身長190cmある女の子の話   作:道造

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第三十九話 「小僧の秘密」

 

「りせ。奇妙な老紳士に会わなかったか? 確認する必要さえないことかもしれないが――」

「会ったよ。小僧の情報を聞いてきたね。どうやって学校に入ったのかしんないけどさ」

 

 学生寮の食堂にて。

 双子姉妹で食事をしながら、会話を交わす。

 

「さすがに老人相手に危険性は無いと判断したし、まあ30分に満たぬ立ち話であったから応じたが――」

「お金もくれたしね。まあ、最初に約束させたのはこちらだけど。時間使わせるなら、プロテイン代ぐらいは奢れって」

 

 ひらひらと、手で封筒を振る。

 中には謝礼金として一万円札が入っていた。

 貧乏姉妹なので、こういった小遣い銭には弱かった。

 さすがに万札までは期待していなかったが。

 

「小僧について何て答えた?」

「少なくとも自分が男として見る相手としては理想的だという単純な印象と。どういう経緯で自分が文芸部に入ったかについては話したよ。これぐらいは別にいいだろうって」

「私も同じだ。小僧の秘密については?」

 

 りこ姉が問う。

 そんなの判り切ってるじゃん。

 

「高校に入ってからはともかく、小僧の中学生時代に何があったかなんて知るわけないじゃん。四月に出会ってから、まだ梅雨入りの時期だよ。夏にさえなってない。まだ小僧とは肝胆相照らす関係じゃないよ。小僧の親友である谷垣っていう子すら知らないんじゃないかな」

「谷垣というと、あの野球部の一年か。まあそうだよな。聞かれたところで、何も知らんよな。私たちは今すぐにでも小僧と恋人関係になりたいぐらいだが」

 

 老紳士はそれでも納得してくれて、謝礼金を支払ってくれたが。

 もう少し彼の過去について調べてみると言い残して、去っていった。

 

「あの老紳士、何者だと思う?」

「さすがに探偵には見えなかったけどね。おそらく、まあ柳なにがしの使用人が色々と調べているんじゃないの? それしかないでしょ」

「小僧の過去についてか。まあ今の状況だと、それ以外に考えられんしな」

 

 聞かれている内容がそれそのものだったので、この推測は間違っていないだろう。

 姉妹共にそう判断する。

 そして、謝礼金を受け取ったことに対する罪悪感はない。

 小僧について大して知っているわけでもなかったからだし。

 秘密、といえる秘密を最初から知っているわけでもなかった。

 

「正直言えば、興味深い」

「同じく」

 

 小僧の秘密について。

 小僧の過去について。

 知れるものなら、知りたかった。

 

「情報を奪う方法があるかな? こう――横合いから殴りつける形でだ」

「さすがに老紳士を襲いたくはないな」

 

 物騒なことを二人で口走る。

 小僧についてなら何でも知りたかった。

 もし知ることが出来れば、恋愛というステージでも一歩優位に立てるかもしれない。

 本来ならば、ここまで焦る必要はない。

 姉妹で一人の男を争っているのではなく、姉妹二人で共有しようとしているのだから。

 じっくりと、二人がかりで小僧を落とせばよいのだが――

 サークルクラッシャー橘という存在について、姉妹は難敵だと考えている。

 彼女は魔性の女だ。

 そうでなければ、彼女はサークルで一人ぼっちになどならなかった。

 部活連から隔離政策など受けなかった。

 大和葵?

 あれはなんかでっかいハムスターなので心配はいらない。

 愛玩動物に危機感を感じる人間がどこにいようか。

 

「では柳を襲うか?」

「うん。顔は殴るとバレるから拙いけど、腹を殴るくらいならいいと思うんだ」

 

 物騒な会話をする。

 ケタケタと笑いながら、お互いに悪魔のような顔で。

 だが――さすがにアスリートの立場で、暴力沙汰は拙い。

 自分たちだけでなく、自分たちに期待をかける部活や周囲にも迷惑がかかる。

 あくまでも冗談で済ませるしかないのも、やはり互いに分かっている。

 

