつむが失速しているだと?!
「ひも!ひもぉっぉぉっっ」
ほどけたのか!出走直前でメンテナンスを怠ったとは!馬鹿め!あたふたしながらドンドン失速していっているぞ。ここがチャンスだッッ
ゴールまで10分の7辺りを切ったッ行けるッッ!!!
3位?俺今3位か?!良いッッ!すごく良い!
「暫定3位!頂きィっ」
「━━そうはさせない…!」
ちぃっ真面目だ!立て直して追い上げてきたぞ!!
だがなぁ!
「あの誘い」
「ッ…!」
「断るッッ!」
「……クッソぉおおおおお!!!」
今だ今だっ、ギアを限界まで上げろ!!もっとだッッ!!!真面目から距離を出来るだけ離すんだッッじゃないと墜ちるぞ!!
くっ、結構ツラくなってきたっ。無風で助かったが…喉がキツい!水が欲しい!!
太陽の光は俺の事をいつまでも照らし続けている。苦しめたいのかお前はっ
「がんばれぇ〜〜」
「みんながんばってぇ〜〜」
ゴール付近の観客の声援がだんだんと聴き取れるようになってきた。声がこのレースの終わりを告げているように感じれる。順位は変わらず3位をキープ。頼むぞ!変な事起きるな!
「んぬぉおおお!」
なんか変な声が聴こえてきたが気にしたら駄目だ!進むしか無いッッ
終着の白線まで!あと━━━
5歩
4歩
3歩
2歩
1歩…ッッ
うそ……だろ?
同着、3位……?
しかもおつむと同着…?
何故ギリギリで追いつけたんだコイツは…
というかコイツは…紐がほどけてさえいなければ、おれは4位だったのか?待て、同着ということは真面目は━━
4位……ッ
ふふ、ふはは。はははははは!!腰が抜けそうだ!!!ははははっっ
「……この、よく見切ったな」
真面目だ。額から大量の汗を流し、肩で息をしている。かなり限界まで出したのだろう。ゴールしてから数分たっているのに、まだ辛そうな顔をしている。
「真面目、か」
「クソっ気を抜いていた。4位も、当然の結果だ」
「いいや違う、4位の理由は」
「準備を怠ったからだ━━━」
最初に思いついたテーマとしては「シリアス徒競走」
まあシリアスになったかはわかりませんが
描写が足りないと指摘があったので一部追加、修正しました(2024/03/27)