「うーん。情報の入手方法が欲しい」

「今回を奇貨として、小僧に直接聞いてみるというのは――さすがに拙いか」

「おそらくは」

 

 何か、過去に傷があると思うのだ。

 小僧の、あの下心など感じさせない高潔さは男として明確に異常である。

 そうでなければ、あんな性格にはならない。

 立派ではあるが、どこか歪な芸術品なのだ。

 触れてしまえば、壊れそうな。

 

「必死に隠している傷に触れることになりかねない。ならば、嫌われてまでやることじゃないな」

 

 りせは考える。

 獣は死ぬ寸前まで弱っている様子を見せない。

 弱さを見せることは死に繋がるからだ。

 小学校の頃に住んでいたボロアパート近所にうろつくボス野良猫が、昨日まで元気だったのに。

 急にパタリと死んで、亡骸が地面に転がっていたことを思い出す。

 あの時は珍しく、りこ姉が悲しそうな顔をしていた。

 あのボス野良猫が弱っていたことを知ったところで、私たち貧乏姉妹が何かしてやれたことは何一つないであろうが。

 今は違うのだ。

 小僧に対しては違う。

 それを考えると――

 

「うん、でも、まあ知っておくべきことなんだと思う。小僧に惚れた立場としては」

 

 いつかは傷に触れなくてはならない。

 その傷を癒してやれるかどうかは判らないが、それを知ることで。

 傷を癒し、あるいは塞いだ女として明確に優位に立てる可能性は高い。

 あくまで直感に過ぎないが。

 

「完全に同意する」

 

 りこ姉もそれは分かっているようで、頷いてくれた。

 情報がどうにかして欲しいな。

 それも暴力的手段をなしにして。

 

「老紳士は再び私たちの前に現れると思うか?」

「どうだろう」

 

 現れるならば、あの老紳士に聞くのが一番良い。

 連絡先は流石に知らない。

 名刺の一枚でも貰っておくべきであったか。

 自分たちのミスに舌打ちをする。

 

「仕方ない。柳を問い詰めよう」

「そうなるね」

 

 とにかく、秘密の鍵は柳にあった。

 すでに全ての情報を得ているのかもしれない。

 元より、私たち姉妹はあの柳が何かしないように。

 具体的には小僧に暴力など振るえないように、圧力をかけるつもりであった。

 その方法については、まあ色々と考えがあったが――

 

「さて、どうする?」

「普通に真正面からクラスに行って、部活連の部室にでも攫って、吐かせればいいんじゃない? まあ、普通に尋ねても、自分から喋る可能性もあるだろうけれど」

「自分からか?」

 

 りこ姉が不思議がる。

 忘れているようだけど――

 

「あの柳は自分の歪んだ正義感で、非公正に小僧を裁きたいんであって。小僧の恥になるようなことであると考えれば、平気で自分から私たちに向かって口にするだろ」

「なるほど。だが――」

 

 色々と考える。

 小僧の恥。

 小僧の恥ね。

 

「あの小僧が何か人生でミスをすることなど考えられんのだがね」

「中二病のはしか、みたいなのは小僧にもあったんじゃない?」

 

 私たちの目には立派な男になる過渡期の、少年が一人ただ立っている。

 それだけにしか見えないけれど。

 

「人間、誰だって失敗ぐらいするさ。ボールを手から落下させたことのない人間など、この世の何処にも存在しない。大事なのは、そのミスをどうやってフォローするかだ」

 

 スポーツでもっとも重要な要素は挫折しないことではない。

 どうやって挫折から立ち直るかである。

 それをりこりせ姉妹は十二分に、今までの人生経験から理解している。

 自分たちが立ち直ったこともあれば。

 先輩・後輩問わず部活仲間を立ち直らせたこともある。

 だからだ。

 

「小僧が落としたボールがあったとすれば、それを拾いなおして、綺麗に泥を払って渡してやろう」

「そうすれば、小僧は私たちに惚れるかもね」

 

 非常に良い考えだ。

 そう笑いあいながら、双子姉妹は学生寮での夕食を終えた。

 

 

 

 

 




 半年ぶりの更新です。申し訳ない
現在45話まで書き溜めありますが、時々の更新となります。
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